空中の地下迷宮へ
「隊長 降下前に一つだけ質問が」
言葉にするかどうか少しだけ逡巡したバードだが、その答えが出る前に言葉を吐き出していた。
「どうしたバーディー」
「ビル内に警察突入チームの生き残りが居た場合はどうしますか?」
テッド隊長が返答に困っている。
微妙な問題に触れてしまったと言う感じもするのだけど。
「バーディー。君の判断に任せる。ただ、作戦の最終目的だけは忘れるな」
エディはテッドの代わりにそう応えた。
「君を信頼している」
「……了解しました」
多分殺せと言う事だろう。
バードはなんとなくそんな風に理解した。
「エディ。ちょっと聞いてくれ」
テッド隊長は唐突にエディ少将へ話を振った。
エディ少将は顔を向けて応えている。
「最初に俺たちだけで突入したい」
「留守番してろってか?」
「ニューヨーク降下作戦の英雄を信用しない訳じゃ無いが」
一瞬、微妙な沈黙。
「言いたい事はよくわかっている。ツーカーの呼吸は大事だからな」
「すまない。レッドブルとアリョーシャを連れて、ある程度収まったら来てくれ」
「わかったよ。もう何周かしてからしてから降下しよう」
エディ少将がサムアップしている。
テッド隊長はそれを確かめてから振り返ってチームを見回した。
「さて、聞くまでも無いが用意は良いか?」
「「「Sir!」」」
メンバーが一斉に応えた。
「降下準備!」
降下艇のハッチが開き、機内気圧がスーッと下がった。周囲に降下艇の装甲があるだけで、実質的には外気と同じ状況だ。いつものようにカタパルトへ足をのせて、ヒールリフト。前傾姿勢を取って打ち出しに備えた。
「無線を封鎖。射出後30秒で連環降下モードだ。直震通話だけを行え。いくぞ!」
降下艇の左右にあるカタパルトハッチが開けられた。ここから軽い順に打ち出される事になる。当然。トップバッターはバードだ。スリングを締め上げて背中のライフルを身体に密着させた。この姿勢のままの一瞬はサブコンがクロックアップしてるからやたらに長く感じる。だけど、その一瞬の静寂は唐突に終わりを告げ、バードは艇外へと打ち出された。
―― バード! ゴー!
5秒間は何も出来ない。その5秒もまた随分と長く感じる。クロックアップが怖い。後方では続々と仲間が打ち出された。降下方向へ姿勢を取って対地速度を殺していく。最初に飛んだバードを目標にして、左右からスーッと仲間が寄ってきた。掌位距離を取って手をつなぐと、直震通話で声が届く。
『バーディー 高度は?』
『地上にレーザー撃って良いのかな?』
早速ペイトンが聞いてきた。地上側でサーチされたら面倒だ。だけど、正確な対地距離を測るにはレーザーが一番良い。
『これ位なら大丈夫だろう。まだ海の上だ』
ジャクソンの冷静な声が聞こえ、バードは対地距離を計測する。
『現在高度3万7千メートル。時速550キロで降下中』
バードの冷静な声が流れ、その直後にテッドが指示を出す。
ふと、何処か安心する自分の気持ちにバード自身が驚く。
『全員掌位陣形を崩すな。ヘッドダウン姿勢に入る。足の辺りで減速膜を展開する』
全員が手をつないで12名の両手が一周する輪を作った。掌位円環降下はこの姿勢でヘッドダウンモードに入り、足を絡ませて減速膜を張る巨大なパラシュートと言う事だ。
風の流れを読んで姿勢を制御するのはジャクソンの仕事。両眼の視覚情報に加えてドップラーレーダーにより風を読む。この辺りはスナイパーの特殊装備のお陰だ。
『よし 風を読んだ このまま偏西風をやりすごす』
『ジャック! ジェット気流に乗るなよ!』
テッド隊長が珍しく軽口を叩いた。
『大丈夫ですって! なんならこのままハワイへ降りてバカンスにしましょうか』
『『『それ良いな!!!』』』
Bチーム全員が一斉に応えた。やっぱり地獄へは行きたくない。自分だけじゃなかったとバードも苦笑いだ。降下開始から数分が経過し、グッと速度が落ちて来た。時速300キロ前後を維持しつつ降下し続けている。大気密度が低いので、これ以上速度は落ちないのかもしれない。
『雲が出てきたな』
GPSを見ながら位置を計測していたライアンが呟いた時だった。視界の中に地上放送が紛れ込んできた。
『なんだなんだ?』
『降下艇から中継してんじゃない?』
ジャクソンが吐き捨てるように呟き、バードはそう答えた。視界の中にはビルの入り口からの生中継映像。さっきまで変な演説をしていた人間が挽肉に代わっていた。飛び散っているのは赤い血。死んでるのはレプリじゃ無さそうだ。
その周りにいたのは黒の都市迷彩に身を包んだ男たち。動きが先ほどまでの警察官とは全く違う。手に持っているのはS-16だった。マガジンを逆さまに二本ずつテープで巻いてある。武装警察や武装機動隊とは全く異なる重武装だ。
『地上の状況が変わったようだな』
テッド隊長は冷静に分析している。
『さっきまでの連中とは動きが全然違うな』
『どちらかと言うとスペシャルフォースだな』
スミスとドリーはそう分析した。10人程度の集団がいくつかに分かれ、突入準備をしているようだ。
『あ! あれ!』
バードが叫ぶと同時に、黒ずくめの連中は何かを投げた。電撃兵器と同じくサイボーグにとって天敵と言える兵器。吸着振動地雷だ。
『面倒なもんを持ってやがるな』
ジョンソンのボヤキが聞えた。サイボーグにとってあの兵器は面倒と言うより恐怖だ。個体構造物へ張り付いて固有振動数をサーチし、高出力振動を与える兵器。バードは初めて実物を見た。降下中ではあるが、少しだけ緊張感を覚えた。金属鋼体フレームを持つサイボーグの場合、一撃で戦闘不能になる。
刹那、無線の中に轟音が響く。エントランスのガラス張りになった部分全てが、吸着振動地雷で粉砕された。入口ガラスが粉砕された後、今度は一階部分の柱に吸着振動地雷が投げられた。大型の奴で見るからに高出力だ。たぶんやる事は一つだろう。一瞬にしてビルの外壁にあるガラス全てが一斉に割れた。
ものすごい音がして地上へガラスの破片が降り注いだ。もうもうと煙が上がり、ガラス粒子の煙になった。外壁ガラスの下半分くらいは全て破壊され、素晴らしく風通しの良い状態だ。画面に向かってダニーがこぼす。
『これじゃガス戦が出来ねぇ。やれやれ。手間を増やしやがって』
『敵側にガス戦をさせない為だろうな』
テッド隊長が冷静な分析をしている。
ダニーが愚痴るようにつぶやく。
『レプリだってガスを吸ったら行動不能なんだがなぁ』
『防毒マスクを装備している可能性を考慮したんだろうさ』
ライアンが心底疎ましそうだ。
ビルが珍しく愚痴た。
『俺たちの手間が増える。ヤレヤレだ』
メンバーが口々に愚痴を言う。外部から全く見えない状態で中身を全部片付けるのは不可能になった。どうするんだろう? バードも心中は穏やかじゃ無い。人質まで纏めてって作戦は出来そうに無い。
『ガス戦が出来ない場合はどうやって……』
ちょっと不安げな言葉を漏らす。いや、まさかとは思うけど。でも本気でやるならやっぱり…… そうで無いと祈りたい。
『手で殺るっきゃねーだろーなぁ』
心底ウンザリした口調でロックがこぼした。ロックの場合は片っ端から斬ってく事になる。レプリもテロリストも、生身の人間も……だ。間違いなく悪夢だ。
『お! 突入が続くぞ! やるなぁ!』
『このまま終わってくんねぇかなぁ』
続々と特殊部隊が中へ突入していく。全くといって良いほど無線に反応が無い。
『デジタル暗号使ってるな』
ジョンソンは何処か楽しそうにつぶやいた。
多分脳内で暗号解析中なんだろう。
『お、出来た! これだろ、たぶん』
視界にオンラインのマークが浮かび上がった。
ジョンソン経由で暗号が筒抜けになる。
『ユニット01よりベース フロア01制圧』
『ユニット02よりベース フロア02制圧』
『ユニット03よりベース フロア03突入準備良し』
『ユニット02よりベース メインシャフト破壊 機能停止』
『ベースより各ユニット フェーズ02スタート』
『ユニット01よりベース セキュリティボックス制圧』
視界が半分ワイプして、各班の隊員が付けているカメラ映像が割り込んできた。各班の先頭を行くメンバーが建屋内の映像を送ってきている。低解像度だけど、なにをやっているのか位は分かる。
一階と二階は最初に突入した警察官の死体で血の海だ。普通の殺され方じゃなくて、押しつぶされてるか吹き飛ばされてるかのどっちか。なにと戦ったんだろう?
『あー これ、あれだな。タイレル系じゃなくて東亞系のジャイアント』
『そうだな。力尽くで押しつぶされてらぁ。これは狭いところじゃ相手にしたくねぇ』
『サブマシンガンじゃ至近距離からマガジン一本使っても無理だろうな』
『あいつらの筋肉は装甲だからなぁ』
ドリーとスミスの声が心底嫌そうだ。その気持ちはバードも分かる。普通の銃で多少撃った所で死なないのだから面倒なのだ。バードが実物と遭遇したのは1回しかないが、アレは遭遇したくない相手。
前に遭遇した時は、スミスが持ってる五〇口径を散々撃ち込んでも倒れなかったので、動きが悪くなった隙を狙ってバードの右腕のレールガン使って倒した。電源も残り僅かだったから最悪だった。
でも、どうやってあんな所へ持ち込んだのだろう? そんな事を不思議がっていたのだけど、ふと気がついて、もう一度対地距離を測定。自分の仕事を忘れかけていたとバードは自嘲した。
『降下速度時速200キロ 対地距離7500メートル』
一瞬の間。
テッド隊長の指示が出る。
『高度3000を切ったら各個降下にうつる。到着地点はビルの屋上だ』
『あの狭い所に12人降りられますかね?』
ジョンソンがぼやく。
『行儀良くやれ。アンテナに気を付けろよ。ジェントルメンはレディファーストだ』
『えー! あたしが最初ですかぁー』
テッド隊長と気楽な会話。
ただ、時速200キロで自由落下してる最中だ。
『バーディーが最初に降りなきゃ誰が白黒判定するんだよ!』
極限の緊張状態な筈だけど、ロックの言葉で皆が普通に笑っている。どんな時でも気楽にやろうってチームのスタンスを始めて実感した。
緩いのだ。このチームは。だけど、恐ろしくキッチリと仕事はこなす。このチームが大好きだ!とバードは思った。
『推定高度5500 雲中はレーザー計測出来ません』
『やっぱ地上側は雲量あるな』
ジョンソンのつぶやきが聞こえた。
『バーディー! しっかり見とけよ! 最高だぜ!』
ジャクソンが吼える。
『え? なに?』
急に話しを振られて驚いたバードの視界がパッと開けた。雲を抜けたんだと直感した。そして、視界には一面にちりばめられた光りの粒々が海のように広がった。
『すっごい綺麗!』
『都市圏降下の時はこれが楽しみなんだよ』
どうだと言わんばかりのジャクソンが得意げだ。
ただ。
『対地距離4500! 減速する!』
隊長はいつも冷静だとバードが感心する。
グッとブレーキが掛かって速度が落ちていく。
『降下速度120キロ 高度3200』
『散開用意 屋上へ到着してから無線オープンだ 屋上で会おう』
隊長の言葉と同時に円環陣形が解けた。ここから先、皆が速度を殺す中、バードだけ再びヘッドダウン姿勢で急降下。いつもより100キロ以上重いのだが、基礎部分が軽量なのは大きい。一気に2000メートルを降下して大型パラシュートを展開。ガクッと速度を殺して空中を漂う。ビルの屋上まであと300メートル。
着地点を目視確認し風の流れを読んでパラシュートを制御するバード。幸いにして問題になるようなビル風は無い。残り50メートルになってから小型パラを出して大型パラを電動収納した。そのまま着地して、急いでパラシュートを切り離し、折り畳んだ。
バードから12秒遅れてロックが着地。教科書に出てくるようなソフトランディングにバードは一瞬だけ感動する。だけど、場所を空けるためにビルの片隅へすばやく移動。屋上出口部分の建屋内へ侵入するルートを確かめた。
屋上へリポートへ次々と着地し、Bチーム全部が揃う。みんなさすがだとバードは思った。装備の欠損は無いし、怪我や機能不全も無い。テッド隊長はチーム全員にハンドサインを送る。
―――――装備を点検しろ 戦闘準備
バードはもう終わっているから、他のメンバーのパラシュート整理を手伝う。ロックは愛刀の抜け落ち錠を外しSー16へマガジンを叩き込んだ。如何なる戦闘ナイフよりも斬れるバトルソードが戦闘準備を整えた。
至近距離で斬りあうのが役目なだけに、その目に狂気の色が浮かぶ。だけど、ヘルメット越しに見えないから誰も気がつかない。
ジャクソンはいつもと勝手の違うブルパップ式のSー16を構えている。だけどなんだか、取り回しがしっくりしないようだ。
屋内戦闘はあまり経験が無いけど、でも、やるしかない。バードはSー16にマガジンを押し込んでボルトを引いた後、サイレンサーをつけたYeakを抜いた。戦闘教本どおり、手首部で二丁を交差さてX状に構え反動を抑える構え方。
―――――移動開始 下へ降りろ
再びテッド隊長のハンドサイン。エレベーターを使うわけには行かないので非常階段を選択。チームは音を立てないよう慎重に歩みを進める。先頭に立つのは反射速度に長けたリーナーとペイトン。二人ともSー16を構えている。横に二人並ぶ中、その一段下がった所にバードは陣取った。
真っ暗な階段を降りて、地上109階フロアの出入り口に到着した。超高層ビルの最先端部分に当たる場所だ。直径30メートルの円筒形部分だ。
『無線オープン 状況確認』
テッド隊長の声が聞こえた。
バードの背筋にゾワゾワとした寒気が走った。




