生き残った者たち
――――月面キャンプアームストロング
地球標準時間4月15日 1000
月面の基地へと戻った501大隊の生き残りは35名。
金星を出た時点では36名いた筈なのだが、月面到着前にCチームの生き残り1名が突然ブリッジチップ不調状態となり突然死したからだ。
その為、月面基地帰還後、第1作戦グループ全員は緊急精密点検を行う事となった。オーバーホール一歩前の検査なのだが、丸二日間を予定している関係でシミュレーター上へ移動したバードの意識は、ひたすらベッドの上で眠り続けると言う一日を過ごしたのだった。
「……寝すぎたかな」
寝ぼけた頭でベッドの上に寝転がっていたバード。時計の針は24時間が経過していて、シミュレーター上とはいえ空腹を感じたのだった。南太平洋に浮かぶリゾートホテルの一室。バカンスモードになったシミュレーターで、宿泊客は501大隊の生き残りのうちDチームを除く28名だった。
「なに食べようかな……」
24時間食べられるバイキングのレストランへと一歩足を踏み入れたバード。そこには各チームの面々が揃って雑談に興じているのだった。
「お! バーディーが来たぜ!」
ホテルガウンで姿を現したバードをライアンが見つけた。オレンジジュースを持ってその輪に加わったバード。A・C両チームの生き残りは全部揃っていた。
「なにしてたの?」
「ずっと寝てた」
「もっと寝てれば良かったのに!」
ホーリーからいきなり話を振られたバード。ホーリーの右側にはロックが、左側にはジャクソンが座っていた。
「せっかく良い男に囲まれてご機嫌だったんだから」
「ちょっと! こっちは返してもらうからね!」
ホーリーとロックの間へ強引に割り込んだバード。そんな姿を皆が笑った。
「所で何の話してたの?」
「あぁ、なんか新しい機材が来るって言うんで何が来るんだ?ってな」
「新しい機材?」
ロックの説明に首をかしげたバード。皆も不思議そうな顔だった。
「ところが、その新しい機材ってのの正体を誰も知らないって寸法さ」
ドリーの言葉にAチームの副長であるドゥドアラウジョも相槌を打つ。
「ドリーもそうだが、俺やアォウキも聞いてない。各チームの副長クラスですら知らない情報で、それを知っている筈のテッド少佐もウッディ少佐もここにはログインしていない」
「じゃぁなんで新しい機材が来るって知ってるの?」
率直なバードの問い。それに回答したのはペイトンだった。
「いま検査中のチェック項目に新機材とのフィッティングって項目があんだけど、その新機材ってなんだ?って話題で盛り上がってたってわけさ」
「ふーん」
ペイトンは持っていた数枚のレポートをバードへと手渡した。そのレポートにはサイボーグの身体に関する詳細なチェック箇所が膨大な量で記載されていて、そのチェック項目の一番最後辺りには『新機材への適合性及び拒絶反応の検査』と書いてあった。
「……拒絶反応?」
「そうなんだよ。何で拒絶反応なんだ?ってことさ」
不思議そうに首をかしげるロック。
そんな時、レストランのモニターが突然点灯した。
『諸君、揃っているかね』
モニターの中のアリョーシャが笑っている。
『こっちはリアルだ。シミュレーターの時間速度をリアルと合わせてあるからタイムラグは無い筈だが』
なんとも現実世界の中でアリョーシャはカメラに向かって話をしている筈だ。そう思ったバードは第三者の視点でそのシーンを眺めているのを想像し笑った。
『さて、これからエディはお偉方相手に孤独な戦闘をする事になっている。テッドとウッディがサポートに付くが状況はよろしくない。だが、ここが大事なところなんだ。諸君らも声援を送ってくれたまえ。きっとエディに届くだろう』
アリョーシャの言葉が終わると同時に、皆が集まっていたテーブルの上へパッと光を放って小冊子が現れた。アリョーシャの配布した資料には国連軍の装備編成委員会と言う記述があり、今回の議題は国連総会へ向けたプラン編成とあった。
各々がその資料を手にとって読み始めたとき、モニターの中の視界が切り替わり、エディを後方から見る眼差しになっていた。重厚なマホガニーレッドのテーブルに腰掛ける20人足らずの人間たち。
一様に国連軍のグリーンドレスを着ているのだから、つまり、国連軍の3軍統合事務局であると推察された。
──マーキュリー将軍。金星戦闘の直後と言うのに申し訳ない。どうか我々に協力いただきたい
「いやいや、事務仕事も軍隊の重要な任務の一つ。協力は惜しみませんぞ」
──それはありがたい
穏やかな口調で始まった事務方の質問だが、最初はエディに金星戦闘の総括を求めた。ナーダ高地とアフロディーテ高地での戦闘におけるサイボーグチームの活躍と課題。そして、イシュタル高原での戦闘とジェフリー落下戦闘における極限時での戦闘能力。それらをエディは淡々と説明している。
だが、その説明を聞きながら第1作戦グループの生き残りは、この場における目的を直感的に悟ってしまった。どの戦闘局面を見ても、サイボーグチームだけで戦闘に勝ちきっているケースは無く、むしろ生身の兵士を動員しサポートを受けている場面が多いのだった。
つまり、言われるほどサイボーグは活躍していない。その事実をエディに言わせるのが目的なのだと。むしろ、サイボーグチームの無茶な戦闘に付き合わされた生身のほうに犠牲者が多くでていると言わせるのが目的なのだと。そう気が付いてしまった。
──マーキュリー将軍。端的に言ってサイボーグチームの規模を回復させるのに必要な投資を行うメリットは……存在するかね?
「それはもう十分に、いや、十二分にあるでしょうな。なにせ最終局面で必要とされた戦術的目標の達成は全部サイボーグチームにより行われましたからな」
──ですが、現実問題として内太陽系におけるシリウス側の抵抗拠点は金星戦闘により壊滅しましたね。外太陽系は第2作戦グループにより作戦の遂行が可能ではないか?
「外太陽系の作戦を終えた時点で第2作戦グループが健在である保証は無いと思われますが?」
──その時点で再建の判断をしても問題ないのではないかと私は思うのだが、将軍も賛同いただけないものかね
「サイボーグは兵器ではなく兵士ですぞ? どうかそこを履き違えませんよう」
あくまで穏やかな口調を崩さないエディ。
だが、鋭いさや当ては遠慮なく続いていた。
──現実問題として国連軍予算は逼迫しています。ここで莫大な予算を必要とする投資には二の足を踏まざるを得ないのだが
「ならば必要な箇所に必要な投資を行うべきでしょう。ただ、それについての責任は明確にしていただきたい。誰がどのような思惑でその政策をとったのか?ですよ」
──つまり?
「解釈は委員会の皆様にお任せしますが、私はサイボーグチームの削減には反対だ。ここは議事録に明記していただきたい。そして、今後の作戦活動についてですが、間違いなく支障が出ます。レイアウトで対応するにしても限度があると言うことです。なにせ、我々は兵器ではなく人間なのですからね」
──つまりどういう事かね?
「必要になってからサイボーグを増やしても遅いということです。冷えた部屋が温まったからといってストーブの火を絶やせばすぐに部屋は冷えてしまうでしょう。冷える前に、まだ温もりが残っている前に火を灯さねばなりません」
エディの説明を聞いていた委員会の面々は黙り込んだ。そんなシーンを見ていたエディはたたみ掛けるように言葉を重ねた。
「減らすのも増やすのも皆さんの決定ですから、我々はそれに従います。ただし、減らしてしまっては、今までのような実績を得る事は不可能です。また、必要だからと増やしても、すぐに結果は出ないでしょう。高価なサイボーグを使い捨てにする事になり、返って高いモノに付きます。ここは私の発言としてしっかり明記をお願いします。外太陽系攻略において同じ規模の被害を被り、その結果としてサイボーグチームが縮小してしまった後、シリウスへの攻略を行う上で我々は戦力になり得ない状況に陥ります」
エディは委員会の面々を見回してから静かに言った。
「シリウス攻略において膨大な人的被害を巻き起こすか、さもなくばシリウス攻略を諦めざるをえない。そう言う状況が望ましいと言う方は、再建計画に反対していただくのが宜しいかと思います」
ニコリと笑ったエディはそのまま口をつぐんでしまった。誰かが何かを言い出すまで貝になる作戦のようだ。つまり、『責任は負わないよ』と言い切って、誰がその責任を負うのかハッキリしろと言いきった事になる。
そのシーンを見ていた第1作戦グループの面々はグリーンドレスの中に特定の思惑を持っている者がいる事を感じ取った。つまり、その者は何処かのロビー活動なり支援によって特定の勢力から何らかの恩恵を受けていて、その活動者らが望む形を得ようとしている……
──マーキュリー将軍はサイボーグチームの再建に投資を行うべき、と。そう考えていると受け取って差し支えないですかな?
「行うべきではなく早急に対策するべき……です。以前の規模に回復させるのではなく、より一層規模を拡大し、人員を増やし、作戦を支援するバックグラウンドのスタッフまで含めてより一層の規模を得られる事が望ましいでしょう。我々は生身の兵士とその家族が幸せな日々を送れるように。夫を心配する妻や父を想う子供たちが、無事な帰還を笑顔で出迎えるその時の為に。その為に存在しているのです。存在を許されているのです。ですから、我々を削減するという決定ならば、それは甘んじて受け入れますが、その結果については一切責任を負えません」
一つ息を吐いたエディは言葉を整え話を続けた。
「イシュタル基地攻略において地球の地上軍選抜チームはネクサスⅩⅢに対し全くと言って良いほど効果的な戦闘を行う事が出来ず、ジリジリと後退する局面へと陥りました。最後にはジェフリー墜落で焼き払う結果になりましたが……
──ならばもう残ってないのだろう?
「シリウスにネクサスが残っていた場合はどうされますかな? そんな存在があるなんて知らなかったとシラを切って責任を逃れますか? 遠くシリウスくんだりまで行って痛い目に遭い、しかもネクサスに手痛い一撃を受けたのはサイボーグチームのサボタージュが原因だと言われても困りますからね。ここは先に言わせて貰いますよ? 我々とて、いや、サイボーグチーム最強のB中隊ですら手に余す事があるネクサスⅩⅢです。より一層の能力向上を求めたいくらいですな」
責任の所在について明確なカードを切ったエディ。力強く言いきったその言葉はグリーンドレスの連中を一瞬尻込みさせるのに十分な威力だったようだ。
──多少…… 意見の齟齬があるが
静かに話を切り出したのは沈黙を守っていた議長のようだった。随分と老齢な人物だが、恐ろしいほど鋭い眼光をたたえたその視線は、相手を射殺すような強さがある。その眼差しが一瞬カメラを捕らえたのだが、カメラも視線を受け止めたあとで左右へと僅かに触れた。
どうやらテッド隊長の視線の視線に相乗りらしいと気がついたのはこの時だ。一瞬エディとテッドが視線を絡ませた。何かをアイコンタクトし、そして再びエディが前を向いた。
――全体としては第1作戦グループの再建を推し進める案を提出する。異議のある者は挙手してくれたまえ
固唾を呑んでその瞬間を見ていた第1作戦グループの生き残り。モニターの向こうでは一発の銃弾を撃つ事無く激しい戦闘が行われている。その戦闘は直接的に自分たちの将来を左右するモノなのだから、いつもおちゃらけているジャクソンですら真剣な表情でモニターを睨み付けていた。
「チーム再建って簡単に言うが……」
ボソリとこぼしたダニー。勿論、その言いたい事は皆が理解している。ただ、どうしても気になってしまうのだ。サイボーグチームに人を入れると言う事は、つまり、また世界のどこかで人を辞める決断をする者が出ると言う事だ。
「どっから人を入れるんだろうな?」
同じようにモニターを睨み付けていたCチームの生き残りが呟いた。名前を知らなかったバードだが、相手の素性を知っているらしいジャクソンは辛そうに言葉を漏らすのだった。
「そりゃ今回は素材にゃ苦労しないだろ。死にたてがゾロゾロいるからな」
「それは間違い無いが……」
「どっちにしろ、損な役回りを引き受ける奴は必要ってこったな」
「あぁ、その通りだ」
辛そうな言葉を交わしていた面々だが、その密やかな会話を掻き消すに十分な言葉が突然モニターの中から漏れ出た。思わずモニターをガン見してしまうバードだが、それはバードだけでは無くそこに居たサイボーグ達全てが同じだった。
――ちょっと待っていただきたい議長。我々の仕事は宇宙軍全体の予算配分について適正かどうかを審査する事が目的の筈では無いですか? もう何年も501大隊の処遇については喧しい論議が続いていますが、今回の金星戦闘における大きな犠牲者の発生は、逆に言えばチャンスですぞ。人員削減した際の補償をどうするかで意見がまとまらなかったのですから、大きく人員が減った今こそ規模の縮小と効率化を推し進めるべきです
――具体的にどういう事かね?
――現状では501大隊関連予算が25パーセント削減出来る勘定です。その予算で他の装備を充実させる事も出来るでしょうし、或いは国連の予算として貧困地域への投資などにも使えるのでは無いでしょうか?
バードは不意に横を向いてロックと目を合わせた。眉間に皺を寄せたロックが僅かに首を振っていた。その向こうに座っていたペイトンが鼻で笑う仕草を見せ、テーブルを挟んだ向かいにいるアォウキはせせら笑うように肩を揺すっている。誰が見たって茶番でしかない言葉。その意見で誰が得をするのかを考えれば、自然とその正体が透けて見えると言うものだ。
「どこの差し金だ?」
「シリウスだけじゃねーな」
「軍関係の複合企業じゃないか?」
口々に言いたい事を言い出した面々。確かにその通りだとバードだって思うし、むしろ、純粋な善意や良識でそれを言い出したと言うなら、むしろ委員会のメンバーとしては不見識極まると言っていいのだろう。予算の圧縮を提案することに異存はないか規模の縮小を提案するならもう少し工夫しろよ……と、そんな気持ちにもなるのだろうが。
「結局のところ、一発の銃弾もなしに俺たちの数を減らせるんだろうからな」
「そりゃシリウスサイドだって必死になるわ」
「だよな……」
深い溜息を吐きつつ皆が落ち込む。こんな連中を相手に予算の切り取りをしなければならないエディを思えば、同情の念すら湧くのだ。
――貧困層への投資と501大隊の予算について関連性を具体的に述べて貰えないかね? もっと言えば、我々は軍の予算についてを念頭に検討を行っているのだが、それ以外については我々の専権事項を外れる事は君も承知しているはずだ
老齢な議長役の人物は殊更に不機嫌な空気をまとい、予算削減を提案した委員を真正面から打ち据えるような眼差しで見ていた。その強い視線がいたたまれなくなったのか、まだ多少若い委員は慌てて余所を向いて視線を交わさないように振る舞っている。だが、論議は進行し結果は着々と紡がれていく。それも、余り望ましくない方向へ。
「我々は決定には従います。なにせ軍隊と言う組織は、古今東西いつの時代であっても、政治を行う者の道具の一つに過ぎません。ですが、この先の様々な案件については責任の所在を明確にしていただきたい。私が述べたい事は以上です。戦力を削減する決定を誰がどのような経緯で行ったのか、それについて――
居並ぶ委員を向こうに回し、エディは繰り返し同じ言葉を述べ続けていた。つまり、『誰が戦力削減を言い出したのか?』と『作戦に失敗しても責任を押し付けるな』の二つだ。
ここに至り、何故か突然貧困問題を持ち出した議員は狼狽え始めた。何らかの悪意や意図や誰かの指図で振る舞う者は、明確な責任の所在というものを何故か避けようとするものだ。己の信念や思想信条では無く、何者かの意思や『望む結果』の代弁者となる時、それを言う者は自分が責任を負わないように振る舞う。
「こうも判りやすいとありがたいな」
せせら笑うように呟いたビルの言葉は、全員の意見を代弁した様なものだ。明らかに『工作活動中です』と言わんばかりの姿なんでバードですらも失笑を禁じ得なかった。
「で、こっから先はどうするんだろうな?」
ニヤニヤと笑うジャクソンはレストランの中をグルリと見合わした。生き残っていた第1作戦グループの面々は、全員が楽しそうに笑っている。
「おそらくは内通者狩りからだろうな」
「エディにしてみれば、そもそもこれが目的だったんじゃ無いか?」
「火星や金星で大暴れして、政治的に圧力を掛けさせるのが目的か」
それなりに場数を踏んでいる者達がざっくばらんに討議する中、バードは手にしていたオレンジジュースを飲みながらグラスを見ていた。リアル世界なら恐らく表面にびっしりと水滴が付いているはずのグラスだが、シミュレーターの中ではそこまで再現していないようだ。
ただ、口に入れて飲み込む課程は本当にリアルな再現なので、余計こういう部分での『手抜き』が目立つのだろう。そんな事に思い至ると、あのエディが戦っている委員の男も、もう少し隅々まで気を配れば良いのに……と思うのだった。
「さて、そろそろ予定の時間だな」
時計を見上げていたドリーは突然そんな事を言い出した。
「予定って何?」
バードは隣に座るロックへ訊ねる。
「あぁ、当初は二日間の予定だったけど、出来る限り早くすると言う事で、準備が出来た者から順次ログアウトだそうだ」
「ふーん……」
ニコッと笑ったバードだが、思わず漏れたのはボヤキ節だった。
「寝てないでチャキチャキ働けってことね」
「……だな」
そんな言葉に苦笑いを浮かべたり、或いは失笑する面々。そんなタイミングでモニター画面が突然切り替わった。モニターの向こうに姿を現したのは技術大佐の鷹司だった。
「諸君、待たせて申し訳無い。こちら側の準備が整ったのでリアルに帰還してもらう事に成った。各部の不具合はほぼ全て改善を行ったので確認して欲しい。それとA・C両チーム向けの機体はアクセラレーターの改善を行った。推定値だがBチーム向けのG20並な反応速度を達成しているので最初は戸惑うかも知れない。だから、しばらくは注意して欲しい。まぁ、あとは自分の身体になるのだから、各位で対処してくれ」
一方的に話しを終えた鷹司はモニターから姿を消した。ふとホーリーを見たバードは、彼女が妙に嬉しそうにニコニコとしているのに気が付いた。
「どうしたの?」
「性能向上ってどんなだろうって思ったのよ!」
「あ、そっか」
「バーディーの反応の早さが正直羨ましかったからね」
「そうなの?」
「それに、Bチームシェルに乗っけてもらった時は驚いたもの」
あ、そっか……と、そんな表情でジャクソンを見たバード。ジャクソンが苦笑いを浮かべているのは、多分ホーリーとの間で何らかの話しをしたんだろうと思われた。そして、その直後、いきなりバードの視界が真っ暗になって全感覚遮断がやって来た。心の準備も無いままにこれをやられると驚くのだが、最近はどこか慣れている部分もあって『あぁ……』くらいにしか思わない。もっとも、それでも嫌なモノは嫌なのだが……
パッと切り替わった視界の中、セイラー上級曹長がメンテナンスベッドの隣に座っていた。薄掛けを一枚掛けられた状態で裸だったのだが、室内には女性しかいない環境で、バードの隣にはホーリーがまだ眠っていた。
「お疲れ様でしたバード少尉」
「ありがとう」
身体を起こして各部の可動を確かめ始めるのだが、もうこんな部分も指示される前に動き始めている位には慣れていた。つくづくとサイボーグ馴れしている自分に違和感すら抱かないのだから、もう完全に機械になっているのだろうと自嘲する。
「問題ないですね」
「そうね」
「各部の作動精度を改善しましたので、動きの誤差が更に減ったと思います」
「そうなんだ。反応速度は前と一緒?」
「……その辺りは生体反応の限界に近いので、現状維持です」
「オーケー」
ややあってホーリーがむくりと起き上がった。まるで寝起きのような姿に思わず笑うバード。どこか眠そうでもあり、そして臨戦態勢のように辺りを確かめ、一息ついた。
「お疲れ様でしたホーリー少尉」
「あぁ。セイラー。ありがとう。やっぱりここは良いわね」
不思議な事を言っているホーリーを横目に服を着始めたバード。ホーリーは一通り説明を受けている状態で、手を握ったり開いたりしながら笑顔になっていた。各可動部を可動限界いっぱいまで動かし、動作に引っかかりやもたつきが無いかを確かめている。
「凄い! 反応はやい! これ良いわ! 凄く良い!」
キャッキャと喜ぶホーリーだが、バードにしてみれば普通の速度だった。ただ、それを言わないのも優しさというもの。暖かに微笑みかけて、ホーリーが落ち着くのを待った。
「リアルの寝起きで人が居るって良いものだわ」
「なんで?」
「整備班に女が居ないところにいたから、目が覚めると一人だったのよ」
「……それなりに気を使ってくれてたって訳ね」
「でもなんか、逆に変でさ」
ウンウンと頷いたバード。中身は機械だが姿や形は生身の女と変わらない女性型のサイボーグだ。整備する側にしたってどこか気まずい部分があったのだろう。男性ばかりの駐屯地に送り込まれたホーリーは、言葉に出来無い苦労を重ねたはずだ。身体が機械であることに馴れても、心はやはり女なのだから。
「さて、とりあえず士官室だね」
「そうだね」
ホーリーの着替えが終わるのを待って移動した士官室では、一足先にやって来ていたアリョーシャが資料を整理して皆の到着を待っていた。部屋の中にはドリーとアォウキが先にやって来ていて、アレコレと話し込んでいる最中のようだった。
「おぉ、来たな。お疲れさん」
コーヒーカップと一緒に渡された資料の束をバードは何も言わずに読み始めた。驚きの表情を浮かべながらだが……
作戦ファイル990415-01
Operation:kingFisher―Ⅱ
作戦名『カワセミ2』
「早速で悪いが、いきなり作戦モードだ。と言っても、この作戦は継続中だったので、再度の出撃と言う事だがね」
アリョーシャは笑いながら資料を指さした。その文字列に表情を硬くしたバード。ドリーは涼しげに笑って言うのだった。
「ケリを付ける時が来たようだ。隊長とエディの苦労はこの為だったんだな」
ドリーを見ていたバードはもう一度資料に目を落とした。オペレーション:キングフィッシャーの文字がそこにあった。驚いて顔を上げたバード。その表情を満足げに見たアリョーシャは含み笑いで静かに言うのだった。
「だが、公式にはビッグスウィーパー作戦と呼ばれる事になる」
「大きなホウキねぇ……」
困った様な笑みを浮かべてホーリーを見たバード。ホーリーも資料の束を読み始めた。驚きの表情で読みふけっていたホーリーは顔を上げ言う。
「やっぱりBチームって凄い」
「そう?」
「うん」
肩を竦めたホーリー。そんな姿を横目に第1作戦グループの面々が続々と士官室へ集合し始めていた。居並ぶ者達を前にアリョーシャは話を切りだす。
「今次作戦の重要かつ大切な点を先に話しておく。この作戦を持ってピンボール計画は後半戦に入ると言う事だ。そして――
淡々と要点を上げていくアリョーシャの言葉を聞きながら、バードは終わりの始まりを実感するのだった。




