仕切りなおし
――――金星イシュタル高地上空 高度100キロ付近
金星派遣艦隊旗艦『ネルソン』大会議室
金星標準時間 4月8日 0800
金星へと派遣されている501大隊の第1作戦グループ4チームはこの日、ネルソン艦内の大会議室で合同ブリーフィングを開いていた。エディ少将が全サイボーグを招集し、同じ情報を共有するべしと手持ち情報の全てを見せる事になっていた。
通常、このような席では士官だけが出席するのだが、この日は士官と下士官と言う区分けではなく、サイボーグであるか否かの区分けで人が集まっていた。会議室の中に生身の人間はひとりも居ない状況で、会議室の中は冷え切った空気が漂っていた。熱を発する『生物』が一人も居ないのだから、当たり前ではあるのだが。
「諸君らもすでに資料を見たことだろうから手短に済まそう。まぁまずは情報の再確認だ。まだ眠いだろうがモニターをしっかり見たまえ」
大型モニターの隣に立っているアリョーシャは昨日までの疲れを微塵を見せず気丈な振る舞いで説明を続けている。サイボーグだから身体は疲れないが、脳はどうしたって疲労を蓄積してしまう。
その疲労が一定の水準を越えた時、慢性疲労症候群に似た重篤な状態を引き起こす事がある。そして、サイボーグの場合のもっとも重篤な状態とは『ブッリッジチップ拒否ショック』と呼ばれる、脳神経がブリッジチップとのシナプス連絡を絶ってしまう状態。つまり、サイボーグの頓死だった。
「まだ実物を見た事が無い者がほとんどだろう」
アリョーシャが指差したモニターには、フローティングシティ『ジェフリー』の全体像が映っていた。最大直系で10キロにもなる巨大な空中構造物だ。
「見たとおり、金星の空をフワフワと漂う巨大都市だ。金星の惑星改造を行う労働者達の拠点として造られた、大気圏内型コロニーだ。有毒な金星の空にあって人類の生存を助ける為に作られた密閉型施設だが、金星の地上気圧が下がるにつれ高度を下げていて、いまは高度10キロの辺りを周回している状態になっている。かつては高度50キロにあったのだが、思えば随分と高度を下げたものだ」
モニターの表示が切り替わり、ODST関係者なら見慣れている大気圏外高度からの俯瞰映像が表示された。周回軌道を航行する戦列艦が撮影したジェフリーの映像で、そこには地上と宇宙の両方へ向け、荷電粒子砲の砲身が映っていた。
「宇宙軍の戦列艦がジェフリーへの直接砲撃を試みたのだが、上空を通過した戦列艦に対し、ジェフリーは先手必勝とばかりに強力な荷電粒子砲でもって砲撃を加えた。戦列艦も強力な電磁バリアを持つが、船体の外殻装甲外部へ浮遊砲塔を出した際はバリアの厚みも少々心許ない事態となる訳だ。そしてそこを狙われた」
隣を航行していた砲撃支援艦が撮影した映像が映る。浮遊型都市の持つ太陽光発電と強力なリアクターのコンビが生み出す電力を遠慮無く使い、直径10キロの円形浮遊都市内部に組みこまれている巨大サイクロトロンを使って生み出される桁違いの荷電粒子砲は、いとも簡単にモンタナの電磁バリアを打ち抜き、それだけで無く船殻を容赦なく破壊した後、機関室へ致命的な一撃を与えて貫通したのだった。
「この一撃で船を制御する全ての電源を失ったモンタナは制御不能になって金星に墜落を始めた。航海科クルーが懸命に手動操船を試みたが、いかんせんモンタナは大きすぎて手動でどうこう出来るレベルじゃなかった」
モニター表示は各部から艦内の物を真空中に吐き出しつつ金星に墜落していく姿だった。各部から続々と脱出が続く中、モンタナのクルーはその多くが艦と運命を共にしたようだった。
「金星の地上へ向けて墜落を開始したモンタナだが、イシュタル高原から南西へ500キロほどの場所へと墜落した。激突する180秒前まで航海科のクルーはモンタナの立て直しを試みていたようだ。だが、なんせ巨大すぎるんだよ、あの船は。やがて金星の地上へとタッチダウンし、そこにあった全てのモノを巻き込んだ上で、金星の一部になってしまった。乗組員2000人以上が残っていた筈だから…… まぁ、巨大な墓標と言うことだな」
辛そうに首を振ったアリョーシャ。多くのサイボーグたちも露骨に嫌そうな顔をしている。生き残った重傷者や見込みのある軽傷者などに対し、サイボーグチームへのスカウトが接近しているのは火を見るより明らかだ。
この会議室にいる者の大半は、そう言うルートで501大体へと参加した者が多いのだから、嫌そうな顔の理由は大隊察しが付く。手練手管を尽くしてスカウトされた者達は、宥め賺され、或いは、半ば脅しに近い文言で身柄を掠われ、そして、いつの間にか人間を辞めてここへ来ているはずだった……
「で、ここから先は余談だが……」
アリョーシャの表情は怪訝を通り越してネガティブになっていた。その表情を見ながらバードは隣に座るロックにこっそり話掛けた。
「なんか凄そうだね」
「あぁ。原子レベルで蒸発しそうだ」
いつの間にかこんな席でもぴったり並んで座っているふたり。少し前なら意識して離れて座るか、一つ開けて座っていた筈だった。だが今は何の違和感も無く手元の書類を眺め、パワポ表示にも目をやって考えていた。周囲の目を考えれば真面目に仕事に打ち込んでいるフリをしたほうが良い。しかし、口さがないチームメイトは遠慮なく冷やかすのだった。
「この部屋じゃロックとバードのところが一番暑いな」
ペイトンは隣に座っているライアンへぼそっと呟く。ライアンがジェラシーでカッカするのを織り込み済みにしてだ。そんなイタズラを生暖かな眼差しで眺めるスミスやビル達。その奥ではドリーとジョンソンがテッド隊長と話しこんでいた。
「ジェフリーに荷電粒子砲が設置されたのは遮光幕を破壊するかもしれない隕石対策との事だ。初期の設計図を入手し計算した結果、15発程度の砲撃で最大出力砲撃が不可能になると言う結論に達した。つまり、ここから先は文字通りのロシアンルーレットだが、一斉にジェフリーとイシュタル基地へ襲い掛かり、ジェフリーが砲撃できなくなるまで撃たせる事が必要になる」
真顔で言い切ったアリョーシャの言葉に、一瞬だけ室内から音が消えた。そして、ヒソヒソと囁かれる運営本部への愚痴と文句。もちろん、エディを筆頭にブルもアリョーシャも薄ら笑いでそれを聞いていたのだが。
「当初プランではイシュタル基地を攻略後、ジェフリーを占領する算段だった。だが、国連の金星開発委員会は公式に金星のテラフォーミングを一旦中断すると言う発表を行う事になっている。そして、ジェフリーの占領が不可能であれば、ジェフリー自体を破壊してもよいと通達してきた。つまり……」
これ以上は説明が要らないだろ?と、そんな表情になったアリョーシャ。ロックとバードは顔を見合わせ、微妙な表情で視線を絡めた。
「宇宙艦隊の総力艦砲射撃がジェフリーに行われる事になった。浮力を失ったジェフリーはイシュタル基地へ墜落し、大爆発を起こしてレプリごと焼き払う。そんな流れだ。ただ、間違いなく言える事は、艦砲射撃程度で墜落するようなちんけな基地ではない。つまり、誰かがそこへ突入し、抵抗する側を全滅させ手動で墜落させる必要がある。ただし、ジェフリーの中には約20万のネクサスが待ち構えている関係で、ちょっと手間が掛かる。手順としては地上攻撃を強くにおわせ、ジェフリーからレプリを金星の地上へ下ろし、手薄になったジェフリーを叩く事にする」
アリョーシャはモニター表示を切り替え作戦フローチャートを示した。そこに表示されている数字を見て、皆は本部の本気具合を改めて再確認した。ジェフリーが地上へ激突した際の推定破壊力は50メガトン級核弾頭に匹敵すると計算されていたのだ。
「50メガトンならツァーリボンバ並だな」
ロシア系であるリーナーはどこか誇らしげに呟いた。かつて地球人類が作った最強最大規模の兵器である50メガトンの核弾頭『ツァーリボンバ』は地球を3周するほどの衝撃波を放って爆発した。
それに匹敵する威力を持って地上を攻撃しようとしているのだから、もはや見せしめどころの騒ぎではない。つまり、大量に作られたネクサスⅩⅢをいっぺんに消し去ろうと言う作戦なんだとバードは思った。だが……
「最後に大事な事をひとつ言っておく。なぜここに生身が居ないか?と言う事だ」
会議室の中をぐるりと見回したエディは両手を前へと出し『静かにしろ』と言うジェスチャーを送った。その仕草に皆が押し黙り、会議室の中が静まり返った。
「ジェフリーの中へは海兵隊も突入する。だが、ジェフリーの墜落作戦は我々だけで、つまり、サイボーグチームだけで行う。これは非常に重要なことだ。出来れば生身は使わないで済むようにしたい。色々と理由があるが……」
エディは一度わざわざ言葉を切って、改めて部屋の中を見回した。どの顔を見ても真剣で、そしてやる気に溢れた表情だった。そんな部下達を頼もしそうに見て、そしてエディは話しを再開した。
「私を含め501大隊の運営計画は『この次』を睨んで作戦を立案している。生身にしゃしゃり出られると色々と困るんだ。ゆえに諸君らの負担は非常に厳しいものになる。よって、シェルが大活躍するだろう」
まだまだ静まり返っている会議室の中だが、エディはそんな環境下でもギリギリ聞こえるか聞こえないか程度の音量で呟いたのだった。
「金星攻略の本当の理由は、国連内部の裏切り者狩りだ」
緊迫した空気をまとったエディの言葉が部屋に流れ、全てのサイボーグに緊張が走った。皆それぞれに思うところがあるだろうが、少なくとも、ここにいる100名近いサイボーグは皆がひとつのファミリーでマフィアだ。裏切り者と言う言葉に沢山の者たちが隠し様のない不快感を滲ませていたのだった。
「間もなくジェフリーへの攻撃が始まる。我々はまず高みの見物としゃれ込む。国連軍内部にいるシリウス側のシンパを炙り出すんだ。彼らは生身だけでも事が解決できると証明する為に無理をするだろう。最新型ネクサスは普通の人間を大きくしのぐ戦闘能力だ。ゆえにサイボーグの我々が鬱陶しいんだ。生身だけで事が済めばサイボーグは要らないと言い出すのだろう。そのシンパを炙り出す為の大きな賭けに出る。宇宙軍のジェフリー攻略が失敗した後に我々の出番となる。我々に失敗は許されない。諸君らならこの困難なミッションを無事に遂行できると信じている。だが、あえて言おう。失敗は許されない。各員がその義務と責務を忠実に果たす事を祈る。以上だ」
――――金星周回軌道上 高度500キロ付近
強襲降下揚陸艦 ハンフリー ウォードルーム
金星標準時間 4月8日 1200
エディ少将の命によりハンフリーの艦内で待機しているBチームの面々は、そろそろ10杯目になろうかというコーヒーを飲みながら、大型モニターをジッと見つめていた。
宇宙軍のモンタナ級戦列艦はネームシップのモンタナを失い、残りの4隻が周回軌道を航行している。ジェフリーの強力な荷電粒子砲を警戒し距離を取っているのだが、攻撃態勢は崩していない。
戦列艦の作戦は単純だ。荷電粒子砲の射程外から有質量弾を撃ち出し、金星の重力に引かれて大気圏へ突入させ、ジェフリーを砲撃する算段だ。
「……Fire」
砲撃管制士官の命令で各艦が砲撃を開始する。収束射撃は行わず、各艦の各砲が個別砲撃を行っていた。弾道計算は射撃管制コンピューターがはじき出した砲撃緒元を基準にしている。巨大な質量を持つ砲弾が金星の空へ第二宇宙速度で突入し、ジェフリーへ向けて落下していくのだった。
だが、戦列艦はそもそも高度100キロ未満の地球ならば大気圏内とされるあたりから砲弾を垂直に落っことす攻撃の為の船だ。これほどの距離を取って重力加速を加味しての砲撃など初めての経験ゆえか、何度目かの斉射でやっと一発目の直撃弾を与える事が出来た。
一斉に歓声が上がるのだが、同じ条件で再砲撃しても次は外れてしまう。予想外な風の影響などで大きく外す事もしばしばで、その内数発はイシュタル基地へ直接着弾する始末だった。
「また外しやがったぜ!」
「流石にイライラしてくるな」
「もっとバカスカ撃っちまえよなぁ」
ハンフリーのモニター越しに状況を見ているBチームのメンバー。コーヒーを飲み続ける事二時間。焦れったいイライラを押さえ込むのもそろそろ限度だった。だがその時、ジェフリーの側に動きが出た。
「えっ?」
驚きの余り声を漏らしたのはスミスかリーナーか。一瞬過ぎて誰もその声の主を探し出せなかった。だが、目の前で発生した『その事態』について声を失ってしまう。直撃コースだった砲弾に対しジェフリーは防御の為に砲を撃ったのだった。
「今のは直撃コースって向こうもわかってんだな」
「……らしいな」
コーヒーカップを指で弄んでいたジョンソンとペイトンが短く呟く。その後も続々と砲撃が続いているが、結局4時間近くの砲撃を続け直撃弾は5発しかなかった事が確認された。ジェフリーの防御発砲は3回。ジェフリーの砲は500キロ彼方の戦列艦手前で宇宙空間に拡散し切り消滅したらしい。
無為な時間を過ごしたと全員がやたら不機嫌で、刺々しい空気になりつつあったのだが……
『Bチーム諸君』
突然無線の中に聞こえるエディの声。バードは思わず『来た……』と胸の内で呟いた。ふと隣に居たロックを見れば、つい数秒前まで憮然とした表情だった筈なのにニヤニヤと笑いながら両手を揉んで立ち上がり、その向こうでは腕を組んだスミスが顔をあわせニンマリと笑っていた。
「俺たちの出番だぜ」
「サクッと格好良く終わらせようぜ」
待ってましたとばかりに立ち上がったライアンとジャクソン。ふたりはそんな会話をしつつ次の指示を待っていた。
『参謀本部から非公式に通達が来た。地上基地への侵攻を開始するそうだ。サイボーグチームはそのケツを持って欲しいと言う事らしい。酷い作戦だが、きっと誰かのメンツを護る為に使い潰される兵士に同情しよう』
呆然と話を聞いていた面々。ロックがポカンと口を開けて呆れている。その姿が余りに子供っぽくて、バードは最大限に母性本能を刺激されている。開いている口を持ち上げて閉じさせ、椅子に座りなさいと座面をポンポン叩いた。
「予想通りじゃ無い。どうせこんなもんよ」
「……俺たちが行った方が早いのになぁ」
不機嫌そうに椅子へと腰を下ろすロックが余りに子供っぽくて、バードは暖かな眼差しでソレを見ていた。
『さて、我々の動きだが、Bチーム以外は降下して基地周辺に展開する。各チームはシェルを使ってもらう事になる。Bチームはシェルで出撃し、戦列艦の砲撃に巻き込まれないようジェフリーから十分離れて欲しい。ただし、出撃は更に4時間後だ』
――――4時間?
その微妙な時間にバードも怪訝な表情になった。周りを見れば、全員が怪訝な表情で顔を見合わせあっていた。
『戦列艦は砲撃目標をジェフリーから地上へ切り替え、総力砲撃を行う事になったそうだ。その支援砲撃が続く中、地球地上軍の歩兵が降下するらしい。狙いが外れジェフリーへ当たったなら重畳で、外れても地上へ着弾したなら結果オーライ。間もなく地上軍の降下が始まる。ジェフリーからの砲撃を承知で突入する事になっている。戦列艦も距離を詰めるらしい。ジェフリーの指揮官がどう判断するか見ものだ。いずれにせよ、昼食後にシェル装備で待機してくれ。1400時までに方針を決定する』
一方的に言葉を終わらせたエディ。無線のホワイトノイズが消え去った後、誰かが小さくフゥと溜息をついた。
「今日の昼飯は何かな?」
ボリボリと頭をかきながらジョンソンが部屋を出て行った。ウンザリとしつつもその後に続いていったバード。全く話が進まない状況下、皆のイライラもピークに達しつつあった。だが、数時間後、そのイライラは違う形に変わる事になる。炎と鉄の試練がすぐそこで口をあけて待っているのを、この時はまだ誰も気が付いていなかったのだった。
――――その4時間後
金星の大気圏内をバードは再びシェルで飛んでいた。
対艦攻撃用の280ミリバズーカを抱えた重装備なので少々飛びにくい。だが、この装備が意味するところをバードもわからない訳ではない。さっきまでのイライラが全て消え去り、今は手の中に嫌な汗をジットリと感じる錯覚と戦っていた。
ゆっくりとイシュタル基地へ向け地上を前進する歩兵は全部で30万に達し、それを受けたシリウス側はジェフリーから続々と小型艇を出して、ジェフリーに居た大量のレプリの兵士を地上へ下ろしていた。
そんな中、戦列艦は次々と無差別砲撃を続けながら徐々に接近していて、ジェフリーは直撃弾になりそうな砲弾を迎撃しつつ、戦列艦への砲撃を開始した。まだ距離がある関係で戦列艦の電磁バリアに弾かれて入るのだが、それでも余り気分の良いものではない。そんな姿を遠めに眺めつつ、バード達は突入命令をじっと待っていた。
『俺たちの出番は何時だろうな?』
『ジェフリーの中が空っぽになってからじゃ無いか?』
何時もどこか怒っているスミスを宥めるようにビルが答えた。そして直後にテッド隊長の声が聞こえる。
『余りカッカとすると脳の血管が切れるぞスミス』
隊長の軽口で乾いた笑いが沸き起こったBチーム。そんな中、地上軍はイシュタル基地の周辺でネクサスとの銃撃戦を始めていた。手持ちの火器と野砲で昔ながらの戦争をしつつ、大型戦闘車両を続々と投入し地上を蹂躙する作戦のようだ。
イシュタル基地には次々と戦列艦の砲弾が降り注いでいるのだが、そもそも隕石などでも全滅しないように強力な荷電粒子砲を持っている基地だ。大気圏外の戦列艦には届かずとも、基地へ向かってくる砲弾を迎撃したりするには十分な威力があるらしい。ジワジワと包囲網が狭まる中、歩兵たちは着々と距離を詰め、イシュタル基地へと迫っていた。
『Bチーム諸君! ジェフリーの中の守備隊が大幅に減少していることを確認したので突入の準備を図ってくれ。まずは急接近し、例の荷電粒子砲を叩くんだ。戦列艦の砲撃が続いているが、君らなら巻き込まれて撃墜される事も無いだろう。幸運を祈る」
エディの無責任な声に思わずプッと吹き出したバード。だが、各機がいっせいに突入軌道を取ってジェフリーへ急接近を始める。同じタイミングで強力な荷電粒子砲が直撃コースに入った砲弾を迎撃するのが見えた。ここ何度か見ている限り、あの荷電粒子砲が連射をした事は無い。平均して3分程度の時間を浪費している。
その間に一機また一機と接近していくのだが、飛んでも飛んでもジェフリーに近づいていかない錯覚をバードは感じた。相手が大きすぎて距離感が狂うのだ。最大速力で接近していくのだが、直径10キロは伊達じゃ無い。
小型の防御火器による迎撃を受け、シェルの表面にいくつかの直撃弾を受けたバード。打撃力から推定される敵の武装は100ミリ未満の速射砲系だった。
『なんだか大歓迎してくれてるみたい!』
『全くだ! 酔いつぶれて堕ちねぇようにしないとな!』
バードの言葉に大笑いして返答するスミス。大酒飲みのアラビア人という矛盾した存在にバードが苦笑いする。だが、自体は転がり始めた。ここまでの数日が余りに酷かっただけに、一気にカタを付けたいところだ。
『迎撃火器を潰しつつ接近しろ! 北ゲートから侵入する! ぬかるなよ!』
テッド隊長の声に促され大きな編隊を取ったBチーム。タイミングを見て一気に詰め寄った、その瞬間だった。
突如ジェフリーの上面に激しい爆発が発生した。膨大な量の破片をバラ撒いて爆散したセンタードームの中央部付近では、グレーの煙りに混じり青白い火花が上空へ向かって放たれていた。そして、やや間を置いて再びの大爆発。
『なんだ?』
ロックの声に不安を感じたバード。だが、状況を再生したドリーが爆発の正体を見極めた。
『あー 砲撃が一撃で荷電粒子砲を破壊したんだ。すげーぜ』
同時に全員の視界片隅がスワイプして、砲弾直撃シーンが再生された。音速を遙かに超える砲弾が荷電粒子砲のマウント部を直撃し、構造体の全てを一気に破壊して爆散するシーンだった。荷電粒子砲周辺に砲兵要員は見当たらず、砲だけが完全破壊された状態らしい。ただ、荷電粒子砲が消失した後、ジェフリーの防御火器もまた完全沈黙している。
怪訝な声のライアンが呟いた。疑心暗鬼が再び顔を出した。
『歓迎式典は中止か?』
『中央司令室まで貫通したとかかもね。まぁ、だったら手間が無くて助かるけど』
視界の隅へジェフリーの構造図を表示させつつバードも呟く。ジェフリー中央構造基準線は底面から上面まで一直線の貫通エレベーターシャフトが貫いていて、その最頂点には宇宙を睨む荷電粒子砲があり、ジェフリーの構造的重心点辺りには巨大な中央司令室が存在している。
Bチームの面々はジェフリーの上面部を舐めるように飛びながら、所々に見える対空火器の発射口へ攻撃を加えている。そして、表面に描かれた誘導サインに沿ってセンタードームの北ゲートを目指していた。
『あんがい下まで貫通してるかも知れねぇな』
リーナーの一言で皆がその可能性を考慮し始めた。だが、まだまだジェフリーは空中に浮いている。浮力は十分に維持されていると見て良さそうだ。センタードームが破壊されたからと言って、すぐに墜落するモノでは無いらしい……
『まぁいいさ。突入するぞ。話しはそれからだ』
テッド隊長に促され、シェル各機が北ゲートへと接近を始めた。
いよいよ始まるんだという緊張にバードは僅かに震えていた。




