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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第6話 オペレーション・トールハンマー
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優しい呪い

 ―――――キャンプアームストロング 基地司令室

       地球標準時間 深夜3時過ぎ





「バーディー。まずはご苦労だった」


 ソファーに腰を降ろすなり、フレディー司令は切り出した。

 ちょっと疲れた表情のバードだが、不自然に緊張している部分もある。


「迂闊なことをしてしまいました。お手間をお掛けします。申し訳ありません」

「……兄弟の件だね」

「はい」


 言葉を飲み込んで黙ってしまったバード。

 深夜と言うこともあり、基地の中は静かだった。


 月面最大の人類拠点と言うこともあり、この基地は24時間眠ることがない。

 しかし、ここに暮らす人間にだって一日のサイクルがあるのだ。

 寝静まる時間帯は当然のように存在し、皆はそれなりに気を使わざるを得ない。


 しかし、今この場に限って言えば、何らかの人なり物なりが動いていて欲しい。

 バードの脳内にはそんな内容の考えがグルグルと渦を巻いている。

 

 間が持たない。


 きっとフレディ司令は考え込んでいる。

 難しく、そして、厳しい話をどう切り出そうか……と。

 本来全くの極秘任務として行った降下作戦だ。


 宇宙軍の戦闘艦艇セクションにしてみれば、手柄をさらわれたと言っても良い。

 地上へ向けて総力艦砲射撃を行って、宇宙軍艦艇の戦闘力を示す良い機会だった筈。


 だが、終ってみれば人質もろともテロリストは自爆。

 事情を知らない人間にしてみれば、宇宙軍の戦闘艦艇は全く役に立つ事が無かった。

 そして、実に困った事態だったはずの事件は、なんら労せず解決した事になる。

 

 日本のローカル政府による人的犠牲を伴った強攻策が功を奏した形だ。

 テロリストとは取引しない。譲歩しない。存在を許さない。

 その三点においてのみ、理想的な解決と言えるのだが……


「……本来ならもっと後で知ることになる話なんだが」


 何らかの考えがまとまったと見えるフレディ司令は、そんな部分から話を切り出す。

 

「君にはこっそり教えておこうと思う。君自身の安心と安全の為にね」


 ソファーの前にある小瓶の蓋を開けたフレディは、中に入っていた粒をひとつ取り出し口の中へ放り込んだ。

 そして、その瓶をバードにも薦めている。


「技術部のタカがいつもこれを持って来るんだ」

「タカ……鷹司技術大佐……金平糖ですね」

「君の母国のお菓子だろ?」

「はい」


 一つ二つ取り出して口へ入れたバード。

 口内に氷砂糖の澄んだ甘みがフンワリと広がる。


「私も何度か日本へ行った事がある。戦闘経験は僅かだが、会議や打ち合わせや、それだけでなく国連地上軍関係者との会合では日本が舞台の事が多いんだ」

「何故ですか?」

「それはね。この二十三世紀も終ろうとしている時代であっても、日本は民族的な単一度が非常に高い国家だ。要するに、君ら日本人から見てガイジンが少ないんだよ。この二百年で随分と増えたのは事実だが、他国が散々苦労し、最終的に移民制限や帰化条項の大幅強化をするに至ったその理由こそ、日本の治安維持率の根本だったのだからね」


 フレディ司令は再び金平糖を口の中へ放り込む。

 太る心配も糖尿病の恐怖も無く、純粋に嗜好品として砂糖を楽しめる身体。

 サイボーグが便利で有利だと思う瞬間の一つ。


「日本ではいわゆるガイジンのテロリストを探し出すのが簡単なんだ。日本人以外の人種を片っ端から職務質問掛ければ良いうえに、日本国民は非常に厳格な戸籍制度で管理されている。安全と安心を担保するには、これほど便利なものは無い」


 再び薦められて、バードも金平糖を口の中へ入れる。

 だが、ひとつふたつしか食べていないバードへ『遠慮せず食べると良い』と言わんばかりに、フレディはバードの手へ金平糖をこぼした。もっさりと積みあがった金平糖は20や30じゃ済みそうに無い……


「だがね。その日本にもアキレス腱がある。なんだと思う?」

「……悪意ある日本人と、日本人を装う近親種の問題ですね」

「その通りだ。民族的に近い人間が日本人を装って、日本社会に溶け込んでしまう」

「昔から色々と問題だったそうです」

「そう。そして、実はそれこそ君自身に掛けられたCURSE(のろい)だ」


 ―――のろい?


 バードは僅かに首をかしげた。自分の身に掛けられた呪いとはなんだろう?

 少し考え込む仕草をジッと見ていたフレディ司令は黙って待っている。


「それは……なんですか?」

「バーディー。ちょっと辛い話だ。だけど、遅かれ早かれ、君は知る筈だった」

「何をですか?」

「君の記憶にはロックが掛けられている。まぁ、薄々は気付いていると思うが」


 あっ!と合点の行った表情になったバード。

 僅かに笑みを浮かべたフレディはサングラスを取る。

 白い瞳が露になった。


「もう随分前の話だ。とある作戦中、重大な局面を迎えた時の事。シリウス側の自爆兵が全身にC4爆薬を巻き付け、守備拠点へ飛び込んできた。あらん限りの火力で迎え撃ったのだが、最後の一人まで倒す事が出来ず、基地内へ進入を許してしまった」


 ……何となく話のオチが見えた。

 だけどバードは黙って聞く。


「基地内を探索した者が自爆兵を見つけた場所は、セントラルリアクター(中央原子炉)の隔壁前だった。基地司令は即時射殺を命じた。皆を護る為には仕方が無い。だが、その時、追い詰めた人間はどうしても敵を撃てなかったんだ」

「……親族だったんですね」


 フレディ司令はゆっくりと頷く。


「その通り。ところが実は、その自爆兵はレプリカントだった。姿見だけは追い詰めた兵士の親族だったのだが、中身は違ったんだ。ただ、その兵士は撃てなかった。最後まで逡巡して撃てなかった。そして結局、基地は吹っ飛んだ。幸いにしてその基地は地球上でも火星上でも月でもなく、また、シリウスのニューホライズンでもなかった。人口密集地でなかったと言う事だけが唯一の救いだった」


 バードはふと自分の手を見た。

 同じ局面になったら、自分は撃てるだろうか?

 仲間を護る為に撃てるだろうか?


「だから記憶を消し去ったのですか?」

「いや、消してはいないよ。それは心配要らない。ただね、思い出さないように一時的に記憶の糸を切ってある。簡単な手順でそれは繋げられるんだ。だから安心して良い。ただ、難しい局面になって逡巡し無いように。後になってから気に病んで苦しまないように。そう言う配慮が施されている。そして」


 フレディは胸の内ポケットから一枚の写真を取り出した。それは、病室の中で幸せそうに並んでいる家族の姿だった。そして、ベッドの上にいるのは、入院したばかりのバード。いや、小鳥遊恵と言う女の子だ。その周りには、少女に付き添い心配する父母と兄が並んで立っていた。


「……お父さん ……お母さん」


 バードの脳内へ、瞬時に幾つもの『家族の情景』が浮かび上がった。楽しい日々。幸せな日々。ちょっと喧嘩して気まずい日々。だけど、何処にでもある小さな幸せをシェアして、支えあってきた家族の姿。

 バードはダッドから写真を受け取り、今は機械になってしまった手にとってジッと眺める。


「本来であれば情報の秘匿や安全保障の観点から、君の兄は間違いなく消去される筈だった。事実、宇宙軍参謀本部の小委員会は君の兄を完全隔離するか、さもなくば暗殺するべきだと連絡を入れてきた。もし仮に、君の兄をシリウステロリストが暗殺し、その姿だけをコピーしたレプリが君に面会を求めこの基地へやって来て、そして自爆に及んだ場合はどうなる?と、えらい剣幕で言われたよ」


 笑いながら口調を真似したフレディ。もっと固い人かと思っていたバードだが、実はそれなりにユーモアのある人物だ。ただ、参謀本部の小委員会とやらが出した通達は、理解出来るけど受け入れ難い。


「で、どうなったと思う?」


 悪戯っぽい笑みのフレディ司令をバードは見つめた。

 答えをせがむ小学生のような眼差しで。


「最初から完璧な記憶操作をしておけばこうは成らずに済んだんだ。だけど、施術をした人間が馬鹿でマヌケだから両親は思い出せなくても兄弟は思い出してしまった。そして本人は極限のプレッシャーと戦いながら兄を回収した。後で処分される恐怖を感じながらだ。これだって充分PTSDだ……ってな」


 アッハッハッハ!と豪快に笑いながら、もう一度金平糖を口に入れたフレディ。ただ、それは入れたと言うより流し込んだと言うのが近い。口一杯に金平糖を頬張って、ボリボリと音を立てて噛んでいる。


「あの時の参謀連中の顔をね、君に見せたいくらいだ。黙って話を聞いてるもんだから畳み掛けてやったさ。それとも何か? 一人仕上げるのにビリオン近く掛かってるサイボーグの兵士がPTSDで戦列から離れる責任を参謀本部が取ってくれるか? 現場で精神許容限界を向かえてダミーモードで自暴自棄になったら、責任もって現場で本人を処分してくれるか? お前らにそれが出来るなら参謀本部全員のサイン入りな指令書をよこせってな。叫んでやったよ」


 目の前の男が自分の為に危ない橋を渡った。その事実にバードは震えた。大将とは言え、軍人はどこまで行っても『使われる側』だ。個人の資質に問題ありとなれば、政治的手段で更迭される事もある。

 だが、フレディは間違いなくバードの為に勝負に出たのだ。単純に有能な部下を手元に置いておきたいと言う欲かも知れない。だけど、その動機がどうであれ、バードと兄太一は処分を免れた。


「……お手間をお掛けしました。ほんとに、あの、その、なんと言って良いか」


 恐縮しきって言葉を失い、ただただ呆然とフレディを見ているバード。笑みを浮かべているフレディは、そのバードの姿を満足そうに眺めている。しかし、ややあってその表情が何時もの厳しい基地司令へスッと戻った。


「ただ。ここからは本当に厳しい話をするぞ? 覚悟して聞きたまえ。バード少尉」

「はい!」


 背筋を伸ばし真っ直ぐにフレディを見るバード。

 疲労から来る眠さを忘れて真剣な表情になった。


「君と……君の家族を護る為の配慮により施術された呪いは解けてしまった。だが、それで君の義務や責務が消えた訳ではない。これから君は本当に厳しい局面に直面する可能性があるのだよ。何らかの事情で君の親族そのものか、その姿をコピーした悪意ある何者かが重大な破壊活動を行おうとした時……」


 フレディの厳しい眼差しが注がれたバードは、自然と引き締まった表情になる。どう取り繕っても逃れられない『軍隊の真実』がそこにある。


「……私は、私自身の手でそれを防がねばならない」

「そう言う事だ。親だろうが兄弟だろうが。君の手にブレードランナーの刃がある限りは、その義務を果たさねばならない。これは逃げられない運命とも言える」


 フレディ司令の目に戦闘中の兵士が見せるような裂帛の気が漲る。


「君はその手を汚せるか? 宇宙軍を信じる人々の為に、家族を殺せるか?」


 ふと、バードの目は宙を泳いだ。

 フレディーの迫力に負けた訳では無い。

 どこまでも真っ直ぐな眼差しに司令の真意を見たのだった。


 つまり―――


『君が出来ないなら、私がやる』


 ―――と。


 重い沈黙。

 静まり返った部屋。

 黙って見つめているフレディー司令。


 バードは思う。

 この人は本気だと。


「この手を汚すことは吝かではありません。それが地球の為に必要なら、私は鬼にも悪魔にもなります。そのためにここまで来たんですから」


 バードの顔に決意が漲った。

 自分自身に言い聞かせるように、もう一度言う。


「必要なら迷わずやります。でも、出来ればやりたくないですね」


 ニコリと笑うバード。

 その言葉に満足げなフレディー司令が頷いた。


「模範的回答だ。その言葉を聞きたかったのだよ。つまり」


 フレディー司令の表情に寂しさが混ざる。

 意味を理解しかねたバードだが、やがてフレディーはその答えを呟いた。


「これは独り言だ。聞かなかったふりをするかどうかは……君に任せる」


 そっぽを向いたフレディーは、金平糖をボリボリとやりながら呟いた。


「ここに。この基地に小鳥遊恵という人間は存在しない。これから基地の中を歩くであろう日本政府の軍人は、君とは赤の他人。縁もゆかりもない存在だ。つまり、どんな理由があっても、これ以上の接触はあまり良いことじゃ無い。君は宇宙軍海兵隊の士官で、名前はバード。階級は少尉だ。ODSTとして地上を目指す海兵隊の為に戦う存在だ」


 遠くを見たフレディー司令は、一つ溜め息を吐いて目を閉じた。

 バードの眼差しを見たくなかったのだろう。

 

「了解しました」


 バードがニコリと笑う。


「……ところで、その小鳥遊恵って誰ですか?」


 バードは精一杯の強がりを口にした。きっと泣きながら笑うって奴だと思った。その強がりを理解し、フレディ司令は寂しげな笑顔のまま受け止めた。


「……さぁ。私も会ったことが無いから…… 知らないなぁ」

「ですよね」


 司令の返答を確かめたバードがスクリと立ち上がる。


「ダッド。美味しいお菓子をありがとうございました」

「遅くまで済まなかったな。君の報告を聞いて安心したよ」


 部屋の出口までバードを送ったフレディ。

 その肩にポンと手を置いた。


「明日は休暇になるはずだ。自由に過ごすと良い。ただ、報告書だけは忘れるなよ」

「はい。了解しました」

「今夜は地球から『観光客』が来ていることだろう。月面都市の案内役を買って出るも良し。イートゾーンでケーキ屋巡りをするも良し。最近はスパークリングムースケーキの名店が増えたからな。引率を余り虐めない範囲なら、好きにすると良い」


 その言葉の意味する所を理解しないバードでは無い。

 さっきと今とでは言ってることが大違いだと思うのだが。


「……司令?」


 フレディはまるで娘に微笑みかけるようにしている。


「軍隊とは要領良しをもって本分とするもんだ。その君も私もよく知らない『観光客』が特殊な立場であったとしても、この月面への入域ビザが観光ビザであれば、その人物は観光客って事だ。あとは知らんし、私の責任の範疇ではない。街でバッタリ会ったなら、小さな親切心を発揮したところで問題にはなるまい。なんせ『知らない』んだからな。公式には」


 司令室を出て振り返ったバード。

 既にサングラスを掛けた司令は仕事モードになっていた。


「まぁ、色々と面倒を言う奴は居るだろうが、ここは…… この月面にある基地の中の全ては私の家だ。少々の面倒は全部跳ね返してやるさ」


 音もなく閉まるドアの向こうで指令が手を振った。

 深々と頭を下げたバードはドアが閉まったのを確認してから廊下を歩き出す。軽やかなステップを踏んでエレベーターへ消えていくバード。その後ろ姿を監視カメラが捕らえていた。


「バード少尉は部屋へ帰った。引き続き警戒態勢を取れ」


 指令を出したフレディはテーブルに残っていた金平糖を一粒口に放り込む。そんなタイミングで司令室の奥にあるドアが開いた。部屋の一番薄暗いところに立った男性はこっそり話を聞いていたらしく、苦虫を噛み潰したような表情だった。


「面倒を押し付けてすまなかった」

「いやいや、これも司令の仕事のうちでしょう」

「だけど、嫌な仕事には変わりない」

「あなたの背負っているものに比べれば……」


 フレディ司令は振り返って寂しそうに笑った。どれ程取り繕っても、最終的に司令と言う役職は『死ね』と命じるのだから。そして、その司令を遂行するために、悪魔に魂を売り渡してここに来た男が、静かに立っていた。


「明日は兄と妹でケーキ屋巡りですな。フレディ司令」

「あなたも一緒すれば良いのでは?」

「ハハハ! 止めておくよ。まだ妬いてくれる女がいるからな」

「……そうでしたね」


 その男性は静かに手を上げてドアの向こうへ消えていった。後姿を見送ったフレディ司令は一つ息を吐いた後、部屋の明かりを落とした。そして、プライベートルームへ向かうべく部屋を出る。


 深い深い溜息を一つ、部屋に残して……



 第6話 オペレーション・トールハンマー  ―了―


 幕間劇 『バードの日常 或いは 平穏な日々』 へ続く

続きは16日から公開いたします

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