シンクとの戦い
―――― サンクレメンテ島北部 ノースウェスト湾
西部標準時間 午前9時
サンクレメンテ島一周ツアーを終えたバード班は、最初に降下した場所で前夜のうちに回収を受けていた。
最後には本当に時間制限つきの5マイルランが行われ、12名全員が無事に回収を受ける事が出来た。
他班では間に合わない者が数名で他と聞いたのだけど、宿舎到着時点でそれを確認する心の余裕すらなかった。
全員がシャワーを浴び、汚れきった戦闘服をクリーニング済みのモノへ着替え、そして、メスホールでやっとまともなモノを食べて、反省会となる。
島を一周中にメモしたポイントや、各班の教官であるサイボーグの記録した映像などを見ながら、実に細々した点まで指摘していた。
「これはIADのシーンだが……」
モニターに映るのはアレン上等兵。テッド隊長は指を指して指摘する。
「射撃後にセーフティーを掛けるのが早すぎる。安全意識は大事だが、射撃機会まで失ってしまっては意味がない」
細々とした指摘を一人ずつ行い改善を促す。
疲労困憊な状況で頭に入るのだろうか?とバードは思う。
だが、これもまた訓練の一環だと言う事も知っている。
どんな状況でも必要な情報は頭に叩き込む必要がある。
油断するとウツラウツラと舟をこぐ候補生が続出する。
その都度にジョンソンとペイトンは候補生を叩き起こして回った。
「話も聞かずに居眠りコクとは良い度胸だ」
部屋の中で腕立て伏せ100回をこなしながら話を聞く居眠り候補生たち。
「お前達が居眠りしなかったら反省会はとっくに終って、今頃全員ベッドの上だ。だけどお前達が居眠りをしたもんだから、腕立て伏せ100回をやる破目になり、寝なかった奴も睡眠時間がドンドン削られて行く」
極めて冷たい口調のジョンソンが唸りつける横でペイトンは居眠り組みの名前をメモする。そして、全員に声を掛けた。
「これは大きな減点だ。残念だが仕方が無い。これがもし実戦なら重要な指示を聞き漏らし、そして仲間がその影響で死ぬかもしれない。或いは指揮官の思惑が外れ死ぬかもしれない。聞かなかったバカが勝手に死ぬのは良いが、巻き込まれた方は良い迷惑だ。そうだな?」
100回を終えて再び椅子に座った候補生たちにテッド隊長が総括を告げる。
「訓練なら失敗できるが実戦での失敗は死に直結する。だから集中しろ。自分の意識をしっかり保て。そして、上官と仲間を侮辱するな。危険に晒すな。全員がこれをやれば全員必ず生き残る。明日は実弾演習を行う。今までとは危険度が段違いに高い。各員しっかり休んで疲労の回復に努めろ。これも仕事のうちだ。いいな」
候補生が解散すると、イントラが集まってきた。
明日はいよいよ危険度が増すのだから綿密な打ち合わせは欠かせない。
「まず、朝からリハーサルを行う。フロッグヒルを挟んで東西から北の岬を目指す。火力で押して思考戦車を後退させ、後にトラップを仕掛け爆破。最後は拠点の破壊。手順は簡単だが全て実弾でおこなう。僅かな油断やミスで人が死ぬ。最大限注意しろ」
その言葉を聞きながらバードは僅かに身震いした。
普段見ているODSTのレベルを考えると、余りに頼り無い気がした。
しかし、誰だって最初はレベル1から始まる。
経験を積むしかないし、積ませないといけない。
「射撃目標はシンクを五輌用意する。小銃ぐらいじゃ壊れやしない。遠慮なく打ち込んで後退させろ。トラップはC4とクレイモア。それから収束榴弾だ。爆発に巻き込まれれば人間なんか木っ端微塵だ。とにかく注意しろ。犠牲者をこれ以上出さないように」
細々とした打ち合わせを終え眠りに付いたのは深夜一時を回っていた。
肉体的疲労を考慮しなくても良いサイボーグなのだから、脳を休めるだけで良い。
午前七時前に起床し一時間寝坊したと慌てつつ準備をしてオフィスへ顔を出す。
「バードが寝坊とは珍しいな」
「すいません。油断をしてました」
「誰だって疲れる。その証拠にまだジョンソンは来ていない」
オフィスの中はテッド隊長以外だとペイトンだけだった。
椅子に腰掛けジョンソンを待ちつつ運ばれてきた朝食に手をつける。
厚切りのパンにハムと野菜を挟んでドレッシングを掛け、即席のサンドイッチだ。
サラダを食べつつ食事を進めるバードが最後のトマトジュースを飲んでいる頃になって、やっとジョンソンが姿を現した。
「ジョンは何時も最後に登場だな」
テッド隊長の言葉にジョンソンが苦笑いを浮かべた。
「エナジードリンクを飲んで電源は問題無いもんですから、とにかく寝てました」
「ずっと起きていたからな」
「えぇ。さすがに一〇〇時間ともなると辛いです」
なんと、ジョンソンは島を一周しながらずっと起きていたらしい。
単なる寝坊だと思っていた自分をバードは恥じるより他無い。
「まぁ良いさ。それより今日は大変だぞ」
「明るいうちなら候補生もあまり心配ないでしょう」
隊長とジョンソンの会話を聞きながらバードは思わず椅子を座りなおす。
夜間演習最大の敵は暗闇だ。言うまでも無く、生身の人間にとっての闇は手強い。
人間の脳は外部環境情報の90パーセントを視覚に頼っていると言う。
故に、漆黒の闇では全てが手探りであり、尚且つ、最大限の安全意識が求められる。
用が無い時は銃口を空か地面へ向ける。暴発に備え、セーフティは常にかける。
だが、偶発的な遭遇時には即時射撃が出来ないとダメだ。
まだ明るいうちのリハーサルは一つ一つ手順を確認する為にある。
これは実は、非常に重い意味を持っていた。
それから2時間後。
キャッスルロック岬付近でIADの再確認から演習が始まる。
最後の安全規則再確認は念入りに行われた。
一晩の安眠で気力体力共に充分回復した候補生の動きは軽い。
「諸君。充分注意しろ。仲間を撃ちたい者は先に言え。この場で排除する」
半分冗談のようなテッド隊長の言葉だが、候補生の表情は張り詰めている。
全員に実弾入りのマガジンが10個ほど配布され、一人当たり300発以上の銃弾を携行する事になる。
人を殺せる銃弾だ。
候補生の顔付きが変わったとバードは気が付いた。
「もう一度手順を確認する! 真剣に聞け! 集中しろ! 聞き漏らすな!」
全体打ち合わせを行い、全員が情報の共有を図る。
この場で話を聞き漏らすと本人の命に関わるのだ。
「この岬に思考戦車を五輌放ってある。面で押し上げ破壊する――
説明を続けるジョンソンとペイトンは、一言一句を丁寧に噛み砕き、身振り手振りを交えて解説を加え通達した。
候補生が一斉にマガジンを銃へ叩き込みボルトを引いて射撃体勢に入る。
「繰り返すが、全員絶対に集中力を切らすな。演習始め!」
テッド隊長の言葉で各班が散開した。
フロッグヒルを挟んだ左右から岬を目指し前進する候補生たち。
東側にはジョンソン班とバード班。西側からはテッド班とペイトン班。
左右それぞれが二輌居るシンクを面で押しながら前進する。
二つの班が互いの班をカバーしつつ、反撃を受けないように迅速に動く。
「伏せろ!」
バード班を指揮するリッジ少尉は的確に指示を出しながらシンクを押していた。
繰り返し繰り返し行ったIADが候補生の血肉に成っているのをバードは感じる。
「立て! 前進! 一班を支援しろ! 撃て!」
着弾距離100メートルを切っているが、マガジンを空っぽにする勢いで撃つ。
カービンとは言え8ミリ近い銃弾を浴びれば、シンクも打撃力に後退する。
リッジ少尉が左の拳を肩の高さに持ち上げて左右へ指示を出す。
安全を確認し、面で押す前進だ。ハード班の12名がグイグイとシンクを押し出す。ジョンソン班も負けじと押し出している。ボブ中尉が同じ様に指示を出しているのが見えた。
『バード班 順調に前進中』
『ジョンソン班 所定位置に付いた』
『テッド班 まもなくフロッグヒル足元』
『ペイトン班 浜辺付近で面制圧中』
各班が前進して行く中、仮想敵の拠点付近に居たシンクが起動した。
五輌が連携戦闘を始めるのだが、それを見ていたバードが笑い出す。
『カナダのアレって実はかなりヤバかったんだね』
『リーナーが居なかったら本気でヤバかったな』
『模擬弾とは言えシンクは手強い。気を抜くなよ』
テッド隊長の言葉にもう一度気をいれたバード。
左右から完全に押しこんだ候補生は、ちょっと下がった場所へトラップを仕掛ける。
「ジョンソン班 左手へ回りこめ シンクに挟まれるな!」
「バード班後退! 牽制射撃で味方を支援する!」
次々と指示を飛ばしながらバードとジョンソンは候補生たちを観察する。
落ち着き払い、堂々と振舞いながらの戦闘を行う彼らはODSTらしくなってきた。
自動小銃が火を吹き銃弾が飛び交う。シンクはジリジリと後退しながら局面の建て直しを計算しているのだろう。
その隙を突いてバード班がトラップ設置に掛かった。
すばやく穴を掘り、打撃力がモンロー効果で一点に集まる仕組みだ。
「上手く引きつけて一撃で破壊して!」
リッジ少尉がその声を聞いて左右を確認する。
「ゲインズ曹長! C4に信管を差し込め!」
「イエッサー!」
「全員曹長をカバーしろ! 全力援護射撃!」
接近しつつあったシンクを火力で押し返し距離を取った三班。
ゲインズが穴を掘り、上向き方向に打撃力が加わる事を確認して全員が後退を開始。
一気に後退するとシンクはトラップだと判断する。
火力を集中し打撃を加えながらゆっくり後退しなければならない。
「一気に下がらない! ゆっくり! ゆっくり! 充分牽制して!」
隊員へ戦術指導を行うバードが叫び続ける。
隊の中心で射撃し続けるリッジ少尉は、這いずる様な速度で後退を続けている。
模擬弾を撃つシンクに圧されるように下がりながら、トラップを気付かせない。
シンクのAIは危険度判定をかなり自動化して行うのだが、この場合は前進を選択。トラップから20メートルほど後退した時点でゲインズは安全装置をはずした。
( 爆 破 す る ぞ )
「Fire in the Hole !!!」
ゲインズが大声で叫ぶ。
バード班もジョンソン班も一斉に叫んで伏せた。
やや離れた所に居たジョンソンはヘルメットのバイザーを降ろして衝撃に備える。
バードも同じ様にして対衝撃姿勢をとった。強靭なサイボーグの身体は、この程度ではビクともしない筈だ。
ズンッ!と地響きがしてシンクが一輌破壊された。
一世代前の旧型とは言え、充分な能力を持っていたはずなのだが。
『上出来だね!』
バードの声が弾む。
シンクの本体を見事に貫いた打撃力により、一撃で機能を停止した。
バチバチと火花を散らし動かなくなったシンクを別のシンクが牽引し始めた。
AIですら仲間の救援をしているのだと気が付いて、バードはちょっと驚く。
だが、その直後に丘を挟んだ反対側のシンクから射撃が届く。
バードの足元に幾つか着弾し、驚いて後方へ飛びのいたのだが。
『あのシンクは邪魔になった廃車体をどけたんだ』
『AIは死ぬほど冷徹だからな。邪魔だと思えば撤去するんだろうさ』
ジョンソンの声が響き、バードは思わず納得する。
自分を機械だと認識しているのだから、動かなくなったのなら『ごみ』扱いだ。
どこまでも冷徹な存在に心が僅かに震えた。
だが、戦闘訓練は構わずに進行して行く。
今度はペイトン班が爆破を行うようだ。
同じ様な手順で見事にシンクを破壊。
いつの間にか驚くほど手際の良くなった候補生に驚くより他無い。
まず二輌を破壊し、更に面押ししている候補生。
だが、この辺りでシンクは後退しても戦局転換を図れないと判断したらしい。
ガトリング砲を乱射して候補生を押し返しながら前進を開始する。
模擬弾等と言う事で非常に柔らかい軟質ゴムを減装薬で射撃しているシンク。
よほど至近距離で受けない限り、生命に別状が無いレベルだ。
「後退するな! 戦列を崩すな!」
「点で動くな! 面で動け!」
「左右を良く確認して!」
ジョンソンとテッド隊長に続きバードも叫ぶ。
シンクの面打撃力に、候補生がジリジリと後退を始めた。
力負けで後退するのは良いが、戦列を崩すのはよろしくない。
こんな時にこそ、自分だけ助かりたいと一目散に逃げる奴が出て来る。
そこを見抜き、そして候補生からはじき出すのがこの訓練の主題でもある。
「三班突撃用意! シンクの間に割り込むぞ!」
突然リッジ少尉が叫んだ。
蛮勇だとバードは思った。
『ほぉ! あの少尉はやる気だぜ!』
『熱いな! こりゃ見ものだ!』
ジョンソンもペイトンも他人事のように見ている。
『大丈夫かな?』
不安そうなバードの言葉に隊長が答えた。
『ダメだったら死ぬだけだ。だが、訓練弾じゃ死なないだろう。まぁ、多少は痛いだろうがな。良い経験になる。困ったときは突撃とか、ダメな突撃将校になるよりは良い』
Bチームの四人がジッと見ているなか、リッジ率いる三班は一気に走り出した。
シンクとシンクの間に入り込み、打撃視界を遮る。
実弾ではないのだが同士討ち防止の為にシンクは射撃を中断した。
「収束榴弾投擲!」
リッジが叫び三班は手持ちの収束榴弾を投げ込む。
吸着型の手榴弾を束ねた強力な打撃力の収束榴弾が炸裂し、破片が飛び散った。
車体各所で爆発の打撃力を受けたシンクが一時的に動きを止める。
その隙を突いて肉薄し、今度は車体の急所へ直接C4を貼り付けた。
「全員伏せろ!」
大声で叫んだリッジが電子作動スイッチを押し、一度に二輌のシンクが破壊された。
『やるな!』
ウヒョー!と叫んだジョンソンが手を叩いて戦功を称えた。
車体の外板に大穴を開けたシンクが煙を上げて動かなくなった。
僚機が『ゴミ』に変わったと判断した最後の一輌は、三班に向かってメチャクチャな銃撃を加え始める。
まるで仲間の敵討ちにも見える前進で、リッジ班の身動きを封じた。
おそらく、AIの危険度判定でリッジ班はAAA評価なのだろう。
犠牲を顧みず殲滅を図るあたり、機械だなとバードは思う。
そんな中、テッド班とペイトン班がシンクを挟んで浅い角度の挟撃を行い始めた。
ありったけの銃撃を加えながらシンクの側面を叩き、あわせて収束榴弾を投げる。
勇気と度胸と心意気で肉薄する、その意気や良し!だ。
パットフィールド中尉の四班とシェーファー少尉の二班がシンクを圧している。
リッジ少尉の三班は囮役を買って出ていて、その動きをボブソン中尉の一班が支援。理想的な連携戦闘だと安心して眺めつつ、あれこれメモを書き続けるバード。
最後の一輌が機能を停止するまで時間の問題だと思い始めた時、リッジ班に異変が起きた。残っていた一輌が大爆発を起こした、その時だった。
「何をするんだ!」
「黙れ!」
額をバンダナで押さえるゲインズ曹長。
そこへアレン上等兵が飛び掛っていた。
二人でもみ合いになり、図らずも接近格闘戦となった。
周りが止めに入ったのだが、近づける空気じゃ無い。
『喧嘩かよ!』
ジョンソンが呆れた声を漏らした。
すぐ後にテッド隊長も舌打ちをする。
どうもゲインズ曹長は切れやすい。
ふとバードはそんな事を思う。
だが、呆れて眺めているにはマズイ事態となり始めた。
どっちかがナイフを抜いたらしい。
「てめぇ!」
「うるせぇ!」
そんな声の直後、男の悲鳴が短く響いた。
アレンの上腕部から真っ赤な鮮血が噴き出していた。
明らかに動脈を切ったようだ。大至急手当てをしないと危険なのだが。
『まずいよアレ!』
『とりあえずイントラにメディコを連れてこさせろ』
テッド隊長の声が漏れた。
ペイトンはイントラに指示を出している。
だが、やや距離をとって腕を押さえているアレンは、懐からM19コンバットマグナムを取り出した。
「死ね!」
一瞬目を見開いたゲインズが手を伸ばす。
「待て! 待ってくれ!」
「うるさい!」
左手で構えた銃が紫煙をあげた。
鋭い射撃音が響き、ゲインズは左胸から血を流す。
『やっちまいやがった!』
ジョンソンが叫んだ。
『なんて事だ!』
テッドの声が聞えたバードは何かを言おうとした。
だが、その直前で言葉を飲み込み、ジッとゲインズを見た。
ゲインズの胸から流れ出る血は、白かった。
『……えっ?』
バードは目が点になる。
太陽光を反射して光るその液体からは酸化アルミニウム反応が出た。
ネクサスシリーズの身体に流れるレプリカントの人工血液だった。
「地球人類の敵め!!!」
走りこんできたシンプソン上等兵が力一杯にゲインズ曹長を殴る。
その時、ゲインズの目から何かが落ちた。
無意識にバードは最大までズームして確認する。
一瞬だけ交叉したバードとゲインズの視線。
バードの視界にレプリカントである事を示すターゲットインジケーターが浮かぶ。
そして、バードは考える前に走り出した。どんな候補生よりも速く。
どう頑張っても逃げられない速度差でやって来たバードをゲインズが見た。
ゲインズの顔に浮かび上がる後悔と諦観の表情。
そして、溢れんばかりの信頼と尊敬に満ちた歓喜の笑み。
だが……
木の実が木から自然に落ちるように。
風に吹かれた落ち葉が舞うように。
恐ろしい速度でナイフを抜きはなったバードは、完全に頚椎を切り裂く深さで一切迷う事無く一気にゲインズの首を斬った。
次には真っ白な血が噴き出し、ゲインズは膝を付いて倒れこんだ。
最後に上を向いて寝転がっって、そしてバードを見た。
パクパクと口が動き最期の言葉を吐いている。
その傍らに膝を付いたバードは、ゲインズ最期の言葉を聞いた。
「少尉殿 お世話になりました 楽しかったです 楽しかった たの……」
唇が痙攣を起こし、やがてゲインズの身体自体が震え始めた。
レプリカントが最後に見せる全身痙攣だった。
バードの手がゲインズの目を閉じた。
最後に見たゲインズの虹彩にはネクサスⅩⅡを示すバイナリーが有った。
『ネクサス12です。おそらく寿命は6年以上あるでしょう』
務めて事務的な口調のバード。
無線の中で報告したのだが、その直後に『そういえば!』と振り返った。
ゲインズに斬られたアレンを、シンプソンが手当てしていた。
だが、そのアレンはまだコンバットマグナムを構えている。
銃口が狙う先はパットフィールド中尉だった。
「まて! 錯乱するな!」
「うるさい! 証拠はあるんだ!」
「バカな事を言うな!」
手をかざし待てのハンドサインで射撃を制止したパット中尉。
だが、アレンはハンマーを起こして狙いを定めた。
「アレン! 撃つな!」
テッド隊長が射撃停止を命じたのだが、ほぼ同時にアレンは銃を撃った。
銃口の短いM19で割と長い距離を狙うのは難しい。
パットの耳辺りを銃弾が掠め。白い血が滲み始めた。
次の瞬間、バードは弾けるように走り出した。
距離がある関係でパットフィールドが逃げ出し始めた。
速度差はあるが、距離がある分だけ追いつくのに時間が掛かる。
どんなに頑張った所でレプリがサイボーグから逃げ切るのは難しい。
それにここは絶海の孤島サンクレメンテだ。
最期は海に逃げ道をふさがれる。
「待て!」
走りながらバードは銃を構えた。
アレンと違いバードの持つ銃はサイボーグ用のYeck23だ。
オートで数発射撃を加えたのだが、全力疾走中に遠距離射撃をするのは難しい。
ただ、幾つかはパット中尉のアーマーベストに当たったらしく、バランスを崩す。
転びそうになり何とか堪えたパット中尉。
だが、逃げ切れないと諦めたのか、足を止めて振り返り、ナイフを抜いた。
――――私とやり合おうってこと?
一瞬バードの表情に怒りが浮かぶ。女相手だとなめられているのかも。
だが、バードを凝視するパットの目にはインジケーターが出ない。
ふと、中国で見た、あの人民解放軍の将校を思い出した。
コンタクトを入れて誤魔化していたケースだ。
バードは更に加速しつつ、再びナイフを抜いた。
狙うはパットの両腕。
殺すのではなく、黒幕を吐いてもらう為に生け捕りにする。
速度に乗った状態で襲い掛かったバード。
胸を狙ってナイフを突き出してきたパットの右腕を一気に切り落とした。
断面から真っ白の血が噴き出した。
痛みに顔を顰めるパットがバードと反対側へ走り出す。
だが、その方向には候補生達がいる。
砂礫で足場が悪い中、進行方向を変えたバードが再びパットを追った。
パットは全力で候補生たちへと走っていった。
ふと、バードの頭に『自爆』と言う単語が浮かぶ。
精一杯にストライドを大きくとって走って行くバード。
候補生たちまであと30メートルの所でパットを後ろから袈裟懸けに斬った。
ロックが何時もやっていた斬り方だ。
モーションサンプリングを使ったわけではないが、見てるうちに覚えた真似だ。
背中を大きく切られたパットは前屈みになり、そして転等。
大地へ寝転んだあと、身体がバウンドするほどの痙攣を始めた。
身体制御が暴走し始めたんだとバードは思う。
そして、トドメを入れるべく銃を抜いて、再び一気に接近した。
パットの眉間に銃口を突きつけた時、パットは苦虫を噛み潰したような表情だった。
「逃げろバード少尉!」
「はぁ?」
「楽しい日々を…… ありが……と……う―――
絶命したパットフィールド。
転倒した拍子に目のカバーが取れたのだろうか。
虹彩のバイナリーは、やはりネクサス12だった。
舌打ちしながらパットの身体を見たバード。
ふと、小さな部品がアーマーベストに引っ掛かっていた。
なんだろう? と取り上げたら、それは手榴弾などに使う安全ピンだった。
――――まさか!
ペロリと捲ったアーマーベストの内側には、左右二ヶずつの対人クレイモア。
ベストの内側でパットの方向に入っていたソレは、バードの目の前にある。
「全員伏せろ!」
考える前にあらん限りの大声で叫んだバード。
演習直後にも拘らずIADの効果だろうか、候補生は全員が一斉に伏せた。
ベストを戻し、パットの身体の向きを変え、その上に自分の身体を被せた。
クロックアップしているのが自分でも解るくらいだ。
5秒後に点火のはずなクレイモアが着火しない。
衝撃が来るまでの数秒が体感時間的に一時間にも二時間にも感じられる。
だがしかし、その瞬間は確実に訪れた。
身体が浮き上がるほどの衝撃を感じ、視界に様々な機能不全情報が表示される。
やがて視界が真っ赤に染まり、ダミーシステムが起動しかけ、そして表示が消えた。
今まで見た事の無い青い文字が浮かび上がり、その隣には300秒表示。
これはなんだっけ?と冷静に思い返したとき、サイボーグの身体に備えられた最終非常電源による可動限界表示だと思い出した。
『バード!』
一瞬だけ聞えた隊長の声が無い。
何も見えないし、何も聞えない。
無線ですらも入らない。
あぁ、そうか。
胸部に付けて有った無線レシーバーが無くなったんだと気が付いた。
近距離通信しか出来ない状態になったバードの意識は闇に沈んで行く。
ただただ。
確実にパットを処分したと言う満足感だけを感じながら。




