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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 日常、或いは平穏な日々
68/358

義兄弟(ブラザー)

 いつ来ても人の多いアームストロング宇宙港のイートゾーンだが、この日は格別な混み具合を見せていた。

 パーティー会場に指定されたジャクソンお気に入りのダイナーには観光客が行列を作っていて、そこへ足を運んだバードは観光客たちの無遠慮な視線を嫌というほど浴び辟易としていた。

 だが、一歩店内へと入った瞬間、その中に情報将校を示す特技章を付けた男が立っているのを見て凍りついた。いつもアリョーシャの近くに居る情報将校だ。名前は確か……ウラジミールだったはずだとバードは思う。そして、アリョーシャが手塩に掛けて育てたその男は、汚れ仕事をも平気で引き受けるアサシン(暗殺者)のニックネームを持っていた。


「バード少尉。貴官にこれを預かってきた」


 手にしていた包みには丁寧にリボンが掛けられ、しかもご丁寧に日本式の熨を付けたスタイルだった。だが、その上には一言『感謝』としか書かれておらず、名前もなにも入っていなかった。


「これは?」

「先に貴官が救助した日本政府の人員は今夜1900出発の地上連絡便で帰ることに成った。先ほど日本政府の関係者が迎えに来て、1700より国連の月面事務所で面談中だ。その中で貴官とブラックバーンズ各員へプレゼントを預かっている。申し訳無いがここに受領のサインを頼む」


 小さな包みは透明な袋に入れられ、横には情報部による『CHECK(検閲済み)』のスタンプが押されていた。いかな事情があるにせよ、基地の中へ何かを持ち込むには必ずチェックを受けねばならない。爆発物や可燃性腐食性のあるもの。それだけでなく臭気を発したりするものは必ず弾かれる運命だ。


「開けてみろよバーディー」


 幹事のジャクソンが促し、受け取ったバードは封を切ると、中から出てきたのは小さく『B』とプリントされた、若草色の柔らかな風合いなハンカチだ。ひとつずつ丁寧にギフトラッピングされたハンカチが十一枚。ご丁寧に片隅に漢字で『若草』と白く染め抜かれている。そして、一枚だけ入っていたのが臙脂色のもので、やはり同じく白く『臙脂』と染め抜かれていた。


「ハンカチとは古風だね」


 感心したように驚くロック。不思議そうに眺める面々を他所にビルが突然解説を始めた。日本語で言うところの『手を拭く』って意味で『手綺麗』って事なんだけど、同音異義語で『手を切る』つまり縁を切るって意味があるんだよ……と、そう淡々とした口調で説明したビルの言葉に、皆が息を呑んだ。


「実はこの間の夜さ……」


 ロックは数日前の晩に太一と話をした事を初めて打ち明けた。そしてバードが自分の口で実の兄に『自分はあなたの妹ではない』と言い切った事も。


「バーディー……」


 皆が言葉を失う中、バードはチェック済みの袋にまだ箱が入っているのを見つけた。ちょっと大き目のスイカ大のサイズな箱だ。不思議がっていたバードは迷わず箱を開けた。中に入っていたのは最近流行りなROCKというブランドのミドルヒールなパンプス。同じように臙脂色のダブルリボンが可愛いとバードは思った。試しにと履いてみたら狙ったようにちょうど良かったので、いつの間にサイズを調べたのだろう?と訝しがったのだが。


「バーディーはもうちょっとお洒落しろってよ!」

「時々驚くほど色気がないからな。バーディーは」


 ライアンとジャクソンがそう冷やかし、バードは苦笑いを浮かべる。


「しかしまぁ、なんだ。ロックよぉ。随分と見込まれてんぜ?」


 靴の箱をしげしげと眺めながらペイトンがロックを冷やかした。一瞬バードをチラリと見たロックが同じように苦笑いを浮かべたのだが、いつも冷静なビルはロックの背を叩く。


「男が女に靴を送るときは『これを履いて何処かへ行け』って別離の意味だ。欧州南部辺りじゃそんな意味で使われる。で、その靴がロックと来たもんだ。えらい期待されてやがるが……気合入れろよ?」


 そんなビルの言葉にメンバーが大笑いした。もちろん、バードも笑った。楽しそうに恥ずかしそうに笑ったバードだが、袋をたたみながらバードはもう一つ袋があるのに気が付いた。


「あれ?」


 袋の中をガサガサと探すバード。

 その隣で覗き込むジャクソンとドリー。


「まだあんのかよ」


 ちょっと呆れた声のダニーは袋の底の小さな小箱を見つけて指差した。


「そこだ。そこそこ」

「あ、あった」


 白い箱に入ったもの。それほど重くなく、そしてコンパクトな箱だ。


「なんだろう?」


 箱を開けるとビニールレザーの小箱が出てきた。チャックを開けて中を確かめたバードの手が震えた。微妙に色合いの異なる軸に仕立てられた化粧筆だ。それも、決して安いものではないモノが七本セットで入っていた。


「一斤、桜、紅梅、桃、薄紅、朱、唐紅……」


 軸に金文字でプリントされた漢字を読むバード。

 皆は首をかしげた。


「これ、どういう意味だ?」


 ドリーが首をひねるが、ビルは相変わらず解説を入れる。


「色合いを示す言葉だが、すべてピンク系の日本語名だ」

「じゃぁ、日本人はこの色を全部違う色って認識してるって事か」


 驚くドリーを余所に、その小さな箱の中にはまだまだモノが入っていた。美しい朱漆で仕上げられたつげの和櫛だった。牡丹の掘られた美しいデザインで、かすかに椿油の匂いが漂うモノだった。日本女性の髪を長年にわたって梳いてきた職人渾身の逸品は、驚くほどに上等なモノだった。

 そして、最後に出てきたのは、蛤の貝殻をモチーフにしたケースに入っているリキッドタイプのルージュ。桜花春咲と達筆で書かれている。その中に入っているルージュの色は、日本の春を彩る桜色だった……

 バードの周りで仲間達がワイワイとロックを囃し立てるなか、バードは兄・太一の心遣いを確かに感じ取った。そして、その思惑も。口内へ僅かに洗浄液を出し、その水分を指に乗せてルージュを拾ったバードは、化粧ポーチの中の鏡を見ながら唇へ紅を引いた。薬指へ紅を乗せて、丁寧に。丁寧に。いつの間にか静かになった仲間達は、辺りへ非常に厳しい眼差しを向けている。見世物じゃないと追い払うようにしている。その眼差しの強さに恐れを成したのだろうか。あれだけ覗き込んでいた観光客が皆そっぽを向いていた。


「ねぇ、ロック」

「あぁ?」

「ちょっとこっち向いて」


 振り返ったロックにバードは微笑みかけた。


「似合う?」


 柔らかな桜色の口紅を引いたバードは、恥じらうように笑っていた。

 息と一緒に言葉を飲んでしまったロックの口は、何かを喋ろうとしても言葉が出てこない。


「ロック。こんな時は素直に言えば良いんだ。思った通りを素直に」


 ビルが助け船を出し、ロックは我に返ったようにバードを見た。

 男らしい爽やかな笑みを浮かべ、そして、想いを込めた一言を呟いた。


「……可憐だ。凄く似合うよ」

「よかった!」


 ロックの言葉を聞いた仲間達は一斉に振り返った。

「おぉ!」とスミスが驚きの声を上げ、言葉を失ったライアンはどこか泣きそうな顔で笑っていた。


「日本人の女は年齢より幼く見えるもんだが、ルージュに彩られるとバードはより一層幼く見えるな。だけど、それでいて色っぽいんだから日本人ってのがいよいよ良くわからない」


 ジョンソンのそんな評価は日本人以外では案外共通認識のようで、ロック以外の男達が割と素直に頷いていた。


「ところで、そろそろ船に乗り込む時間だろ。ボーティングブリッジまで見送りに行こうぜ」


 時計を見たジャクソンがそう提案した。答える前にサクサクとプレゼントの荷物を片付けたバードは、一番最初にロックの手を引いた。


「いこっ!」

「おぅ!」


 店を飛び出して小走りに走って行くバードとロック。

 その後ろ姿を見たジョンソンが苦笑いを浮かべた。


「あいつら士官だって矜持が全部抜けてやがる」

「まぁいいじゃないか。たまには一般人に戻る時も必要だ」


 同じ大尉であるドリーがフォローを入れ、Bチームの面々が笑った。


「ちっきしょぉ……」


 一人悔しそうなライアンがブツブツ言っているのだが、ペイトンは冷やかしの言葉を忘れなかった。


「同じ国籍だからロックはシード扱いだぜ。不利な勝負は避けるが吉ってな」

「だけどよぉ……」


 ブツブツと呪詛の言葉を吐くライアンの背をジャクソンが叩いた。


「チャンスなんかいくらでもあるんだぜ。気落ちすんな」


 店の人間に『一旦席を空ける』と伝えたジャクソンはメンバーと一緒にポート・アームストロングの軍用ボーティングブリッジへと向かった。第一種正装で歩く士官の集団なのだから、基地内の下士官やら兵卒は皆敬礼で一斉に道を空ける。それだけでなく、基地内の軍警やらセキュリティ関係のスタッフが怪訝な色を浮かべながら目で追うのだった。


「やっぱ正装出来たのは失敗だな」

「だけど、この方がパンチが効いてるぜ」


 ジョンソンのボヤキにドリーがジョークを返した。そんな会話をしつつボーティングゾーンへ達した時、バードとロックは並んで手を振っている所だった。視線の先には日本政府関係者と思われるスタッフに両脇を固められた太一が立っていた。両手に大量の荷物を持っていた日本政府関係者が驚く中、Bチームのメンバーは一斉にカバー(帽子)を持ち上げて別れの挨拶を送る。太一は何処かで用意した背広姿だったのだが、背筋を伸ばして敬礼を返した。


「兄貴!」


 突然ロックが叫んだ。驚いた表情でバードがロックを見た。

 ロックはまっすぐに太一を見ていた。


「兄貴!」


 一歩進もうとした太一だが、両脇のスタッフがその肩を掴んで動きを制し、太一は進むのを止めた。きっと色々と都合があるのだろう。だが、正直ロックやバードには関係ない。ギリギリの状況下で戦闘することを思えば、こんなのは街角の笑い話だ。太一の背中を乱暴に押した政府関係者は、太一に連絡機への搭乗を促した。だが、その関係者達の表情は非常に硬く、そして、何とはなしに敵意を感じた。不意にバードの表情が変わる。怪訝な色を浮かべ、太一の左右に居る男達をジッと睨み付けた。両手に持った紙袋にはINABAの文字があった。


HALT(止まれ)!!」


 バードは突然そう叫んだ。そして、宇宙港のセキュリティゲートを通過した。チケット無しでは通れないはずのゲートだが、バード達ブレードランナーだけはこの基地の中の何処へ行こうと、全てのセキュリティチェックを無条件で通過出来る特権を有している。ただ、それでも警報は鳴る仕組みになっていて、すぐさま警備員がすっ飛んできた。バードの動きを止めると思ったらしい日本政府の関係者は驚愕の表情を浮かべ、そして見るからに狼狽していた。やって来た警備員達は手にしていたサブマシンガンのボルトを引いてチャンバーに初弾をたたき込み、バードの横について指示に従っていたのだった。


「指示に従わない時は全員射殺しなさい」

「イエッサー!」


 フロアに響く声で指示を出しつつ、バードは歩きながら腰裏に隠してあったYeckを抜いてスライドを引いた。11ミリの巨大な弾丸が装填されたサイボーグ向けの拳銃は、バードの手で戦闘態勢へ切り替わった。緊張感溢れる姿で迫ってくるその姿に、太一はバードの背負っている責任の正体を見た。


「私は国連宇宙軍海兵隊。第501大隊のブレードランナー、バード少尉です。国際レプリ管理条約に基づき臨検を行います。全員()()()()()()()()()()()()()()()。指示に従わない場合は残念な結果になります」


 強い口調で言ったバードの気迫に聊かの逡巡も無い事がうかがい知れる。そして、その左右に立っていた警備員はサブマシンガンのトリガーに指を掛けている。銃口こそ向けられていないが、日本の政府関係者は隠しきれない狼狽を晒していた。


「わっ 我々は日本政府の代理として国連軍に保護された隊員の回収を……


 上ずった声で説明していた若いスタッフの顎をバードの左手が掴んだ。

 万力で締められるような強い力に苦悶の表情を浮かべるのだが、バードは一切気にすることなく太一を囲んでいた日本政府関係者を一人ずつ確かめていった。


「後学の為にご教示願いたい。なぜ()()()臨検を?」

「国連機関ならば内部にレプリを探しだし処分する機関がありますが、日本政府にそれがありますか?」

「それは……」

「少なくとも私は聞いたことがありません。秘密裏に存在するとしてもNSAすら把握していないとは考えにくいです。つまりは、先の件で()()()()()()()()()()とシリウス側が暗躍している可能性を考慮しました。または、何らかの()()()()()()()()()()()()()()を入手した可能性です。少なくとも同胞(はらから)の背を乱暴に押すなどと考えにくかったモノですから」


 つい先ほど太一の背を乱暴に押した中年男性の顎を、バードは握り潰す勢いでつまんでいた。激しい痛みに声すら出せないでいたのだが、一行の責任者と思しき者がバードに頭を下げた。


「大変申し訳ありません」


 自分と太一の関係を飲み込んでいるのだろうか?と、一瞬バードは考えた。だが、それを思わせる素振りは見えない。少なくともバードには感じられないでいる。涼しい顔をして演技している可能性もあるが、現状では信じて良いと思った。顎を引き、優しさのかけらもない上目遣いでバードは政府関係者を睨み付けた。薄い刃のような細い目だけが炯々と光っていた。太一では無くその周りに立っていた男達を一人ずつ睨み付け、そして僅かに笑った。


「そうですか。責任者の方は斉藤さんとおっしゃるのですか」

「ご存じなのか?」

「いま、日本政府の内閣調査室にあるセンターサーバーから情報を貰いました」


 グルリと周りを見回したバードの視界には、各員の名前がフローティング表示されていた。基地のコントロールからNSAを経由して日本政府の情報サーバーで情報を掠ったのだ。政府関係者の表情に浮き上がっていた狼狽は、このタイミングでほぼ全員が驚愕へと変わった。その顔を冷ややかに見つつ、バードは警備員達に解散を命じ、そして太一を見た。


「全員のデータを得させてもらいました。国際慣例上は不調法に当たりますが、国連軍のデータベースに登録いたします」


 何らかの政府機関関係者なはずだが、明らかに狼狽の色を見せた日本政府の関係者たち。苦虫を噛み潰したようにしているのだが、現場の判断で最善の処置を行えるブレードランナーの権限は絶大なものがある。何らかの事情によりデータの削除を求める場合は、政府による公式ルートでの交渉が必要な事だった。


「お気を付けてお帰りください。ご苦労様でした」

「お見送り恐縮です。お手間をおかけしました」


 太一がもう一度敬礼を行ったので、バードは背筋を伸ばし士官の威厳を持って敬礼を返した。その姿を太一は優しい微笑みで見た。


「本来であれば荷物を全て改めるのですが、政府の関係者であれば信用してよさそうですね」

「……この荷物は自分が購入したものです。ですが、少々予算が足りなかったものですから、立替をお願いしまして……」


 バードは胸のうちで『……あっ』と呟いた。自分とBチーム宛に色々と購入した分のカモフラージュで、兄・太一が大量の買い物をしたのだと気が付いたからだ。そして、カードもトラベラーズチェックも無い状況下で買い物をするために、何らかの『足跡』を月面に残したことになる。万が一、地上に戻ってから暗殺されたとしても、その行動の痕跡を残す為に行った『軽はずみな行為』である事も。


「少尉殿。申し訳ありませんが、()()伝言をお願いしたいのですが」

「……私で良ければ預かりましょう」


 バードの目がもう一度政府関係者に注がれた。『お前ら気を使えよ』と、そう冷ややかな目で睨み付けられ、空気を読んだ面々が距離を取った。ボーディングブリッジの前。太一はバードと差し向かいになり、周りにいた者達に聞こえないよう、小声で何事かを囁いた。


「……預かりました。必ず伝えます」

「よろしくお願いします」

「どうか、地上までお気を付けて」


 桜色の唇に微笑みを乗せて見送るバード。太一は振り返る事無く定期連絡船へ吸い込まれてた。左右を政府関係者に挟まれ、まるで犯罪者が護送されていくように。その姿が見えなくなるまで見送って、そしてバードは仲間達の所へ戻ってきた。


「行っちまったな」

「うん。だけど、仕方ないよ」

「そうだな」


 少しだけ落ち込んでるバードの肩をロックが抱いた。

 周りを囲む仲間達もバードの肩を叩いた。


「スターダストで飲もうぜ」

「あぁ。それが良い」


 ジャクソンやペイトンが歩き始め、再び士官の行列が基地の中を歩いて行った。

 そんな中、不意にバードはロックを見た。


「そう言えば、ロックに伝言を預かったよ」

「え? 俺に?」

「そう。()()伝言を頼むって言われたけど?」


 日本語で話しかけたバード故、会話を聞き取れて理解出来るのは、事実上ビルだけだった。だが、そのビルは隊列の先頭近くに居て話を聞き取れない場所のようだ。


「なんだって?」


 少し緊張した風な表情のロックは、恐る恐るバードに訊いた。バードは嬉しそうに笑って、上目遣いにロックを見上げた。先ほどの、政府関係者を睨み付けたモノとは全く違う笑みを浮かべ、笑いを噛み殺しつつ呟いた。


「嫁さんを……大事にしろって」





 ■ ■ ■ ■ ■







 19時を回ったアームストロング宇宙港の一角。ダイナー『スターダスト』はますます活況を呈してきた。Bチームの陣取る店奥のカウンター席は半個室になっていて、月面の港へ出入りする船がよく見える場所だった。


「お! ポートオフ!」


 無線を傍受していたらしいライアンが声を上げた。


「コールサインはレッドサン・ゼロゼロワンだな。目的地は直接トウキョウのようだぜ。まぁ、心配する事は無いだろう」


 サムアップしたライアンにバードもサムアップで答えた。宇宙軍艦艇とは違う民間船に近いシルエットの日本政府艦艇は、月面をポートオフして高度を上げ、徐々に離れて行っている。その姿を見ながら、バードは太一の無事な帰還を祈った。


「なんだ。随分盛り上がってるじゃないか」


 日本政府艦艇を見ていた面々の前に突然エディが現れた。ブルとアリョーシャ。それにテッド隊長が一緒だった。全員が一斉に立ち上がり掛けるも、エディはそれを手で制し、バードの隣へ腰掛けた。


「別れを告げたか?」

「はい」

「そうか。辛かったな」

「やむを得ません。でも、また会えます。きっと。そう信じてます」


 ちょっと申し訳なさそうな顔になったエディ。テッド隊長はアリョーシャやブルと一緒になって、手近な椅子へ腰を下ろした。何処で何をしてきたのか訊きたかったのだが、エディの纏っていた空気がそれを許さなかった。テーブルの上にあったウィスキーのボトルを勝手に飲んで、そして一つ息をついたエディはメンバーを見回してから、自分の眉間をトントンと指で叩いた。

 

 ――――これから無線を送る


 そのジェスチャーだった。


『全員聞いているな?』


 もう一度グルリと見回したエディ。Bチーム全員が頷いた。


『週明けから大規模な計画が発動する。宇宙軍、地上軍、海兵隊の三軍を統合運用して一気にケリを付ける計画だ。作戦は七段階に分かれてて、我々海兵隊の責務は酷く重い上に激しいときたもんだ。そして当然だが、我々501大隊は馬車馬のようにこき使われる運命だ』


 エディは居並ぶ面々の表情を確かめた。辛そうな顔は無く、むしろ遠足前の子供のように笑っている。終わりの始まりが来るんだという予感を皆が持っていたのだろう。


『これから半年程度の間に太陽系内の惑星配置が理想的なモノになる。太陽とシリウスを一直線に結ぶと、その間にある惑星は地球以外に火星しかない。つまりシリウス側から見て、彼等の地球攻略で足場に成りうる中継拠点が全て太陽の裏側になるんだ。だから彼等は多大な苦労と犠牲を払わないと地球戦線へ物資を運べない事になる。地球を含めた太陽系内のシリウス拠点をまとめて叩き潰すには絶好の機会と言うことだ』


 淡々と説明していたエディの顔に浮かぶ表情をバードは眺めていた。ホッと安堵するような顔の意味はなんだろうか?と考えた。

 だが。


「お! ランチが離れたな」

「出航だ」


 ジャクソンが指をさし、ドリーは出航を確認した。識別灯を灯した宇宙船は船の舳先を地球へ向けゆっくりと進み始めた。その船をジッと見ているバードは『ありがとう』と呟いた。


「そういえばバーディー」

「はい」


 エディに呼び止められ顔を向けたバードは花の様に笑った。


「そのルージュの色は似合うな」

「ありがとうございます」

「君が助けた例の人物の件。日本政府の関係者に対し念入りに釘をさしておいた。間違っても口封じなどには成らんようにな」

「お手間をおかけしました」

「いやいや、良いんだ。それより、また会う日まで死なないようにな」

「……はい」


 エディは再びメンバーを見回した。

 何か重要な話がでる。それを察して皆が黙った。


『明日の午後。士官総会を行う。今後について説明を行う予定だ。これからの1年間程度は本当に酷い戦闘をする事になるだろう。だが、我々にしか出来ない事だ。いつか君らが全てを知る日。全ての終わりがやってくる。その時まで……』


 エディがグラスを掲げた。


『死ぬな。どんな事をしても生き残れ。最期の時を笑って迎えられるように』


 無線の中でそう言ったエディがグラスを飲み干した。

 とても寂しそうな横顔だとバードは思った。


「死ぬなよ」


 もう一度、聞こえるようにエディは呟いた。 

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