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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第8話 オペレーション・シューティングスター
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作戦発動

 白銀の遮光幕が眩く光る金星の大気圏外。この日、金星の空には宇宙軍の艦艇を中心とする約300隻の宇宙船が結集し、史上稀に見る大艦隊を形成していた。各軍の所属艦隊から抜き出され集まってきた艦艇には金星の地上を目指す突入部隊が乗艦しており、これから始まる金星への降下作戦をいまや遅しと待ち構えている。

 その艦隊には海兵隊も姿を見せていて、モンスーア級強襲降下揚陸艦のうち、501大隊のサイボーグが使う4隻が一堂に会しているという珍しいシーンが繰り広げられていた。ネームシップであるモンスーアを先頭にハンフリーとマーフィー。そしてゲイリーの4隻が金星の地上を睨み付けるようにグルグルと回っている。艦隊の中を小型ランチが盛んに行き交い、これから始まる大戦に向け、着々と準備が進められていた。






 ――――金星ナーダ高地上空250キロ付近

      金星標準時間 3月31日 0600




「ふぅ……」


 ハンフリーの士官デッキ。

 士官に宛がわれる私室は4畳半ほどの広さで、壁に備え付けのソファー背もたれ部を手前に倒すと簡易ベッドが現れる仕組みだ。

 宇宙にいると時間感覚が段々麻痺してくるので、タイマーを使って眠さを機械的に脳へ送り込み、体内時計をキチンと進める必要がある。俗に宇宙酔いとも表現される自律神経の失調だが、サイボーグならそうやって機械的に補正出来るので、ある意味手間要らずだから便利なものだった。

 起床時間もタイマーをセットしておいたので、所定時間になってバードは目を覚ました。簡易ベッドも慣れれば熟睡出来るし、枕が変わると熟睡出来ないなんて泣き言を言う人間は軍務など務まらない。

 上級曹長をのぞく下士官以下の兵卒では三段寝台の一つが割り当てられ、私室など夢のまた夢レベルであるが、こうやって船内にですらプライベートルームを持てるというのは士官の特権の一つでもあるのだ。


 ――――責任は重いし仕事はハードだからプライベートはリッチでエレガントに


 そんな事を言っていたルーシーは月面基地でどうしているだろうか?

 バードはふとそんな事を思っていた。


「さて……」


 誰に聞かせるというのでも無く、バードは独り言を呟きながら仕度を進めた。丁寧に髪を梳く櫛は兄から貰ったあの櫛だ。肩胛骨の辺りまである髪を丁寧に梳き整え、それから後頭部の辺りでまとめておく。サイボーグの髪は切ったら二度と伸びないモノ故に、最初に宛がわれた髪を大切に使うのが女性型の宿命でもある。

 気楽な格好が出来る基地と違い、出港した後の艦内では常に士官の威厳を必要とされる。だが、常に士官服で居るわけでもなく、オーバーオールの事業服で艦内を動くことになる。出来うる限りに隅々まで気を配り、兵卒にとって手本となる姿を心掛けバードはウォードルームへとやって来たバード。普段と変わらぬ時間だが、Bチーム時間としてみれば1時間ほど早いのだ。


「あれ? おはようロック」

「おぅバーディ おはよう」

「今日は早いじゃん」


 一番乗りでやって来ていたのはロックだった。

 窓の外を見ながら考え事をしているようだった。


「なにやってたの?」

「え? あ、いや、あっちの船を見てたよ」

「ふね?」

「あぁ」


 窓の外、重力干渉しないやや離れた位置に2隻の強襲降下揚陸艦が見えた。ハンフリーと同型の揚陸艦。3番艦マーフィーにはCチーム『クレイジーサイボーグズ』が。4番艦ゲイリーにはDチーム『デッドエンドダイバーズ』が乗ってるはずだ。


「彼女とケリを付けたいな……ってな」

「気になるの?」

「あぁ」

「私より?」


 いきなり際どい質問をしたバード。

 だが、嗾けるように嗤うその表情に、ロックも苦笑いを浮かべた。


「バーディとは意味が違う」

「……わかってるって」


 バードはロックの頭をポンポンと叩いて笑った。それに釣られロックも笑った。一頻りの雑談や冗談が飛び交い、バードとロックは顔を見合わせ屈託無く笑う。そして、ズンと積もったドス黒い何かを心の外へと掃き出して心の座りを整える。

 迷いがあれば手をしくじる。それを中国で経験したからこそ、心の切り替えの重要さをバードは学び、意識すること無くロックに気を使っていた。何気ない寛ぎの時間だが、気が付けばガンルームにBチームが揃っていて、そんなひとときを皆で共有している。バードにとっては宝物のような時間だった。


「朝からお熱いふたりを邪魔して悪いが」


 いきなり部屋に入ってきたドリーは、狙い澄ましたようにそんなジャブから入ってきた。そんなドリーを恨めしそうに見ているバード。だが、目は笑っている。


「さて、今日から色々面倒が多い。本格的に金星の地上側を攻略する事になったんで、隊長が早速打ち合わせに出て行った。俺は居残りだ。きっとまた俺たちが泣いて喜ぶお土産を持ってきてくれるだろう」


 少しウンザリ気味の笑顔なドリーに皆が渋い顔で苦笑する。そして、両手を広げて『よく聞け』の仕草をし、皆が聞き耳を集めたドリーは、今日の重点を説明し始めた。トンでも無い問題発言をしながら……


「各高地の地上拠点へ降下する連中を支援する。今回もシェルが大活躍だ。他のチームを支援する俺たちの責任は重い。トレーニングを思い出して確実に任務を遂行しよう。同じサイボーグ仲間のために。俺たちは最初に降下する。ただし、シェルのエンジンはそのまんまだ。グリフォンエンジンで容赦なく金星を飛ぶことになった」


 ドリーの一言で皆の動きが止まった。熱核ジェット推進で金星の空を飛ぶ事になる。つまり、放射能を撒き散らしながら飛ぶということだった……


「リアクターの出力をぎりぎりまで絞り、反応剤を加えて燃焼させ、その反作用で飛ぶ事になる。飛翔速度は対地速力で2000か3000キロ位だ。熱崩壊には最大限注意しよう。あんまり調子に乗ると大変な事になる」

「なぁドリー。それって要するに」


 ペイトンが何かを確かめるように口を開いた。言いたい事は皆解っている。

 ただ、後々になって責任を押し付けられないようにしておくのは大事な事だ。


「恐らく参謀本部が委員会と調整したんだろうな。非公式だが金星開発委員会は金星のテラフォーミングを一旦停止するという意思表示だ。そしてコレは言わなくとも分かると思うが、完全放棄を前提にした停止と言う事だ。テラフォーミングでは無く撤収の方向へ舵を切る。つまり」


 ドリーは部屋の中をグルリと見回す。


「遠慮無くやって良いと、そう言っているに等しいと言う事だ。さて、とりあえず行くか。あと2時間ほどで先鞭を切るDチームが降下を開始するらしいから、あの命知らず共に命の大切さを教えてやろうぜ」


 皆が立ち上がって出撃準備に取りかかるとき、ドリーが何かを思い出したようにもう一度口を開いた。


「そうそう。大事な事を良い忘れた。2時間ほど前になるが隊長は急にエディに呼び出されて出掛けて行った。戻ってこない場合は俺が臨時隊長代理って事になっている。ジョンソンに副長代理を頼んである。おそらくはいつもの極秘任務だ。こんな時にと思うんだけど、それは仕方が無い。後で隊長に呆れられないようしっかりやっておこう。胸を張って報告できるようにな」


 ドリーの言葉に眩暈を覚えつつも、バードはシェルのハンガーへと向かう。皆の足取りは重い。金星の大気圏を放射能で汚す事になるのだから、つまりそれは金星のテラフォーミングを一旦諦めることと等しい措置だ。公式発表は無いが、間違いなく金星の作業は中止されるのだろう。


「勿体ないなぁ ここまでやったのに」


 ボソリと呟くバード。だが、リーナーはいきなり話を切りだした。


「いま、ザックリ計算したんだが……」


 しばらく黙っていたのは、何かしら計算し続けていたのだろうとバードは思う。こういう部分でリーナーは寡黙なのだが、舞台裏で何かをやっているかどうかは、当人しか解らない事だった。


「隊長抜きの俺たち11機が金星を飛ぶとして、大気にまき散らされる放射線の総量は120kt級戦域核3発分位だな。おまけに核反応の種類としては半減期が早いモノばかりだ。それほど問題になるとは思えない。ついでに言うと、そもそも金星上は放射線量が多いから、そんなに問題にならないだろうな」


 少しだけホッとしたバードはハンガー脇のフィッティングルームでシェル装備を調え始めた。その間も仲間達は盛んにブリーフィングを行っている。こんな部分では士官学校で習った事が非常に役に立つのだった。


「なんで金星上は放射線量が多いんだ?」

「バンアレン帯が無いって聞いてるが、その辺りは惑星工学の専門家に聞かないと俺も解らない」


 リーナーに質問をぶつけたスミスだが、当のリーナーも明確な回答が無い。バードは授業の内容を必死で思い出していた。


「惑星のコア部分が金属で、そこに熱対流があるとダイナモ効果で磁力線が発生するから、惑星規模の巨大な磁力線が産まれるんじゃなかったかな」


 バードの言葉に僅かな首肯を返したスミス。その反応を確かめたバードは言葉を続けた。まるで士官学校の物理の授業のように。


「そこに太陽風が捕まるのがバンアレン帯の持つ効果で核心だったはずで、それが無いから遠慮無く宇宙線が降り注いで大変なことになってるような気がするんだけど。金星はバンアレン帯が無いからじゃないかしら」


 禄に学校も行ってないスミスだが、知的好奇心や科学的な興味は人一倍強いと言える部分がある。その意味でも、スミスに説明を大なうことで自分が再確認を行う事が出来るから、貴重な存在と言えるのだった。


「つまり、宇宙から放射線が降り注いでるから、俺たちが多少ヤンチャしても、あまり問題無いってこったな」


 スミスに続きジャクソンがヘラヘラと笑いながら言った。そんな言葉に皆が微妙な笑みを浮かべていた。


「やんちゃは良いが怪我しねーようにな。作戦はまだまだ続くぜ」


 話しを〆るようなジョンソンの言葉に皆が頷き、シェルを起動させる。目指すは金星の大気圏。降下艇を使わずそのまま降下する作戦だ。


「いままで色々やって来たが、こんな形で繋がるとは思っても見なかったぜ」

「全くだな。エディもダッドも全部承知でやらせてたんだぜ」

「つまり、俺たちが成長するように仕向けたってことか」


 ペイトンの言葉にビルが言葉を返し、そしてスミスは何かを確認した。そんな中尉達の言葉を横目に少尉達はシェルのコックピットで降下の準備を整えていた。


「さて、じゃぁ先ずはDチーム支援だ。隊長が居ないんで全員緩んでるが、しっかりやろうぜ。後でエディのお小言が隊長の口から出るからな」


 ドリーの言葉に皆がひとしきり笑って、そしてバードはシェルをハンフリーのカタパルトに乗せた。


「Are You Ready?」


 カタパルト管制のシューターが確認してきたので、返答の代わりにブルーランプを頭頂部のシグナルエリアに灯す。そして、両手で抱えているモーターカノンをしっかりと握りなおした。


「GO!」


 強力な電磁カタパルトにはじき出され、バードは漆黒の宇宙へ飛び出た。ハッと目をやればDチームの降下艇『MARRY』がゲイリーを離れていた。続々とハンフリーを飛び出して来るシェルが集まり始め、マリーの近くを一緒に飛んでいる。

 いつもと違い金星大気圏内用に反応材のタンクを背負っている関係で、シェルの重量バランスが変わってしまい重心点の位置が違っていた。ただ、マリーに続いて降下を開始したODST達の搭乗する降下艇からも丸見えの位置を飛んでいる。だから、あまり無様な飛び方は出来ないし、したくも無いのだが……


『なんだか飛びにくい』

『タンクの分だけ面倒だな』


 バードのボヤキにジョンソンも愚痴を吐いた。ただ、やはり回数をこなしている分だけジョンソンは綺麗に飛んでいる。場数と経験はどんな事でも無駄にはならないのだとバードは痛感した。


『さて、マリーが降下を開始する。俺たちも行こう。そのまま落っこちると熱にやられるから徐々に降りていく。エンジンに注意しよう」


 テッド隊長とは違うドリーの統率スタイルは『丁寧』で『慎重』だとバードは感じている。一つ一つ注意点を促し、そして各自の対処を見守る形だ。ただ、テッド隊長もそうであるように、ドリーもまた各メンバーを心から信じている。


『……まもなく高度100キロ』


 視界に浮かぶ数字を読み上げたバード。

 何処か心が震えているのを感じている。


『超短波通信帯がえらく賑やかだ。シリウスの連中が使う周波数だから、そろそろ御出でなさるな』


 ジョンソンの言葉が流れた頃、やはり地上から次々と地対空ミサイルの発射炎が見えたのだった。そして、ジャクソンの軽口も相変わらずだった。


『あっはっは! 随分と派手な歓迎式典だな!』


 バードの視界に見えている地対空ミサイルは70~80程度だ。どうせ撃ち落されるのだろうからと、精一杯の飽和攻撃を仕掛けたのだろう。ただ、この程度の数ならBチームは物の数には入らない……


『こう手厚くもてなされたんじゃ気がひけるぜ』

『まぁ精々、行儀良くやらせてもらう』


 スミスとリーナーはそんな冗談を飛ばしつつも地上に向けてモーターカノンを構えた。有効打撃距離は約40キロだ。落下中の摩擦熱で砲弾が溶解する分を計算に入れれば20キロ程度まで近づいてからが望ましい。全員が地上へ向けて射撃体勢を取った。一人当たり最低でも8つは撃墜する必要がある。


『じゃ、はじめよう』


 ドリーはそんな言葉と同時に射撃を開始した。それにつられ次々と空中射撃が始まり、金星の空に火球がいくつも生まれては消えていった。スーパーローテーションと呼ばれる金星の強いジェット気流がまだ僅かに残されていて、それに流され破片も煙も何処かへ溶けていった。


『全部叩き落したな』

『よっしゃ。こっからは地上掃討だな』


 ジョンソンとペイトンは相変わらずだ。そしてスミスがそれに続く。


『一気に急降下すると溶けるな』

『まだ高度がありすぎる。あと30分はおとなしく降下しないと』


 めんどくさそうなビルの言葉が流れ、バードは思わず苦笑いした。どちらかと言うと寡黙なビルのぼやきはあまり聞けるものじゃ無い。


『いつもなら高度20キロ位までは降下艇のお世話だしな』

『キリキリ働けってこったろ』


 ライアンとロックもうんざり気味だ。だが、そんな会話の間も地上からは続々と地対空ミサイルが打ち上げられ、レーダー管制モードのまま一定の距離まで来たらシェルが自動撃墜していた。


『あいつらマメだな』

『ミサイル余ってんのかもな』


 相変わらずジャクソンは冗談染みた口調で軽口を飛ばしている。それにライアンが応じていて、なんとなく緊張感に欠ける空気だった。


『高度80キロ』


 バードの言葉が流れ一瞬無線の中が静かになった。なんかマズイ事言っちゃったかな?とバードは思わず考える。シェル各機は金星の重力に抗いつつ、順調に高度を降ろしていた。


『高度30キロでリアクターを絞り反応剤を投入する。そこまではグリフォンにかんばって貰おう。モーターカノンの放熱に気を配らないとな』


 ――――あぁ そうか……


 バードは何かを気が付いた。


『もしかして地上側さ。モーターカノンの熱湾曲期待してるんじゃない?』


 金星降下の摩擦熱と高速飛行している摩擦熱。それに射撃余熱が加われば、幾ら強靭な金属で作られた砲身でも歪みを生じる事だろう。そうなれば、針の穴を通すような精密射撃など出来るわけが無いし、当たらない兵器に存在価値は無い。シェルとて、ちょっと高速に動ける装甲パワーローダーでしか無いからだ。


『……にしたって、随分やり方が陰湿じゃねーかよ』


 不機嫌そうなダニーの言葉にジョンソンが笑った。ブリテン人特有の、何処か相手を小馬鹿にするような笑い方で……だが。


『おぃおぃ! いまさら何言ってんだ。シリウスだって向こうなりに気を使ってくれてんだぜ。ありがたくいただいておこう』


 そんな声に皆が笑った。明らかに油断しているとバードは思った。そしてその酬いは直後に訪れた。


 ――――え?


 地上で何かが光った。それと同時にすぐ隣を飛んでいたODSTの搭乗していた降下艇が突然大爆発した。爆散する破片を避けるべく距離をとったバードは地上を精一杯スキャンしたが、どれ程探しても火点が見つからない。

 順調に降下中とはいえ、高度50キロまで降りてはいないこの距離だ。地上の発火光を現認すると同時に攻撃対象が爆散したのだから、どう考えたって荷電粒子系の飛び道具(ビーム兵器)以外考えられない。


『ちょっと! 金星の地上にあんなのが有るって聞いてないよ!』


 怒り任せに喚いたバードはモーターカノンの発火電源を再投入しセーフティを切って、いつでも発砲できる体制になった。そして、それと同時にランダム挙動を開始しつつ、地上の発火点を探し続けた。先ほどの地対空ミサイルを発射した場所には、それらしき影が一切無かった。


『あいつらどこから発砲しやがった?』


 スミスもまた訝しげな声で地上を探している。Bチーム全員が地上を探しまくる中、再び地上に発火光が見えた。今回は完全に場所を把握した。それはドライアイスの雪が降り積もった金星の低地帯だった。そして、発砲後、すぐに雪の中へ埋没して行き、発砲後の余熱を追跡する事すら困難な状況になっていた。


『二機目がやられた! こっちはまだ飛べるが…… いや……』


 リーナーの叫び声が流れバードは降下艇を探した。直撃ではなかったが、機体の左右にあるエンジンのうち左舷のエンジンが火を噴いていた。そして、その炎に煽られ降下用の高分子耐熱パネルが次々と溶落し始めていた。耐熱パネルを失った降下艇は機体のフレームが直接高温に晒される事になる。つまり、高度50キロの超高々度だが、搭乗している者達は空中へ放り出されるか、降下艇と運命を共にするしかない……


『何とかしないと空中に放り出されちゃう!』


 悲鳴にも似たバードの声。だが、降下艇のすぐ脇を飛んでいたリーナーの冷静な声が静かに流れた。


『……救助不要だそうだ』


 降下艇のハッチが開き、気密服を着たODST隊員が続々と空中へ飛び出していった。この高度で飛び出したなら、降下速度は尋常じゃ無い事になるのが目に見えている。そして、シェルより先に降下しきれば、地対空ミサイルを撃たれた時に迎撃する事が難しくなる。味方のODSTを爆発に巻き込む事になるからだ。


『シェル全機! 大至急東側へ移動する!最低20キロは距離をとる!』


 ドリーの声に怒りが混じっていた。いつも沈着冷静なドリーだが、この時ばかりは怒り心頭のようだ。各機が一斉に進路を変えて散開し始め、バードは編隊を組むでもなくその流れに乗っていった。


『あっ!』


 突然ロックの声が無線に流れた。そして、地上の映像に大きな○マークが浮かび上がった。ドライアイスの雪の中になにかが動いているのが見えたのだった。

 一番最初にジャクソンが発砲した。それが引き金になり、シェル各機が一斉に地上を撃ち始めた。ドライアイスの雪が積もる平原に続々と砲弾が降り注いだ。


Cease Fire(撃ち方止め)!』


 ドリーの口調が驚くほど早口だった。11機のシェルで収束射撃を行ったが手ごたえは無い。あれほどの威力を持つ荷電粒子砲を撃ったのだから、間違いなく出力の大きなリアクターを持っているはずだ。

 大爆発するはずと思ってたのだが、炎どころか煙一つ上がらないのはどういう事だろうか?と首をかしげたバード。


『やったのか?』


 地上を凝視しているペイトンもそう漏らした。皆が固唾を呑んで見守る中、続々とODST達が高度を下げていた。幾ら降下に慣れているとはいえ、高度50キロ付近からの降下などありえない。耐熱パネルを失った降下艇が眩く輝きながら地上へ向けて落下していき、バードは爆発する光景を覚悟したのだが。


『金星地上のCO2は薄くなったんだよな?』


 ダニーがそう呟いた。CO2による窒息消火は考えにくい。つまり、撃ち漏らした事になる。これが後で面倒な事になると、バードはふとそんな事を思った。


『現在高度30キロ 金星対流圏に入ります』


 バードの読み上げを皆が聞く頃、だんだんとグリフォンエンジンの反応が弱くなってきた。大気圏内で核反応の反作用推進では推力を維持できないようだ。


『そろそろ大気圏内用に反応剤を使う準備だ。高度20キロでDチームが降下を開始する。俺たちはその降下を支援する。ここからが本番だ。気合入れていこう』


 ドリーのシェルが緑色の尾を引いて飛び始めた。非酸素依存型燃焼剤がリアクター部へ投入され、強い反作用により機体が押し出され始める。


『酸素があるのにジェットで飛べないって面倒だな』

『全くだな』


 スミスやリーナーがぼやく中、バードは胸騒ぎを感じながら地上をスキャンし続けていた。さっきの大出力荷電粒子砲がまだどっかに居るんじゃないかと、そう危惧しているのだった。


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