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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第7話 オペレーション・シルバービュレット
71/358

狙い撃ち

~承前






 まだ空中を漂っているスミスはMGー5(マシンガン)を構えた。

 弾道的に安定しないのは百も承知だ。

 指をくわえて黙ってみているわけには行かない。


 銃弾の雨を降らせ制圧射撃を開始したのが、有効打にはほど遠い。

 地上にいたスナイパーは狼狽える事無く、冷静に狙いを定めて射撃し続けた。


『グオッ!』


 最初に聞こえたのはジャクソンの鈍い呻きだった。


『ジャック! 大丈夫か!』


 テッド隊長の声が無線にながれ、その直後にスミスの声が混じる。


『駄目だ! 的が小さすぎる!』

『最初にジャクソンつぶす腹だぜ! 狙ってやがった!』


 スナイパーの狙いに感づいたダニーは、手榴弾の安全ピンを抜いて地上へ投げ落とした。次々と対空射撃しているスナイパーに程近い所で炸裂した手榴弾か破片を撒き散らし、一瞬射撃が収まる。


『ジャクソン! 大丈夫?』


 バードはその一瞬にジャクソンへ声を掛けた。


『まだ何とか生きてるぜ!』

『機能的な損傷が出てるのか?』


 ダニーの質問に一瞬口ごもったジャクソン。

 振り返ったバードの視界に飛び込んで来たのは、右手に付いている親指以外の指を全部失ったジャクソンの姿だった。


『くそっ! スナイパーの手に指がねぇとか冗談にもなりゃしねぇ!』

『他に機能的損失はあるか!』


 ドリーが確認するのと同時進行でバードは一気に高度を下ろした。

 気圧の上昇率から再計算した結果、高度188メートルのデッドラインまで迷う事無く急降下し、ギリギリでパラシュートを広げた。

 そして左右両手でYeckを構え、一気にマガジン一個分を気前良くバラ撒いたのだが、どうもスナイパーは全力で隠れているようだ。


『SHIT!』


 バードの口から汚く罵る言葉が漏れる。

 パラシュートの制御も忘れて一気に降下しブレーキ無しで地上へ着地したが、途中から飛び降りたわけでは無い。足を破壊する事無く降りたのだから、後は細かい事を考えずにシリウススナイパーへ突っ込んでいく事を選択した。


 バードの位置からおよそ400メートルの向こう。

 シリウスのスナイパーは塹壕から身を乗り出してバードへ銃口を向ける。

 大幅に距離が有るのだがバードは間違いなく直撃弾を貰うと悟った。


 だが、ジャクソンが死ぬよりはマシだし、被っているヘルメットなら打撃力は貰うが貫通はしないはずだと気合いを入れる。


 その刹那、スナイパーと目が合った。

 向こうがニヤリと笑ったのが見えた。


 そして次の瞬間、バードの視界いっぱいに両親の顔が再び浮かび上がった。


 ――――こんな時に!


 それでも迷わずバードは突っ込んでいった。

 これが最良だと迷わずそう判断した。


『バーディー! 戻れ!』


 無線の中にジョンソンの絶叫が響いた。

 だがバードは止まらなかった。


『間に合う!』


 一言、そう叫んで拳銃をフルオート射撃しながら走る。

 シリウスのスナイパーが一瞬怯んだのが見えた。

 『勝った』とそう思った瞬間、ライフルの銃口が光った。


 ――――当たる!


 考える前にバードは身体を捻ってかわそうとした。

 胸の辺りに挿してあったスペアの通信器に直撃弾が当たって弾けた。


 僅かな衝撃を感じたが、立ち止まらずにそのままバードは走った。

 スナイパーは一度視線を切ってボルトを引いている。


 次弾を装填し再びライフルを構えた時、バードとスナイパーの距離は100メートルを切っていた。スナイパーが身を乗り出してライフルを構える。スコープ越しの眼球まで見える様な気がした。


 ――――今度はヤバい……


 だけど怯まずに走るしかない。

 頭以外なら即死は無いと判っている。


 的が安定したのでいくつか弾丸が命中したのが見える。

 だがスナイパーは斃れない。


 拳銃弾とは言え、直撃を貰えば痛い!じゃ済まないはずなのだが。


 その刹那、スナイパーがニヤリと笑った。

 バードの背筋にぞくりと冷や汗が流れた。


 構わず撃っている拳銃弾がスナイパーの胸部に当たり血が流れた。

 その血は銀色だった。


 ――――え?


 突然スナイパーの頭部が熟れたザクロのように弾けた。

 真横から銃弾が当たったらしく、右方向へ血と肉と骨片をまき散らし斃れた。

 理想的なヘッドショットだった。


『バーディー! 貸しだからね!』


 無線の中にホーリーの声が流れた。

 低速で軟弾頭な炸裂系の銃弾を使い、2000をはるかに超える距離から命中させたホーリーの腕に驚くバード。森の中へ眼を走らせると、その視界に味方の位置を示すインジケーターが浮かんだ。

 森の中の木々の隙間を縫って放たれた銃弾が命中したのだと気が付いて、そしてホーリーの尋常ならざる技量にもう一度驚く。


『後で一杯おごるから』

『いっぱいだよ!』

『オーケー!』


 足を止めて周辺警戒に移ったバードは、着地して応急救護を受けるジャクソンを見た。右手の手首から先が無残な事になっていて、少なくともあの手では射撃を行う事は出来そうに無い。


『ペイトン、ライアン、ロック、リーナー、バーディー、建物に突入しろ。ちゃっちゃと片付けろ。ドリー、ジョンソン、ビル、俺と一緒に周辺を捜索。逃げ出す奴を始末しろ。掛かれ!』


 テッド隊長の指示が飛び全員が動き始めた。

 ダニーはジャクソンの手に応急処置を開始し、手持ちのパーツで何とか右手の代わりになる物をでっち上げる。

 引き金を引くような動きは出来ないが、半固定式のマジックハンドを取りつけ、銃を支える事位は出来るように仕上げた。


「これで良いぜ。左で撃つ」

「何とかなんだろ。俺が横について支援するぜ」

「わりーな」


 その処置が進む中、ジョンソンはスナイパーの潜んでいた塹壕を調べた

 塹壕周辺には死体が幾つもあるのだが、その一つはどう見ても不自然だ。


 思わず接近をためらったジョンソンは改めて死体を観察する。

 その死体は銃を抱えたまま、うつ伏せに倒れこんでいるのだ。


 塹壕に積み上げてあった土嚢をいくつか崩し、それを抱えたまま死体をひっくり反すと、案の定その下には手榴弾があった。慌てず騒がず土嚢を乗せ、その上に死体を乗せなおし離れると鈍い音を立てて手榴弾が炸裂した。


『どうした!』


 テッド隊長の声にジョンソンが応える。


『死体を使った古典的ブービートラップっすね』

『なんだよ。随分手の込んだ歓迎っぷりだな』


 呆れるような声を上げたドリーは、無線の中で『うーん』と唸った。

 ドリーがこうやって唸るのは珍しい。テッド隊長は怪訝そうに訊く。


『そっちはどうした?』

『実に陰湿な配置で撒かれた地雷原です。足の踏み場を計算して配置されてる』


 ジョンソンの声が本気でウンザリモードになった。


『地雷? そりゃまた随分と親切だな』


 国際条約で製造も販売も、そしてもちろん使用も禁止になって久しい対人地雷だが、未だに生産する国があるのは事実で、安価ながらかなり効果の見込める抑止兵器として流通しついる。

 その威力は折り紙付きで、強靭なサイボーグと言えど脚部構造を破壊すれば擱座は免れない。そして、戦闘不能なサイボーグが辿る運命は悲惨の一言だ。


『地雷は面倒無いようにしておけ』

『イエッサー』

『間違っても踏むなよ。後があるんだ』


 テッド隊長の声は心配ばかりだと皆が思う。

 だが、巨大な計画なのだから、チームを預かる責任者としては心配なんだろうとバードは思う。

 そして、そんな彼女を含めた突入チームは周辺を掃討している面々をよそに、着々と内部を蹂躙し続けている。


 前衛に刃物を持ったロックとペイトン。

 後衛はマシンピストルを構えるバードとライアン。


 一部屋ずつ確実に潰していくのだが、不思議なことに抵抗らしい抵抗は無い。

 また、レプリの姿もなかった。それどころか地上2階から4階までの各部屋は、一言で言えば『病院の病室』と呼べるような構造だ。バードが懐かしいと感じるほどに整っている状態で……だ。


 正直、拍子抜けだと感じているバードだが、地上部分の掃討を完了し地下へ入ったら様子が一変した。地下へ続く階段のところでロックが足を止めペイトンと顔を見合わせた。漆黒の闇から悪意ある殺意が立ち上って居るようだった。


 後衛についているバードやライアンですら肌が粟立つような殺気を感じていて、その殺気は理屈でどうこう説明出来るようなモノではなく、例えるなら大型肉食獣と対峙した時のような本能的恐怖感だった。


『なんか居るな』

『あぁ…… ぶっちゃけ会いたくねぇ系だな』


 ペイトンのボヤキにロックが答えた。

 だが、そのロックの声は期待感を漂わせる感があった。


『ちょっと待てよ。スタングレネード使おうぜ』

『その方が良さそうだね。赤外で見ると最低でも五人はいそうな感じ』


 ライアンの提案にバードがそう答え、ペイトンは闇の中へスタングレネードを投げ落とした。一瞬遅れて眩い閃光と大音響の炸裂音が轟き、直後に何かが動いた。


『FUCK!!』


 後衛に居たはずのライアンが何かに襲われた。テイクバックしてナイフで応戦したライアンは、相手を蹴り飛ばして距離を作ってから手にしていたカービンで撃ち殺した。白い血を流したレプリの死体が部屋の隅に転がった。


「大丈夫?」

「問題ねぇ」


 いきなり後衛に襲い掛かられ、僅かに腰が引けたバードは赤外で闇をにらむ。


 部屋の隅に何かが居るのが見える。

 割と温度のあるモノがいくつか固まっている。


『なんか居るね』

『めんどくせぇな!』


 いきなりロックは暗闇の中へ飛び込んで太刀を振るった。

 その手に帰ってきた手応えは金属だった。


『なんだ?』


 壁際にいたペイトンは偶然にも灯りのスイッチを見つけ出した。

 部屋の中にあったのは、タイレル社のレプリ用ドーリーケースだった。


 その中にはミイラ化したレプリが入っていて、ケースの中は干からびた白い血が付いていた。


「なにこれ」


 レプリのミイラを検めたバードは言葉を失った。

 どのレプリにも脳がないのだった。


 まるで頭頂部からすっぽりと脳を抜き取ったような痛々しい姿だ。

 今まで色々見たバードも、流石にこれは言葉を失うしかなかった。


『隊長! 脳無しのレプリボディを発見しました!』


 バードはまず最初に報告を入れた。

 次を判断するには荷が重すぎると思ったのだ。


『なんだ、間抜けなレプリでもいたのか?』

『いえ、臓器としての脳を失ったレプリです』

『……まだ脳の残るレプリはあるか?』

『現状では発見出来ません』


 一体ずつレプリを確かめたバードはハッと気がついた。

 初陣で降下した時、タイレルの工場で見たあのレプリだと。


 ケースに入っているレプリボディは五十体近くあり、その中にあの日見た女性型レプリがあったのだ。


「バーディー! ちょっとこっちこい!」


 いきなりロックに呼ばれたバードは隣の部屋に入って唖然としていた。

 まるで手術室のような設備があり、様々な機材が残されていた。


 壁の棚には様々な医薬品が並んでいるうえに、高度先進医療センターに比肩するような機材が置かれていた。

 ジャクソンの処置を終えその部屋にやってきたダニーは入るなり『そこらの大学病院なんかより機材が充実している』と言った。


「これ、つまりレプリの引っ越し道具だな」


 ペイトンはそんな事を呟きながらいくつか機材を確かめる。

 つい先ほどまで使っていましたと言わんばかりの状態で置かれている。

 使い込まれ丁寧に手入れがされている。


「あぁ、間違い無い。寿命の来たレプリボディを乗り換えて過ごす為のものだ」


 ダニーは壁際の薬品棚を確かめる。


「やっぱりそうだ。鎮痛系とか反応抑制系の薬剤が減っている。レプリの身体を使ってる人間がここに居たんだな」


 地下の二層を隅々まで家捜しした結果、抵抗してきたレプリは1体だけ。

 外で銃を構えたスナイパーも含めても2体だけだった。


『隊長。建物制圧を完了しました。ここはレプリの乗り換えセンターですね』

『わかった。全員一旦外へ出ろ。リーナーは爆破の準備だ。根こそぎ破壊しろ』


 一歩後ろで事態を見ていたリーナーが爆破の支度を始めるなか、バードは半ば干からびたレプリの身体を検めている。まぶたをナイフで切り取って眼球を覗き込むと、そこに書き込まれているバイナリーに驚いた。


「これさぁ。全部寿命ギリギリまで使ってるよ。製造日付ちょうど8年前だ」


 干からびたレプリを次々と確かめるバード。

 その姿を見ながらライアンは首をかしげた。


「って事は何か? タイレルの工場が造ってるレプリのうち、乗り換え前提でのオーダーメイドが山ほどあるって事か?」

「そう言うことだな。つまり、あの時、タイレルの工場でレプリが工場へ逃げ込んだのは、文字通り時間稼ぎ」


 そんな事を呟いたペイトンはドーリーを動かして、リーナーが爆破する準備を手伝っている。地下の基礎部へ爆薬をセットし、無線爆破のスタンバイを行う中、建物の何処かから足音が聞こえた。地下に居た五人が同時に身構えた時、建物内部の明かりがフッと消えた。

 真っ暗闇の中、視界を赤外併用に切り替えたバードは、目の前に熱を発する人型の物体を見つけた。レプリ反応は出ないが、こんな所に普通の人間がいるわけない。


『UnKNOWN!』


 無線の中でそう絶叫したバードは、考える前にテイクバックしてナイフを構えた。真っ暗闇で銃を撃つのは危険だからだ。至近距離ナイフファイトにそれほど抵抗の無いバードだが、視界に写るレプリを見て一瞬足が震えた。


 ――――嘘でしょ?


 赤外の視界に写るその男は、時代劇に出てくるような袴姿だった。

 そして、刃渡り1メートルを軽く越える日本刀(ロングソード)を装備していた。


 そしてそれ以上に驚いたのは、暗闇の中でその男はバードに微笑みかけた事だ。

 理屈ではなく直感として『眼が合った』と思ったバード。


 無意識にナイフを下へ振りおろし、ナイフの刃が一番厚い部分で斬り付けた。

 戦術とか云々以前に先手必勝を期さないとやられると直感した。


 だが、その男はバードのナイフをソードで受け、それだけでなく完璧な業を使って次の一手を封じた。そしてそのまま返す刀で逆袈裟に斬りあげた。

 ナイフの背にあるブレードストッパーで刃を受けたバードは、斬られこそしないものの、強烈な一撃をダイレクトに受けてしまった。

 そして、右肩部の油圧シリンダ軸受け部分にあるバックラッシュを噛み込み、バードの視界には作動に誤差が出ると警告が浮かんだ。


『うそっ!』


 思わず相手の身体を蹴り飛ばし距離をとるのだが、その貯金ですら一瞬で帳消しにされる鋭い踏み込みがバードを襲った。襲い掛かってきた男は他のメンバーに一切眼を向けず、正確にバードだけを的に掛けていた。まるでブレードランナーが誰だかわかっているかのように。


「ちょっと待てやコラァ!」


 真っ暗闇の中に一瞬何かが光った。バードの視界に黒い影が写る。

 熱を発さない関係で赤外では黒く写るモノ。それはサイボーグの後姿。


 バードと男の間にロックが割って入った。

 完全な暗闇の中、ロックはヘルメットを取って男と斬りあった。


「ふんっ!」


 刃と刃が激突し、まばゆい鉄火が闇を駆けた。

 赤外で見ているロックの太刀筋を男はどうやって見極めているのだろう?

 バードの脳裏に浮かんだ疑問は皆が共有していた。


「ロック!」

『話しかけんな!』


 真っ暗な闇の中、ロックと正体不明な男の斬りあいが続く。

 一歩また一歩と相手を圧していくロック。


『音だ! 音を聞いてるんだよ! こいつも俺も!』


 上段から最大加速で打ち込むロックの太刀を受け、正体不明の剣士は一瞬身体を沈めた。それは打ち込みの力に負けたのではなく、足の筋肉を使ってロックの激力を減衰したのだった。


 左右から遠慮なく太刀を走らせるロックの刃を全て受け防ぐ男。行き詰る攻防にバードは言葉を失い、音を立てないようにライアンとペイトンは沈黙を守った。


「やるじゃねーか!」


 ロックもまた歯を喰いしばって打ち込みを続ける。

 手首の柔らかさと打ち込んだ後の反しの速さはロックの太刀裁きの特徴だ。

 だが、それと同じかやや高い次元で正体不明の剣士が対応を続けている。


 もはやロック側に有利なのは太刀行きの速さと単純な馬力勝負しかない。

 だがそこに、もうひとつ大きなモノが潜んでいるのをロックも気付いていない。


 サイボーグは息を吸う事も止めて溜める事も必要ない。

 能動的ガス交換の為の呼吸を必要としないからだ。


 ただただ単純に次の一手を考えて連続攻撃を繰り出し続ける事が出来る。

 これがどれ程有利なことか。正体不明な男の苦しげな表情が物語っていた。


 ジリジリと後退したその男の背がドーリーケースに触れ、一瞬動きを止めた。

 その隙をロックは見逃さなかった。


 太刀の握りを柔らかく変え、今までとは違う角度で斜めに太刀を振り下ろす。

 その刃の走る速度は尋常ではなく、一瞬のうちに男の右腕を切り落とした。


「グアァ!」


 飲み込むような呻き声が室内に響き、その音に紛れロックは反す刀で左腕をも切り落とした。両腕を封じられた男は漆黒の闇の中、振り返って逃げ出す方向へ走り出しそうだった。

 その背へ向けてロックは袈裟懸けに太刀を振るった。背が大きく切り裂かれ、男はガクリと膝を突いた。


 ――――ロックの勝ち!


 そうバードは思ったのだが、レプリは振り返ってニヤリと笑う。

 口元から泡だった血が溢れ、思わず悲鳴を上げそうになったバードは奥歯をグッと噛んで悲鳴を飲み込んだ。自分の反応が随分女々しいと自嘲した。


「迷わず死ね」


 ロックは迷わず太刀を振り切った。

 男の首から上がポンと飛び、その断面から血が吹き出した。


他人(ひと)の女に手を出すからだ」


 小さな声でロックが呟いた。恐らく誰にも聞こえないレベルだとロックは思ったのだが、バードの耳にはしっかり入っていた。赤くなる事は無くともバードは言葉に詰まる。そんな中、ライアンが叫んだ。


「明かりだ! 明かり!」


 ペイトンが再びスイッチを弄る。

 だが、明かりは部屋を照らさなかった。


 リーナーが手持ちライトを天井へ貼り付け部屋を照らすと、たった今行われた壮絶な闘いを示すように、部屋中に返り血が飛び散っていた。ただそれは、人間を示す赤い血でもレプリを示す白い血でも無く、光沢のある銀色の血だった。


「……これって」


 言葉を失って血を確かめるバード。

 簡易スペクトル反応には銀が出てくる。


「レプリの血は酸化アルミニウムの酸化還元反応を使った酸素供給を行ってるはずだけど……」

「これは恐らくアルミじゃ無くて銀を使ってるな。普通の人間のように鉄を使った反応より優秀かもしれない」


 跳ねられた首を見ているロックが何事かをブツブツと言っている。

 それに気が付いたバードがそっと歩み寄った。


「……ありがとう」

「良いって事よ」

「今までで一番怖かった」

「大丈夫か?」

「平気よ」


 強がった笑みのバードだが、ロックはジッと斬り合った男を睨み付けている。


「どうしたの?」


 押し黙って男を見ているロックは僅かに首を振った。

 その様子に気が付いたのか、ライアンとペイトンもやって来た。


「ロック。どうした?」

「なんかあったのか?」


 手にしていたソードの血糊を振って払ったロックは、静かに鞘に収めてから男の首を持ち上げ、開いたままのまぶたを降ろして、そして身体の上に載せた。


「今までいろいろと斬ってきたが、過去最強レベルの剣士だった。次は勝てない気がする。正直に言うと、今回勝てたのは偶然だった。明るい場所で腰を据えて斬り合ったら……」


 ロックが手を合わせた。

 死体に向かって両手を合わせた。

 そして、ボソリと念仏を上げた。


「次は負ける。俺より強い」


 もう一度目を閉じて、静かに何事かを呟いている。

 何か経文のような呪詛のような言葉を静かに上げている。


 ふとバードは、その姿を美しいと思ったのだった。

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