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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第6話 オペレーション・トールハンマー
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地獄巡りの終わりへ向けて

「その顔を見てみたかった」


 ネクサスがニヤリと笑った。

 ロックの表情に狂喜の色が浮かぶ。


「おい 人形 おまえの名前は?」

「小次郎」

「へぇ…… 洒落が効いてるな じゃぁ俺は武蔵とでも名乗っておくか」


 今度はロックが持てる最大速力で踏み込んだ。ビルの床が僅かに抉れる程だった。ロックの得物は刃渡り50センチ少々の短い小太刀だ。だが、小さく軽い分、速度は速くなる。

 上下左右自在に刃が走り、ジリジリと防戦一方で後退するネクサス。寸前の所で、文字通り紙一重でかわしているのだけど、切り返すタイミングが無い。 

 数秒の経過を見たあと、3回に1回程度の割合で刃先が僅かにネクサスを捉え始めた。薄皮一枚ずつ切り刻んでいくようにロックが前進する。感情を持たないと思っていたネクサスに焦りの色が浮かぶ。息詰まる攻防を皆が眺めている。

 だけど、バードだけがハッと我に返って暗闇の中をゆっくりと移動した。テロリスト側の生き残りとまだ稼働状態にあるレプリが合計で14匹。慎重に探したのだけど、それ以外が見つからない。


「ジャクソン! ジャクソン! ボケてないで!」

「おっといけねぇ!」

「そっちから隠れてるレプリが見える?」


 ロックの太刀裁きに見とれていたジャクソンが我に返った。


「さすがだバーディー! 仕事を忘れてたぜ バレねぇように移動する」


 いつもと違う銃だけど狙撃に関してはプロ中のプロなジャクソンは、影の側をゆっくりと移動して二十三階デッキフロアの隅にやって来た。伏射姿勢で20階フロアの影にいる連中が全て射界に入った。


「狙撃点到達。11人は見える。残りは何処だ?」

「ロックが遊んでる相手を入れて12人か」


 テッド隊長はソロリソロリと後退していって影に入った。外部から照らされる光と非常灯しか無い薄暗い20階フロアなので、影に入ってしまえば暗視装置無しでは生身だと姿が見えない。

 

「ダニー 振動サーチを使え ジョンソン 無線をワッチしろ」

「Sir!」

「フロア内の生命体反応は15。うち最低7がレプリ」


 バードもゆっくり後退して影の側へ入った。

 足音を殺して移動している最中だった。


「あれ?」

「どうしたバーディー!」


 バードの視界に人肌体温の物体が写った。影の側で震えている男がひとり。生身では完全に見えないポジションで、小刻みに震えている。


「恐慌状態で動けないテロリストを発見」

「お手柄だな 尋問しろ」

「Sir」


 そのまま足音を殺して接近し、完全に恐慌状態で震えている男の脇へ立った。真っ暗闇で見えない筈だが、男は微妙な音に周辺を見回している。


「だっ 誰だ! 誰か居るのか?」

「あなたを迎えに来た死に神よ 地獄へ行くには良い頃ね」

「ヤダ!」


 ガクガクと震えている隙を狙って銃を取り上げる。だけど、バードの取り上げた銃は軍用のバトルライフルだった。


 ――――あれ?


「ここには何人居るの?」

「みんな死んだ! 突入チームは全滅だ!」

「あなた警察関係者?」

「おまえは何者だ!」

「だから死神だって言ってるでしょ?」


 真っ暗闇の中、声のする方向へ飛びかかってくるのだが。赤外で見ているバードには、全てが手に取るように解る。

 難なく裁いて床へ転がして、腹部へ重い一撃。ゲフッと息を吐いた警察関係者はバードの拳で気絶した。


「テロリストかと思ったら警察の突入チーム生き残りでした」

「で、どうした?」

「とりあえず気絶させました。麻酔撃っときましょうか」

「ナントカたたき起こして状況を説明してやれ。人質を連れて逃がそう」

「Sir!」


 頬を叩いて意識を戻そうとした瞬間、ジャクソンの正確無比な狙撃が始まった。あっと言う間に10名以上が挽肉に変わり、その音に戦闘中のネクサスが驚く。


「お前の仲間は無粋だな」

「そんな事ねーさ 死神は殺すのが商売…… ってな」


 僅かに手を止めたロックが後退した。ソードを構えていたネクサス――小次郎――が血を流している。上腕部を中心に細かな傷が山ほどついていた。


「さて、ケリをつけるか」


 逆手に持っていたショートソードを普通に持ち替えたロックは、小太刀二刀流の構えだった。小次郎は上段ではなく正眼に構えた。剣術としては初歩の構え。だけど、様々に応用が利く最強の構え方でもある。そして、その『まち』の構えにロックの攻め手が止まった。小次郎も構えたまま動かない。不用意に接近すれば手痛い一撃を受ける事に成る。

 気絶している警察官をたたき起こすのを忘れて、バードはそのシーンに見惚れた。なにか、素晴らしい映画のワンシーンのように見えて、息を呑んだ。純粋に、美しいと、そう思った。


「バーディー! 警察官は目を覚ましたか?」


 テッド隊長の声にふと我を取り戻したバード。素早く背筋に一撃を入れ目を覚まさせる。


「今起きました!」

「ロックのお遊びはほっとけ。あいつはいつもそうだ!」


 痛烈批判のテッド隊長だけど、声は何となく弾んでいる。男の子の大事な部分だよね。言わなくてもわかるよ! とバードは思う。


「うっ! うぅん…………」


 どんよりと目を覚ました警察官が見たのは、フルフェイスヘルメット姿のバード。いや、正体不明な国連宇宙軍海兵隊のODST隊員。念のため、装甲戦闘服の下にあるポケットからバッジを出していた。


「気が付いた?」

「こっ ここは? あなたは?」

「私は国連宇宙軍海兵隊ODSTの隊員です。救出に来ました。立てますか?」

「申し訳ありません。自分は自衛国防軍…………もとい、警察庁特別突入チームの」

「茨城さんですね?」

「なぜご存じなんですか?」

「ここに書いてあります」


 バードは警察官の胸に有るネームタグを指さした。漢字で茨城と書いてある。


「あの、お名前を」

「……名乗る事は隊規により禁じられています。すいません。それより動けますか?」


 咄嗟に出任せを言って警察官を立たせた。問題なく満足に動けるようだ。


「問題無さそうです。どうしましょうか?」

「他に生き残りが居ないか聞け。人質を誘導させる」


 無線の中でテッド隊長の指示を聞くバード。

 相変わらず広場からは剣戟の音が鳴り響いている。


「茨城さん。上に二千人単位で人質が居ます。誘導をお願いしたいのですが」

「二千人?」

「えぇそうです。ビルスタッフに化けているテロリストは殆ど掃討しています」

「上って、屋上から降りて来たんですか?」

「そうです。何と言ってもODSTですから」


 銃を右手に持ったまま、片膝を突いて話しかけるバード。

 その中でバードは物分かりの良い人間である事を祈っていた。


「あなたの所属チームのユニットナンバーは? 他に生き残りは居ませんか?」

「03です。01と04は全滅。生き残りは樹にぶら下げられました」

「02はどちらですか?」

「エアコンなどが集中するメインシャフトを上昇しているはずです」

「上昇?」

「48階の高層機器室を目指しているはずです。途中で邪魔されていなければ」

「02のリーダーは警視正ですか?」

「そうです。なぜご存じなんですか?」

「上で遭遇しました。既に亡くなりました。凄惨な拷問の跡がありました」


 バードの言葉に茨城は黙ってしまった。

 心の準備をしているように思えた。


「ベース! ベース! ユニット03茨城です。 現在フロア23」

「こちらベース 生きていたのか!」

「現在フロア20で激しい戦闘中です」

「他に生き残りが居るのか! でかした!」

「いえ、ここに国連軍海兵隊のODSTが来ています。残りのテロリストは…………」


 そこまで言いかけた時、激しい銃声が頭上から響いた。聞き慣れた大口径小銃の音だったので間違い無くS-16だ。

 こんなに気前良くバンバン撃って!と、フロアデッキから顔を出したバードが様子を見に行くと、20階フロアでロックと対峙していた筈の小次郎が完全に挽肉になっていた。


「ロック! お遊びは後にしろ! 先に仕事だ!」

「……へい。すいません」


 バードが見上げた先、フロア25のデッキからエディが顔を出していた。一番上からアチコチに居るBチームの面々に指示を出し始めている。ただ、その途中で『やっとテッドが一人前になったんだがなぁ…… まぁテッドの息子だからな』と独り言のように呟くエディをバードは見た。


「テッド そろそろ日本勢の応援が来るだろう お客さんを迎えてやってくれ」

「オーケー!」

「ロック!顔出しは拙い。上にあがって来い。俺のを被ってろ」

「……Sir」

「バーディー そこの警察の生き残りをフロア中央へ引っ張り出せ」

「Sir」


 ロックの声がおもちゃを取り上げられてふて腐る子供のようだった。その子供っぽい声が可愛くて、ヘルメットの中でバードはニヤリとする。

 再び警察官の所へ来ると、無線であれこれやりとりしているようだった。おそらく重要な部分の内緒話をしているのだろうけど、まさか筒抜けだとは……


『ですから、宇宙軍の海兵隊です。上から掃討してきたようです』

『そうか、わかった。ユニット09より11。フロア20で海兵隊と合流しろ』

『ユニット09了解』

『ユニット10了解』

『ユニット11了解 いきなり撃たれませんよね?』

『ベースより各班へ 行儀良くやれ 粗相をするなよ』


 通信を終えた警察官を起き上がらせて明るい場所へ運び出すバード。


「どうする? いきなり撃たれるかもって心配してるよ?」


 バードの軽口にロックが乗ってきた。


「んじゃここへ来た瞬間に祝砲でも撃ってやるか!」



 さっきまでの声色とは全然違う明るい声。とりあえず『引きずっていない』のを感じてバードは安心するのだけど。


「お! サムライの皆様方がおいでになったぜ!」


 ドリーが囃し立てる中、中央通路から完全武装の集団が現れた。フロア20の中央広場へぞろぞろとやって来た警察突入チーム。それを出迎えるのはテッド隊長と一緒に立つエディ少将だ。ロックはエディのヘルメットを被って顔を隠している。


「お初にお目に掛かります。日本警察庁突入班長の吉田です」

「突入ご苦労です。宇宙軍海兵隊降下チーム責任者のエディ少将です」

「少将閣下。お手間をおかけして申し訳ありません」

「いやいや。これが我々の仕事だから。それより、あまり時間が無い」


 エディが例の劇場の人質搬出手段について相談を始めた。テッド隊長とドリーが一緒に居るのだけど……


「さて。手持ちぶさただな」


 無線の中でジャクソンが呟いた。

 誰も答えなかったけど、思ってる事は一緒のようだった。

 

「上の女性達はどうしようか?」


 バードの何気ない言葉だったが、無線の中にアリョーシャの声が聞こえた。


「私とブルで先に保護した。一番上で降下艇に乗せてある」

「じゃぁ後で下ろすんですね」

「そうだな」


 適当な会話をしながら待っていたらブルから指令が出た。

 

「リーナー ペイトン もう一度48階へ行ってくれ」

「へい。予定通りですか?」

「そうだ。日本政府設置のも使う。いま俺が作業中だ。久しぶりなんで手間取ってる」


 無線の中に笑い声が広がった。


「ブル! 手伝い行きましょうか!」


 リーナーの声が弾んでいる。


「うるせぇ! 手伝わなくて良いから邪魔すんな!」

「いや、でも、師匠のピンチにゃ弟子は駆けつけるもんですよ」

「ツベコベ言ってねーで、ちゃっちゃと48階へ行きやがれ!」

「へい!」

「俺が良いって言うまで吹っ飛ばすなよ!」


 再び無線に笑い声。

 Bチームの緊張もだいぶ解けたようだ。


「んで、ホテルエリアの連中はあのままですね?」

「あぁ、そうだ。予定通りだ。さくさくとやってくれ 気取られるなよ」

「Sir」


 全く言葉を交わさずにBチームが散開し行動する姿を見て、警察関係者が怪訝そうだった。だが、そんなのに構っている余裕は無い。機能を停止していたエレベーターを再起動させて、効率よく人質の搬出を開始しなければタイムアウトだ。100人単位で乗り込めるエレベーターだけど、さすがに二千人を超えると手間取る。

 警察関係者が手分けして人質を搬出させるなか、少しずつBチームが影に消えた。フロア20に残っているのは、顔出ししているエディだけだ。

 バードはロックと一緒に再び非常階段を登り始め激戦の跡を確かめていく。各戦闘フロアで死体が勝手に歩いて行ってないかチェックするのも実は重要な事だった。戦闘薬の過剰投与で心臓停止後も動き続ける兵士をゾンビと呼ぶのだが、そうでは無く戦闘中に気を失っただけで、あとから意識を取り戻しこっそり隠れる存在は厄介だ。

 死を恐れないレプリカントがそんな潜伏行為でテロの機会を待つ事が無いように、海兵隊の中にブレードランナーが居ると言っても過言では無いのだった。


「あのネクサス やばかったね」

「小次郎とか名告りやがった この手で殺してやりたかったが」

「なんで?」


 バードはほぼ素の言葉で()いたのだが、何故かロックは一瞬口籠もった。なにか言いにくいことがあるのだろうか?とバードは訝しがるのだが。


「でも、エディが正しいよ。まずは」

「そりゃわかってるけどな……」


 結局、ロックは口を割らないまま47階の劇場フロアまで登ってきた。ここまでゾンビの存在は無いし、撃ち漏らした敵と偶発遭遇することもなかった。もちろん、隠れていたレプリカントとも遭遇していない。そろそろ気を抜いて平気かな?とバードが思い始めた時だった。

 突然、上の階から鋭い爆発音が聞こえた。なんだなんだと一瞬騒然となって、その直後、チーム無線にスミスの声が入る。先に登っていったスミスとジョンソンのグループだ。


「バーディー!大至急60階へ来てくれ!」

「どうしたの?」


 無線の中に大声で喚いている男の声が入る。ノイズ混じりでよく聞き取れないのだが、相当怒っているのは解った。


「ホテルの宿泊客を警察が保護しようとしてるか、どうも様子がおかしい」

「レプリっぽいの?」

「それは解らない。ただ、まともな人間の応対とは思えないんだ」

「わかった! 急行する!」


 スミスの視界にお邪魔して様子をうかがう。どうやら、リーナーが設置したトラップを誰かが作動させたらしい。踊り場付近で完全に伸びている警察の突入チームが5人。通路では警察関係者とホテルの部屋に居た人間が何かを言い争っていた。


「あと3分で到着!」

「銃撃戦になるかもな」


 ボソッと呟いたロックの言葉に驚いて拳銃を確かめた。Yeckのドラムマガジンには残りの弾が十七発。心許無いとか言ってる次元じゃ無い。S-16は既に撃ちつくしていて、ただの重り状態。


 暗い影がバードの心に冷風を吹き込んだ。


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