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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第8話 オペレーション・シューティングスター
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酷い戦闘

 金星の地上は一面の銀世界だった。

 ただそれはCO2が結晶化したドライアイスの雪だ。極限のアスピリンスノー状態なその雪は、目に映る姿ほど優しく麗しいものでは無く、ヘルメットを取って一口程度の息を吸い込んだだけで昏倒し、二度と意識が戻る事は無い猛毒の大気を生み出しているのだった。


『3時方向! シリウス戦車!』


 スミスの声が無線に響いた。どこか金切り声にも聞こえたその声は、この狂気染みた世界を呪っていたバードの意識を自分の身体へと呼び戻した。それなりに大きな筈のシェルコックピットモニターには、期待するほどの世界が映ってはなく、必要最低限な程度の狭い世界に苛ついて、全周視野モードに切り替えるのに逡巡を要するようなことも無かった。だが、視界を大きく取って安心するはずだったと言うにも係わらず、背中に背負った反応材タンクの影が思ったより大きい。仲間3機で背中を預け合い、360度の全視野を共有しているのだが、そんな努力をあざ笑うように、四方八方から嫌がらせのような攻撃を受けていた。


『7時方向! RPG持ってンぞ!』


 ジャクソンの声が響き、バードは自分の正面と言う事も有って固定武装のチェーンガンをお見舞いした。全身を被うハードスーツに身を包んだシリウス側の戦闘員が、全身を挽肉に変えながら散逸していった。


『よし! Dチームが突入した!』


 突入を支援していたビルの声が響き、バードはチラリと目をやる。

 ハードスーツどころか、どう見たって自立型戦闘アンドロイドのような姿のDチーム隊員がナーダ高地の金星改良事業基地へ突入していった。そんな姿を見ながらバードの気持ちは複雑だった。どう見たって人間じゃ無いけど、彼らだって心がある筈。恐怖や葛藤を抱えたまま、先鞭を切って突入する彼らの勇気。そして自己犠牲の精神。そんな部分を参謀本部はちゃんと把握しているんだろうか?と。


『周辺の警戒を怠らないようにな。例の荷電粒子砲が姿を現すと厄介だ』

『なぁドリー。場所を特定して砲撃支援の要請じゃダメか?』


 なんとなくそんな提案をペイトンが行った。だが、間髪入れずそれを否定したのはジョンソンだった。どこか冷たい口調で全否定だった。


『場所の特定が出来たらとっくに砲撃してんだろうさ。勤勉な大砲屋の皆様方も撃ちたくって仕方がねぇだろうしな』


 その言葉に乾いた笑いが響き、ちょっとだけウンザリ気味な口調でペイトンも同意の言葉を吐いた。


『そういやそうだったな。なんせ大砲屋はいつも安全なところに居やがる』

『おいおいペイトン! ずいぶんと厭世してるじゃ無いか』


 戦闘中だというのにビルは遠慮無くペイトンを冷やかした。勿論その意図を皆は解っている。心理学者でもあるビルは素早くフォローを入れてペイトンの心を整えようとしているだけだった。


『俺たちだって地上を歩いてる連中にしてみりゃチェアフォースだぜ』

『チェアフォース?』

『椅子に座って戦争出来るってこったさ!』


 そんな言葉を吐きつつも、ビルの抱えていたモーターカノンは遠慮無く火を噴いている。そして、その眩い火が金星の銀世界を染める都度に、どこかでレプリや生身の兵士達がただのタンパク質の塊へと変貌しているのだった。


『ところでよ、なんか(やっこさん)多くねぇ?』


 遠距離精密射撃を繰り返していたジャクソンは視界にバトルフィールド表示させつつ、エリアの敵数を数えていた。


『俺の視界に入っているだけで戦車が軽く200輌は居るけど、どうやって持ち込んだんだ?』

『案外金星で作ってたりしてな』


 リーナーの言葉が不思議な緊張を伴っていた。なんとなくだが皆が思っていたことだ。数日前に金星上空を飛んだ時、地上側は遠慮すること無く地対空ミサイルを使っている。シリウス側が工場にしていると思われていた木星や土星の基地から運び込むにしたってそれなりに手間が掛かるはず。つまり、地球サイドの金星開発委員会にも裏切り者が居ると言う事に成る。


『あんまり考えたくない事態だ。夢に出てきそうで精神衛生的に良くない』

『それに、血圧が上がって冠状動脈に影響が出ると狭心症の危険がある』


 ビルは精神衛生を心配し、ダニーは心臓の危険を指摘した。そんな会話に皆がまた大爆笑する。精神はともかく、誰一人として心臓など残ってないのだ。そんなやりとりを聞いていたバードは、皆がもはや全てを振り切って泰然自若と運命を受け容れて居るのだと痛感する。

 まだまだ修行が足りないし経験も足りないし、それに、割り切りとか心の持って行き方の部分で未熟であるとバードは自嘲した。早くああならねばと思いつつも、どこかで受け容れがたいとも思っている。


『それよりさ、なんか凄く嫌な動きしてない?』

『俺もさっきから実はそう思ってた』

『なんかこっちの手の内を読まれてる気がするんだよね』


 バードの不安げな声に相槌を打ったロック。バードのイメージは画像情報として仲間に送られた。こっちの射程ギリギリで待機し、統制の取れた動きでシェルの射撃圏内へと入ってくるシリウスの戦闘車両。その次の行動予測を立てたバードは視界にそれをオーバーレイさせた。それと全く同じパターンで侵入してくるシリウス戦車。違和感を確信へと代えたバードが呟く。


『宇宙軍で訓練を受けたレプリをアグレッサー(仮想敵役)にして戦闘シミュレーションしてるのかもね。そうで無きゃあんな動き出来ないよ』

『だな。こっちが攻撃する順序を予測して死角から侵入しようと繰り返している』


 素早く現状を分析したドリーが対処法の計算を始めた。その間、ジョンソンは何を思ったのか戦闘エリア全域に通信妨害のECMを仕掛けていた。


『ECMを開始する。どこかに指揮官役がいて戦闘の統制を取っているなら、混乱を来すはずだ。頭を探そう』


 一瞬通信にタイムラグが発生し、バードは慌ててECCM(電子戦妨害対抗措置)をスタートさせた。デジタル通信信号の暗号化と再変換処理を行う関係でほんの一瞬だが通信にタイムラグが生まれる。

 だが、シリウス側もまた統制が混乱を来し始めている。どうやらどこかに指揮官役が居るらしいのは間違いない。


『さて、モグラ叩きはじめっぞ!』


 ジョンソンはモーターカノンでは無くシェル用のパンツァーファウストを構えた。バズーカ状になった形態で後方にはリボルバー型弾倉があった。


『手近なところから潰していこうぜ』


 スミスがそう提案し、被撃距離2000メートルより近くに入ってきたシリウス戦車は次々と血祭りに上げられている。その光景を見ながらも、バードは肉薄してくるレプリのRPGを警戒していた。


『まだかな!』

『まだ30分しか経ってねぇよ!』


 時間を見ていなかったバードにライアンが応えた。

 続々と接近してくるシリウス戦車も大半がスクラップになっていた。


『なんだか敵戦車の残骸で死角が増えたな』

『面倒だぜ。まとめてぶっ飛ばしてぇ』


 戦車の残骸を踏みつぶして後方から幾つも幾つも戦車がやって来る。完全な同時飽和攻撃に入り始めたシリウス守備隊。その無駄な死を重ねながらジリジリと前進してくるやり方にバードは寒気を覚えた。


『死ぬのが怖くないってこういう事なのね』


 ウンザリしつつも手近な戦車を全滅させたバードはモーターカノンの砲身を冷却するべく、すぐ近くの雪の中へ砲身を突っ込んだ。砲身の周りにあったドライアイスが一瞬で昇華してしまい、期待するほど砲身は冷えていなかった。


『地上温度が氷点下のクセに全然冷えない!』


 バードの愚痴は乾いた笑いになってチームを押し包む。


『カミカゼ型攻撃的防御は面倒だな』

『いくら何でも数が多すぎるぜ!』


 ジャクソンもペイトンも黙々と攻撃を続けている。

 勿論それ以外のメンバーもだが、いかんせん敵の方が多すぎだ。完全に連続飽和攻撃を仕掛けてきていて、いくらシェルとは言え弾薬の残量を考えねばならな状況に陥りつつあった。


『全員の視界へオーバーレイさせるから注意してくれ』


 ドリーの計算した戦闘手順がパワーポイントのプレゼン状になって視界に表示された。それに沿ってBチームが一斉に動き始める。バードはジャクソンやスミスと一緒に待機して射撃する側。ロックやペイトンやライアンが囮の側。

 敵戦車の射線を引きつけてから逃げ出し、それに釣られて一瞬回頭してしまった戦車に肉薄しながらモーターカノンでは無く巨大なウォーハンマーで戦車を叩き潰していく。砲弾の使用料を節約し、相手には心理的プレッシャーになるやり方だ。


『Bチーム諸君! 支援に感謝する。Dチームのバイパーだ。まもなく脱出を開始するので降下艇の支援を頼む。先ず生身を逃がす。それから我々のうち動けるもののみが脱出する。すまないがよろしく頼む』


 バイパー隊長の言葉にバードが驚く。


『動けない隊員はどうするんだろう?』

『あれ、バーディーは知らなかったか』


 ジョンソンの言葉が少し呆れた風だった。だが、バードの視界に現れたジョンソンの表情は首を左右に振って沈黙を求めるような仕草だった。


【バード。内緒話だ】


 いきなりスケルチモードで話しかけられたバードは、無線をスケルチへ切り替えてから声を出す。


【なに?】

【Dチームは消耗前提の使い捨てチームだ。隊員は安楽死前に志願した者ばかりで構成され、行動不能レベルになったら自爆すると宣言した者ばかり。ODSTだけじゃ無く一般海兵隊の中から出た重傷者などのウチ、適応率が低すぎてまともな兵士が務まらない奴が集まってるんだよ。だから、こんな時に動けなくなった奴は、きっと基地の中で生きた遅延信管役を引き受けてるんだろうさ】


 ややあって基地のメインゲートからDチームが飛び出してきた。その中にはまだロクサーヌが含まれていて、バードはどこかホッとしていた。


『バイパー隊長! 脱出は何人っすか!』


 降下艇の支援をしていたダニーが無線の中で叫んだ。


『基地の中にジネディーヌとアロンソンが残っているが、それはやむを得ない。38名が脱出する。全員安全を確認し退避してくれ!』


 モーターの作動音を響かせて飛び出て来たバイパー隊長は、両手に何かを持っている。それがなんであるかを確認することこそ出来なかったが、あれこれ考える前にバードは迫りつつあるシリウスの守備隊に向けて40ミリ砲弾の在庫処分を開始した。モーターカノンの砲身が真っ赤に焼け始めたのだが、照準軸線からのズレは計上するほどでも無かった。


『よし! 全員搭乗した! 脱出する!』


 バイパー隊長の指示で降下艇が空に浮かび上がる。それと同時にBチームのシェルが続々と離陸して行った。長い緑の尾を引いて加速して行くシェルは、相変わらず残っている砲弾の在庫処分を続行中だ。次々と地上に爆発が発生し、その都度に無線の中に歓声が流れる。


『生身の拾いこぼし無いよな?』


 バトルフィールドを再スキャンしたダニーとジャクソン。生体反応が無いのを確認し高度を上げ始めた。基地の中からは散発的な銃声が響いていて、いずこかで戦闘しているようだが。


『アロンソンが自立戦闘しているんだろう。大した男だ』


 バイパー隊長の声にDチームの面々が一斉に声を上げた。


 ――――またな!

 ――――先に行っててくれ!

 ――――あばよ!

 ――――楽しかったぜ!


 その声は仲間達が別れを告げるものだった。そしてその直後、ナーダ基地の辺りに眩く光る火球が生まれた。周辺にある全ての物を飲み込んでいくその火球は、いつの間にか純粋な破壊の力として基地の全てを金星から消し去った。その威力に間違いなくこの爆破が核兵器だとバードは直感した。Dチームの面々が小型で強力な戦域核弾頭を持ち込んで、全てを消し去ったのだった。


『……嘘でしょ』

『いや、現実だ』


 バードの呟きを否定したドリーは、モニター越しに映る火急を見ながら呟いた。

 皆が言葉を失っているなか、Dチームの乗っている降下艇は立ち上った爆発煙の周りを三周し、そして大気圏外向けエンジンを点火して急上昇していく。

 基地の周囲に落下したはずの生身は全部回収しただろうか? 上空で撃墜され掛けた降下艇の兵士はどうなっただろう? 基地内部で斃れた友軍兵士の末路は。

 様々な事が一斉に思い浮かび、バードは一瞬混乱を来す。だが、それを考えてもどうになるモノでも無い。


 ――――ここに置いて行こう


 シェルを僅かに捻り基地の辺りを見たバードは、胸の前で手を合わせた。この時初めて、バードは神に祈ると言う行為の、その本当の意味を知った。もう人の手ではどうにもならないのだから。だから最後は神の御手に委ねるのだった……


 ――――どうか…… 安らかに……


 ふと空を見上げたら、金星の大気圏外を航行している眩い光りを見つけた。周回軌道上の我が家"ハンフリー"だと視界に表示が出ている。


『そろそろグリフォンエンジンだけで飛べる高度だ。チャッチャと帰ろうぜ!』


 ドリーの声で我に返ったバードはエンジンのモードを切り替えた。背中に背負ったこの邪魔なタンクをここで捨ててしまいたかった。だが、この全てを持って帰る事も大事な任務だ。

 小さく舌打ちして忌々しげにソレを眺めた後、薄く笑いを浮かべてバードも高度を上げていった。強烈な加速度を感じつつも、どこかそれに慣れてしまっていて、先に上昇していた生身のODST兵士が乗っている筈の降下艇を追い越し、早くも周回軌道上へと踊り出すのだった。







 ――――金星 ナーダ高地上空250キロ付近

      金星標準時間 3月31日 2200






 ハンフリーの士官サロンで今日の反省会を開いていたBチームだが、これと言って酷いシーンがあったわけでもなく、淡々と戦闘を振り返って細々した点をディスカッションし、割と早い時間にお開きとなった。

 こっちの手の内を読まれているというのは大きな真理的負担だが、逆を言えば裏の裏を掻けば良いだけの話であって、むしろ相手の動きに予測が立つ分だけ楽じゃ無いか?と言うビルの言葉に皆が納得の表情だった。

 ふと、バードは思う。テッド隊長が居なくてもチームは十分にまわっている。つまり、テッド隊長の昇進が近くなっているんじゃないか?と。それを承知しているからこそ、エディ少将は全部承知でテッド少佐をこの大事な作戦の時に引っ張り出し、自分たちBチームの隊員がどう振舞うかを見ているのでは?と。そう、妙な角度で手の内に思いを馳せている。どうか虚ろでボーっとした眼差しで、士官サロンのモニター窓から見える金星を眺めながら。


 ――――凄い……


 立ち上ったキノコ雲の大半は強い気流に流され、もはや原形をとどめてなく、残滓どころか煙すら禄に無かった。あの強烈な爆発に焼かれた基地は残骸すら残ってなく、ちょっと大きめのクレーターが出来上がっていた。そんな姿を眺めつつ、バードの脳裏にふと疑問がよぎる。吹き飛ばされた基地には何があったのだろう?

 そして、答えの出ない問いをアレコレと考えながら、不意に少しだけ嫌なイメージをバードは持った。あの基地の中に、あのロックの父親がいたとしたら……

 いつもいつも、一番嫌な場所で姿を現すロックの父親は、もしかしたら基地の中でロックを待って居たかもしれない。決着を付けるべく、出番を待っていたかもしれない。鋭いソードを持ったまま、何処かでロックの到着を待っていたのかもしれない。

 その存在ごと核兵器で焼き払ってしまったとしたら、ロックはどんな顔をするだろう。自分の手で決着をつけると意気込んでいたロックだが、渋谷では話しにならず、中国では手玉に取られていた。きっと胸に期するモノは大きい筈だ。そうでなくともバードの前で無様な姿を見せたと落ち込んでいたのだ。『男の子』の大事な部分として、『気になる女の子』には、次こそ格好良いところを見せねばならないと、そうテンションを上げている筈だ。



 ――――だけど、もし……「あれ? 何やってんだバーディ?」



 いきなり声を掛けられて本気で驚いたバード。振り向けばロックがウィスキーのビンを持って立っていた。グラスはひとつだけだったので、ここで寝酒を飲むつもりだったのだろうとバードは思った。


「いや、ちょっと考え事」

「まためんどクセェ事考えてんだろ?」

「うーん……」


 首をかしげて考えるバードの姿に、ロックは優しい笑みを浮かべた。


「考えたってはじまんねーさ。転がるサイコロがどんな目を出すかは止まってみるまで分からないだろ?」

「そりゃそうだけどさぁ……」


 困ったような表情でロックを見たバード。その僅かな仕草にロックはなんとなくバードの心のうちを思った。答えの出ない問題を考えて悩むのは時間の無駄だと、ロックはそう考える口なのだが、バードの場合はむしろその真逆で、出そうな回答を全部想定し対策を立てる口だった。


「……あの爆発の中にさ」

「あぁ。基地を吹っ飛ばした奴だ」

「うん、そう。あの爆発なら、もしかしたら死んじゃったかな?って思って」

「なにが?」


 ウィスキーをグラスに注いで一口飲んだロックが笑っている。

 バードの思いの真相を全く把握していない姿で。


「あの基地の中にロックのお父さんが居たとしたら……」


 真顔で言ったバードだったが、その言葉を聞いたロックはいきなり不機嫌極まりない顔になった。不貞腐れるのではなく、怒っている表情だ。だけど、バードはその表情にひるむ事無く言葉を続けた。


「あの渋谷のビル崩壊を生き延びたのよ? 中国のあの基地を砲撃したのだって、もしかしたら『何故そんなに人の人生に口をはさむんだ?』え?」


 猛烈に不機嫌そうなロックは強い口調で吐き捨てた。


「そんな事は関係ねぇさ。姿を現したなら今度こそたたっ斬るだけだ。それ以外に俺の選択肢はねぇのさ。必ずこの手で斬って殺してやる」

「だけど、どんな理由があっても肉親じゃない」

「だから何だよ」


 ロックはまるで戦闘中のような顔でバードを睨み付けた。グラスを持つ手に力が入り、ギリっと音を立てている。そんな姿を見たバードは悲しそうな表情を浮かべ視線を切った俯いた。そして小さな声で呟く。


「ごめんなさい。赤の他人がプライベートに踏み込んだらやっぱり迷惑よね」


 怒り心頭なロックだったのだが、そのバードの言葉がまるで頭にぶっかけられたら冷や水のようで、ハッと気がついて己の未熟さを呪った。赤心から出た言葉を拒否した己の矮小さにロックは劣等感を覚えた。そして、そのごく僅かな瞬間に、様々な事がいっぺんに襲い掛かってきて、頭の中をグルグルと駆け回って、そしてあやふやながらもひとつの結論のようなものを作り上げた。


「バーディ」


 俯いたままのバードは返事をしなかった。


「わりぃ…… せっかく心配してくれたのにな…… すまねぇ」


 ロックの言葉から険悪な空気が抜けた。ふと顔を上げたバードが見たモノは、少し辛そうに俯くロックの姿だった。手にしていたウィスキーのグラスをグッと飲み干して、そして、まるで生身の男がするように溜息を吐き出した。


「俺は…… どうしても親父の事になると…… 自己制御が出来なくなるんだ」


 テーブルにグラスを置いたロックは辛そうな表情のままバードを見つめた。その目にまるで涙が溜まっているように見えたバードは本気で驚いた。だが、それが光の加減である事を理解し、少しだけガッカリしていた。


「……俺は、覚えている限り一度たりとも親父に褒めてもらった事が無い。多分、まともな育てられ方をしていないと思う。だから、一番最初にBチームへ配属になった時、随分と隊長や仲間たちに迷惑を掛けてたし、ドリーやジョンソンにも散々怒鳴られた。つい最近までな。バーディも見てるだろう。だけど……」


 もう一度グラスにウィスキーを注いでそれを手に取ったロックは、グラスの中で波打つ琥珀の液体を見ながら、自嘲気味に笑っていた。


「上手くいった時や、危機一髪で生き残った時や、仲間を助けたり助けられたりしながら生き残った時とか、そんな時に初めて褒めてもらったんだよ。それだけじゃなくて、仲間と笑って話をするって事を覚えた。そんで、その中で心配されるって事を初めて経験した。生きてて良かったって安堵されてさ。莫迦な真似しやがってって隊長にどやされながら、でも、抱き締められたりしたんだ。親父には一度もされた事が無かったんだけどさ。隊長は殴って叱ってくれるし、抱き締めて褒めてくれる。だから、いつの間にか俺にとっては隊長が父親だったんだ。そして……」


 手にしていたグラスに口をつけたあと、寂しそうに笑っていたロックはバードをジッと見て、そして頭を下げた。


「本当に悪かった。親を心配されるってこういう事だったんだな」

「ロック……」

「俺はどこかが欠けている人間だ。そしてそれは、人間が人間である為には、きっと絶対に欠かしちゃいけない部分なんだ。だけどさ、きっとそれって自分じゃ補えなくて、誰かが足してくれないとダメなんだよ。人は人の中でしか生きられないから、そこで生きていくためには絶対必要な事なんだ。だけど俺はそれが欠けている」


 頭を下げ俯いたままのロック。バードは少し身を乗り出して、ロックの頬を両手で挟んだ。その手を今度はロックが外から挟んだ。バードの手に無い筈の温もりを感じたロックは、そっと顔を上げた。


「だから俺は、ついついキツイ言葉を使うし、無思慮に酷い事を言うんだと思う。心配してくれたバードをガッカリさせるような事も平気で言う。他人を思いやるって部分が演技なんだよ。良い人って思われたいから。立派な人って思われたいから。その方が得だからってやってるだけなんだよ。そしてもっと言えばバーディに。いや、バーディだけじゃなく、仲間に嫌われたくないって思ってるから、演技してるだけなんだ。今の今ままで……」


 バードの両手を挟んだまま、ロックは沈痛そうな表情を浮かべて目を閉じた。


「親の心配なんてした事が無かった。むしろ早く死ねば良いのにって。そのままくたばれって。とっとと死んで、消えて無くなれって思ってきた。だけど違うんだ。違うんだよ。違うんだよな。家族が持つ心配とかそう言うもので、人間って学ぶんだよな。だから隊長は大袈裟に俺に見せてたんだ。父親の姿を。そしてそれはきっとさ、エディが隊長に見せてたもんなんだよ。あの、火星の空でぶち切れてる隊長を諌めたエディを見たとき、そう思ったんだよ。隊長にとってエディは父親なんだよ。俺の父親が隊長であるように」


 そっと目を開いたロックは、バードの目を見ていた。


「こんな時にきっと泣くんだろうな。今は泣けないけど」

「……そうだね」


 もらい泣きしそうなバードも沈痛な表情だった。


「親父は……偽りの人生を生きてた。背負った物の重さに耐えて、それでも必死で生きてきた。散々莫迦にされ虚仮にされ、出来損ないと罵られ、俺にそんな思いをさせまいと鍛えたんだ。それは理屈として分からないわけじゃ無い。だけど、俺にはそれが重みだった。結果があのザマだ。きっとそれが支払った代償だ。もっと自分の思う事をするべきだったのに、人生を犠牲にして、ひたすら剣術の研鑽に生きてきた。その重荷を下ろすのがきっと俺の役目なんだと…… いま、初めてそう思ったよ。きっとバーディのおかげだ」


 ロックが訥々と語る言葉は、きっとチームの誰も聞いた事が無い言葉だとバードは思った。初めて口にした懺悔の言葉は、ロックがロック自身を真正面から認識した自己同一化を成し遂げた証だと思ったのだ。

 そして、ロックは()()()()()んだと。いろいろな面を持つロックという仮想人格と、その中身に居る名前を知らない本当の存在が同一になって重なって、そして自分自身を初めて赦しているんだと思った。

 バードの中に居る恵という人格が、いま初めてロックの中に居る誰かを『欲しい』と、そう思っていた。


「この次、また戦う機会があったなら、俺は俺の手で俺のくびきを斬ってくる。今日、いまこの時までは、何も目標が無かったんだ。だけどバーディが教えてくれたよ。自分を賭けるものが出来た。これで……辛い夜を超えていける。やりたくない事をやるつもりじゃない。俺が俺の人生を生きる為に」


 ロックはバードの手を取った。そして、その手を自分の手で包んだ。バーディが見せた無償の信頼を、ロックはまるで宝石の様に思った。


「バーディの兄貴に託されたからじゃ無い。俺の欲だよ。この世界が俺をあの世へ送ろうとしても腕を突き上げて、自分の足で立ちたいんだ。今なら分かる。親父の前に立って、そして俺は言ってやるんだ。迷うな親父! 良い人生を! 自分の人生をって。そして……」


 バードの手を挟んだままロックは笑った。


「俺は俺の人生としてバーディの隣に立ってやるんだ。親父を越えていく」


 きっぱりと言い切ったロック。

 バードは少しだけ笑って、そして頷いた。


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