ジェフリー墜落
……バードは自分の心に気が付いた
気づかないフリをしていたのではなく、本当にわからなかったんだと。自分自身の心が上手く座っていない事に気が付かなかった。その、落ち着かず納まらなかった心がストンと収まったバード。だが、そのバードの手を握りに来たロックの手をバード自身が払ってしまった。なぜそうしたのかバード自身でも理解が出来なかった。咄嗟に動いた自分の身体を恨めしく思いつつも、バードは走り出した。
全くもって不条理だと自分自身で思いながらも、自分の気持ちを、自分の心を、自分自身の想いを。それらを素直に受け取る事が出来なかったのだ。
「私以外にレプリを判別できない!」
「レプリもクソもねぇ! こんどこそ死んじまうぞ! バード!」
ロックが大声で叫んだ『バード』の言葉に足を止めてしまった。だけど、いまここで走り出さないと自分自身がダメになってしまう。そんな事をバードは思った。自分自身の心が弱いからこそ、自分の意思で走り続けないと自分がロックに溺れてしまう……
「でも!」
部屋の出口で振り返ったバードはヘルメットを取った。いかなる理由があろうと戦闘中にヘルメットを取るのは言い事じゃ無い。だけどバードは素顔でロックを見たかった。まだ自分に向かって手を伸ばしているロックを。見たかったのだ。
「お前を失いたくないんだ!」
膝が震え、身体の中のどこかが熱を持った。とっくに無くなった筈の心臓が痛みを発したような気がした。
――好き……
だが、その言葉を口にしようとしたバードは、全く違う言葉を叫んでいた。
「士官は逃げられない! あなたは下士官以下を逃がして! ここは危ない!」
一気に走り出したバード。咄嗟に追いかけたロックだが、バードは下層へと続くハッチへと飛び込んで、そのまま脱兎の様に階段を駆け下りていった。
「バード!」
精一杯の絶叫を上げたロック。だがその直後、エディの冷静な声が突然無線に流れた。緊迫した様子こそ無かったのだが、いつもよりも力強い口調だった。
『サイボーグチームは全員最優先でジェフリーを脱出しろ!』
――あと30秒早く言えよ!
頭へ血が上ったロックは手近に合ったダンボールを蹴りあげ『ちっきしょぉぉぉ!』と悔しがる。だが、絶叫したロックは冷静さをも兼ね備えていて、反対側へと走り出した。
脱出指令が出た以上、士官はジェフリーの中で散発的に戦闘している下士官以下を引き剥がし、迎えに来ている筈の降下艇へと急がせなければならない。士官は逃げられないのだ。バードの言った事は間違いない。自分の任務と責務を果たすべく、ロックは自分の感情をいまは押し殺す事にした。
「ガニー! 看板だ! 撤収しろ!」
「しかし少尉殿!」
「グダグダうるせぇ! 今すぐ撤退しろ! 命令だ!」
「サー! イエッサー!」
右腕一本でCー26を撃ちながら降下艇へとたどり着いたロック。北ゲート付近へ結集していたODSTに員数点呼を命じ、揃った隊から降下艇で脱出を命じた。続々とODSTがジェフリーの中から出てきて、最後の隊が北ゲートにたどり着くまで10分少々だった。
「マグニー! 下にまだ誰かいるか!」
「自分が最後であります! 戦死者も回収しました!」
「よし、今すぐ脱出しろ!」
「サー! イエッサー!」
北ゲートから出て行ったODSTを見送り、再びドームに一歩足を踏み入れたロック。ぐるりと中を見回してから胸に差してあった戦闘無線の出力スイッチを最大出力にして、Bチーム無線でメンバーに呼びかけた。
『ロックだ! バーディが最下層へ行きやがった! 誰か見たか!』
『なんだって! なぜ止めなかった!』
すかさずジョンソンの怒声が返ってきた。
だが、それに負けじとロックは言い返す。
『エディの命令が出る30秒前に走り出した! 無線に反応がねぇんだ!』
その言葉にメンバーが『見てない!』や『バーディー! 何処だ!』と呼びかける中、積み重なった瓦礫を蹴りあげたロックのイライラはピークに達していた。
『バーディ! バーディ! 返事してくれ!』
ホワイトノイズばかりが流れる中、ロックは紙やすりで身体中を削り落とされるような焦燥感に駆られていた。今すぐにでも最下層へと走って行きたい。そんな心境だ。
ふと振り返った時、最後の降下艇がハッチを閉めようとしている所だった。あのハッチが閉まって北ゲートを離れたら、銃を持って最下層へ行こう。ロックはそう決意して銃のバッテリーを確かめた。まだまだ射撃できるだけのバッテリー残量があった。
だが……
『ロック! バカな事は考えるなよ! お前も今すぐ脱出しろ!』
『……しかし!』
『今すぐシェルをジェフリーから浮かせろ! ジェフリーを少しでも軽くするんだ! 1分1秒でも長く浮いているようにだ! 早くしろ!』
無線の中に響いたテッド隊長の言葉は苦渋に満ちていた。
バードが止めても止まらないイノシシ系なのは皆の共通認識だ。ならば少しでも環境を整えるしかない。そう思ったテッド隊長とロックは、奥歯を喰い縛ってジェフリーから脱出した。
『脱出できる者から脱出しろ! 勝手に死ぬなよ!』
シェルを発進させたロックはジェフリーを睨みつける。南ゲート部分のフローティングユニットが火を噴いていて、ジェフリーはバランスを崩しつつあった。
「バード! 死ぬなよ!」
ヘルメットを取ったロックはジェフリーの中で精一杯叫んだ。ODSTを満載した降下艇はジェフリーから続々と離れ、距離を取りつつあった。その都度に足元がフワリフワリと揺れたような気がしていた。
同じ頃。ジェフリー最下層入り口手前付近をバードは走っていた。まだバッテリーは60パーセント以上残っている。これなら問題ないと思いつつ階段を駆け下りていたそんな時。
――ロック……
空耳にロックの声が聞こえた。自分の名前を呼んだロックの声だ。バーディではなくバードと呼んだロック。そんな幻想が頭の中にグルグルと回っているバード。最初の出撃で降りた火星の、あのタイレルの工場で見た潔い姿をふと思い出す。
それだけで無く、カナダでも中国でも、困った時にはいつもロックが居た。いつもいつもめんどくさそうにしながら、でも必ず手を貸してくれた。何度かは言い合いになったし、細かな意見の相違で険悪な空気も経験してる。もう口も利きたくない!と腹を立てた事もある。でも、どんな時だってロックはそれを引きずらないし、割り切る強さを持っていた。
――素直に言えよ、怖いって……
ハンフリーの艦内で聞いたロックの声が耳の中にリフレインしてきた。あの時の柔らかな声がバードの心の一番弱いところをチクチクと突き刺している。今すぐにでも踵を返して階段を駆け上がりたい。だけど、それをしてしまっては……
――怖い…… 怖いよ…… ロック……
走りながら膝が震えた。油断すれば階段から転げ落ちそうだった。必死になって頭を振って、悪いイメージを頭から追い出して、そして走り続けた。マーキュリー少将の言った『責任から逃げるな』とはこういう事だと。バードはその責任というものを遂行する為だけに階段を駆け下りていた。無意識のうちに切ってしまった無線機のスイッチを再投入する事すらすっぱりと忘れたままだが・
――――いそげ! 急ぐんだ! 時間が無い!
不意に聞こえたちょっと野太い男の声。バードは一旦足を止め、銃の電源を確かめてから最下層へのハッチをゆっくりと開けた。僅かな隙間から中を伺うと、それほど広くは無い最下層フロアには、ジェフリーの下にぶら下がる住居エリアとの連絡ハッチが有った。
外から見ていて一番不思議だった構造的な謎が全部解決した。ジェフリー自体が巨大なバルーンで、その重りとして住居エリアがあるんだと理解した。緊急時には住居エリアを切り離し、これ自体が脱出カプセルとなるのだ。そして、そのハッチ前には指示を飛ばしているシリウスの士官がいた。
「早くしろ! 一緒に落ちたいか! 緊急脱出だ!」
小さなハッチを通って続々とレプリが移動していくのを監督し、併せて地上作業員もハッチを通り過ぎつつあった。その数は少なく見積もっても100人以上はかるく居るのが見える。まとめて住居エリアに移動していて、今にも脱出する勢いだった。
「お前が最後だな?」
「そうです」
「狭いが急いで入るんだ!」
最後の一人と言ったレプリを住居エリアに押し込んだその士官は、ハッチを手動で閉めたあと、内側からは開けられない様に施錠していた。
『HALT!』
そう簡単に脱出されてたまるか!と銃を構え停止を命じたバードだが、シリウスの士官はニヤリと笑ってバードを見た。
「案外遅かったな」
「……なに?」
「弾頭は大きく重いほうが有利だろう?」
一瞬だけ間抜け面をしたバードは、意味が解らず憮然とした表情を浮かべた。しかし、そんなバードを見ながらニヤリと笑ったシリウス軍士官は施錠したハッチの外側に更につっかえ棒を入れてしまった。
もはやどんな手段を使ってもハッチは開かない。爆破でもしない限りはつっかえ棒が取れない様な状態だった。
「これで地上を綺麗にすんのさ! これでこいつらは逃げられない。敵のレプリを助けようとかお人好しにも程がある! もっと冷徹にやりたまえ」
ジェフリーに連結されていた部分を切り離し、居住スペース部分をロープで繋いだまま分離させた士官は、窓から見えるレプリ達に手を振った。そして、ジェフリーから離れ徐々に降下していく住居スペースのロープを切ってしまった。
当然、住居スペースは一気に降下をはじめ金星の地上へと墜落していく。
「なんてこと!」
「いちいちうるさい。時間が無いんだ。どうせ暇だろう? 手伝え!」
「ふざけないで! ジェフリーは『墜落させるんだろ?』
驚いたバードをその士官は笑いながら見ていた。
「良いから付いてこい!」
シリウスの士官は突然走りだした。事前にバードが受け取っていた構造図には無い通路に中を走って行く。巨大なジェフリーの中を縦横無尽に走る秘密の専用通路は、明らかに緊急事態用のバイパス通路だった。特定の目的のみの為に設置されたものだ。
その専用通路を使ってジェフリーの北ゲート直下にやって来たバード。シリウス軍の士官は脇目もふらず、そこにあるフローティングユニットに向け送風ダクトを停止させた。
「よし。これで良い」
ダクトには『酸素』や『ヘリウム』といった記述があり、比重の軽い気体を供給するフローティングユニットの重要な部分なんだと気が付いた。センタードームそれ自体がセンターバルーンなのだが、今は完全に砲弾が貫通して機能を失っている状態だ。
センタードームの周辺に幾つも浮き上がっている緊急浮力タンクがロープに繋がれていたのだが、軽いガスの供給が止まり、ジェフリーはますますバランスを崩していく。
「あの、あなたは……」
「シリウス軍地球派遣軍団のジェントリー少佐だ」
階級章を先に見なかった己の愚かさにバードは目眩を覚えた。だが、素早く背筋を伸ばし踵を揃え、流麗なフォームで敬礼したバード。その姿にジェントリー少佐は微笑みを添えた敬礼を返した。
「申し遅れました。宇宙軍海兵隊。第1遠征師団ODSTのバード少尉です」
「よろしいバード少尉。こっちも手伝え。ジェフリーを地上へ落下させる」
「え? なんで?」
ニヤリと笑ったジェントリー少佐は再び走り出した。やや距離が出来た所でジェントリーは大声でバードを呼びつける。
「良いから来い!」
「はい!」
バードは慌ててジェントリーの後を追う。ジェフリーの中を走っていくジェントリーは迷う事無く小さなハッチをいくつも潜り、狭い通路を全速力で駆け抜け、階段を2段飛ばしで駆け上ったり駆け下りたりしている。
その迷いの無い移動っぷりに驚いたバードだが、そんな事を気に止めずジェントリーがたどり着いたのは、その存在を知られていなかった巨大な制御パネルが並ぶ司令室だった。
「ここは……」
「ジェフリーの浮力を調整する為の専用制御室だ」
「浮力制御室?」
「そうだ。リスク管理の観点から各制御室は独立設置されている」
大型モニターにはジェフリーの危機的状況が表示されていて、予備浮力は既にマイナスになっている上に、メインバルーンとサブバルーンの浮力表示もマイナス側へ振れていた。
「推定では2時間後にジェフリーは金星の地上へ着陸する。だがそれでは意味が無い。叩き付けねばならんのだ」
制御パネルの端末を恐ろしい速度で叩いたジェントリーは、呆然と見ているバードに向かって大声を張り上げる。
「そっちのAからFまでのスイッチを切れ!」
指示されるままにバードはスイッチを切っていった。何が何だか理解しきれない制御コンソールの上に並ぶ小さなスイッチ群。その上に小さく書いてあるAからFまでのスイッチをオフ側へと切り替えたバード。
その途端に中央司令室の中へ耳障りな電子音の警報がなり響き、完全なマシンボイスによる墜落警報の放送が鳴り響いた。
――STOLE EMERGENCY STOLE EMERGENCY
「ほっとけ! 次はそっちの白い開き戸の中だ! 緊急上昇ユニットの操作盤がある。そのダイヤルを全部ゼロにしろ!」
次々とジェントリー少佐から指令を受けたバードは操作を続け。司令室の中の警報音が大きくなり、赤と黄色のフラッシュライトが明滅をはじめて目障りだ。そんな中、ジェントリーはフローティングユニット操作盤と書かれた制御パネル前に陣取り、緊急ボタンの前に貼られているアクリルカバーを蹴り破ってボタンを押し込んだ。
ジェフリーから空に伸びる二つの巨大なバルーンを支えるワイヤーが映り、そのワイヤーを受けるフック部分が爆砕されたのが見えた。
「これで良し!」
「あなたは!」
「さっき言ったろ?」
ニヤリと笑ったジェントリー。
「同じ事は二度言わすな。一度聞いた事は忘れるな。士官だろ?」
「……はい」
「まぁいい。本当に時間が無くなってきた。急げ!」
操作盤前の椅子を蹴り倒すようにして立ち上がったジェントリーは、再びジェフリーの中を走り始めた。大きく手を振って、こっちへ来い!とジェスチャーしたつつだ。もはや考える前にそれを追跡するバード。
ジェントリーは浮力制御室を飛び出し、ジェフリーのランチデッキへと飛び出た。緊急脱出ユニットと書かれた球形の脱出カプセルがいくつも並んでいて、そのカプセルを次々と手動で空中へと解き放った。
「所で君はサイボーグか?」
「……そうです」
「なるほど」
「所でこれは」
「あぁ、これか」
ジェントリーは一旦手を止め、並んでいる緊急脱出カプセルを指さした。
「ジェフリーが墜落を始めたとき、このカプセルに乗って脱出する為の物だ。一定の高度に自動で保つ機能を持っていて、この脱出カプセルは金星の上空を240時間浮遊する仕組みになっている。その間に救助を受けるって算段だな」
その脱出カプセルの酸素生成ユニットを片っ端から破壊したジェントリー。手には鋭い刃の手斧を持っていた。少しだけ身構えたバードだが、ジェントリーは気にすること無くバードに程近いカプセルの前に立った。もはや脱出する手段は無いのだが……
「中に電源ユニットがある。電源が生きているか確かめてくれ」
「はい」
カプセルの中に入ったバードは、カプセル片隅の電源マークが付いたユニットを起動させた。燃料電池になっているらしく、僅かな音を立てて起動した電源ユニットはグリーンのランプを点灯させてスタンバイモードに入った。
「君の酸素供給はどれくらい持つかね?」
「そうですね、現状なら最低でも12時間は大丈夫かと」
「じゃ、問題無いな」
カプセルから出ようとしたバードをジェントリーがカプセル内へ押し返した。かなりの勢いだったのでカプセルの壁に叩きつけられたバード。ジェントリーは脱出カプセルにある命綱のフックをバードの背にあるライフルマウントへと引っ掛け、そしてメッシュハッチを閉めた後、外から施錠した。
落ち着いて手を伸ばせば簡単に外れる筈だが、咄嗟の行動でフックを掛けられ慌てたバードでは外す事も出来ない。
「ジェントリー少佐!」
「バード少尉! 協力に感謝する」
「ちょっ! ちょっと待ってください! 少佐!」
外部にある操作パネルを操作し、バードの乗った脱出カプセルをジェフリーから切り離したジェントリー。フワリと浮き上がった脱出カプセルの中からバードがジェントリー少佐を見ていた。
「バード少尉!」
「ジェントリー少佐! 何て事を!」
「君なら判るだろう。士官は逃げられない」
ロックに向かって言った言葉と同じ事をジェントリーは言い切った。
その余りに晴れがましい態度に、バードは二の句を付けなかった。
「私はジェフリーが無事金星の地上へ到達するのを見届ける義務がある!」
満足そうに笑っているジェントリー。その『士官らしい姿』に、バードの膝がガタガタと震えだした。死ぬのを判っていてなお義務を果たす姿だ。背筋を伸ばしたバードはジェントリーに敬礼を送った。
「少佐殿 高いところから申し訳ありません」
「いや、いいんだ。ありがとうバード少尉」
ゆっくりと離れていくジェフリーのデッキからジェントリーは敬礼を返した。
「バード少尉! すまないが伝言を頼む」
「はい! どなた宛でしょうか」
「ビギンズとジョニーに伝えてくれ。ジェントリーが『よろしく伝えて欲しい』と、そう言っていたと、伝えてくれ。そして……」
いちど目を切ったジェントリーは再びバードを見上げ、両の手を空へと突き上げて叫んだ。
「VIVA LA VITAと!」
段々とジェントリーの声が遠くなっていった。しばらくバードに手を振っていたジェントリーは、意を決した表情でジェフリーの中へ消えていった。その直後からジェフリーの各所で次々と爆発が続き、ジェフリーはぐんぐんと降下していく。
――――そう言えば! シェル!
ここまで来てやっと思い出したバード。そしてこの時点で無線機のスイッチが入っていない事を気が付いた。瞬間的に『ヤバイ』と思ったものの、慌てず騒がず電源を再投入し、広域戦闘無線のバンドを選んだ。
『こちらバード!』
無線の中に声を発した途端、一斉に声が帰ってきた。誰が誰だか把握出来ず混乱を来したものの、その中にロックの声があったのだけは判った。そして、どこかホッとしつつも顔を合わせにくいとはにかんだ。だが……
『バード! 今まで何をやっていた!』
テッド隊長の声に隠しようのない怒りが混じっていた。ヤバイと思いつつも士官であるからには嘘はつけない。たった今、士官のあるべき姿を見たばかりだ。バードは一つ息を吐いてから音吐朗々と意識して報告を上げた。
『ジェフリーの浮力制御室でシリウス軍士官と遭遇し、ジェフリーの緊急浮力維持機能の全てを停止し、ジェフリー墜落への作業を行っていました!』
『今どこに居るんだ!』
『ジェフリー上空辺りを緊急脱出ポッドで漂っています』
そう報告した途端、バードの乗っていた緊急脱出ポッドすぐ近くへシェルがやって来た。機体番号211をレタリングされたシェルはロック機だ。片腕じゃ乗りにくいだろうなと思ったバードだが、目の前までシェルが来た時、どんな顔をすれば良いのかバードは一瞬迷った。
『バーディ! 無茶しやがって!』
ロックの声は怒っていた。それも、怒りに震えるレベルでの怒り方だ。だけどバードにしてみれば、その怒った声ですらも愛おしいと思うほどだ。ロックは純粋に自分を心配してくれているんだと、バードはそう確信している。
『でも生き残ったよ』
『……バカヤロー!』
脱出ポッドを破壊しないようにそっと抱え上げたロックのシェル。バードはまるでロックにお姫様抱っこされているような錯覚を覚えた。
『とりあえず無事に脱出できたことはめでたい。無線に反応しなかった件はしっかり報告書に書いてもらうから覚悟しておけ』
無線の中に流れたエディの声。バードは先ほど聞いたジェントリーの伝言をどうしたものかと考えた。だが……
『まず地上を何とかしよう。ジェフリー墜落後の救助活動準備だ』
『どうしたんですか?』
『Aチームの大半がまだ墜落地点に取り残されている』
『……え? ホントですか!』
言葉を失ったバード。ほぼ同じタイミングでジェフリーは地上に激突した。猛烈な炎が巻き上がり、金星の大気をビリビリと震わせて爆発音が響き渡った。金星で暗躍していたシリウスの軍団が全滅する筈だったのだが……
「ホーリー……」
紅蓮の炎に包まれた金星の地上を見下ろしながらバードはその場にぺたりと座り込んでしまった。もしかしたらエディやテッド隊長は無線の中で『まだ墜落させるな!』と叫んでいたのかも知れない。
その可能性に気が付いた時、バードは自分がしでかしたとんでもない失敗の可能性に震えながら、立ち上る巨大なキノコ雲を見ていた。




