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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第5話 国連宇宙軍を10倍楽しむ方法
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実弾訓練は胃液の香り

 デビルゲート2週目に入ったODSTスクールの候補生48名は、この辺りでデビルゲートと呼ばれる期間の意味を知る事になる。

 丸々1ヶ月続く試練の日々。毎日毎日、胃の痛い思いをする日々。今までの生活で考えもしなかった事を、次々と要求される。

 やる気と根性を教官に示めす肉体的な試練は最初の3日間で終わるが、本当の試練はここからだ。どれ程努力しても乗り越えられない個人の資質や能力の不適格さでふるい落とされる者が出てくるのだ……





――――ODSTスクール

    東部標準時間 午前9時





 オフィスの隣にあるロッカーで戦闘装備に着替えて演習場へと出て行くバード。

 この日からデビルゲートのフェーズ2が始まる。ODST候補生はスクールに着校してから初めて、実弾での射撃訓練を始まるのだ。


 海兵隊創世記の時代より海兵隊員はライフルマン足れと言うのが最大の教育方針なのだが、特級射手(グランドマスター)一級射手(シャープシューター)二級射手(マークスマン)の3段階ある技量水準においてODST隊員の最低水準はグランドマスターである事を要求される。

 小銃だけでなく機関銃や拳銃。更にはグレネードランチャーやパンツァーファウストを使った歩兵打撃力の全てを向上させねばならない。そしてそれらの技量以上に重要な事も覚える。それは、個人や班や小隊といったその全ての面で安全第一に行動すると言う事だ。

 軍隊とは極限まで統制の取れた組織行動が基本であり。個人のスタンドプレーやヒーロー映画の主人公のようなヒロイズムに彩られた超人的能力を求めている訳でもない。


 安全に。確実に。的確に。

 相対する敵を撃ち倒す事。


 それが出来る様になるまでとにかく撃たせる。

 撃って撃って撃たせ続けて個人の技量と問題点を見極める。

 立ち撃ち、膝撃ち、座撃ち、寝撃ち。それぞれの姿勢で25m遠くの的を撃つ。

 難しい事は何も要求しないのがファーストステップだ。

 スクールのイントラと共に、まずは草原の射撃レンジで50メートル先の的を撃つ。


 一番最初に教え込むのは、まず確実に安全装置を掛けると言う事。

 最初は的に当たらなくても良い。そんな事は後から幾らでも練習できる。

 撃ったらセーフティ。撃ったらセーフティ。撃ったらセーフティ。

 無意識にセーフティを掛けるクセを身体に染み込ませる。


 では、どうやってそれを教え込むのか?

 それはもう身体で教えるしかないわけで……


「今、セーフティ掛けた?」


 中央付近のレンジで撃っていたモーガン二等軍曹は、射撃後に立ち上がる過程でセーフティを掛け忘れた。


「両手をつけ! 20回!」


 すぐ隣で指示を出すバードの声に弾かれるようにして、その場で腕立て伏せを始める。

 それを見届けてから、再び新しいマガジンを支給し、とにかく撃たせる。

 まだまだ安全性的に心許無い部分が多い。真っ暗闇の中などで戦闘訓練するには非常に厳しい状況だ。


 朝から晩まで撃ち続けドンドン技量が向上していくのだが、その課程で誰が得意で誰が苦手なのかハッキリしてくる。

 25メートルの距離を問題にしなくなった候補生は100メートルに挑戦する。

 それが可能になったら次は200メートルだ。


 課題レベルが次々と難しくなる中で、集中力的に限界を迎えてしまう者も多い。

 事実、百メートルで射撃しているゲインズ曹長がついに泣き言を言い始めた。


「少尉殿 全く当りません 銃に問題があるのでは無いでしょうか」


 決して下手では無いゲインズ曹長なのだが、この場ではなかなか当たらないで居る。

 整備には万全の注意を払ってるはずの自動小銃だ。当たらないはずが無い。

 何となく候補生達を眺めた時、ふと、リッジ少尉と目が合ったバード。

 どうしましょうか?と言わんばかりなのだが。

 

「ゲインズ曹長 銃をこちらに」


 バードの言葉に反応したゲインズ曹長は、マガジンを抜きボルトを引いてチャンバーから実弾を排出した状態で引き渡した。こういう部分での安全意識を徹底させる事も重要な教育であり抜かりはない。

 銃を受け取ったバードはマガジンの頭をコンコンと頭にぶつけてゴミを出し、銃にセット。ボルトを引いて初弾をチャンバーへ送り込む。

 

 ターゲットまではレーザー計測で100メートルに若干欠ける程度だ。風の影響は考慮しなくて良いレベル。銃を構えてターゲットを狙った。マンシルエットの額あたり。この距離で外したらサイボーグにとっては恥でしか無い。乾いた射撃音が響き、銃弾は全てマンシルエットの頭部を通過した。


「当るわ。どこもおかしく無いわね」


 今度はマンシルエットの支柱を狙った。一発だけ撃って支柱を打ち抜く。当然ターゲットは倒れるのだけど、今度は紙で出来たシルエットをぶら下げるクリップを狙った。

 ど真ん中を打ち抜き紙の的が地面へ落ち、自信を失いつつあった候補生が呆然と見ている。そんなシーンを見ていたバードの心に、ムクムクといたずらの虫が顔を出した。


「ちゃんと狙いをつければ銃は当たります。そういう風に作ってあります」


 地面に落ちていた薬莢を拾って、バードは力いっぱい空へ投げた。

 サイボーグが力一杯に投げるのだから、軽い薬莢とは言え50メートル位は軽く飛ぶ。その薬莢目掛けてバードは銃を撃つ。


 薬莢からカキンパキンと賑やかな音が響き、地面に落下せず空中で躍らせた。

 最後の一発になった時は、銃口を一旦地面へ向けて、自分の背中側に手を廻し、腰の辺りへ銃を沿えて片手撃ち。鋭い発射音がして、地面すれすれまで落ちていた薬莢を真っ二つに割った。


「少尉殿 凄すぎます」


 ゲインズ曹長があんぐりと口をあけて驚いている。

 候補生だけでなく、補助のイントラも驚いている。

 サイボーグだからサブ電脳が一瞬で弾道計算するし、誤差の再計算もしてくれる。

 つまり、目標選択してやるだけでほぼ確実に当るわけだが……


『バーディー! あんまり候補生苛めるなよ!』


 無線の中にペイトンの笑い声が響いた。

 その声にニヤリと笑ったテッド隊長とジョンソン。

 二人とも意地悪そうな目でバードを見た。


「ODST隊員ならこれ位はみんな出来ますよ、もちろん生身でも。逆に言うと出来ない隊員は死ぬだけだから」


 マガジンを抜いて銃だけゲインズ曹長へと返したバード。すかさずボルトを引いて撃ってない弾をチャンバーから抜くのは抜かりない。

 ふと、抜いたマガジンへ目をやると、残弾を押し上げるリフトプレートが途中で引っかかっている不良品だった。

 これを実際の戦闘で使うと、銃がジャミングをおこして射撃不能に陥り、命に関わる事もある。

 いい加減な整備をした施設班が腹立たしくなり、マガジンをポイッと地面へ投げ捨て、力いっぱい踏み潰した。


 鈍い音を立てて金属性のマガジンがペシャンコになる。

 これで大丈夫。次は問題起こさない。

 だが。


「……少尉殿 ご立腹で申し訳ありません!」


 ちょっと引きつったゲインズ曹長が直立不動になっていた。

 しまった!と思い至ったバードは表情を変えずに候補生を見る。

 どこか青い顔の面々っをぐるりと見てから候補生へ指示を出す。


「そろそろ昼食ですが練習1時間追加です。」

「サー! イエッサー!」

「200メートル射撃に合格した者から食事とします」


 空腹と疲労と寒さ。そして銃の射撃音。

 その全てがストレスになって候補生の気を荒立たせる。


 射撃成績の優秀な者はとっとと昼食へ行ってしまったのだが、成績の振るわない者が居残りで射撃し続けている。


『なんかちょっと空気悪いね。喧嘩寸前の雰囲気。こんなんじゃ戦場で全滅だよ』

『こりゃ何とかしないとまずいなバーディ』


 テッド隊長の声が何処か楽しそうだ。


『俺達は先に食事に行っている。指示を出した以上は最後まで面倒見てやれ』

『了解です。なんとか形にします』

『そうだな。あぁ、それと、候補生が昼飯の間にジョンソンが候補生宿舎に行く』

『例の盗聴器ですね?』

『そうだ。だからあそこへ近づけるな』

『了解です』


 続々と射撃場を離脱し昼飯へと向かう候補生たち。

 バードは居残りになった十名少々の候補生を監督し続けていた。

 とっくに合格になっている筈のリッジ少尉が訓練に付き合っている。

 シールズで揉まれた士官は指導も上手い。

 それとなく観察しながら、バードも指導を学ぶ。


「脇をもっと締めて顎の位置を決めろ。バタバタ動かさずしっかり狙え」

「はい!」

「引き金はいきなり引くな。もっと優しく扱え。お前の彼女より敏感なんだ」


 寒風渦巻く中、寒さに耐えられず小刻みに震える候補生たち。

 そんな中リッジ少尉が精力的に教え込んでいる。

 自己啓発型的なバードの教育方針に対し、リッジ少尉のそれは徹底的な熱血指導なんだろう。


 候補生は資質も性格も様々であり、出自環境がバラバラだ。

 能力的に向き不向きがあるし、候補生同士にも相性がある。

 生理的にそりの会わない人が居るのだから仕方が無い。


 ただ、やはりバードにしてみれば、自分よりリッジ少尉が指導すると上達すると言うのは面白くない。

 相性の問題もあり、バードの指導で上達した者も多数居るのは事実だが……


「なんだ、バード少尉よりリッジ少尉のほうが好みか?」

「んな事ねーって!」


 ゲインズ曹長とシンプソン上等兵がジョークを飛ばしている。

 ただ、どこかその言葉に棘がある。やはり空腹と疲労で気が立っているんだろう。

 ちょっと注意しないと危ないな……

 ふとそんな事を思った矢先だった。


「やっぱお前ゲイだろ?」

「ばれたか? ゲイはゲイを見抜くって言うからな」

「あんだと? 俺がゲイだって言うのか?」

「違うのかよ?」

「ファッキン! ブッ殺すぞ!」

「シット! 上等だ! やってみろ!」


 ―――― あー はじまっちゃった……

 ―――― このまま2人とも死んでくれた方が楽だな


 バードは思わず心の中で毒づく。

 ただ、そんな悠長な事を言ってる場合でも無いらしい。


 ゲインズ曹長の銃は、まだマガジンに銃弾が残ってる状態だ。

 そんな状態で銃を挟んだままもみ合って居る。

 しかも悪い事にシンプソンの指が引き金に掛かってる。

 間違いなく危ない状態だ。


フリーズ(待て)!」


 リッジ少尉はそう叫び、銃口の反対側から接近し銃を取り上げようとした。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!


 地面に砂煙の列が延びて、それがまっすぐバードの所へやってくる。

 一瞬、サブ電脳がクロックアップし弾道計算を行って危険ゾーンを視界に示した。

 それに沿って後方へ一歩下がったバード。そのつま先30センチに数発着弾した。

 士官へ向けて銃弾を発射した辺りで、ゲインズとシンプソンが冷静になった。


『バーディ!』『怪我は無いか!』『大丈夫か!』


 宿舎を検査していたジョンソンだけじゃ無く、隊長とペイトンもバードへ一斉に声を掛けた。

 視界を共有できるサイボーグだからこそ、こんな事も出来るのだろうけど。


『これ位なら簡単にかわせますけど、でも、ちょっとこれは看過できません』

『だな。しかし、放り出すな。処分は任せる。お前も士官だから良い経験だ』

『とりあえずバーディ 威厳を忘れるな』

『甘やかすなよ』

『了解』


 これ以上無い厳しい表情でゲインズとシンプソンを睨んだ


「バード少尉!」


 引きつった表情のリッジ少尉が次の言葉を出せずにプルプルと震えている。

 その後ろで、揉みあいをやった二人が、同じ様に直立不動になっていた。

 処分は免れない。それはゲインズもシンプソンも分かっているはず。


「自分の管理不行き届きだった。どうか寛大な処分をお願いしたい」


 リッジ少尉の目が血走る位に見開いている。

 冷静に振り返ればマガジン踏み潰した辺りでストレスマックスの筈だ。

 しかも、昼食をお預けにされれば人間はどうしても不機嫌になる。

 生理学としてそれは仕方が無い。


 ただ、ODSTはそれを乗り越える事が求められる。

 空腹や疲労を狙って敵は攻勢を仕掛けてくる。

 軍事戦術学を学べばそれは嫌でも理解する。

 だからこそ、兵士は一人一人がセルフコントロールしなければならない。

 如何なる状況下、如何なる自己状態であろうとも、だ。


 バードはワザとゆっくりと歩いて行く。

 真ん中にリッジ少尉が立っているから、それを手で押しのけて。


「戦場で求められる能力とは、なんだか分かる? 教育を受けたでしょう?」


 ゲインズもシンプソンも顔色が真っ青だ。

 だけどバードは一切遠慮する事無く、出来る限り冷たい口調を意識する。


「相互信頼。自己抑制。感情の制御。常に冷静で居る事。仲間を信じる事」


 並んで立つ二人の襟倉を掴み、力一杯に下へと引っぱる。

 跪く形になるのだけど、殴りはしない。サイボーグが力一杯殴ったら即死だ。

 生身の人間を殴り殺すくらいは簡単な事だし、実際に何度も経験がある。


「敵と戦う前に仲間割れ? 降下した先の敵にしてみれば、実に簡単な海兵隊に見えるでしょうね。ほっといても勝手に身内で殺し合いするんだから、弾も使わなくて済む。ケチなテロリストにしてみれば、ありがたいって感謝してくれるかもね。勝手に死んでくれるんだから」


 口内洗浄用のリキッドを少し出して、地面に向かってペッと吐き出す。

 まるで生身の人間が唾を吐くようにして不機嫌さを全身で表したバード。


「私達サイボーグは対地高度20キロで降下艇を飛び出す。地上へ降りる仲間達の降下艇が着陸する場所を確保する為にね。ハッキリ言って私達サイボーグは消耗品よ。戦死公報にも載らないし、パープルハート(名誉戦死傷章)も貰えない。そもそも公的には死んでる存在だし」


 一人ずつ顔を見ながら、地面に唾を吐いていく。

 汚らしくペッ!と音を立てて。


「そんな思いをして地上を確保して。で、後から降りてくるODSTがこのザマですか。結構な事ね。実に結構。実に良い仲間達だわ。信頼と自己犠牲の美しい精神に嬉しくて涙が出そうよ。好きでなった訳でもないサイボーグだから、私は泣く事も出来ないけど」


 引き金を引いたシンプソンの前に立ったバード。

 顎がガチガチと音を立てて鳴るほど震えている。きっと『殺される』って思ってる。

 そこまで未熟でも幼稚でも無いつもりのバードだが、どういう訳か三ヶ月少々の間の実戦経験で自分自身でも気が付かないうちに殺気のまき散ら仕方を覚えていた。


「ODSTには向いて無いんじゃない? 一般海兵隊なり軍へ戻った方が良さそうねシンプソン上等兵。あなただけじゃなくて、ゲインズ曹長も。だって、そんなザマで戦地へ行ったら、あなたたちと同じチームのODST隊員は敵と一緒に味方を警戒するようよ。身内から撃たれるかもしれないってね」


 バードはまるでゴキブリでも見るかのような冷たい目で見下ろしている。

 威厳ある指導とはこれほど難しいモノかと改めて驚いている。


「少尉殿!」


 近くで様子を見ていた候補生が手を上げた。


「自分は仲間を信頼しています」

「私も信頼しています」

「仲間を裏切るような奴は居ません」


 居残り練習組が次々と手を上げ声をあげる。

 冷ややかな視線を一回りさせ、呆れた様に溜息をつく。

 ウンザリとしているフリなのだけど、内心では感動していた。

 サイボーグは泣けないけど、それでよかったとバードは思う。

 生身なら泣いてたかもしれない……と。


「良い仲間を持ったわねぇ あなた達は仲間の為に戦えるの?」


 跪くゲインズとシンプソンに問いかけるバード。

 目をこれ以上開けないくらい開いて、ゲインズとシンプソンはバードを見ている。


「もっ! もちろんであります! サー!」


 一歩下がって二人を見るバード。


「ウソじゃなくて?」

「ウソでは有りません! サー!」


 バードは振り返ってリッジ少尉を見た。

 緊張の極致だったと思われるリッジ少尉が汗だくだ。


「ウソじゃ無いか、テストしましょう。良いですか?リッジ少尉」

「もっ 勿論だ!」


 何度か頷いたバードは居残りの10名を見る。

 皆、本気の顔になって居た。


「実際に仲間の死体を曳いた事がある者は?」


 戦闘中に仲間が戦死したら、海兵隊は何があってもその死体を収容しようとする。

 その為、パラレスキューという専門の兵科が存在する位だ。

 残念な事に居残りにその経験がある者は居なかった。


「戦地で仲間が倒れたら、その遺体を死体袋に入れて回収します。どんな状態であってもね。もし今のスタンピード(暴発)で私が斃れていたら、私の残骸を回収するところだったはず。でもね、私はこう見えても100キロ近く重量が有るから……」


 腰に両手を当てて呆れた様な口調で蔑むバード。

 その姿勢に候補生の間から溜息が漏れる。


「全員、水筒を四つ以上満タンにして提出」


 一つあたり約四キロの重量がある水筒を20個持てば、それだけで80キログラムの重さになる。ゲインズとシンプソンはそれぞれ20個の水筒を体中に括り付けた。


「これから基地の食堂へ行軍して帰ります。その行軍列の周りを走りなさい。基地までに50周出来たら、今回の件は無かった事にします。ただし」


 リッジ少尉が編成したのは二列横隊五段の隊列だ。一周回っても12メートルは無い。

 しかし、80キログラムの重りを背負って走るのは相当ハードだろう。

 罰ゲームならばこれ位はしないと意味が無い。


「銃を頭より下にする事。座る事。隊列を割って近道する事を禁じる。良いですね?」

「サー! イエッサー!」

「リッジ少尉 隊列出発!」

「了解した 全体!前へ進め!」


 バードの指示で行軍が始まった。

 隊を指揮するリッジ少尉の横に立ち、隊列の先頭を歩き始めるバード。


『隊長 こんなんでどうでしょうか?』

『走りきれるかな?』

『走りきらせれば良いんですよね?』

『バーディも分かってきたな』


 どこか楽しそうなテッド隊長の声を聞きながら歩き始めるバード。

 ザッザッザと音を立てて前進する隊列の周りをゲインズとシンプソンが走っている。

 昼飯を食べてないから、相当辛いだろうけど、戦地では良くあることだ。

 

 10周した辺りで明らかに速度が落ち始める。

 疲れないほうがおかしいし、それに、体力的に限界に近いはずだ。


「リッジ少尉」


 バードは小声で声を掛けた。


「なにか?」

「ハンドサインです。隊列の前後を詰めさせて、もう少しゆっくり」

「……申し訳ない。配慮に感謝する」


 バードから死角の所でリッジが後ろへハンドサインを出した。

 ほんの僅かに行軍の足音が乱れたのがバードにも分かった。

 グッとつめて長さが3割は減ったような感じだ。

 行軍の速度を落とすと、周回するペースが上がったように感じる。


 射爆場から兵舎までは5キロの道のり。

 ほぼ平坦だから足を取られて転ぶ事も無い。

 でも、だんだんと周回ペースが落ちてくる。

 残り2キロメートルなのだが、まだ30周は残っている。


「リッジ少尉はシールズ出身でしたよね?」


 バードは全部承知でいきなり世間話を始めた。

 後ろに続く候補生達にも聞こえるように。


「そうだ。シールズに3年在籍した」

「軍はトータルで何年ですか?」

「士官学校込みで8年だな」

「そうなんですか。実は私はまだ半年未満です」

「前に聞いたな」

「そうですね。私はシミュレーターで約14年相当分、徹底的に訓練しました」


 バードは歩きながら空を見上げる。


「そして、月面基地へ配属されてから着任訓練をしたのですが、その中で月面を一周走らされました。ノンストップで120時間掛けて、途中で様々な訓練をしながらです」


 候補生達もバードの話を不思議そうに聞いている。

 勿論走っているゲインズもシンプソンもだ。


「120時間……長いな」

「私達は電源さえあれば休む必要はありません。ですが、頭は疲れるんですよ」

「だろうな」

「ですから、限界を超えるトレーニングをします。ODSTで一番大事な事を学ぶ為に」


 周回するゲインズとシンプソンがやってきた頃合を見計らって、続きを喋る。


「ODSTは仲間の為に絶対諦めない。皆がそれをすれば、互いに助け合えるはず」


 リッジ少尉は少し驚いた風だった。

 が、直後にバードの真意を気が付いた。

 あの、シールズの選抜訓練で受けた基礎水中爆破訓練(BUD/S)を思い出す。


「バード少尉 自分は貴官を少々誤解していたらしい」

「誤解ですか?」

「あぁ。正直、サイボーグになると、何でも最初から出来ると思っていた」

「問答無用で士官にされ、容赦なくスパルタ式の教育でした。本当に泣きましたよ」

「機械なのは身体だけなんだな」

「勿論です。それを使う側にそれなりに知識や経験を必要とします」

「そして、信頼だね」

「言うまでも無い事ですが……ね」


 残り一キロメートルになった。だがまだ二〇週近くある。

 このペースではちょっと間に合わない。


 だけど、ゲインズとシンプソンは必死になって走り続けている。

 銃を頭上に掲げたまま、汗だくになって走っている。

 食いしばった歯がギリギリと音を立てるようだ。

 演習場から基地へ向かう途中、隊列は一般国道の信号に近づきつつあった。


『ペイトン! 大変! 大変! 信号赤にして!』

『そう来ると思ったぜ! あいよ!』


 青になったばかりの信号が急に赤になった。

 チラッとリッジ少尉を見てニヤッと笑うバード。

 リッジも意味が分かったらしく、ニヤッと笑って前を見ている。

 いつもより長い赤信号で5週は周回を稼いだと思うけど。

 でも、あと800メートルで残り10周。

 これはちょっと無理だろう……

 歩き始めてややあってから、バードはちょっと大げさに声を出した。


「あっ! アチャー……」


 さきほどマガジンを踏み潰した方のコンバットブーツに通してあった靴紐が切れた。

 足を下ろす瞬間に横方向へストレスを掛け続けていたので、ブチッと切れたようだ。


「全体! 止まれ!」


 バードは隊列を止め、近くの縁石に足を乗せてブーツの紐を交換し始めた。

 候補生達に背を向けてだ。

 

 隣でリッジ少尉が仕草を見ている。

 バードはリッジにギリギリ聞こえる距離で囁く。


「二人は座ってますか?」

「いや、まだ立ってる」

「……手をついてはいけないと言った覚えはありません。それと熱中症に留意して」

「了解した……申し訳無い」


 何気なくリッジ少尉がバードのそばを離れた。

 上手くやってねと祈りながら、のんびりと靴紐を交換するバード。


 ―――― 銃を貸せ。座るなとは言われたが手を付いてはいけないと少尉は言ってない


 走っていたゲインズとシンプソンが両手を大地に付いて胃液を吐き出している。

 バードからは見えないけど、四つんばいになって肩で息をしていると思われた。

 その二人の背中へリッジ少尉が銃を乗せる。

 たしかに、頭より下に銃を下ろしてない。


 ―――― お前ら、水筒の水を全部飲み干せ。中途半端に残っていると音がする


 候補生達が水筒の水を廻しのみして、一気に水を減らし始めた。

 士官は嘘をつかない。不正をしない。また、他人のソレをも看過しない。

 常に品行方正で正直かつ実直でなければならない。


 バードの出した指示を正確に実行したに過ぎないのだから、これは不正ではない。

 走っていたゲインズとシンプソンもガブガブと水を飲んでいる筈だとバードは願う。これでだいぶ軽くなったかな?と安心したバードだが。


「リッジ少尉!」

「OK! 出発する」


 五分少々の休憩を挟んで再出発。だいぶリフレッシュした筈だ。動きが全然違う。

 行軍する周りを走るゲインズとシンプソンだが、前を通過するたびに水筒の数が違うからバードも笑いを堪えるのが辛い。


 そのまま歩いて行くと基地の正門が見えてくる。

 歩哨が不思議そうにバード達を見ている。

 だけど、残り二周を消化しなければならないゲインズとシンプソンには地獄の道のり。

 涙やら汗やら鼻水やらでグシャグシャな顔をしながら必死に走る。


「頑張れ!」

「もう少しだ!」

「諦めるな!」


 仲間達が声を掛ける中、いよいよ残り半周のラストスパート。

 だけど、もう足が上がらない。ここまで来ると精神力で走るしかない。

 バードは全部承知でペースを変えずに歩き続け、正門の直前までやってきた。

 隊列を追い越したゲインズが先にゴールした。 

 ただ、シンプソンは限界に達した様で、あと半歩の所で転んでしまった。

 もう足に力が入らないのか、顔から着地し赤い血が滲んでいる。

 肘も膝も擦り剥き血を流している。レプリでは無い赤い血だ。


「海兵隊がみっともない事をしない!」


 バードは左手一本でシンプソンを吊り上げた。

 何とか立ち上がってヨロヨロと歩いて、バードより先にゴールイン。

 候補生の間からワッと歓声が揚がった。


「どうしたバーディ? なにがあった?」


 偶然通りかかった風を装ったテッド隊長が入り口に立っていた。

 誰が考えたってそんな事は無いはずなのに、シレっとした顔で隊長が聞いてきた。

 全部知っててやるんだから、隊長も結構タヌキ親父だとバードが笑う。


「射爆場から基地まで100周出来たら、今夜兵舎に行ってストリップしてあげるって言ったんですけどね。この二人が冗談を本気にしまして」

「で、どうした?」

「逆に最低でも50周しないと、私のナイフの練習に付き合わせるって言ったんですけど、気が付いたら50周しちゃいました。大したもんですね。チームワークの勝利です」

「そうか。何しろODSTだからな。相互信頼がなければ降下一つ出来ん。ご苦労だったな」


 足を揃え背筋を伸ばして敬礼したバード。

 すぐ隣でリッジ少尉も同じように敬礼している。

 どんな時も誇りと威厳を持つべき士官の姿を体現。

 こういう部分をキッチリやらないとエディが怒るから、バードも身にしみている。


「ゲインズ曹長」

「サー!」

「シンプソン上等兵」

「サー!」


 荷物を抱えたままの二人が並んで立っている。

 身体中あちこちにぶら下げている水筒は、一つだけ重そうにぶら下がっている。

 つまり、これだけが中身の残っている水筒なんだろう。

 ヒョイと取ってキャップを外し、中身を道路へばら撒いた。

 ダバダバと水がこぼれた。


「ちゃんと水分を取りなさい。熱中症でひっくり返ると戦線を維持できないから」


 空っぽの水筒を元あった場所へ返す。


「射撃は練習あるのみです。ご苦労でした。次は気をつけなさい」

「サー!イエッサー!」


 候補生が一斉に敬礼した。敬礼で応えて一歩踏み出す。


「あ、それともう一つ。空にするなら全部空にしておきなさい。バレバレです」


 ニコッと笑ってその場を後にする。

 視界の隅に見えたリッジ少尉が直立不動で敬礼していた。

 自分の責任で部下が追放されるかも知れない。

 そんなプレッシャーは如何ばかりだったのだろう?

 

 直接の部下を率いて戦闘した事の無いバードにはあまりピンと来ない話だ。

 だけど、部下を思いやる気持ちを持つ事も上官の責務なのは良くわかる。

 テッド隊長やエディ少将を見ていれば、そんなものは言うまでも無い事だ。


 心の中のどこかがホッコリとした気分で士官控え室へ戻ったバード。

 先に着いていたジョンソンとペイトンが拍手で迎えてくれた。


「あれ? 隊長は?」

「さっきから校長の所へ行ってる。ジョンソンの調査結果持って」


 ペイトンがコーヒーカップをバードへと手渡す。

 がらに似合わず甘党なペイトンのコーヒーは、いつも砂糖多めの甘口だ。


「そんな事よりバーディ。今回のランは素晴らしかったな」

「正直、バーディがここまでやるとは思わなかった。候補生の家捜しより楽しそうだ」


 ペイトンからもジョンソンからもサムアップでグッジョブを貰ったバード。

 ちょっとはにかんでコーヒーももう一口。

 甘さと苦さの入り交じった味に、どこかホッとするのだが。


「なんか熱い学園ドラマ風だったな」

「ほんとだよ。バーディは教官が向いてるかも」

「いや、戦闘中は戦闘中でまた役に立っている。正直バーディが居ないと困る」


 ジョンソンがヤケに褒めるな……

 ふとそんな印象を持ったバード。


「なんかあんまり褒められると落ちる時が怖いな」

「こういう時は素直に喜んどけってこった」


 ちょっと棘の有る言葉にジョンソンの内心を探る。

 何かあったのは間違いないのだけど。


「なんかあったの?」

「実は……」


 渋い表情を浮かべたジョンソンがあらましを説明し始めた。

 候補生向けの四人部屋は一二室。うち一部屋を除き全てから盗聴器を見つけた。

 それぞれの部屋の使用履歴をさかのぼったら、盗聴器のある部屋全てをアレンとシンプソンが使っている。

 つまり、盗聴器の無い部屋を使ってない残り候補生はアレンとシンプソンだけだ。


「でもさっき、罰で外を走らせた候補生の中にシンプソンが居たけど、転んで怪我をした時に見た血の色は赤だったし、センサーには酸化鉄反応があったんで染料という線は無いと思うけど」


 バードの言葉にジョンソンとペイトンは顔を見合わせる。


「どしたの?」

「バーディの所にアレンが居たか?」

「いや? 居ないけど?」

「俺の所にも居なかった」


 ペイトンは緊張の面持ちでジョンソンを見る。

 ジョンソンもまた首を横に振って否定の意思を見せる。


「俺が教えてた列にもアレンが居なかった」


 三人が同時に言葉を失って顔を見合わせる。

 メモ帳を取り出して各候補の射撃スコアを付き合わせたら、アレンを除き四十七名が並んでいた。

 つまり、この日の訓練にアレンは参加していないと言う事だ……


「アレンを呼び出そうか?」

「そうだな」


 バードの言葉にジョンソンが腕を組んで考える。

 ややあって、唐突に士官控え室の扉が開いた。テッド隊長だった。


「やれやれ。参ったぞ」

隊長(ボス)どうしたんですか?」

グラハム少将(校長)は俺たちが独自に捜査する事を歓迎しないな。指導に専念しろとさ」


 つまり、テッド隊長は組織の壁に阻まれた。

 息を呑んで顔を見合わせたジョンソンとペイトン。

 バードの表情にも緊張の色が浮かぶ。


「実は今、午前中の教導結果を付き合わせたんですが」

「例の怪しい二人の内、アレンがどこにも居なかったんです。勿論リタイア申請もされていませんし、私が走らせた十人の中にも居ませんでした」

「そんで、俺がさっき各部屋を調べたんですが、アレンとシンプソンの使っていない部屋だけ盗聴器がありませんでした。つまり」


 三人の報告にテッド隊長はしばし考え込んだ。


「シリウス辺りの工作員が候補生を装って入っているのか、それとも宇宙軍の考査部が学校とグルで候補生を調査しているのか、そのどちらかって線ですかね?」


 ペイトンの言葉が珍しく緊張している。

 そんな印象のバードだが、テッド隊長は僅かに首を傾げていた。


「或いは両方同時進行か、若しくは、全く関係ない第三者により行われているか。複数の機関の思惑が混在している可能性もありうる。外部から持ち込まれるベッドなどの機材に最初から仕込まれていて、今回はたまたま例の二人組が使わなかっただけと言う可能性も有るからな。最初からあの二人と決めてかかると肝心なモノを見落とす恐れがある」


 ふとテッド隊長の視線がバードへ向けられた。


「バーディはどう思う?」

「私ですか?」

「お前の率直な勘は核心を射貫く事が多い」

「……」


 ジョンソンもペイトンもジッとバードを見ている。

 ちょっとだけ気圧されたが、僅かに椅子を座り直して姿勢を改めバードは言った。


「先ほど走らせた候補生にシンプソンが居たのですけど、赤い血を流す生身の人間でしたし、それに、練習態度や仕草を見ている限り、破壊工作などの工作員とは考えにくい真剣さでした。例の二人組の内、アレンをじっくり考えるべきじゃ無いかと考えます」


 僅かの頷いたテッド隊長が再び考え込む。

 重い空気が漂う士官控え室だが、その扉は再び唐突に開いた。


「失礼します」


 ドアの向こうにはコナー大尉が立っていた。

 隣には話題のアレン上等兵。


「どうした?」


 普段の声音に変わったテッド隊長が用件を尋ねる。


「今朝一番でアレン上等兵が身体の不調を訴え医務室で検査を受けていたのですが、その報告が遅れました。大変申し訳ありません」

「午前中の訓練を無断欠席した事になりました。大変申し訳ありません」


 二人揃っての報告にバードとジョンソンが顔を見合わせる。


『グル?』

『可能性は考慮しないとな。だけどマイクが……』


 無線の中で僅かに言葉を交わすのだが……


「アレン。調子は良いのか?」

「はい。一時的な疲労過多による心不全でした。現状は問題有りません!」

「そうか。まぁ、報告が遅れたのは問題だが仕方が無い。午後はその分絞るぞ」

「よろしくお願いします!」


 大声を張り上げたアレン上等兵。

 テッド隊長が戻って良しのサインを出す。


「失礼します!」


 コナー大尉も戻ろうとしたのだが、テッド隊長は大尉を呼び止めた。


「コナー大尉。ちょっとこっちへ」

「はい」


 士官室の中でコナー大尉が絞られ始める。

 その姿をバードはジッと観察していた。


『もしかして軽度の知的障害があるのかな?』

『あぁ。俺もそう思った。可能性があるな』


 バードの言葉にペイトンが相槌を打った。

 ジョンソンは種明かしをする様に言う。


『トレーニングでカバー出来る範囲だと審議会は結論づけた。ただ、今日のはちょっと』


 言葉に詰まったジョンソンだが、ペイトンもバードも同じ意見だ。

 テッド隊長に絞られるコナー大尉は直立不動だった。

 多様性という言葉の深さをバードが感じ取っていた。


「まぁ、やってしまった事は仕方がない。次は先に報告しろ」

「申し訳ありません」


 コッテリと絞られたコナー大尉が部屋を後にする。

 少し不機嫌なテッド隊長だが、空を見上げ一つ息を吐いた。


「午後からIAD訓練だ。今週中に銃火器取扱のマスターライセンスを目指す」


 その言葉にジョンソンやペイトンやバードが頷く。


「お前達は手を抜くなよ。俺達は特別なんだからな」


 何処か寂しそうな表情のテッド少佐が深い溜息を吐き出していた。

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