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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第7話 オペレーション・シルバービュレット
74/358

責任

 ――――月面 キャンプアームストロング

      バード少尉 自室

      地球標準時間 3月14日 0355





「――ッ!」


 全身を硬直させてバードは目を覚ました。完全に眠りの底に沈んでいたはずだ。だが、その意識はカタパルトに撃ち出された時のように現実へと帰ってきた。夢の中にレプリカントの赤子が現れたのだった。両肩を抱いてバードは震える。これほどまでに辛い思いをしたのは、ダミーモードで大暴れした夜以来だった。

 士官反省会を終え自室へ戻ったバードは、ベッドへ入ったあと2時間以上全く寝付けなかった。士官サロンでシャンパンをグラス5杯ほど飲んだというのに……だ。

 輸送機がジーナに収容された時も、ハンフリーへ帰ってメンテルームで右腕を修理した時も。月面基地へと戻ってきて、士官サロンでの反省会の最中でも。精神科医であるビルを含め皆がバードを労っていた。筆舌に尽くしがたい非道い任務だった。しかもそれは女性にとっては自己否定とも言える厳しい事だった。間違いなく酷い表情を浮かべていたはずで、ビルじゃなくとも皆がバードを労るほどだった。


 ――――だいじょうぶ!


 強がってずっと笑ったのだけど結局寝付けず、バードは独り酒場へと向かった。こんな時間に珍しいねと笑ったスターダストのマスターに頼んで、ロックやジャクソンが入れてあったボトルを飲み尽くしてきた。それでも飲み足りなくて、最後はハウスボトルを豪快に飲み尽くした。


『悪いこと言わないからその辺で止めときなよ』


 マスターの言葉に力なく笑ってバードは自室へと帰った。サイボーグだって脳が酔っ払えば足下も覚束なくなる。そんな事を初めて経験した。

 視界に浮かぶプロパティから自室へ自動帰還を選択してサブコンに身体を任せ、朦朧としていた意識を手放し部屋へと帰ったはずだった。ふと自室のエントランスで立っているのに気が付いて、そのままベッドへもう一度もぐりこんで倒れ込むようにして寝たはずだった。

 だが、アルコールによる睡魔は単なる気絶と同じだ。脳殻内部に入ったアルコール分を分離除去し脳液が澄み渡ってしまうと、バードは急速に酔いからさめ、嫌でも目を覚ますのだった。そして、耳の中にはあのレプリの幼児の泣き声が蘇る。ワーワーと泣く幼子の声はまるでバードを責め立てるようだ。


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 何故殺した


 赤子の泣き声と共に、そんな言葉が脳内に鳴り響く。


 ────本当に殺す必要があったのだろうか?


 レプリカントだって生まれた時は純粋無垢なはず。つまり、教育で変わってしまうはずだ。ならば悪意ある教育を施し、テロの実行犯に仕立て上げる側を排除するべきじゃないか?


 ――――レプリカントは人類のよき隣人なはず


 そして上位互換として機能する労働力なはず。一方的な理由で排除するのはやはり間違っている。きっと甘いと言われるだろう。腑抜けと言われるだろう。そんな確信をバードも持った。

 ただ、自らの信念として不殺を許されるような甘い組織で無いのだから、その確信は自分の胸に留め置くしかない。全ての人間とレプリカントが共存出来る時の為に、自分の手を汚すしかないのだとバードは考えた。耳の奥から聞こえてくる赤子の泣き声に、バードはただただ詫びるしか出来なかった。


 ────ごめんなさい


 ────ごめんなさい


 ────ごめんなさい 


 と。






 翌朝。

 やはり6時に目を覚ましたバードは無意識に時計を見た。視界へ常時表示されている時刻を最後に意識して読んだのは、確か午前5時を回った頃だったはずだ。寝不足はいかんともし難く、朦朧とした意識の中で食べた朝食はメニューすらよく覚えていなかった。

 

「大丈夫か? バード」

「俺が言えた義理じゃないが酷い顔してるぞ?」

「システムエラー出してないか?」


 朝食中にドリーやスミスが心配してくれる。ダニーは頻りにシステムエラーを気にしている。そんな仲間の心配が嬉しくもあり、そして、仲間に気を使わせる己を恥つつもあり。


「そりゃブスは普段から酷い顔だけどさぁ」

「そーじゃねぇって!」

「え? もしかしてブス以下?」


 自虐ジョークで力なく笑ったバードに皆が心配そうな表情を浮かべる。仲間に気を使わせるとか、士官失格だと自嘲するしかないのだが。

 睡眠不足で行動することには慣れている筈なのだが、どうにもこう柔らかいマットの上を歩いているかの様なフワフワとした浮遊感が気持ち悪かった。吐き気を覚えるのはきっと二日酔いだと思うことにした。サイボーグが二日酔いなどするわけ無いのだが、どうにもこの浮遊感が慣れなれないのだった。

 そのまま作戦検討室へ向かい、バードはBチームの仲間と共に作戦の進行状況についてブリーフィングを受けた。生身の士官も出席する中、薄暗い部屋ではエディが大型パネルに状況を表示させながら説明を続けていた。


「……つまり、次の段階は地球上における……レプリカントの密造施設を叩く」


 意識が断片的に切れている。つまり、瞬間的に寝ていると言うことだ。これじゃマズイなと思うものの、どうすることもできない。


「情報部の調査によりわかっているのは、現在時点で三箇所ある。うち、絶対確実なのが中国だ」


 中国の言葉にバードの隣にいたロックがウヘェとため息を漏らした。


「また中国だってよ」


 小声でぼやいたロックは隣に座るバードの異変に気が付いた。あろう事か。バードが居眠りをし掛けていたのだった。


「バーディー…… バーディー」

「あ、ゴメン」


 額に手を沿えバードは僅かに頭を振った。眠りかけた意識を覚醒させようと努力するのだが……


「寝てねぇんだろ」

「……うん」


 バードは素直な言葉で肯定した。沈痛な表情を浮かべて俯く姿だ。ロックはバードの内面がただ事ではないと気が付くのだが。


「夢の中にね、レプリの胎児が出てくるの」

「そりゃ…… つれぇな」

「うん」


 そんな話をしつつもバードはやや舟を漕いでいて、肩が触れ合うほどの距離に座るロックへもたれかかって意識を失い掛けている。ウォールームの最後尾付近に座る二人ゆえに、その姿を見ているものは居ない。ギリギリで身体を起こして意識を取り戻すバードの肩をロックが抱いた。


「良いから寝てろよ。俺が後でフォローする。エディの話しを録画しておく」


 耳元でロックはそう囁いた。だけど、バードはその言葉に首を振り、意地を張って目を覚ました。


「そこまでおんぶに抱っこは悪いよ」

「俺は頼ってくれた方が良いんだけどな」

「じゃぁ私が眠ったら、キスして起こしてくれる?」

「……直球ストレート来たな」


 どこか戦闘中のような緊張感溢れる表情でバードを見たロック。つくづくと表裏が無い不器用な人間性に兄と同じ臭いをバードは感じた。


「……その時はがんばるよ」


 膝の上に乗せられていたバードの手にロックは手を重ねた。


「俺も弱い人間でさ。誰かの為だと思ってないと気が続かないんだよ」

「気?」

「あぁ。やる気とか根気とか勇気とか」

「誰かの為って誰?」

「誰かの為だよ。その時時で違うけど、誰かの為、人の為。自分の為じゃなくて」


 ――――バードの為だ


 そう言い掛けてロックは言葉を飲み込んだ。なるべく優しく笑って見る事で、バードに思いを伝えたかった。声を嗄らして思いの丈を述べるより、簡単な仕草や行為や優しさの方が伝わる事もある。そんな淡い期待をロックは持っていた。

 だが、悲しいかな。バードの眼差しはいつもにも増して眠たげで、男性型よりも遥かに薄く華奢に見えるまぶたは、月面の弱々しい重力を補償する装置の影響に引っ張られ、今にも下のまぶたへ着地しそうであった。体幹部の制御が抜けつつあるのか、バードは僅かに左右へ揺れて、そしてロックの肩に頭をもたげた。ロックの臭覚センサーはバードの髪から漏れるシャンプーの香りを捕らえた。そして、ビックリしてバードは目を覚ます。


「……ごめん」

「良いから寝てろって。いざって時にフラフラしたら困るだろ」

「うん。だけど……」


 かなり恥かしそうな風にしたバード。ロックの心は戦況説明すら上の空でグッと来ていた。今にも押し倒しかねない状況ではあるが、フォローすると言った以上はそれも出来ない。


「さて、そろそろ諸君らも集中力が切れる頃だろう。コーヒーブレイクにする」


 エディ少将の声が部屋の中に響いた。参謀部の女性事務官が『10分後に再開』と声を掛けて歩いていて、その声を聞いたバードは深く溜息を吐いた。


「人が多いところに居る方が眠れるって変だね」

「そうか?」


 妙な会話で意思の疎通を図った二人。黙って微笑んで、そしてロックの肩を借りたバードが目を閉じている。僅かな時間だがぐっすりと眠れると良いな。ふとロックはそんな事を願うのだった。だが、そんな場所へ説明を終え休憩タイムに入ったエディがやって来た。どうやらズッと舟を漕いでいたバードに気付いていたらしい。不服そうな表情でロックとバードを見ている。まずいと思いつつも、ロックはバードを起さなかった。歯を食いしばり、グッとエディを見ているロック。きつい視線を絡み合わせ、眉間に皺を寄せて見つめ合っている。ある意味で睨みつけているとも言えるのだが……


「どうしたバーディー」


 エディは全部承知でバードを起こした。声に驚いてハッと目を覚ましたバードは、エディに叱責されている事に気が付く。


「すいません。眠れなかったもので」

「眠れなかった?」

「はい。実は……」


 バードは夢のあらましを告げた。黙って話を聞いていたエディだが、話を切るようにどこか遠くを見つめた。


「……バード」

「はい」

「責任から逃げるなと、そう言ったはずだぞ?」


 不思議そうな目でエディを見上げたバード。ロックは非常に不服そうな顔でエディを見上げていた。だが、エディは一切臆する事無くロックを見返した。


「俺たちは機械じゃ無いはずです。辛い時は辛いんですよ」


 ロックの沈痛な言葉にエディが目を細めた。再び眉間に皺を寄せ、ロックを睨み付けていた。


「ロック……」


 だが、その細い眼差しの奥にある瞳は笑っていた。


「お前はどこの世界へ行っても良い男だな」

「……はぁ?」

「いや……なに…… 独り言みたいなもんだ」


 フッと軽く笑ったエディはあごを摩りながら呟く。ジッとバードを見ているその眼差しは、まるで妹を見る兄の様でもあった。


「誰しも罪を犯して生きている。だから、その罪から逃げてはいけないんだ。ここで逃げたら逃げ続ける事に成るぞ。自分と戦え。自分に負けるな。バリーもそう言っただろう?」


 腕を組み静かに語りかけるエディの言葉は、まるで温かな湯の様にバードの心を温めた。寒い夜に入った風呂の温もりを、ふとバードは思い出す。


「辛く厳しい道のりだが、君にしか出来ない事があるんだ。その責務を他人に負わせるな。他人の辛さや悲しさを救済する事で君は救われるだろう」

「はい」


 沈痛そうな声でバードは返事をした。だけど言いたい事はわかっている。嫌と言うほどわかっている。逃げたってどこにも救いはないし、諦めて受け入れるしかないのだ。自分の望む形で生きられるなど幻想だとバードだってわかっているのだから。


「いずれ……全てが『あぁ、こういうことだったんだ』と理解し、納得出来る日が来るだろうさ。だからな。今は『わけがわからない』と涙を流しながらも無理してでも笑って『全てに理由があるんだ』と自分を納得させると良い。我々は走り続ける事を義務付けられた馬のようなものだ。辛さに負けて立ち止ってしまったら、もう一度歩き出す時には本当に辛くなる」


 エディは優しげに語り掛け、バードは僅かに頷く。だが、ロックはエディのその言葉に反発した。


「逃げ出さないなら、時には立ち止まったって良いじゃ無いですか」


 目に見えるほど憮然とした表情で口を尖らせていた。ロックはロックなりのやり方でバードを護ろうとしている。そんな姿に近くに居たチームメイトが優しい眼差しを向けていた。


「身体は息をしなくても良いけど、心は溜息を吐きたい時だってある筈です」


 怒りをかみ殺したような表情のロック。その顔をエディはジッと見つめ、そして、僅かに頷いてから優しく笑った。


「やっぱり良い男だな」

「話をそらさないで下さい」

「そらしてないさ。真っ直ぐで良い男だって言ってるんだ」

「な……」


 言葉を飲み込んだロック。

 エディは静かに笑っている。


「バーディーは何処に立つつもりだ?」

「え?」


 質問の真意をバードは掴めない。

 もちろん、ロックも混乱をきたした。

 だが、エディの謎掛け問答は続く。


「自分の立ち位置だよ。大人は、自分の立ち位置を自分で作るんだ。それを人に宛がってもらってるうちは子供ということだ。で、バーディーのそれは……ロックの腕の中か? それとも背中側か? すぐ隣にか?」


 やっとエディの真意を理解したバード。

 ロックはバードとエディを交互に見ていた。


「並んで立って、同じ物を見て同じように感じて、どんな困難も障害も一緒に乗り越えて、辛くても笑いあって支えあう。そんな……関係で有って欲しい。私の単なる願望で我侭かもしれないが、そう思うんだよ。実にお似合いなふたりだからな」


 エディはバーディーの手を取り、そしてその上にロックの手を重ねた。


「君たちが出会ったのは偶然じゃ無い。必然でも無い。もちろん、奇跡とかそんな陳腐なモノでも無い。最初から予定されていた事なんだ。全ては予定通りなんだよ。一枚のコインの表と裏だ。二人で一つの存在なんだ。常に支え合って欲しい」


 エディの言葉にバードは笑みを浮かべるものの、ロックは憮然としていた。そんなロックの姿にコケティッシュな笑みを浮かべたバード。ちょっと見上げるアングルのバードが上目遣いになっている。


「何か不満なの?」


 直球勝負がズバッと決まった。一番厳しいところへ踏み込まれたロックは体勢を立て直せない。やや崩れた状態のまま次の一撃を受ける体制になっているが、バードは黙ってロックを見上げている。


「……バーディーは俺が護る」

「ありがとう」

「だが、バーディーに護られるようじゃ俺はバーディーの守護者たり得ない」

「え? なんで? 私もODSTの隊員だよ?」


 そんな言葉に驚いたロック。

 バードはニコリと笑った。


「同じチームじゃない。私はロックの背中を護る役よ?」

「けどよぉ……」


 ロックは二の句をつけ損ねた。

 そんなロックをバードが楽しそうに見ている。


「あっ! ロックもしかして、私のこと信用してないでしょ?」

「そう言うわけじゃ無ぇけどよぉ」

「そりゃ私はまだ半人前だけどさ」

「そーじゃねーよ。ただ……」

「ただ?」

「格好付けさせろよな」


 気が付けば無意識に日本語で会話していたロックとバード。その会話をちゃんと理解出来るのはエディくらいだった。気がつけばすっかり眠気の抜けたバード。エディは満足そうに二人の会話を聞いている。


「あそこで見たレプリの子供を拾ってくれば良かった」

「なんで?」

「……あなたの子供を欲しかった。でも、いまの私には出来ない事だから」


 ロックは考える前にバーディーを力一杯抱き締めた。心の中に高まっていた感情を抑えきれなかった。


「おいおいロック!」

「まだ壊すなよ?」

「そーだぜ。作戦はアクティブなんだ」

「バーディーの代えはBチームにゃいねぇんだぜ?」


 あちこちからチームメンバーの冷やかしが飛んだ。

 だがバードも気にせずロックの背中に手を回した。


「ロックが私を支えてくれるなら、私はロックを支えたいの」

「あぁ。じゃぁそうしてくれ。俺は俺の命を差し出したって良い……」


 そんなふたりの会話を優しい眼差しで聞いていたエディが最後に呟く。


「ふたりとも忘れるなよ? ただ波に流される魚は死んだ魚だけだ。強い魚は流れに逆らって泳ぐ。自分がどこへ行くのかを決めるのは自分自身だ。それを決して忘れるな」


 ロックとバードの肩をポンと叩き、エディは元の場所へと戻っていた。再び部屋の中が静かになって、バードはスクリーンへと目を向けた。ただ、バードの手はロックの手を握っていた。


「眠かったら寝てて良いぜ。後でちゃんとフォローするから」

「うん。でも大丈夫。責任から逃げないから」


 少しだけ明るい顔になったバード。遠くで見ていたエディは僅かに微笑んでいた。

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