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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第7話 オペレーション・シルバービュレット
78/358

白い部屋

 ――――地球周回軌道 高度750キロ

      強襲降下揚陸艦ハンフリー艦内 サイボーグメンテナンス室

      地球標準時間 3月16日 0130





 何かの物音に気が付いてバードは目を覚ました。真っ白い部屋だった。

 どこかで見た事がある部屋だと記憶を辿っていくと、それはサイボーグになって初めて目を覚ました時の、あの真っ白い部屋だと思った。

 ただ、あの時と違って耳鳴りも疼痛も無いし、それに妙なハウリングを伴った音が聞こえるわけでも無い。だが、いまのバードに取ってみれば、何処までも透明な灰色の牢獄だった。


「バーディ」


 聞き覚えのある声がして顔を動かそうとしたのだが、全く動かないことにバードは気が付いた。頸椎部の関節が完全にロックされていて、右も左も動かせない。もちろん、上下にもだった。


「……ロック?」

「そうだ」


 ふと、モーターの作動音が聞こえてきた。固定されたバードの視界のその右隅から、ロックがゆっくりと目に映る範囲へとやって来た。眼球だけは動くとバードは改めて気が付くのだが。


「……動けるの?」

「あぁ、おれは応急修理して貰った」

「そうなんだ。良かった」

「だけど、バーディの方は身体のサブコン周りで手こずってるらしい。キャンプへ帰らないとパーツが無いんだってさ」


 バードの視界の中で椅子に腰を下ろしたロック。その左足は根元部分から光沢のある金属で出来た、応急補習パーツに付け替えられていた。その足をコンコンと叩いた左腕もまた、肘の部分から金属剥き出しのパーツになっていた。


「つくづくとさ、俺たち機械なんだなって思うよな」

「……そうだね」

「所でバーディ」

「なに?」

「いまどういう状態か解るか?」

「ぜんぜん」


 ロックはニヤッと笑ってバードへ鏡を見せた。その鏡の中。そこにはまるで、あのレプリの胎児を育成していた球体シリンダのマウント部のような構造の台が映っている。そしてその上にはバードの首から上の構造体が乗っていた。球体シリンダが乗っかっている代わりに、バードの脳殻部を納めた頭部の筐体その物が乗っかっている構図だ。そして、その台には生命維持を行う為の様々な機器が接続されている。


「あのレプリ胎児と一緒ね」

「なにが?」

「動くことも出来ないし、もちろん逃げることも出来ない」

「動く必要も無いし、逃げる必要も無いから構わないだろ?」

「だけど、万が一にもここでレプリの侵入者がいたら、私は抵抗一つ出来ないまま殺されることになるね」


 なんとも物騒な内容だが、バードはなんとなく嬉しそうに言った。その姿を見ていたロックの眼差しが恥ずかしかったのか、バードは目だけ下を向いた。


「逃げることも抵抗することも出来ないレプリの胎児を散々射殺したんだから、当然の報いなんだろうけどね」

「そんなの俺たちはみんな一緒だろ。だいたいまずもって生身の連中からしてみたら、戦闘兵器その物なサイボーグと喧嘩すること自体が迷惑ってモンだぜ。チーノでもレプリでも一緒だ。向こうからしてみりゃ、俺たちは全部悪魔の手先だ」


 涼やかに笑いながらロックはバードに語りかける。

 その笑みが眩しくて、バードは正視することが出来なかった。


「でも、私はいつもドジばっかりしてみんなの足を引っ張ってるンだから……」

「おいおい、寝言は寝て言えよ」

「なんで?」


 突然椅子から立ち上がったロックはバードの目の前で膝立ちになった。

 そして、バードの両頬へ手を添え、ニヤリと笑う。


「確かに逃げられないって困るよな」

「うん。だけど私はそれを散々したんだから仕方がな――――


 沈痛な表情を浮かべ、目だけ俯きながら言葉を零していたバード。その唇をいきなりロックが奪い去った。逃げることも拒否することも出来ず、バードはそれを受け容れるしか無い。間近に見えるロックの目が恥ずかしくて、咄嗟に目を瞑ってしまった。


「そんな言葉を俺は聞きたいんじゃ無い」

「でも……」

「もっと素直になれよバーディ」

「素直って言うか……本音だよ?」

「ドジ踏んで勝手に腐ってるだけじゃねーかよ」


 かなりキツイ言葉だが、それを言ったロックは優しく笑っていた。


「実は俺もさっき隊長に唸り付けられた。正直、オヤジに叱られてるようだった」


 だけどロックは嬉しそうだ。

 言葉でどうこうと言う事では無く、単純に嬉しそうな姿だった。


「転んだって良い。ただ、大人は自分で立ち上がれって叱られたよ。いや、響いたね。心に響いた。ドジって腐って自分の内側へ落っこちてるウチはガキだぜ」


 そんなロックの姿にバードは気がついた。ロックにとってテッド隊長は父親そのものなんだと。そして、不意に自分にとってもテッド隊長はもう一人の父親であり、また、常に味方で居てくれると信じている人物だったと気が付いた。どうしても思い出せなかった両親の代わりに、テッド隊長が親だと自己暗示を掛けていたのだと気が付いた。


「要するに、襲われるのが怖いんだろ?」

「……うん」

「じゃぁ、素直に言えよ、怖いって」


 何処か嗾けるようなロックだが、その言葉には嫌味っぽさも皮肉っぽさも無かった。男らしい笑みで見守る様なロックの眼差しは、バードの凝り固まった心を溶かし始める。


「大人は転んでも自分で立ち上がれって言われて。厳しいですねって答えたのさ。そしたら、立ち上がる時に手を借りるのは良いんだってさ。それはお互い様って奴だろな」


 ロックはもう一度バードの頭を左右から自分の両手で挟み込んだ。逃げられないバードだが、今度は先に目を閉じてロックの唇を待ち受けた。嬉しそいに笑いながら。


「バーディが動ける様になるまで俺がここに居るさ」


 僅かに触れあった唇をはなして、ロックもまた嬉しそうに呟く。優しげな言葉にバードの胸が一杯になった。


「でもそれじゃ――


 何かを言いかけた時、部屋のドアが突然開いてエディが入ってきた。

 片手には分厚いファイルを持っていた。


「酷いザマだなバーディー」

「……申し訳ありません」


 再びしょげ込むバード。

 その姿にエディも苦笑いだった。


「だか、しっかり任務を果たしたんだ。その点はもっと誇って良い」

「でも……」

「ドジを踏んだ上に作戦失敗なら懲罰ものだが、君は君にしか出来ない事を、誰も出来ない任務を果たしたんぞ?それをもっと誇りにするべきだ。誰も出来ないんだから君がやった。バーディーでなければ出来ない事をやったんだ」


 エディの手がバードの右頬に触れた。その手から表現出来ない暖かみを感じたバードは、エディをジッと見ていた。


「ロック。頼まれていた件だ。私が調べられる限り調査してある。アリョーシャが追跡調査してたようだ。かなりきわどい所まで調べてあるが……。部屋に帰ったら読むと良い」

「すいません。掻い摘んでで良いですから、ちょっと読んで貰えませんか」

「なぜ?」

「俺はバーディの修理完了までここに居るつもりです」


 バードのすぐ隣に立っているロックは、頭だけのバードを手で囲っていた。

 その仲睦まじい様子に、エディの目が優しくなっていった。


「……やはり、お似合いの二人だな」

「私とロックじゃ釣り合いが取れません」

「そうだな。バーディーと比べると、ロックは少しいい加減すぎる」

「いや、そうでは無くて『これは私の評価だ。君の主観は関係ない』


 バードの言葉を遮ったエディはロックの座っていた椅子へ腰を下ろした。


「ここで読むぞ?」


 そんな言葉をロックへと浴びせかけたエディ。

 ロックはニヤリと笑って静かに頷いた。


「……あぁなるほど。ロックの施術時に親父さんは首を吊ったようだが、やはり死にきれず救急救命病院へ担ぎ込まれたらしい。その後2週間にわたり心肺停止状態で機械に生かされていたようだが、結局は心臓などが機能再開する事は無かったようだ。親族が集められ、サイボーグにするかレプリにするか、それともこのまま死ぬか。どれでも好きなのを選べと言う事に成ったようだな」


 エディはファイルを捲りながら説明を始めた。

 その言葉を聞いていたバードは言葉を失った。


「だが、その救急救命病院の運営母体はシリウス系活動家の隠れ蓑だったらしく、その後、親父さんは病院から忽然と姿を消した。アリョーシャが地球におけるシリウス派の活動拠点をシラミ潰しに調べた所、姿を消してから3ヶ月後に中国は上海にあるシリウス系ダミー会社の研修所で姿を確認されている。その後、SYUSENのシリウス系レプリ工場に関連する所で量産型のレプリのうち、見込みがありそうな個体へ指導を繰り返していたらしい」


 呆気にとられているロックの手は、それでも優しくバードに添えられていた。その手が不意に離れ不安になったバード。何が起きているのかすら確認出来ない自分を呪いたくもなるのだが、そんなバードの前にロックが膝立ちになった。そして、両手で優しくバードの顔を挟み込むと、ロックはバードの額へ自分の額をくっつけて僅かに震えていた。


「聞いたかバーディ」

「うん」

「渋谷で遭遇した小次郎も火星でやり合った奴も。酒泉で斬り合った奴も俺と同じ弟子だぜ。なんてこった」

「兄弟子としちゃ負けられないね」

「……だな」


 触れ合っていた額を離し、僅かに距離を取ったロック。舌を伸ばせばその鼻先を舐められそうな距離にいるロック。バードの目がロックの双眸を捕らえた。


「こんな時のバーディはえらくアグレッシブだけど、自分の事の時だけはやたらに弱気でネガティブだな」

「だって…… いつもドジばっかりじゃん」

「だけど、手榴弾の不備に気が付いたのはバーディだぜ?」


 ロックはバードの額へそっとキスして、そのまま一歩下がった。

 そんな様子をエディは優しく見守っている。


「タイレルの工場へ行ったときだって、矛盾に気が付いたのはバーディだけだ。自分が気が付いてないだけだろ」

「そうかな?」

「そうだよ。だから多分…… お――


 一瞬ロックが口ごもった

 何かを言おうとして、不自然に言葉を飲み込んだ


 ――……Bチームには、バーディが必要なんだよ」


 その時、ロックが本当は何と言おうとしたのか、バードは気が付いてしまった。一瞬だけ口籠もったロックの本音。飲み込んだ本当の言葉。明るい表情を失っていたバードの顔に、花の様な笑みが戻った。


「……ありがとう」


 それっきり言葉を飲み込んだバード。ロックも言葉が無かった。ただ、心が通じたのをふたりは感じた。言葉では表現出来ない事だった。


「さて、お熱いふたりの邪魔をするのは本意では無いが、とりあえず仕事の話しだけはしておくぞ」


 そんなエディの言葉に恥ずかしそうな笑みを浮かべるバード。だけど、ロックは自信ありげな男らしい笑みだった。


「中国政府はシリウスサイドと正式に絶縁する事になった様だ。例の核物質絡みの時に北京内部で相当な権力闘争をしたようだな。シリウス派は国家運営指導部内で発言力を失い、カメオ社からキックバックを受けていた常任委員3名は国家反逆罪で粛正されたようだ」


 バードにも見えるように機密書類を見せたエディ。そこには銃殺刑に処される壮年の男が三人ほど写っていた。


「そして、シリウス派の息が掛かった人民解放軍の基地は国連軍が徹底的に破壊した。中に居る人間ごとだ。残念だが他に手段が無い。東洋では一罰百戒と言うそうだが、要するに連帯責任だ。士官学校と同じだな。これで彼らは学んだだろう。シリウスに与する事をすれば手痛いしっぺ返しが来ると言う事を」


 ロックは僅かに頷いてからバードを見た。その目が笑っているのを見て、ロックは少し安心したようだ。


「中国国内における戦闘の大半は終結した。多少は抵抗する勢力があるが、そこは地上軍が大規模に侵攻していて、そろそろケリが付くだろう。停戦などと言った甘い終わりではない。生きるか死ぬかの二択だ。つまり、地球派に属していないと危険だって事を中国人民に植えつけた形だ。これで当初の戦略的目標に勝利した事になる。残すは金星だ。もう少し努力が必要だが、まぁ、当初のプランから言えば半分以上来ているのだから、ここから先の仕上げですべてが決まる」


 椅子から立ち上がったエディはバードの頬にもう一度手を添えた。


「頼りにしているぞバーディー。この501大隊は私が長年掛けて集めた最高の人間が揃っている。そして、君はかけがえの無い大切な一員であり、他に換えが効かない唯一の存在だ。君の価値は君以上に私が知っている。何も心配ない」

「はい」


 バードの素直な返事を聞いて僅かに笑ったエディは、次にロックを見た。睨みつけるような眼差しだが、でもそれは温かみをも含んでいた強い眼差しだった。


「親父さんの件は俺以外だとアリョーシャとブル。そして、テッドしか知らない。機密指定しておいたのでメンバーも知らないはずだ。皆に話をするのはロックの自由だが、ひとつだけ絶対に忘れるなよ?」

「わかってますって。親父は俺が斬ります。その為なら、何だってするつもりです」

「ロック。お前と親父さんの間に何があったのかは聞かないし、そのつもりも無い。ただ、どんな結末を迎えるにしろ、その結果にはおまえ自身が責任を取れ。お前とお前を大切に思っている者と、無償の信頼を寄せる仲間達を裏切らないように……な」


 エディは言うだけ言って部屋を出て行った。これからウォードルームで皆に説明するんだろう。そんな事をロックもバードも思っていた。


「もう一頑張りだな」

「そうだね」


 バードの隣に椅子を移して、ロックはバードから見える位置に座り、動けないバードの話し相手を続けていた。動けなくなって誰とも話が出来ない状況の辛さはロックも良く分かっている。長い事、ベッドの上で動けなかった苦しみを共に良く知るふたりの話しは、ハンフリーが月面へ到着しメンテナンスチームがバードを移動させる時まで、途切れる事が無かった。

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