それぞれの激闘
――――シブヤシティ タワー109最上部 109階
日本標準時間 1830
リーナーは音を立てないよう静かに扉を開けた。明かりの消えた大きなフロアに侵入したBチームの面々は、薄暗い部屋の中を確認する。構造や中の様子から見て展望室なのは間違いない。
熱赤外線モードと併用すると、真っ暗な部屋の中に夥しい赤い点が見える。ほぼ真っ暗の環境だけど、所々に非常灯が燈っていて、その灯りの下にいるのは、ロープで縛られ猿轡をされた夥しい数の女性達だ。皆、完全に眠っている。
「麻酔を掛けられてるな」
ダニーはそう分析した。推定年齢で12~15歳程度から30~35歳程度の若い女性ばかり。リーナーが道を譲って空いた所をロックが通過した。その後ろからバードが展望台へ侵入。周りを確認したら、銃を抱えたまま居眠りしている男を発見。
「チェキオン! コードイエロー! アンノウン!」
バードは慎重に接近し分析する。瞳が見えないからレプリかどうかは確証がない。だが、体臭に紛れる皮膚分泌物の成分分析で酸化アルミニウム反応がない。
「ノープロブレム! クリアファーステン!」
かまう事は無い。殺れ!とテッド隊長が指示を出す。
「ヤー!」
ロックが慎重に後方から接近し、口をパッと抑えナイフで喉を切り落とした。一瞬篭った呻きを上げて、数秒で絶命した。部屋の中に居た見張りは数名だけ。全てを慎重に処理してロックが帰って来た。
「死体を集めろ。騒ぎになると面倒だ」
テッド隊長が指示を出し、見張りの死体を階段の踊り場へ集めた。皆、ビル職員の姿をしていて、身分証明書を胸に付けていた。そんな姿にロックとバードは首を傾げる。
「これ、おかしくない? なんでビルのスタッフユニフォームなんだろう?」
「だいぶ前からテロ屋が紛れ込んでたか、それとも、本当に彼女らを護ってたか」
ロックが死体を確かめながら言う。だけど、死体は喋らないから、確かめようが無い。
「下に行けば判るだろう。ドンドン行くぞ」
テッド隊長が移動を促した。慎重に階段を降りて行くと108階の展望レストランへと到達した。フロアの中はもぬけの殻だ。椅子もテーブルも窓際に片付けられ、がらんとした広場になっていた。リーナーは床に這いつくばって絨毯の沈み具合を確かめている。
「相当の人数がここに集まったようだ。絨毯のめり込み具合が酷い」
「どう言う事だ?」
その問いにビルが答えた。
「おそらく人質の選別をしてますね。足跡が二種類あってエレベーター出入りの他に階段へ続いてる」
「一旦ここへ集められ、上の人質と下へ戻された人質が居るって事か。何の為だ?」
「さぁ。そこまでは。ただ、エレベーターに乗ったのは明らかに体重が重い集団です」
テッド隊長がしばらく考え込む。
「人質を選別している? なぜだ?」
「面倒なヤツは置いてく方針だったのでは?」
ビルが言うと妙に説得力がある。
「まぁいい。サクサク降りるぞ」
テッド隊長が銃を構えて前進を指示し、Bチームは再び階段を折り始めた。テンナインの100階より上は展望台やレストラン、イベントホールのようだ。そういった部分を抜け98階まで降りていた。この辺りはテナントとして入っている企業のオフィスが幾つも並んでいた。既にオフィスエリアに人影は無い。全て移動させられた可能性が高い。
Bチームは人質やテロリストを探してフロアを探索する。そんな時、再び視界に地上側の突入チーム映像が入ってきた。今度は明瞭な音声付だった。
『ベースより各班 状況送れ』
『ユニット02 メインシャフトへ侵入 上昇を試みます』
『ユニット03 フロア08制圧09へ向かいます』
『ユニット01 セキュリティユニット機能停止 監視システムのルート権強奪完了』
『ユニット04 フロアB1より下層の制圧を完了 Bユニット配置』
続々とエントランス部周辺を征圧していくのだが、その手際がさっきまでとは大違いだ。これといった被害を出さず安定して侵攻しているのだった。
「大したもんだな」
テッド隊長も唸る見事な手際だ。
でも、これだけの実力があるなら……
「さっきまで突入してた人たちは死に損ね」
命を軽視した作戦展開にバードはウンザリだ。間違いなく死ぬようなポジションへ送り込まれた警察官に同情する。ふと、突入チームの撮っている映像にジャイアントが捉えられた。天井に頭をこすり付けている、身長5メートル近い奴だ。
「ほぉ! あいつらRPG持ってるぞ!」
「やるなぁ! 外しさえしなけりゃ一撃だ」
画面の向こうで突入部隊の隊員がRPGを構えた。延々と300年使われているベストセラーRPG。携帯式の対戦車兵器は、こんな場面でも有効だと教えられている。Bチームも、ヤバイ相手のときはパンツァーファウスト持って降下を行う。
―― ドンッ!
至近距離からRPGを喰らってジャイアントの上半身が砕け散ったのだが、その背後にも何体かのジャイアントが見えた。突入班は景気よくバンバンと撃ち込んでいて、さらに今回の突入チームはSー16を気前良くバリバリと射撃している。でかい薬莢がカキンカキンと音を立てて床に落ちている。その都度に後方のレプリが挽肉に変わっている。どう見ても警察レベルの装備ではない。ちょっとおどけてリーナーが言う。
「おいおい。俺たちの仕事無くなるんじゃねぇか?」
「それだとありがたいけどね。正直嫌よ、一般の人を手に掛けるのは」
気が付けばいつの間にか……
そんな話はそれこそいくらでもあるんだろうけど、バードもまたいつの間にか素直な言葉を遠慮無く言えるようになってる。本人も周囲も意識しない間にBチームへと溶け込んでいた。
「まぁ、そりゃそうだが、無理ってもんだろうな」
「そーだそーだ。俺たちが送り込まれるのはいつも地獄だぜ」
ペイトンもビルも笑っていた。どこか自嘲気味に。
バードはそれがちょっと寂しかった。
「だよね」
だけどそれを認めるのは、バードにとってはもっと寂しかった。偽らざる本音として戦闘は無い方が良い。誰も死ななくて済む。もちろんレプリだって。甘いと言われてもバードはそう思った。
『ユニット04 Bユニット設置完了』
『ベースよりユニット04 上部フロアのフォローに向かえ』
『ユニット04 了解』
ちょっと首を傾げる。
「Bユニットってなんだろう?」
「ボンバーだろ。爆発物だ」
工兵らしく分析したリーナーが身振り手振りで解説する。
「タワーだからエレベーターシャフトはかなり上まで貫通してるはずだ。そこへ爆風を導いて各フロアを一網打尽って事さ。神経毒とかのガスを爆風で押し上げるんじゃないかな。窓が割れていれば上手く抜けるし、それにガスが外気に出て消散すれば中和の手間が省ける。ある程度上にあがったら、今度は下方へ向けて爆破して基礎にダメージを与える。これでビルは挫屈して倒壊するだろ。人質ごとな」
メンバーが一斉にリーナーを見るなか、ロックだけは一瞬だけバードを見た。日本人が日本人を見たその意味を、バードは瞬時に理解した。
「日本の警察の手でまとめて処分するって事か。他所の手を借りずに」
ロックがボソリとこぼした。
その言葉にリーナーは愚痴とも付かない言葉を吐いた。
「中は日本人だらけなんだろ。日本は未だに他国の人間をガイコクジン扱いだからな」
「せめて身内の手でって事なんだろうさ。切腹の介錯をするのは最高の名誉職だから」
Bチームに随分馴染んでるけど、でもやはりロックは日本人だ。ソードマンの異名は伊達じゃ無いと、バードはつくづく理解した。この人は侍なんだと。相手を苦しませず、一撃で絶命させるプロだと。だが。
「セップクか。あの文化だけは理解出来ない。何で逃げないんだろうな?」
ジャクソンが不思議な事を言う。
日本人とガイコクジンのメンタリティの違いをバードは痛感した。
「だって逃げたら恥ずかしいじゃん。潔くないよ。そんなの」
思わず言ってしまった言葉にロックも賛同する。
「日本は島国だからさ、どんなに遠くへ逃げても海に阻まれてお終いだ。必ず捕まる」
「捕まった時に尻尾巻いて逃げ出した奴って指差されて馬鹿にされるのは恥でしょ」
日本人の美徳ってかなり変なんだろうけど、でも、私たちにはそれが常識だから。
バードは何処かムキになって反論している。
「キリスト教圏は罪と罰の文化。だけど日本だけは名誉と恥の文化。その違いだな」
心理学を専門分野とするビルの言葉は、妙に説得力があった。なんか日本と日本人を良く理解していると思った。ただ、Bチームの思いと言うか思惑を他所に、地上側では着々と事態が進行していた。
『ベースより各班 状況を送れ』
『ユニット01 フロア14まで制圧を完了 現在四名損耗 重傷者は自決しました』
『ユニット02 空調管理機能制圧 上部エアコン機能を停止しました』
『ユニット03 塔内無線機能制圧 塔内における電話及び無線を無力化しました』
『ユニット04 地下施設機能制圧 上下水道及び冷却水の循環を停止しました』
『各班状況承知 ユニット05より08 フェーズ03スタート』
『ユニット05 所定地点到着しました 視程良好 東壁制圧開始』
『ユニット06 05と同じく西壁制圧を開始』
『ユニット07 同じく北壁制圧開始』
『ユニット08 南壁制圧開始』
なにが起きてるんだろう?とバードは考え込む。通信だけ聞いていると意味がわからない。だけどひとつ分かる事がある。これからテンナインの中は、テロリストやレプリが蒸し焼きにされる。人質ごとだ。
エアコン冷却水など循環系の機能を停止させれば、建物の熱は循環が出来なくなる。つまり、内部の温度は上がる一方となり、テロリストも暑さに負けて風が通るところへ出てくるんだろう。
「ほぉ。こりゃたまげた。奴らL-47を装備してやがる」
ジャクソンが驚きの声をあげた。いつも彼が使っている大口径精密狙撃ライフルだ。スミスと同じく約13ミリの大きな金属銃弾を発射する火薬式の銃。千メートルの距離からでも強靭なレプリの肉体を一撃で破断出来る。
『ユニット06 西壁側に人影 射撃許可求む』
『ユニット08 南壁側も人影 射撃許可求む』
『ベースより各班 各個判断により射撃開始』
次の瞬間。音声を拾っていたマイクに大音量の射撃音が響き始めた。一瞬音が割れるほどなのだけど、ジャクソンだけは冷静に聞いていた。
「装薬を減らしてるな?まぁ、あの距離じゃ壁ごと貫通するだろうしな」
温度に負けたのか、それとも風に当たりに来たのか。次々とタワー内部から外壁付近へ人が出て来ている。窓辺まで来て外の様子を伺う人が見える。どう見てもテロリストだ。だけど次の瞬間、すぐ後ろに居た何人かの人たちごと銃弾に貫かれた。
血飛沫が飛び散り肉塊を撒き散らして死んで行く。窓辺からバランスを崩して外へと倒れこむ人が続出。悲鳴が上がり目の前の人が挽肉に変わって、何処かのマヌケが腰を抜かしていた。
「あー 本当に始めやがった」
ガクッと動きが減った。建物から外の様子を見に来る人が居なくなった。何で出てきたんだろう?テロリストが様子を見に来たのだろうか。随分と無用心な奴も居るなと、そう思った次の瞬間だった。
「あっ! ばか! やめろ!!」
ジャクソンが叫んだ。
Shit!!
皆の目が画面に釘付けだった。十歳かそこらの小さな子供だった。とっさに目をつぶったのだけど、映像データは脳に直接来ているのだ。目をつぶっても映像は見えてしまう。
ただ、見る事が仕事の筈のブレードランナーが目を閉じた。バードはその事に自分を恥じた。でも……
『ユニット07 こっ…… 子供でした』
『ベースよりユニット07 よくやった』
『しかし!』
『国連軍が介入すれば、どの道皆殺しになる運命だ。俺たちが汚れ役になる』
――――そうなんだ
彼らはそこまで解っててやってるんだ。自分の経験に照らし合わせ、泣きそうになるのをグッと堪えたバード。AI体の模擬戦とはいえ、子供を撃ってしまったと落ち込んだ自分を思いだす。だけど、バードのすぐ近くに居たドリーが頭を抱えていた。
「作戦が漏れてる。スパイが居るか情報が筒抜けか。それとも」
「今回の出撃も筒抜けの可能性があるな」
ライアンがボソッと呟き、その言葉に思わず寒気を感じたバード。チラッと目をやった先のテッド隊長は、まるで冷や汗でも流してるかのようだ。
「人質を生きたバリケードにして立て篭もったら……」
ライアンの言葉が皆の胸に突き刺さる。言うまでも無くみんな同じ事を考えた。人の壁。人の鎖。人の防壁。その向こうからバンバン撃ってくるテロリストたち。
こっちの反撃は人質の身体に当たって、口から血を噴出しながら死んでいく。怨嗟の言葉を沢山聞きながら、バードたちは侵攻しなければならない。
『ユニット01 フロア18へ到達 現在残存七名 後続を待ちます』
『ユニット02 所定点まであと一〇分 残存八名』
『ユニット03 現在空調ダクト破壊中 催涙ガスユニット設置完了』
『ユニット04 地下冷却水タンク エアコンユニット 破壊完了』
『ベースより各班へ ユニット09以降を突入させる 各班の奮闘に期待する』
続々と流れてくる情報に皆が黙り込んでいた。
随分と手際が良いと思っていたが、正直予想以上だ。
「黙って眺めてたけど、ちょっと凄くない?」
「あれだけ強力に抵抗しているテロリストを圧してるな」
バードの言葉にジャクソンが相槌を打った。
「それはいいんだが、バーディー。画面の中にレプリはいるか?」
テッド隊長はバードに声を掛けてきた。
「………………あ!」
バードも言われて気が付いた。さっきからチラチラと映るテロリスト側にレプリが居ない。全く反応が出ないのだ。レプリチェッカーのインジケーターが微動だにしていない。
「全く反応無いです。全部生身です」
「ほんとか?チェッカーのスイッチ入れ忘れとかじゃ無いだろうな」
「もちろん。全く反応が出ないから私も忘れてました」
「おいおい。ブレードランナーがそのザマでどうする」
「すいません」
気になってサブ電脳に残ってる最初のシーンから再生させてみた。
早回しでチェッカーを使ったんだけど、全く反応が無い。
「もう一度チェックしましたが、やっぱり反応ありません」
「つまり、本当の地獄はこれからと言う事か」
そう呟いたテッド隊長をジョンソンがチラリと見た。
Bチームの面々も同じ様にしている。
「データシートを見る限り、ネクサスⅩⅢは生身の兵士でどうにかなる相手じゃない」
何気ないドリーの言葉に、皆がもう一度身を硬くした。今まで突入班が相手にしてきたのは、ジャイアントを除けば普通のテロリストだ。戦闘に特化した兵士として作られるレプリがこれから参戦してくるだろう。
息を呑んで画面を見ているのだけど、明らかに突入した各班が油断し始めていた。動きにキレが無いし、注意も散漫になってきた。これじゃ危ないとバードも思い始めている。
「なんだこんなもんかと油断してるな」
ボソッとビルが言った。戦場でこれをやると命取りなのはよくわかってる。なにがあっても戦闘終了まで気を抜いちゃいけないし、油断をしてもいけない。それをした場合、待ち受けるのは『死』だけだ。
『ユニット03 上層階への突入を具申します』
『ユニット02 意見を支持します』
『ユニット01 このまま突入できます 行かせてください』
声が弾んでいるとバードですら感じるほどだ。
「あー 完全に敵をなめてるね。これは」
「死ぬよ? 本当に良いの? 止めた方が良いと思うけど」
ライアンもジョンソンも言いたい事を言っている。
『ベースより各班 ミッションの逸脱は認めない 所定行動を取れ』
『ユニット03 了解しました』
ここで会話が切れた。
残りの突入班からの返事が無い。
「出会っちゃったね。きっと」
バードが最悪の出会いをつぶやいた。
ドリーは『あーぁ……』とそんな感じでうんざりだと両手を広げた。
「あぁ。声も出せずに全滅だろう」
「いや、違うな。暗号に変調が入った。再分析する」
ジョンソンが急いで分析を再開する。
それと同時にテッド隊長が手を上げた。
「フロアを一応調べろレーザーや振動センサーのブービートラップを探せ」
メンバーが四方へ散ってあちこち確かめた。
「西側問題なし」
「東側問題なし」
「南面問題なし」
「北壁問題なし」
テッド隊長が頷く。
「気を取り直して前進だ。充分注意しろ」
こんな時は誰も応えない。前後二段階に分けてグループ化しBチームは前進する。再び非常階段を使って降りた先もオフィス街らしい。ただ、それまでとは違って、小さなオフィスが幾つも集まった形だ。小さなエントランスが並び、小さな部屋が幾つもある。
こんな条件では振動センサーが便利だ。ダニーやジャクソンが左手を空中へかざして微小振動を捜している。
「10時方向の小部屋複数に呼吸反応」
ロックが足音を殺して接近し中をうかがう。
暗闇の中で何かを探していたら、急に鳥が囀り始めた。
「インコか何かですね」
「他には?」
ロックは周囲を見回す。
ふと、オフィス街の中心部にちょっとした広場を見つけた。
「……裸の女が数名。意識を失っています」
「念のためC-41麻酔を打っとけ 下へ降りる」
――――なんで女性ばかりなんだろう?
バードはそんな疑問を抱えつつ、再び階段を下りていった。
空中の地下迷宮は始まったばかりだった。




