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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第9話 オペレーション・キングフィッシャーⅡ
99/358

工作員狩り

 ――――月面周回軌道上 国連軍指定戦闘訓練宙域

      地球標準時間4月30日 1000





 この日、第一作戦グループのシェルは対艦攻撃用の荷電粒子砲を持って訓練を続けていた。高機動運動をしながら狙いを定め射撃を行う為だ。高G環境下で正確な射撃を行う為の姿勢制御を学ぶと言うカリキュラムなのだが、そんなモノは建前だと皆がわかっている。

 AチームとCチームを一つのグループにし、Bチームシェルと激しいドッグファイトをしながら遠慮なく荷電粒子砲を撃ちあっている。直撃を貰えば大変な事になるのだが、出力を大幅に絞り磁気バリアで防げるギリギリの状態だ。


 流れ弾は『当る方が悪い』と言うトンデモルールでの、ほぼ実戦と言える激しいを通り越した無茶苦茶な訓練。だが、サイボーグになってしまった者にすれば、脳を一撃で破壊されない限り即死はありえない。

 そんな自分に慣れきってしまった部分もあるのだから、どこか無邪気に遠慮なくやり合っているのだった。


「なにこれ! 面白いじゃん!」

「だな! おもしれーぜ!」


 テッド隊長を除くBチームの11名が連携の取れた動きを披露し、広大な宙域に投網を打つような包囲戦を仕掛けている。その巨大な網から逃れる事も出来ず次々と撃墜判定を取られていくA・C両チームのシェル。

 しかし、ふと気が付けばそこへブルとアリョーシャが現れ、テッド機を足して三角編隊を組んでいた。


「では、ショータイムと行くか」


 突然ブル機が戦闘増速し、その後ろを一直線になって付いていくアリョーシャ機とテッド機もグングンと速度を上げ始めた。宙域で散開陣形を取っているBチームへと襲い掛かった3機のシェルは複雑な連携運動をしながら射撃を開始する。


「Bチームは反撃を。Aチームは支援を。Cチームは牽制をするんだ」

「次にどう動くのかを常に考えて飛ぶんだ」


 アリョーシャとテッドの2機がブルを支援しながら高速で宇宙を飛んでいる。同時に複数の目標を捕捉し、牽制射撃を加えて軌道範囲を大きく制約しつつ追い込んでいってチェックメイトに持ち込む。

 無敵振りを発揮していたBチームも成す術無く次々と撃墜判定を取られ、A・C両チームにいたっては、もはや言葉が無かった。


「だいぶマシになったな」


 テッド隊長の言葉にバードは苦笑いを浮かべるしかなかった。ブルとアリョーシャの動きはエディ程ではないが、充分トリッキーで補足しにくい動きだった。そして、そこにテッド隊長が加わり支援を行えば、成す術無くというのが一番正しい。


「さて、諸君らも自分たちの問題点を把握した事だろう」


 アリョーシャの楽しそうな声が流れ、直後にブルが渋い声音で言った。


「次は仕事だ。つまり、お遊びはここまでだ」


 ――来た!


 思わずバードはニヤリと笑った。気が付けば出撃と言う言葉に不必要なまでの緊張を覚える事もなくなっていて、今度は何処で何をするんだろうと、そんな興味が勝るようになっていた。


「AチームとCチームは俺と一緒に来い。地球から伸びる広域通信網を押さえていく。飛び石作戦なので連携が大事になるから注意しろ。アリョーシャも一緒に飛ぶ事になる。Bチームはテッドと一緒にルナⅡを攻略するんだ」


 小一時間ほどの訓練を続けていた各シェルだが、半月近く訓練を重ねた成果は確実に現れていて、各機ともスラスター燃料をまだまだたっぷりと残している状態だった。


「ここから一気に作業を始めるぞ。良いか!」


 Bチームを率いるテッド隊長機が一気に増速して第1作戦グループの集団から飛び出て行った。その後ろに続くBチームのシェルは散開陣形を取りながら一気に加速する。


ボス(隊長)! 俺たちは何したら良いんですか」


 ジョンソンの声がチーム無線へと流れ、無意識に無線モードを切り替えたバードはしっかり聞き耳を立てた。あっという間に秒速35キロの最大速力に到達したBチームのシェルは細かなデブリをかわしながら月面戦闘域を脱しルナⅡの浮かぶラグランジェポイントL4を目指していた。


「それはこれから説明する。まぁ2時間は掛かるからな。先にカロリーを補給しておけ。CIA経由で垂れ込みが入ったのは今朝早くだそうだ。要請や依頼といったモノは無く完全な垂れ込みだ。つまり、こっちの好きにすれば良いというスタンスらしいが……」


 鼻を鳴らして笑ったテッド隊長。その声にチーム無線の中でクスクスと失笑が漏れている。もちろんバードとて鼻を鳴らし、失笑を漏らした。どうしても海兵隊に借りを作りたくないと言う思惑だ。そして、こっちが動かなければ海兵隊は縮小する事になる。つまり、借りではなく貸しを作る算段だ。


 ――もしスルーされたらどうするつもりだったんだろう?


 ふとそんな事を思ったバードだが、シェル装甲服の内側からエナジーリキッドのアンプルを取り出して頭を落とし、狭いシェルのコックピットで飲み込んだ。いつもは味など感じた事の無いエナジーアンプルだが、この日に限って何故かフレッシュピーチの甘酸っぱさを感じたのだった。


「あれ? エナジードリンクに味がある」


 ボソリと呟いたバード。その言葉に、一斉に反応が湧き上がった。


「俺のはマスカット味だった」「こっちはアップルだ」


 ジャクソンとジョンソンの言葉が無線に流れた。それぞれに異なる味を感じたのだから、おそらくはソフト側での調整だとバードは直感する。


「みんなフルーツか? 俺は緑茶の味だ」

「ロックのだけ日本仕様なんじゃないか?」


 ロックの言葉を冷やかすようにライアンが軽口を叩いた。

 そして、ビルは味の仕組みについて考察している。


「母国の味に設定されてるのかもしれないな」


 そんな言葉を聞いたバードがハッと気がついた。


「隊長は何味でした?」

「俺か?」

「はい」


 全員が一斉に聞き耳を立てた。

 謎の多い隊長のプライベートを覗けるチャンスだと気が付いたからだ。


「俺はシリウスコーヒー味だな」

「シリウスコーヒーってどんな味なんですか?」

「地球の豆に比べて甘みが強くまろやかだ。苦味も少ない」


 淡々と説明したテッドの言葉を聞きながらバードは疑念を持った。


 ――なんでシリウスコーヒーなんだろう?


 だが、その回答を得る前にスミスがビルを冷やかした。


「母国仕様ならブリテン籍の隊長がシリウスコーヒーの訳が無いだろうな」

「……そうだな。つまり――


 何事かを言おうとしたビルだが、その前にジャクソンが矛盾に気が付いた。


「母国仕様ならジョンソンと一緒でアップル味になる筈じゃないか?」

「言われて見ればその通りだ」


 やいのやいので日常会話が続く中、バードはテッド隊長の国籍がブリテンである事に異常なほどの違和感を覚えた。全くと言って良いほどジョンソンとは違うタイプの人物で、むしろ中身はアメリカ人に近いかそのものと言う感触なのだ。


 ──隊長は絶対ブリテン人じゃない……


 そう確信したバード。だが、シリウスコーヒーを想起したという隊長の味覚はなんだろう?とバードも悩んだ。少なくともシリウスコーヒーを飲んだことがあるのだから味を知っている筈だ。つまり、隊長はシリウスに行った経験があるのかもしれない。

 いや、もしかしたらエディ辺りの手でシリウスコーヒーを入手しているのかも知れない。そんな取り留めの無いことを考えながらシェルを飛ばしていると、前方に巨大なレーダー反応があった。大型の宇宙艦艇並なレーダーエコーにスミスが呟く。


「案外早かったな」


 遮蔽物の無い宇宙では距離感覚が大きく狂う事がある。まだ軽く十万キロは有るのだが、レーダーはハッキリとルナⅡを捉えていた。まだまだ距離が有るのだが、第三宇宙速度で飛ぶと、小一時間程の距離でしかない。そして重要な事は、向こうからもレーダーで丸見えと言うことだ。


「間近で見るとデカいぜ、きっと」


 そんな軽口を叩いたジョンソンだが、テッド隊長は忘れずに指示を出す。


「ジョン! レーダー妨害!」

「もうやってます、ボス」

「上出来だ」


 編隊を大きく広げて接近していくと、ルナⅡの脇に宇宙船が幾つか接舷しているのが見えてきた。側面には大きく民間企業のコーポレートマークが入っている。内太陽系を広域ネットする民間通信企業のサポートシップだ。


「ボス。手順はどうしますか?」


 ジョンソンの弾んだ声が無線に流れ、バードは思わず荷電粒子砲の加速器電源を投入した。そして周りを見ればジャクソンやスミスやライアンのシェルに電源を投入したと言うアイコンが重なって見えた。


 ──みんなやる気だなぁ


 ムフフとほくそ笑んだバード。何気なくロック機を見れば、そこにはシェル用の鈍器を構え接近戦に備えるロックとペイトンがいた。

 抜かりなく油断無く、そんな構えで編隊を組んだまま接近していくBチーム。レーダー妨害の効果だろうか、ルナⅡに接舷中の艦船には動きがなかった。


「ルナⅡまで一万五千キロ」


 一気に距離を詰めていき、残り五分少々まで接近したBチーム。テッド隊長はレーダー妨害の終了を指示しジョンソンが機器のスイッチを切った直後、ルナⅡに接舷していた民間船は急に識別信号を発信し始めた。


「ジョン! 無線でうなりつけろ。遠慮無くやれ」

「イエッサー!」


 テッド隊長のゴーサインを受付、ジョンソンは全バンドを使って民間船に呼び掛けを始めた。同時進行でライアンとペイトンが宇宙軍回線を使い、ルナⅡの通信機器経由で民間船のセンターサーバーをハッキングし始める。一気に大量のトラフィックが発生し、一瞬だけチーム無線のデジタル暗号処理に遅れが発生した。


『こちらは宇宙軍海兵隊だ。ルナⅡに接舷中の艦船に警告する。その小惑星は宇宙軍の通信回線中継施設である。作業内容と作業発注元を返答せよ。応答無き場合は攻撃する!』


 なんの打ち合わせも無しにいきなり高圧的な誰何を行ったジョンソン。この辺りの対応はブリテン人ならではだ。


『こちらアストロテレコムの作業船スターライトⅢ 現在通信回線中継機器の定期メンテナンス中! 作業発注元は宇宙軍本部です!』


 慌てた声で返答を送ってきたのだが、ライアンやペイトンは大笑いしていた。


「まっかな嘘ですね」

「奴らが傍受していたのは宇宙軍本部と国連総会の会場を結ぶ直通回線です。恐らく国連軍本部のサーバーが標的でしょう。あの艦船にスパコンを複数搭載しているようですね」


 何とも楽しそうな声で報告したライアンやペイトンだが、同じ様にジョンソンも楽しそうな声だ。


「ボス。臨検を通告しましょうか」


 余りに弾んだ声を漏らすジョンソン。そんな声が楽しくてバードも笑みを浮かべていた。その直後、テッド隊長はチーム無線の中で意外な事を言い出した。


「まとめて逮捕する。抵抗する奴は容赦するな。人的証拠を捕まえるのが目的だ」


 思わず『え?』と言葉を漏らしたバード。ここに来て随分手ぬるい事をするなと意外な感触を持ってしまった。ここまでは問答無用で酷い扱いだったのだが……


『私は宇宙軍海兵隊のテッド少佐だ。諸君らがシリウス派の工作員であるというネタは上がっている。無駄な抵抗を諦め全員投降しろ。大人しく捕縛されれば命までは取らない。だが、抵抗した場合、試みた場合にはルナⅡと一緒にラグランジュポイントで地球を周回してもらう事になる。好きな方を選ぶと良い』


 冷たい口調で言い放った最後通告は、返答を保留させないという強い意志に満ちていた。


「連中、投降しますかね?」


 少し不安そうなビル。地球にも確実にシリウス派は存在していて、その多くが現状に不満を抱く反発層だ。政治や社会と言った『個人の力ではどうにもならない理不尽な仕組み』をこわしたい。壊せるなら、その後がどうなろうと構わない。そんな虚無的な幻想に取り憑かれている層とも言える。

 自分が不遇なのは、たまたま先に生まれただけの奴が富を独占しているからだ。だから、成功者の既得権益を破壊する。そうすれば富の再分配が発生する。自分に明確なメリットが無くとも、いま成功しているもの達を不幸に出来るなら、それで十分満足だ。そんな身勝手な理由で『流行モノの反政府組織ごっこ』に興じる若者達だ。


「さぁな。投降すれば逮捕すればいい。そうじゃなきゃデブリデビューしてもらうさ」


 あぁ、全然ヌルくない。甘くない。良かった良かった。ふと、そんな事を思ったバード。数分の沈黙が続いている中、ジョンソンは無線の中に愚痴をこぼした。


「ほぼ完全に素人だな。碌に暗号化もしてない無線で相談してやがる」


 ジョンソンは無線の中へ傍受している無線を流し始めた。若者達の声で盛んにやり取りされるそれは、大義も理想も夢もなく、ただ単純に『現状が気に入らないから壊す』と言うものだった。ある意味で若者らしい無鉄砲さというモノだが、逆に言えば怖いもの知らずなだけの、単純で不用心で世間知らずだ。

 誰かの思惑なんか真っ平だ!といきがって、結局は非主流派の思惑に踊らされている。その現実に気がついた時、きっと若者は大人への第一歩を歩みだすのだろう。まだまだ若いはずのバードだが、士官教育で何処か老練な大人の思考回路を植え付けられ、何と無く冷めた目で若者達を見ているのだった。


「床に寝転がって泣き喚いている子供と変わらないのね」

「そう言うことだ。精神的に成長して無いのさ」


 ビルの言いたい事をバードは良く分かっていた。要するに、テロという手段は一種の癇癪なんだと。ここまで様々な現場を見てきたバードだけに、そんな部分は嫌という程よくわかっていた。だが、自分の内側の思考に陥っていたバードの意識はジョンソンの声で現実に帰ってきた。


「お、なんか動きますね」

「軽く銃撃戦でもやりゃ甘ったれたガキの根性叩き直すのに丁度いいんだがな」


 どこか不機嫌なスミスの声が刺々しい。どうやっても現状が変わらない絶望の現場にいたスミスにしてみれば、反政府組織ごっこなど本気で腹がたつ遊びにしか見えないのだろう。


「ルナⅡの裏手にも居るようです」


 レーダーを確かめていたジャクソンが報告を入れた。そして同時に全員の視界へルナⅡ裏手に隠れている艦艇の線画がオーバーレイされる。ゆっくりと動き出したその船は、ぐるりと回り込んで砲撃を加えようとしていた。


「スミス、リーナー。始末しろ。遠慮するな」

「イエッサー」


 ルナⅡの手前で大きく円を描いていたBチームのシェル編隊は突然散開し、ルナⅡ裏手に回り込んんで行く。いきなりシェルを見て驚いたらしい艦船はハッチを開け、宇宙服を着込んでいる者が個人携帯レベルの対戦車火器を発射した。

 酸化剤さえ有れば無反動砲は宇宙でも有効であり、尚且つ重力の影響を受けにくいところでは実体弾頭が永遠に飛び続ける事になる。偶然直撃をもらった民間船などが有れば大問題になるだろう。

 そんな弾頭をヒョイと交わたスミスとリーナーは高速で接近し、ハッチ部分へ一撃を加えて戦闘能力を奪う。ハッチの周辺が大きく破壊され、緊急閉鎖した筈なのにも係わらず、船内から続々と様々なモノが宇宙空間へ吐き出されていた。


「ありゃ酸欠で全滅パターンだな」

「船内気密が甘いらしい。まぁ、自業自得だな」


 醒めた会話をしつつ飛んでいった弾頭を探すふたり。割と速度が乗っていた弾頭はジャクソンが精密射撃で打ち抜き、数キロ離れた場所で爆発した。


「多少のデブリは仕方が無いな」


 全員に聞こえる様に無線の中で呟いたジャクソン。勿論シリウス側の艦艇にも聞こえるようにだ。ただ、そんな『力の行使』を垣間見たせいだろうか、工作員の乗り込んだ作業船はルナⅡに引き込んでいたケーブルを全て切断し、逃走を図ろうとしていた。


「まったく…… 手間を増やすな。ガキども」


 もう一度ぼそりと呟いたジャクソンはエンジン部を狙って精密射撃を加える。一撃でメインエンジンを打ち抜かれ動力を失ったその艦艇は、ルナⅡの弱い重力に引っ張られつつもその周囲をフワフワと漂い始めた。

 小型艦艇故に予備エンジンなどあるわけが無く、また、スラスターの推力程度で飛べるほど宇宙という荒海は生やさしい所では無い。それでも必死に操船を試みる小型の艦艇は、ジリジリとルナⅡから離れつつあった。


「どうします?」


 ちょっと呆れたような声のドリー。テッド隊長のシェルは進路を変え、その小型艦艇の船首部分へ取り付き進路を調整すると、後退方向へ加速を始め地球引力圏へ引き込まれる方向で加速度を加算させていった。

 通常、小型艦艇では後退を停める向きのスラスターが一番弱い。強い力を止めるならメインエンジンを使った方が早いからだ。そのエンジンを失った船で後退方向へ加速度を付ければ、迎える結末など推して知るべしである。


『スターライトⅢ 地球への安全な航海を祈る 以上だ』


 ふわりと離れたテッド機の手が左右に振られた。無線の中が大騒ぎになって泣き叫ぶ者が続出した。


 ――結局この程度なんだね……


 何とも興醒めな結末を迎えしらけきった空気のバード。勿論Bチーム全体が白けていると言って良い状況だ。無線の向こうに響くのは泣き叫ぶ声と責任を擦り付け合う罵声だけ。

 ふと、士官学校の授業で習ったアドホック・ウォー(第五世代の戦争)を思い出したバードは小さく溜息をついた。満たされない征服欲求と暴力衝動の為に戦う事を選ぶ者たちの愚かさだ。


『助けてくれー!』

『騙されたんだ!』

『金を貰って指示されただけなんだ!』


 ――あぁ…… 始まった……


 ウンザリした表情でモニターを睨みつけているバードは装甲服の内側からエナジーリキッドをもう一本取り出すと、頭を飛ばして飲み込んだ。気分転換に飲み込んだリキッドはフレッシュアップルの味がした。さきほど飲んだものと味が違うのを不思議に思いながら様子を伺っている。

 そんな中、ルナⅡに接舷していた小型艦艇の一つが投降信号を出してルナⅡを離れた。そのエンジンをジャクソンが撃ち抜き、行動の自由を全て奪ってしまった。機動力に劣る小型艦艇でシェルとやりあうのは不可能だし、逃げ切る事も出来ないのは自明の理。そして、軍船では無いのだから撃ちあう事も出来ない。


『助けてください!』

『助ける事はやぶさかではないが、舞台裏を全部聞かないことにはなぁ』


 ルナⅡの周囲を漂う小型艦艇は全部で五隻。その全てをシェルで押して地球へ墜落する進路を取ると、無線の中が一斉に賑やかになり、無様に泣き喚く声で埋め尽くされた。


『話す! 話しますから!』

『じゃぁそれを先に聞こうか!』

『先に救助してくれ!』


 若者たちの声を聞いていたテッド隊長が黙った。


『……ん? 無線の調子が悪いな。まぁ仕方が無いか。やむを得ん。全機、帰投コースに入れ。後ろは振り返らなくて良い』


 小型艦艇の周囲を一緒に漂っていたテッド隊長機のシェルはエンジンを急激に吹かし、長々と尾を引いて加速していく。その姿を見送ったバードもエンジンに火をれて加速を始めた。

 続々とルナⅡを離れたシェルはグルリと円を描き少しずつ離れていくのだが、その後方でコントロールを失った小型艦艇の中では無線にかじりついて必死に命乞いしていた。


「隊長? どうするんですか?」

「まぁほっとけ。そのうち自分たちでペラペラ歌いだすさ」


 心配そうなバードの声を普通に流してしまったテッド隊長だが、チームはゆっくりとルナⅡの裏手に回りこみ様子を伺っている。相変わらず無線の中では小型艦艇の中からの恨み節が流れていて、黒幕になっていた政治家たちの名前が続々と取り上げられているのだった。


「ジョン。録音しているか?」

「もちろんです」

「ペイトン、ライアン。データ通信は監視しているな?」

「へい。何処にデータ飛ばしてるかばっちりですよ」

「ヘッダもシュトラウスも暗号変換も筒抜けですって」

「よし、問題ないな」


 楽しそうに呟いたテッド隊長はバード機を手招きして呼び寄せた。機体を寄せたバードだが、その肩にある通信バスへ通信ケーブルを打ち込んだ。


【直通通信だ】

【なんですか?】

【お前だけこっそり接近して救いの女神になってやれ】

【救助ですか?】

【そうだ。ただし、一隻しか援けられないから……】

【あぁ、解りました。一番情報を吐いた船だけですね】

【そう言うことだ】

【じゃぁ行ってきます】


 通信ケーブルを切ったバードは死角から接近する事を選び、地球突入軌道を漂流する小型艦艇へと接近した。いきなり衝撃を受けた小型艦艇は間近に見るシェルの迫力に腰を抜かす程だが、バードは構わず無線へ囁いた。


『たっ! 助けてください!』

『えぇ、助けに来ましたよ』

『ありがとうございます!』

『だけど、救助できるのは一隻だけね』

『え?』


 無線に流れた声が女性だったと言う事で驚きを隠せないらしいが、バードは構う事無く続けた。


『このまま地球へ大気圏突入したら全部燃え尽きるでしょ? 幾らなんでも夢見が悪いから一隻だけ助けてあげましょう。この機体で押せるのは一隻だけだから』


 まとまって漂流している船を見つつ、バードはどこか冷たい口調で話し続けていた。無線の中では明らかに仲間割れが始まっていて、これといった理念も理想も目標も無く、ただ単純に大騒ぎして暴れたいだけな若者たちの現実が曝け出されていたのだった。


『で、そもそもここをハッキングしろって言い出したのは誰なの?』


 どの船を押そうかとウロウロしているバード機を目で追いながら、小型艦艇に分乗していた若者たちは一斉に情報を吐き始めた。その声は全て月面基地へと転送されている。話を聞きながらビルやドリーがこっそりとバードへ指示を出し、必要な情報を全て吐き出させていた。


『最後に一つ聞きたいんだけど』


 バードの声に噛み殺した笑いが混じった。勝利者の笑みと言って良いものだ。


『このまま生きて帰ったら裁判に掛けられて確実に有罪になるけど、それでも帰りたい? 下手したら反逆罪で死刑だけど』


 一瞬無線の中が静かになった。そして若者たちは悟った。理由も無く苛つき、騒動が起こる事をワクワクして待ち望み、そして、自分たちには関係ない事だと思い込みつつ、憎まれ口を叩きながら犯した罪の深さを。

 自分たちがしでかした騒動の大きさと影響の大きさを、嫌というほど悟った。自分の命がここで絶たれようとしている状況になって、初めて学んだのだった。


『それでも帰りたい?』

『……帰りたいです』

『じゃぁ……』


 バードの言葉が切れ、そこにテッド隊長機が再び姿を現した。


『全員逮捕する。基地へ連行しその後の処遇を検討する。場合によっては司法取引が行われるだろう。正直に全てを告白すれば、或いは生き延びるかもしれない。まぁ、死にたければ好きにすれば良い』


 冷たく言い放ったテッド隊長。

 五隻の小型艦艇を牽引し、Bチームのシェルは帰投コースへと入ったのだった。

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