ロックの過去
ヘルメットを取ったロックは、震えるようにバードの素顔を見た。こんなに近くでマジマジとバードを見たのは初めてだった。今日もバードの唇には、あの桜色のルージュがひいてある。
「目を開けてくれバーディ」
眠れるバードへロックは優しく囁いた。だが、バードは余りの恥ずかしさで一時的にフリーズしたような状態だった。
……キスして起こしてくれる?
バードの言葉がロックの耳に蘇る。だが、未だ戦闘中だとロックは逡巡した。いくらなんでも不謹慎が過ぎるだろうと。そう思った。
しかし、気が付いた時にはそっとバードを抱き寄せ、ぎこちなく、だが、出来る限り優しく。バードの唇へキスをした。
――――え?
バードは最初、それが何の感触だか解らなかった。その感触は柔らかで、そして、なんとなく良い匂いがした。僅かではあったが熱を感じ、それは決して不快なものではなかった。
バードは意を決し、そっと目を開いた。目の前にはロックの顔があった。至近距離で見たその唇には、桜色のルージュが残っていた。ふと、『ファーストキスを奪われた』と思ったが、ロックになら良いかと。全く迷う事無くそう思った。
「白馬の王子様にキスされたのね」
「スリーピングビューティーを起こすならこれしかねぇからな」
「白馬じゃ無くてレプリの白い返り血なのが残念……」
「俺たちは仕方がねぇさ」
バードは何とか動く手を使ってロックに抱きついた。その僅かな仕草に、ロックはバードの恐怖と絶望を垣間見た。
「怖かったろ?」
「うん」
「……だろうな」
バードの背中をポンポンと叩いたロック。名残惜しそうなバードを壁際へもたれ掛からせるように座らせた。改めてみればバードの胸部には見事な貫通孔が出来ている。
そこから漏れ出る油圧系等のオイルや冷却水が妙に生々しく、そして艶かしい。
「それじゃ歩くのも難しいだろ」
「……実はね」
部屋の中一面に広がるレプリの胎児や幼児の遺体を集めたロック。そっと手を添え、大切に扱っているのがわかる。ロックはこんな時、死者の尊厳をチームメンバーの誰よりも大切にする男だった。その姿をジッと見ていたバードは、僅かに震えながら膝を抱えていた。だらしなく開かない様に。そんな『女の意地』を感じ取ったのか。バードの隣に腰を下ろしたロックは、その震える肩を抱いてボソリと語り始めた。
「俺は、俺の家は侍の家系だ。結構古いらしいけど、俺は興味ないから調べた事が無い。ただ、いつもいつも、介錯を受け持つ介錯人だったそうだ。何の罪も無いのに腹を斬る事になった侍を、俺の先祖は斬り続けた。介錯し続けたんだ。おれはそんな呪われた一族の末裔なんだよ」
ロックは辛そうに言葉を続けた。累々たる屍の山を前にして、ふたりとも一時的に感情が麻痺した。
「だけど誰かがやらなきゃいけない事なんだ。辛い仕事だ。汚い仕事だ。誰もやりたがらない仕事だ。だから俺が切る。俺の仕事は恨まれることだから」
やおら立ち上がったロックは、積み上げられた胎児の遺体にオイルをぶちまけ、そして、そこへ向かってバードの拳銃を使って火を付けた。一気に火が回り、成長過程だった胎児が荼毘に付された。
「今度は母親のおなかに入れると良いね」
「まったくだな」
「私にはもう無くなっちゃったから無理だけど」
しばらく様子を見ていたロックは不意にバードを見た。
「無線入ってるか?」
「全然。無線どころか、残り電源の表示も出てない」
「それ、まずいじゃねーか! 先に言えよ!」
ロックはいきなりバードをお姫様抱っこで持ち上げて部屋を飛び出すと、階段を駆け下り建物の外を目指した。そのロックの腕に抱かれたバードは、なんとなく夢見心地な状態だった。どこかうっとりとしながら目を閉じたバード。戦闘中で任務中と言う事を忘れ、この夢のようなひとときが永遠なら……と願った。全く持ってあり得ない事ではあるが、思う位の自由はあるのだから。
だが……
「マジかよ!」
いきなりなロックの声に驚いたバード。半ば放り投げられるように壁際に降ろされ驚いたのだが、ロックはいきなり太刀を抜き放って何者かに襲いかかった。しかし、それはむしろ逆だと言う事にバードは気が付く。最初の一撃を受けたロックがバードを投げ捨て反撃に転じた所だったのだった。
「てめぇ! なにものだ!」
ロックが叫んだ先。刃渡り1メートルを優に超える長刀を抱えた剣士がいた。やぶにらみでロックとバードを見すえ、薄笑いを浮かべていた。
「キエェェェ!」
甲高い叫び声を上げ、その剣士は襲いかかってきた。先に火星の移植施設で見た剣士と同等か、或いはそれ以上な戦闘能力だった。恐ろしい程の速度で襲いかかられたロックが防戦一方となるも、まともに動く事すら叶わないバードでは助勢する事も出来ない。その歯がゆさに震えつつ、バードはふと手持ちアプリの中からモーションサンプリングを立ち上げた。勝つにしろ負けるにしろ、これは絶対役に立つという確信があったからだ。
「っそぃっ!」
相変わらず不思議なかけ声で襲いかかるロック。幾度かの打ち込みと受け流しを経て、ロックの刃が僅かに剣士を捕らえ始めた。また髪一筋ほどの深さだが、僅かな傷から白い血が流れていた。
――――そうか、恐怖感が希薄だから……
バードはどこか冷静に分析などしていた。レプリは感情それ自体がどこか希薄で、恐怖や不快感と言った部分が弱い。故に、自分も自分以外にも、死への忌諱感が淡泊で恐れないのだ。
つまり、こんな斬り合いの最中だと、これ以上踏み込んだら斬られると言う恐怖感が無いから、ある意味で敵との距離を掴みづらいのだろう。あと何センチ、あと何ミリ。そう言う次元で踏み込んで太刀を振っているのだから、技術を語る上で最も重要な肌感覚という部分が弱いのだろうと思ったのだ。
「ッラァァァァ!!!」
大上段から勢いを付けて打ち込むと、さすがのレプリもガクッと身体を沈めた。サイボーグの重い身体を全部太刀へ乗せて打ち込むのだ。その威力は半端無い。火星での戦闘と違って明るい環境下での斬り合いだ。視界がある中での戦闘なら、技量の劣りをスピードとパワーでカバー出来る。なにより、ロックには踏んだ場数の分だけ経験がある。
「オラァッシャァ!」
ロックの太刀が遂に敵の剣士を捕らえた。かなりの深手で左の胸を切り裂かれた剣士は、白い血をまき散らしている。その場でクルリとターンを決めたロックは踏み込む足の順序を変え、左で踏み込み右へ太刀を振り抜いた。再び剣先がレプリを捕らえ、顔から胸に掛けて大きく切り裂いた。
だが、さすがレプリだとバードは唸る。自分の身体に付けられた傷や異常を顧みず、その剣士は更に踏み込んでロックに斬りかかったのだ。左腕に仕込まれたソードブレイカーで太刀を受け止めたロックは、一足一刀の間合いだというのに、次々と太刀を繰り出してレプリを追い詰める。
――――勝負あった
バードもそう思った瞬間、その場に妙な男が姿を現した。どこかで見た奴だなと思っていたバードだが、誰だかを思い出す前に向こうが先に声を掛けたのだった。
「ほぉ、また会えたな」
聞き覚えのある声だ。そうバードが思ったとき、ロックと斬り合っていた剣士が呟いた。
「マスター」
だが、極限の集中力で斬り合っていた最中だ。たったそれだけの事でも大きな隙と言って良い。半歩深く踏み込んだロックは脇目もふらず横払いに剣を振り抜いた。レプリ剣士の胴を真っ二つに斬ったロックは、返す刀でその首を撥ねた。
「ワシの可愛い弟子を二人も斬りおって。貴様は生かして帰さんぞ」
白い血を吹き抱いて斃れるレプリを見下ろしたロックは、愛刀にこびり付いた血を振り払ったてから、グッと厳しい視線で相手を見据えた。
「ほぉ……」
何をそんなに嬉しいのか。その男は喜色満面に笑みを浮かべロックを見据えた。そして、まるで火花でも飛び散るかの様なキツイ視線をロックとその男が絡ませたとき、バードの脳裏に渋谷の情景が浮かんだ。あの渋谷のビルの中。ロックと超高速で斬り合った、銀の血を流すあの男だった。
そして、あの男は崩れ落ちる渋谷テンナインの屋上でバード達の乗った降下艇に手を振ったはずだった。崩れ落ちるビルと一緒に死んだはずだと思っていたバード。だが、ロックもまた喜色満面の笑みだった。
「てめぇが生きていて嬉しいぜ!」
ロックはリターンマッチを挑んだ。長刀の柄を握りなおし、鋭い踏み込みで襲いかかった。恐ろしい速度で接近したロックは体重を乗せた打ち込みを浴びせかける。一振り毎に火花が飛び散り、バードの目には刃の軌跡すら見えない。
――――圧倒している……
最初はバードもそう思った。だが、よく見ると全ての面でロックは圧倒された。全くといって良いほど歯が立たず、全ての打ち込みは見事に交わされるかいなされている。そして、むしろロックは圧され始めた。目に見えて劣勢になり始め、ジリジリとロックは後退する。大きく踏み込むにはリスクが高過ぎる相手だ。だが、そのリスクを犯さねば攻める事も勝つ事も出来ない。奥歯をグッと食いしばったロックは、相変わらずの妙な掛け声を発し、捨て身の斬り込みで懐近くまで飛び込んだ。瞬間、その相手が嬉しそうな顔をしたのがバードには不思議だった。
ただ、リスクを犯して攻めた結果、相手から銀の血を一筋流させる事に成功したロックだが、その踏み込みで至近距離から抜き手による打ち込み受け、右側へと吹っ飛んでしまった。結果論だが、相手の方が実力的に数段上だと再認識した。
「まだまだ脇が甘いな」
「なんだと!」
「打ち込むときは体重を乗せろと教えたはずだ」
「……え?」
壁にもたれかかっていたバードだが、せめて何か支援しようとロックの置いた銃を取った。だが、その重量に負けて姿勢を崩した。その動きでバードが助けに入ろうとしたのだとロックは理解し、バードへ向け一言『来るな!』と叫んだ。叫ぶと同時に飛び起きたロックは、低い姿勢から振り上げ方向へ太刀を払った。尚も戦闘を続行するのだと気合の入った咆哮を上げ、折れそうな心に自分で喝をいれた。だが、痛みを感じないように出来るサイボーグなのに、ロックのその表情は苦痛と苦悶に満ちていた。
「その程度の技量で勝てると思ったか」
ロックを圧倒する剣士は舞うような動きを見せ、体重を乗せた太刀筋でロックの左腕を切り落とした。ソードブレイカーを仕込んであるはずの左腕が完全に破断され、瞬発力を優先するために形状記憶合金を使って作られたバネ駆動の部分から、高電圧のスパークが飛んだ。
「今の技は!」
驚くロック。
敵の剣士はニヤリと笑った。
「お前が生きていて嬉しいぞ。悪魔に魂を売った甲斐がある」
「そんな馬鹿な!」
裂帛の咆哮で再び切りかかったロックは右手一本で襲い掛かる。しかし、その打ち込みの全てのをいとも簡単に振り払われ、さらに今度は左の膝を大きく切られてしまった。歩くことが難しいレベルでの被害を蒙り、さすがのロックも数歩分後方へ飛び退いた。
「今のは親父の太刀筋だ……」
「当たり前だろ」
「え?」
「そうか。サイボーグの兵士は記憶を封じられているんだったな」
ロックを圧倒した剣士は太刀を鞘に収めた。その立ち姿が実に格好良いと。バードはふとそう思った。そして、その立ち姿はどうにもロックによく似ている……
「俺はお前の父親だぞ」
「……嘘だ」
「お前の太刀筋が何一つ届かなかっただろ?」
「でたらめを言うな!」
「なら思い出すまで切り刻んでやろうか?
クックックと勝ち誇ったように笑った剣士の言葉にロックの表情が沸騰した。
「すべて俺が教えたことだ。ただ。何一つ進歩してないがな」
フンっと鼻をならした剣士はロックから視線を外しバードを見た。手痛い一撃を受けて動けなくなっているバードにも蔑む様な目を向けたのだった。
「もっと腕を磨いておけ。馬鹿息子。お前と互角以上の剣士を何人も育てているからな。もっともっと強くなれ。でないと、お前が護りたい者ですら失うことになるぞ。まぁ、それが良いならそうすれば良いんだがな」
アッハッハッハ!と高笑いを続けながら剣士は再び炎の中に消えた。燃え盛る炎の中だ。サイボーグだってただじゃ済まない炎の中だ。唖然と見ていたバードだが、その目の前でバランスを崩したロックが倒れる。
「ロック!」
上手く動けないバードは這いずって行ってロックの隣にやって来た。呆然としていたロックは残っていた右腕でバードを抱き寄せた。
「チェッ! ザマーねーや!」
ヘヘヘと自嘲気味に笑ったロック。その横顔をバードはジッと見ていた。
「バーディ抱えて格好良く外へ出ようと思ったのにな」
「動ける?」
「いや、いま隊長を呼んだ。もうすぐみんな来るぜ」
バードは俯いてしまった。
「ごめん……」
「おい! いきなりなんだよ!」
「ロックの背中を護るとか言っておきながら……」
血を吐く様なバードの言葉。だが、いきなりロックはバードの頭を掴んで抱き寄せた。
「バカ言ってんじゃねー」
キョトンとした顔でロックを見たバード。
ロックは何処かこっ恥かしいように呟く。
「親父を相手に殺しあうんじゃ、バーディの支援があっても無くても一緒だぜ」
「やっぱり私じゃダメなんだな……」
「だからそーじゃねぇ!」
ロックの指がバードの胸をさした。穴の空いた胸に指がするりと滑り込む。
「こんなザマで戦えるほど甘い相手じゃねぇってこった」
「……ごめん」
ゴメンと呟いたバードの言葉にロックは言葉の選択を誤ったと気が付いた。やっちまった……と、後の祭りだが、それでも後悔した。
「……親父は」
ロックはバードの頭をもう一度抱き寄せて、そこに自分の頭をつけた。されるがままに任せているバードを見つめながら、ロックは囁く。
「親父は、うちの一門始まって以来の……失敗作だった」
驚いてロックを見たバード。ロックはついに自分の過去を語りだしたのだ。
「どこの大会に出ても初戦敗退。剣道だけでなく柔道も合気道も全部ダメ。おまけにとんでもねぇ虚弱体質で、しかも生まれつき骨が脆い人間だった。筋力トレーニングに励んでも結果がでねぇと来たもんだ。一門の技すべてを受け継いだはずだったのに、その大半が使えねぇ欠陥品と身内で言われ続けた」
半分程度切り落とされた膝の部分を処置し始めたロック。力の掛かる部分だけに油圧作動の人工筋肉が数多く装備されていた。
「お袋と結婚して程なく俺が生まれて、そして親父はまだ歩くか歩かないか位の俺を相手に徹底したスパルタ教育を始めたんだ。俺の記憶に残ってる子供の頃の記憶は、木刀で殴られるか竹刀で殴られるかのどっちかだ」
バードは驚いた表情でロックの横顔をまじまじと見つめた。
ロックは自嘲気味にしながら、遠くを見ていた。
「ひところは親父を見ただけで泣き出して、おまけに胃が空っぽになるまで吐いたもんだ。だけど親父は一切容赦しなかったんだ。思い出すのはいつもいつも身体中に痣を作って痛みに耐えてた夜だった。膝と足首の両方を折って動けない日でも素振りをやらされた。地域の民生委員が児童虐待だって怒鳴り込んできたのを追い返してまでの特訓だった。まだ五歳か六歳かそんな頃だったけど、俺はハッキリ思ったんだ。このままいったら殺されるって」
不意にバードを見たロック。何処か泣き出しそうな、今にも怒りに沸き立ちそうな、不思議な表情だとバードは思った。そして、反応の鈍い身体を精一杯動かして、ロックを抱きしめたバード。ロックはそのバードの背を右腕で抱きしめた。
「いつもこうやってお袋に抱きついてた。だけど親父はそれを引き剥がして道場へ引きずって行ったんだ。さすがのお袋も散々と怒ったのだが、親父は聞く耳を持たなかった。いつか必ず結果に繋がる。いつもそう言ってた。それである日、お袋は見かねて俺を連れ実家へ帰った事がある。だけど親父は先回りして待っていた」
ロックが零す悲痛なカミングアウトは、バードの言葉を失わせるのに十分な内容だった。
「皆が見ている前で散々と殴られた。それこそ血まみれになるまで殴られた。そして繰り返し言われたんだ。逃げるな。絶対逃げるな。世界の何処へ逃げても、俺の手から逃げられると思うなってさ」
息を呑んで話を聞いているバードだが、ロックは自嘲気味に笑ったあと、悲痛な表情で床を眺めた。機械の身体から零れ落ちた作動オイルがゆっくりと広がりつつあった。それはまるで、生身の兵士が流した血のようだとバードは思うのだが。
「変な話だろ? 安っぽいドラマに出てくる戦闘集団の最強剣士なんてさ、ガキの頃からエリート街道歩んできたような、生まれた時から最強みたいな連中ばっかでさ。ろくに修行も訓練もしてなくても最強で、実はその親父が最強でって話さ。だけど俺は……」
ロックはひとつ溜息を吐いた。
「出来損ないの史上最弱な親父が自分の二の轍を踏ませまいと児童虐待そのもので鍛え上げられた人間的に歪な存在さ。そして何の因果か、その親父とこうしてやりあって…… 全くかなわねぇと来てんだよ…… なんてザマだ 格好悪ぃよなぁ」
歯を食いしばって俯くロックは泣くのを我慢するように、カタカタと震えている。バードはこの日初めて、ロックがなぜ死にたがっているのかを理解した。戦って負けて死にたかったというのは、父親に対する当て付けだったのだ。死ぬより辛い幼少時代をすごしたロックは、結局強くなっていなかった…… そう父親にガッカリさせる目的だったのだと。
そしてもう一つ。絶対に過去を語らなかったロックの心に救う得体の知れない悪魔の存在を我が事のように理解した。何故ならそれは、あの高度医療センターの中で苦しんでいた自分自身の中にある悪魔と一緒だったのだから。
「だけどよ…… 15の時だったか。反抗期真っ盛りな俺は道場で親父を殺してやるって本気で斬りかかった事があるんだ。真剣でだ。その時俺は親父に投げ飛ばされてさ。空気投げって技だ。相手の力を利用して投げるんだよ。そのまま壁に叩きつけられ頭から床に落ちて頚椎を折った。死ねるって思ったさ。だけど、何の因果か生き残っちまった。流動食を飲んでクソを垂れるだけの生ゴミになって生き残っちまった。その時、親父が初めて泣いたんだ。こんな筈じゃなかったって」
血を吐くように独白するロックに抱きついて体を預けたバード。表現できない感情が心の中に渦巻いていた。理屈でどうこう説明できる部分ではなく、護りたいと思ったのだった。
「そのあと親父は…… 俺を。息子を半身不随にし、そして事実上失ったと思っていたらしい。酷く自暴自棄になっていて、毎日荒れてたらしいんだ。時々、親父の兄弟弟子だった人が見舞いに来てくれてたんだけど、俺の兄弟に稽古つけるでもなく酒びたりでますますダメ人間だったと聞いた。それで俺は思ったんだ。ザマーミロってさ。モノの加減をしらねーからこのザマだろって。だけど、その人が言うんだよ。もう一度立つんだって。そのまま死んでどうするって言われて……」
抱きつくバードを抱きしめて、ロックは囁いた。
「サイボーグ化に同意したんだ。海兵隊へスカウトされると親の元へ死亡通知が出るって聞いてさ、そうしたらもう一度落ち込むだろうなって思ったんだよ。もっと苦しめ!もっと苦しめ!って。そう思ったんだ。処置室に入る直前、機器上の問題があって急遽3日ほど延期になって、後で知ったんだけど、適応率が95パー越えてるからって言うんでエディが横槍を入れて、無理やりBチーム加入を前提に俺を引っ張り込んだらしい。だけど、海兵隊の弁護士は予定通り親父とお袋に死亡通知を出したそうだ。そしたら……」
クックックと楽しそうに笑った後、ロックの顔から表情のすべてが消えた。
「親父は自殺を図ったらしいんだ…… だから俺は、死んだもんだと思ってた。ザマ―見ろってさ。そんで、俺もこのエリートチームの中で大して役に立てなくて犬死にして、あの世に行ってオヤジと顔を合わせるモンだと思ってた。その時、俺はこう言おうって決めてたんだ。『アンタの失敗作。やっぱ役に立たなかったよ』ってさ。あの世に行ったオヤジがどんな顔をするのかだけが俺の楽しみだった」
恐ろしい一言をロックが呟いた時、部屋の中へテッド隊長以下Bチームのメンバーがやって来た。彼らが見たものは抱き合って救出を待つロックとバード。当然のようにライアンやジャクソンは沸騰するのだが。
「隊長、すいません。ドジ踏みました」
「まぁいい。死ななかっただけ大したもんだ」
「相手に手加減されました」
自嘲気味に笑ったロック。そんな姿をテッド隊長はジッと見ている。どこかこっぱずかしそうにしていたロックは、俯いて吐き捨てるように呟いた。
「どっちかというと…… 死にたいです。相手に舐められて生き残ったなんて」
そんな言葉をボソリと吐いたロック。だが、テッド隊長はそんなロックの襟倉をいきなり掴み引っ張り上げた。
「おぃ! ロック! 奥歯をグッと噛んでろ!」
皆が驚くほどの大音量でロックをうなり付けたテッド隊長は、いきなり右の拳を握りしめ、ロックの左頬を殴りつけた。鈍い音が部屋に響き、ロックは驚いた顔でテッドを見た。
「寝ぼけてる場合じゃない! 目を覚ませ!」
そのままリーナーへポイとロックを投げ渡したテッドは、擱座一歩前のバードをそっと抱き上げた。お姫様抱っこで隊長に抱えられるバードを皆が見ているが、文句を言う者は一人も居なかった。
「脱出するぞ! 時間が無い! 急げ!」
建物を飛び出したBチームの面々はシェルの所へ走った。待機しているシェルの近くにはエディとアリョーシャが待っていた。
「二人とも酷いなりだな。だが死ななくて何よりだ。ハンフリーで応急修理を行うことにしよう。まずは撤収だ」
テッド機の緊急ラゲッジにはバードが。ロックはリーナー機に収容され離陸を開始するBチームシェル。その直後、工場部に艦砲射撃が始まった。
「危なかったなバーディー」
「……隊長。いつも迷惑ばかり掛けてすいません」
「いきなり何を言い出すんだ?」
「いつも足手まといで…… ほんとすいません。お荷物ですよね。こんなんじゃ」
辛そうな言葉を吐いてしょげ込むバード。テッドはなにも応えなかった。ただ、それは面倒でも、或いは肯定でも無い。かつてのテッド自信がそうだったように、一人前になる課程では誰でも通る道だと知っていたからだ。
「バーディー」
「はい」
「いまは苦しいだろう。辛いだろう。逃げ出したいだろう」
「……はい」
「その全てがお前の財産になる。いつか笑って振り返るときが来る」
「…………」
「その時の為に、苦しんでおけ。もがいておけ。いつか必ず意味が解る」
「……はい」
「その時まで死ぬなよ。俺は。いや、俺だけじゃ無い。誰もお前を失いたくないんだよ。特にエディがそうだろうな」
テッド隊長の優しい声を天使が歌う聖歌のように感じたバード。その直後にバードは意識を失った。リアクターを失い電源管理を行うサブコンも失ったバードの身体は、脳殻部の電源を確保する為に睡眠モードへ強制移行させたのだった。薄れ行く意識の中、バードはいままで何度も味わっている擬似的な死を再確認したのだった。




