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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第5話 国連宇宙軍を10倍楽しむ方法
41/358

ガスチャンバー

 徹夜二晩目となる夜。

 食事を終えた候補生は灯りを消した講義室の中で微睡んでいた。

 どれほど緊張感を持続させようとしても、人間の生理限界として40時間を越えた連続活動は危険な状態になる。

 夜のメディカルチェックでは幸いにしてドクターストップこそ出なかったものの、要注意のマークを付けられた候補は10人を超えていた。


 ただ、そんな事は書類の上での話でしか無い。


 実際に銃弾が飛び交う戦場では人の命の価値など道ばたの石ころと大して変わらない。そんな現場へ自ら進んで入り込もうなどという馬鹿者には手荒い洗礼が必要だ。後になって『こんな筈じゃ無かった』と後悔などせぬように、今のうちに思い知らせておくのもまた親心というモノだ。



『さて。では始めるか』



 全く睡眠を取っていないBチームの面々はニヤニヤと笑いながら講義室へ歩いて行く。

 手には催涙ガスの入ったスモークグレネードを持っている。

 ODSTスクールに再挑戦の者は知っているデビルゲートの最初の洗礼。

 ガスチャンバーと言う地獄の釜が蓋を開けようとしていた。




 ――――アメリカ東海岸 フロリダ ODSTスクール

      東部標準時間 2100




 完璧に気配を殺したペイトンがまず最初に講義室へと入り込んだ。

 足音を立てずに歩く技術はBチームで一番だとバードはいつも思う。

 次に講義室へ入ったのはテッド少佐だ。

 滑らかな身のこなしでするりと入り込んだ。

 

 テッド少佐の手が『入ってこい』とサインを送ってきたのでバードとジョンソンが部屋へと侵入する。

 部屋の四隅と中心部にスモークグレネードの缶を置き、静かに銃を抜いた。


『全員準備良いか?』


 無線の中で呼びかけてきたテッド隊長へバードはサムアップを返す。

 全員の準備が完了した事を確認し、テッド少佐の銃が火を噴く。

 先ず部屋の中心に有る缶が爆発を起こし、続いて部屋の四方に置かれた缶をメンバーが射撃する。

 40人も入れば一杯になる講義室なのだからスモークグレネードは二つもあれば十分。

 しかし、今この部屋の中は都合五個分の催涙ガスが充満している。


 部屋の中に響く悲鳴と絶叫。そしてパニック。

 部屋の出口へ殺到する候補生達だが、生憎部屋のドアはバリケードで外から完全に塞いである。そして、唯一の出口にはBチームの教官陣が待ち構えていた。


 エアボーン終了時点で78名だった候補生は、午後のトレーニングで更に5人減り73名になって居た。

 目に突き刺さるような刺激。そしてあふれ出る涙。咳とクシャミは生理反応だから止める事はなかなか難しい。


「このゲートは通行できない! 安全手順に従い正酸素を補給しろ!」


 大気圏外における宇宙船は完全密閉空間だ。

 その中で有毒ガスや腐食性ガスが発生した場合、宇宙船の外へ逃げる訳には行かない。

 だから、まずは呼吸に適した酸素がどこにあるのかを探し、それを吸い込んで生命活動を維持できるようにしなければならない。

 候補生の中に居る士官が全員に声を掛ける。


「野戦装備ポーチの中に酸素スプレーがある! それを吸い込んで息を止めろ!」


 その言葉に多くの候補生がハッと気が付き、ショットシェルより幾分か大きい酸素スプレーのボンベを取り出して口の前にかざした。それを反対の手で覆い隠して中の催涙ガスを追い出してから吸い込む。

 これだけの事で活動余力が大きく増えるのだけど、訓練を受けただけでは無くて実際にやってみるとその意味を強く深く理解する事が出来る。


「よし! ガスマスクを配布する! 正しく装着しろ!」


 専用のケースに入ったガスマスクを受け取った候補生は、所定手順に従い装着した。

 まずはマスクの中の催涙ガスを追い出さなければ行けないのだが、実はこれが曲者なのは言うまでも無い。

 ご丁寧に五個に一個の割合で不良品をあらかじめ混ぜてある。

 ガスマスクを装着しまずは一息ついた者は、仲間のために催涙ガスの充満する部屋の中でマスクを外さなければならない。


 こんな状況下では本質的な部分で利己的な人間が嫌でも目立ってしまう。


 仲間にマスクを貸してくれと頼まれた時、先ず深呼吸してからマスクを外して貸せるかどうかをBチームの教官陣が見守っている。

 催涙ガスなど全く影響を受けないサイボーグであるから、視界不良なガスチャンバーの中を歩き回って候補生を観察していた。

 案の定、嫌がってマスクを貸さない候補生がチラチラと見え始める。

 勿論それを探すのが目的であるから一切遠慮は無い。


「ミントリーフ曹長! どうした! なぜ仲間にマスクを渡さない!」


 ジョンソンは遠慮無くガスマスクをはぎ取ってしまう。

 途端に咳き込み出す曹長が恨めしそうに見ている。


「自分だけ生き残ろうとかする奴はODSTには必要ない」


 呼吸困難と制御できない咳やクシャミに目の痛み。

 その全てにパニックを起こした候補者は、部屋の中で僅かでも新鮮な空気を求めて動き回る。


「使えないガスマスクを集めろ! 5度呼吸したら仲間にマスクを渡せ! 目をこすると痛みが増す! 我慢して目を閉じているんだ!」


 パットフィールド中尉は涙と鼻水をダラダラと流しながら部屋の中を動き回っていた。

 時々咳き込んで胃液を吐き出し、それでもなお、仲間を鼓舞している。


『あの一般出身中尉。やるなぁ』


 無線の中でジョンソンが感心したように囁いた。

 その意見にバードも思わず相槌を打つ。


『15分が経過したら空気を入れ換える。あと5分だ』


 テッド隊長の言葉が無線に流れた。

 ペイトンが楽しそうに言い返した。


『15分と言わずに30分位やらせましょうよ』

『30分やったら肺へのダメージが許容範囲を超えそうだ。さすがにまずい』

『そうか……残念だなぁ』


 ペイトンはもみ手をして悔しがる。

 そんな姿にバードはBチームで一番のサディストが誰かを痛感する。


『そろそろ呼吸限界に来ている者が居ます』


 冷静な口調で報告するバード。

 テッド隊長は僅かに首肯した。


「酸素を補給しろ! 勝手に死ぬなよ!」


 パット中尉の勇気にあてられたのか、ボブソン中尉やシェーファーとライナリッジの両少尉も部下を鼓舞し始める。

 士官の士官足るべき部分を体現する姿に、バードは心の中のどこかが熱くなった。

 そして、ふと我が身を振り返り、大事な任務を思い出す。


 部屋の中を探したら アレンとシンプソンの2人は部屋の隅でうずくまり、催涙ガスに耐えながらガスマスクを交換していた。

 その処置の手慣れ具合は明らかに一般兵卒のそれを上回っている。特殊作戦軍などで催涙ガス訓練を受けなければコレは出来ない筈だ。

 報告を上げるかどうか一瞬だけ逡巡したのだが、その前にテッド隊長が部屋と外部を繋ぐドアを遠慮無く蹴り破って穴を開けた。


「全員部屋から出ろ! 急げ!」


 ガスの充満した部屋の中から候補生が一斉に飛び出した。目を真っ赤に腫らした姿で屋外に出ていき、新鮮な空気を思う存分味わっている。15分ほど経過した頃、テッド隊長は候補生たちの前に立った。


「諸君。良く寝たかね? いきなり手荒な目覚ましで済まないが、寝てる最中でも気密異常が発生した場合、宇宙では生死に関わるので全員叩き起こす事になる。まぁ、こればかりはODSTなら仕方が無い事だ。諦めて欲しい。そして次に、今回は催涙ガスだったが宇宙では有毒ガスかもしれない。腐食性ガスかもしれない。命に関わる状況に陥った時、自分より仲間を助けられるかどうかが重要になってくる。ハッキリ言う。生きるか死ぬかの極限状況になった時、自分だけ生き残ろうなどとする者は今すぐ辞めろ。催涙ガスの真っ只中で自主的に仲間へガスマスクを渡せなかった者。我々の手でガスマスクを剥ぎ取られた覚えがある者は、戦場で生きるか死ぬかの瀬戸際に立った時、仲間を見殺しにして自分だけ生き残ろうとする。そんな奴はODSTには必要ないと言う事だ。仲間からの信頼を勝ち取れない奴は戦場で仲間に撃たれて死ぬ。そういう悲惨な状況を巻き起こす。それだけでなく、そこを敵に見抜かれ弱いところを突かれる事になる。そして結果的に、そいつのやらかした事で仲間が大勢死ぬんだ」


 テッド隊長の言葉に続いてジョンソンが口を開く。

 グルリと候補生を見回してから、ミントリーフ曹長を見つけ出していた。


「ODSTの隊員はどんな状況下でも自分より仲間を優先する。仲間が死にそうな時、自分を勘定に入れずに仲間を助けに行くんだ。より困難な状況に陥ると分かっていて仲間を助けられる強さ。それこそがの真実だ。だからこそ、危険で困難なミッションの中でもODSTの作戦終了時における死亡率は驚くほど低い。皆が自分ではなく仲間の為に行動するからこそ、自分が仲間に助けられ生き残るんだ。だから、今回のガスチャンバーで仲間より自分を優先した者はそこを改めるんだ。自分以外に自分を変える事は出来ない。自分から変わるんだ。変われない者は今すぐ辞めろ」


 ジョンソンの言葉が終ってから、ペイトンはチラリとバードを見た。その目は『お前が何か言え』と言っていた。バードはチラリとテッド隊長を見る。

 同じ様な目でテッド隊長もバードを見ていた。一瞬、頭の中で何を語ろうか迷ったバードは自分の経験を語る事にした。


「何度か前の作戦で砂漠に降下したのですが、その時、碌な対戦車装備も無いまま敵の歩兵戦車とやりあった事があります。手持ちの手榴弾を集め即席のクラスター弾を作ったのですが、戦車には肉薄しないと効果がありません。勇気ある誰かが飛び出そうとした時、反対側に居た者が敵戦車の気を引く為に囮となって銃撃を加えました。自分が死ぬ可能性を考慮しつつ、敵戦車に肉薄する仲間の為に身体を張ったのです。そう言う相互フォローを無償で行うからこそODSTは乱戦でも生き残る率が高いです。敵にしてみれば正対している我々ODSTが死の危険を顧みず襲い掛かってくるのですから非情にプレッシャーを受けるわけです」


 一度言葉を切ったバードが候補生をジッと見る。

 話に聞き言っている様子がありありと伝わってくる。

 チラリと見たテッド隊長が微笑を浮かべ『続けろ』と一言囁いた。


「リスクを犯さないと戦場では生き残れない。でもODSTである以上は通常の海兵隊より遥かに危険な場所へ送り込まれるのだから、仲間の信頼を勝ち得ない者は、それを良く認識して、そして、見捨てられる事を覚悟しておきなさい。自分が変わるか。それともここで辞めるか。今はまだ好きな方を選んで良いのよ。戦場へ出た時は命令がすべてだから、自己選択など出来なくなるのだから」


 候補生が一斉に「ハイッ!」と答えた。

 だが、離脱する者は居ない。


「全員訓練続行と言う事で良いな?」


 テッド隊長の言葉に皆がもう一度はいと応えた。

 どの顔にも緊張感が漂っていた。


「よろしい。では全員シャワーを浴びてガスの残留成分を洗い流すように。メディカルチェックを受けた後、0時ちょうどにグラウンドへ再集合だ。以上!」


 候補生たちが一斉に動き出した後、Bチームは士官控え室で遅い夕食をとった。

 シンプルなメニューだが座って食べられるだけありがたい。

 湯気の出るスープを飲みつつ、固いパンとハムのディナー。


 栄養価的にビタミンが足りない筈だが、それは生身の場合の話だ。

 サイボーグの身体が便利だとつくづく思う一瞬。

 

 食べあわせで便秘や下痢の心配はないし、稀少栄養素はドリンクで補充すれば良い。電源分だけカロリーを補給する食事なのだから、食べたいものを食べれば良い。4人で使うには大きすぎるテーブルにメニューを並べ、即席の反省会となった。


「バーディー。ここまでどうだ?」


 テッド隊長の言葉にバードが微妙な笑顔を浮かべた。


「学ぶ所があるか?」

「はい。なんだか自分が如何に未熟か思い知らされました」

「なんでお前がここへ送り込まれたか分かるだろ?」

「もちろんです。ダッドもエディも、もう一度勉強して来いって」

「そうだな。勉強と言うより再確認だが、まぁ、意味は一緒だ」

「はい」


 真面目な顔で答えるバード。

 だけど、その隣で食事をしていたペイトンが言う。


「さっきの話はタクラマカンのアレの件だろ?」


 バードはコクコクと頷く。

 その仕草にペイトンが笑った。


「アレは良い話だったな。言われてみればその通りだと思うよ」

「全くだ。バードは教官役に天性があるのかもしれないな」


 ペイトンの言葉に相槌を打つようにジョンソンが言う。

 あんまり褒められても調子に乗るだけだから注意が必要だと自嘲するのだが。


「とりあえず今夜は夜間降下を行う。メンバーを四つに分けるからそれぞれ一つずつ班を持って動く事になる。集中力の限界が近いから怪我人が出るだろう。充分注意しろ。それと、俺達もみな相当疲労が来ているだろう。一瞬のブラックアウトに注意しよう。良い経験だから、状況を楽しもう」


 テッド隊長はそんな言葉を全員に伝えた。バードは何となくテッド隊長の疲労を感じ取った。どれ程百戦錬磨といえど、やはりサイボーグだって疲労する。

 身体は電気で動くのだから問題無いが、脳が疲労すれば反応時間の遅れや咄嗟の判断の迷いに繋がるはずだ。


「もう一頑張りだぜバード」


 サムアップで言うペイトン。


「うん。でも、それ。ペイトンもだよね?」

「あぁ。もちろんだ」


 素直に認めたペイトン。

 ちょっとだけ好感度が上がったような、そんな気になったバード。

 

「さて、そろそろ候補生がグラウンドに整列してる頃だな」


 食事を終え立ち上がったテッド隊長は、部屋の隅でもう一度装備を整えた。

 おそらく身体中に催涙ガスの成分が残っている筈だから着替えるべきだと思ったバードだが。


ボス(隊長)。やっぱ……」

「そうだ。ちょっとした悪戯だ」


 ヘヘヘと笑いながら部屋を出て行くテッド隊長とジョンソン。

 バードとペイトンはテーブルの上を整えてから部屋を出た。

 4人を待っていたインストラクター達だが、身体中から刺激臭を漂わせる4人へ近づけない。


「どうした?」

「あ、いえ! 何でもありません!」


 教範長であるコナー大尉の顔が引きつっている。

 そんな姿にペイトンもバードも必死で笑いを噛み殺した。


「ドクターストップは何人だ?」


 テッド隊長の問いに対し、コナー大尉は涙を流しながら言う。


「約10名がドクターストップ。更に3名が自主的に離脱。残り60名です」

「そうか。では4チームに分けて夜間降下を行う。全員に準備をさせてくれ」

「了解しました!」


 逃げ出すように走り始めたコナー大尉。

 無線の中で全員が大笑いした。


『大尉も良く我慢したな』

『ホントだよね。絶対途中で逃げると思ってた』


 ペイトンとバードの雑談。

 ジョンソンが楽しそうに笑って見ている。

 

 グラウンドへ到着した時、候補生は15人ずつ4つの班に分かれていた。


「諸君。準備は充分か?」

「はい!」


 元気良く答えた候補生達。それを横目で見ながら、離脱した者がトボトボと歩き去っていった。ここまで必死に頑張ってきたにも拘らず、ドクターストップさせられる悔しさはどれ程であろうか。

 ふと横目で見ていたバード。悔しそうにしながら候補生たちを見ないようにして歩き去って行く。


『あの連中はドクターストップの再挑戦が認められている。次は頑張るだろう』


 無線の中でジョンソンが呟く。

 その時だった。


「おーい! 先にODSTへ行って待ってるぞ! また挑戦しろ!」


 ライナリッジ少尉が大声で離脱組みへ声を掛けた。

 驚いて少尉を見た候補生たち。インストラクター陣も引きつった笑いを浮かべている。懲罰は免れないスタンドプレーだった。

 

 だが……


「おい 今叫んだのは誰だ? まさか候補生の中にそんな馬鹿は居ないと思うが」


 候補生には居ない。つまり強制離脱(パージ)を仄めかしたテッド隊長。

 その言葉にジョンソンが相槌をいれた。


ボス(隊長) まさかここまでやって来て勝手をするような馬鹿は候補生には居ないでしょう。空耳では?」

「そうだな。きっと気のせいだな」


 テッド隊長が横に並んでいたペイトンとバードを見る。


「なんか聞こえたか?」

「いえ。俺には何にも」

「私も聞こえませんでした。疲れてますね。隊長も」


 ニヤニヤと笑う4人。

 一瞬冷や汗を流したリッジ少尉が真顔で直立不動になっていた。


「まぁいい。それより今夜はイベントが盛りだくさんだ。まずは夜間降下を行う。疲労と睡眠不足で注意力が散漫になるだろう。こんな場では怪我をしやすくなる。もちろん怪我を負えば嫌でも離脱だ。それが嫌なら基本に忠実に。そして完璧を目指して注意深く準備し事に当たるように。以上だ。出発は30分後とする。全身準備開始!」


 大きな声で候補生が返事をしたあと、一斉に動き出した。

 その動きを見ながら、バードはこのクラス125が素晴らしいチームだと思い始めていた。





 ――――フロリダ上空6000メートル付近

      アメリカ東部標準時間 0200





 爆音を轟かせ上昇しているティルトローター装備の近距離輸送機はガタガタと酷く揺れている。今夜は気流が不安定だと感づいてちょっとだけ不安の虫が沸き起こる。


『かなり揺れてますね。気流が強そう』


 無線の中で不安をこぼすバード。

 僅かに間があってペイトンから声が掛かる。


『俺達だけならもっとやばいコンディションで降りてるんだけどな』


 ジョンソンも相槌を打ってきた。


『カナダで降下した時は嵐だったしな』


 ガクンと揺れて風の影響を感じているのは候補者達も同じようだった。

 パラシュート装備を整え機内で固まって座っている15人。

 ライナリッジ少尉とゲインズ曹長がバード班に配置となっていた。


『よし。各班は状況説明を開始しろ。今回は自由降下(フリーダイブ)だ』


 テッド隊長の声を聞いてからバードは機内の15人へ手を上げた。

 ハンドサインで注目の指示だ。そして説明を聞けと送る。


「全員無線電源を投入しなさい。短距離無線。バンドJT033」


 全員が無線のスイッチを入れたらしい。

 バードーは無線で指示を送る。


「声が聞えた者はサムアップ」


 全員がサムアップした事を確認しバードは頷く。


「今夜の降下はフリーダイブです。通常の空挺は機外へ出た時点でパラが自動展開します。ですが、今回は自らの意思でパラを開かねばなりません。一気に難易度が上がるから注意するように。夜間降下では基本にどれ程忠実な降下が出来るかが重要です」


 淡々と説明を続けるバードを皆が注目している。そんな中、ふと、テッド隊長の意図に気が付いた。中国奥地の砂漠で自分の話を聞いていたODSTの隊員を思い出す。


 ――――部下統率を学べって事ね……


 そしてその直後にもう一つ気が付く。ODSTの基本手順を再確認し、誰もフォローできない環境下で完璧にやる必要がある。

 ここには自分以外にODSTの正規隊員は居ないのだから、候補生全ての信頼に応えなければいけない。バードは急に身震いする様なプレッシャーを感じた。


「全員。ここまでの訓練で眠いでしょうし、疲労も無視出来ないレベルに来ているのは解っています。ですが注意力を切らさず、些細な点にも目と意識を注いで、着実に手順をこなすのです。夜の海に落ちたら、間違いなく死にます。どんな条件でもODSTは事態解決の為に使われます。今夜の経験は将来必ず生きるでしょう。私は吹雪の晩に視界ゼロの状況下で高高度降下をしました。そんな現場に放り込まれる時の為に、いま失敗しておくのです。良いですね」


 いつもと違い真剣味500パーセント増し位の迫力で皆に発破を掛ける。

 全員が揃った声でハイと答えた。


 皆の意識が高まった事を確かめてから、基本手順を正確に思い出し降下準備をするバード。ストリップショーとは違い一枚ずつ装備を増していくシーンだが、男達の目は下手なナイトクラブよりも真剣にバードを見つめていた。


「降下3分前!」


 バードの指が3本立った。

 全員が同じ様に指を3本立てる。


「1分あったら相当念入りにチェックが出来ます。手近な仲間の装備をチェック」


 リッジ少尉がメンバー全員の装備をチェックしている。

 複数チェックを終えたゲインズ曹長がやって来てバードの背中をチェックした。


「少尉殿、問題無いと思われます」

「――――……思う?」

「はいっ!」


 振り返ったバードは精一杯きつい目でゲインズを見上げた。

 その怒れる士官の態度に何か取り繕おうとしたゲインズの口が凍りついた。


「ゲインズ曹長。寝ぼけてない?」


 バードの右手がゲインズの襟倉を掴んだ。大の男の襟倉を掴んだ華奢な身体の女性。

 だが、その身体に秘めた力の強さはゲインズを簡単に揺さぶるほどだ。

 一瞬の加速度に三半規管に支障を来したのか、ゲインズは目頭を押さえているのだが。


「なんで私があなたの推測に命を預けなきゃいけないの?」


 一瞬事態を飲み込めずゲインズは驚いた。

 バード班の中に緊張が走る。


「たぶん大丈夫なんて言われて飛び出せるほど私はスリルジャンキーじゃ無い。いくらサイボーグでも高度6000メートルから地面に叩きつけられれば即死よ? 脳殻内で脳挫傷を起こして即死。自立戦闘するAIならともかくね。私だって死ぬのは怖いし、痛い思いをするのは嫌。多分大丈夫なんて誠意のカケラも無い言葉をシレっと言えるのだから、あなたにとって仲間の命は随分と軽いものなのね」


 バードの怒りの理由をゲインズは理解した。

 リッジ少尉が一人ずつ装備をチェックして行って、最後に全員へ「大丈夫だ」と声を掛けていると言うのは、その装備の安全性に責任を持つと言っているに等しい。

 士官が持たねば成らない責任と言うものを、士官学校からドロップしたゲインズへバードが身体を張って示している。


 その事にゲインズが気が付く。


「大変申し訳ありません! 少尉殿! もう一度チェックいたします!」


 精一杯の大声を張り上げたゲインズ。

 バードは不機嫌そうにもう一度背中を見せた。


「ストラップ良し! メインパラシュート良し! サブパラシュート良し! プルスイッチ良し! ステップリング良し! メインベルト良し! コンプレッションタンク良し! エマージェンシーパージ良し! 以上チェック終わり! 問題ありません!」


 バードー自身がシミュレーター上のODSTスクールで散々とトレーニングしたチェック内容を思い出していた。

 ゲインズは基礎トレーニングで行われたフリーダイブでのチェックと同じ様に振舞って下士官の姿勢を示す。

 だがそれは、プリーブと同じ様な振る舞いだとバードも気が付いている。


「OK あなたのチェックに命を預けるからね」


 バードはやっと笑みを浮かべた。

 その姿にゲインズを含め、皆がホッとするのだが。


「降下1分前!」


 バードの指が1本立つ。

 全員が同じ様に指を1本立てる。


「1分前!」


 輸送機のハッチが開いた。漆黒の闇が見える。


「全員無線機再チェック。ノクトビジョン用意」


 バード班が全員ゴーグル型のノクトビジョンを装備した。

 視界の中に様々な情報が表示されている。

 そして、視界の隅には小さく[JOIN]の文字。


「いま見ている情報表示は私が出しています。私が受けているGPSデータやレーザー計測による対地距離をこのメンバーで共有しています。サイボーグと一緒に飛ぶ時はこうなると言うのを覚えておくと良いでしょう。リッジ少尉!」

「感度良好! バード少尉!」

「GO!!」


 リッジ少尉が手を上げ、俺について来いと指示を出しハッチから飛び出した。

 15人のメンバーが次々に飛び出して行き、最後にバードが飛んだ。

 高度6000メートルの上空では眼下にフロリダの市街地が見えている。

 そんな中、点でしかない降下目標に向けて全員がフリーフォールしている。


「空中ではあまり細かい機動が出来ない! 風を効率よく受けて自分の身体を動かしなさい。西へ向かって身体を滑らせ着陸地点を目指します。間違っても海へ落ちないように!」


 全員のゴーグルへバードは情報を送り続ける。

 高度情報を全員が読んでいる時、バードーはテッド隊長の指示を聞いていた。


『バード 地上でサイリウムライトを使っている紫外線情報を頼りに誘導しろ』

『了解しました。現在高度2500 順調です』

『油断するなよ』

『はい』


 バードの視界にサイリウムが放つ青い紫外線近似光が見えた。

 浜辺から訓練学校側へしばらく行ったグラウンドが誘導地点だった。


「全員の視界へ着地点を表示します。高度1500を切ったらパラ展開準備。1000で展開」


 速度が乗った夜間降下は恐怖との戦いでもある。

 遠近感が狂い、日中と比べ地上が遠くに見えるのだ。

 その為、高度情報に意識を集中するのは身を護る第一歩ともいえた。


「高度1500! 安全装置解除!」


 時速300キロ近くで降下する面々。バードーはメンツを見回した。

 地上を睨みつけながら引きつった顔で降下している。


「パラシュート用意!」


 1000メートルラインに到達したものから順次パラシュートを広げている。

 エアボーンの基本どおり、広げたパラシュートを見上げて確認している。

 地上を目指すメンバーをバードは追い越していき、地上300メートル程度でパラシュートを広げた。


 一気に急減速し先に地上へ到達。

 パラシュートを背中から降ろし空を見上げる。

 赤外線で見上げると、全員がほぼ一直線になって降りてきていた。


「膝を揃えて衝撃に備えろ! 着地を予期するな! 水平線を見ろ!」


 無線の中から指示を飛ばしつつ、バードは全員の無事な降下を祈った。

 次々と着地を決めるバード班のメンバー15人。

 最後尾で殿(しんがり)だったゲインズまで、誰一人怪我する事無く着地した。

 所定の手順に従い素早くパラシュートの始末を始める。

 深夜3時。夜間降下を行った全員が無事に着地し、そして指示を受ける事無く次の行動に移る体制になった。

 

 候補生の中に生まれつつある『完遂』と『迅速』の意識。

 自分の経験と照らし合わせ、次のステップへ行けると確信するバード。

 そんな所へテッド隊長が現れた。


「諸君。降下ご苦労。どんなに疲れていても作戦がアクティブな時は遠慮なく降下命令が出るのだから良い経験だ」


 テッド隊長は地上へ到着し装備を片付け始めた候補生に声を掛け始める。


「相互チェックと相互フォローがキチンと行われたなら、全員無事に降下が出来る。少しでもそれを怠ればひどい結末になる。それを再認識した事だろう」


 候補生が一斉に「はいっ!」と答えた。

 自信に溢れる目がテッド隊長を見ている。


 テッド隊長は満足そうに笑みを浮かべて候補生を見回した。

 疲れた顔だが次の指示を待っていた。その前向きな姿勢にテッドは褒美を出す。


「全員無事に降下を完了したので時間が余った。だからその時間を浪費しても良い。全員パラシュートを天幕にし、2時間ほど睡眠してよし」


 仮眠の言葉を聞いた候補生の顔に笑みがこぼれる。このコンディションで何よりのご褒美だ。嫌でも笑い出すのだが、皆それを必死になって押しとどめている。


「全員良く聞け」


 細かな仮眠手順をジョンソンが説明し始めた。


「パラシュートを畳み自分の身体の左右へ広げ、それに包まって寝ろ。膝の下辺りへアーマーベストを押し込み足を上げるんだ。夜露に濡れると一気に体力を消耗する。周りを良く見て自分の体は自分で守れ。良いな」


 全員がパラシュートを被って夜露をしのぎ仮眠に入る。

 まるで電源が切れたかのように眠る候補生たち。

 僅か10分ほどでアチコチからいびきが漏れ始めた。

 身体を震わせ、全身の筋肉が回復モードに入っていた。


「俺達も仮眠しよう。周囲警戒アプリを走らせておけよ」


 隊長の指示に従いバードも手持ちアプリから自動警戒と緊急覚醒を選ぶ。

 候補生から少し離れた所へバードは腰を下ろした。


「ふぅ……」


 少しだけ溜息をこぼし芝の上に座ったバードは、障害物乗り越え訓練用の柵に背中を預けた。ここなら周辺が丸見えになる。テッド隊長らも同じ様にしている。


「午前5時を少し回った所で連中を叩き起こす。もう一息だ」


 隊長の言葉を夢うつつに聞いて、バードは意識を手放した。


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