親子喧嘩再び
――――金星上空 高度10キロ付近
空中都市ジェフリー 南ゲート付近 B3
金星標準時間 4月8日 2100
「何者だ?」
ぎこちなく笑ったロクサーヌは言葉を発さずに切りかかった。
全身にレプリの白い返り血を浴びていたが、ハードボディの体躯には全く影響が無い。右手の手首付近から伸びる刃渡り1メートルの刃は、恐ろしい音を立てて襲いかかっている。
「ロボットか?」
「ニンゲンダ」
踊るような身の交わしでロクサーヌの刃を避けるロックの父。その姿はまるで太古の侍のようだった。伝統衣装のような装束にロクサーヌはそれがまるで絵画の中から飛び出てきた存在だと思った。
だが、数度の打ち込み全てを難なく交わされ、しかも、渾身の一撃と言うべき剣速であったはずなのにかすり傷一つ負わせられなかった。これほどの使い手と出会った事の無いロクサーヌは、恐怖の前に歓喜を覚えた。
「多少はやるようだな」
ロックの父の刃が翻った。一瞬だけぎらりと眩く光ったのだが、ロクサーヌのイメージセンサーを焼くほどでも無い。鋭い剣先がロクサーヌの首元を捉えたが、ブレードガード以上の防御力を持つネックガードによりその刃は止められた。
一瞬だけ怪訝な顔をしたロックの父。その隙を付くようにロクサーヌは振り上げ方向で剣を振った。生身の人間では手首の可動限界を超えていた角度だった。予想外の角度からやって来た刃を避ける事に集中したロックの父。ロクサーヌはチャンスとばかりに幾度も痛烈な打ち込みを入れる。
振り上げ方向に刃を入れ、そのまま身体を駒のように回し打ち下ろす。その速度は尋常なものでは無く、また、サイボーグの重量を全部乗せた重い一撃だ。だが、その全てを交わしながら、ロクサーヌの身体の弱そうな所を狙って剣を走らせるロックの父は、やがて関節部の僅かな隙間を狙い始めた。
「……ハヤイ」
幾度目かの打ち込みを入れた後、再び振り上げ方向に持って行ったロクサーヌ。ロックの父は既にその軌道に慣れていて、軽く一歩下がって交わした筈だった。しかし、ロクサーヌの剣は手首の所で僅かに回転し、剣先の速度はより一層速くなっていた。
「……ほぉ!」
交わしきれず右の袖口を斬られたロックの父は嬉しそうに声を上げた。そして、その声を聞いたロクサーヌから表情が消えた。恐らく最高の一撃となるロクサーヌ必殺の技だった筈だ。だが、その一撃は全く届く事無く空を切った。
無表情だった筈のロクサーヌだが、その顔に隠しきれない焦りの色が混じる。剣先にブレが生じ、剣の軌道に揺らぎが混じった。
「剣士は常に冷静で無ければならん」
ロックの父は再びロクサーヌへの反撃を開始した。胸部と腰部を繋ぐジャバラ状の関節部カバーを切り裂き、防塵構造となった腰椎部関節を狙って鋭い一撃を入れている。
そんな剣先を交わしつつ、ロクサーヌ自身もまた剣をコンパクトに振り始め、一撃必殺では無く当てる事を念頭に置き始めた。ただ、鋭い一撃は何とか相手に届くのだが、切り裂くのは衣服ばかりで肉を斬るところまではいってない。
「小手先で剣を振れば剣は何も斬れん。相手の心を斬る。それが剣士の本懐だ」
腰を狙った一撃の筈。ロクサーヌはそう思った。だが、そのロクサーヌの右耳部にあった通信アンテナが切り落とされた。あと僅かに剣先がずれていたら、ロクサーヌが交わしきれなかったら、その刃はロクサーヌの顔を斬りつけていた。
その事実にロクサーヌはゾッとした。交わしきれない一撃で切り裂かれる恐怖を感じた。今までこんな事は無かった。どれ程のナイフ使いであっても、ロクサーヌは後れを取った事など一度も無かった。だが……
「心を斬られた者は二度と立ち上がれない」
ロクサーヌの耳の届いた言葉。その音と響きが少しずつロクサーヌの心を蝕んでいた。少しずつ少しずつ後退するロクサーヌ。悔しいが力量は遙かに向こうの方が上だった。心を斬られると言う意味をロクサーヌは理解した……
「折れた心で剣は握れん。死に損ないのからくり人形はこの世から去ね」
踊るような太刀さばきを見せたロックの父は、遠心力と自らの体重両方を使って剣を加速させロクサーヌへと斬りかかった。その剣速は常識では計れないもので、並の人間を遙かに超える動体視力なロクサーヌをして剣先が見えなかった。あぁ、ここまでかと覚悟を決めたロクサーヌだが、その眼差しはあり得ないものを捉えていた。
「また会えて嬉しいぜ!」
ロクサーヌを斬りに掛かっていた太刀の根元へエネルギーブラスターが着弾し、ロックの父はその反作用で後方へ吹き飛ばされた。その足下へ尚もブラスター弾が続々と着弾し、不可抗力でタコ踊りを始めた。だがよく見れば、それは全て寸前の所で交わしている動きだった。
「ほぉ…… 生き恥をさらしに来たか ケツの青い半人前め」
「ほざけ糞野郎!」
ドアを蹴り破ってブラスターを発射したのはロックだった。ヘルメットを脱ぎ捨てたロックは遠慮する事無くCー26ブラスターとヘルメットの両方を投げつけ、一気に距離を詰めた。だが、ロックの父はそれらを一刀のもとに斬り捨て大太刀を構え直す。その姿をロクサーヌが捉えていた。一瞬だけ高電圧から来るスパークにやられ身体を震わせたロックの父。息子ロックは構う事無くそこへ斬りかかった。愛用しているバトルソードを抜いて。
「今日こそたたっ斬ってやらぁ!」
その速度はロクサーヌの慮外も慮外であった。あの、ネルソンの艦内でやり合ったロックとは全く別人だと思った。剣速や身体の裁きや、なにより気迫が全く違うのだった。ただ、実際それもそのはずで、今のロックは身体制御のプロパティからリミッターを解除してあったのだった。
あの中国の工場で斬り負けて身体を修理した後、ロックは制御ソフトそのものを書き換えていたのだった。その全ては、この時の為に……だ。再戦して、今度こそ勝つ為に努力してきたロック。ただ一人、キャンプの格闘技練習場に残り剣を振っていたのは、この為だった。
「ほぉ、多少は良くなったか?」
「余裕風吹かせやがって! 吐いた唾飲まんとけよ!」
「……品が悪いな。馬鹿息子」
「勝手に息子呼ばわりすんな!」
横方向へ薙ぎに掛かったロックの剣先をテイクバックで交わした父。だが、ロックの踏み込みは一歩では無く2歩半だった。予想外の所まで踏み込まれ可動限界を超えた所に刃が迫った。だが、父は迷う事無く太刀の鞘を持ち上げ、その鯉口にあった締め金部分で太刀先を受けた。
鞘の最も頑丈な部分で太刀を受け止められ、ロックの剣もさすがに止まってしまう。だが、それを意に介さず更に太刀を切り返し、今度は袈裟懸けに振り下ろす。二の太刀まで交わされているのだが、ロックはそのまま刃先を持ち上げ、手首の強さと背筋部の瞬発力を全部使って逆袈裟に太刀を振り抜いた。
ロックの必殺技。創作小説にある厳流の奥義『ツバメ返し』を実現した技だ。生身の身体でこれをやれば腕の腱を断裂させるか、さもなくば上腕部と背筋の深刻な肉離れを引き起こす。生体限界を超えた斬り掛けなのだから当然といえば当然の事だった。
「……ほほぉ」
「やっぱ交わしやがったか!」
可動部アクチュエーターのマウント部を強化し、さらには形状記憶合金で作った板バネに電流を流す事で瞬発的な力を発する上腕が生み出す奇跡の技。その速度は剣先が音速を超えるほどで、父の耳には衝撃波による耳鳴りが残った。
だが、剣先では無くロックの全体を見ていた父は、有る意味で余裕を持って全てをかわし切っていた。微かに笑うその表情は、強い敵と戦える歓喜に溢れている。それは剣士の本能であり本懐だ。限界領域で戦う両者の姿を、ロクサーヌは美しいとすら思っていた。
「今のはいい動きだった」
「余裕カマしてんじゃねぇ」
「……余裕だと?」
ツバメ返しを交わされた後もロックは攻め続けた。手を止めれば反撃されるという思いだった。だが、そんな思惑で攻め続けるロックの一瞬の隙間を縫うようにして、父の刃がロックに襲いかかった。
「余裕ではなく実力の違いだ」
ロクサーヌと同じように振り上げ方向の打ち込みを見せた父の刃を、ロックは迷う事無く左腕のソードブレイカーで受けた。前回の対戦時にこれごと腕を切り落とされた関係で材質から見直し、まだ、受ける角度を微妙に変える事によって刃先を走らせない芸を見せていた。
「実力だぁ? ざけんな!」
「お前は一度たりともワシに勝った事が無かろう」
「今まではな!」
ロックは突然左手で小太刀を抜いた。大太刀と小太刀の組み合わせ二刀流で襲いかかる。その両方があり得ない速度でしかも威力だ。小太刀だけでも受け損ねれば手首を痺れ指す威力だった。だが。
「……ふん」
詰まらなそうに鼻を鳴らした父は幾度か剣を受け、その後でカウンターを取り始めた。全く対処出来ぬままアチコチに細かな切り傷を付けられるロック。交わしてるはずなのだが、それでも刃先はロックを捉えていた。
「付け焼き刃と言うが、お前の刃は付け焼き刃以下だ。全く持って進歩が無い」
上段からの大太刀を止められ、払うようにした小太刀は交わされ、さらにはカウンターで首元を狙われたロック。しかし、その動きを読んでいたロックも身体を捻り、さらには足で父を蹴り飛ばす事で交わしきった。
「進歩がねぇとかどうとかって余裕ぶっこいてねぇで斬ってみろよ」
小太刀をポイと投げ捨てたロックは大太刀一本を蜻蛉に構えて父親の打ち込みを誘った。最大速度を叩き出して打ち込む渾身の一振りに己の全てを掛ける、一撃必殺な示現流の構えだ。
ロックは薄笑いを浮かべジッと待っていた。己の太刀の射程圏内へ父が入ってくるのを。この構えは敵を誘い込んで斬りつけるものだ。受動的な剣術と言って良い。だが、後の先という究極の居合いを見せる為の、捨て身の構えとも言える。
「愚かな息子め」
ロックの父は青眼の構えから、揺れ動く落ち葉のように揺らめいて斬りかかった。的を絞らせない動きと言えた。勿論ロックもそれを理解していた。だが、蜻蛉の構えはそんな動きに対処出来るような小賢しい事など出来ない。それは振り下ろす太刀に全てを乗せるものだ。自分の命を乗せると言い換えても過言では無い
「ハァァッ!」
裂帛の咆吼を乗せ斬りかかったロックの父。だが、その刃がロックを捉える事は無かった。そしてロックも太刀を振り下ろせなかった。双方の刃が交わされる直前の、文字通り最高のタイミングでロクサーヌがそれに介入したのだった。
ただ黙って眺めているだけでは無く、モーションサンプリングを行ってアルゴリズム解析を行ったロクサーヌは、ロックの父が見せる打ち込みのギリギリ前に動き出し、大振りする事無く一点を突破する牙突の構えを見せ心臓を狙ったのだった。
「ヌゥッ!」
短く呻いた声。ロックの父はギリギリの所でロクサーヌ刃をかわした。ただ、かなり無理な体勢で交わした結果、かなりの隙を見せてしまったようだった。ロックはその隙を遠慮無く突いて、恐るべき速度で大太刀を打ち込んだ。もはや交わす事も能わず、ロックの父はその刃を太刀で受けきって流すことを選択した。
激しい金属音が響き、ロックの父は一瞬手が馬鹿になった。握力が抜けた手は本人の意思とは関係なく力を緩め、握っていた太刀を落としかけてしまう。しかし、それでも尚数本の指でつまみ上げ構え直すのは、剣士の本能を越えた何かだとロクサーヌは直感した。
「今のは良かったぞ!」
「っざっけんな!」
父と子の剣術練習のようだとロクサーヌは思った。それは、己の技を息子へ伝えんとする父の姿。ロクサーヌがどれ程望んでも手に入れられなかったもの。全てが我流で見よう見まねを洗練させてきたロクサーヌにしてみれば、体系立った『技術』としての剣術を習得しているこの親子が羨ましかった。そして、憎かった。
だが、その親子も子の技量は親に大きく劣る。それが判るからこそ、ロック自身が悔しがってるのだとロクサーヌは気が付いていた。長く辛く苦しいトレーニングを経なければ覚えない事がある。サイボーグだって最初から最強では無い。生身だってそうだ。その訓練の過程を経なければ、あの場には立てない……
「どうした馬鹿息子 息でも上がったか?」
「機械の息が上がるかよ!」
「それもそうだな」
僅かにロックの剣先が遅くなっている。ロクサーヌの目もそれ位は判る。数度の打ち合いを経る間、ロクサーヌはひたすらモーションサンプリングを繰り返した。技術として習得出来ないなら型として覚えるしか無いし、それに対処するしか手立てが無い。
だが、それこそ生身も経験する型打ちの鍛錬と言う事をロクサーヌは気付いていなかった。理屈では無く身体が覚えるまで繰り返す事。それこそが生身のモーションサンプリングそのものだと言う事に。
――――よし……
恐るべき速度で剣を戦わせる親子の隙間を目掛け、ロクサーヌは再び牙突を打ち込んだ。ロックが次にどの角度から剣を入れるのかの確率分析を行い、その隙間を狙ったのだ。そしてそれは、ロックの父が息子の剣をいなす為に剣を振り上げる角度でもある。
そこ目掛け牙突を入れれば、ロックの剣に対処が出来なくなる。自分が斬られる可能性は高まるが、斬られて即死するサイボーグでは無い。頭蓋を完全破壊されない限り即死は無いのだから、ある意味で安心して襲いかかったとも言える。
だが、ロックの父の余裕風は相変わらずだった。
「付け焼き刃の連携など話にならんな」
一瞬の隙を突いてロクサーヌの左腕を切り落としたロックの父は、返す刀で右足の膝部分を大きく切り裂いた。その一瞬の所作にロックの手が鈍る。だが、そんなロックにロクサーヌが叫んだ。
「キカイニエンリョスルナ!」
隻腕となって動作バランスが取りにくくなったロクサーヌだが、まだ闘志は衰えていなかった。尚も斬りかかり勝とうとする飽くなき闘争心を見せたロクサーヌ。生ける者全てが憎いと世界の全てを恨んだ少女は、相手を殺す事だけで今まで生き抜いてきたのだった。
「所詮機械か。動きが単調すぎる。眠くて仕方が無いぞ」
ボソリと呟いたロックの父。一瞬の隙を突いてロクサーヌの頚椎部分を刃が貫く。ロクサーヌの目が大きく見開かれ、頚椎部からオイルが噴出した。
「ロクサーヌ!」
ロクサーヌの口がパクパクと動き、何かを言おうとしたようだが言葉になって居なかった。その姿を見て激昂したロックは、仕切り直しなど考える事無く捨て身で斬りかかった。
この日一番の踏み込みを見せたロックの刃は、ロクサーヌの首元に伸びていた父の右腕を捉えかけた。だが……
「戦闘中には冷静さを忘れるなと教えたはずだぞ」
舞い踊るような動きを見せた父はロックの剣を全て受け払い、しかも適所適所でロックを少しずつ斬っていく。全く次元の違う技量と戦闘力。そして何より経験の差があった。
その全てをロックは悔しく苦々しく思いながら、だけど、心のどこかにほんの少しだけ『嬉しい』と感じている自分に気が付いた。間違い無く父は最強だ。自分の手が届かないほどに最強だ。地球人類最強に近い。
ただ、その存在が敵だと言う事を除けば……なのだが。
「次はどこを斬られたい? 腕か? 足か? 腹か? それとも頭か?」
歯を喰い縛って攻め掛かるロック。並の人間ならば交わすどころか、身動きする前に斬られるような速度での太刀筋だった。そしてそれは間違い無く一撃必殺の威力の筈だ。
だが父は残念そうに溜息を吐いた。戦闘中だと言うのに、一瞬の静止を見せる余裕を持って。
「お前も俺と同じ失敗作だったか」
「失敗呼ばわりかよ!」
「だが、まだ救いはある」
「なに!」
上段から超高速で打ち込んだロックの一撃を難なく受け流し、そしてそのまま返す刀でロックの左腕を狙った父。再びソードブレイカーに阻まれるが、その腕に嫌な感触を残していた。
――――次は切り落とされるな……
たった2回の打ち込みで腕を切り落とす角度を見つけたらしい父。やはり最強だと再確認したロックだったが、自分が斬られる可能性も急上昇してきた。同じ敵に2度負けるのは恥だが、3度負けるのは恥辱の極みだ。
――――今日は負けらんねぇ!
「っそい!」
半身に引いた状態から身体全てのアクチュエーターを加速方向に使って剣を打ち込むロック。この日一番を再更新した一撃にロックの父もニヤリと笑った。
「……俺と一緒に来い」
「は?」
「機械はそれ以上強くなれぬが生身は成長できる」
強烈な一撃を受け流した父は、大太刀を鞘に収め小太刀を二本抜いた。威力では無く速度を取った攻撃を見せる為だった。大太刀の一撃と手十分に早いのだが小太刀は輪を掛けて早い。
ロックもまたロングソードを背に納め、腰のショートソードを抜いて応戦した。双方が子太刀二刀流での打ち合いとなるのだが、その最中、父は楽しそうにずっと笑っていた。
「ハハハ! 思い出すな! お前を鍛えた日々を!」
「鍛えただと? ふざけろ! 何時殺されるかヒヤヒヤしたぜ!」
「だけどお前は生きているし、俺と十分やり合えている」
舞うような太刀さばきを双方が見せ、一瞬間を取って距離を置いた。
これだけ激しい動きをしているにも係わらず、ロックの父は全く息が上がっていなかった。
「もう一度鍛え直してやる。脳を移して俺と同じ身体になれ」
「寝言は寝て言え馬鹿オヤジ」
「お前は俺を越えていける才能がある」
「なっ……」
構えていた小太刀を下へとおろし、ロックの父は嬉しそうにロックを見ていた。
「敵に寝返れって言うのか?」
「敵では無い。家に帰るだけだ」
「ふざけんな! 大事な仲間を斬られて逃げられるか!」
激昂したロックは右手の小太刀を投げつけ、その後ろを追うように真っ直ぐ突っ込んだ。切り替えされる危険性を十分承知の上での突撃。その小太刀はロクサーヌと同じように牙突の構えだった。
その姿をボロボロのロクサーヌが見ていた。ロックの振る舞いの真意に気が付きながら。
「お前には全ての面で失望した」
「俺は最初からウンザリなんだよ!」
「そうか、ならばせめて、この手で斬ってやろう」
ロックの父は太刀を構えなおし、恐るべき速度で斬りかかった。
「父の手でな」
その踏み込みは並のサイボーグの踏み込み速度を大きく越えていた。標準型サイボーグとか駆動周波数が一桁違うロックのイメージセンサーにすら残像が残るレベルだった。数激の打ち込みこそ止めたものの、左の腕を改良型のソードブレイカーごと切り落とされたロック。
「っちきしょ! またかよ!」
再びの左腕損傷を悔しがるロック。だが、それを引きずっている暇は無い。身をかわし再び父の件を止め、そして切り返すロック。激しい打ち合いのラリー。魂と魂のぶつかり合いをロクサーヌが見ていた。どうやっても到達できぬ高みの域で命を削りあうふたりの男の達引だ。
「これだけの素質を……」
父の言葉は素直だ。ロックはふと、そう確信した。
しかし、まずは勝たねばならない。倒さねばならない。ロックは全てを振り払って斬りかかった。奥歯を喰い縛って。
「どうしてもダメか? 徹雄」
「俺の名前を呼ぶなぁ!」
一瞬我を忘れたロック。激しく湧き上がる怒りの表情に父の表情が曇る。しかし、その全手がもはや手遅れだと察したのだろうか。ロックの父は小太刀を鞘に納め、再び大太刀を抜いて構えた。
「やはり斬るしかないか……」
「グダグダ言ってねぇで切りやがれ糞野郎!」
「父と…… 呼んでくれぬか……」
一瞬の静寂。
ロックの身体から力が抜けた。
「俺に親父は居ねぇさ…… 親父代わりなら居るけどな」
「……何者だ?」
「あんたにゃ関係ない」
「そうか」
深い深い溜息が漏れた。そして、その瞳には僅かに光るものがあった。
静かに大太刀を構えた父は身体を沈め、急加速の体制になった。それはかつて、子供時代をすごした道場でロックが散々練習した構え。そして今、ロックが使いこなす飛燕の構え。
並み居る敵のど真ん中へ飛び込み、一瞬で斬り倒す技だ。そしてそれは父から受け継いだこの流派秘伝の技。その剣技を父が見せようとしている。あの尋常ならざる速度で踏み込める父の飛燕の構え……
ロックは息を呑んだ。その刹那、父の身体が幾重にもブレ重なったように見え、そして自分の方向へ迫ってきた。ロックは身をかわそうとしたのだが、その速度差は如何ともしがたく『斬られる』と覚悟を決めた。
だが、斬りかかろうとした父が足を止めた。一瞬理解の範疇を超えたロック。父の握る剣の辺りに眩い光が幾つも光った。それが何であるかを理解する事は出来なかったが、音だけは耳に届いていた。聞きなれたCー26ブラスターの射撃音だった。
「え?」
「なに?」
ロックとその父が一斉に顔を向けた先。
開かれたドアの向こうにエディが立っていたのだった。




