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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第7話 オペレーション・シルバービュレット
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危機一髪

 ――――中国内陸部 酒泉市郊外

      中国標準時間 3月15日 1100





『Bチーム諸君。面倒だが工場を全部焼き払ってくれ』


 唐突に聞こえたエディ少将の声に、バードは思わず身を竦めた。

 来てしまったと割り切るしか無いのだが、それでもやはり嫌なモノは嫌だ。


『何処までやれば良いんだ?』

『構う事無く完全に焼き払って良い』

『了解した。生身は?』

『戦闘用レプリがいると面倒だ。すまんが』

『みなまで言わなくともわかる。了解した』


 テッド隊長が確認しエディ少将は遠慮無くやれという指示を出した。つまり、ここでもレプリやその生産関係者は皆殺しだ。例外は許されない。


『さて……』


 テッド隊長の思考が続く中、工場の内部からは続々と全裸のレプリが運び出されていた。まだ育成途中と見えるその個体は、男女問わず不思議そうな表情で地上を歩いていた。そんな集団をエアボーンで降りて来た海兵隊が次々と射殺している。白い血が飛び散り、凄惨な光景が続いている。概念としての『死』を理解出来ないレプリカントは次々と物言わぬ肉界へと変わっていくのだが……


『バード、ロック、ライアン、ダニー、ペイトン、リーナー、ジョンソン。今すぐ工場内へ突入し、面倒が無いようにしておけ。残りは上空から工場を空襲する。周辺を炎で囲んで逃げられないようにしろ。繰り返すが、面倒を残すな。良いな!』


 突入チームが機外で戦闘装備を調えている間、空襲チームは再び離陸して工場周辺を焼き払い始めた。工場から市街地へレプリを逃がさない為だ。リヒートの尾を引いて離陸していく各機を横目に眺めつつ、バードは野戦装備を調えた。出来るモンなら自分が空中側をやりたかった。そうすれば余り罪の意識を感じずに済む。そんな甘い思惑があったのだが……


「バーディ」


 不意に甘い声が聞こえた。

 振り返るとロックが戦闘装備を終えて立っていた。


「余り気負うなよ」

「……うん」


 力無く笑ったバードも戦闘装備を調えた。割と打撃力を重視した装備であったが、やはり主兵装はYeakを選択する。


「バーディー! 準備良いか!」

「OK! いつでも」


 突入班長のジョンソンが確認しバードは乗り気せず工場突入を開始。周辺ではBチームシェルによる空中からの攻撃が続いていた。


「こりゃひでぇな」

「あぁ、一匹たりとも逃がさねぇって感じだ」


 ライアンがボヤキ、それにペイトンが相槌を打つ。ちょっと酷い戦闘だと思いつつも、ここでレプリを逃がすと後が面倒なのは言うまでも無い事だった。


「あんまり歓迎しない自体だけど、やる事やっておかないとね」

「まったくだ。後ろでいきなり爆弾テロは勘弁してくれ。俺の面倒が増える」


 バードも愚痴をこぼしダニーも相槌を打つ。テロを起こす奴が最初から居なければ良い。結局はそれに尽きるのだろう。攻勢的防御と言う事だ。


 工場の中からは、続々と未完成レプリの入ったドーリ―が出てくるのだが、それを次々と破壊しつつ、突入チームは工場の中へ入った。そしてバードの視界に飛び込んでくる圧倒的な光景。自動車の流れ作業よろしく、垂直型シリンダーの中で育成されるレプリ達。人工羊水に浮く彼らは酸素マスクを口へとあて、夢を見ていた。


「……ネクサスベースの改良型」


 シリンダに張られている仕様書にはそう書いてある。つまり、国際条約で禁止と取り決められているレプリカントの違法改造だ。


「バーディー。これ全部レプリか?」


 念のために確かめると言った風なジョンソンの声が工場内に響く。元はロケット工場なだけ有って、建物の中は大きく広くゆったりと作ってある。


「目を見てないし血中成分反応を確かめられないから確証は無いけど、多分……」

「そうか。まぁ、チーノのやる事だ。間違いないだろうな」


 そんな風にぼやいたジョンソンは、ずらりと並んだシリンダを銃で撃った。激しい音共にシリンダが壊れ、未完成体なレプリが人工羊水と一緒に流れ出た。そのレプリをジョンソンが銃のバッドストックで激しく突く。頭蓋を粉砕すると白い血が飛び散り、脳液までもが白かった。


「恐らくまともな身体から脳移植するつもりだったんだろうな」


 医者的見地からダニーがそう呟く。教育の進んでいない脳それ自体を外科的に見分ける方法は無い。ただ、そのレプリの脳は余りに小さく、そして大脳部分の発達が弱い。


「これってつまり、脳移植ベースとして作られてるって事だな」


 ペイトンはそんな事を呟いた。つまり、ここに居並ぶレプリは喰われる為に産まれてくる家畜と一緒……


「ひでぇ事しやがるな……」


 ボソリと呟いたロックは銃の電源を確かめた。そして、レプリの入っているシリンダを手前から順に銃で撃ち始めた。次々と強化ガラスのシリンダが破壊され、レプリが外へと滑り出てくる。そのレプリを一体ずつ確実に射殺していくロック。何事かをブツブツと呟いているのだが、誰もそれを聴き取れない。


「おぃロック。さっきからなにブツブツ言ってんだ?」


 怪訝な顔のライアンがロックへ声を掛けた。


「東洋宗教の経文だよ」

「へぇ ロックは博学だな」

「オヤジに習ったのさ。もともと、人を殺す商売してたからな。うちの家系は」

「それ、今度どんな意味だか教えてくれ」

「あぁ」


 なんとなく真面目な顔をしていたロックが少し笑って、そして作業を再開した。次々とシリンダを破壊しながら歩いて行く。そして呟き続けている。


「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時……


 そんな中、バードは独り工場の中を探索していた。どっかに作業管理者が居る筈だと思ったのだった。もしそいつがレプリだったらバードしか見抜けない。工場にいる人間全員を処分するのは既定路線だが、レプリかどうかは判定しておきたい。レプリボディの不正利用と言う事で告発出来るからだ。


「バーディー! どこに居る?」


 ジョンソンがバードを探す。


「現在工場4階の事務室。完全にもぬけの空。集中管理室を発見したから爆破した方が良いかも」

「そうだな。リーナー。面倒だけど吹っ飛ばしてくれ」

「あいよ! おやすいご用だ!」


 リーナーはシリンダを破壊する作業を止め、立ち去って爆破しに向かった。それを見送りつつ、ロックとライアンが次々とシリンダを破壊している。その後ろを歩きながら、ペイトンとダニーが一体ずつ確実にレプリの頭部を破壊していた。


「こりゃ……後味の悪い仕事だな」

「でも、バーディーは火星でレプリの胎児を撃ち殺したらしいぜ」

「……そりゃ気を病むのも仕方ねぇな」


 ペイトンとダニーがブツブツとぼやく。シリンダから流れ出たレプリの頭を至近距離から銃で撃つと、一瞬びくりと震えて痙攣を始め、やがてそれが治まって死を迎えているようだった。


「次は人間に産まれると良いな」

「だけど、人間に産まれても人間辞める奴だって居るぜ?」

「俺たちとか?」


 思わず顔を見合わせて失笑したライアンとロック。歓迎せざるると言った風な会話をする中、ジョンソンはバードと同じく工場内部の探索を始めた。どこかに重要人物が隠れている奴がいるかもしれない。そんな読みだった。工場内各部の小部屋をシラミ潰しに調べ、階段を上がり事務所エリアに入った時、部屋の奥の方から酷い中国語訛りな英語が聞こえた。何と無くピンと来たジョンソンが部屋へと入った時、バードは幾人かの中国政府高官へ銃を向けているところだった。


「これは政府の公式な要望だ! どうか工場の破壊を中止してくれ! 頼む!」

「なぜ? レプリの密造は国際条約で禁止されている事ですよ?」

「それは重々承知している。だが、我々にはこれが必要なんだ!」

「人も住めない環境になるまでしたのはあなた達の自業自得では?」

「だから必要なんだ! 我々だって死にたくない!」

「随分と勝手な言い分ですが、現場の判断で中止すれば私は責任を取らねばいけません」

「もちろんただでとは言わない!」


 その政府高官は金庫を開けて見せた。大量のドル紙幣がそこにあった。少なく見積もっても百億ドルは下らない金額だろう。小さな国では国家予算に掃討する規模だ。


「ここにある現金は足がつかないものだ」

「よくもまぁ溜め込んだものですね」

「これを皆で分けてくれ。足りなければ今すぐ追加を用意する」


 バードは一瞬黙ってしまった。バカにするのも良い加減にしろ!と、そんな激情が湧き上がったのだった。金で買収されて手を緩める士官がどこに居るんだ?と。そう叫びたかった。ただ、あまり無様は晒したく無い。人間、あそこまで落ちぶれたくは無いものだ。だって自分は人間だから。機械じゃ無いのだから。そんな矜持がバードを支えていた。


「どうするバーディー。こんだけあれば南の島で優雅にバカンス出来るぜ?」


 いきなり素っ頓狂な事をジョンソンが言い出した。なにいってるの? と苦笑いを浮かべたバードだが、ジョンソンもニヤニヤしっぱなしだった。


「例えばこうだ。ここでこいつらを全部ブチ殺して、それからこれを全部いただいて帰る」

「あぁ、なるほど。さすがブリテン人は違うわね」

「だろ?」

「国王直筆で私掠許可証を出した国営海賊の国だものね!」

「そこかよ!」


 ふたりして声を出して笑ったジョンソンとバード。

 わずかな望みを持っていたらしい中国政府の高官は交渉決裂を悟ったらしい。


「ならば仕方が無い。穏便な話しはここまでだ」


 現場責任者である高官は突然バードへ銃を向けた。そのシルエットに見覚えのあったバードは考える前に高官の手首を撃ち抜く。高圧でアークを放つテーザー銃と呼ばれる電撃兵器だ。強靭なサイボーグだから死にはしないが、一時的に作動誤差が大きくなるのは避けられない。


「アィヤー!」


 抵抗が無駄と悟った高官は、いきなり事務所の奥へと走り出した。きっと秘密の脱出ルートで逃げ出すつもりだとバードは考えた。


「バーディー! 俺は出口へ向かう!」

「O,K!」


 ジョンソンは工場の外へ向けて走り出した。出口を塞ぐのは定石だ。ただ、どこへ出るのかわからない以上、かなり部の悪い賭けにも思える。つまり、ここでは追跡で捕縛するのが最善だろう。むしろ逃がす方が問題になるはずだ。アレコレと面倒を思い浮かべる前にバードは銃を抱えて走った。


 ――――さて、どこまで逃げてくれるのかしら


 一瞬だけ邪悪な笑みをバードは浮かべた。追跡を楽しいを思う様になったら危険だとは言われていたが、まさかこれほど楽しいとは思わなかった。まるで自分が猟犬にでもなったかのように、バードは狭い路地を走った。足音が響いてくるので、それを追跡するだけの簡単なものだった。


「さぁ何処まで逃げるのかしら? はやくお逃げなさい。さもないと狼がやって来ますよ。血に餓えた真っ黒い狼が涎を垂らして。飢えた牙の餌食になりたくないなら、さぁ、はやく、お逃げなさい。もっと遠くへ。もっと遠くへ」


 大きな声で叫びながらバードは走った。狼のように吼えながら、狭い路地を駆け抜ける。その時、バードの脳裏には狼の姿が浮かび上がっていた。暗闇の中を疾走する、真っ黒い狼。


「アォーーーーーン」


 本物の狼のように吼えるバード。狼など実物を見たことは一度もない。だが、バードは本能に任せて吼えていた。まるでそれを知っていたかのようにしながら…… だが、ふと政府高官の足音が消え、バードは難なく追いついてしまった。そこは静まり返った小部屋だった。少し薄暗くて静謐で、そして、聞き覚えのある危機の作動音が静かに響く部屋。そこは火星のタイレル主工場にあった、レプリ胎児の育苗室と同じ場所だった。


「このレプリの胚は人間そのものだ! 新しい中国人民の胎児だ! これですら殺すのか!」


 ひどく興奮している高官は半ば絶叫していた。球体シリンダの中で指を咥え夢見る胎児が僅かに動く。だが、バードは一切迷わなかった。黙って銃を構え、胎児の入った人工子宮をフルオートで掃射した。


「仮に人間であったなら、後で私が責任を取れば済む事です」


 言葉を失った高官がその場に膝をついた。きっと最後の望みだったのだろうとバードは思う。ふと目を落とすと、頭蓋を完全に粉砕したレプリの胎児が痙攣していた。割り切ったはずなのに、バードの心が僅かに震えた。


 ――――仕方が無いんだ……


 慈悲の心でとどめを入れたバード。小さな身体に11ミリの弾丸を受け、白い血を撒き散らして動かなくなった。


「悪魔の手先め!」

「あら、善人を気取るほど清廉潔白とは思えませんが?」

「生まれる前の胎児を殺すことに罪の意識は無いのか!」

「ここで見逃して爆弾テロでもされる方がよほど困りますが、なにか?」


 バードは遠慮することなく球体シリンダの中身ごと銃で撃ち抜き始めた。かなりの数ではあるが、それほど手間がかかるわけでも無い。呆然と見ている中国人を他所に、バードはほぼ全ての球体シリンダを破壊し切った。あとは数える程しか残っていないのだが……


『バードより隊長へ』

『どうしたバーディー』

『レプリ胎児を育成する施設を発見しました。中身はほぼ全部処分しました』


 一瞬、無線の中が静かになった。あっけに取られている。または、どう声をかけていいか迷っている。ふと、バードはそんな風に思った。


『辛いな』


 最初に声を掛けたのはジャクソンだった。


『もう慣れたよ』


 精一杯の強がりを言って、そしてバードは無線の中で笑った。それを理解しない者などいない。でも、誰が代われるものでもない……


『バーディ。今からそこへ行く。間抜を逃がさないでくれ』


 ロックの声が無線に流れ、バードは一瞬だけ薄く笑った。沈黙したまま次々と球体シリンダを打ち抜く姿を見ていた中国政府高官は、もはやこれまでと諦めた様だった。


 だがその時、予期せぬ音が部屋の中に響いた。崩れ落ちた球体シリンダの残骸の中に、死に切っていない胎児が居たのだった。精一杯大きな声で泣き出したその胎児は、白い血を吐き出して咳き込みながら泣き声をあげた。


 ――――なんで?


 一瞬、バードは完全に虚を突かれてしまった。油断していた精神の一番弱い部分に、その泣き声が突き刺さった。理屈では無く生物の本能として。何処まで行っても拭いきれない母性本能の結果として。バードはその胎児をジッと見てしまった。

 心のどこかで『絶対に見るな!』と解っていたはずなのだ。だが、バードの目はその子から引きはがせなかった。そして、その鳴き声を聞いた瞬間、バードは銃を捨ててヘルメット越しに耳を手で押さえてしまった。それは、PTSDから来る強い忌諱行動だった。


 ――――もう嫌だ!


 士官としての建前や使命感の全てを飛び越し、ひとりの人間の本音として、バードは嘘偽りなくそう思った。だがそれは、最も悪手だったことをバードは直後に思い知る。部屋の片隅にあった小さな扉が突然開き、部屋の中に一個小隊ほどの中国軍突撃兵がやって来た。そして、バードを見るやいなや、遠慮無く集中砲火を浴びせた。装甲服を着てはいたのだが、装甲越しに大口径機関砲の銃弾を浴びれば打撃力で吹き飛ばされる事は避けられない。部屋の床へ転がってしまうも反射神経だけで飛び起きようとした瞬間、ヘルメット部分に強烈な直撃を受け昏倒してしまった。

 判然としない意識の中、視界の中にダミーモード移行警告が浮かび上がる。一瞬だけバードはそれに身を任せる事を考えた。だが、自分が機械である事を認めたくないと言う意地だけでそれを拒否。ムキになって立とうとした瞬間、胸部に強烈な打撃力を感じで部屋の壁まで吹っ飛ばされ叩き付けられた。


 ――――え?


 視界の中に見えたのは人民解放軍の使う30ミリ対物狙撃ライフルだった。個人携帯レベルとしては世界最大級の火器だが、それを至近距離から受ければ主力戦車と言えど手痛い一撃を被る事になる。そして、サイボーグの場合は攻撃対象が()()()()()()ため、貫通してしまうのだった。

 ただ、その貫通した場所は身体の制御を司るサブコンの搭載された場所。しかもそのすぐ下には有機転換リアクターがある。ある意味で一番重要な部分で一番基礎装甲が厚い場所だが、30ミリともなると豆腐のように貫通してしまったようだ。ダミーモードに移行する直前だったがサブコンは機能を停止し、ダミーモードが起動しなくなる。


 ――――まずい……


 だが、もうどうする事も出来ない。サブコンが停止した以上、身体制御はサブコンの隷下にある各パーツ単位を制御するチップの自立駆動でしか無い。歩く事や喋る事は出来ても戦闘は無理だ。つまり、完全に手詰まり。リアクター制御が出来ないのだから自爆も出来ないし、サブコンが勝手に自爆モードへ突入する機能も失われている。


 ――――捕虜かな……


 それを期待するだけ無駄というモノだろう。一瞬だけ心のどこかでバードは『サイボーグで良かった』とすら思った。少なくとも、裸に剥かれて慰み者にされる屈辱を味わう事は無いだろう。部屋に突入してきた中国兵は黙ってバードを取り囲んでいる。ヘルメット越しに炯々と目を光らせ敵意を向けるバードだが、戦闘は難しい状況だった。


『@*+=~&%#+$&@:+#$~~-=%&*+@』


 不意にリーダー格と思しき男が口を開いた。襟章がよく見えないが、無駄な飾りが多いと言う事は士官だろうと察しが付く。ただ、中国語を理解出来ないバードでは、その話の中身を理解出来ない。


『**+&%$#+@*+?』


 語尾が上がったのだけはわかった。つまり疑問形だろう。自分の処遇の話をしているのは間違いない。そして、どこか下卑た笑いを浮かべているのだから、余り良い事じゃない。

 自爆すら出来ない自分だと気が付いてバードは嘆いた。だが、それもこれも全て自己責任。迷っても悩んでも、全ては結果論でしかなく、ここでは極めつけのピンチと言うことだ。


『#$#$#%#&#&%+*@##@*+=~~&%+@#$%&』


 再び何事かの指示が出たようだ。バードを取り囲んでいた兵士たちが離れて行き、何処からかレプリ用のドーリーを用意してきて蓋を開けた。つまり……


 ――――戦利品で運び出されるのね……


 完全にモノ扱いされている事がやたらに悔しいのだが、今はそれどころではない。そもそも宇宙軍のサイボーグは機密の塊だ。中国軍に引き渡される位なら、何とか抵抗を試みるべきだ。

 ふと、そんな結論に達したバード。あとは手段だ。生き残るのではなく、完全に破壊されるのが望ましい。両手両足が何とか動くのだから立てるはずだ。立ちさえすれば銃を構えて、後は撃たれればいい。

 よし、それでいこうと決めたとき、肝心の銃がかなり向こうに有るのに気がつく。手を伸ばしても届かない距離。ならば這いずってでもそこへ行くまでだ。幸いにして周りに兵士は居ない。バードは行動を開始する。だが、その動きはその動きはいつもとは程遠い。まさに芋虫が這いずるが如しだ。


「その状態でも戦闘を継続しようとするのか。大したもんだな。さすがAIだけのことはあるな」


 一瞬、カチンと来てその言葉を吐いた中国政府の高官を睨みつけた。だが、結局はそれ以上のことができない。故にバードは怒るより行動を優先した。なんとか動かないと。なんとか銃をとって……

 だが、あと少しと言うところでその中国人が銃を遠くへ蹴り飛ばした。イラっとするも、それ以上のことはできない。だが、バードの頭は今にも沸騰しそうだ。


「君の努力は素晴らしいが、あまり時間が無いのでね。すまないけど失礼するよ」


 背後からそんな声が聞こえたバードはヘルメットの背面カメラ画像を見た。そこには大型のハンマーを振りかざす兵士の姿があった。


「AI部分以外は我が祖国の化学的発展のために、サンプルとして有効活用させてもらう。もし君がここで投降するなら、その積み重なったAIも活用させてもらうがどうするかね?」


 ヘルメット越しでもあれを喰らえば動けなくなるのが目に見えている。


 ――――そうか、ここまでか……


 バードの顔に諦観の色が浮かぶ。ヘルメット越しだから誰にも見えないはずだ。ただ、バードと交渉を続けていた中国人の男だけがバードの心境を理解したらしい。


「人生諦めが肝心だ。うまく諦められれば後を引かずに済む」


 勝ち誇った様な言葉がバードの耳に届く。ヘルメットの中、バードは目をつぶった。


 ――――ここで終わりか…… ロック ごめん……


 そう覚悟を決めた時だった。


「バーディ!」


 部屋の中に響いたロックの叫び声が、全ての者の動きを止めた。その一瞬の間ですらも、ロックにしてみれば日がな一日と同じ意味だった。部屋に突入してきたロックは一瞬の間に中国兵五十人を一気に惨殺した。その動きは目にも留まらぬ早業で、勝ち誇って暢気にたばこなど吸っていた現場責任者まで斬り殺しバードを抱え上げた。


「バーディ! バーディ! 大丈夫か!」


 バードの被っていたヘルメットをそっと取り外したロック。だが、バードは余りの恥ずかしさに目を閉じてしまった。表情を変える所まで機能的に追いつかない。ただただ、とにかく恥ずかしかった。


「間に合ってよかった」


 力いっぱいにバードを抱きしめたロック。バードはその時、表現できない幸福感を感じていたのだった。

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