狂気と矛盾
~承前
戦闘降下してからおよそ1時間。
Bチームの面々は工場の南側にある搬出口付近に勢揃いしていた。
工場各部で散発的に続いていたテロリストの生き残りによる抵抗は、後から降りてきた空挺戦車による面制圧で完全に圧され続々と投降していた。残るは工場本体に逃げ込んだテロリストの制圧だけとなり、ボンズ兵曹長は降下隊長マット大佐のプランを持ってBチームへとやってきていたのだった。
――――――――オリンポスグラード郊外
タイレル社火星工場中央部 火星標準時間1225
「東側の正面搬入口には海兵隊102大隊の第1、第2、第3中隊が陣地を構築しています。西側面従業員出入り口には第四、第五中隊が布陣を完了。北側物資搬入口はマット大佐以下102大隊のヴェテラン選抜突入支援チームが131戦闘集団と共に突入待機中。南側出入り口は意図的に開けられていますので、ここをお願いしたいとの事です」
澱みなく説明を終えた後で改めて姿勢をただし、ボンズ兵曹長はODSTの士官へ向き直る。苦々しい表情を浮かべ話を聞いていたテッド少佐だが、改めて回りを見回すとBチーム全員が渋い表情を浮かべているた。
「では、我々の役は工場内部でテロリストの逃げ道を塞ぐ栓と言う事か」
なんとか絞り出した少佐の言葉にバリーは表情を硬くした。
モノの言い方を間違えたか?と、自分が発した言葉を反芻していた。
そして……
「栓ではなく面として押し返して欲しいとの事です」
テッド隊長は状況を聞きながら事態を整理した。
その表情には、聊か納得できないと言う不快感が滲み出ていた。
「目的は一緒だな。言葉遊びに過ぎん」
そもそもサイボーグの兵士といえば、手痛い反撃を受けて即死する生身の兵士が出ないようにする為の存在だ。例えそれがフィッシュばかりの131戦闘集団に場数を踏ませる為の行為とは言え、そのアイデンティティを生身の兵士に奪われると言う部分で存在の否定とも言える仕打ちにも聞こえる。
心中穏やかならぬ物があるのも仕方が無いといえるのだが。
「とりあえず、何か質問がある者は?」
状況を把握したドリーはメンバーを見回した。
その声に、やや不機嫌そうな声でロックが質問を上げた。
「どこまでやって良いんですか?」
「ロック。質問はわかり易く」
隊長は意図的に不機嫌な空気を作り、それを理解した隊員も不機嫌になる。それ故か、テッド隊長だけでなくロックの言葉もきつくなる。そしてそれは剣呑な雰囲気をバリー兵曹長に持って帰らせる為の演技でもある。
そんな意図が隠されているのをバードは気付いた。難しい駆け引きは場数を踏んでこそ覚える物であり、ここでそれをしているのは自分への教育じゃないかとも思っているのだが。
「片っ端から斬り殺して良いですか? レプリも人間も」
ロックは自分の仕事の確認をしただけ。だが、聞いている者はそれとは違う意味にも受け取った。マット大佐が上げる筈の手柄を横取りし、皆殺しでも構わないか?と、そう聞いているに等しい。
「恐怖に駆られて逃げ出す連中を識別して処分なんてバードでも無理ですよ」
いよいよロックの口調が険しくなってきた。それだけじゃ無くMGー5のグリップを握ったままのスミスが不機嫌そうにバリー兵曹長を見ている。
「俺の商売道具じゃ向こう側の海兵隊まで挽肉にしちまうし、いっそ突入止めときましょうや。隊長」
挽肉にしてしまうと言う意味を兵曹長は最初そのままの意味で捉えていた。しかし、剣呑な雰囲気と口調であからさまに不快感を示すODSTのサイボーグ達がもっとも恐れる物は何かを思い巡らせている時に気が付いた。
後退しきって反対側から逃げないように栓をする役目。それはすなわち、味方に撃たれて死ぬ危険性を意味している。だからこそ、サイボーグは一気に突入して一気に鏖殺したいと言っている。そう理解した兵曹長へたたみ掛けるようにバードが口を開く。
「マット大佐のチームに追い立てられた獲物の中にレプリを見つけたら、状況の如何に因らず射殺して構いませんか? 私に出来るのは、まだそれ位でしょうから」
――――新入りは口を開かず目を開け
降下する前のブリーフィングで言われた事をバードは思い出した。ポリウォッグでフィッシュ。そして、ナゲット。新人は出しゃばらず、先ず周囲のヴェテランをよく観察し、そして、ヤバイと思ったらそこで立ち止まってヴェテランの教えを請え。
死なずに生き残ってきたからヴェテランなんだ……と、そうはっきりと言ったジョンソンの言葉には説得力があった。
「申し訳ありません。一端戻って話を詰めます」
冷や汗を浮かべ敬礼したバリーボンズ兵曹長は、どこか逃げるように走って戻っていった。その姿が見えなくなったのを確認してからテッド隊長は指示を出し始める。全部承知だといわんばかりの表情で。
「ペイトン、ライアン。身軽な格好で突入の準備だ。二列目にはロックとバード。遠慮無くやれ。スミスとリーナーは出口で留守番だ。ダニーは安全な場所へ救護所の用意。残りは三列目以降で左右の掃討に当たる。いいな」
テッド隊長は澱みなく指示を出した。惚れ惚れとする様な明確な指示にバードは僅かながら感動を覚えた。明確で的確でわかりやすい。これが仕官のあるべき姿かと思う。
だがチーム無線の中には全く違う指示が流れている。公式と非公式。或いは建前と本音。オンとオフを使い分ける様子を目の当たりにし、バードは僅かでしかない社会経験を補っていた。
『全員出口から最低100メートルは距離を置いて火線を敷け。俺達は突入しない。高みの見物としゃれ込もう。大佐には悪いが、俺だって味方に撃たれるのは嫌だ』
無線で言いたい事を言ってニヤリと笑ったテッド隊長。きっと誰かが聞いているだろうけど、そんな事はお構いなしだ。チームの皆がニヤリと笑って隊長を見ていて、チームの団結の深さをバードは感じた。
「よし、サクサク動こう。どんどん終わらせてハンフリーでゆっくりしよう」
そんなドリーの言葉に背中を押され、バードは出口から五百メートルの所に陣取った。気が付けば、チーム全員がそこに揃っていた。銃を構えて逃げ出す奴を待ち構えている。
「勝手に撃つなよ! 飛び出てきた所を狙い撃ちだ! 手間は減らそうぜ!」
こんな時。実際にチームの統制を取るのは副長で有るドリーの役目。チームの中のヒエラルキーは、こんな実戦の現場でこそ実感する。役割分担はつまり、責任の分担でも有る。
「なぁドリー。俺さぁ、あっち側から構えていた方が良いと思うんだ」
重機関銃手であるスミスは、射点の変更を提案した。射界を広く取れる事が最も重要な重機関銃の位置は、制圧力という面で重要だ。
障害物や仲間の位置が気になる場所だと、重機関銃手は気分良く射撃できない。面として制圧するのが目的なのだから、少しでも障害物が少ないのは重要だ。
「オーケー。じゃぁスミスは向こうの高台に移動だ。ジャクソンも制圧面の広さ最優先でアンテナに登ってくれ。生ゴミが有ったら捨てて良い。ライアンはフォローに回ってくれ。それから、ロックとペイトンはこっち側。接近戦位置まで来た奴の処分だ。サクッと斬ってやってくれ。あまり苦しませないようにな」
皆がハハハと笑いながらドリーを見ている。
次々と段取りを決めていく手際の良さはテッド隊長以上だとバードは思った。
「バード! もうちょい接近しろ! 飛び出してくる奴がレプリならお前が最優先でぶち殺せ。手間を残さないようにな。人間だったら仲間に情報を流してくれ。誰かしらがバシッと一撃でスッキリ爽快だ」
とんでもない事を言いつつドリーは、ウロウロと歩き回り戦闘手順を確認する。
工場の中も慎重にもう一度見回して、逃げてきそうな連中の導線を確かめた。
慎重かつ大胆に。
鷹揚としつつ手抜かり無く。
相反する条件を慎重にこなしながら、ドリーは段取りを進めている。
――――ベテランだなぁ……
積み重ねた経験の厚みが全く違うのだろう。
己の命を危険に晒すことでしか学べない事もあるのだ。
「おっ! そろそろ始まりそうだな」
遠足前の子供みたいな顔をしてロックが笑っている。
完全に戦闘中毒に陥っているとバードは感じる。
だが、戦場とはそう言うところだ。
狂う事でしか正気を保てない。
「バード。我に返るのはハンフリーへ帰ってからだ」
ふらりとやって来たビルがバードへ声を掛けた。
戦場における交渉事や心理的サポートを行うポジションだ。
その中身がどんな仕事なのか想像もつかなかったバード。
しかし、今はそれを痛いほどに感じ取って理解していた。
「我に返る?」
「そう。冷静になって場を眺めたら、戦争なんて出来ないさ」
マガジンの中身を整理しつつ、ビルは静かに語りかけていた。
こんな時は正対するのではなく、何かの作業中と言う姿が重要なのだ。
――――ビルも正気を保とうとしてるのか……
狂気のままにいろと言いつつ、実際には己の正気を確かめている。
その矛盾した姿にバードは心の座らせ方を学んだ。
「……そうだね」
「だろ? 俺たちゃイカレた ウォーモンガーさ」
吐き捨てるようなビルの言葉がバードの心に突き刺さった。
一番弱い部分をえぐるように突き刺さって、目に見えない血を流していた。
「昔から言うだろ? マトモでいると言う贅沢は後で楽しもうって」
バードの背中をポンポンと叩いてビルは自分の持ち場へ去った。刹那的な感傷に陥りかけていた彼女の心が再び戦闘モードへ切り替わる。目の前の事に集中し、自分の役目を果たす事だけが最も重要なんだと、そう言い聞かせた。
――――抜かりなく……ね
バードは手にしていたライフルのランチャー部を確かめた。荷電粒子を加速器で撃ち出す兵器は、この部分が消耗品だ。テロリスト達が火薬発射の銃火器を使い続ける一番の理由でもある。
消耗品と割り切って部品交換するにはコストが掛かりすぎる。人の命と鉄砲玉が安い側で有れば、高価なブラスター銃を使う理由は無い。そしてバードは、はたと気が付いた。
自分自身が宇宙軍にとって、とんでもなく高価な装備そのもので有る事に。
こんなに高価な銃火器を支給されて、自分自身を守れと言われている事に。
軍隊の真実をもう一つ理解したような気になって、そして、違和感を感じる。
何処か冷静になって物事を考えた時に、ふと浮かび上がる疑問。
「そう言えば、なんでテロリストは工場へ逃げ込んだんだろう?」
不思議そうにしているバード。
「なんだって良いじゃねーか。どっちにしろ袋のネズミだ。すり潰せばいい」
あっけらかんと言い切るライアン。
だが、バードはそれに納得がいかない。
「犠牲を厭わず囮になったりして戦闘していたレプリが工場へ逃げ込んだのよ?」
「それが何か変か?」
加速したバードの思考をライアンが読み取れないでいる。
ある意味で戦闘中毒となり、感覚が麻痺しているのだろう。
「……死ぬのが怖くないレプリがなんで逃げたの?」
バードの感じた違和感をチームのメンバーがやっと理解した。
「逃げたんじゃなくて……」
「囮になったか。それとも時間稼ぎか」
ライアンとロックが顔を見合わせた。
明らかに厳しい表情だ。
「どっかに隠れてるかも」
バードの呟きに険しい表情が混じる。
「……ありえるな。戦闘終了のタイミングを見計らって姿を現す可能性もある」
ビルの分析はいつに無く冷静だった。
精神科医でもあるビルは、こんな時に見逃しがちな矛盾を見抜く。
「ジョン! やっこさんは無線使ってるか?」
通信手であるジョンソンを呼ぶドリー。
ジョンソンは無線の全バンドをチェックする。
「俺達以外には無線を使ってる奴は居ないな。全バンドで信号波が漏れていない」
ドリーが考え込んでいる。
だが、その答えが出る前にテッド隊長が指示を出す。
「ウチのブレードランナーがそう言ってるんだ。なんかあると思って良いだろう。スミスとジャクソンはここで留守番だ。出て来る奴は責任もって仕留めろ。ドリーはバードとここに残ってサポートだ。残りは工場敷地内の全建屋を再チェック。なにか見つけても突入する前にバードを呼べ。迂闊に突入するな! いいな!」
ジョンソンはペイトンを連れて北側エリアへ走っていった。ビルとダニーは南エリアへ。ロックはリーナーと組んで東エリア。隊長はライアンを呼びとめ西エリアへと向かった。
「バードの勘がそう言うって事はなんか有るだろうな」
スミスはMGー5の銃身をスペアに交換しながら呟いた。高初速で回転の速い 重機関砲だから、銃身の消耗が激しい。しかし、これ一機で分隊規模な歩兵の収束射撃に匹敵する威力だから、中隊に欠かせない戦力だ。こういう部分でのメンテは欠かせない。
出口真正面辺りに陣取って三脚を組み立てMGー5を据えたスミスは、弾薬ケースから新しい9ヤードを取り出して弾帯を連結した。これで18ヤードを撃ち続けられる形だ。
「さて! おっぱじめようぜ!」
「まーだ! まだだよ! あっちが動き出してからだ!」
スミスの声にジャクソンが笑った。
「待つのは苦手なんだよ。こっちから動く方が良い」
「俺は待ってる方が良いな」
「持ってる道具の違いだな」
アハハと笑う声がチーム無線に流れる。
そんな声を聞きながらバードが呟く。
「私は早く終わる方が良い。どっちでも良いから」
「ちげぇねぇ!」
ドリーまで笑い出した。
「お! バリーの登場だぜ」
スミスの声に促され目を向けると、遠くからバリー兵曹長が走って来た。
「遅くなりました。マット大佐のプランに変更は有りませんが、Bチームは工場の外で待ち伏せをお願いするという事になりました。大変申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。なお、工場内はフィッシュたちに責任持って掃討させるとの事です。工場内に潜伏するテロリストは八名のようです」
立て板に水の勢いで話を終えた兵曹長は、敬礼してから走って戻っていった。
下士官の地道な努力が軍隊を支えているのだ……と、バードは気が付いた。
「さて、俺たちの留守番は確定したな」
ドリーそうが呟いて無線の中に失笑が漏れた。アンテナを見上げたバードは、視線の先に有るジャクソンの勇気に驚いた。全方向から丸見えなのを承知で、上半身を乗り出して射界を確保していた。
――――あれじゃ下から見つかったら遠慮無く撃たれる……
だが、ジャクソンは全く気にする素振りを見せてはいない。スコープを覗き込んでいて、窓や出入り口やシャッター部分を観察しながら敵を探していた。
「そろそろ始まらねぇかな。飽きてきたぜ」
スミスのぼやきが無線に流れた直後だった。工場の反対側辺りに爆発音。そして立ち上る黒煙。散発的にブラスターの射撃音が響く。
「始まったぜ! 良かったなスミス!」
ジャクソンの軽口が無線に流れた。
「あとはこっちに飛び出してくれりゃご機嫌なんだけどな!」
スミスやリーナーが見せるシリウス派への敵意は時に恐ろしい程だ。バードの様に一般からスカウトされて配属された者には理解しがたい。きっと、生身の軍属だった時代に、相当辛い思いをしているのだろう。
そうでなければ……
「スミス! 一匹飛び出すぞ!」
ジャクソンがライフルを構えた。
スミスも狙いを定める。
出入り口から人が飛び出して来るのが見えた。
バードの視界にインジケーターが浮かぶ。
真っ赤な[+]表示だった。
「チェキオン! レプリ!」
叫ぶと同時に銃を構えてバードが撃った。距離五百メートルではサイボーグが外す訳が無い。建屋を飛び出したマンシルエットの首が飛び、白い血が首の付け根から噴き出していた。
「なんだよ。バードに取られたぜ!」
心底残念そうなスミスの声が聞こえた。
「私の仕事よーん」
軽い調子で話を打ち返して、そしてジッと出入り口をにらみつけた時。
無線の中にテッド隊長の声が響いた。
「バード! ポイント3ー0ー5! バードケージにカナリアだ! 急行しろ!」
かなり切羽詰まった声だった。
慌てて銃にセーフティを掛け、バードは走り始める。
「ゴメン! ここお願い!」
「オーケー! 気をつけて行けよ!」
そんな声が背中越しに聞こえた。
誰の声だろう?と言う考えよりも、現地へ急ぐ気持ちの方が逸った。
ここが戦場と言う事も忘れて、愚直なまでにバードは急いだ。
たぶんこれで終わる……と、何となくそう思っていた。




