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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第2話 サイボーグ娘はイケメンアンドロイドの夢を見るか?
9/358

目を覚ましたら悪夢 / 設定の話01


 月


 それは、人類の母なる惑星『地球』唯一の衛星として、最も古い世代から関わりのある惑星の一つ。


 古来、地球人類は月の満ち欠けをもって暦を作成し、やがてその立場が太陽に取って代わってもなお、地球人類にとって月は身近な存在として観測し続けていた。


 そして二十三世紀の現在になっても、月は宇宙へと生活の場を広げつつある人類の重要な拠点として、相変わらず関わりのある存在だ。


 その月の表面には幾つかの『海』と呼ばれる地形がある。

 月の創世記時代に巨大隕石が衝突して出来たクレーターだった場所だ。


 月がまだ若かった頃、そのいびつな巨大クレーターの底にマグマが溜まり、やがて広大で平坦な地形の場所となった。


 その海の中でも最大面積を誇る『嵐の太洋』は南北二千五百キロに及び、玄武岩に覆われた広大な平原と成っていた。そんな広大な海の片隅。マリウスヒルと呼ばれる地形の一角に巨大な溶岩孔が発見されたのは二十一世紀の初頭だった。


 大気や磁気帯を殆んど持たない月面において、容赦なく降り注ぐ太陽風をどう防ぐかは、月面に基地を建設するに当たってかなり難しいテーマだった。地球などと違い、月面へやってくる太陽風は大気摩擦や磁気帯による減速がほぼ一切無い。


 その関係で宇宙空間で受ける放射線量とほぼ変わらない威力を容赦なく浴び続ける災害と言えたのだ。そんな中で見つかったその溶岩孔、マリウスヒル・ホールは垂直方向に百メートル近くの深さがあり、しかも、孔の底部は大型のビルディングをすっぽりと飲み込むような巨大空洞だった。


 天然の装甲とも言える、実に都合のよい地形。しかも、月面の表面を厚く覆うレゴリス砂には大量の酸素が含まれている。この巨大空洞に大きな基地を作り、メインベルト内側の太陽系開発拠点にしようとしたのは、自然な成り行きなのだった。


 西暦2050年頃から始まった月面基地建設計画は、二百年の時を経て恐ろしく巨大な月面ステーションへと成長を遂げ、宇宙全域へ進出する足がかりとして機能する国際拠点となっていた。



 アポロ宇宙船で初めて月面を歩いたアームストロング船長の名を冠した拠点。

 アームストロング国際宇宙港。国連宇宙基地。



 ここに、内太陽系全域を活動の場とする国連軍海兵隊の基地。キャンプ・アームストロングがある。バードたちサイボーグ大隊(スコードロン)、B中隊(カンパニー)の生活の場だった。












 ――――――――月面 キャンプ・アームストロング

          西暦2298年11月22日

          地球標準時間0900











 作戦行動を行った日の翌日は基本的に休暇となる。数週間に及ぶ大規模作戦でも突発的な緊急出撃でも扱いは一緒だ。神経を張り詰め極限の集中力で過ごした日の翌日はサイボーグでも生身でも、思い思いの方法でストレスを発散する日とされていた。


 この日、キャンプアームストロングの警戒レベルはC+に設定されていた。最大警戒態勢のAAAから最小警備体制となるEでの7ランクのうち下から三番目の緩い警戒だ。


 この条件だと緊急出動はまず無い。生身の兵士なら朝からジムで汗を流すとか、或いは、キャンプを出て民生ゾーンでショッピングや食事など思い思いにすごす事が多い。


 サイボーグの兵士の場合は、作動不具合が出ている箇所の分解整備など身体の方を重整備に当てる事が多い。意識の方はシミュレーターの中の映画館にでも入り込み、映画鑑賞などしてリラックスした一日を送る。

 

 ただ、同じCでもこの日は(プラス)がついている。何をしてても咎められないが、どこに居るかは必ず定期連絡が必要とされる。警戒態勢B以上になると、緊急召集がありえるから、Cよりも半歩近いと言う事だ。


 バードはBチームの朝の点呼でガンルームへ顔を出し、簡単なブリーフィングで内太陽系におけるテロリストの活動報告を聞いてからオフィサーズメスで朝食を摂った。


 今朝のメニューはバードの好きな果物と野菜中心のドライモーニング。ただし、喰い盛りの若い衆が山ほど居る基地で有るからして、分厚く切ったローストビーフを挟むミニバーガーにフィッシュケトルを挟んだマフィン。厚切りトーストの上にはチリソース付きのピザ仕立てなピザトーストが食べ放題。


 男衆が戦争でもするかのように掻き込むのを横目に、フルーツばかりを食べ続けていた。


「あれ? バードはトースト要らないのか?」


 茶化すように声を掛けてきたジャクソンが笑う。手元のナイフで丁寧にリンゴを剥いて食べていたバードが皿を差し出したら、Bチームのメンバーがあっと言う間に全部持って行って剥きなおしになったり。


「少尉殿。皮むきはこちらで」


 給仕担当が青くなっているのを見ながらバードは笑っていた。



 そして午前九時。

 自室へと戻ってきたバードは、テッド隊長から貰った日記の執筆を始めた。覚えているうちに書き始めないと忘れてしまう。強迫観念にも似た高い執筆意識があふれ出していた。





     ■     ■     ■     ■     ■     ■




 2298年10月17日。


 この日は私にとって二つ目の誕生日となった。

 サイド6にある国連宇宙軍サイボーグ整備センターのラボの一つ。

 モンゴロイド(東洋人)向けフィッティングルームの堅いベッドの上で眼を覚ました。


 真っ白な壁。真っ白な天井。真っ白な世界だった。

 酷い倦怠感と身体中からやってくる疼痛と、そして眩暈と耳鳴りに気が狂いそうだった。状況を全く理解できない混乱と不安の中、私は新しい人生を歩み始めた。


 遺伝子疾患で死に掛けていた私の身体は、母親から貰った物ではなく機械に切り替わった。意識を失っていた48時間ほどの間に……






                  1






 彼女は成す術無く、天井を見上げたまま呆然としていた。

 状況理解を全く出来ぬまま、全く動かぬ自分の身体に戸惑うだけの時間だった。


 ただ、そんな状況でも彼女の耳には周囲の音が妙なハウリングを伴って入ってきている。その中に突然安っぽい金属音が響き、それがドアの音だと気が付くまでに若干の時間を要した。



 ――――ドア? 誰だろう?



 部屋へやって来たのは見慣れていた高度治療センターのナースたちとは違うユニフォームの男性だった。視界の中に溢れんばかりの笑顔が飛び込んでくる。だが、彼女には全く見覚えの無い人物だった。


「おはよう! 目が覚めた? 気分どう?」


 話しかけられているのは分かっているが、自分の意思で言葉も喋れない状態になって長かったせいだろうか、自然に言葉を話すと言う事も忘れていた。


「どなたですか? ……って え? あれ?」


 自分の口から普通に言葉が出た。

 心の中で驚き、戸惑い、以前とは状況が違うと言うのだけは理解した。


「あ! すごい! もうしゃべれるんだ! さすがだね!」


 男性は胸のポケットからペンライトを取り出すと瞳孔へ光りを当てた。眩い光を感じて視界が真っ白になり、ライトが無くなった後には緑色の残像が残っていた。自立反応を確かめているんだと気が付いた。


「視覚反応も良好だね! 驚くな。流石だよ」


 男性は胸のネームプレートを殊更強調するように見せた。


「僕はアンドゥ。名前は安藤だけどニックネームはアンドゥ。君は?」


 何処か胡散臭いほどに福々しい笑顔。

 彼女は何となくだが気を許してはいけないと感じていた。


 だが……


「……たかなし けいです」


 彼女――けい――は自然に名前を言っていた。

 隠すほどでも無いと、そんな感覚もあったのだ。


「OK! けいちゃんか! 良い名前だね」


 アンドゥはまだ動かない彼女――けい――の頭に手を触れた。慈しむように撫でて、そしてベッドの頭部にあるプレート部分に何かを書き込んだ。


「まだちょっと身体は動かせないと思う。まぁ、ゆっくりやろう。時間はある」


 アンドゥは勿体つけるように一度話を切って、ジッと目を覗き込んでくる。

 優しくて大きな瞳に、けいは少しだけ安堵を覚えた。


「驚かないで聞いて欲しい。多分無理だろうけど。でも、事実なんだ」


 けいは少しだけ頷いた。


「実は約48時間前。君の身体が突然全く反応しなくなった」

「レプリカントになっちゃったんですね」


 アンドゥはニコリと笑って首を振った。

 否定の意味なのは分かったが、けいは意味が解らない。

 

「……実は。君はサイボーグになった」

「えっ? ……どっ! どうして!」


 あまりにも予想外な言葉がアンドゥの口から出て来た。けいはそれを飲み込めずに理由を聞いた。自分の口を突いて出る言葉が全く自然なのに驚いてる余裕すらなかった。


「後でゆっくり説明するから。とりあえずあと2時間ほど大人しくしていて」


 混乱するけいを落ち着かせようと、アンドゥはけいの頭をポンポンと叩く。


「いや、ですから……どうして?」


 真っ直ぐな問いを発したけいは喰い下がって理由を求めた。

 だが、アンドゥの回答は全く違うものだった。


「まだブリッジチップが安定していない」


「ニューロンチップ……」


「そうだ。良く知ってるね」


 唐突にそんな事を言われ混乱しているのだろう。けいの唇が僅かに震えている。

 何かを言おうとしても適当な言葉が浮かんでこず、そして言葉を飲み込む。


「僕も驚いたんだけね。実は、君のサイボーグ適応率は99パーセントちょいあるんだよ。事実上100パーセントなんだ」


 アンドゥは穏やかな声でそう語りかけた。

 サイボーグの身体に適応するかどうかは、個人の資質に左右される部分だ。


「つまり、私は遺伝子レベルで変わり者なんですね」


 けいの声音に悲しみの色が混じった。実は事前の検査で彼女はとんでもないサイボーグ適性数値をたたき出していたのだ。本人の与り知らぬ所で親族へは『お嬢さんの適性ならどんな所でも絶対に重宝される安定した人生ですよ』とだけ告げられていた。


義体(サイボーグ)技師の僕がこんな事を言うのはどうかと思うが――


 アンドゥは尚も穏やかな声音でけいに語りかける。彼女――けい――にとってはレプリカントよりもサイボーグの方が絶対に良い人生になる……と、そう確信しているかのようだった。


 ――君はサイボーグになるべくして生まれてきたんじゃないかとすら思うよ」


 事も無げにアンドゥは凄い言葉を言い放った。適応率が事実上100パーセントと言うのは、実は非常に特殊な事例と言える。確率論的に言えば、およそ1億人にひとりという勘定だった。


 そして、実は様々な企業や機関や団体などが人事部長や取締役などの経営陣と弁護士を伴って両親の元を訪れ、サイボーグ化の全額負担+親族への多額なお見舞金+高額な年俸での長期就業契約を持ちかけていたのだった。


 その全てが本人の希望や願いと言ったもの全てを無視して……


「あまり嬉しくありません」


「そうだろうね。だけど……」


 触れていた手をそっと離して、アンドゥは作り笑いのような笑顔を浮かべた。


「君を生かすために24時間努力し続けた高度医療センターのスタッフは、今夜初めてゆっくり出来るんだよ」


 医療関係者でもあるアンドゥだ。その言葉には重い意味があった。なにより、あのセンターではナース達が本当に親身になって接してくれていたのをけいは覚えている。


「……そうですね」


 いくら感謝しても感謝しきれない日々。

 けいはまずそこに思いを馳せた。


「これは言うべきじゃないのかも知れないけど、ひとりの医者として言わせて欲しい。君が一切の反応を示さなくなった後、センターの担当医は18時間以上不眠不休で懸命の治療を続けたんだ。そして、打つ手無しでこっちへ運び込まれた」


 18時間。言葉にすれば簡単だが、実際にはとんでもないことだ。

 ただ、そうは言ってもけいにとっては関係無い話でもある。


「でも、私はレプリカントになる筈でした……」


 そう。実際の話としてサイボーグになっても長く生きられる保証など無い。様々な職務に就いたサイボーグが、悲劇的な人生の幕切れを迎えるのも事実だ。人間の脳が入っていても、どこか機械扱いされ消耗品扱いされる事も多い。


 つまり、単純に考えれば生物として最初から認識されるレプリのほうが、多少はマシと言う事になる。それを解っているからこそ、アンドゥはけいに静かな首肯を返した。


「実は……ありあわせのレプリ体へ移植を試みたらしいけどね、残念ながらそのどれもが君の免疫型と異なっていたそうだ」


 様々な移植医療の現場に於いて最も手強い困難は、実は免疫型だという。

 自らのクローンでも無い限り、最終的にはここで躓く人が多い。


「それは前に聞きました。強力な免疫抗体が疾患の遠因だって」


「そう。レプリ体への移植を強行しても、失敗したら頓死一直線だからね。やむを得ず緊急措置として、君の脳髄液を使ってブリッジチップを速成生成したんだ」


 アンドゥはジッと、けいの目を見た。

 けいは一瞬だけ恥ずかしそうに目を逸らした。

 何故かは自分でも理由がわからなかった。


「でも……サイボーグになるなら死んだほうが良かった」


「まぁ、素直な心情としてはそうなるだろうね。そりゃ仕方が無いことさ」


 サイボーグは精密機器の塊と言う事もあって、高度なメンテを必要とする。

 それに伴い、メンテナンスの費用もまた、決して安く無い金額が要求される。


「僕が言うと随分手前味噌だけどね、サイボーグだって捨てたもんじゃ無いよ」


「でも、サイボーグの人の仕事といえば……」


「まぁ、危険な仕事場ってのは否定しないよ。現実にそう言う現場では必要なんだから。まぁ、他にもあるけどね」


 生身の身体では出来ない仕事に就く事が多いサイボーグ。その報酬もさる事ながら、機材であるサイボーグ体のメンテナンスは契約した企業や組織が義務付けられている関係で、上手く廻る場合が多い。


「この身体のスポンサーは誰なんですか? やっぱりセクサロイドの企業が……」


「まさか! 適合率100パーセントの逸材をセックスドールなんて勿体無いよ」


「じゃぁ」


 何処かの組織に所属し、ミッションをこなしつつ、メンテを受ける。

 そんな選択をしたサイボーグ人間は一定数で世の中に存在し続けている。


「それは後でのお楽しみ。とりあえず一時間ちょっと位は大人しくしているんだ。いいね」


 一方的にそう言うと、アンドゥはそそくさと部屋を出て行った。真っ白な部屋の中でけいはポツンと残され、否が応にも心細い。時間だけが流れていく静かな室内でふと、けいは上半身を起こしてみたくなった。


 ずっと寝たきりだったからと言うのもある。それに、自分の身体が自分の意思で動くのかを確かめたかった。ちょっとだけ逡巡したがゆっくりと起きてみた。動くなと言われていたが、興味のほうが勝ったのだ。



 ――――うごく!

 ――――動ける!!

 ――――やった!!!


 今度は手と腕を動かしてみた。自分の顔を触りたかった。今まで出来なかった事をやりたいと思った。顔に手を触れ、そして頭の方へ動かしていく。


 自分の頭部や頚部に夥しい量の光ケーブルが繋がっているのが分かった。ただ、なぜかその手には触れている感触が全く無かった。その時、迂闊に触れた部分に軽い衝撃を感じた。何処かに繋がっていたケーブルが『パツ!』と音を立てて外れて床に落ちたのだ。


 その直後、突然視界が廻りだした。

 吐きそうなほどに気持ち悪くなって、そして視界が暗くなった。



 ――――あ?

 ――――あれ?

 ――――気持ち悪い!

 ――――目が廻る!


 誰か人を呼ぼうとしたけど、声も出せなくなっている。真っ暗な世界へ堕ち、さっきまで聞こえていた音ですらも失ってしまった。理屈ではなく『まずい!』と直感した。


 まるで高速回転する洗濯機の中に放り込まれたようだ。気が狂いそうなほどに気持ち悪いのに吐く事も出来ない。同時に全身のありとあらゆる所から痛覚が襲い掛かってきた。あまりの痛みに精一杯叫んでみたけど、やはり言葉は出てこない。



 ――――痛いっ!



 どれ程後悔したってもう遅いのだけど、でも、どうしようもない。どうしよう!と猛烈に後悔しながら心の中でけいは泣いた。しかし、それで事態が解決する訳が無い。


 どこかで『これで死ねるかも』などと安堵した。だが突然、世界がフッと明るくなって、耳の中に音が甦った。そして――


「なんて事するんだ! 大人しくしてろって言っただろ!」


 アンドゥは鬼の形相で睨みつけ物凄い剣幕で叱った。真っ暗闇の恐怖も酷いが、いきなりそんな表情を見せられてもやはり怖い。声を取り戻したけいの口から小さな悲鳴が漏れた。


「ごめんなさい。でも、起きてみたかったの」


 アンドゥの顔に心底呆れたと言う表情が浮かんだ。

 そして、壊れ物を扱うように、けいをベッドの上にそっと横たえた。


「いいかい。君の脳とサイボーグのインターフェースであるサブ電脳の間は、まだこっちのコンピューターがブリッジしている」


 アンドゥの指が壁際にある大きな端末を指差した。

 複数のモニターが並んでいて、ブリッジ状況をモニターしていた。


「君の頭の中にあるニューロチップが死んでしまったら、君はもう二度と生き返れない。気持ちは分かるけどね。でも、まだ無理だから」


 けいは素直に『はい』と応えるしか無かった。遠い日に父親から正座で叱られた日を思い出した。そんな中、けいに繋がるケーブルを一本ずつ確かめ始めたアンドゥは、黒いテープでケーブルが抜け落ちないように留めていった。



 ――――なんかまるでケーブルをたくさん繋いだ機械みたい……



 そんな事をぼんやりと考えている間に、ケーブルの処置が全部終わった。あれだけ痛かった感覚も気持ち悪さも無くなった。全てが平穏になったのは良かったのだが……


「今度こそ、おとなしくしてるんだよ? いいね?」


 強く念を押してアンドゥは部屋を出て行った。

 けいだってもう怒られるのは嫌だ。


 ただ、しばらくは大人しくしていたけど、やっぱり上半身を起こしたい衝動に駆られる。こんどはケーブルを抜かない様に。慎重に慎重に、時間を掛けて起き上がった。


 首の両側に十本。頭からも十本。それだけじゃなく両脇辺りにも数本繋がっている見事なまでのスパゲッティシンドロームに驚いた。だが、自分の両手は健康的な肌色で、爪はほんのり桜色で指先より少し長い。寝たきりだった頃全部抜けてしまった髪は、肩甲骨の下まである艶やかな黒髪だ。


 何より。骨と皮しかなかったあの頃と比べて、健康的な肉付きの体にハリのあるバストが嬉しい。自分の両脇を触れば、肋骨の感触があった。



 ――――わたし 本当に機械なの?



 けいは自分の右胸に手をやり、感触を確かめてから手を上の方に動かしていく。すると首元に身体とは違う素材のものがあるのに気がついた。手や身体に、少しずつ色々な感触が生まれているのが分かった。



 ――――なんだろう?



 まるで首輪のようになっているリング状の物。いつの間にか手に感覚が生まれている。そして、その手触りから多分金属なのは分かった。首の根元にある柔軟な物は、まるでペンダントだと思った。


 ごそごそとペンダントを動かして、ギリギリ視界に入るところへ動かした時、そこに書いてある文字列が目に入った。



  UNSCDF-Marine ODST 



 一瞬、目が点になった。暇つぶしにインターネットの端末で見た、あの集団が頭に浮かんだ。病院コロニーの中で見た連続ドラマに出てきたワンシーン。死を待つレプリの女性に添い遂げた管理官男性の元の職業だ。



 UNSCDF : 国連宇宙防衛軍


 United Nations

 SpaceCommand DiffenceForce



 その中で、一番の猛者が揃った精鋭集団。

 それが、海兵隊。Marineだった。


 そのMarine(海兵隊)の中でも飛び切り殉職率が高い危険な部隊。勇猛果敢で恐れを知らない隊員揃いの集団。ケルベロスと異名を取る地獄の番犬連隊。ヘルジャンパーと呼ばれる、人類最強の空挺集団。


 それこそがODST。


 Orbital Drop Shock Trooper  

 軌道降下強襲歩兵隊



 21世紀のビデオゲームに登場する猛者中の猛者が揃った精鋭集団の名前は、国連軍海兵隊の強襲降下揚陸隊自らが自称し始めたニックネームだった。そしてそれは公式名称となり、ごく普通に国連内部で使われていた。


 あのドラマに出てきた男性は、強襲降下の作戦中に撃たれて両目を失明。

 その後、レプリになった女性と一緒に暮らして幸せそうだった。



 私が死ぬまで あなたの目の代わりに



 レプリの女性が囁いたその言葉は、世間の話題をさらった名台詞だった。

 つまり、そんな被害が日常茶飯事に発生する、一番危険な部門……



 ――――まさか私が兵隊に? そんなこと無いね……



 心細さが急激に増して行った。大人しくベッドの上に横になって、掛かっていた毛布の端を握り締めた。改めて自分自身が一糸まとわぬ裸である事に気が付いた。真っ白な天井を見上げながら、涙目にもなれない惨めな身体を恨んだ。



 ――――なんでこんな事に……

 ――――いっそ殺してくれればよかったのに……



 色々な事が頭の中をぐるぐると回り、思考がまとまらぬまま小一時間が過ぎた。

 さっきはえらい剣幕だったアンドゥが、今度は穏やかな表情で現れた。


「さて、驚くほど適応が早いんで、ちょっと時間を巻いてみようか。ゆっくり上半身を起こそう」


 少々手荒にケーブルを抜かれ、そして促されてけいは起き上がった。今度は痛みも気持ち悪さも無かった。問題無さそうだねぇとブツブツ言うアンドゥの奥では別の男性がひとり、ジッと様子を伺っている。


「はじめまして。私は広瀬。ある国連機関の技術職員をしています。けいさん。君の新しい身体の主任設計者で製造監督です」



 ――――え? 国連?

 ――――じゃぁやっぱり私は!



 けいは出来る限り平静を装った。だが、そんなけいの動揺を見透かしたのか、広瀬は一瞬ニヤッと笑ってから歩み寄り、けいの首へ手を伸ばした。


「なんだ、もう見ちゃったのか。じゃぁ、今更取り繕っても仕方ないね」


 広瀬はけいの首に有ったペンダントのチェーンを解いた。

 ダラリとぶら下がったそれは、個人識別番号の書かれたドッグタグ。


「けいさん。君の身体のスポンサーは国連の宇宙軍。しかも海兵隊です。貴女は人並みはずれた適合率を持つおよそ1億人にひとりの逸材なんですよ。ですから、海兵隊は貴女をスカウトしに来たわけです。国連の宇宙軍が研究しているサイボーグボディのうち、もっとも高性能でもっとも高価な機体が貴女にプレゼントされました。ですが、このプレゼントは入隊拒否できないおまけ付です。残念ながら、貴女に拒否権は無い」


 広瀬はとんでもない事をサラリと言った。

 一切の拒否権が無い。けいは視界が暗くなる錯覚を覚えた。

 だが、そんな事を意に介さず、広瀬はけいに立ち上がる事を促した。


「さぁ、起き上がって。床へ立ってみよう」


 そもそも、けいは5年も寝たきりの病人だった。

 おまけに最後の一年くらいは自分の意思で身体を動かす事も出来なかった。

 

「君なら出来る。出来なきゃおかしい」

「でっ でも…… あれ?」


 自然ともれ出る言葉は、紛れも無い本音。

 立ち方を忘れていた。


「そういえば…… けいさん、ずっと寝たきりだったんだよね?」

「はい。5年くらい」

「じゃぁ仕方がないかな」


 広瀬はちょっとだけ同情する風にも見えた。

 だがそれは単に社交辞令だとすぐに気が付いた。


「今の身体はちゃんと動く筈だ。そう言う風にボクが作ったから大丈夫!」


 『ほら! 急げ急げ!』と急かされベッドから引っぱり上げられ、けいは床へ立たされた。寝たきりの頃とは違う視線の高さに、ちょっとだけ腰が引けた様な気がした。


「どうしたの?」


「高所恐怖症です」


「……あ、そうか」


 広瀬は苦笑しつつけいの肩へバスローブのような上着を掛けると、部屋の反対へと歩いていった。それをけいは視線だけで追っていくのだが、広瀬は椅子の前に陣取ってけいを手招きしている。



 ――――歩けるかな?



 けいは一瞬不安になったが、一歩ずつゆっくり歩き始めた。


「歩けた!」


 けいは思わずつぶやいた。5年ぶりに歩いた。自分の意思で歩いた。だが、どこか自分の身体で歩いたと言う実感がわかなかった。無重力のような浮遊している感覚を全身に感じていた。足の裏に感じる接地感が全くなかったのだ。


「とりあえずここまで来て座ろう」


「はい」


 ヨタヨタと歩いていった先には、ヘッドレストの付け根に大きな穴が開いた不思議な形状の椅子があった。テレビドラマで何度も見たサイボーグ用の椅子だった。


 何とかたどり着いて座ったのだけど、その瞬間に後ろへ背もたれが下がり、けいは天井を見上げた。事態を飲み込めないけいだが、広瀬はケーブルの先端に何かソケットの付いた物を持って、遠慮なく上から覗き込んでいる。


 それがなんであるかはすぐに分かった。サイボーグの首にある情報接続端子へ繋ぐ為のプラグだ。


「さて、じゃぁ、ちょっと手荒なリハビリだ。君のニューロチップは安定したと思って良いようだ。今度は君の生体脳と体を制御するサブ電脳へ制御ソフトをインストールする。ただ情報が流れ込むだけじゃ無いから、飽きないと思うよ」


 広瀬の指先がけいの首筋にあるバス部のカバーを開けると、くすぐったい様な感触が背筋を駆け抜け、全身の神経が繋がり始めているんだとけいは気が付いた。


 さっきと違って、指がどこを触っているのかすぐに分かる。サイボーグってこんな風なんだと思っていた。


「ところで、でけいってどんな字を書くの?」


(めぐみ)と書いてけいです」


「そうか、いい名前だね。じゃぁ、恵さん、1から9までの数字を三個選んでくれる?」


「え? あ、じゃぁ…… 3と7と9で」


「オーケー。今から君の入隊番号は379番だ」


「はい?」


「気にする事は無い。今から見る夢の中で、君は379番と呼ばれる事になる。まぁ、後は夢の中で体験すれば良いよ。国連宇宙軍士官学校へようこそ!」


 広瀬は満面の笑みで恵を見ていた。次の瞬間、首筋にケーブルが接続した。

 一瞬、恵の身体がビクッと痙攣し、背筋にゾクリと衝撃が走りる。

 恵は驚いて目を閉じてしまった。


 そして、次に目を開いた時。

 目の前に広がる光景に言葉を失った。




     ■     ■     ■     ■     ■ 




 あの日。眼を覚ましてからの三時間はジェットコースターの様に過ぎた。今思い返しても、驚くような濃密な時間だった。だけど、それも今思えば長閑な時間でしかない。このあと体験する出来事は、新しい人生の全てにわたって重要な出来事だった―――









 しばらく書きなぐってから見返してみたら、なんだか妙に客観的と言うか醒めた見方だと自分でおかしくなった。まるで自分以外の誰かが自分の行動を書き記しているかのような、そんな錯覚だ。


 でも、それでも良いと思った。恵はもうここには居ないのだ。ここに居るのは海兵隊士官のバードで階級は少尉。ODSTのブレードランナーだ。

 

『バード! そろそろ昼だけど外へ飯を喰いに行かないか?』


 チーム内無線に突然入ってきたロックの声。

 驚いて時計を見たら、そろそろ十二時を指す頃だった。


『良いね! 支度して行くからゲートで待ってて。私服でしょ?』


『もちろんだ! ペイトンとライアンが一緒に行く』


『りょうかい!』


 日記を閉じて支度を始めるバード。

 休暇はまだ始まったばかりだった。

 設定の話 その1 ニューロブリッジチップについて



 人間の『本体』ともいえる脳と、機械で構成された身体を制御する電脳部分をジョイントする為のブリッジチップをどうするか?はSFを語る上で一番楽しい部分でもあるのですが(笑)

 拙作ではこの部分の構造について以下のように定義してあります。


 まず、シリコンウェハースなどから造られるICチップ上に熱水鉱床近隣に生息する硫化水素ですらも代謝を可能とした特殊生物の遺伝子を組み込んだ限界生物を製作し、その生物に生体電気情報と電脳部分のパルス情報を伝達させるブリッジやリレーとしての機能を持たせてあります。


 人間の脳細胞と神経細胞をシリコンや金といった伝導率の高い素材と繋ぐ際、シリコンなどに含まれるガリウム砒素などが障害になると考えました。人間の生体細胞が重金属を代謝出来ず死んでしまうのです。それを回避し、人間の細胞と金属部分とを接合するブリッジが必要なはずで、その為に作られたいわばサイボーグ技術の核心部分で特許や機密の塊りとも言える部分です。

 ただ、厳密に言えばそのチップは人間から見れば『異物』そのものですから、その生体チップと共存できるかどうか。言い換えるならば、拒絶せずに受け入れてくれるかどうかの確立を、便宜的に適応率と呼んでいる……としました。


 今現在の技術ですと神経ネットワークの微弱な電流を捉え、物を握ることや摘むことが可能となった義手はすでに存在します。ですが、それは実際には物をつかむだけの機能で、感触や熱情報といったものを脳へフィードバックする事が出来ません。

 また、目や耳といった視覚聴覚情報を脳へ伝達する技術も生まれつつありますが、結局のところ電流波情報に変換し送り出す必要があります。そういった部分で【素早く正確】に情報のやり取りをするには、こういう技術が必要なんだと定義したのですが、どうでしょうか(笑)

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