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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第8話 オペレーション・シューティングスター
95/358

地上の戦い

 時計の針は少々遡る――





 ――――金星上空 高度10キロ付近

      空中都市ジェフリー 中央部

      金星標準時間 4月8日 1800





 浮遊都市ジェフリーは大気圏外に結集していた戦列艦の艦砲射撃を受け、浮力バランスを崩し墜落不可避の状況に陥り始めた。同じ頃、金星の地上のあるイシュタル基地の周辺エリアには地球から送り込まれた地上軍が陣取っていた。

 まるでハリネズミのような火砲・野砲の火線を敷き、その周辺には総勢30万に手が届く大軍団が展開していた。強襲降下揚陸により金星地上へ降り立った戦闘車両は戦車だけでも800輌に達し、そのほかにも軽装甲を施され強力な機関砲を装備した騎兵戦車や装輪型の戦車等を含めれば三千輌もの装甲戦闘車両が展開している状態だった。

 イシュタル基地へ立て篭もる20万近いネクサスⅩⅢを撃退するのがそもそもの目的だが、海兵隊参謀陣の深謀遠慮により作戦進行の換骨奪胎が成し遂げられ、地上軍によるイシュタル基地への突入は阻止されている。

 宇宙軍ではなく地上軍支援者のメンツを守るために馬鹿馬鹿しいレベルでの主導権争いを演じた事になるのだが、その意味は後になって嫌というほど現場兵士たちが実感する事になる。ただ、その当事者と言うべき金星地上に展開中の兵士達は、今すぐにでもイシュタル基地へ突入させろと息巻いているのだが。


『全員後退局面へ移れ! ジェフリーが墜落する!』


 Aチームのデルガディージョ隊長が広域戦闘無線の中へと叫んだ。基地の周辺部でも散発的に戦闘が続いており、その辺りではODSTを中心とする海兵隊とA・C両チームのシェルが地上を掃討している最中だった。

 地球からはるばるやって来た地上軍の兵士たちは始めて重装備のネクサスⅩⅢと遭遇し、その撃たれ強さに舌を巻いている。少々直撃弾を受けたところで死に切ることなく、自爆を試みて尚も接近を続ける恐怖を始めて知った。


『なんだかひでぇな!』


 Aチームの面々が喚く中、次々と基地内からレプリの兵士が現れ、後退する地上軍の追撃を試みている。そんなレプリの大群に向かいAチームのシェルはチェーンガンやモーターカノンを使って撃退を続けていた。ただ、レプリカントの数が多すぎて対応しきれないでいて、Bチームがナーダ高原基地で経験したレプリによる人海戦術の恐怖を痛感していた。


『とりあえず地上軍の支援に全力を尽くせ! あとで恨まれると面倒だ!』


 デルガディージョ隊長の声に励まされてAチームの面々は砲身を真っ赤に焼け付かせながら戦っていた。基地を包囲していた地上軍の精鋭は、順次降下艇へと後退し離陸の準備を始めている。飛び上がってしまえばRPGの餌食になるのが目に見えている関係で、地上掃討が一段落するのをいまや遅しと待ち構えていた。


『全員前進しろ! お客様がた(地上軍)のお帰りを支援するんだ!』

『そりゃ無茶だぜ隊長!』『そうっすよ!』『幾らなんでも敵が多すぎる!』

『重々承知だが降下艇が離陸できねぇのさ! 恩を売るには良い機会だ!』


 ハチャメチャな司令が飛び、Aチームはイシュタル基地へ向かって前進を始めた。犠牲を省みず力で押す戦術なのだが、シェルの装甲に守られている分だけAチームの面々は助かっているといえる。

 力尽くでの前進による安全圏の拡大は、地上降下艇の断続的離陸という形で成果を得つつあった。だが、その降下艇へ向けて反撃を恐れないレプリによる地対空ミサイル攻撃が続き、地上掃討よりも打ち上げられたミサイルの迎撃という方に労力を取られつつあった。


『面倒だな!』

『全くもって親切な連中ね!』


 Aチームの副長アォウキが喚き、同じく降下していたホーリーも愚痴をこぼす。そんな状態が続くなか、地上掃討を続けているAチームは次々と離陸していく降下艇を支援し続けていた。


『6時方向! RPG!』


 ホーリーと同じくスナイパーのロベルトが叫んだ。チームメイトのアレッサンドロがそれを叩き潰す。Aチームに二人いるもうひとりの副長ドゥドアラウジョは基地の側を見ていた。


『不味いぞ! 団体様がお出ましだ!』


 Aチーム全員の視界にドゥドアラウジョの視界が共有された。イシュタル基地から飛び出てくる戦闘車両とレプリの兵士が見える。膨大な数で次から次へと出てくるその兵士数はカウントするのもいやなほどだった。


『地上軍指揮本部が通達を出してきた! 遠距離砲撃戦を始めるそうだ!』


 Aチームの通信手パトリックが叫んだ。同時にデルガディージョ隊長は決断を下した。


『全員地上を移動して後退しろ! 飛び上がったら砲撃の邪魔になる!』

『どこまで下がるんですか!』

『とにかく走れ! 俺たちの降下艇までノンストップだ!』


 状況を確かめたホーリーの声が無線に響く。だが、アォウキの叫びに励まされAチームのシェルは続々と地上を走り始めた。空中に浮かび上がった降下艇は手持ちのブラスターや地上攻撃兵器を使ってレプリの封じ込めを計っていた。

 その後方から続々とシリウス軍戦車の砲撃が飛んできていて、シェルの装甲に直撃弾を受けつつある。この遠距離であればシェルが一撃で破壊される事は無いが、中に乗っているパイロットにしてみれば余り気持ちの良いものではない。


『あっ!』


 ホーリーがいきなり叫んだ。同時にホーリーの機体を爆炎が包み、シェルの視界がゼロになった。激しい衝撃を受け、シェルが前方側へ投げ出される形になり、身動きを取る事が出来ず擱座した。威力から言えば大型の対戦車地雷を踏み抜いたのだとホーリーが気が付く。降下艇まであと10キロの地点だった。


『ホーリー!』

『地上を走るから先に行って!』


 ホーリーを支援しようとしたロイを追い払い、シェルのハットラックから喧嘩道具を取り出したホーリーは金星の地上を走る。だが、ドライアイスの雪が余りにふかふかすぎて速度が乗らない。地形的に硬いところを選んで走っている筈なのだが、5歩に1歩程度の割合で足が膝上まで沈んでしまい、3分もしないうちに身動きが取れなくなった。


 ――チッ!


 ヘルメットの中で短く舌打ちしたホーリー。遠くに降下艇が見えるのだが、この状況ではどう考えてもあそこまでたどり着く事は出来ない。どうしようかを考え始め、とにかく立って走ろうともがいていた時、ホーリーの背中に銃弾が衝突した。


『イタッ!』


 打撃力で前方へと放り出されたホーリーはドライアイスの雪原に放り出された。後方からは激しい銃撃が始まっていて、その銃弾が鋭い音を立ててホーリーの周りを飛び交っていた。


 ――レプリに追いつかれた!


 そう思ったホーリーは何とかドライアイスの雪原を抜け出し、手近な岩場の陰に身を隠してLー47を構えた。レプリまでの距離は4200メートル。この距離ならば精密射撃を行える。

 ヘルメットの中でニヤリと笑いつつ意識を集中させたホーリーは、実体弾頭を選択し最大加速モードでLー47の初弾を放った。遥か遠く4キロの彼方に居たネクサス13の頭が吹っ飛んだ。


『よし!』


 続々と射撃を続けるホーリー。その後方では降下艇が続々とODST達を収容していた。Aチームのシェル向けな大型降下艇も待機しているのだが、ホーリーは射撃の続行を選択した。

 戦闘エリアマップをチラリと見たら、まだ未収容のODSTがいるのに気が付いたからだ。ホーリーだって士官である。下士官以下の兵士が未収容の状態で逃げ出すなど出来ない相談だった。


『ホーリー! 支援するから急げ!』


 ロイのシェルがホーリーの後方へ現れた。持てる火力を全部使って迫り来るレプリ達を退治し始めた。チェーンガンとモーターカノンを両手に持ち、地上に向かって全力射撃を続けているのだった。


『ロイ! 早く降下艇へ!』

『お前が先に逃げろ!』

『スナイパーが先に逃げるなんてあり得ない!』


 スコープを覗き込んだホーリーの目がレティクル越しにレプリを捕らえる。ロイのばら撒く砲弾が次々と地上に着弾する中、高倍率スコープの中にいたレプリはただの肉塊へと変わり続けていた。

 それでもなおLー47に新しいマガジンをたたき込んだホーリーはスナイプし続けていて、白い血をまき散らして痙攣するレプリが続出しているのだった。


『スナイパーの役に就いた時からこうなる事は覚悟してた! 仲間を逃がす為に!味方を逃がす為に! スナイパーは最後まで残るのよ! これが私の仕事!』


 ボルトを引いて次の弾丸をチャンバーに入れたホーリーは、迷う事無く加速器のチャージを始めた。Lー47の制御系と無線で通信するホーリーの射撃管制アプリは視界の中にチャージランプを点灯させ、ホーリーはスコープの中に写るレプリカントの中から次の獲物を探した。程なく見つけたのは一番手近な位置にいたレプリだ。ヘッドショットの狙いを定めトリガーを引き絞る。次の瞬間、白い血をまき散らすただの肉塊が一つ増えた。


『良いから後退しろ! 降下艇がお前を待ってる!』

『それならロイが逃げて!』

『面倒な奴だ! 女より先に俺が逃げられ――


 無線の中にロイの声が響き渡ったのだが、その言葉が終わる前にロイの乗っていたシェルが大爆発した。上半身全部が吹き飛び、全く何も残っていなかった。


『ロイ!』


 絶叫したホーリーの周囲へ、ロイの搭乗していたシェルの残骸がバラバラと降り始めた。真っ赤に焼けたパーツはドライアイスの雪を昇華させながら金星の雪原に沈んでいった。

 目をまん丸に見開いたホーリーは言葉を発するのも忘れ、融けかかったシェルの下半身をガン見している。ギリギリのバランスで自立していたロイの墓標は、金星の冷たく乾いた風に吹かれ、大音響を響かせ倒れた。


 ──ロイ……


 完全に正体の抜けていたホーリー。だが、そのヘルメットに強烈な打撃が加わり、ホーリーは我に返った。レプリの兵士たちが二千メートルを切る位置まで接近していた。そして、その前。ホーリーとレプリの兵士たちの間には巨大な車体をクローラーに載せた荷電粒子砲を持つ戦車が現れていた。


『ホーリー! 馬鹿なことは考えるな! 後退しろ!』


 無線の中にデルガディージョ隊長の声が響く。だがその声はホーリーの意識には届いていなかった。ホーリーは出撃前にバーディーから貰った荷電粒子砲戦車のデータを視界にオーバーレイさせつつ、弱点を探していたのだった。

 間違い無くナーダ高原から移動してきたものだ。バーディーが上空から見たスタイルと各部が一致している。そして、至近距離とは言え、シェルの装甲を軽く吹き飛ばすその威力も。


 高周波音を響かせ再び加速器にチャージを始めた荷電粒子砲は、加速器部分を鈍く光らせ始めた。シェルの装甲を撃ち抜く火力だ。そう簡単に発射出来るモノではないだろう。

 ホーリーは装填した弾丸を破甲弾に代え戦車を狙った。スコープに捉えたのは車体から砲のマウントに伸びる油圧ホースだ。油圧シリンダに繋がるホースを断ち切れば砲身を持ち上げる事が出来なくなるはず。幾らLー47が高性能でも戦車の構造部には有効打にならない。

 スコープのレティクルに捉えたホースを一撃で撃ち抜いたホーリー。だが戦車は何事も無かったかのように砲身を持ち上げた。その姿にイラッと来たホーリーは見える限りのホース全てを撃ち抜いた。各所からオイルを吹き出している戦車は、それでも空を見上げるように砲身を屹立させ、そして激しいプラズマ炎と共に荷電粒子の塊を射撃した。

 その塊は遙か上空で何かを打ち落としたらしく、上空遙かな場所から大きな音が鳴り響いていた。


『なんて事!』


 半狂乱に喚いたホーリー。上空で撃ち抜いたのは地上軍の降下艇らしく、バラバラになった死体が雨あられのように降り注ぎ始めた。

 だが、全てのホースを撃ち抜いたのは無駄ではなかったらしい。砲身を一度下げたその戦車だが、加速器の音が響く事はなかった。砲身部にある、なにかしらの制御系にダメージを与えたらしいと思ったホーリー。機械的な音が幾つか鳴り響いたあと、加速器の辺りから緑色をしたガスが物凄い勢いで吹き出し始めた。間違い無く射撃不能だと思った。そして、その瞬間、彼女は絶叫していた。


『今なら砲撃出来ない! 降下艇は発進して! ここで時間を稼ぐ! 海兵隊万歳!』


 彼女は再び前進してくるレプリを撃ち始めた。いつの間にか距離1500メートルまで接近していた。だが、もはや距離の問題じゃない。ホーリーは邪念を振り払って射撃し続けた。次々とレプリの兵士たちをただの肉塊へ変えながら、ホーリーは4つめのマガジンが空になるまで打ち続けた。


 ──私はサイボーグ 私はマシーン 私は……ただの機械!


 だが、5個目のマガジンを押し込んで加速器のチャージを始めた時だった。沈黙していた戦車が突然動き始めた。真っ直ぐホーリーへと向かって進んでくるその戦車は、進行方向のレプリを踏み潰しながら前進していた。

 走るレプリもそれなりの速度だが、やはりドライアイスの雪原に足を取られ速度には乗っていない。おまけに地上付近はCO2濃度が高く、さしものレプリとて酸素マスクが必要だった。

 そんなレプリの兵士を踏みつぶしてくる戦車。重々しい音を響かせ前進するそれは、ホーリーに取ってみれば死神だった。


 ――アレが私の死なのね……


 ヘルメットの中でニヤリと笑ったホーリー。少なくとも生け捕りにされて晒し者にされる可能性は少ないと思った。ぺしゃんこに押しつぶされてドライアイスに雪に埋まり、そして金星が自分の墓場になると思った。だが、その運命を悄然と受け容れるつもりは毛頭無い。

 海兵隊の本分とは抵抗し、抵抗し、抵抗する事だ。与えられた任務を遂行し、必要とされる結果を生み出す為に努力する事だ。その為には何でもするし、どんな事を厭わない。ただ黙って殺されるつもりは毛頭無いと言う事だ。ただ……


 ――え?


 目の前に居る荷電粒子砲戦車の砲身は、真っ直ぐに自分を狙っていた。そして、動かないと思っていた加速器から再びチャージ音が響き始めた。ヘルメット越しにその音を聞いたホーリーは全身の毛穴が開くような不快感を覚え、同時に戦慄した。どう考えたって逃げ場は無いし、避けようも無い。

 基地の側からはレプリがまだまだ走ってきていて、その数は増え続けている。レプリに捕まったらどうなるのか。それについては全く予想出来ない領域だ。ただ一つ言える事は、少なくともまともな扱いを期待するだけ間違いだと言う事だ。こっちが全力で叩き殺そうとしているのだから、向こうも相応の事をしてくるはず。つまり、相当惨たらしく殺されることになりそうだ。

 ならばとLー47を構え砲身の中を狙ったホーリー。この距離なら良い一撃になりそうだと思った。どれ程の効果が期待出来るのかは判らない。だが、攻撃しないと言う選択肢は無い。


 ――当たるかな?


 頭の中から『死』という項目が消え去ったホーリー。無心にトリガーを引き絞って射撃を行ったのだが、砲身の中へ吸い込まれた弾丸が何かを引き起こすことは無かった。強力な加速器を隔てるゲートシャッターなのだから、いくら強力な対物狙撃ライフルとはいえ、撃ちぬけるような代物でないのは明らかだ。

 それでもホーリーは撃ち続けた。2発目3発目と打ち続け、マガジンが空になる15発目の時だった。突然、上空から何かが降ってきた。それが何かを理解する前にホーリーへ迫っていたレプリがまとめて押しつぶされていた。ジェフリーから降ってきた何かのパーツだった。


 ――なにこれ?


 次々と降ってくる巨大なパーツは地上に激突した瞬間に爆発していた。そして炸裂した割れ目から夥しい量のレプリが撒き散らされていた。中から次々と出てくるレプリたちは金星の地上作業員の制服を着ていた。


 ――新手?


 だが、そのレプリは目や耳や身体中のありとあらゆる穴から血を流している。地上激突の瞬間に内臓をやられたのか、大量の白い血を吐き出して金星の大地にうずくまり動かなくなっていた。

 まだ多少動けそうなレプリも出てくるのだが、地上に充満しつつあった濃密なCO2を吸い込んで瞬時に動きを止め、そのまま人形が倒れるように昏倒している。


 ――どういう事?


 ふと空を見上げたホーリー。そこには真っ赤に焼けただれて墜落してくるジェフリーの巨大なパーツが見えた。それが一体なんであるかを理解する前にホーリーの持っていたアプリにある弾道解析が墜落点を計算し始めていて、その計算結果がはじき出した答えは自分の真上だった。


 ――じょっ! 冗談じゃ無い!


 Lー47を抱えたホーリーは走り出した。理屈ではなく本能として後方へだ。2歩3歩と進んで行って、アスピリンスノーを越えるふわふわのドライアイスに足が埋まり掛けた時、ホーリーは足裏に確かな踏み応えを感じた。それは、爆散したロイのシェルのパーツだった。


 ――ロイ! ありがとう!


 無我夢中でパーツの上をホーリーは走っていく。ロイの用意してくれたこの道を無駄にするわけにはいかない。足場さえしっかりしていれば、サイボーグの脚力はとんでもない機動を可能とするのだ。

 数歩の鋭いダッシュを繰り返し、飛び石状になったパーツを踏みつけ、そして、横転しているロイのシェルの下半身を踏みつけながらトップスピードに乗ったホーリー。短い距離だったが十分加速したあとだ。迷う事無くギリギリで踏み切り空中へ飛び出して、そして再びパーツの上に着地する。

 だが、着地したホーリーの背に何かが当たった。その衝撃で前へと再び突き飛ばされたホーリー。驚いて振り返ると、僅か500メートル足らずの場所までレプリたちが接近していたのだった。前方を見れば最後の降下艇が口を開けて待っているのが見える。だけど、もう間に合わない。ホーリーは無線の中に叫んだ。


『私は置いていって! 離陸して!』

『ですが少尉! あなたを回収する命令です』

『ならそれは取り消し! 今すぐ離陸しなさい! ここで支援する!』


 一瞬の沈黙が流れた。


『何してるの! 命令を復唱しなさい!』

『……少尉殿! 離陸します!』

『早くしなさい!』

『サー! イエッサー!』


 リフトエンジンを唸らせ離陸体勢に入った降下艇は金星の地上から数メートル上に上昇し、そこでメインエンジンに点火して脱出をはじめた。そのシーンを見送ったホーリーはドライアイスの雪原に横たわり、再びLー47を構えた。

 脱出を支援すると言った以上、その責任を果たさなければならない。スコープの蓋を開け覗き込んだホーリー。レティクル越しに見渡す世界の中で、対空兵器を構えたレプリから始末を始めた。


 ――邪魔しないの!


 並の人間であれば相当の反作用を受ける電磁加速器(レールガン)式の火器なのだが、サイボーグが取り扱う限りはそれほど問題になるような事は無い。続々と距離を詰めてくるレプリを片っ端から射殺しながら、ホーリーは鼻歌など歌い始めていた。開き直った人間の強さは理屈では計り知れないのだ。


 ――そろそろ来るんでしょ?


 例の荷電粒子砲はそろそろ射撃段階に入った筈だ。アレを受けてしまえば一瞬で蒸発する。故に、後の事を心配する必要は無い。綺麗さっぱり無くなって、魂だけ地球へ帰ろう。レティクル越しにレプリを見ていたホーリーは、そう開き直っていた。

 だが、そこに予想外の事が起きた。ホーリーへ迫っていたレプリがまとめて挽肉へと変わった。何が起きているのか理解しきれなかったホーリーは、慌てて周囲を確かめた。その瞬間、想像をはるかに超える大爆発が前方で発生し、あの荷電粒子砲搭載戦車が木っ端微塵に吹飛んでいた。


 ――え?


 驚いていたホーリーの耳に広域無線の声が飛び込んできた。


『まだこんな所にいたのかよ!』


 その声の主を探したホーリー。再び空を見上げた時、そこにはBチームのシェルがやって来ていた。


『どうせ暇だろ? デートしようぜ!』

『ジャクソン?』

『そうだよ! 早く来いよ! ドライブしようぜ!』


 軽い調子で冗談を飛ばしたジャクソンがそこに居た。驚いていたホーリーはヘルメットの中で満面の笑みを浮かべ、急いで道具をまとめて走り出した。


『こっちこっち!』


 コックピットハッチを開けたジャクソンが手招きしつつチェーンガンでレプリを挽肉へと変え続けている。ホーリーはコックピット後ろにある隙間に細い身体をねじ込んだ。


『OK!』

『ンじゃ行くぜ!』


 Aチームが使うシェルとは比較にならない加速を見せたジャクソンのシェル。意識が飛びそうになったホーリーはモニターに映る地上の光景に釘付けになった。

 シェルを発進させてから1分と経過していないタイミングで、ジェフリーが金星の地上へ墜落したのだった。ホーリーの使ってたシェルだけで無くロイのシェルや荷電粒子砲戦車の残骸も完全に押しつぶしてだ。そしてもちろん、イシュタル高原の基地までもが一気に蒸発していって、何も残らなかった。巨大質量の物体が激突したそこには、大きなクレーターが生まれたのだった。


「火星の借りは返したぜ!」

「オーケー! 所でもう一つお願い!」

「なんだよ」

「基地北側へ行って欲しいの」

「どうして?」

「Cチームが展開中のはずなんだけど……」


 ホーリーの言葉になんとなく嫌な予感を悟ったジャクソン。チーム無線の中にバードの声が流れ生きている事は分かっている。だが、Cチームの言葉を聞いたジャクソンは、赤毛のアントニーを思い出した。イシュタル基地の北側にはCチームが陣取っていて同じように後退を始めていたはずだ。地形的なアドバンテージがあって順調な撤収を続けていたはずなのだが……


「そういえば撤収完了の続報を聞いてないな」

「そうなの…… 生きていれば良いけど」


 震えるホーリーの声を聞きながら、ジャクソンはシェルを北エリアに向けた。

 なんとなく、非常に悪い予感を覚えながら。

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