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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第8話 オペレーション・シューティングスター
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攻略への胎動

~承前






 静まりかえった部屋の中、金属同士が激しくぶつかり合う音が響いた。

 重い一撃を受けたロックの膝が曲がり、力を受け流すべく腰を沈める。


 その動きは理屈や思考ではなく本能的な物で、もはや頭で考えてどうこうという次元を大きく通り越していた。


「っそい!」


 相変わらず不思議なかけ声だとバードは思った。

 だが、その刃の速度はロクサーヌの慮外だったらしく、右手の手首付近から伸びている刃の付け根を打ち据えられ、彼女は上半身の姿勢を大きく崩した。


 ――――あっ 危ない!


 バードの目が何かを捕らえた。

 恐らくロクサーヌの狙いはロックの左腕だとバードは直感した。


 一歩下がったロクサーヌはバランスを崩していたが、その状態でなお独楽のように身体を回転させる事で遠心力を加算し、撃ち込みの威力を増してロックに斬りかかる。


 そもそも基礎重量的にロックのほうが有利な筈だが、ハードボディを持つロクサーヌは見かけより重量がある関係で、その一撃は傍目に見ているよりも余程重く激しく襲い掛かってくるのだ。


 ただ、その動きを読んでいたロックは、ロクサーヌの身体が回転しきる前に襲いかかった。ロクサーヌの身体を背面から強く押し出し、部屋の中央へと突き飛ばしたのだ。


 こればかりは戦闘の経験とセンスと、なにより、咄嗟の手札の数によるものだ。


「いきなり斬りかかってくるたぁご機嫌じゃねーか! おもしれー!」


 ロックの表情に狂気染みた歓喜が混ざった。

 目を見開き、半開きの口には笑みが浮かぶ。


 短刀一本のロックは得物的にかなり不利な状況だが、当のロックにはそんな事など頭の片隅にも無いようだ。


「ッサイ!」


 Bチームの者ですら今まで見た事も無い速度で踏み込んだロック。

 リーチの短い短刀故にどうしてもロクサーヌの懐へ飛び込まねばならない。

 だがそれは、問答無用で手痛い一撃を貰う危険性を持っている。


 完全ハードボディのサイボーグならば、近接戦闘用の秘密兵器を持っていたっておかしくない。全身が武器となるロクサーヌ達ハードボディサイボーグだと、その存在はもはや人間大の戦闘ロボットその物なのだから。


 ロクサーヌの得物は右手の手首辺りに装備された長刀だ。

 それは完全に腕と一体化している様に見える。


 つまり、手首の返しなどで切っ先の軌道が変わらない事を示している。

 直線的な動きでしか無いなら、懐に飛び込んでしまえば大丈夫。


 そんな読みをしているかのようにも見えるロックだが、バードはビックリ兵器の登場を危惧していた。懐に入り込まれて不利になるなら、入り込まれた時の対処道具を持ってるはずだ……


「どうしたどうした! まだなんか一発芸あるんじゃねーのかよ!」


 煽るようなロックの言葉にロクサーヌはぎこちなく笑った。

 そして次の瞬間、彼女のみぞおち辺りにある小さなハッチがパカッと開き、そこに銃口が現れた。


 ――――え?


 唖然としているバードが声を出す直前、ロックはロクサーヌの右手首を逆手に掴み、可動範囲を超えるまで甲の側に曲げてから肘を蹴り上げた。

 初めて見たロックの体術は日本式の接近格闘技に出てくる関節技その物だった。


 可動範囲一杯まで行った各関節部にストレスが掛かる状態で、ロックは遠慮無く肘を蹴り上げた形になり、金属的な音が響くと同時にロクサーヌの表情には焦りの色が浮かぶ。

 ニヤリと笑ったロックはロクサーヌの刃を掴むと、右手が切られるのを厭わず、外方向へねじり上げて刃のマウント部を破壊しかけた。


「危ない!」


 とっさに叫んだバード。

 ロクサーヌのみぞおち部にあった銃口が僅かに動いた。


 至近距離ともなれば、小口径とは言えサイボーグでも致命傷になりかねない。

 瞬間的に身体を捩り射線を交わしたロック。

 その背中辺りを小さな弾丸が通過していった。


「なんだよ! ますますご機嫌だな! え!」


 短刀を逆手に持ち替えたロックは、明らかにロクサーヌの首筋をねらい始めた。

 恐ろしい速度で刃先が走り、ロクサーヌは目に見えて防戦主体になっている。


 だが、ロックは全く手をゆるめず、むしろ速度を上げて襲いかかった。

 ジリジリとロクサーヌが後退を始めた。


 そして、数歩後退したところでロックは一気に勝負を挑み掛けたのだが……


 ────え?


 瞬間的にロックとロクサーヌの身体が止まった。

 恐ろしい速度でやり合っていたふたりは、ぴたりと静止した。

 ロックは驚きの表情を浮かべていた。もちろん、ロクサーヌもだが。


「作戦前に機材を壊すな。興が乗るのは良いとして、もう少し加減しろ」


 ふたりを指さして笑うエディ。

 そのシーンを見ていた会議室の中のサイボーグ達は皆、瞬時に状況を理解した。

 エディがふたりのサブコンに作動停止命令を送ったのだと言うことを。


「ツヨイナ」

「……へへへ、やるじゃねーか」

「ツヨイオトコハ スキダ」


 各関節部がロックされ身動きの取れなくなっていたふたりだが、ややあってロクサーヌは刃を折りたたみ収納した。驚くべき事に、あの強烈な一撃を繰り返し加えていたソードは分割式だったのだ。腰の鞘へ短刀を戻したロックがニヤリと笑う。


「いずれ決着をつけよう」

「ソウネ」


 能面の様に表情の変わらないロクサーヌだが、口元は不自然に歪んだ笑いを浮かべていた。それは顔面部分のパーツに柔軟性が乏しい関係で、思うように表情を作れない事を意味していた。


「俺はロックだ。Bチームに居る」

「ヤハリ……」


 ロックは手を差し出し握手を求めた。

 だが、その手を払ったロクサーヌはクルリと背を向けた歩き去った。


「ナレアウ ヒツヨウハ ナイ」


 数歩進んで振り返ったロクサーヌ。

 その瞳には蒼い光が浮かんでいた。


「コンド ハ ソノクビ ヲ キリ オトシテ ヤル」


 再び歩み去ったロクサーヌ。

 その肩甲骨辺りには、何らかのマウントと制御系と思しきバスが複数見えた。

 上半身も下半身も完全にロボットのような姿をしていて、靴すら履いていない足の裏は戦闘ブーツと一体化しているようだった。


 だが、その身体のラインは女性だ。

 それも、まるでファッションモデルの様に細身で引き締まったラインだ。

 シルエットで見れば多少突起はあるものの、男ならそそられると言って良い……


「ちきしょぉ…… 見事に振られたぜ」

「残念だったね!」


 ちょっと落ち込んでるロックをバードが冷やかす。

 そしてそんなバードを今度はジャクソンが冷やかす。


「おいおいバーディー! そう言うときは少しくらい妬いてやれよ」

「……あそっか。忘れてた」


 恥かしそうに笑ったバード。

 ロックはダブルパンチを受けさらに落ち込む。

 そんなロックをヤンヤと仲間たちが冷やかした。


 もちろん、一番うるさいのはライアンだったのだが。


「いつ見ても良いチームだな。テッド」

「あぁ。俺もそう思うよ」


 仲間に冷やかされるロックとバードを暖かな眼差しで見ているテッド隊長。

 その隣には光沢を持つ黒い外装のサイボーグが立っている。


 顔の上半分はヘルメットに隠れているが、下半分は口の部分だけが露出していて、その口は滑らかに動き会話には不自由がなさそうだ。


「しかし、いつ聞いてもとんでもない所ばかり引き受けているな」

「それが俺たちの存在意義だ。その為に俺はエディに生かされたんだからな。太陽系に居るうちは、全ての面倒を俺たちが引き受ける。テッドのチームはエディにとってみればジョーカー(切り札)なんだからな。勝手に死ぬんじゃないぞ、小僧」

「イエッサー」


 光沢のある黒い身体の右肩には、牙を見せ威嚇するコブラのイラストが書き込まれていた。そして、その身体には各所に様々なオプション装着用マウントが見えていた。


「だけど、今回はやばそうだ。支援を頼むぜ? ……テッド」

「あぁ、わかってるさ。心配要らない」


 柔らかに笑ったテッドはその全身黒尽くめのロボットを拳で突付いた。


「バイパーのチームだって俺にしてみれば仲間だし……」

「仲間か……」

「あぁ。仲間だ。そして、あの頃を時々は思い出すよ」


 仲間という言葉を大切そうに口にしたテッドの目は、バードとロックの掛け合いを捉えていた。Aチームからホーリーとロイが参戦していて、そこにCチームのアントニーも加わろうとしていた。


「よぉ! 久しぶりだなバイパー!」


 相変わらず陽気な調子で姿を現したのは、Aチーム隊長のデルガディージョ。そして、その隣には黄色い肌に黒い髪をした東洋人がいた。


「ディージョ! 久しぶりだな。ウッディーも久しぶりに見た」


 バイパーが機械の手を上げ挨拶を送った。

 ディージョの隣に居たのはCチームの隊長ウッディー。ウッドランドと胸にはネームシールがあるのだけど、バイパーはウッディーと呼んだ。


「バイパーのチームは相変わらずのようだな」

「あぁ。だけど仕方がない。俺のチームには生きた人間がいないからな」


 自嘲気味に口元だけが笑ったバイパー。

 そんな姿にディージョとテッドは顔を見合わせ力なく笑った。


「建前上、501大隊に生者は居ないだろ。それは仕方がない」


 第1作戦グループの各隊長が全部揃っている場へエディが現れた。

 ブルとアリョーシャも居る。501大隊の首魁が顔をそろえた形だ。


「このメンツがもう一度集まるとは思って居なかったな」

「全くだ。懐かしいメンツだが、今は全員が部下を抱えているな」


 ブルとアリョーシャが遠い目をしていた。

 そんな姿を見ながら、テッドは呟く。


「思えば遠くへ来たもんだ。シリウスの青い光が懐かしいよ」


 フフフと寂しそうに笑ったテッド。

 その背をポンと叩いて、そして寂しそうにディージョも呟いた。


「これで第2グループの4人が居ればなぁ」

「だが、いずれ顔をあわせるだろうさ」


 予想外に明るい声でウッディーが応え、それにバイパーが驚いた。

 もちろん、その隣に居たテッドもだが。


「そうだな。いずれ」

「あぁ。シリウスで」


 シリウスという言葉を大事そうに呟いたテッド。

 その肩にバイパーが手を乗せていた。

 ウッディーはテッドの胸を小突き、ディージョは微笑んでいた。


「もうすぐさ。ここからが正念場だがな」


 エディは場を仕切りなおし、そして会議室の中に声をとどろかせた。


「第1作戦グループの諸君。これから重要な話がある。各々につもる話もあるだろうが、まずは仕事に集中してくれ。なんせ半年で全てのケリを付けたいからな」


 エディが壁のスクリーンを指差した。

 大きな作戦フローチャートが示され、皆がその工程表に釘付けになる。

 そこに描かれたチャートは、半年先までに金星の全てを制圧下に収めるという意欲的な取り組みだった。


「金星の三大高地帯にA,C,D各チームを当てる。低地帯は推定で200メートルから300メートルほどドライアイスの雪が積もっている。ここへ進軍するのは常識的に考えれば自殺行為だ。幾ら我々でも、いや、我々だからこそ行動不能になる。低音過ぎてバッテリーが機能不全を起すからな」


 淡々と説明するエディ。

 この時点でBチームの名前が出てこない事にバードは覚悟を決めた。

 間違いなく一番やばい所へ送り込まれる運命だ。


 そして、多分その為にここまで面倒なところにばかり投入されてきたはずだ。

 経験を積み場数を積み、いかなる艱難辛苦をも乗り越えられるようになった自分たち12名が作戦の鍵を握ると思った。


 バッテリーが乏しくなればサイボーグは戦闘すらままならなくなる。

 動けなくなったサイボーグに生身は同情などしてくれないだろう……


「南部アフロディーテ高地にはCチーム、北部イシュタル高地にはAチーム、Dチームが南極付近のナーダ高地が担当という事になる。イシュタル大陸にはマクスウェル山があるが、その上空には金星最大のフローティングシティ『ジェフリー』が浮遊している。各高地には地対空兵器がある関係で迂闊には近づけない。従って作戦は三段階に分かれる」

 

 だが、そんな事を思っていたバードが回りを見回したとき、Bチーム以外の面々は一様に強張った表情になっていた。ふと冷静に考えれば二酸化炭素の充満した金星の地上へ降りる事になるほかのチームは、精神的プレッシャーが大きいのだろうと思った。そして、言うまでも無い事だが死の危険も……


「まず、Dチームが地上拠点へ侵攻する。各高地のシリウス拠点が迎撃体制になるので、その混乱に乗じ地上戦力を順次投入する。生身も行くのでその前に敵戦力を十分削ってくれ。そして、各拠点へ突入する過程でBチームがそれを支援する。各高地の基地を制圧して、最後にBチームはジェフリーの中へ突入だ。フローティングシティを奪回して作戦は終了する。だが、場合によっては各拠点の完全破壊も辞さない。ジェフリーだって墜落させても良い。つまりは――


 ぽかんと口を開けてしまったバード。

 ふと右手遠くを見たら、ホーリーも同じように口をあんぐりと開けていた。


 ――金星のテラフォーミングは一旦中止、場合によっては根本的に放棄される。シリウスを奪回しさえすれば金星を無理にテラフォーミングする必要は無いからな」


 どや?

 そんな表情で会議室を見回したエディ。

 皆は鉛でも飲んだようにして、言葉を失っていた。


「……今次作戦はシリウス侵攻計画の重要なテストケースとして立案されている。様々な難問が次々と降りかかる事になり、手痛い犠牲を払う必要も出てくるだろう事は想像に難くない。だが、これは我々にとって存在意義を掛けた戦いになる。生身の兵士を使う事無く戦争を終わらせる事は出来ない。だが、その数を減らす事は出来るし、出来るものなら一人の犠牲を出す事無く終わらせる事も出来るだろう」


 もう一度部屋の中を見回したエディ。その眼差しには気負いも悲壮感も無い。

 まるで街角のコンビニへ買い物にでも行く前のようだ。


「我々は好むと好まざるとに係わらず人間を辞めてしまった者ばかりだ。そして、どういうわけか故郷から遠く離れたこんな場所で、やりたくも無い戦争をしようとしている。だが、この戦争を望んだのは我々ではない。民衆の代表と呼ばれる者たちだ。そして彼らの手に我々の命も存在理由も委ねられている。我々は地球人類にとって役に立つ事を証明し続けねばならないのだ。役に立つからこそ我々は存在を許される。戦争を始めるのは軍人だが、終わらせるのは政治家だ。だから我々はその政治家という生き物へ恩を売ってやろう。明日の朝、気持ちよく目覚める為に」


 そんな言葉でエディは話を締めくくった。

 言われるまでも無く、自分たちの存在意義は自分たちの手で掴み取らねばならない事など百も承知の者が揃っていた。

 まだまだ日の浅いバードだが、501大隊に共通するそんな思想がだんだんと思考回路を染めつつあるのも事実で、なんとなくだがやる気を感じ始めている。

 

 出来るか出来ないかではなく、出来たか出来なかったか……だ。

 士官とは。貴族とは結果で判断されるものだ。

 だからこそベストを尽くさねばならない。


 会議を終えハンフリーへと帰ってきたバードは、何処か妙な興奮状態にあった。

 自分でも良く分からないテンションになっていて、耳の中にエディの言葉が繰り返し繰り返し流れていた。


 ――――政治家という生き物へ恩を売ってやろう


 あれほど苦しんでいた火星や地球での出来事が、まるで遠い昔のような錯覚に陥っていた。


「どうした? なんか変だぜ?」


 少し沈んだ声のロックは怪訝な表情だ。


「なんだか、自分を苦しめた敵の正体が分かった気がしたから」

「……なんだよ、ずいぶん大きく出たじゃねーか」


 篭ったように笑ったロックは、どこか眩しそうにバードを見ていた。

 なんとなく自嘲気味で自信喪失気味なロック。


 そんな様子をバードがやっと気が付いた。

 いつもならすぐに気が付くはずなのだが……


「どうしたの?」

「なにが?」

「なんか……変だよ」

「きっと…… スランプだな」

「スランプ?」

「あぁ」


 力なく首を振ったロックは、まるで疲れた中年男性の様に肩をゆすって笑った。


「地球じゃ親父に手加減され、ここじゃロクサーヌに手加減され……」

「手加減?」

「あぁ」


 肩を窄めたロックは両手を僅かに広げた。


「彼女、明らかに手加減しやがった」

「……なんでわかるの?」


 ロックの目がバードを捕らえた。

 真っ直ぐに見つめるその目をバードは綺麗だと思った。


 曇りのない透明な目だ。

 まるで人工水晶体の奥にあるイメージセンサーまで見えるような、どこまでも透き通った目だった。


「彼女の関節を蹴り上げた時、その手応えというか蹴り応えがまるで岩だった。おそらく全くダメージが無い。おまけに、仕切りなおしのSマインをわざと外して撃ちやがった。俺の背を抜けていった弾丸は、どう考えても当てるつもりが無かったんだ」


 トボトボとハンフリーの通路を歩き始めたロック。

 その背中には自信を喪失した者特有の悲哀が漂っていた。

 なんと声を掛けて良いか分からず、バードはその背中を見送ってしまった。


 どんな言葉を掛けてあげれば良いのか。

 バードにはまだまだ、そう言う部分の引き出しが欠けているのだった……






 その夜遅くの士官サロン。







 バードはロックを思いながら一人サロンで宇宙を見ていた。

 眩く輝くシリウスが漆黒の闇に瞬いていた。


「どうしたバーディー」


 唐突に声を掛けられ振り返ったバードは、テッドと一緒に立っているエディを見つけた。上官が来たので席を立ったバードは僅かにふらつく様子を見せた。たったそれだけの事だが……


「珍しいな。酒に強くなったバードがそれで酔うとは」


 テッドはバードの僅かな振る舞いの違いで酔いを見抜いた。

 さすがだと舌を巻いたバードだが、恥かしそうに告白した。


「なんどか二日酔いになったので、鷹司大佐にお願いして設定を書き換えてもらいました。いまはもうこれで十分酔っ払います」


 手の中に隠していた小さなショットグラス。

 そこには僅かな量のウィスキーが入っていた。


「そうか。じゃぁMVPにならないように注意しないと危険だな」

「はい」


 恥かしそうに笑ったバードを、エディもテッドも優しげな眼差しで見ている。


「なんだかロックが自信喪失気味で」

「気にする事は無い。あいつは自分でそれを克服できる男だ。今まで何度もそんな事があった。今回も平気だろうさ。それに……」


 万全の信頼を見せるテッドの言葉に、バードは自分の上官がどれ程部下を信用し信頼しているのかを実感していた。


「あいつは浮き沈みの激しい奴だが、土壇場になるとヤる男だ。バードと同じさ」


 ソファーに腰を下ろしたエディとテッド。

 バードもその後にもう一度腰をおろした。


 NOCがやって来てテッドとエディに一つずつグラスを置いていく。

 それに口をつけてから、エディは引きつったような表情で話を切り出した。


「空中拠点ジェフリーだが、ちょっと面倒な事になった。内部に未起動のレプリがおよそ10万体ほどあるらしい。シリウスの内部に居るスパイの情報だ。その大半が戦闘用で、しかも大半がネクサスⅩⅢらしい」


 事も無げにサラッと言ったエディ。

 バードの表情は極限まで引きつっていた。


 少なくとも海兵隊サイボーグと互角に戦えるネクサスだ。

 経験と連携でカバーしながら対処しているのでまだ何とかなっているが、10万ともなると洒落に成らないのは言うまでもない。


「どちらかと言うと空中拠点ごと……」


 バードは言葉尻を濁した。

 ただ、その真意は嫌でも伝わるし、むしろテッドも同じ意見だった。


 起動前にまとめて処分した方が良い。

 白兵戦で一体ずつ処分していくのは現実的ではない。


 いかなサイボーグの兵士とて、嵩に掛かって畳み掛かられれば手痛い犠牲を払わざるを得ないだろう。


「先に見に行かせたシリウス艦艇だが、どうも、あの中身がネクサスだった公算が高い。出来れば金星到着前に何とかしたかったんだがな……」


 エディの鋭い目がバードを射抜いた。

 その眼差しに機密情報だと直感し黙って頷く。


「我々が火星でタイレルの工場を無力化している間に中国から汎用コンテナ船が出航しているが、この船はどこにも寄らずにそのまま中国へ帰ってきている。どうやらネクサスⅩⅢの搬出拠点は中国だったようだ」


 その言葉に唖然とした表情を浮かべるバード。

 だが、すぐにハッと何かを思い付く。


「もしかすると渋谷の一件も時間稼ぎでしょうか?」

「その可能性は否定しないが、情報部は基本的に別の作戦だと考えている。ただ、渋谷のビルに居た連中は恐らく消耗が許される方だろう。そして、バードがそう考えた根拠だろうが」


 エディは一度言葉を切ってテッドを見た。

 怪訝な表情を交わしたふたりはバードを見た。


「ネクサスⅩⅢの実戦投入前に試験的に使ってみたという線は否定できない。あのビルに居たネクサスの主力はⅧやⅩⅡだったからな」


 エディも見た中央フロアでの戦闘でやっと対峙したネクサスⅩⅢたち。

 それ以外のレプリはほとんどがⅧからⅩⅡまでの既製型だった。


「実はあのビルの中にいたときにそう思ったんです。なんで全部ⅩⅢじゃ無いんだろうって。最後に階段を駆け上がって来たⅩⅢはⅩⅡまでのネクサスとは次元の違う動きでした。あんなのが10万いたら悪夢に魘された方がましです」


 愚痴るように呟いたバード。

 その肩をポンと叩いたテッドも沈んだ表情だ。


「全くだな。手段としては歓迎しないが艦砲射撃が望ましいな」


 凍りつくような空気が漂い、バードもテッドも暗い表情を浮かべた。


「おそらくだが、バードのデビュー戦だった火星作戦の時に搬出されたⅩⅢは中国に運び込まれ、そこで完成まで育成され金星に搬出したのだろう。我々の動きが全ての面で一歩遅かった事になる。何処かで先手を打っていれば、こんな悪夢を見ずに済んだんだが」


 辛い事を言うのもエディの役目。

 そのあたりは十分に飲み込んでいるからこそ、こうやって耳の痛い事を言う。

 だが、バードは少しだけ明るい表情を浮かべた。


「だけど、追加は無いでしょうね。火星も中国もレプリ工場は焼き払ったし、それにレプリの胚はこの手で全部処分しました。次をつくるにしたって10年単位で時間が掛かるはずです」

「そうだな。つまり、金星の空中拠点を一網打尽にすれば良いって訳だ」


 バードの言葉にテッドも前向きな言葉を返す。

 そんなふたりを微笑ましく眺めつつ、エディは話を〆に掛かった。


「それが出来れば重畳だ。中国で痛い目にあったバードもやられ損って事にならずに済むし、内太陽系に安全宣言が出せる。テッドも含めだが、抜かるなよ」


 静かに頷いたバード。

 エディは優しげな眼差しでそれを見ていた。

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