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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第5話 国連宇宙軍を10倍楽しむ方法
42/358

非情の足切り

 ――――フロリダ ODSTスクール

    東部標準時間 0500




 仮眠開始から2時間後のグラウンド。

 冷え冷えとしてきた頃合いだが、候補生は泥のように眠っている。

 タイマーで目を覚ましたバードは無意識に周囲の状況を確認した。

 どうやらタッチの差でテッド隊長が先に起きたらしい。


『さて。彼らを叩き起こそう』


 ニヤリと笑うテッド隊長。

 無線に流れたその言葉にジョンソンとペイトンが飛び起きた。


『戦場式目覚まし時計だ。派手にやるぞ』


 テッド隊長は小銃を持って、仮眠する候補生の間に入って行った。

 丸二日動き続けたのだ。誰も警戒していない極限の爆睡状態だった。

 そんな状況下だからこそ、テッド隊長は空に向かって銃を乱射させる。

 耳を(つんざ)く銃声が響き、泥人形状態だった候補生が一斉に飛び起きる。


「敵襲! 起きろ! 起きろ! 起きろ! モタモタするな!」


――――あぁ なるほど そういう事か


 趣旨を理解したバード。

 候補生が慌てふためいてる間へ入り、空へ向かって空砲を撃つ。


HURRY(早く)! HURRY(早く)HURRY(早く)!! HURRY(早く)HURRY(早く)HURRY(早く)!!!」


 簡単な言葉を繰り返す方がプレッシャーになる。

 バードが叫ぶ横でペイトンも叫んでいた。


「モタモタするな! 援護してやるから急げ!」


 慌てて飛び起きた候補生が急いでアーマーベストを着込みなおしている。


「ゼロラインまで後退! 走れ!」


 テッド隊長が走る後ろに候補生がヨタヨタと続いた。

 演習場を一回りして、再びグラウンドに帰って来た。


「良かったな。戦死者は出なかったようだ」


 疲れ果ててぐっすりと眠っていた所を手荒に叩き起こされたのだ。

 やっぱり誰だって機嫌が悪いのは仕方がない。しかし、軍隊は階級が全て。

 そんな時、どんな条件でも上位下達の完全履行が求められる。


 ちょっと怖い位だと思うバードだが、逆に言えば人間観察のチャンスだ。

 ギラギラと目を光らせている候補生を正面からジッとスキャン。


『あ! アレンが居ません! 隊長!』

『なに?』


 バードの言葉に怒気も露わなテッド隊長が唸った。


『他には?』

『……シンプソンも見当たりません。例の2人です』

『そうか……』


 テッド隊長が候補生を見回す。

 整列しているわけではないから、不足人員を見つけられない。


『隊長 点呼しましょう』


 ジョンソンが何かを思いつく。


「各士官は総員点呼! 員数点検し野戦装備で整列!」


 テッド隊長の怒号が響く。

 候補生は野営装備を置き、訓練準備を始めた。

 その時点で異変の理由が判明した。


「申し訳ありません! 遅れました!」


 スクールの建屋からパットフィールド中尉が走ってきた。


「どうした中尉?」

「……トイレに行った際、便器の上で熟睡してしまいました!」


 精一杯大きな声で報告したパット中尉。

 その後ろのほうに2人組みが走ってくる。


『あれはアレンとシンプソンですね』

『あいつらもトイレか?』


 溜息混じりなバードの言葉が無線に流れ、その後にペイトンの呆れ声が流れる。


「申し訳ありません! トイレの中で眠ってしまいました!」

「同じく、便座の上で眠ってしまい、足が痺れて動けませんでした!」


 緊張した面持ちで声を張り上げたアレンとシンプソン。

 パット中尉と違い、こっちの2人は若干着衣が乱れている。

 慌ててズボンをあげて走って来たのだろうか?

 呆れたような表情でテッド隊長が2人を見ている。


「疲れ果ててもトイレで用を足すのは良いが、そこで寝てしまうとはなぁ」


 シンプソンの足がカクカクと震えている。

 どうやら本当に痺れているらしい。


「まぁ良い。起きて走ってきて正直に報告したんだ。そのまま寝続けていたら追放だったがな。ただ、悪意無き失敗でもそれが戦闘中なら死に繋がる。つまり」


 眉根を顰め3人を睨みつけるテッド隊長。

 候補生も固唾を呑んで事態を見守っている。


「4列横隊! 俺に続け!」


 テッド隊長は軽いジョギングを始めた。

 どこかホッとした候補生がそれに続いて走り始める。

 列右側にペイトン。後方にジョンソン。バードは左側に付いた。


 歩くような速度のスロージョギングだけど、これは実は地味に疲れる。

 生身でこれをやると一気にカロリーを消耗する行軍だ。


 十分ほど走った頃、先頭を走るテッド隊長は独特のフシまわして歌い始めた。

 軍隊における行軍や駆け足に付き物の行軍歌。ケイデンスだ。


AirBorne(エアボーン) AirBorne(エアボーン) Here We Go(さぁ行くぞ~)


 走りながら大声で歌うこれは、実は非常に疲労する行為でもある。

 だが、チームの一体感を高めたり、或いは、仲間意識を醸成するには最高の物だ。

 テッド隊長の歌声に続き、候補生達が同じ音階で歌いはじめる


    『エアボーン エアボーン さぁ行くぞ~』

「地球も火星も何処へでも~」

    『地球も火星も何処へでも~』

「片道切符で地獄行き~」

    『片道切符で地獄行き~』

「邪魔する野郎も地獄行き~」

    『邪魔する野郎も地獄行き~』


 海兵隊訓練のケイデンスは、バードもシミュレーターの中で何度も歌った。

 だけど、実際に歌っているのを見ると、仲間意識とはこうやって作ってくもんなんだと気が付かされる。

 サイボーグチームは嫌でも仲間意識が湧き上がって来るもんだけど、生身は……


 実際に命のやり取りが起きる戦場の現場で自分より仲間を優先する意識を持たせる為には、良い悪いは関係なくこれが必要なんだと実感する。


 幾度も幾度も死線を潜り抜け、部下を統率しながら厳しい局面を生き抜き、そして部下を死なせたり失ったりしながらここまで来た筈のテッド少佐だ。

 これがどれ程の意味を持つものなのか、いやと言うほど知っているんだろうとバードは思う。だからこそ、独特の節回しで歌い続けるし、候補生達がだんだん乗ってきて声が大きくなってくるのだろう。


「チェアボーンとレッグには 戻らない~」

    『チェアボーンとレッグには 戻らない~』

「俺たちゃエアボーン 殴りこめ~」

    『俺ちゃたエアボーン 殴りこめ~』

「仲間を信じて 何処へでも~」

    『仲間を信じて 何処へでも~』

「味方の為に 何処へでも~」

    『味方の為に 何処へでも~』

 

 結局、一時間くらい走ったところで兵舎へ戻ってきた。そろそろ夜明けの頃だ。兵舎の前に教官役の下士官が揃っている。ケイデンスの中でODSTの心構えを歌った候補生は、やり遂げたと言う表情で満足げだ。


「おはようございます少佐」

「おはよう軍曹。彼らに食事とメディカルチェックだ」

「イエッサー」


 予め用意して有った予熱済みのパウチ食品と砂糖多めのコーヒー。

 候補生の朝食はシンプルだが水分とカロリーを効率よく補給する物だった。

 同じメニューの朝食を一緒に食べるBチームのメンバー。

 候補生が笑顔で語り合っているのを、それとなく聞いている。


「3日目とも成るときついな」

「あぁ。だけど最高のメンバーだ」

「そうだな。全員でODSTへ行きたいぜ」


 下士官に混じって兵卒までもが同じ事を言いながら笑顔で食事をしている。

 疲れてはいるが充実している。自分が前進し進歩し成長していると実感する。

 人を教育するとはこんなにも面白い事なのかと、バード自身が驚く。


 訓練当初は食べられるだけ食べていた候補生達だが、今は食後にも動きやすいように腹八分程度で食事を終え、水分をゆっくり補給していた。

 喉が渇いている状態では水を飲んでも一気には吸収しない。ゆっくりゆっくり少しずつ飲んで、細胞浸透して行くのを待つしかないと学んでいた。


『なんだか顔付きが変わってきたね』


 無線の中でバードは呟く。


『そうだな。実際に戦地で見るODSTと同じになってきた』

『自信溢れる顔付きだよ』


 ジョンソンもペイトンも同じ事を思っていたらしい。

 一瞬だけ視線を交わし、僅かに首肯して安心感を共有している。

 だが、テッド少佐のすぐ隣ではパット中尉が絞られていた。

 ボブソン中尉やライナリッジ少尉、シェーファー少尉もそこに居る。


 人を叱る時には皆の前で叱る。

 人を褒める時には本人が居ない所で本人の周りに褒める。

 これが出来るかどうかで上官としての信頼と評価はガラリと変わる。


「中尉。軍隊におけるもっとも重要な資産とはなんだ?」

「はい。訓練と実戦を重ねたヴェテランの兵士です」

「そうだ。そして、それを束ねる者は?」

「士官であります」


 ウンと頷いて厳しい目でパット中尉をにらむテッド少佐。

 疲労と睡眠不足によるウッカリミスなのだから、ある意味で仕方が無い事だ。

 だが、それで犠牲が出てしまっては作戦行動に支障が出てしまう。

 ミスをグチグチと(あげつら)って人格否定をしてしまうと、人は成長しない。

 こんな時はその人物の自負心・自尊心と言ったプライドを温めてやるのが良い。


「中尉。士官とはなんだ」

統率(リード)を行う者であります」

「そうだ。統率者(リーダー)だ。そして、この隊では」

「自分がリーダーでした」


 砂糖の入ったコーヒーのカップをパット中尉へ手渡し、テッド少佐も一口飲む。

 飲んで良しと判断したパット中尉も一口飲んだ。

 リラックスを促しヒントを与え自分で考えさせる。

 自分を変えられるのは自分だけなのだから、自分で気がつかせるのが良い。


「リーダーとはどうやって隊を統率するのだ?」

「はい。手本を示し、ミスを指摘し、改善を提案し、そして監督する事であります」

「だが君は寝過ごした。皆疲れている。皆睡眠不足だ。そんな時こそリーダーは?」

「手本を示すべきでした」


 パット中尉は俯いて目を閉じ、悔しさに震えた。

 自らを恥じて、そして変心変革を自らに覚悟させる。

 一から教育する兵士ではなく、士官学校で揉まれて来た士官なのだ。

 問題意識を持たせるだけで、後は自分から変わって行こうとするだろう。


「少佐を失望させました。自らの不甲斐無さに腹が立ちます。大変申し訳ありません」


 もう一口コーヒーを飲んだテッド少佐は、パット中尉の肩をぽんと叩く。

 覚悟を決めて顔を上げたパット中尉は、僅かに笑みを浮かべるテッド少佐を見た。


「中尉。誰にでもミスはある。だが、戦地で失敗したら人が死ぬ。解るな?」

「はい」

「ここは訓練所だ。訓練とは失敗が許される場だ。ここでの失敗を糧としろ」

「はい」

「もう一度チャンスを与える。自分だけでなく隊を統率し、気骨を見せろ」

「はい!」


 まるで息子に語って聞かせるように噛み砕いて、そして自分で気がつかせる叱責。

 そのシーンはまるでエディが基地でODSTの士官を叱責しているようでもあった。

 一瞬、エディ少将とテッド少佐が重なって見えたバード。

 チラリとジョンソンを見たバードに、ジョンソンは微笑みを返した。


『気が付いたか?』

『うん。まるでそのものね』

『隊長もエディの教え子さ』

『やっぱりね』


 ジョンソンの言葉に続いてペイトンがボソッと言う。


『隊長のお小言は他の士官にも効くだろうな』


 その言葉にジョンソンは少しだけ笑みを浮かべてそっぽを向いた。


『俺達向けにも隊長は言ってるぜ。ありがたく聞いとけよ』


 ペイトンもバードも苦笑を浮かべて自分の食事を続けている。

 僅か20分の一休み。気を抜きつつ回りを確かめるバード。

 最後にテッド隊長の言葉が無線に流れた。


『さて。ここからは俺達の試練だ。辛い事だが、経験しなきゃいけない事だ』


 バラバラに食事をしていたBチームのメンバーが一斉にテッド隊長を見た。


『これから5マイルランを行う。時間制限は無い。ただし、ビリから10人は失格だ』

『本当ですか?』


 驚いたバードがたずね返した。


『あぁ。本当だ。俺はゴールで待つ。ジョンソンは2マイル。ペイトンは4マイルでそれぞれ発破を掛けろ』

『じゃぁ。私は……』


 消去法的に一番厳しいポジションが残った。

 バードは嫌な予感を覚えた。


『お前が足切りを皆に伝えろ。良いな』

『……解りました』

『お前もこれからそう言う経験をするだろうからな。その為だ』

『……ハイ』

『戦闘中に理不尽な攻撃で仲間が死ぬ事がある。認めたくは無いが、でも事実だから仕方が無い。それに慣れろ。これも士官の務めだ』


 テッド隊長の声が突き放すように冷たく響く。

 食べかけのハンバーグをパウチに戻し、バードは目をつぶって一つ息を吐く。


『イエッサー』


 目を閉じたままのバード。

 テッド隊長の声が再び無線に流れた。


『どれ程辛くても乗り越える事を学べ。そして引きずらずに割り切る事も学べ。いつか必ず厳しい局面で、人の命を、部下の命を見殺しにしてでもより多くを助けなければ成らない時が来る。その時の為にこういう場があるんだ。胸を張って自信を持って、事に当たれ。良いな』


 静かに目を開けたバードはテッド隊長を見た。

 全く表情の無いテッド隊長はジッとバードを見ていた。


『お前なら出来る』


 バードは僅かに頷いて、残っていたパウチを食べきった。





 ――――ODSTスクール近くの海岸

      東部標準時間 1000





 候補生が必死の形相で浜辺を走っている。

 5マイルランの中継地点付近ではジョンソンが発破を掛けていた。


「残り3マイル! 負けるな! 勝つんだ! 足を止めるな!」


 体力的限界を迎えている候補生達だが、最後の10人は強制離脱だと言われた以上、限界を超える努力を要求される。

 ここまでは何だかんだでリミットをオーバーしても救済されていた。

 だが、この場だけは問答無用で切り捨てると通告されてしまっていた。




 朝食後のメディカルチェックを受けた後、腕立て伏せ500回と腹筋500回をこなしながら聞いたバードの言葉に、候補生は凍りついた。


「この後。デビルゲート最初の試練があります。ハッキリ言います。この3日間を突破できるのは50人未満です。現在60人の候補者が残っていますが、全員はこの先へ進めません。5マイルランを行いますが、ビリから10人はここで離脱してもらいます。救済措置はありません」


 一瞬だけ腕立て伏せを行う手が止まった。

 だけど、バードは遠慮なく続けた。


「例えばこうしましょう。とある作戦で厳しい局面に遭遇しました。一時的な後退を行う必要がありますが、敵の攻勢は激しく全員を救済できない状況となりました。海兵隊は仲間を見捨てません。ですが、時にはそれをしないといけない時があるのです。より多くの仲間を助ける為にです。軽傷重傷を問わず、負傷者や戦闘不能者の収容を諦め、健常な者を戦地から連れて帰る事を優先しなければなりません。我々は軍隊です。戦闘を行う必要があるのです。その為には時に非情の決断もします」


 腕立てに続き腹筋をしていた候補生の間を歩きながら、バードは噛み砕くように喋り続ける。出来る限り声が震えないように気をつけているのだが、時には言葉に詰る。僅かな沈黙を挟み、イントラの下士官が監督する間を歩き、そして気を取り直す。


「走りきれる者は次の戦地の為に走りなさい。走れない者は戦友を逃がす為に最期の義務を果たしなさい。50人の定員でしかない降下艇に60人は収容できないのです。残念ですが現実は時に非情です」


 腹筋を終えた候補生達が立ち上がった。

 水筒の水を飲み、やる気を漲らせて出発の合図を待っている。

 まるで戦闘中のような眼差しがバードに集まる。

 一つ息を吐いて、バードは手を上げた。


「試練は何時も唐突です。生き残るには運も必要なのです」


 候補生達が一斉にダッシュの体制になった。


「GO!」


 一斉に走り出す候補生たち。その背中をバードは見送る。

 スタートダッシュの時点で既に遅れる者が出始める。だが、途中で足を挫いて脱落する者が出るかもしれない。急に体調を崩して走るのを止める者が出るかもしれない。どうせ間に合わないと捨て鉢になる事無く、最後まで諦めずに頑張れる者を選び出す試練でもある。


 ――――頑張れ……


 そんな言葉を胸のうちで呟いて、バードは心を震わせていた。




「残り1マイル! 気合入れろ!」


 ペイトンの発破が浜辺に響く。

 候補生の先頭集団はラスト1マイルを切っていた。だが、最後尾はまだ2マイルを残している。

 身体のアチコチに異常を来たし、足を引きずったり、或いは真っ青な顔でフラフラと走る者も居る。もう間に合わないと諦めつつ、泣きじゃくりながら必死で走る者もいた。

 奇跡のように救済されるかもしれないと、そんな一縷の望みを持っていた。


 だが、現実は非情だ。

 ゴール地点でナンバー1から50までのカードを配るテッド隊長は、次々とゴールする候補生をジッと見ていた。48番まで配り終えた所で最後尾グループが見えた。テッド隊長は頭上に手をかざし指を2本立てる。


 残り2枠。


 最後尾グループの先頭で3人が激しく争っていた。

 上がらない足を叩きながら必死の形相で走る。

 僅かな差で2名がカードをもぎ取り、1名が脱落した。

 砂浜を叩いて悔しがるシャイラ伍長が涙を流している。

 それに続きゴールする者たちが悔しそうに泣いていた。


 最後尾グループと一緒にゴールへ来たペイトンが脱落組み10名を集めた。


「バード少尉から聞いたかもしれないが」


 涙と鼻水でグシャグシャの顔をした候補生が話を聞く。


「戦場では運も必要なんだ。飛んできた敵の銃弾が自分に当たるか隣の奴に当たるかは運だ。だからこう考えろ。運悪く脱落したんじゃない。運良く脱落して戦場で死なずに済むのかも知れない。この試練に生き残った奴らは最初の戦闘で降下艇ごと撃墜されて全滅するかもしれない。それから漏れたお前達は運が良いのかもしれない。この脱落は自己申請の離脱ではない。ドクターストップ扱いだから、やる気があるなら再挑戦しろ。毎年1度は行われるからな」


 候補生達が悔しそうに『ハイ!』と返事をした。

 ちょうどそこへ辿り付いたジョンソンとバードは、そのシーンをジッと見ていた。


『死体袋に仲間を詰めてる時の気分だな』

『ほんと。そんな感じ』


 テッド隊長は生き残った者たちを整列させ、カードを回収し始めるその時だった。

 候補生の一人が咳き込み始め、やがて激しく吐血した。血を吐きながら咳をし続ける曹長。医療班が駆けつけ診察を行う。


「ミントリーフ曹長。どうやら肺水腫の兆候がある。ドクターストップだ」

「しかし!」


 咳き込みつつも続行を訴える曹長だが、テッド隊長はその肩に手を置く。


「曹長。ここから先、そのコンディションで乗り切れると俺には思えない」

「少佐殿! お願いします!」


 懇願するミントリーフ曹長だが、テッド隊長は首を振った。


「いや。リタイヤを勧める。続行を志願するなら専門審議会に掛け医療審査を受けてもらう。ドクターストップ受け入れであれば次回も挑戦できる。だが、自己診断で続行を決断した後に専門審議会で停止措置になった場合は次回挑戦に制約が付く。時には冷静に自己分析が必要だ。どうする?」


 砂浜に膝を着いてガックリとうな垂れた曹長。

 周りにいた候補生が肩を抱いたりしている。


「……脱落します」

「解った。君の決断を称える。ドクターストップだ。これはリタイヤにカウントされない。次は基礎訓練抜きでいきなりデビルゲートからだ。抜かるなよ」

「ハイ」


 担架に載せられたミントリーフ曹長が医務室へ運ばれていった。

 そして、つい先ほど砂浜を叩いて悔しがったシャイラ伍長が繰り上げ合格となった。


「最後まで諦めなくて良かったな」

「はい!」


 ペイトンの言葉に笑顔を浮かべたシャイラ伍長は、急いで候補生の列へと並んだ。

 皆、このランでは全力を出しつくしたはずだ。疲れきった表情だが、目だけはギラギラとしている。


「さて、課題は続くぞ?」


 テッド隊長の言葉に候補生の表情が引き締まった。


「パット中尉! 身長を考慮し、10人ずつ5つに分けろ!」

「イエッサー!」


 大急ぎで身長順に並び替え班分けを済ませた候補生。その前に丸太が運ばれてきた。またこれか!と候補生の顔に嫌悪感が浮かび上がる。

 

 だが、本当の狙いは別にある。

 睡眠不足と疲労から来る集中力の不足を攻めるトレーニングだ。

 ジョンソンが浜辺から見えるビーチフラッグの旗ざおを指差した。


「今からあの旗ざおへ走って行って一周し、丸太を抱えてもう一周しろ。戻ってきたら丸太を左へ降ろせ。良いな?」


 候補生が一斉にハイと答え走り始める。各班が丸太を抱えて走り出す中、パット中尉とジッリ少尉の二つの班だけが丸太を持たずに走り出した。

 ボブソン中尉やシェーファー少尉らが率いる他の班は、最初から丸太を持って走っていって2周した。

 丸太を抱えて2周目を走りきったパット中尉班とリッジ少尉班がジョンソンの前に立り、丸太を左側へ置くと、胸を張って待っているのだが。


「お前ら何やってんだ?」


 ジョンソンが呆れた顔でパット中尉とリッジ少尉を叱責する。


「何故最初に丸太を持たなかった?」


 パット中尉リッジ少尉の二人は揃って大声で言う。


「最初から丸太を持つよう指示を受けませんでした」


 他の班が一瞬だけニヤつくが、ジョンソンは厳しい顔のまま言った


「本当か?」

「はい! 大尉殿の指示は、目印へ行って一周し、二周目に丸太を抱えてもう一周しろ。戻ってきたら左側へ丸太を降ろせでした!」


 不機嫌そうな表情のジョンソンがジロリと他の班を見たあとで言う。


「実に不本意だが、君らが正しい。指示された事以上はしない。それが正解だ」


 他の班が青ざめる中、ペイトンが言う


「案外引っかからないな。良い集中力だ。んで」


 丸太を降ろした残り3つの班が青ざめている。


「言われなくても丸太を抱えたいんだろうから、好きなだけ抱えてていいぞ?」


 しまった!と焦りの表情を浮かべた候補生たち。

 だが、指示を受けた事以上はしない。

 例えそれがどれ程に親切心からだったとしても……だ。


「現場の親切心で状況を変えてしまった場合、上がそれを把握出来ないと大変な事に成る。小さな親切、大きなお世話と言う事だ。行った事は報告が必要だ。そして、上がなにか指示を出す時は、それ以上の事をするべきでない。それを良く覚えておくんだ」


 テッド隊長の言葉が続き、そして浜辺を指差す。


「抱えてるだけじゃ退屈だろう? 波打ち際まで丸太を運び、一旦降ろしてから左の肩へ担ぎなおして砂浜の上まで上がれ。5往復だ。行け!」


 丸太を抱えた候補生が一斉に走り出す中、パット班とリッジ班は砂浜を見下ろす砂丘の上に座って休憩していた。


 それを前にしてテッド隊長が指示を出す。


「俺が右手を上げたら大声で叫べ。『最初から全力で』左手を上げたら『集中しろ。聞き漏らすな』だ。いいな?」


 勝利者には御褒美がある。

 疲れ果てた状況下でのこれは素晴らしい褒美だった。


 各班が走る中、足をもたつかせる者が出た時、テッド隊長が右手を上げる。

 皆が大声で叫ぶ。


『最初から全力で!』


 何度も何度も波打ち際と浜辺の砂丘を昇り降りする候補生たち。

 その途中で次々と『右へ回れ!』や『左へ回れ!』との支持が出る。

 或いは。『持ち肩を変えろ』と指示が出る。

 その指示を聞き漏らす班が出た時には左手が上がる。


『集中しろ! 聞き漏らすな!』


 再び大声で叫ぶ。

 だが、砂丘で休憩している班はテッド隊長の罠に気がつきつつあった。

 疲労と睡眠不足でウトウトしてしまうのだった。身体を動かし続け、しかも、なかば徹夜を二晩行った。生理限界としての眠さは如何ともしがたい。


 やがて1名、また1名とうな垂れて眠さの限界に近づく。そんな寝そうになった者をパット中尉が起こしている。必死の形相で奥歯をかみ締め、眠さに耐えながら皆を鼓舞している。


 しかし、人間にも限界はある。パット中尉の呼びかけにも関わらず、倒れこむように寝てしまう者が出た。昼食も取らずに続けられたトレーニング。その限界まで皆が到達した。


「良し! 全員集合!」


 テッド隊長の言葉に全員が集合する。

 もはや限界に達した候補生達が必死の形相で集まってきた。


「そろそろ目覚ましが必要だな。浜辺に行って顔を洗って来い!」


 夕暮れ時の気温が下がってくる時間帯。

 全員の目を覚ましてやる!と再び波打ち際で波の拷問が始まる。

 疲労と睡眠不足から泣き言が漏れる頃だ。


「イヤなら遠慮なく辞めて良いぞ! その為のものだからな」


 テッド隊長の冷たい言葉に候補生たちが奮い立って波へ飛び込んでいく。日暮れに向かってひたすらロッギングチェアーを行う候補生たち。体力の限界に達し、冷たい水で身体が完全に冷え切り、真っ青な顔になっている。腹筋も背筋もガチガチにこわばり、もはや限界に達した頃だった。


「よろしい! 全員浜辺に集合!」


 再び集合の号令が掛かる。ガタガタと震えながら候補生が集まってくる。

 ハンガーノック一歩前の者が大量に居た。


「諸君らが限界に達した事は解っている。だが、気力を振り絞ると人間はまだまだ動けると言うのが実感できただろう。自分の限界を今日超えたと思う者は居るか?」


 候補生達が一斉に手を上げた。

 その姿にテッド隊長は満足そうな笑みを浮かべた。


「よろしい。では今すぐ乾いた服に着替えてバラック(宿舎)のメスホールへ集合!」


 何とか立ち上がった候補生たちは重い足取りでバラックへと急いだ。

 その後姿を見送り、テッド隊長はBチームを呼び寄せた。


「みなご苦労だった。最後は食堂で飯を食わせる。俺達も行くぞ」


 どこか心地よい疲労感を感じながらバードも着替えてバラックのメスホールにやって来た。最後の最後で候補生はバラックのメスホールへ入る事が許される。

 この3日間は戦闘レーションしか食べていないのだから、通常の食堂メニューとは言え、候補生にしてみれば豪華な食事が並んでいた。

 食堂へ一歩足を踏み入れた50人が驚きの声を上げるなか、彼らを待っていたテッド隊長が最後の訓示を与え始める。


「諸君。今までご苦労だった。諸君らが基礎訓練を乗り越えてきた猛者だと言う事は良くわかった。正直に言う。最初に居た100名以上の候補者を30人まで減らすつもりだった。だがここには50人が残っている。過去最高の人数だ。今回のメンツは過去最高レベルの人間が揃っている。今回の補充人員は10名以上15名未満だが、俺の名前で若干の追加を上に申請しておく。15名未満が20名になるか変更無しになるかはわからない。だが、訓練の終わりまで、プライドと誠意を持って事に当たって欲しい。この3日間。散々諸君らを罵倒した。だが、その全てがいつか意味のあるものだったと理解してもらえると確信している。今夜はゆっくり休んで欲しい。明日は1日だけ臨時休暇となる。明後日からの訓練はより厳しく危険なものに成る。それに備え英気を養うように。以上だ」


 候補生たちが一斉に歓声を上げた。

 そして彼らは1人ずつBチームの4人に握手する。


 そんな中、バードはアレンとシンプソンの顔を初めてマジマジと見た。

 やり遂げた満足感がアレンとシンプソンの2人を笑顔にしていた。

 レプリ反応は一切出ない。


『アレンとシンプソンからレプリ反応は出ません』


 バードの報告にテッド隊長の声が弾んだ。


『そうか。こんな時も任務を忘れてないな。良い事だ』

『ありがとうございます』


 1人ずつ握手しながら挨拶を交わすバード。

 そこへゲインズ曹長が巡ってきた。


「皆さんは疲れてないのですか?」


 その問いにBチームの面々が笑みを浮かべた。

 チラリとテッド隊長を見たバード。

 ペイトンは肘でバードをつつく。お前が言えと言わんばかりに。


「もちろん疲れています。でも、今から出撃命令が出たら、寝起きの朝のように出撃しますよ。それが私達ですから」


 その言葉に候補生達が驚きの表情を浮かべた。


「俺達はその為に居るのさ」


 ジョンソンが簡単にフォローし、ペイトンが笑った。

 候補生たちが一斉に敬礼を送る。

 敵意や悪意や怨嗟ではなく、純粋な敬意の眼差しで敬礼を受けるバード。


「同じ事は出来ませんが、精一杯フォローさせていただきます」


 ゲインズ曹長の言葉にバードは感動していた。

 きっと生身なら涙を流すようなシーンだと思った。


「さて、あとは候補生とイントラに任せよう。俺達は一旦撤収だ」


 テッド隊長の言葉を受け、下士官の敬礼に送られて士官向け休憩室へと向かう。

 兵舎の中と違って広くて清潔で、そして暖かい場所だ。

 演習場はどこも本当に寒い。常夏のフロリダが聞いて呆れる寒さだ。

 まぁ、そうで無くては訓練にはならないが。


「さて、俺達もシャワー浴びてひと眠りするか」


 上着を脱いだテッド隊長が気楽な格好へと変わった。

 あの士官室の中の雰囲気だ。


宇宙(そら)で暮らしてると埃まみれって無いっすからね」

「たまには良いもんだ!」


 ジョンソンもペイトンも思い思いの格好をしながら気を抜いている。

 何とも気の置けない仲間の会話を聞きながら、バードはハッと気が付いた。

 サイボーグになって四ヶ月位だけど、基地以外で初めてのシャワーだと。

 戦闘で地上へ降下した時は、基地へ戻ってメンテの後にシャワーが基本だ。


「バーディー! 楽しいだろ?」


 テッド隊長が笑いながら聞いてきた。

 ジョンソンもペイトンも笑ってバードを見ていた。


「楽しいです!」


 バードは笑って答えた。

 休暇まがいの候補生訓練は、まだまだ始まったばかりだった。


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