物語の始まり
―――― 国連宇宙軍海兵隊 キャンプ・アームストロング
基地食堂 大ホール
地球標準時間 2030
「諸君!」
マット大佐はホールに轟くような声でスピーチを始めた。
月面に駐屯する海兵隊員たちの胃袋を満たす大食堂は、軽く三千人を収容出来る広大なスペースだ。
階級社会である軍隊で有るからして、士官向けエリアとそれ以外とは設備が全く異なるのは仕方が無いが、作戦に従事し戦闘を行った後の打ち上げパーティーだけは無礼講だ。
「今回もご苦労だった。案外痺れるミッションだったが、犠牲者はゼロだ。この素晴らしい結果は諸君らの努力の賜である。これは誇って良いことだ」
大食堂には地上へ降下した一〇二大隊の面々だけでなく、一三一戦闘集団のフィッシュ達が揃っていた。そして、普段はここへは姿を現さない士官達もパーティーの席へは顔を出している。
銃弾が飛び交う現場を生き延びホッと一息つく場であるだけでなく、戦場で経験した様々な不平不満を口にして、上官との間に生まれた蟠りやシコリを先に取り除いておく事が大事なのだった。
「しかし、まだ地上には一〇二大隊の四八名が残っている。彼らの安全を祈って欲しい」
マット大佐が手にしていたビールのビンを頭上へかざした。
フロアの中に居た下士官たちも同じ様に頭上へビンをかざす。
何かを期待した男たちの目が子供のように輝く。
「チャプレン、クレオファス・ジェームズ大尉をこちらに」
大佐の声に導かれて従軍牧師がフロアに現れた。
背の低い黒人の牧師だ。
ド派手な紫のローブ姿をした、随分と目立つ格好だとバードは思った。
だけど、本当に驚いたのは姿形などではなく……
「主よ。我らの仲間に祝福を授け給え。導き給え。護り給え……」
良く通る地声でブリーチを始めたその言葉が微妙に……
「ねぇジョンソン」
「なんだよ」
すぐ隣にいたジョンソンを呼んだバード。
「あの牧師さま」
「あぁ。見たとおりだ。完全に出来上がってる。ベロベロだぜ」
「……あれで牧師って務まるの?」
「なんだって良いんだよ。どうせ神なんか居やしねぇ」
驚いた表情でジョンソンを見たバード。
ジョンソンは笑っていた。
「もし神様って奴が本当に居たんなら、俺はとりあえずぶん殴ってから聞いてみるさ。なんで俺達ばっかサイボーグなんですか?こんなにこき使われるんですか?ってな」
ヘラヘラと笑いながら牧師の説教を聴いているジョンソン。
真面目に聞くもの。一足早くビールを飲みだす者など、様々だ。
「最後に。今日、地上で罪を犯した者たちの穢れを祓いたまえ。清めたまえ」
聖桶からの聖水を皆に少しずつ振り掛け、両手を広げ天井を見上げた。
「神の愛は万民に分け隔てなく与えられます。神はあなたと共にあります!」
最後は半ば絶叫するような声で叫んだ牧師。
その声を掻き消すように会場へ詰めていた者達が喝采を叫んだ。
そして……
「今日、一番の罪を犯した者をここへ!」
牧師の絶叫がホールへこだまし、会場の男たちが一斉に叫びだす。
「M・V・P! M・V・P! M・V・P! M・V・P! M・V・P!」
ドリーがバードの背中を押した。
「バード 出番だ!」
「え? え?? 何するの??」
「行けばわかる」
スミスにも背中を押され牧師の前へやって来たバード。
事情が掴めず軽くパニくっているのだが。
「今日一番の罪を犯した咎人よ! 神の愛はそなたの罪の穢れを祓う!」
絶叫するような声に気圧されてたじろぐバード。
だが、ブリーチは続いていた。
「慈悲深き神は人に小麦を与え、飢えの恐怖からお救い下さった。そして、全知にして万能なる神は、その小麦が余って腐らないように、違う使い方をも教え給うた!」
次の瞬間、牧師は懐からビールのビンを取り出した。
バードは自分の身に起きる事を正確に理解し『マズイ!』と思った。
だが、もう逃げられないと悟った。
「これは神の愛が具現化した物である!」
牧師はビールのビンを激しくシェイクし、狙いを定めて栓を抜く。
勢い良く吹き出るビールは遠慮なくバードに襲いかかり、視界が一瞬黄色く染まった。
「ビールだぁ!」
水越しに聞こえるような声が届き、『やられた!』と思った。
その直後、周辺に幾人ものヒトの気配を感じ、自分の身に危険が差し迫っていると肩をすくめたのだった。
「そーれそれ! イヤッホォォ!」
「うわっ!」
周辺に居た士官たちが一斉にビールファイトを仕掛けてきた。
つい数時間前に地上で銃弾のクロスファイアを浴びた筈なのだが、気が付けば頭のてっぺんから軍用ブーツに包んだ足のつま先までビールで濡れた。
僅かな間に一ダース近い数のビールを浴びせかけられ、半泣きで笑いながら髪を絞ったバード。その姿が酷く扇情的なのか、囃し立てるような口笛が聞こえ、Bチームのメンバーも指をさしてゲラゲラと笑っていた。
「少尉の罪は清められた!」
一斉に湧き上がる拍手と歓声。
牧師はその歓声に手をかざして場を鎮めた。
「では少尉。皆が待っている」
びしょ濡れのバードに牧師はビールグラスを渡し、そこへ栓を抜いたビールをドバドバと気前良く注ぐ。グラスの縁からこぼれたビールが床を塗らした。
「え? 何をすれば??」
「見たまえ。君のオーダーを皆が待っている」
牧師に促され会場を見ると、グラスを持った兵士達が目を輝かせている。
「乾杯の音頭を取れば良いんですね?」
「そうだ」
「なんて言えば良いんですか?」
「解るだろ? 士官なら。部下を統率したまえ」
従軍牧師の大尉がニヤリと笑った。バードも笑った。
びしょ濡れのまま振り返ったら、ニマニマといやらしい眼で見てくる男たちの視線が気持ち悪かった。だが、士官に必要な能力は統率と管理で有るからして――
「People! Fall IN! GetReady?」
威厳ある声でバードは怒鳴った。
会場から『ヤー!』の大合唱が轟く。
「Can’tHearYou!」
え? なになに? とでも言いたげに、耳へ手を当てて聞こえないとアピール。
同時進行でバードの身体からポタポタとビールがしたたり落ちる。
濡れた袖で額をぬぐって、バードは会場に向かって微笑みかけた。
口笛が響き「hurry!hurry!」の声が響く。
「AllJumper! HookUp! GetReady?」
「CHECK Parachute!」
会場から割れんばかりの声が響いた。
いつの時代も空挺は最高のエリートだ。
パラシュート一つで空中へと飛び出す真の勇者だ。
降下艇から飛び出した海兵隊降下集団の兵士にはプライドをくすぐる言葉であり、地上まで降下艇に運ばれたポリウォッグには空挺に対する憧れを焚き付ける言葉でもあった。
そして、バードの言葉をテッド少佐以下Bチーム全員がニヤつきながら眺めてる。
「Go a Head! Jump!」
バードがグラスを高くかざして叫んだ。
一斉に会場が沸きあがり、歓声の大きさに聴覚センサーが入力オーバーになった。一気にビールを飲み干して空のグラスをかざすバード。
「イェェェェェ!!!」
気がつけばバードも叫んでいた。
着任歓迎パーティー以来、二回目のメスホールパーティー。
ギャレーから台車に乗ったビールなどの酒類が運び込まれた。
基本的に基地内は全て例外なく禁酒禁煙だ。それは士官とて例外ではない。
だが、作戦行動の後はMVPになった者へのビールファイトが待っている。
重責を乗り越え作戦成功の為に活躍した最大功労者の栄誉を称える為だが、それはただの大義名分である事など、論議を挟む必要すらない。
実際は、士官にこき使われ過酷な戦場を生きぬいた下士官や兵卒への振舞い酒であり、士官が兵卒らを労う為のものだった。
もちろん士官も多少は飲んではいるが、その酒代はMVPが自腹を切る。
戦闘で一番活躍した兵士なのだから、つまり、敵兵を一番殺している事になる。
つまり、施す事によって罪滅ぼしする仕組み。
軍隊とは常に、理不尽で不条理だけど我慢する仕組みだった。
「今日はご苦労だった。これから長い道のりだが頑張ってくれ」
マット大佐がバードのグラスへビールを注いだ。
「有り難うございます大佐」
「この夜だけは無礼講だ。言いたい事を言って言われて、あとは酒で忘れてしまえ」
「はい!」
一気に飲み干して笑ったバード
「やはり君には笑顔が似合うな。よろしく頼む」
マット大佐と握手をしてからバードはビール瓶を取りに行った。
まず目指すはテッド隊長のところだ。
少佐は会場の中でマスターチーフを捕まえていた。
「隊長、あ、マスターチーフも」
ビールでびしょ濡れなバードだが、ご機嫌な様子に少佐が呆れ笑いだった。
マスターチーフも控えめに笑っている。
「今日はお世話になりました」
二人へビールを注いで握手を求めたバード。
テッド少佐の手がバードの頭を捉えた。
「いいかバード。兵隊は常に冷静でなきゃダメだ。そして」
バードへビールを勧めてからマスターチーフにもビールを注ぐ。
「俺たちの仕事は敵を殺す事じゃなくて味方と市民を護る事だ。忘れるなよ」
「はい」
少佐とバードの会話を眺めていたマスターチーフが静かに笑っていた。
「まるで父親と愛娘のようですな。良いシーンです」
「茶化すなよチーフ」
「いえ。自分にはまるで実の娘に語りかける父親のように見えました」
その言葉を嬉しそうに聞いていたバード。
テッドも柔らかく微笑んだ。
「俺達には人に言えないコンプレックスが有るからな。その意味で俺のチームは」
一度言葉を切ってビールを一口のんで、そして、残りのメンバーをテッド少佐は探し会場を見回した。これから言おうとしている言葉はテッド隊長にとっても大切な言葉なんだとバードは気がつく。
「ファミリーだ」
「ファミリーか…… 良い言葉です」
マスターチーフが言葉を反芻していた。
幾通りにも解釈できるファミリーの意味だけど、バードは直感で思った。
テッド少佐の言うファミリーは、そのままの意味だと。
気がつけばバードは僅かに酔った。
酒など飲んだ事も無かった人間だが、いきなりこんな環境へ放りこまれビールを飲まされれば、そうなるのは仕方がない。
ある意味で死に掛けだった人間だ。
だがいまは、海兵隊の基地の中で一万人単位の部下を抱える将軍の部下として、下士官と兵卒を率いる士官として存在している。
その不思議な運命に複雑な感情を抱えていた。
「おいバード! 着替えて来いよ」
ロックに言われてバードは気がついた。
ゆったりとしたオーバーオールが身体に張り付いてラインが丸見えだ。
スケベ丸出しな目付きでニヤニヤしている周りがちょっと怖くなってきた。
「いきなり襲われるかな?」
困ったような笑みでバードは周囲を見る。
「大丈夫だって。バードがブレードランナーなのは皆知ってる」
ロックの言葉にバードはハッと思い出した。
腰の辺りに拳銃を隠してある事を。
ブレードランナーは二四時間どこでも武装を認められている。
「いきなりバードに襲い掛かったら蜂の巣にされるぜ。なぁ」
ちょっと酔いつつあるスミスは、何処かの軍曹の首へ腕を回したまま呑んでいた。
手には口の開いたバーボンのボトルが見えた。
「そうだそうだ。昼間のアレを見た奴なら、おっかなくって手なんか出せねぇ」
ゲラゲラと笑うジョンソンは完全に出来上がっている。
スコッチをビンで飲みながら下品にゲラゲラと笑っている。
「お前ら酔いすぎだ」
テッド隊長が呆れていた。
だけど、それは息子を諭す父親の様だとバードは思った。
「そんな事言ったって隊長。今日の日中は隊長だけ役得だったじゃねーっすか!」
更に酔っ払っているペイトンがやって来た。
リーナーと一緒になってヴォドカをラッパで呑んでいる。
既に空になったビンを腰のベルトへ刺してリーナーが笑っている。
「もうそれは終わった事!」
バードは笑いながら助け舟を出した。
ロックも笑っていた。
「さて、そろそろ邪魔者は消えるとするか」
会場を見回した後、テッド隊長が残っていたビールをぐいっと飲み干した。
「そーっすね」
いつの間にかやってきていたライアンは、残っていたビールをラッパで飲んだ。
「よし撤収だ。オフィサーズメスへ三十分後に集合。反省会だ」
「お疲れ様でした」
バリーボンズ兵曹長が敬礼で見送る。
「チーフ。ここを頼むな。あまりバカ騒ぎさせないように」
「承りました」
テッド隊長は敬礼を返してメスホールを出て入った。
それに気がついた下士官が何人か敬礼で見送った。
「バード。シャワー浴びて着替えて来いよ。略装で来るなよ」
ロックが手を振ってホールを出て行った。
それを眼で追ってから、バードはマスターチーフへ向き直る。
「マスターチーフ。今日はお世話様。またお願いね。これからもよろしく」
「承りました」
バリーボンズ兵曹長は再び敬礼してバードを送り出した。
だが、手を振ってメスホールを出ようとしたバードへマシンガンのようなトークが襲い掛かった。マイクを握っていたジャクソンのチャントが響いた。
「オメーら! MVPの女神様良く拝んどけよ!」
酒が入って陽気になるのは世界中どんな男でも一緒だ。
指笛に囃し立てられ視線が集まり、バードは『バカ!』と叫びながら逃げるようにエレベーターへ乗り込み自室へと戻った。
30後に集合だからあまり時間が無い。
そんな焦りも有ったのだけど、それ以上にビール臭い自分が許せない。
だけど、こんなのも必要なんだなと、戦闘を思い出して感慨に耽った。
想像していた以上に酷い所だった。
実際の戦争を始めて体験した素直な印象は、全ての罪が共存するところだった。
そして、酒でも飲んで忘れてしまえと言ったマット大佐の言葉を思い出す。
「あ、少尉殿。お待ちしていました」
自室の前に居たのは基地内の雑用任務に就く女性兵士だった。
アレコレと思考の淵に沈んでいて完全に油断していた。
「どうしたの?」
「そのビールまみれの服を回収に来ました」
「あ、なるほど。ちょっと待って」
部屋の中で服を全部脱いでから、身体にバスタオルを巻いて着ていた服をまとめた。
女性兵士は部屋に入ってこなかった。
仮にも士官の私室だから兵卒は入れない。
「これ、お願いね」
「預かります」
敬礼して部屋の前を離れた女性兵士を見送ってからシャワーを浴びて、そして、もう一度着替えてから部屋を出た。
今度はオーバーオールの略装ではなく、士官らしい第一種軍装の士官服だ。
オフィサーズメスの中ではこれが最低限のドレスコードだ。
30ギリギリでオフィサーズメスへ飛び込んだバードだが、部屋へ入るなりクラッカーで迎撃され、思わず腰の物へ手を伸ばしかけて、寸前で思いとどまった。
「バード! 初出撃初降下。しかも、無事に帰還で初MVPおめでとう!」
いきなりドリーが祝福してくれた。
「あ ありがとう…… ございます。大尉」
「いいって気にするな。ここも無礼講だ」
同じ大尉のジョンソンが笑った。
Bチームに続いて一〇二大隊の士官が拍手で称えてくれた。
「ありがとうございます」
ちょっとはにかんだバード。
それを見計らったように統合作戦部長のエディ少将が口を開いた。
「よし、全員揃ったな」
士官室のざわめきに手をかざし、沈黙を求めたエディ少将。
みなの視線が一斉に集まっていた。
「諸君。今回もご苦労だった。反省するべき点は多いが、犠牲者ゼロは誇らしい。次回へ向けて反省し、そして、我々の大きな目標について努力していこう」
拍手が再び沸き起こる。
給仕担当がやってきて、士官室にシャンパンを運び込んだ。
皆がグラスを受け取っているなか、バードもグラスを一つ受け取った。
「我々海兵隊は地球の全域を活動範囲としていた時代から常に最前線で戦う事を義務付けられた存在だ。全ては無辜の市民の為に。弱き者の為に。助けを求める者が一人でも居る限り、我々は戦い続ける。そして、地球人類の平和と安定の為に、我々はまだまだ努力せねばならない。いつか必ずシリウスまで。その日まで」
エディ少将がグラスを掲げた。
「海兵隊万歳!」
乾杯したんだと気が付いてバードもシャンパンを一口飲んだ。
ビールと違って甘く飲みやすい口当たりが嬉しい。
ただ、この場ではバードは底辺だ。
少尉も士官であるが、士官の中では一番下の底辺だ。
それ故、かなり緊張している。
「バード そんなに緊張しなくて良い」
「エディ少将閣下」
バードの緊張に気が付いたのだろうか。エディが静かにやって来た。
キャンプアームストロングでも上から数えた方がよほど速い高級将校だ。
エディ・マーキュリー戦略担当少将
まだこの基地へ来て一ヶ月程度のバードだが、この人物がどういう存在だかは解っている。事実上、テッド隊長が直属で付き従っているBチームの黒幕的立ち位置で、アームストロング基地の実質的責任者。そして事実上の支配者。
基地司令官であるフレディ上級大将も、エディ少将へは不自然なまでの配慮をしていて、基地配属以来、マンツーマンでバードを鍛えた戦術大佐と情報大佐の二人はエディ少将の手駒状態になって居た。この人には逆らわない方が良い。何となく直感でバードはそう思っていた。
「前にも言ったと思うが、私の事はエディで構わない。そして、ここは士官が息を抜ける場所だ。だらしなくても誰も怒らない。もちろん、テッドも怒りはしないさ。そうだろう?」
話を振られたテッド隊長は、ぐいっとシャンパンを一口で開けて、汚らしくゲップを吐いた。そしてニヤリと笑ってから手にしていた包みをバードへと手渡した。
「この基地でもここだけは気を抜いて良いし、むしろ肩の力を抜け。いつもいつも張り詰めた糸で居ると、ある日突然ブツリと切れる」
「……はい」
少し安心したバードに笑みが浮かんだ。
「バードにもこれを渡しておく」
開けても良いですか?と目で尋ねたバード。
テッド少佐はゆっくりと頷きつつ、エディと話を続けている。
「そういえばさっき言い忘れたが、海王星軌道戦でFチームがウルフライダーと遭遇したそうだ」
「ウルフライダー…… バルキリーのお出ましか!」
大きく目を見開いたテッド少佐は、素っ頓狂な声を発して言葉を飲み込んだ。
「……ダークウィッチまでが太陽系へ進出して来てるって事だ。それは間違いないだろう。なんせヴァルターがそう言ってきたんだからな。ピエロを銜えた狼マークの一二機が全部揃ってたそうだ」
「……そうか。で、ヴァルターたちはどうなった?」
「かれこれ二時間近くドッグファイトしたが戦果ゼロ被害ゼロで帰等したらしい。もちろんブラックウィドウやガンズ&ローゼスも居たらしいぞ……」
腕を組み怪訝な表情で考え込むテッド少佐だが、噛み殺した様な笑みを浮かべている。話の実態が見えないバードは、話を理解する努力を止めて封筒の包みを開けた。
驚くほど豪華な装丁の本が出てきたのだが、表紙には『Story of ~』とだけしか書かれていなかった。不思議に思って数ページ捲ってみたら、罫線だけ書いてある完全に白紙の束だった。
―――なんだろう?
しばらく考えてみたのだけど、答えが解らずもう一度少佐を見る。
腕組みして考え込んでいたテッド少佐はその眼差し気が付いたのか、柔和な表情を浮かべて話を切りだした。
「バード。これから毎日、丹念に日記を付けろ。出来ればセンターで目を覚ました日からの事をずっと。一日ずつ丹念に書き記していけ。十年二十年経った時、その日記はお前の一番の財産になるだろう。もしお前の身に何かが起きてこの世を去った時、お前が生きた証がこの世に遺る事になる。俺たちは直接の子孫を残せない人間だ。だから、養子を取って云々はいくらでもある話だが、その前に死んでしまう事もある。だからな」
驚きの眼差しでテッド少佐を見たバード。
その言葉の意味は男性と女性では大きく違うはずだ。
でも、少佐はあえてそれを口にした。
テッドと言う男が持つ深い苦悩と優しさをバードは感じた。
女性にとっての屈辱感の全てがあると、少佐は理解してくれている。
そんな部分に気が付いた。
「ありがとうございます。早速書き始めます。センターで目を覚ましてから、まだ五週間ですから」
「そうだな。それが良い」
メスホールのバカ騒ぎとは違う静かな部屋。
バードは仲間達と戦闘中のあれこれを振り返りながら、頭の中で文章を組み立て始めていた。
―――― Story of Cyborg -BIRDIE-
二十三世紀の海兵隊サイボーグ士官。
バードの物語はここから始まる。