ダミーシステム(後編) / 設定の話08
――――サンクレメンテ島 東海岸 モスキート湾ビーチ付近
西部標準時間午前6時
夜更けを突いて東へ進んだODST候補生三班は東海岸へ到達していた。
ノクトビジョンを頼りに海沿いを進み、ピラミッド岬を回って北上を開始。
途中、幾つものチェックポイントを探し出し、電子スタンプを回収している。
バードの視界には二班までの距離が表示され始めていた。
『バード お前の班の前進速度が速すぎる。時間を稼げ』
『了解です』
テッド隊長の指示により、バードはリッジ少尉の足を止めさせる。
黙って眺めていれば、そのまま最北端のウィルソン湾まで走って行きそうだ。
「リッジ少尉。6時です。カロリーを補給しましょう」
「そうだ。チャウタイムだ。バード少尉も必要だろうしな」
図らずも人間扱いされている事にバードが苦笑いする。
ただ、三班の面々はバードが吐露した恐怖を、わが事のように理解していた。
「やっぱ海沿いは冷えるな」
「火を起こそうぜ。暖かいもん喰わないと身体がまいる」
「だな。その意味じゃバード少尉が羨ましいぜ」
「お前も死にかけたら良いんじゃ無いか?」
「だめだめ! 俺みたいなボンクラじゃ少尉みたいなエリートにゃ成れないさ」
ちょっと酷い言葉を吐きつつ、下士官たちは率先して焚き火を起こした。
ヘルメットに沢水を汲んできて、飯盒で湯を沸かし、パウチ食品を暖める。
戦闘レーションはこんな時に便利な物だ。
候補生はその火を取り囲んで軍用レーションを食べ始める。
温かいコーヒーで一息つきながら、面々の興味は自然とバードの話に移った。
「所で少尉殿。昨夜のあの話ですが」
同じ様にパウチのミートソースとパンを食べながら話を聞くバード。
続きをせがまれていると言うのは良くわかっている。
「続きってこと?」
候補生達が頷く。
「あまり楽しくないと思うけどなぁ」
温めたパウチからパンケーキを取り出して、メイプルシロップをたっぷり掛けた。
すかさずハエが寄ってきそうな状態なので、バードは一気に口の中へ押し込む。
何でも美味そうに食べてくれると言うのは一つの才能だ。
口いっぱいに甘さを感じて、バードは思わず微笑んだ。
「部屋に帰って充電ケーブルを繋いで寝たんだけどね、夢に出てくるの。子供が」
いきなりきつい事を言い出したバードに候補生は驚く。
だが、そんな事は一切気にせず、一方的にバードは話を続ける。
「突然、視界一杯に子供の顔が浮かんでね。血だらけで涙を流して、痛い痛いと泣き叫ぶのよ。だけどその声がだんだん小さくなって、そして声がフッと途切れて。で、声を上げて飛び起きるの。サイボーグだから寝汗をかくことは無いし喉が渇く事も無い。悪い夢に魘されて身体に変な力が入って、筋肉の痛みを疎ましがる事も無い。ただただ、純粋に脳が見た夢の内容に恐怖してね―――
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
その瞬間がトラウマのようになって思い出される。
機械の眼が見たものはサブ電脳に記録されるから、後で見返す事が出来る。
しかし、脳の見る夢は記録のしようが無いのだから、自分の記憶だけが頼り。
つまり逆に言えば、それは記憶から消す事の出来ないワンシーン……
ナイフの刃先を一瞬見てから、その子供の目がバードを見た。
夢の中で見た子供の瞳には諦めがあった。あまりの恐怖に精神が真っ白になったのだ。全てを諦めた人間は、その表情に人間らしさを一切失うと言う。
バードは自分の両肩を抱いて震えた。あまりに恐ろしいモノを与えられた。
全く望まなかったのに、自分の手に余るモノをこっちの都合など関係なく……だ。
それから朝までバードは殆んど眠ることが出来なかった。
あまりの衝撃に事実を整理できなくなっていた。
頭の何処かがどこかパニックを起こしていると感じた。
でも、自分の力ではどうしようも無い。
自分自身に与えられた圧倒的な力も、制御下に有るうちは従順だ。
しかし、ひとたびその理性のタガが外れた瞬間、この身体は悪魔にも死神にもなる。
全てを殺し尽くす暴風のように、またアレをやるかも知れない。
弱き者の守護者で有るべき自分なのに、全てを殺し尽くすかも知れない。
自分への恐怖に疲れ果て、気が付いたら朝になっていた。
外の明かりに目を細めた。多分、2時間も寝ていない筈。
どこか朦朧として、思考や記憶や感覚の部分にヴェールが掛かっているようだ。
でも、充電しエナジードリンクでカロリーを補給してあるから身体だけは絶好調。 きちんと支度を調えバードは訓練場へと足を運んだ。
「どうした? 調子悪いか?」
「いえ、正常です。自己診断では異常を見つけられません」
「覇気が無いな」
「……すいません」
「まぁいい。今日辺りから危険が増してくる、気を抜くなよ」
「アィサー」
しかし。
心と身体がバラバラなままでは思うように動けない。
これはサイボーグも生身も変わらない不変の定理。
この日は最初から最後まで。朝から晩まで、怒鳴られっぱなしだった。
「閉所突入訓練だ 近接戦闘と間違えるなよ」
連射の出来るマシンピストルにドラムマガジンを装備し、出口の無い場所へ追い込んで全滅させる戦闘。
これは自分の撃った弾丸の反射や兆弾を計算に入れて角度を選ばなければならない。下手に撃てば自分もダメージを受ける。
装甲服を着込んでいても目や耳などセンサーの塊りに直撃を受ければ、数秒は機能停止する。
手を伸ばせば敵に触れる距離での機能停止は死に直結する。
「3! 2! 1!」
ブルが勢い良くドアを蹴り破って中へ突入。同時に「HALT!」を叫ぶ。
しかし、突入直後にバードは部屋の中へ射撃を開始してしまう。
「まだ早い! 何やってんだ!」
「あ!」
「テロ屋を締め上げて情報を吐かせる為には生け捕りが必要だ。無駄に緊張するな!」
「すいません」
「やり直しだ」
何度もやりなおしたのだけど、その都度にバードは何処かミスをした。
その姿をジッと観察しながらブルは何かを確かめる。
「まぁ、仕方が無いか。最初にミスをするとな。明日もう一度やろう」
「すいません。注意力散漫です」
「ミスを引きずる事が無いよう、上手く切り替え出来るようになれ」
「はい」
「まぁ、アレだな。身体を動かして気分転換だ」
格闘訓練場へと移動したバードは頭部にプロテクターを装備する。
模造のバトルナイフを使って、刃物での戦闘。そして最後は徒手空拳での格闘。
こればかりは経験が必要だ。
「格闘アプリを持ってるな?」
「はい」
「起動させておけ。いいか?」
「はい」
視界の中のアプリランチャーから自動格闘ソフトを起動させると、視界の中に勇ましい白兵戦姿の海兵隊員が浮かび上がる。過去様々な格闘戦を経験したサイボーグの経験を数値化し、自立格闘するアプリだ。
総合格闘技のチャンピオンなどにも輝いた海兵隊員の熟達の動きを実現しているアプリで、これがあれば素人でも百戦錬磨の海兵隊員と言う事なのだが……
「このソフトはとにかく使って戦闘を経験しないと意味が無い。反射神経を使うからな」
本人が反応出来なければソフトは動かない。
つまり、結局は最初の一手をどう貰うか?の経験が必要になる。
そしてソフトが究極の後手を行う。
武道で言う『後の先』をやってくれるのだ。
狭い格闘場で格闘戦トレーニング用のAIと戦い始めるバード。同じ事を士官学校で散々やった事を思い出す。
しかし……
「相手をもっと良く見ろ! 目を切るな!」
AIが繰り出す攻撃に、一瞬目を閉じてしまう。
当たれば痛いのはサイボーグも一緒なのだから、反射的に目を閉じて痛みに耐えようとしてしまうのだ。痛みという情報に過ぎないと割り切って、負けん気と根性で当たらなければならないのだが。
不意のパンチを瞬間的に凝視したら、その影にあった足払いを見落とした。
両足を刈り取られダウンすると、マウントポジションを取られて殴打を受ける。
サイボーグだって視野の外からフックでチンを殴打されれば脳が揺れる。
一瞬の脳震盪を受けるのだから、ちゃんと護らねばならない。
「何処か一箇所を見るんじゃない! 全体を見ろ!」
そんな声が聞こえるも、バードにはその余裕が無かった。
怒りに任せて反撃すれば手痛い一撃を受ける。しかし、このままではジリ貧で殴り負けて死ぬ。内出血も鼻血も出ないサイボーグだし、頭部脳殻は強靭なチタンで作られた一体物だ。割れたり歪んだりする事はまず無い。
背筋力を使って相手を浮かし、背中側から足を掛けて逆テイクダウンを奪う。
今度はバードがマウントポジションに入る。
絶対的有利な状況から力いっぱい殴りかかったつもりが……
「なに手加減してるんだ! 死にたいのか!」
まるでペチペチと撫でるようなパンチ。
闘争心を何処かに忘れたかのような消極的姿勢にブルが激昂している。
振りかぶった右腕の死角から手痛い一撃を受けて一瞬よろめく。
少しだけ『ムカッ!』としたバードが真上からハンマーパンチを入れた。
AIの頭部が弾け飛んで機能を停止した。
「そんな相手に五分も掛かってどうする!」
手厳しい指摘が飛ぶが、バードの耳には届かない。
吹き飛んだAIの頭部がバチバチと火花を散らすのを呆然と見ているバード。
「モタモタするな! 次は三対一だ!」
バードの周りを三体のAIが囲んだ。
手ぶらが一体。1メートルほどの棒を持ったのが一体。
そしてもう一体は刃物を持っていた。
セオリーからすれば刃物を持つ者から一撃で絶命させる。
次に棒を持つ者を絶命させる。丸腰の者は出来る限り生け捕り。
後から締め上げて情報を吐かせるのだ。
しかし、戦闘が始まった瞬間。バードは丸腰の者を一撃で屠ってから棒持ちを相手してしまった。当然、背中を切りつけられダメージを負う。サイボーグの身体でおまけに模擬ナイフだから致命傷にはならない。
数分の戦闘を終えた時、レッドブルが頭から湯気を出していた。
「模擬ナイフでなかったら戦闘不能だったぞ! なに考えてんだ!」
この段になってから『あ! そうか!』という顔で驚いている。
「訓練のつもりで訓練をするな。これでは手抜きだ!」
敵役のAIは整備すればまた使える。
しかし、激しい戦闘では修理不能に至るまで破壊してしまう為、使い捨てだ。
やり直しは効かないのだから、閉所戦闘訓練はまた今度。
「エナジードリンクを補給して仕切り直しにする。今日は集中力が足らんな」
レッドブルが冷たく突き放した。
バードは肩をすくめてうなだれる。
「申し訳ありません」
忌々しげに首を振るものの、レッドブルの目がジッとバードを観察していた。
「まぁ、初めはこんなもんだ。失敗できるうちに失敗しとけ」
「はい」
ホヒュッと魂まで抜けるような溜息を付いたバード。
そんな姿をブルは冷静に観察していた。
ちょっと落ち込んでいるが、気を取りなおしエナジードリンクを補給して一息つくバード。
午後の訓練はもっと激しいのだろうと、薄々は感づいているのだが。
「レーザーブラスターのバッテリーマガジンだ。高電圧に注意しろ」
「はい」
受け取ったマガジンはズシリと重い。中には大容量の燃料電池型バッテリーが納められている。
サイボーグの身体を駆動させるのと仕組み的に同じものだ。
もっとも。バーディー達サイボーグはこれを最低でも五十個分は装備しているのだが。
「まずは交互射撃だ」
静止している遠距離と近距離、二種類の的に向けての交互射撃。
レーザーブラスターはエネルギーブレッドの弾道が曲線を描かない。
最大出力で投射した場合には、大気に少しずつ溶けて無くなるまで約3000メートルを飛翔する。
近距離弾着の場合は威力を絞り、遠距離弾着の時は威力を上げる。
大出力のまま近距離へ射撃した場合、命中した対象と溶け合って対消滅しきらなかった分が大気へ拡散する。
強い静電気状態となって残るとサイボーグの身体には悪い影響が出る事もある。
つまり、距離に応じて出力を適時コントロールするというのは、自分の身を自分で守る為の重要な能力なのだ。
「バーディー! 威力をコントロールしろ!」
何度も怒鳴られるもバードは全くそれが出来ない。
どんどん慌てて深みにはまり、遠距離を小出力で撃ってみたり。
或いは至近距離へ大出力射撃してしまったり。
支離滅裂になり始めた。
「一端射撃止め! どうした! 落ち着け!」
「あれ? ……あれ?」
「うーん」
レッドブルは頭をボリボリと掻いている。
「生身ならなぁ。深呼吸しろという所だがなぁ」
「……すいません」
「集中力が無いな。戦場なら戦死一直線だ」
「…………………」
「その身体は安くないんだ。もっと集中しろ」
「……はい」
――――そんな事言ったって
望んでこうなった訳では無い……
バードの内心に酷く波風が立つ。ただ、それを言えば『なんだその言いぐさは』とブルにやり込められるのはわかっている。バードは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「とりあえずカリキュラムを先に進めよう」
次は動く的と静止する的を交互に撃つ訓練。
ランダムに飛び交う空中の的へ向かって射撃。
同時に静止している的にも撃たねばならない。
しかも、それは上下左右だけでは無く接近離脱をランダムに行う。
それ故に大事なのは、距離に応じて素早く威力を制御しなければならない。
バードは一度目を閉じて、一息吐く。
サイボーグは呼吸を必要としない。しかし、息を吐く能力は持っている。
息を吹きかけて埃を飛ばしたりする為だ。
それを使って擬似的に息を吐き出し、心の『座り』を良くしてやる。
どんなものでも、安定してなければ落ち着かない。
心の置き方で大きく差が出てしまうスポーツと同じように。
兵士もまた自分の心と感情を制御しなければならない。
集中力というのはつまり、自分の為でもある。
だが、この日の訓練は最後まで酷いものだった。
「バード! やる気有るのか!」
爆発物処理訓練では、もう少しで自分が誘爆する所だった。
咄嗟にはじき飛ばされ、ブルが力一杯遠投して空中爆発させ事なきを得たのだが。
さすがのマーク大佐も夕方にはあきれ果てていた。
やはり女には無理か?と肩を落としていた。
「今日はもう良い! 訓練を中止する! 帰って寝ろ!」
呆れた声で怒鳴られた。
士官学校では決して悪い成績では無かった。
飲み込みは早いし要領よく素早くやって来たはずだった。
自分の部屋に帰ってきたバードは、悔しさとも悲しさとも分からない感情に飲み込まれた。言葉に表現できない劣等感を抱いて、涙も流せなくなった自分の境遇に震えた。震えるという動きは非常にバッテリーを浪費するのだと初めて知った。
でも……
――――やっぱり私には無理かも……
電源残量が30パーセントを切って、充電勧告表示が浮き上がった。
でも、バードはそれを無視して、そのまま遠慮なく震え続けた。
この数字がゼロになったら死ねると、ふと、そんな事を思った。
――――やっぱり死んだ方が良かったのかな このまま死のうかな……
そうだ。きっと死ねる。その方が良い。
ベッドの中でカタカタと震えながら。
バードはそっと目を閉じた。
もういい。
もう嫌だ。
もう……
もう……
もう……
いつの間にか眠ってしまった。
ふと目を覚ましたら朝だった。
そうか、天国にも朝はあるのかとバードは思った。
しかし、視界の隅に浮かぶ電源表示のバーグラフはフル充電だ。
通信状況良好。アンテナ受信強度はMAX。
結局死ななかった。ちがう。死ねなかった。
―――― ……あっ
ふと思い出した。
残量ゼロになった場合、最優先で電源を確保するように造ってある事を。
サブ電脳の自己保身機能が働き、自動で電源ケーブルをつないだのだ。
悔しいとか残念とか、何の感情も不思議とわかなかった。
仕方が無いから支度を整えてトレーニングルームへ向かった。
バードより先にマーク大佐がやって来ていた。
「遅くなりました。申し訳ありません」
「……今日は良い顔をしているな」
「それはつまり、普段はブスって事でしょうか?」
「ジョークを飛ばせるようになっていれば大丈夫だな」
ワッハッハと笑うマーク大佐。
しかし、その姿にすら何の感情もわかなくなっている。
自分の心が壊れたのかもしれない。でも、それも良いかもしれない。
無意識に拒絶する感情など何処かに捨ててきた方が楽だ。
私はODST。私はサイボーグ。私は殺人兵器。
私は……ただの機械。
もう、それで良い。
「さて。じゃぁ始めるか!」
この日は朝からレールガンではなく、実弾を発射する銃を持っての訓練。
レールガンと違い実弾射撃中には弾着誤差修正と言う作業が必要になる。
サイボーグ用オートマティックライフルは戦闘装備重量で実に15キロに達する化け物級な重量の銃火器だ。生身の兵士が使う6ミリ弱なライフル弾使用のライフルとは、威力も射程距離も段違いといえる。
「距離1200メートルから始める! 機動射撃!」
銃を構えたまま走り出し、動く的へ向かっての射撃をはじめるバード。
弾丸速度を考慮に入れた三次元計算を行っての予測射撃は、生身にはまず出来ない領域だ。生身の兵士は経験と勘でそれを行うのだが、サイボーグならそれを計算しながら行う事が出来る。つまり、異常に命中精度が良いのだ。
「流石だな!」
ブルが上機嫌で見ている先。はるか彼方にある的が次々と粉砕されていく。
装弾数52発のマガジンが空になり、無意識に次のマガジンに交換する。
ジグザグに走って距離を詰めて、だんだん速度を上げていく。
全速力まで一気に加速して、壁と壁の間から瞬間的な射撃を繰り返す。
急ブレーキを掛けながら射撃。ジャンプしながら射撃。四時間近く集中して射撃し続ける。
「最高の兵器とは、海兵隊の撃つライフルである! 全ての敵を粉砕し市民を護る!」
大声で発破を掛けられながら、バードは射撃し続けた。
その心に、全く波風は無かった。
休む事無く訓練は続き、午後には再びAI体の的を使った射撃になった。
身体中に爆弾を巻きつけたAIの自爆兵が、なにかを叫びながら走ってくる。
建物の影に隠れながら接近してくる。それを追尾し、交わし、時には至近距離から射撃する。
幾つもターゲットを破壊しながら訓練が続き、視界の中にターゲットの残りが一と表示された。
AIの模擬市民が歩く市街地の中心部。
ベビーカーの上で眠る赤子のすぐ下には大量の爆薬。
それを押す若い母親が人の多い所多い所を目指して歩いている。
特徴的なアルゴリズムだからすぐに分かる。
全く躊躇する事無く、バードは撃った。
ベビーカーごと若い母親を撃った。
それを全くの無感情で、バードは眺めた。
――――殺った……
淡々とした言葉で、一言つぶやいただけだった。
「バード少尉 全ての敵を排除しました」
硝煙を纏ったまま、無表情で敬礼して報告。
「良くやったバード お前は最高の兵士だ!」
「ありがとうございます」
そんなバードの目を、ブルはジッと見ていた。
少し首を傾げてから、少しだけニヤリと笑った。
「ところで、戦闘中、これを見つけたか?」
「それはなんですか?」
胸のポケットから小さな機材を取り出すのをバードは見ていた。
「遠隔赤外線通信装置だ。仲間との無線を使わない連絡が出来る」
「始めてみました。記憶にありません」
ライトみたいな形状の物体。
「そうか。なら試そう。ここに一瞬だけ文字が出る 読めるかどうかやってみろ」
「やってみます」
何だろうかと訝しがるも、バードは意識を集中する。
その直後。真っ赤なフラッシュライトが視界一杯に広がった。
驚きのあまり、一瞬目を閉じる。
だが、次の瞬間……
「……あ!」
短く言葉を発したバード。
次の瞬間、心の中の奥底の方から、恐怖心や反抗心と言ったものが浮き上がってきた。
「うっ! うわ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
子供を抱えた親ごと撃ったと言う後悔までもわき起こる。
またやってしまったと言う、張り裂けんばかりの後悔までも。
「……ふん ご苦労さん 良くやったな」
膝を着いて両肩を抱え震え始めたバード。
目を大きく見開いてマーク大佐を睨みつける。
「バード 心に波風は立ってるかい? 後悔は?」
「え?あ、あの」
自分で言うのもなんだが、目ぢからマックスな状態だとバードは思った。
「取り返しのつかない事をやっちまったって思うだろ?」
「またやってしまいました!」
「気にするな。アレはAIだ」
「でも!!」
ブルはゆっくりと歩み寄ってバードを立ち上がらせた。
足腰がガクガクと震えている関係で、上手く立つことすら出来ない。
しかしブルは一切遠慮すること無く話を続ける。
「バード 自分が怖いか?」
「……怖いです」
震える声でバードは言った。
「そうか。ならもう一人前だ」
「一人前?」
「本来、お前のようなレベルのサイボーグに戦闘訓練なんか必要ないのさ」
「じゃっ…… じゃぁこの訓練は」
「そうさ。ダミーシステムの本質を理解する為にある。それだけだ」
ブルがニコリと笑った。あんがい可愛い笑顔だ。そして、何処か優しげだ。
娘を見守る父親の様な眼差しとでも言うのだろうか。
どれ程思い出そうとしても出てこない父親の目を、ふとバードは思い出す。
「……さっきまであんなに平穏だったのがウソみたい。恐怖を思い出しました」
「それもダミーシステムの機能の一つだ。恐慌状態になった兵士の心を沈静化させる」
なんとなくそんな予感はあった。
でも、はっきり言われるとショックも大きい。
「つまり。罪悪感も無くなるって事ですね」
「そうだ」
血も涙も情も無く、ただただ無条件に敵を粉砕する事だけを考える存在。
サイボーグに限らず、完全自立作動兵器の恐ろしさはこの一点に尽きる。
「例えば。自動車を運転すると実に便利だ。行きたい所へ歩かずにいける」
「はい」
「だけど、自動車は操作を誤れば事故を起こす。人を殺すかも知れない」
「そうですね」
「そして多くのドライバーは、実は死亡人身事故など生涯一度も経験しない」
「殺してしまっては刑務所ですね」
「そうだ。罪だからな。だが、多くのドライバーはそれを知識でしか知らないんだよ」
あぁ。そうか!と。
バードはブルの言いたい事の本質を理解した。
「私は常に私を制御しなければならないから、だから……」
「そう言うことだ。バード」
バードはふと自分の手を見た。
健康的な色をした柔軟な掌。
だけどその中身は……
「お前の中に居る根本人格はバードと言う存在をコントロールする為に居るんだ」
「私は……」
「お前の、お前自身の人格がバードと言うキャラクターをコントロールしている」
「仮想人格ですか……」
不思議とレッドブルへの恐怖心が、バードの心から消えていた。
そして、子供も容赦なく殺してしまった自分への恐怖ですらも。
「サイボーグって過酷ですね」
「だから仲間を大事にするんだ。今なら分かるだろ?」
「はい」
「みんな同じなんだ。本人のその手に余る力を与えられて戸惑う。だけどな」
バードの心の中に、ブルの言いたい事が伝わってくる。
その表情に一週間ぶりの笑みが戻った
「やっぱりお前は笑ってるほうが美人だな」
「セクハラですよ? 大佐殿」
「はっはっは! 褒め言葉くらいは素直に受け取っておけ!」
「イエッサー!」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
最後のコーヒーを味わったバードは、三班のメンバーを一人ずつ確かめた。
皆、息をするのも忘れて話に聞き入っていた。
「結論から言うと、私たちには戦い方という部分での能力が最初からインストールされてるんです。だから本来は訓練と言うより調整なんです。でも、サイボーグは皆、一度はコレを経験します。ダミーシステムの本当の怖さを知って一人前なんです」
淡々と話し続けたバードは、もう一度小さく息を吐いた。
「今この状況では、私の持っているIFFだと誰も味方と認識出来ません。全てグレーゾーンです。つまり、今突然ダミーモードに陥ったら、一人残らず殺してしまうでしょう。その恐怖を知っているからこそ、私は常に私で居る努力をして、どれ程眠くても辛くても意識をしっかり持っていないとダメなんですよ。ですから」
ニコッと笑ったバード。
だが、その笑みにどこか邪悪なモノを感じ取った候補生達は身震いした。
間違いなく、悪魔の笑みだと確信している。
「自分だけ辛いのは嫌ですからね」
「自分だけ?」
怪訝そうに言葉を反芻したリッジ少尉。
バードは底意地の悪そうな顔でリッジを見た。
「ODSTスクールの地獄巡りは、ここからが佳境です」
「地獄巡りか」
「そうです。ここからが……お楽しみですよ」
ウフフフと凄みのある笑い方でコーヒーカップを握りつぶしたバード。
丈夫な厚紙のカップがぎゅっと押しつぶされている。
「宇宙のどこへ行っても生き残れるだけの実力を付けて帰ってもらいます。太陽系のどこかで臨時に私の指揮下へ入るかも知れませんからね」
楽しそうに言うバード。
テッド少佐は無線越しにそんな姿を眺めていた。
直率する四班の誰に気が付かれる事も無く笑うのだった。
設定の話 その8 ODSTサイボーグ向け銃火器紹介
すいません。おもっきり趣味に走ってます。
反省してますが、もう変更しません。面倒くさいです(笑
・Cー26 ブラスターライフル
20世紀に誕生したベルギーのFN社を始祖にもつLBG社製のエネルギーブラスターライフル。モデル2288LVをODSTのサイボーグ向けに高威力化した大出力ブラスターライフル。マガジン部に収められた小型熱核反応炉を使った燃料電池により駆動する加速器により、荷電粒子を亜光速で投射するブラスター兵器。サイボーグの身体からも給電する関係で一般向けとは次元の違う出力を実現しており、その関係で扱いは非常に厳重に管理されている。銃一丁毎にパーソナルユーザー登録が施され、特定のサイボーグでなければ大出力射撃が出来ないようになっている事などを見ても、この銃の扱いの慎重さを垣間見る事が出来よう。マガジン動力だけであれば最大出力で7発。小威力連射モードで100発程度の容量となるが、サイボーグの場合は最大出力で150発程度。連射モードであれば1000発以上の射撃を実現するが、その前に加速器の作動限界を迎えてしまう。加速器はユニット化されており、簡単な操作で新しい部品に交換できる関係で、サイボーグはスペアの加速器を携行している事が多い。
・Sー16 アサルトライフル
有質量の12.7mm弾頭を電磁加速器で撃ち出すレールガン型の自動小銃。一般の生身兵士向けに作られた5.56mm弾頭や7.62mm弾頭を使用する火薬発射式の自動小銃とはちがい、サイボーグの手首部分にある給電機能を利用し給電される為、生身の兵士では射撃する事すら出来ない。マガジンには弾頭部分のみが納められ薬莢が無い事から、その装弾数はバナナ型に湾曲した形状も相まって75発もの大容量を誇る。マガジン装填状態における射撃可能重量は実にほぼ16キロに達し、仮に何らかの手段で給電したとしてもその射撃反動は凄まじく、生身の兵士が使うのは現実的ではない。銃身を短くしたカービンライフルなどバリエーションも多く、長銃身にバイポットを装備し、簡易分隊支援火器に変貌を遂げたモデルも存在する。
・Lー47 狙撃ライフル
有質量弾頭を電磁カタパルトで打ち出すSー16と同じ弾頭を使用する大型狙撃銃。筐体に余裕があるためCー26ブラスターライフルの電源マガジンをバットストック内部に装着する事で生身の兵士でも射撃を可能としている。ただし、バイポットを装備し全長1500ミリに達する巨大な火器の為、その重量は10キロを軽く越えるモンスター級の銃火器となってしまっている。銃身長1200ミリに達する巨大な加速器は大型弾頭を音速の5倍~8倍まで加速する事が可能であり、弾着距離が短ければ主力戦車の装甲を打ち抜く事も可能である。音速を大幅に超える初速で発射される為、マズルブラストで衝撃波を発する程であり、室内などでの射撃ではサイボーグでなければ身体に変調を来たすケースがある関係で、相当訓練されなければ生身では扱いきる事が難しい。
・MGー5 重機関砲
20世紀の初期に作られ延々と300年以上使われ続けるブローニング社製の重機関銃M2をサイボーグが単独射撃可能なように改良された兵器。その射撃はM2の特性をほぼ完全に受け継いでいて、射撃中の姿はまさに火を吹くチェーンソウと言える。戦場における弾薬供給の柔軟性を考慮し、火薬発射式に拘って未だにベルト給弾の昔ながらな姿を維持しているのだが、各部における加工精度と地道な冶金技術の向上と相まって恐るべき作動制度と耐久性を誇っている。戦場でこの銃口に狙われた場合、死ぬ準備は出来ているか?イエスかハイで答えろと言われているのに等しい。弾頭部は基本的にSー16やLー47と同じものを使っている関係で、戦地における補給管理部隊が夜なべをして薬莢部に弾頭を押し込み連結チェーンを取りつけMGー5に使う事もある。ただ、その逆は基本的に無い。薬莢に押し込まれた弾頭部に傷が入り、弾道特性が変化してしまうためである。
・Yeck23 マシンピストル
20世紀の中期頃にソヴィエトで誕生したイーゴリー・ステーチキンのマシンピストルがそのまま発展を続けた恐るべき性能のマシンピストル。毎分600発を越える連射性能を持ち、しかも、大型のドラムマガジンを装備したその制圧火力は、同じ拳銃弾を使用するサブマシンガンなどと比べても全く引けを取らない。拳銃としては大型の部類に属し重量も2キロを越えてしまうのだが、膂力に余裕のあるサイボーグの場合は全く行動の足かせにならず、むしろ機動力を生かし一撃必殺の機動戦を行う場合には、両手に一丁ずつ装備し二丁で面制圧を行える恐るべき打撃兵器に変貌する。女性型サイボーグなどが両手に装備し突入戦などで使う事も多く、対峙する敵にしてみれば近距離で分隊支援火器並の威力を持つ銃が2丁存在するという悪夢に襲われる事になる。
・パンツァーファウスト
WWⅡの頃に開発された世界で最初期の個人携帯型対戦車兵器パンツァーファウストが進化を続けた物。力いっぱい拳で戦車をぶっ叩くと言うネーミングが示すとおり、対戦車兵器として登場の段階で既に完成されている存在とも言える。クルップ式無反動砲の伝統を今も伝えており、発射筒の後方へ射撃炎を吐き出す物騒な仕組みであるが、その特性を逆手に取って降下中にパラシュートへ向けてバックブラストを噴射させパラシュートの減速効率を上げると言う裏技をODST隊員は好んで使う。成型炸薬弾等を中心に榴弾、焼夷弾など様々な弾頭を使い分ける事が出来るだけでなく、発射後の自力加速力を加え自己鍛造を行いながら敵を破壊するなどの無駄に高機能化した弾頭を使う事も出来る。しかも、使用後の発射筒それ自体が強靭な鉄製の鈍器となる事から、射撃後も発射筒を持ち続けるサイボーグ隊員は多い。サイボーグの身体が持つ驚異的な膂力でもって発射筒を振り回した場合、生身の兵士にとっては悪夢に近い凶悪な破壊力で迫ってくる事になる。スコップを持って白兵戦を挑んだ敵が、真っ白や真っ赤の返り血を浴び楽しそうに笑うサイボーグを見て失神するケースも多いと噂されるほど、その意味では使用後にガラクタにならない凶悪な兵器と言えよう。




