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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第1話 オペレーション・ブラックライトニング
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敵との対話


 タイレル社の工場敷地を走りながらバードは胸の中で毒づいた。

 衛星軌道上から見下ろした時点で、バカみたいに広いというのは解っていた。

 ただ、実際に敷地を走っていると、その大きさを厭でも実感させられるのだ。


 工場本屋の壁沿いに伸びる周回道路を全力疾走してるつもりなのだが、走れど走れど終点が見えてこない。


『到着まであと25秒!』


 無線の中でそう叫んで、そしてもう一度敷地のマップを確認したバード。

 目標の事務所は工場の生産管理とか、そんな事務所だろうと当たりを付けた。

 違うかも知れないけど、事務所のサイズを考えれば生産の現場では無さそうだ。


 行けばわかると思いつつ、なかなか到着しない距離に苛立つ。

 何となく嫌な予感を感じながら走っていくと、遠くに銃を持った男が見えた。


 速度を落とさずにバードは接近した。

 まっすぐに突入していって相手の反応を見る為だった。

 その直後。バードの周囲に銃弾が通過していった。

 背中にジットリと嫌な汗を流す錯覚をおぼえた。












 ――――――――オリンポスグラード郊外

           タイレル社火星工場南西部 火星標準時間1355













 ――撃ってきた!


 若干速度を落として対抗射撃を行なうと見張りと思しき数名の男達が即死する。

 案外手ごたえの無い敵だが、やる気に乏しいという感触もあった。


『バードゲージ到着! エネミークリア!』


 無線の中に報告を上げ、遠慮無く接近してドアノブへ手を掛けた瞬間だった。


『あっ!』


 視界の中に眩い閃光。そして全身に衝撃を感じる。

 理屈を考えるより早く身体が自動で勝手に回避行動を取った。

 後方へ全力で飛び退きながら、身体を捻って爆風をやり過ごす。


 ドア部分に設置されていた感圧センサー式のブービートラップは手榴弾だったらしく、その強烈な威力が襲いかかってきてバードははじき飛ばされた。世界がスローモーに流れるのを見ながら、視界の隅に白い返り血をベッタリと付けたロックが到着するのを見た。


『バード!』


 文字通り間一髪で手榴弾の最大殺傷効率範囲を回避出来たらしい。

 全ての破片が装甲服によって奇跡のように弾かれた。


「大丈夫。ギリギリで間に合った。後ほんのちょっと遅かったら最大効率だった」


 とりあえず余裕を見せる為に冗談を口走ったけど、バードは僅かに震えた。


「平気かよ…… すげーな。んで、中は?」

「まだ見てない。手榴弾の閃光は見たけど」


 今度は慎重に接近しドアの周囲をブラスターで掃射。

 問題が無いのを確認してからロック以外の到着を待つ。

 程なくダニーも到着し、緊急メディカルキットをチェックし始めている。


 医師で衛生兵のダニーはこんな時だとフォローに回る事になるのだから、手抜かり無く準備を行うのは欠かせないことだった。


「突入するんだろ? ロック」

「あぁ。それしかねぇ」

「後の事は任せとけ」


 ニコッと笑ってサムアップのダニー。

 命に別状あるレベルの負傷でもなんとかなる装備だ。


『たった今、海兵隊が工場本屋を制圧完了した。そっちへ向かう。第4クォーターには間に合うだろう』


 無線の中にドリーの声が響き、バードは視界の中にフィールドマップを広げた。

 広大な工場敷地の中に制圧完了のグリーンゾーンが大きく広がっている。

 工場本屋も緑のエリアに含まれ、最後のレッドゾーンが目の事務所だった。


「ダニー バード 援護してくれ 突入する」


 ロックはライフルも拳銃も背中の荷物までも下ろして身軽になった。

 外せる荷物を全部なくし、ヘルメットまで取って超身軽モードになっている。


「ロック? 武装は? それだけで?」

「おいおい! 俺はCQBスペシャリストだぜ?」


 ロックは表情を変えずに腰の鞘からショートソードを二本取り出した。


「敵に触れられる距離での戦闘なら無敵さ! 隊長でも(なます)に切り刻める」


 ロックの笑顔に狂気が宿っていると直感したバード。

 だが、グッとロックが身構えた瞬間、バードの頭の中に何かが思い浮かんだ。

 言葉で説明する時間が勿体無いと感じ、僅かに震える恐怖を振り払うチャンスだとも思った。

 そして、ロックが飛び込むコンマ数秒前にCー26(ブラスターライフル)をポイと投げ捨て、同時に建屋へ飛び込んだ。

 片手で拳銃を抜き、側転しつつ逆さま方向の視野で中に居た人間の目をスキャンする。無茶で無謀で蛮勇だ。だけど、成功すれば自信になる。


「三列横隊! カナリア手前二列!」


 人質を盾に立て篭もっていたのはレプリ兵士だった。

 当然のようにレプリの銃口は全部バードを追跡しながらバリバリと撃ってきた。


 その全てにレプリの反応がある中、殆んど遮蔽物のない事務所の中をバードは横っ飛びで移動し、投影面積を最小にしつつ拳銃で応戦する。ざっと二十人から居る連中の収束射撃は洒落になって無い。

 しかし、サイボーグ向けに作られたフルオート射撃の出来る拳銃だ。打撃力に遅れは取らないうえに、至近距離で撃ち合うなら13ミリパラの威力は絶大だ。


 ついでに言うと苛電粒子系のエネルギー照射兵器と違い、弾丸など物理的ダメージを直接与えられる武器の場合、こっちが優勢ならば相手を心理的に追い込める。

 当然の様に向こうが竦む訳で、ほんの一瞬でも心に隙が生まれる……


「ッソイ!」


 ロックは不思議な掛け声で突入した。

 視界の隅に写ったロックの姿に残像が出ていて、その恐るべき速さのまま次々とレプリを斬り倒した。驚く間もなく、本当に一瞬だった。そして、返り血一つ浴びずに、最後の一人の顎下からショートソードを突き刺し、二十数名の惨殺を完了。


 脳幹を完全に絶って動ける人間は理論的に存在しない。神経を完全に切られるのだから、一撃で絶命する斬り方だった。


 ピクピクと痙攣するレプリの死体からソードを抜き取ったロックは、血糊をレプリの着ていた衣服で払った。返り血を浴びつつ平然とレプリを見下ろすその姿に人質たちが息を呑んでいる。だが、当の本人はふと我に返ってバードをチラリと見た。


「おいおい! 無茶をすんなバード!」

「私の仕事よーん」


 ヘルメットを取ったバードはヘラヘラと笑っていた。

 女性が戦闘していると気が付いて人質たちが一斉に驚いた表情を見せる。

 そんな中、ダニーもヘルメットを脱いで建屋へ入ってきて、バードとロックをチラッと見てから背筋を伸ばす。

 一瞬の間に凄惨な戦闘が行われたショックだろうか、人質は正体が抜けたようにへたり込んでいた。


「お待たせしました。皆さんお怪我はありませんか? 私は海兵隊降下チームの医師です。簡単ですがメディカルチェックしますね」


 ダニーは一人ずつ問診し、バイタルチェックを行い始める。Bチームの衛生兵であるダニーの左手は聴診器だったり血圧計だったり、或いは体温計の機能が装備された医療機器そのものだった。


 ――Bチームって凄い!


 と、バードは他人事のように思った。


「全員問題ないね」


 ダニーが笑顔でサムアップしてる。

 だけど、その裏では。


『バード 人質の中にレプリが紛れてる 心音が並みの人間とは違う』

『うそ! レプリ反応でないよ? おかしいな』


 バードは改めて人質達をジッと見た。

 どこかボケッとしていて状況を飲み込めていないような感じで座っている。

 これと言って怪しい点は見られないが、上手く化けている可能性も多分にある。


 気を抜くには聊か早いと思うが、実際にはどうして良いのかわからない。

 そんな中、一人だけ不安そうに周囲をキョロキョロしている者が居た。

 その動きがとにかく怪しいのだが、確かめるには接近しなければならない。


『何らかの改良型、或いは新型かもしれない。とりあえず注意しよう』

『そうだね。言われて見ればちょっと周りを警戒し過ぎかも』


 落ち着き無く周辺に目を配っているのが判る。

 どうもこれは臭い。そんな感じなのだけど。


「まもなく本隊がやって来ます。それまで中に居てください。この建物に爆発物は有りません。さきほど確認しました。安全が確認され次第、移動してもらいます」


 ダニーがよどみなく説明している脇でロックが戦闘装備を再装着しはじめ、それを手伝いながらバードは隊長に報告を入れた。間髪いれず次の指示が返っていた。


『ロック、バード。三分後に本隊が到着する。カナリア(人質)の保護をぬかるな。ペイトンとライアンはテロリストの情報を再確認。工場のデータベースを捜査しろ。考査部がデーターごっそり抜き取る前に失敬しておけ。テロリストかレプリの疑惑野郎はそれとなく隔離して、監視をつけろ。リーナーは工場内の爆発物をチェック。スミスとジャクソンは撤収準備だ』


 一斉にメンバーが動き始めるなか、何気なく人の気配を感じて窓の外を見たバード。建屋の外には海兵隊のヴェテランを連れたドリーが到着したところだった。


「騎兵隊の到着だぜ! 悪党はどこだい?」

「おせーよ! 全部俺が片付けた。ミジン切り終了だ」


 ドリーとロックが笑って会話してる。海兵隊員も笑っていた。

 緊張の糸が切れたのか、緩い表情になって銃をおろしくつろいでいる。

 だが、Bチームの無線内では緊迫したやり取りが続いていた。

 見事な腹話術にバードは驚いた。


『そこの野郎か?』

『そうらしい。ダニーが言うには普通の人間じゃねーってよ』


 へらへら笑いながらも、舞台裏では緊張感を持ってやり取りしている。

 ふと、たいしたもんだとバードは感心する。


『でもさぁ レプリ反応は出ないんだよねぇ 人間じゃない? レプリのフリ』


 無線の中で独り言って芸もどうだろうとバードは思う。


『バードがそう言うなら間違いないだろうけどなぁ……』

『ブレードランナーの識別マーカーってエラー出すか?』

『仮に未登録の新型なら識別は出来ないよな』

『まぁ、そう言うことだけど……』


 くだらない話で盛り上がってる裏側でドリーとロックが話し込む最中、ダニーの緊張した声が無線に流れていた。どうやらデータの整理が終ったようだ。


『……ここの工場は闇でカスタムレプリの製造をやってた可能性が高い。しかも、相当高度な奴だ。心音分析とバイタルチェックのデータを付き合わせたが、心音分析からネクサスⅩⅠ(11)シリーズの違法改造レプリだと思う。そして、レプリと言うよりオリジナルの強化クローンに近い。ただ、こんな心音データは見た事が無いから解らない。人質を尋問してみよう』


 無許可での改造レプリ製造は法で禁じられている重罪だ。

 だけど、なぜまたカスタム型レプリなんか製造しているんだろうか?と、バードはそこが腑に落ちない。

 レプリカントも実際はクローンみたいなもので、造る道具は同じだから副業みたいな物と言う可能性も有る。だが、それを方で禁じられている以上、リスクを犯してまでやると言うのは考えにくいサイドビジネスだ。

 

『それより問題は、なんでレプリが人質に紛れてるか?じゃない?』

『そうだな。バードの言うとおりだ。今からそこへ行く。注意を怠るな』


 隊長の声が無線から流れた。

『これはヤバい展開じゃ無いの?」と、バードの背筋に悪寒が走った。

 居並ぶ人質達は、ロープで縛られていた痕をさすっていた。


「ちょっと失礼」


 バードはレジスタンスの死体が気になったフリをして人質の方へ歩み寄った。

 人質が何かをヒソヒソと囁くのが聞こえたのだけど、それは無視した。

 ODSTの女性士官ならどう考えてもサイボーグだ。


 ――正体がサイボーグだってばれたかな?


 と、訝しがったのだけど、いまはその問題を考えている場合ではない。

 割と薄暗い事務所の中、手持ちのハンドライトで中を照らしたバード。

 縄を解かれた人質の間をワザと割って入って死体を確認に行くフリだ。

 何気なく振り返って光りを走らせ、疑惑の存在の目を照らした。


 レプリ疑惑な人質の真横を通り過ぎながら、バードは虹彩をチェックした。

 普通の人間と違って、虹彩が小さくなる速度はレプリそのものなのを見逃さなかった。そして、虹彩部には解読不能なバイナリーのデータ。バードが持っているレプリカントの種別識別情報には無いバイナリーだった。


「あれ 怪我をしてませんか? 血が滲んでいます」


 右手のグローブを取ってバードは人質の頬を触る。

 汚れを落とすような仕草で硬質プラスチックの人工爪を頬に突き立てて傷をつけた。傷口を照らすようにライトを近づけたら、再び虹彩がすばやく反応する。


 そのマウント部のバイナリーが見えた。相変わらず識別は出来ない。

 だが、バイナリーの数字はおそらく生産管理番号だと思った。


『虹彩部にバイナリーデータを確認! つまみ出します!』

『なんだって!』


 ダニーが驚きの声をあげる中、バードは慌てるフリをし始めた。


「あ! これ! たいへん!」

「どうしたんですか?」

「ちょっと明るい所へ! すぐ手当てしましょう! ダニー! 早く早く!」

「え?」

「傷口に化膿の兆候があります。白色の膿汁です。建屋の外に出ましょう。明るい場所の方が良いです」


 両手でヒョイと摘み上げて、抱えるように外へ連れ出した。

 一瞬非常に険しい顔になったのをロックは見逃さなかった。

 重量的には普通の人間と変わらないとバードは思った。


 だが、外へ連れ出して壁際に座らせたバードは、数歩下がってジッと見た。

 同じタイミングでテッド隊長がやって来て、ドリーに率いられやって来たODSTの隊員が三段重ねで銃列を敷いた所だった。


「上出来だバード 良くやった」


 テッド隊長が直接来るとは思わなかったバード。

 軽く驚きつつも、その姿に息を呑む。

 真っ白と真っ赤な返り血を浴び、装甲服のアチコチへ被弾痕をつけている。


「あなたレプリカントでしょ」

「なんだ ばれたのか」

「やっぱりそうだったんだ」

「そういうお前は…… ブレードランナーか 見抜かれたか」

「仕事だからね」


 バードは自分の表情が変わらないようにロックをかけた。

 全くの無表情になったのを、隊長をはじめODST全員がジッと見ている。

 あっさりレプリカントだと認めた男は、鼻白んだ表情でバーディーを見た。

 殺す側と殺される側の達引が始まっていた。


「イエロータグってこたぁ 新入りかい? ご苦労さんなこったなぁ」

「そうよ 私はバード 短い間だろうけど よろしくね」


 ここで自分で手を下さなくても必ず処分されるだろう。

 それは間違いないとバードも解っている。

 なにせ違法な存在だ。抜け道などある訳が無い。


 つまり、圧倒的にバードの側が有利なのだ。

 でも、内心を見透かされているようで、バードは腹が立ってしょうがない。

 余裕風を吹かせていきがっているのが腹立たしい事この上ない。


「せいぜい気張れよ新入り ゼンマイ仕掛けのブリキの人形(おもちゃ)


 まるで生ゴミでも見るような目でバードを見ている。

 ただ、どれ程強がっても、もはやチェックメイトなのはわかっているはずだ。

 生存への望みを捨てたのか、何処か開き直るようにふてぶてしい態度だった。


「強がるなら相手を選べば? 私はあなた達を狩るハンターでプレデターよ」

「フン! お前は人間の様な ばけもの(機械)だろが!」

「機械生物の分際で人間様に向かって随分なご挨拶じゃない」

「人間様だぁ? ふざけんなポンコツ。俺は死ねるがお前はただの故障なんだよ」


 バードは乾いた笑いしかでてこない自分にすらも腹が立った。

 その心の内に大嵐のような波風が立ち、バード自身が驚くほどに殺意を覚えた。


 表情が変わらないようにロックを掛けたのだけど、無意識にそれが外れていた。

 口元には倣岸な勝利者の冷笑が浮かぶ。


 士官学校でプリーブ(一年生)を指導する四年生ディテイラー(監督生)のように腕を組んで、見下すようにしてバードは立っていた。


「故障して修理不能で廃棄されるだけだろうが。お前から機械を取ったら何が残るんだよ」

「さぁ…… まだ故障した事が無いから知らないわ。それに、多分いまのあなたと同じじゃないかしら? 残る物はきっと同じで、ただの生ゴミよ」

「……バケモノ(機械)が お前は人間の様な機械で俺は機械の様な人間だ」

「自分で言っといて世話が焼けるわね あなたもバケモノ(機械)なんでしょ?」


 これ以上無いくらい冷たく言い放つと同時にニヤリと笑う。

 顎を上げて下目に見下す姿にレプリから笑みが消えた。


「私から機械(ばけもの)を取ったら人間が残るけど、あなたは何が残るの?」


 レプリから一瞬だけ燃え上がるような殺気が漏れた。

 だけど、すぐにどこか達観したように笑い始める。


 強がってる笑いじゃない。

 このレプリは何処か完全に見下している笑いを浮かべている。


「自分が人間だと思ってるうちは楽なもんだな。自分の脳を自分で見た事あるのか?」

「……はぁ?」

「自分が自分だと誰が証明するんだ? どうせ本体は主電脳上のAIだろ?」

「ふんっ! AIにAI扱いされちゃ立つ瀬も無いわね」


 バードは精一杯の強がりを見せたつもりだった。

 だが、どうも相手のほうが一枚上手だったと気が付く。


 ただ、士官は負けちゃいけない。

 部下の前で無様な事もしちゃいけない。


 将校は常に悠然と、泰然としていなければならない。

 ふと、そんな教育をふと思い出す。


「あなたも似たようなものじゃ無い。ただのプログラムでしょ?」

「なん……だと?」

「量産型の消耗品でしょう? 値札のついたただのスレ―ヴ(商品)。まぁ、いいわ。逃がしてあげる。走って逃げなさいよ。AIじゃ無いんでしょ?」


 バードの顔に浮かぶその表情は、勝利者の笑みでも支配者の冷笑でもない。

 捕食者が獲物を追い詰めた時に見せる歓喜の表情だ。

 牙を剥いて今まさに襲い掛からんとしている猛獣のように、口内の犬歯が見えるほどに上唇を醜いまでに釣り上げて、さぁ今ここで殺してやると言わんばかりの喜色が浮かぶ。


 人間が浮かべる笑顔というのは、肉食獣が牙をむいて見せる仕草と同じだ。


「今日の運はどうなの? 朝の星占いちゃんと見た? 自分のツキに賭けてみるのはどう? 運が良ければ逃げ切れるかもしれないよ? どうなの? 答えなさいよ。この火星のゴキブリ野郎!」


 レプリが絶句した。

 だけど、バードは囁くようにして嗾ける。


「さぁ走れ。ゴキブリのように」

「ヘッ! ……ダーティーハリー気取りかよ」


 男は『ペッ!」と音を立てて唾を吐き、それはペチャリと汚い音を立ててバードの着ていた装甲服に着弾した。一瞬、バードの表情が変わったのをODST全員が見た。そして。バードは呟くように言った。


「Make…… MyDay  Fucking Dump!」


 バードの頭の中で、何かがはじけた。

 

 驚くべき速度で腰のホルスターから拳銃を抜いたバードは、そのまま、足の先からバンバンと撃ち込んでいった。


「バード!」


 マガジンが空になって無意識にスペアのマガジンに入れ替え、更に撃ち続けた。

 白い血を撒き散らしながらレプリが死んでいく。


「もう良い! もう止めろ!」


 最後に眉間へと撃ち込んだバード。

 レプリの男は頭蓋骨の後ろ半分を壁にぶちまけて動かなくなった。


「撃つな!」


 だけど、その顔は笑っていた。

 それが猛烈に悔しくて残っている弾を全部撃ち続けた。

 弾を撃ちつくし、スライドが開いて止まった。


 テッド隊長の怒号が響いたのすらバードは気が付かなかった。

 頭の中が真っ白になって、無意識に撃ち続けていた。


 混じりけの無い純粋な怒りに、我を忘れていた……

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