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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第5話 国連宇宙軍を10倍楽しむ方法
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ヘルウィーク

 ――――サンクレメンテ島 東海岸 ホワイトロック付近

      西部標準時間午後3時





 ホワイトロックと呼ばれる真っ白な岩が海に浮いている。

 一周で約90キロのサンクレメンテ島の東海岸で、ほぼ中間地点と言える場所だ。

 この島を一周する行軍は道中幾つかのチェックポイントを設けてある。

 予定よりも二時間程度早い到着だったバード班は、IAD訓練前に一休み。


『バードより定時連絡。現在ホワイトロック付近。コーヒーブレイク中』


 やる気満々なリッジ少尉の率いる12名はイントラが呆れる程のテンションだ。

 異常に士気も高く次々と電子スタンプを見つけては確保しながら前進している。


『バーディー IADは順調か?』


 訓練の進行状況を気にするテッド隊長は全体把握に余念がない。


『前後5キロがクリアなので、これからIAD(即時行動訓練)をやろうかと』

『そうか。味方への誤射に充分注意しろ』

『了解です』


 沢水を沸かしてコーヒーを飲んでいるバード班の12名。

 ブロックレーションを使ってカロリー補給に余念がない。

 バードの振る舞いを見ている候補生たちに、自然と準備万端の意識が根付く。


『ペイトン。そっちはどうだ?』

『まずまずですね。バーディーにケツを叩かれてちょっと疲れ気味ですが』


 無線の中に沸き起こる笑い声。

 やはりバード班の前進が早すぎる。


『お前の班はまず単独潜入工作訓練をやれ。お前にはうってつけだ』

『了解しました。ちょっと夜中にうるさいですが、勘弁してください』

『構う事無くやれ。その為にこの島がある』


 テッド隊長の指示が出てペイトン班はウィルソン湾で夜戦訓練となった。

 ジョンソンはどこに居るんだろう?と思っていたバードだが。


『ジョン。今どこに居る?』

『ロストポイントに到着しました。一休みさせてからラペリングです』

『そうか。俺の班はノースウェスト湾のフロッグヒルだ』

『じゃぁ今夜はUDT(水中爆破訓練)の後、夜間上陸潜入ですね』

『そうだな』


 いつの間にかジョンソン班はバードが降下した辺りへ進出したらしい。


『各班抜かるなよ。そろそろ怪我人が出る頃だ。充分注意しろ』


 隊長の指示に返答を送り、バードはコーヒーカップを握りつぶした。

 さて、IADの手順を……と考えていた時、無線の中にジョンソンの絶叫が入った。


『どっ どうしたの?』


 慌ててジョンソンの視界をワッチするバード。

 ジョンソンの視線の先には、ラペリング中に崖から落下した隊員が写っていた。

 岩場に叩きつけられ血を吐いている。胸部腹部が完全に潰れている。

 普通に考えて、助かるレベルではない……


『アチャー こりゃ……まずいな』


 同じく視界をシェアしていたペイトンが呟く。

 テッド隊長の舌打ちも無線に聞えた。


 ジョンソンの視界が揺れる。

 候補生に駆け寄っているのだろう。

 間近に見た候補生。ネームプレートにはクライダー上級曹長の文字が見えた。

 ジョンソン班の候補生が集まって応急手当を続けている。

 だが、続々と血を吐いて助かりそうにはない。


『心肺共に破裂状態だな』

『普通の方法じゃ助からないね。人工心肺へ二分以内に接続しないと』

『コロナドのセンターまで行かないと人間卒業だぜ。これじゃ』


 ペイトンとバードが無線の中で会話している。

 そんな中、テッド隊長は何かを決断したらしい。


『コロナドの基地経由でサイボーグセンターへ連絡入れておけ』

『……了解です』


 ジョンソンが最終処置をし始めた。

 脳髄へ緊急酸素補給を行い、合わせて瞬間冷凍処理を始める。

 イントラがその作業を手伝う中、候補生は呆然とした表情で見守っていた。


『……適応率がある程度あると良いね』

『全くだな。高すぎても低すぎても辛い。程よい辺りが良いんだが』


 バードの言葉にペイトンが相槌を入れた。


「バード少尉。何かありましたか?」


 一緒に一休みしていたイントラがバードへ声を掛けた。

 顔付きが変わったのを見逃さなかったのだろう。

 周囲の候補生たちも言葉を失ってジッとバードを見ていた。


『隊長。候補生に知らせますか?』

『そうだな……』


 無線の向こうでテッド少佐は思案している。


『候補生全員に教えよう。注意を促す意味でもな』

『了解しました』

『ちょっと面倒な話だが仕方ねぇよなぁ』


 バードだけで無くペイトンの声にも緊張が混じった。

 候補生はバードの言葉をジッと待っている。


「一班の候補生がラペリング訓練中に落下事故を起こし緊急搬送されました。崖から落ちて意識不明です。まず無理でしょう。状況を確認しましたが胸部を強打し心肺破裂状態です。常識的に考えて二分以内に処置をしないと……死にます」


 訓練中の死亡事故は戦死扱いになる。

 ODSTスクールのセンターへ到着時点で候補生たちはそれに同意している。

 故に、誰かの責任を問うたり、或いは死亡そのものに対する面倒は無い。

 だが、ここまで共に訓練してきた『仲間』への同情心は強い。


「誰ですか?」

「クライダー上級曹長です…… あ、今、最終救命処置が行われました」

「……助かりますか?」


 バードは僅かに首を振った。


「仮に助かったとしても、私と同じ様に…… 人間を辞める事になりそうです」


 非常に厳しい表情で言い切ったバードはジッとリッジ少尉達を見た。


「この班は気をつけましょう。そろそろ注意力が落ちる頃です。ここまでテンション高くやってきましたが、疲労はウッカリミスや予想外の怪我を引き起こします。正直、私を含めちょっと油断し始めています。ベルトを締めなおすタイミングです」


 不機嫌そうに腕を組んだバードはジッと三班の候補生を見た。


「この浜辺の前後五キロに見方は居ません。往復でIADを行います。日暮れ前にチャウタイムを取って夜間も行います。もう一度安全行動規定を確認し、何は無くとも安全第一で行動し、そして訓練を無事に終えましょう。少なくとも、死体袋に入って訓練を終える事が無いように。銃弾を受けて即死した場合は、どうあっても助けられません」


 バードの言葉にリッジ少尉だけでなく班全体が身を硬くしている。

 ちょっと物騒なアトラクション付きピクニックの気分だった三班だ。


「了解した。スタートポイントは?」

「ホワイトロックからにしましょう」


 まだ明るい時間から始まる夜間IADのリハーサル。

 ヘルウィークの最終段階は最北端のノースウェスト湾で夜間実弾演習を行うのだ。

 各候補生は過去に経験の無いプレッシャーと戦う事になる。

 真っ暗闇で実弾を撃つのだ。当たれば即死なのは間違いない。

 射撃の音と閃光が心を揺さぶり、中には恐慌状態へ陥る者も出て来る。

 そうならない様に、一つ一つ手順を確認しながら実力をつけるのだ。


「最初はマガジンを入れないように!」


 注意を促したバード。

 横一線に並び『北!』か『南!』と叫ぶ。

 それにあわせ各候補生は隊列を保ったまま前進と後退を繰り返す。


「伏せろ! 構え!」


 バードの指示で一斉に候補生が腹ばいになり、それから銃を構える。


「立て! 南へ前進!」


 すばやく候補生が立ち上がり向きを変えて歩き始める。


「敵だ! 射線北へ! 伏せろ! 構え!」


 再び候補生は腹ばいとなり、北へ向きを変えて銃を構える。

 ホワイトロックを中心に、4時間以上その動きを繰り返す。

 疲労と睡眠不足から思考力が低下してきた候補生は、考える前に身体が動く。

 これを繰り返す事によって候補生達が段々と生体マシーン化していく。

 それと同時に、指示を出すバードには瞬時判断・瞬時指令のトレーニングだ。

 辺りが薄暗くなってきて完全に機械的な動きになり始めた頃、リハが終了する。


「食事を終えたら夜間訓練に入りましょう」


 バードの言葉で候補生たちはチャウタイムに入った。

 候補生たちは疲れた身体に鞭打って温かい食事をとって一休みする。

 勝手に寝ていてもバードやイントラは指導をする事が無くなった。

 だが、手順を守らない時だけは恐ろしい勢いで指導を入れる。

 そんな事を繰り返してきたら、候補生達の身のこなしが全く違うものになり始める。


 事実、闇の中で行われるIADにおいて、候補生たちは見事な隊列を維持していた。

 赤外モードで候補生を監督するバードが驚くほどに統制の取れた動きだった。

 射撃方向の間違いを犯す事無く、集中力を切らさず、3時間の訓練を終えた。


「上出来です。ちょっと驚きますね」

「バード少尉を驚かせる事が出来るなら自信が付くな」


 上機嫌のリッジ少尉以下12名の候補生が焚き火を囲んでいる。


「さて、余計な指導が無い分だけ時間が余りました。明朝5時まで仮眠とします」


 その言葉に候補生が歓声を上げる。

 焚き火の近くで思い思いのポジションを陣取り夜露をしのぐ夜具を被った候補生。

 程無くしてアチコチから荒くれた(いびき)が零れ始めた。


 そんな中、バードは睡眠をとらずドローンが近くに居ないかを調べ始める。

 完全自立ではあるが、ある程度はコントロールが出来る。

 ご褒美として与えられた仮眠時間を邪魔しないよう、ちょっとした配慮だった。


「少尉殿は眠らないのですか?」


 唐突に声を掛けられて驚いたバード。

 焚き火の近くで寝ていた筈のゲインズが起きてきた。


「私が歩哨ですよ。皆が安眠できるように」

「……士官の責任ですね」

「そうです」


 僅かに頷きつつ、バードは短く『ウーン』と唸りながら考え事をしている。

 その姿をジッと見ているゲインズは辛抱強く黙っていた。


「私の観察中ですか?」

「いえ。少尉殿が何をされているのか、興味を持ったのです」

「眠らないと明日が辛いですよ」

「承知の上です」


 赤々と燃える焚き火の明かりを反射させるゲインズの瞳が輝いている。


「……何を聞きたいのですか?」

「少尉殿はODSTと海兵隊に疑問をもたれないのですか?」

「どういう意味で?」

「弱者の盾。市民を守る砦。海兵隊の理念ですが、その戦う相手もまた市民の筈です」

「……シリウスの側の都合は私の判断の範疇にありません」

「ですが、現実に戦う相手もまた必死な筈です」

「それは否定しません。ですが、私は地球の側に居るのです」


 バードは真っ直ぐにゲインズを見た。

 何を言わんとしているのだろう?と、思案を重ねるのだが。


「それ以上の理由は有りません」

「では仮に、少尉がシリウスの側だったとしたら?」

「簡単な事です。祖国のために戦います。戦争の真実ですよ」


 バードは逡巡無く言いきった。


「私は色々と込み入った事情で死を待つばかりでしたが、国連宇宙軍に助けられ命を繋いで、そしてその代償として宇宙軍で戦っています。宇宙軍を支える市民を守る為にです。仮に自分をシリウスが助けていたのだとしたら、シリウスの為に戦ったでしょう」


 強い言葉で言いきったバードをゲインズが驚きの眼差しで見ている。

 だけど、バードはそれについて迷っている素振りは一切ない。


「Sadness and gladness succeed each other(禍福は糾える縄の如し) そう思いませんか?」


 バードはポケットからエナジードリンクを一本取り出し、封を切って飲み込んだ。

 リアクタータンクの内容物表示が変わり、発電量が増え始める。


「ゲインズ曹長。私をシリウス側へスカウトでもしますか?」


 柔らかに微笑んでゲインズを見たバード。

 口を開けて驚く曹長はワナワナと震えだす。


「冗談ですよ。ちょっと洒落にならない冗談でしたね」

「いっ…… いえ…… ちょっと驚いただけです」


 きっとゲインズだって何らかの使命感や、心に秘めた思いがあるだろう。

 まるでシリウスに転向するかのようなバードの言葉は、きついのかも知れない。


「さぁ睡眠をとりなさい。明日もしっかり絞ります。ヘルウィークはこれからです。今夜はドローンがやってくる事も無いでしょう。今、近隣2キロ圏内から追い払いました。他の班は大変かもしれませんがね」

「わかりました。休ませていただきます」


 何処かぞんざいな敬礼でバードの近くを離れたゲインズ。

 その背中を見送ったバードは、無意識にシンプソンを探していた。

 焚き火を挟んでゲインズの反対側に陣取るシンプソンは、薄目を開けて眠っていた。

 ふと気になってシンプソンの目をズームして拡大してみる。


 一瞬、目が有った様な気がしてバードは驚く。

 まさかそんな事はあるまい。気を取り直してもう一度チェック。

 眼球が全く動かないから虹彩を確かめるのは簡単だ。

 やはりレプリ反応は出ない。

 

 ―――考えすぎかな?


 レプリかどうか考える事をやめたバードは他の班の様子を見に行く。

 テッド隊長の班は深夜にも拘らずフロッグヒル付近でIADを行っている。

 ジョンソン班はチャイナポイント付近で夜間IAD中の一休み。

 ペイトン班はウィルソン湾の真っ暗闇で鬼ごっこに興じていた。

 候補生に睡眠を取らせているのはバードだけ。

 明日には最北端へ到達し野営に入るはず。


 まだまだイベントは多い。

 自分も多少寝ておくべきだと判断し、やや離れた闇の中へ移動する。

 焚き火の明かりが全く届かない場所で警戒アプリを走らせ目を閉じた。

 訓練二日目の夜は比較的平和だった。





 ――――サンクレメンテ島 最北端 ノースウェスト湾付近

      西部標準時間午後4時





 朝五時に行動を開始したバード班は、所定のカリキュラムを消化しつつ北上した。

 各所にペイトン班の残した戦闘訓練の痕跡が現れ始める。

 ノースウェスト湾まで到達し、すぐ近くの丘を目指して再びIADを始める。

 この辺りで段々と難しい要求が出始めるのだが、シールズ経験者が居ると言うのは大きなアドバンテージだとバードは思い始めていた。


 丘の上に立てられた射撃目標へ向け、候補生は十字砲火を浴びせる練習だ。

 その後ろをを歩きながら、バードは一つ一つ指導を入れる。

 自分が教えられた事と同じ事を実演しながら候補生の手順を確認する。


「全員射撃やめ!」


 丘に向かった途中の平地でバードは射撃をやめさせた。


「伏射姿勢の時、マガジンを交換するのに肘を立ててると危険です」


 姿を実演するバードは、候補生の前でポーズをとった。

 正面から見たとき、肘を立てて上半身を起こすと投影面積がウンと増える。


「正面から見たとき、これだけ差が出来ます。グランドマスタークラスなら簡単に狙撃できるだけの面積でしょう。逆に言えば、相手にそれだけの凄腕が居た場合、即死は免れません。苦しいでしょうけど腹ばいのまま、横向きでマガジンを交換するのです。マガジン内部の砂埃を排出するのを忘れないように」


 マガジン交換を実演して見せたバードを真似て、候補生が同じ様に動く。

 リッジ少尉のハンドサインを見ながら、左右完全に統制の取れた前進を見せる。

 安全合図を相互に確認し、射撃姿勢の時以外は銃口を空に向ける事を徹底する。

 空砲とは言えとにかくバリバリと射撃し続け、その状況下で相互の意思疎通を図る。

 

 夜間ともなると相互信頼や相互確認が重要に成る。

 その為にはとにかく回数をこなすしかない。

 最初は出来なくとも訓練を重ねるうちに身体が覚える。

 疲労と睡眠不足で朦朧とし始めるが、それでもバード班のテンションは高い。


 夕方のチャウタイムを終えた後、今度はひたすら前進するIADを行う。

 暗闇に包まれたウェスト湾を回り込んで、とにかく前進あるのみだ。

 ある程度進みペイトン班までの距離が近くなりすぎて後退を始める。

 23時まで続いたIADを終え、候補生はブロックレーションを食べる。

 野営三晩目ともなると、疲労の貯まり方も尋常ではない。


『各班今夜は歩哨を立たせろ。イントラは知ってるだろうから問題ない。所定の手順に従い、後続の班へ単独夜襲をかけるんだ。返り討ちにされないように抜かるなよ。今夜訓練を受けるのは俺達だ。まぁ、なんだ。状況を楽しもう』


 テッド隊長の通達が無線に流れ、バードは闇に向かってニヤリと笑った。

 野営の現場を襲われて、それに対し迅速に対応し応戦する訓練。

 シミュレーター上で訓練を受けたバードは三度も死んでいる。

 今回は殺す側に回った訓練なのだから、正直に言えば早くやりたい事でも有った。


「リッジ少尉!」


 バードの呼び出しに慌てて反応したリッジがバードの所へやって来た。

 何かに気が付いてイントラも集まる。当然、副長でもあるゲインズもだ。


「今夜はここで歩哨を立て、班を半分ずつ休ませる事にします。まもなく零時ですが、90分ごとに交代し仮眠を取ります。明朝6時までに各員2回は歩哨に立って義務を果たすのです。私は寝ないで起きて監視しています。良いですね?」

「了解したバード少尉。曹長、班を二つに分け交代で休む、俺は先に歩哨に立つから、曹長は後で交代してくれ。人選は任せる。まぁ、余り不公平が無いように」


 指示を出したバードが眺めていると、あっと言う間にゲインズは班を分けた。

 テキパキと指示を出し野営の準備を進めるゲインズだが、リッジは薄ら笑いだ。


「バード少尉。今夜のイベントは?」

「寝ないで起きてると言う拷問ですよ」

「それだけ?」


 何処か見透かされていると気がつきつつも……


「それ以上は予定されていません。疲労回復も重要ですが、歩哨の重要性を学ぶにはいい機会って事ですよ」


 遠まわしに臭わせつつ公式には否定する。

 バードの言葉にリッジは何かを感じ取っていた。

 士官で有るからには必要な能力だ。


「では少尉。申し訳ありませんが先に休みます」

「あぁ。ゆっくり休んでくれ。後で頼む」


 ゲインズ曹長たちが焚き火の近くで寝袋に入ったのを見届け、リッジは焚き火の近くへ陣取った。

 先に歩哨に立ったのはリッジ以外だとリベラ曹長。シェング軍曹。ヒース軍曹。

 更にシャイラ伍長とシンプソン上等兵の合計六人。

 バード班はまだ一人もリタイアしていない。


「ところでバード少尉は普段の戦闘で野営なんてする事があるのですか?」


 唐突にリベラ曹長が切り出した。


「なんでですか?」

「女性士官とは言え海兵隊ならば戦闘は当然としても、野営は負担が大きいかと」

「下士官に気を使ってもらうようじゃ士官失格です。でもまぁ」


 バードはちょっと上目遣いにリベラを見る。


「私達は本来鉄火場専門です。海兵隊やODSTの降下に備え、先頭切って降下して大暴れして、で、一番最初に撤収しますからね。後の面倒はよろしくって感じで。だから、今更ですけど冷静に考えると、今まで野営経験はありません…… あ、いや、戦闘体制のまま夜を越した事は何度もありますけど」


 自嘲気味に笑ったバードだが、三班の面々はそのままの意味で受け取る事は無い。

 つまり、Bチームが降下した場合は、翌日へ引き継ぐ程の戦闘にはならない。

 降下した時点で敵を撃滅し、全部終らせて悠々と引き上げるのだろう。

 

 ここまで垣間見てきたサイボーグの能力を見ていると、生身の人間が戦うには戦闘力が違いすぎる。


「あの。少尉」


 ヒース軍曹は、やや首をかしげ尋ねる。


「生身のODSTってなんの為に居るんですか?」

「また酷い質問ですね。ODSTになりたいんじゃなくて?」

「すいません」


 バードが失笑する。

 その仕草にヒースが肩を竦めた。


「土台サイボーグだけで戦闘が終るほど甘くはありません。私が所属するBチームはサイボーグ大隊の中でも特殊なポジションで、概ね突入戦か解放戦。あと、少数で一気にカタを付ける工作戦などに使われます。ですが逆に大規模戦で点ではなく面で戦う時にはA,C,Dの各チームが動員され、一般ODSTと連携する事が多いです。実は私自身はそうやって戦闘した事が数えるほどしかありません。逆にBチームしか装備してない特殊装備などがありますから、それを使った戦闘の時は最優先で動員されます。つまり」


 ヒースだけでなくシェングやシャイラもバードを見た。

 勿論、ライナリッジもだ。


「私を含めBチームやサイボーグと同じ様に、一般ODSTもまた宇宙軍の駒です。巨大なチェス盤の上で出番を待つ駒なんですよ。参謀本部や司令部が政治的な都合をあれこれ勘案し、最適な作戦を立てて、それに沿って駒を動かすんです。どんなチェス型ボードゲームだって歩兵(ポーン)だけでなく騎士(ナイト)戦車(ルーク)僧正(ビショップ)女王(クィーン)が居るものでしょ? それと同じです。一般海兵隊がポーンだとするなら、ODSTはナイトですよ。歩兵に変わって厳しい場面を受け持つんです。そして私達はルークでありビショップでありクィーン。疲れを知らず何処まででも攻め立てるのに使われます」


 辛そうな表情で溜息を吐いたバード。

 シンプソンが目をまん丸にして見つめている。


「私達サイボーグはチェスで言えば大駒ですが、逆に言うと……囮として使われる事もある。全部承知で犠牲にされる事もある。使い潰すの前提で突入させられ、行った先ですり潰されそうになって、どんな手段を使っても帰って来いと……」


 首を振りながら俯いて、もう一つ息を吐いた。

 まだ若いこの女性が一体何を見たのだろう?と。

 ヴェテランの歳になりつつあるイントラが声を掛ける。


「俺も何度か経験があるが、行った先で進退窮まって、仕方が無いから自爆でもするかと諦めかけた時に助けに来てくれたのは、何時もサイボーグチームだった。碌な武装が無くとも戦車を破壊し航空機を撃墜し、負傷者を抱えたまま走り続ける存在だ。一般ODSTはサイボーグをサポートする為に使われる。具体的に言えば、要するにアシスタントだ。本当に厳しい局面になった時、助けてもらう存在だからな」


 隣に居たイントラが言葉を繋ぐ。


「チョロい戦闘の時はサイボーグチームの手足になって働くのさ。一緒に走って一緒に銃を撃って、捕虜の搬送とか武器弾薬の補充とか飯の支度とか、雑事全部を引き受ける事が多い。だけど、それについて文句を言う奴は素人だ。生きるか死ぬかの局面で助けられた人間は皆理解している。海兵隊にはサイボーグチームが必要なんだ」


 淡々と語られる話を聞いていた候補生は改めてバードを見た。

 どれ程酷い局面で使われたのだろうと、皆は想像力を馳せる。

 だが、俯いたままのバードは舞台裏で無線を使い、絶賛通信中だった。


『バード。どんな状況だ』

『まぁ、かいつまんで言うと―――


 そろそろ到着しそうなペイトンが状況を聞いてきた。バードは端的に説明を行う。

 インストラクターの態度で夜襲が来るのはばれてそうだと付け加えた。。


『解った。25分ないし30分後に到着する』

『了解。それとなく離れてる。全部終ったら四班に行くね』


 無線の中で打ち合わせを完了したバード。

 その後もどうでも言い雑談に加わりつつ時間を調整し、歩哨役が入れ代わる隙を突いてスッとたき火から居なくなった。

 まだ誰も気が付いていないらしく、歩哨の視線はバードの存在が消えた事に注意を払っていない。


 ――――これじゃダメね


 心の内で溜息をこぼし、真っ暗闇の中でペイトンと入れ替わる。


「どうだ?」

「たった今、後半グループに入れ代わった。全然気付いていない」

「解った。まずは死んでもらうか」


 ニヤリと笑ってたき火へ近づいていくペイトン。

 その背中を見送って、バードは少し離れた待機ポイントへ移動した。

 ペイトンは焚き火の明かりが遮られる歩哨の影を辿って、音も無く接近する。

 サイレントキラーなペイトンの本領発揮である。


「しかし寒いな」

「そうだな」


 ゲインズとヴォリティが警戒している。しかし、その空気は緩い。

 それを正してやるのも仕事のウチだとペイトンは更に接近する。

 歩哨が互いを確かめず、全く統制のない動きをしていた。


 その動きをじっくりと観察して、一瞬の間を見逃さずヴォリティ軍曹を捕らる。

 口を押さえてたき火から引きはがし、闇の中へ連れ込む。


「いいか、よく聞け。俺が敵ならお前は即死だ。俺が良いと言うまでここを動くな。一言も喋るな。今からお前は死体の役だ。良いな」


 のど元へナイフを突き立ててペイトンが凄んだ。

 状況を理解したヴォリティ軍曹は黙って頷く。


 再びペイトンは完璧に気配を消して背後から接近する。

 そして同じようにゲイリー三等軍曹の口を押さえて闇の中へ連れ込む。

 暴れないように首を片手で絞めて、動けないように押さえ込んだ。


「俺が敵ならお前は即死だ。良いと言うまで黙って動くな。死体は動かないだろ」


 そんな行動を繰り返し、5分と立たないうちに3人を封じ込んだ。

 この辺りで残り3人の歩哨が気がつき始める。


「あれ? ヴォリティは?」

「あ、そういえばゲイリーも居ない」

「コマロフも居ないぜ?」


 3人ともどこ行きやがった?

 そんな空気の歩哨組。まさかやられたとは思っていないようだ。


「あれ? バード少尉は?」

「トイレじゃ無いか?」

「バカ。サイボーグがトイレ行くかよ」

「それもそうだ」


 緊張感ゼロでたき火に当たる残り三班の3人。

 だが、ゲインズ曹長を始め、モーガンとケーシーは油断していた。

 その報いはすぐにやって来る事になる。

 

 森の方でガサリと音がして3人が無意識に森を見た瞬間だった。

 全員からの死角に居たケーシーが後ろからペイトンに押さえ込まれ処分。

 素早く離れた場所へ引きずり、同じように沈黙するよう命じた。


「あれ? ケーシー?」


 ゲインズとモーガンはこの時点で悟った。侵入者が居て、相当な手練れだ。

 完璧に気配を殺し、歩哨を一人ずつ殺しているらしい……と。


「モーガン! たき火を背にしろ! 何も見逃すな!」


 ゲインズは少し意識が微睡んでいた。

 だが、自らの失策を悟り警戒レベルを引き上げつつ闇を凝視する。

 しかし、悲しい事に肉体的な疲労は生理反応として眠りを欲している。

 腫れぼったい目は暗闇の中に潜むアサシンの姿を捕らえる事が出来なかった。


 ――――ダメダメ そんなんじゃ甘いぜ


 暗闇に潜むペイトンは楽しくなり始めていた。あと2分で全滅させよう。

 そんな自分ルールを作って闇の中を素早く移動した。


「何かがいる……」

「何がいるんだ?」

「わからない!」


 ゲインズとモーガンの心に入り込んだ恐怖はそう簡単にはぬぐえない。

 ペイトンは死体役の歩哨から水筒を取り上げ、蓋を緩めて放り投げた。

 激しい音を立てて着地し、蓋が外れ水がこぼれる。

 歩哨がそれに気を取られている間に素早く接近したペイトン。

 モーガン二等軍曹も口を押さえて闇へと連れ込む。


「お前も今から死体だ。残念だったな」


 ゲインズ曹長はこの時点でたった一人残された。

 12名いる筈の三班は残り7名になった。両脚がカタカタと震え始める。

 その理由は寒さでは無く恐怖。痛みや苦痛は肉体的ストレスだが、そんなのは気の持ちようで幾らでも回避出来る。しかし、心の中に忍び込んだ心理的ストレスである恐怖は、訓練では身につかない。

 場数を踏み、ストレスを経験し、それを乗り越えた自信が無ければ……だ。


 焚き火の周りから人の気配が無くなり、リッジ少尉は不意に目を覚ました。

 異常を察知したまでは良かったのだが事態の対処を行う程ではない。

 だが、さすが元シールズだけあって、状況に対応しようと起き上がりナイフを抜く。

 僅かな気配に気が付いてすばやく振り返ったとき、ペイトンとリッジは目が合った。


「あっ!」

「ちきしょう! 見つかっちまった!」


 その声に驚いて顔を向けたゲインズ軍曹は アサシンがペイトンである事を悟った。

 ペイトンの姿の異常さに、ゲインズとリッジが息を呑む。

 全身へ黒のペイントを施し、闇にまぎれるべく偽装した姿だった。


「お前ら油断しすぎだ。俺たちが3人居たら1分で三班は全滅だったな」

「申し訳ありません」


 ガックリとうなだれたゲインズ。


「死体役の歩哨は集合!」


 ペイトンは眠っている候補生に遠慮する事無く大声で集合を命じた。

 暗闇の中からペイトンの手に掛かった者が集まってくる。


「俺の気配に何時気が付いた?」

「口を押さえられてからです」

「自分もです」「私もです」


 ぐるりと見回したペイトンが呆れている。


「これが実戦だった場合は?」

「ここは全滅でした」

「そうだな。ナイフ一本有れば声を出さずに殺す事が出来る。つまりお前らは歩哨としてですらも無能だって事だ」

「はい」

「だが今、大事な事を学んだ。そうだな」


 自信を失わせ辞めさせるように仕向けるだけが訓練では無い。

 時には励ましてやる事も必要だ。過剰な自信は失敗の元だが、適度な褒め言葉はやる気の元になる。


「次は失敗するな。実戦で失敗すると戦死だが、訓練は失敗する為にあるんだ。俺たちだって年がら年中トレーニングを積む。その中で何度も失敗し、その都度に何が原因だったのかを考え、それを再発しなくなるまで繰り返し繰り返し演習を行うんだ」


 三班のメンバーが驚くような目でペイトンを見ている。


「失敗の中からしか学べない事は多い。だが、実戦での失敗は死ぬだけだ。だからこうやって失敗しても良い環境で失敗しろ。そして学べば良い。今回一番の改善点は何だ?」


 再びぐるりとペイトンが視線を走らせる。

 皆が理由を必死で考えるのだが。


「異常に気が付かなかった事です」

「たき火や音や、どうでも良いものに気を取られた事です」

「警戒を怠った事です」

「相互チェックをしなかった事です」


 死体役経験者がそう答えた。


「もう一つ重要な事がある。それはなんだ?」


 ペイトンは更なる思考を促した。

 皆が首を振った。


「全員起こさなかった事だ。あのまま歩哨が全滅していれば、候補生は皆殺しにされていたな。そうだろ?」


 ペイトンの言葉に死体役を経験した者達が頷く。

 生き残りのゲインズも驚きを隠せなかった。


「警戒して居る筈の歩哨ですら殺される事がある。完全に眠りこけてる奴なんか丸太と一緒だ。ナイフ一本あれば10分で全員仲良くあの世行きだ。だから、異常が会った時はまず最初に全員起こせ。叩き起こせ。起きない奴は殴ってでも起こしてやれ。最初は恨まれるだろうけど、生き残れば感謝される。寝ていても周囲を警戒できるのは俺達だけだ」

「はい。解りました」


 皆がペイトンの言葉に頷き、それを見ていたインストラクターが満足げに笑った。


「やはり、現役のサイボーグに来てもらうのが一番良いな」

「本当は戦術教官も連れてきたかったけどな。ブル大佐が来ると生身は全員くたばるだろう。俺達が音を上げるんだから」

「それはいい! 次のスクール126ではぜひ来て貰おう」

「……止めといた方が良いとおもうけどなぁ」


 心底ウンザリと言わんばかりのペイトンがぼやき、皆が引きつった笑いを浮かべた。


「まぁ、なんだ。ODSTってお前らが思ってるほど良い組織じゃねーぜ」


 ナイフを鞘に収めてヘラヘラと笑い出したペイトン。

 リッジ少尉は周辺を見回している。


「所でバード少尉は?」


 リッジは辺りを見回しバードを探したらしい。

 何処にも姿が無かったので、不思議だった様だ。


「俺と同じ様に後続の四班を襲いに行ったよ。俺は|サイレントマーダーでアサシンだが、バードの場合は問答無用で飛び込んで行って、一瞬で全員惨殺だろうな。なんせ、刃物を使った戦闘なら、あいつはBチームでも二位か三位の腕前だから」


 腕を組んで笑っているペイトンだが、三班は言葉も無く驚くしかなかった。

 休まず動けるサイボーグだが、その戦闘力の高さを垣間見て、言葉を失っていた。




IAD:即時行動訓練とは


 現状の米軍海兵隊や特殊部隊などで盛んに行われているものですが、基本となる動きは『伏せる』『歩く』『走る』の三種類で、リーダーの指示にあわせ反復練習し続けるトレーニングです。

 この動きは地上掃討戦にはかなり重要な動きで、横一線に戦列を維持し、点ではなく面で火線や包囲線を動かすのに役に立つわけです。

 遠い昔の騎士が騎兵隊となって横一線に並び、槍をかざして突入していくのと意味は一緒で、歩兵のうち誰かが前に飛び出せば、良い目印と敵から十字砲火を浴びる事になるので、それを防ぐ為に行うわけです。


 そして、単独で飛び出した味方は、同じ味方の射線を遮る事になり、味方から撃たれる危険性も増す訳で、射撃中止を命じる羽目になります。

 つまり、たった一人か数名の馬鹿者のおかげで、十字砲火や中隊規模以上での収束射撃や集中射撃の障害にならないようにする為の訓練ですね。


 左右の列に注意し、慎重に前進し、そして指示された方向へ全力で撃つ。それを隊長の指示にあわせ、考える前に動けるようになるまで繰り返す。混戦や乱戦になった時に、この経験が生きてくるのだというそうです。

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