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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 日常、或いは平穏な日々
69/358

ピンボール計画へ向けて

 ――――国連軍海兵隊 キャンプ・アームストロング

       地球標準時間 3月11日 1300





 キャンプアームストロングのウォードルーム(士官室)に集められた海兵隊第一遠征師団の全士官は、硬い表情でエディ少将の作戦説明を聞いていた。

 手元に配布された分厚い資料はEyes Only(持ち出し禁止)の文字があったのだが、サイボーグの場合は余り関係ない。見たモノをそのまま記録出来るし、後から見直せるのだからページを斜め読みしておけば問題ないのだった。


「さて、そろそろ諸君も飽きてきた頃だろう。話しを整理するから、頭の中を空っぽにしてもう一度聞いてくれ。なに、普段から空っぽだろうし、難しい事は要求してないつもりだ」


 妙なジョークに失笑が漏れたウォードルームの中、バードは席を一つ空けてロックと並び座っていた。ロックの隣へぴたりと並んで座るのはなんとなく気が引けるし、二つ開けるのは避けているようで申し訳無い。だから、ロックの方から寄ってきてくれるのが一番良いのだけど……と、バードは悶々としている。

 チラリと見たロックは真剣に書類を読んでいたのだが、真面目な顔で読みふけるその横顔にバードの胸がキュンとしている。しかし、周囲の士官が真面目に書類を読みつつ話を聞いている以上、余り気を散らすのもどうかと思うし、気にしていないフリをしていた。そのうちエディから『仕事が先だ』と叱られるのだろうけど、でも、バードとしては気になるのだから仕方が無い。


プラン(計画)名は『ピンボール』と名付けられた。みなも一度くらいは遊んでいるだろう。カフェやバーにあるアレだよ。我々海兵隊はピンボールの中で踊るボールさ。ただ、普通のボールじゃないぞ? キャノンボール(砲弾)と言う訳だ。地球近郊の各拠点を急襲し、まずは内太陽系のシリウス拠点を完全に根絶することにする」


 モニターに示された太陽系情報に目をやったバードは火星の情報に目を釘付けにしていた。かつて走り回ったタイレル社の火星工場やイリシウム島が映っていた。高度15キロから戦闘降下した火星の空を思い出し、ほんの少しだけセンチメンタルな気分になったのだけど……

 その横顔をチラリとロックは見た。物憂げな眼差しでモニターを見つめるバードの表情に、ロックの心がグッと来ている。きっとなにか嫌なことでも思い出しているんだろうと思いつつ、どう声を掛けて良いか悩んでしまう。むしろバードから声を掛けてくれた方が良いのだけど、それをしてくれないのだからロックも手詰まりだ。

 押しの一手で迫ってみてバードに拒否された場合、同じチームで修羅場を掻い潜るのに僅かでも気が引けたり腰が引けてしまうと、文字通り命に関わるかもしれない。バードの兄・太一に『俺が護る』と言い切った手前、後になって『出来ませんでした』は許されない。変なところで義理堅い性格と言うのは、自分でも面倒なもんだとロックは自嘲しているのだが。


「まず、エリシウム島の秘密拠点を急襲する。三時間以内に制圧を完了し、タイレル社工場に潜む連中をあぶり出す。もう一つ重要な事があって、制作中、および出荷待ちのレプリカントは全部焼き払う。そして工場もだ。一旦工場を終了させ、太陽系内に新規レプリのハンガーアウトを禁止する。これによりレプリに頼っている国が相当困るだろうが、現状の国連派国家では余り問題にならない」


 エディの説明に剣呑な言葉が混じる。海兵隊の上層部はやる気なんだとバードは感じた。あの中国で見た政府高官のように環境汚染に耐えかねてレプリ化する人間にはさぞ辛い仕打ちだろうと思案する。つまりそれは、中国を含めた反国連国家に対する遠まわしな嫌がらせだ。

 そんな事を思案していたら、エディの次の一言でバードは目を丸くするほど驚く。バードだけじゃなく、多くの者がエディの言葉に目を丸くして驚いていた。


「次に地球上における……シリウスシンパ国家を徹底的に撃滅する」


 シリウスシンパ国家と言えば……と、世情に疎いバードやロックですら考える必要すらない、かつては反米国家連合としてまとまっていた集団だ。現状ではロシアなどが抜けてはいるが、中国とその衛星国家と、南米地域の旧エクアドル地域を中心としたチャベス派の残党が残る地域だけだ。しかし、その多くが強い抵抗をしているのだから始末に悪い。


「言葉を濁しても意味が無いのでハッキリ言うが、地球上における戦闘は国家間の総力戦闘となる。つまりサードジェネレーション(第三世代戦争)ウォーを今の時代に再現すると言う事だ。随分と懐かしい響きなもので軍のお偉方な老人達はやる気満々と言う所だ。そのしわ寄せは我々若い世代に来ると言う事だが……」


 真面目な顔で平然と言い切ったエディの言葉に、会場のあちこちから失笑が漏れた。してやったりの表情なエディが会場をグルリと見回してぼやく。


「あぁ、私はもう若くないな。そこは言い直した方が良さそうだ」


 そこで再びドッと笑いが起きた。眠気も吹き飛ぶジョークだが、その笑い声に混じってバードは遂に声を掛けた。


「ねぇ、ロック」


 椅子一つ空いている先のロックを呼んだ。遠慮なく隣に座ってくれれば良いのに……と本気で思うバードは、ついに隣へ呼び寄せる選択肢を選んだ。お願いだから拒否しないでと、祈るような気持ちでだ。


「なに?」


 いつもなら『なんだよ』とか『あぁ?』とか、常時ちょっと不機嫌な感じな筈のロックだけど、この時は素直な言葉がスッと出た。間違いなく意識されていると思うのだが、バードにそれを確かめる勇気は無い。火線の敷かれた塹壕へ向けて『全速力で突入しろ!』と言われれば、迷わずやれる度胸はあるのだが。


「エディって何歳なの?」


 その問いを聞いたロックがやっと席を一つ移ってバードへ近寄る。内心では『やった!』と手を叩きたいのだが、バードは意識してポーカーフェイスを崩さないよう注意した。仕事の時間にも関わらず浮かれている女なんか絶対に良く思われないはず。ここでロックから呆れられると兄である太一にも悪い。下手な戦闘よりよほど慎重に振る舞わないと……。そんな事を一瞬の間に考えたバードだが。


「俺が知りたいくらいだよ。ただ、間違い無く隊長より随分上の筈だ。親子くらい違うはず」


 抑揚のない声でそう答えたロックをバードは横目でチラリと見た。その微妙な表情を見ながら『呼び寄せたらまずかったかな?』と思わずへこむ。バードの方に視線を一切向けず前を見ているロックその横顔をバードはジッと見てから、小さく溜息をついた。

 

「さて。地球戦線を片付けたらどうするか。ここから先が肝心なのだが――


 声を掛けられ喜び勇んで隣に座ったロックだが、下心だと思われるのを恐れてバード顔を見ることが出来なかったし、疑問に明確な回答を出せない己の無様さを呪いたくなった。そして、『頼りにならない甲斐性無しの駄目男』と呆れられた可能性を考えて不安に駆られる。不意に小さな溜息が聞こえた。『ヤバい……』とちら見したバードは、やや俯きぎみで沈んだ顔をしている。やはりホイホイと寄ったのは拙かったかと己の悪手を悔やんだ。

 眠たげな眼差しで書類を読む姿はどこかのオフィスレディのようだ。桜色のルージュを引いた唇に思わず見とれてしまうのだが、一瞬バードの顔が動き、ロックは慌てて目を逸らした。とてもじゃないがバードの顔を直接見るような度胸は無い。あの渋谷のビルで遭遇した恐ろしい位に手練れな剣士と素っ裸で斬り合う方が余程楽だと感じ、つくづく小心者だと自嘲するのだが……


 ――地球が片づき次第、次は金星に行ってもらう。諸君らも知っての通り、現状の金星はフローティングシティにより遮光幕を張っている真っ最中だ。金星表面の温度低下は著しいが、次の段階へ進むにはまだ早い。つまり」


 何気なく周りを見回したバード。気拙さに左右を確かめたロック。

 二人の視線は偶然に一致し、不意に目が合った。二人同時に『あっ……』と声を漏らした。


「……降りられるのは俺たちだけだ」


 厳しい表情で呟いたロックは、恐ろしく真面目な顔でバードを見た。余りに堅いその表情に、バードの胸が高鳴ってしまい、言葉を失ってロックの目を見つめてしまった。ある筈の無いバイナリを探してバードの目が泳いだ。


「上手く着地出来なかったら死ぬね」


 思い詰めた表情にも見えるバードの、桜色のルージュが引かれた唇は僅かに震えている。目は落ち着き無く泳ぎ、助けを求めているようにも見えた。それはつまり、どうしようも無い不安に駆られているのだとロックは思った。


「あぁ……死ぬな」


 資料を持っていたバードの手をロックがそっと握った。


「だけど、死ぬときゃ俺も一緒に死ぬさ」


 ――――いま確かに胸の中がドキッとした!


 驚きの表情を浮かべたバードに一瞬だけロックは怯んだ。


 ――――やっちまった!


 この一手は拙かったとロックは悟った。いきなり手を握ったのは悪手だった。間違いなく悪手だったはずだ。握手だけに……

 だが、当のバードは泣きそうな顔で笑った。


「良かった。独りぼっちは嫌だから」


 ひっそりとそう呟いたバード。ロックは少し安心した。


『作戦説明中に女を口説くとは良い度胸だ。ロック』


 いきなり無線の中にエディの声が聞こえ、その直後にBチーム全員の失笑が流れた。無線の中にジャクソンの指笛が響く。


『やっぱチームに女が居ると良いな』

『つか、朴念仁のロックが真正面から口説くと思わなかったぜ』

『俺が言えた義理じゃネーけど、お前ら仕事に集中しろ』


 最初にリーナーが呟き、直後にジョンソンがロックを茶化し、最後にジャクソンがお調子者らしく軽口で場を締めた。その僅か後、情報担当のアリョーシャが無線の中で呟いた。


『情報将校が必死で集めたネタを前におちゃらけてるンだから良い度胸だ。とりあえずジャクソンを締め上げるのは俺の役目だが――


 思わず『ウヘェ』と漏らしたジャクソン。

 いつもいつも締められる役目は大変だと変な所でバードは同情する。


 ――ここまでの資料をまとめる為に三人死んでる。もうちょっと真面目に話を聞いてくれ。死んだ人間の名誉の為にな』


 アリョーシャの言葉に驚きの表情を浮かべたバード。ロックもまた驚いて、そして、改めて資料の束を見直した。だが、ウォードルームの中の空気が微妙に変わったのをバードが気が付いた。僅かな間、エディが黙っていたのだ。無線の中で自分とロックを窘めたのを知っているのだから、ロックやバードは違和感が無い。しかし、生身にとってはサイボーグ同士が会話する無線をリアルタイムでワッチする事は難しい。つまり、聞き取れない以上、それは無い事と同義だった。


「あぁ、済まない。ちょっと無線が入っていた。まぁいい。話を続けるが」


 笑顔で部屋の中を見回したエディは、気を取り直したように説明を再開した。しかし、話を聞く士官達はエディの言葉を違う意味に取る。状況はより悪いほうへ変わったのだろうと。こんな時に言葉を止める時は、過去の経験上、大体が状況の悪化だと思って間違いないから。ジッとモニターを見つめるバードはロックの視線に気が付いた。


「ねぇロック」

「なに?」

「あんまり無茶しないでね」

「それは俺の台詞だ」


 笑みを浮かべてロックを見たバード。

 ロックは照れるように笑った後、資料の一部分を指さした。


「これ、絶対ヤバイと思うんだ」


 そこにはシリウス派によって事実上乗っ取られていると書かれたフローティングシティの一覧があった。それを眺めている時、エディの話の続きが聞こえた。


「フローティングシティの半分以上はシリウス系企業の勢力圏下に収まっていると思って良い。現実問題として――


 非常に厳しい表情で説明が続く中、バードの耳の中に見知らぬ少年の声が聞こえた。まだ幼い声だ。感覚的な直感で言えば、五歳とか六歳とか、そう言う年齢だ。


 ――――ボクハ キミガ スキ


 それが何であるか考える前に、バードはその言葉の本質を感じ取った。誰にも理解されない悩み。どんな言葉を並べても通じあえない心。精神の奥底にある本当の言葉。その全てを共有し共感し、そして、肩を寄せ合って震える事の出来る存在……


 ――シリウス系企業による金星乗っ取り計画と言って良い。大量のレプリカントが送り込まれ、着々と惑星改造が進んでいる。金星の地上では、我々が把握しているだけで30件以上の拠点構築が行われている。つまり、我々はその全てを破壊しつくし、再起が出来ない状況まで持って行かねばならない。太陽系の中からシリウス勢力を完全に一掃し、絶対安定圏を宣言する。太陽系の内部は安全だと宣言するのが目的だ」


 エディの説明が一旦終わり、各集団の隊長による質疑応答が始まった。だが、テッド隊長は沈黙を続けBチームもまた黙っていた。

 彼らBチームは間違いなく尖兵となる。一番厳しい場所へ優先的に送り込まれ、支援の禄に無い環境下で厳し戦闘を生き延び、次の戦線へ移動しなければならない。ふと、バードの目がAチームのホーリーを捕らえた。つい先日までオーストラリアの砂漠へ降下したばかりだった。ホーリーもまた厳しい戦闘を潜り抜けたヴェテランに育ちつつあった。バードの視線を感じたのか、ホーリーは振り返って視線の出し手を探す。視界にチカチカと赤外線の瞬きを感じ、受信モードへ切り替えたホーリー。


【ヤバい空気ね】

【バーディーもそう思う?】

【もちろん】

【今回は相当酷い事になりそうな気がする】

【だけどバーディーは平気でしょ?】

【なんで?】

【だって、バーディー専任な白馬の王子様がすぐ隣に居るじゃない】


 思わずロックの顔をちら見したバード。その仕草にロックは上目遣いでバードの目を見た。三白眼で肩をいからせ、真面目な顔でバードを見つめたロックの姿。


「どうした?」

「……なんでもない」

「そのルージュの色、本当に良いな」


 少しだけはにかんだバードだが、ロックは僅かに笑みを浮かべた。表現出来ない位に恥ずかしさを覚えたバードは、もう一度ホーリーを見る。


【ルージュ褒められて恥ずかしい!】

【お熱い事で】

【ホーリーまで!】

【あんまり当てないでね。私はシングルなんだから】


 プイッと視線を切ったホーリーが笑っていた。それですらも冷やかしだと感じたバードだが、ふと、彼女の隣に座っていたAチームのチームメイトが肘で突いてるのを見て、何か悪い事をしているかのような罪悪感を覚えた。


「さて、では総括しよう」


 不意にエディの声で現実へと意識を帰したバード。

 ロックはじっくりと資料を読んでいた。


「手順を簡単に整理する。まず、内太陽系レプリの供給源を絶つ。次に地球上にあるシリウスシンパ国家を改心させる。そして金星におけるシリウス拠点を徹底的に破壊する。ここまでが前段階だ。後半戦はシリウスが持っている太陽系内戦力を徹底的に殲滅させる事が重要になる。惑星配置が刻々と変わっていく為、作戦全体のタイムスケジュールはタイトで、尚且つ、シビアだ。遅れを出した場合は相当な覚悟で巻き上げねばならない。つまり、下士官以下を指揮する諸君らの責任は果てしなく重くなる。自らの職分を冷静に見つめ、そして、義務を果たしてもらいたい」


 エディは会場をぐるりと見回し、出席していた各士官の顔を確かめた。


「私の説明は終わりだ。最後に、フレディ司令から一言貰おう」


 説明の席を譲ったエディは一歩下がって脇へと控えた。

 その、ぽっかりと空いた場所へやって来たフレディ上級大将は、ぐるりと会場を見回した。


「諸君。我々軍人は死ぬのが仕事だ。これは職業としての軍務が誕生した時より一貫して変わらない人類の伝統だ。だが、ここで重要な事は、ただ死ぬのでは無いと言う事だ。義務を果たし、任務を遂行し、目的を遂げる為に全身全霊で当たってもらいたい。我々海兵隊の真価が問われるのだ。故に……」


 フレディ司令はサングラスを取った。

 白い瞳が顕わになり、僅かながらどよめいた。


「私は第一遠征師団を預かる責任者として、非常に辛いオーダー(指令)を出さねば成らぬ。だが、これは全ての地球人類にとって共通する利益であり幸福の追求でもあることだ。つまり……諸君らには死んでもらう事になる。運良く生き残る者も多いだろう。だが、死ぬか生きるかの瀬戸際に立ったとき、諸君らの自己犠牲が必要となるかも知れぬ。だから、今日ここで出す最初のオーダー(指令)は簡単なものだ。だが、重要なものでもある」


 会場が静まり返った。

 バードは思わず息を呑んだ。


「全員。遺書を書いておくように。以上だ」

 





 幕間劇 日常、或いは平穏な日々 ―了―


 第7話 オペレーション:シルバービュレットに続く

 第7話 10月22日より公開します

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