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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第7話 オペレーション・シルバービュレット
72/358


「よし! これで良い!」


 ロックの壮絶な一騎打ちを見届けたリーナーは爆破の準備を終え、バードたちに地上へ出る事を促した。

 それほど大きくない建物だが、爆薬の能力から言えば根こそぎ木っ端微塵というレベルだと皆が思う。そんな中、リーナーは嬉々としながら爆破手順を再確認し続けていた。建物の中心から破壊していって、内側へ崩れる手順だった。


「全員地上へ出てくれ。最後に俺が出る。出た時点で爆破するから」


 そんな声に背中を押され、バードは地上へと出た。ロックと一緒に。

 だか、皆が地上に上がった時。建物の周りにテッド隊長を含めた地上組の姿は無く言葉も無く、森の中から激しい銃声が鳴り響いていた。

 Cー26のブラスターサウンドに混じり火薬発射な銃の音が混じっている。明らかに銃撃戦の真っ最中だ。


「え? なんだそれ!」


 素っ頓狂な声を上げて驚いたライアンは、一番最初に腰を落として姿勢を低くし、銃を構えて森を見据えた。その周りにバードやペイトンも散開し銃を構える。

 まるでハリネズミの様になって周辺を軽快する面々の中、ペイトンは無線でテッド隊長を呼んだ。


『隊長!』

『ちょっと待て! 鉄火場だ!』


 ペイトンの声にテッド隊長が応じ、それとほぼ同じタイミングでバードの視界にバトルフィールドマップが浮かんだ。テッド隊長の転送した銃撃戦の戦況図だ。


『周辺部をODSTが囲んでいる。味方に撃たれないように気をつけろ!』


 テッド隊長がそう注意を喚起し、バード達は慎重に様子をうかがい始める。

 刹那、バードの背辺りに数発の銃弾が着弾した。小口径高速弾故、バードたちの着ている装甲服ならばあまり問題にはならないだろう。


「どうなってんだ?」


 ソードのグリップをしっかりと握りなおしたロックは森の中を睨み付けた。

 木々の隙間には濃い緑の戦闘服を着た兵士が幾人も見えた。


「この病院から退院した連中じゃ無いか?」


 ダニーがボソリと呟く。

 ややあって、森の奥から建物の側へ走って来る者の姿が見えた。

 バードが銃を構え狙いを定めた瞬間、その隙間を縫ってロックが飛び込んだ。


「あっ!」


 咄嗟に銃の狙いを外したバード。

 ロックは後ろを振り返る事無く飛び込んで行き、すれ違いザマに兵士を切り捨てた。真っ白い血が噴出し、痙攣しながらレプリが死んでいった。


「ロック! 危ないよ! もぉ!」

「わりぃわりぃ」


 ヘラヘラと笑うロックが左右を確認する。

 森の茂みからガサガサと断続的に音がし続けていた。


「バーディー、射撃はするな。同士討ちの危険性が高い」

「でも」

「ここは刃物でかたをつけよう」


 ロックに続いてライアンがナイフを抜いて森の中へ突入していった。

 フィールドマップをオーバーレイさせてやれば、森の中に誰が居るのか手に取るようにわかる。


「斬りあいだぜ? 気合入れろよ?」


 そんな言葉がライアンの口から漏れ出て、その直後にロックの篭った笑い声が聞こえた。


 ――――イカレてるなぁ……


 苦笑いしつつも数メートルの距離を取って後続に付いたバードは、ロックやペイトンに追い立てられたレプリの追跡を始めた。。

 つい先ほど地下でレプリの剣士から強烈な一撃を受け、右手の照準制御にひどくバラツキが出ている。その関係で銃を撃つのにはちょっと勇気がいる状況だ。だが、ここで怯むわけにはいかない。


 ――――追い込まなきゃ!


 森の中に浮かぶ移動体を追跡するバード。超音波を使っているジャクソンの情報をチーム全体が共有している状況だった。だが、ふとバードはこの状況を『面白い』と思ってしまった。森の中で鬼ごっこをしているようなものだ。まるで狼が群れで狩をするように、大きな輪を作って、その輪をだんだんと小さくして行く。当然、逃げ場を失ったレプリは狼狽するわけで、自棄になって突っ込んでくる者が現れ始めるのだった。


『そっちへ行ったぞロック』

『オーケー!』


 ジャクソンの声にロックが応え、そのままスレ違いザマにレプリの首を撥ねた。白い血が飛び散りレプリの身体が痙攣を起こしている。バトルフィールドに存在するレプリは残り7体。


 ――――いつの間にこんなに?


 走りつつも首を傾げたバード。だが、冷静に考えれば地下であの剣士と闘っている間しかない。つまり、その間に何処からか逃げ出したのだろう。


『リーナー! 構わず吹っ飛ばせ!』

『イエッサー! 隊長!』


 リーナーは無線操作の爆薬を発火させた。大音響が森の中に響き、建物は根こそぎ破壊され尽くした。

 その音に驚いたのか、森の中に潜んでいたレプリが驚いて足を止めていて、そこへ襲いかかったペイトンは一瞬の間にレプリの首を落としまくっている。森の中に逃げ込んだ残り7匹のレプリのうち4匹を片付けたペイトンは効率よくレプリの逃げ道を防いでいった。

 段々と包囲網が狭まっていって、最後の3匹が全て視界に収まるレベルになっている。ロックはそこへ飛び込んで一瞬の間に2匹を切り捨てた。最後の1匹は僅かな可能性に掛けたのか、僅かな隙間を突いて逃げ出した。そこにバードが襲いかかり、至近距離からヘッドショットをたたき込む。白い血をまき散らして最後のレプリが死んだ。


『ジャクソン。残りは居るか?』

『ちょっと待ってください』


 ジョンソンの左手が空中にかざされる。超音波を使った振動センサーで辺りを確かめたジャクソンが首を左右へ振る。


『恐らく全滅ですね。振動センサーの反応がありません』

『よし、上出来だステップ2へ遷る。ジョンソン! タクシー(輸送機)を呼べ』

『イエッサー! ボス(隊長)


 ジョンソンが通信している間、バードはレプリの死体を確かめはじめた。自分で撃った死体には眼球が残ってないのでロックの刎ねた首を検めるのだが、そのどれもがネクサス系に特有のバイナリーコードを持っていなかった。僅かに首を傾げつつ次々と確かめていくのだが、そのどれもがバイナリーを持っていない。


『隊長。このレプリ、全部もぐりです』

『もぐり?』

『えぇ。タイレルの工場で登録処理を受けていません』

『……って事は、シリウス製の可能性もあるな』


 その言葉にバードの背筋がゾクリと震えた。シリウスから送り込まれたレプリが地球生活圏まで入り込んでいる。こうなるとバードはそれがレプリかどうか判別出来ない。

 虹彩に書き込まれたバイナリーを読み取っているのだから、最初に登録を行わなかった以上、バードは確証を持ってレプリだけを排除する事が難しくなる。ふと空を見上げたバードは、上空にティルトローターを持つ近距離高速輸送機がやって来ていた事を知った。僅かに残った時間を使って、バードはレプリの死体を一箇所へ集めた。さっき見たロックのように死体を集めて尊厳を保ってやる。そんなバードの姿を、そのロックが見ていた。


「1時間ちょいなら上出来だな」


 輸送機に吸い込まれていくBチームの面々。最後に乗り込んだバードはヘルメットを取って窓の下を見ていた。森に囲まれたシリウス側の秘密基地跡がまだ燻っている。その脇にはレプリの死体が幾つも並んでいた。


「どうしたバーディー」


 出来る限り優しく声を掛けたロック。

 バードの顔には表情らしきモノが一切無かった。


「……ひどい戦闘だった」

「あぁ、そうだな」


 もう一度窓の下を見たバードは、僅かに震える声で呟いた。


「降下中、何回か我を忘れて舞い上がっちゃった。地上から撃たれた時には、視界いっぱいに両親の顔を思い浮かべたし。あの地下で斬り合った剣士に睨まれた時は、足が竦んで動かなかった。こんな事は初めて」


 そんなバードの独白を聞いていたドリーは、震えるバードの肩をポンと叩いた。


「スランプだな。バーディー」

「そうかな……」

「俺たちは人間だからメンタルに振り回される。機械じゃ無いからな」

「でも……」


 小さく溜息を吐いたバード。

 その肩をビルが抱いた。


「バーディーが見たそれは両親なんかじゃ無い。死神って奴だ。心の一番弱い所を突いてくるのさ。一番最悪のタイミングで現れて、一番心に響くものを見せるんだよ」

「死神?」

「そう。自棄になって全てがどうでも良くなった時、バーディーの見た両親の姿は悪魔に変わる。だから俺たちは記憶を封じられているのさ」


 バードはふと自分の両手を見た。

 グローブにはレプリの白い血が僅かに残っていた。


「森の中でレプリを追跡した時、何故かは判らないけど『楽しい』って感じたの。今までそんな事を思った事なんか無かったのに。今さらこんな事を言うのは変だけど、でも。でもね」


 バードの目が救いを求めるようにビルを見た。


「今回の作戦は降下の前からとにかく何かが変なのよ。感覚的なものだから言葉で説明出来ないけど」


 溜息を吐きながら窓の下を見ているバード。いつの間にか輸送機は高度を取ってヘラス海を横切り、オリンポスグラードの上空へ差し掛かりつつあった。


「バード」


 テッド隊長の声がバードの耳に飛び込んできた。

 泣きそうな表情で顔を上げた時、テッド隊長の表情は柔和な父親のようだった。


「それはお前が大人の扉を叩いている証拠だ」

「……そうなんですか?」


 マガジンに僅かずつ残った残弾を集め整理していたテッドは、自分の支度を終えてバードへと歩み寄った。


「まだ生まれる前の鳥は自分で卵の殻を割らなきゃいけない。自分の意思で一歩踏み出さないとダメなんだ。今、お前は初めて自分の意思で一歩まえへ踏み出そうとしている。誰かの意思でここへ送り込まれて、自分の意思とは関係なくえらい責任を負わされて、心に負担となる仕事をしているが、それはお前の意思じゃなかったはずだろ?」


 士官にあるまじき事だが、バード無言で頷いた。

 そんな振る舞いなど本来は許されないはずなのだが、バードは徹底的に素直だった。


「だけど、これから先、お前がお前の意思でここに居ようと思うなら、お前は自分の心を自分でなんとかしなきゃいけない。そして、どうやらそれが大人になるって言う事のようだ。俺やここにいる男たちの多くがそうだったように、お前も自分の力で一歩前に進まねば成らない。誰も助けてくれない環境では、自分で自分を助けるしかないんだ。それが大人のルールだ」


 テッド隊長の言葉はバードの心の中へスーッと溶けていった。なんとなく蟠っていた重い心が少し軽くなったように思うのだが、そこへジョンソンが言葉を添えた。


「多分バーディーも見たことあるんじゃないか? どんな問題でも全部他人のせいにして、自分は被害者だって喚く奴や、困難にぶち当たった時、誰かが助けてくれるまで自分からは動かない奴。そう言う無責任でいい加減な奴は結局最終的に自分の責任で死ぬ。自分から動かなきゃダメなんだよ。文句を言う前に自分から動け。不平不満ってやつは、やる事をやってる奴だけが言っていいんだ。やる事もやらずにグチグチ文句をいう奴は、いつまで経っても成長しねぇのさ。まぁ、好き好んで成長しねぇ奴もいるけどな」


 ふとバードは気が付いた。ある意味でテッド隊長の言葉以上にジョンソンの言葉を素直に聞いている自分がここにいる……と。テッド隊長が導き成長を促す父親であるとするなら、ジョンソンはいつも自分の数歩前を歩いていて、時々振り返っては自分の経験を語ってくれる兄だ。そして、その後ろを並んで歩く兄弟は……


「だけど、バーディーはいつもいつも土壇場で()()んだよな」


 ライアンはCー26の加速器を新品へ交換しながら呟いた。

 器機の交換を終え、組上げなおした銃を構えて、ジッとバードを見る。


「土壇場じゃ女の方が強いって言うが、最近ホントにそう思うぜ」

「そうかな?」

「そうだよ。自分じゃ感じねぇもんさ」


 精一杯強がって笑ったバード。

 だが、その姿を皆が『さみしそうだ』と感じていた。


「いずれにせよ、スランプを乗り越えるのは自分自身だ」

「うん……」

「ぬかるなよ」


 バードの頭をポンと叩いてドリーがエナジーリキッドの補給を始めた。戦闘はまだ続くのだから、早め早めに補給しておいた方が良い。ジャクソンは輸送機に積まれていたエナジーリキッドのアンプルを取り出し、バードに向かってポイと投げわたした。空中を舞った大サイズのアンプルを受け取ろうとしたバードは、空中キャッチをし損ねてアンプルを床へと落とす。


「あれ?」

「おいどうした!」


 メンバーが指をさして笑い出し、バードも恥ずかしそうに笑った。


「もう一回投げてみて」

「それっ!」


 バードの声に応えてアンプルを投げたジャクソンだが、バードはやはりアンプルを掴めない。それどころか、右手が全く違う場所で空を切った。


「……どうした?」


 ダニーが怪訝な顔をしている。ダニーだけでなく、皆が一斉に怪訝な表情を浮かべバードを見ている。そんな中、バードは床に落ちているアンプルを右手でつかむと、軽く空中へ放り投げてキャッチを試みた。掴めるには掴めるのだが、真上に向かって放り投げるのが難しい。


「さっきの施設の地下でロックが斬りあったレプリの一撃を右手で受けたんだけど、どうもその衝撃で腕がちゃんと動いてないみたい」


 右腕の作動プロパティを確認したバードは、上腕部の油圧シリンダーが正常に作動して無い事を確認した。ただ、油圧系統に異常が無いので、おそらくはシリンダ部のマウントか軸受けあたりにダメージが出ているのだと思うのだが。


「セルフチェックしたけど、駆動系は異常無いんだよなぁ」

「だましだまし使って、後はキャンプへ帰ってから修理した方が良いだろ」


 ダニーはバードの腕をつかんで作動を確かめる。腕の動作にロックを掛けたバードだが、ダニーが腕を動かすと、明らかにガタツキが出ていた。


「軸受けか関節部のバックラッシュ異常だな。隙間が広がりすぎてる。強烈な力がかかって破砕したか、それとも曲がってしまったかだ」

「うわ、面倒……」

「おいおい、生身の連中なら骨折で痛い思いしながら完治に3週間だぜ? 俺たちなら修理で30分だ。生身が可愛そうだよ」


 妙なジョークでダニーが笑いだし、それに釣られてバードも笑った。同じタイミングで輸送機がふわりと地面に着地し、鈍い衝撃がキャビンに伝わった。いつの間にかタイレルの工場へ着地していたらしく、重々しい音を立ててゲートハッチのランプが降り、火星の乾いた風が機内へ吹き込んできた。


「……また来ちゃったなぁ」

「なに言ってんだ、楽しい遊園地だ。懐かしいだろ?」


 皮肉めいたジョンソンの言葉だが、バードには楽しくすら有った。あれだけ嫌いだったクィーンズ(気取った)イングリッシュ(気障言葉)も訛りのようで楽しい。ペイトン辺りの南部訛りな英語に対して、嫌みったらしくネチネチ指摘するのすら楽しい。


「観覧車も無い遊園地だけどね」


 意地を張って言い返すバード。

 そんな姿にジョンソンがサムアップする。


「その意気だぜ」


 テッド隊長を先頭に輸送機を降りていくBチーム。タイレルの工場では各所でタイレル社員が蚤の引っ越しよろしく大量の荷物をドーリ―へ積んで移動の準備をしている。だが、その車列を海兵隊が止めていて、銃を持った兵士達がタイレルの社員を一人ずつチェックしていた。その集まりの中には背広姿なNSAのブレードランナーが混じっている。バードの目はその集まりの中にバナザードとレイチェルを見つけた。


「あぁ、そうか。社員に混じってレプリが逃げないようにしてるのか」


 だが、それに気が付いたバードはハッと驚いた目でテッド隊長を見た。

 目が合ったテッドは渋い表情だった。


「バーディー。言いたい事は解るが今は飲み込め。辛いだろうがな」

「もしかして……」

「あぁ。そうだ」


 テッド隊長に率いられたBチームは中央広場へとやって来た。初陣を飾った日。ここで主工場の出口に栓をしたのを思いだした。そして、そこではエディ少将が直接陣頭指揮を執っていた。


「そうだ! 育成カプセルは先に全部破壊しろ!」


 タイレルの社員が居なくなった主工場の中から続々と垂直型の育成カプセルが運び出され、まだ起動していないネクサスが抜き取られて広場に積み上げられつつ有った。傍目には死体にしか見えないのだが、未起動と言うだけで立派に生きているレプリカントだった。


「エディ」

「おぉ、ご苦労さん」


 顔を見合わせたテッド隊長とエディ少将は心底嫌そうな顔で肩を竦めた。


「焼かれて死ぬのは辛かろうな」

「悪魔の所行だが…… これも慈悲だ」


 その会話に皆は何を行うのか悟った。


「それは俺がやろう」


 ジョンソンが一歩踏み出した。

 銃を構えて動き出しつつあるレプリを一体ずつ射殺し始めた。


「……うそ」


 バードは口元を手で押さえ言葉を失った。このレプリ達は『まだ』罪を犯していない。だが、レプリ管理法に基づけば存在は許されない。オーナーの決まっていないレプリは一切の例外なく処分される運命だ。


「俺も手伝おう」


 一歩進み出たリーナーも無表情でレプリを射殺し始めた。カプセルから抜き取られたレプリは10分もすると動き出し始めるらしく、次々と目を開け辺りを確認し始める。彼らが目を開けて最初に見るモノは、自分に向けて銃を構えている海兵隊の兵士たちだ。余りに不条理で凄惨な光景に、バードは思わず目を背けた。


「……非道すぎる」

「だが、誰かがやらなきゃいけない事だ」

「え? なんで?」


 過去に記憶が無いほど厳しい表情を浮かべたテッドをバードは初めて見た。

 こんな表情を見た事は無いと、そう確信するほどに思い詰めた顔だった。


「これからここを艦砲射撃で焼き払う。その前に殺しておくんだよ」

「逃げないようにですか?」

「艦砲射撃から逃げられるわけが無い。だが……」


 言葉を飲み込んでから目を閉じたテッドの姿は、バードの理解の範疇を超えた。常に沈着冷静で岩のような威を備えている筈の静かな男だが、まるで恐怖に怯える少女のようだ。消えない悪夢でも振り払いたいように首を振る姿は、どこか痛々しくもある。


「昔々の話し。魔女裁判で一番残酷な殺し方は火炙りの刑だったそうだ。炎に焼かれて死ぬのはどんな事より苦しい。だからその前に、騎士は魔女の喉を切ったんだそうだ。慈悲の心でな」


 言葉を失ったテッド隊長の代理としてドリーはそうバードへ説明した。


「でも、それならカプセルから出さずに!」

「……先ほど工場の主電源を落とした。酸素供給が無くなったカプセルの中で溺死するのも苦しいと思わないか?」


 ドリーの顔にも苦悩の表情が浮いていた。


「着弾する艦砲の衝撃の中、偶然横転して助かったレプリはどうすると思う?」


 話を聞いていたバードも目を閉じて拳を握りしめた。

 余りに非道い所行だが、そこへジョンソンが声を掛けた。


「バーディー 向こうへ行って交通整理と紛れて逃げ出すレプリ探しを手伝え」



 その声に驚くバード。

 ジョンソンは続々とレプリを射殺し続けていた。


「俺の顔を忘れるな。俺を恨め。俺を恨んで、今度は人間に産まれてこい」


 次々と鋭い射撃音が響き、白い血をまき散らしてレプリが死んでいく。カプセルの中で施された知識教育により、レプリは死を理解しているはずだ。だが、ジョンソンは淡々と射殺し続けている。まるで家畜の屠殺だった。


「誰かがやらなきゃいけない。それは誰がやるんだ。それは騎士の役目だ。全てを背負って歩く騎士の役目だ。騎士は責任から逃げない。言い逃れもしない。無様に泣き喚いて同情を引こうともしない」


 起動したばかりのレプリは呆然とジョンソンを見上げていた。

 その目をしっかりと見たあと、ジョンソンは短く言い添えている。


「海兵隊のジョンソン大尉だ。忘れるな」


 鋭い銃声が響き、レプリは脳漿の全てをまき散らして即死した。Cー26のマガジンを取り替えて、更に射殺し続けている。同じようにリーナーも黙々と『作業』を続けていた。


「今までいろいろやって来たが、今回ばかりは……」

「あぁ、極めつけに後味の悪い作業だ。故郷(くに)のメシを思い出すよ」


 どんな時でも皮肉を言うジョンソンだが、故郷の食事と言う言葉にバードがハッと顔を上げた。


 ――――そうだ……


「隊長!」

「……なんだ」

「工場へ突入させてください」

「なぜ?」


 一度目を伏せたバードはきつく目を閉じてから静かに言った。


「……どこかに子供が居るはずです」


 バードの言葉にテッドだけで無くジョンソンもリーナーも、そして、育成カプセルからレプリを取り出す作業を手伝っていたBチーム全員が視線を一斉に向けた。皆が言葉を飲み込む中、エディは静かに首を振って笑った。


「バーディー。それは君がやらなくて良い」

「でも、必要な作業のはずです」

「もちろんだ。その作業は今マイクがやっている。だからやらなくて良いんだ」

「……マイク」


 いきなりマイクと言われバードが首を傾げた。


「ブルだよ」


 テッド隊長の助け船でバードも得心したようだが……


「だから君はやらなくて良い。ここを手伝え」


 エディは静かに首を振ってバードの意思を否定した。バードが言った言葉の意味を分からないわけでは無い。ただ、余りに気の重い作業を女にはやらせられない。男なりに気を使ったとも言えるのだが、バードは悲痛な表情で言う。


「機械から生み出される子だとしても、最期は母親の胸に……」

「バーディー。君はその重責に堪えられるか?」

「判りません」


 バードは素直に言った。

 正直、自身など無かった。


「でも、ここでレプリを殺しておくのが慈悲というなら……」


 グッと歯を食いしばったバードの口からギリリと鈍い音がした。


「私は、やっぱり女なんです」

「……わかった。わかった。行くといい。ただ、先に行っておくが……」


 急にグッと厳しい表情になったエディは、バードをまっすぐに見て言った。


「辛い仕事だが自分から口にしたことだぞ」

「はい」

「責任から逃げるなよ」

「はい。ここをお願いします」


 拳銃のマガジンを交換しながらバードは走った。工場の最奥にある特別な部屋へ。内部の配置は手に取るように解るのだから、迷う事は無い。廊下を走り角を曲がり階段を駆け上がって、そしてドアを開けた先、超クリーンルームの警告が掛かるカーテンを開けて一歩入ると、そこに並んでいた光景がバードの心の一番柔らかくて弱い部分へと突き刺さった。


 ――――ごめんね…… ごめんね……


 銃を握りしめて立ち尽くしたバードは、心の内で謝罪の言葉を繰り返していた。


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