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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第5話 国連宇宙軍を10倍楽しむ方法
40/358

長い一日

 ――――アメリカ東海岸 フロリダ ODSTスクール

      東部標準時間 0545






 湯気の立つ温かいコーヒーを啜りながら、グツグツと煮込まれた握りこぶしほどもあるハンバーグ入りの野菜スープを食べている五班のメンバーたち。

 ネイビーシールズ出身のライナリッジ少尉が率いる五班は、一晩中走り回った丸太レースを含む競争で高い勝率を維持し続け、トータルで一位となっていた。

 二位以下の各班はまだ丸太を抱え、腰まで海につかりながら砂浜を往復していた。

 昨夜のメディカルチェックで5人が失格。更に5人が脱落を申請した。欠員の出た各班を整理し一晩中トレーニングし続け、更に12名が脱落を申請。前日の朝には110名いた筈の候補生が86名に減っていた。


「戦闘中は食べてる暇なんか無いけど、少しでも時間がある時は身体を休めカロリーを補給し体力の回復に努める。そうしておくと戦闘中にへばらないし、乱戦でも生き残れる。どう? 簡単なモンでしょ?」


 食事中もちゃんと監視しているバードの言葉に、五班の面々が笑顔を見せた。

 吹き抜ける風を遮るものが一切無い砂浜は、夜明け前と言う事もあって深々と冷えてくる時間帯に入った。

 バードは無意識に電源をチェックする。温度が下がるとバッテリーの減りが早いのはカナダで経験している。焚き火の熱がありがたい。

 体内のリアクターが着々と有機転換発電している関係でバッテリーは回復傾向だ。

 早めにエナジーリキッドを補充してやれば問題ないだろうと思える程度だった。


「少尉殿。それはなんですか?」


 ポーチからそっと取り出して見つからないように一本飲んだのだが、すぐ近くで食事をしていたコマロフ上等兵が興味を持ったらしい。同じく食事中のリッジ少尉率いる五班の所属だ。


「バード少尉たちサイボーグ向けの栄養ドリンクだ。アレを補給していれば俺達のようにカロリー不足のハンガーノックで動けなくなると言う事が無い」


 バードが答える前にリッジ少尉が回答した。


「よくご存じですね」

「実はシールズの潜水専門セクションにもサイボーグがいたんだ」

「あぁ、あれですね。シールズのアビスコマンド。深海作戦チーム。」


 生身でも高度な水中能力を持つシールズだが、そのチームの中には水中工作活動専門のサイボーグがいる。実はバードもシミュレーター上でトレーニングを受けていた。


「バード少尉は知っているのか?」

「もちろんです。全てこなせないとODSTは勤まりません」


 空挺で侵入し、そのまま着水して水中から侵入上陸する。そんな活動もこなせるよう教育を受けたバード。サイボーグセンターで都合六日間、四年相当の士官学校教育を受けた後、そのままODSTスクールで四年相当分の教育を受けている。

 軌道降下する為の空挺資格は最終的にHALOに結びつくのだが、地球型惑星における地上活動の様々な知識と経験は、水中であろうと何処だろうと任務を遂行する為に必要なのだから徹底的に教育を受けていた。


「こう見えてもHALO(高々度降下低高度開傘)資格だけじゃ無くてUDQL(水中爆破工作活動資格)も有るし、それに、緊急救命医療込みのCSAR((戦闘捜索救難隊)の資格も持っています。ODSTは特殊作戦軍の頂点に有ります。全て出来て当たり前なのです」


 なかばノイローゼになる位の教育を受けたバードの言葉に皆が驚く。

 こんなに線の細い女の子が?と、脅威の眼で見ている。


「じゃぁ、君もBUD/S(基礎水中爆破訓練)を受けたのか?」

「それは……どう回答するべきでしょうかね。やるべき事は一通りやったと言うのが正しいと思われます」


 丁寧な受け答えを心掛けるバード。

 その目をジッとリッジ少尉が見ている。

 話の続きを催促されていると感じたバードは、ちょっとだけ余所を向いて話を切りだした。


「どういう訳か目が覚めたらサイボーグだったんです。まぁ、細かい事は省略しますが、他に選択肢が無く、消去法的に軍と契約して、それからとにかく40日間は徹底して教育を受けました。私達はシミュレーターの上で訓練を受けるのですが、リアル世界では1年掛かる訓練もシミュ上なら一日なのです。そして、一切逃げ場が無いし、放校や追放もありません。合格するまで徹底的に繰り返し訓練を受ける事になります。拒否権が無いんです。死ぬしか」

「じゃぁ、単純に言って40年分訓練を受けたのかい?」

「シミュに入ってない日も有りましたから40年と言うのはオーバーですが…… まぁ後から指折り数えて見たら、トータル14年分は訓練を受けてる計算ですね。戦闘訓練だけじゃなく、ハーバードかケンブリッジあたりに入学できる位の学業もありました。なんせ宇宙飛行士資格まで取らされましたから」


 アハハと笑って朗らかにしているバード。

 しかし、その姿を見ている候補生達の目に、明らかな敬意が篭り始めた。


「失礼ですが、少尉殿はご自身の経歴と運命について疑念を持たれなかったのですか?」


 五班に所属している曹長が質問をしてきた。シャツの胸にはゲインズと書かれている。


「……うーん。そうですね」


 バードは回答に困った。


「正直に言うと、そんな事を考える暇がありませんでした。実は一度死にかけて、脳まで死に切る直前に助けられて、レプリに入るかサイボーグに入るかの土壇場まで行って、気が付いたらこうなってた。まぁ、映画で言う所のロボコップみたいな感じでしょうか」


 言葉を選びながら回答したバード。

 だがゲインズは背筋を伸ばし敬礼を送る。


「大変失礼な事をお聞きしました。申し訳ありません」

「構いません。今回の教官役は私も良い経験です。学ぶ事が多いですよ」


 花の様に微笑んだバードだが、その直後にパッと厳しい顔になって素早く基地脇の森を見ている。


「何かありましたか?」

「私の目は可視光線のほかに赤外線でも見る事が出来るし、それだけじゃなく、レーザーで距離を測ったり対象物の寸法を正確に計測したりも出来るのですが」


 厳しかった表情がフッと緩む。


「野生動物ですね。自然豊かだわ」


 そんなバードの姿に、候補生達が驚く。


「人間離れした能力だな。まさに」


 リッジ少尉は目を見開いて驚いている。


「昨夜も見ませんでしたか?」

「あぁ。見た。見させてもらった」


 真夜中。暗い海で丸太レースをした時に二班のメンバーが転んで波にさらわれた。

 それを周りが気が付く前に見つけ出し、海へ入って助け出したのだった。


「バード少尉。自分も少尉だから、あまり気を使わないで欲しい。気を抜いてる時までデスマス会話をすると疲れる」

「気を抜く事が出来るなら余裕があると言う事ですね。もうちょっと絞り上げても良いようです」


 ニヤッと笑ったバードの表情に五班候補生達の表情から笑みが消えた。

 これ以上絞られると命に関わるという恐怖を覚えるのだが。


「あくまで私個人の考えだから、私以外のBチームメンバーや他のチームの総意と取らないで欲しいんだけど」


 一度言葉を切ったバードは、焚き火に集まる五班の面々を見回した。

 心なしか言葉遣いが柔らかくなっていた。


「サイボーグの作戦活動に生身の兵士をつけてサポートさせようって発想がそもそも間違いだと私は思う。正直に言うと、過去に何度か生身の兵士の移動を待ってる間に敵に逃げられた事が有って。私達だけなら追いついて徹底的に叩けたんだけどって事があったの。結局手間が増えて再出撃で、二度手間だったって」


 首を振ってウンザリとしたバード。

 何となく居た堪れない空気を皆が感じた。


「私を含めてBチームは適応率90パーセント以上のサイボーグだけが集められてるんだけど、その分徹底的にこき使われる事が多くてね。何時だったかは砂漠のど真ん中を15キロくらいマラソンして追撃戦とかやったんだけど、生身でアレをやると普通に命に危険があるから速度を上げられないってジレンマなのよね。適応率的に多少低くても良いから、サイボーグばかり集めた戦闘集団を編成した方が良いと思うんだけど」


 バードは率直な言葉を口にした。

 外連味無く言い切った辛らつな言葉に候補生が身震いする。

 砂漠をマラソンで移動など狂気の沙汰と言って良い。


「皆はなんでODSTなんかに志願したの? はっきり言って消耗品扱いで相当こき使われるよ? 私が言うのも変だけど消耗品扱いだってはっきり言わないだけで、実際は使い潰すの前提って無茶な作戦を結構やってるんだけどねぇ。実際の話としてぶっちゃけちゃうと、傍目に見てるほど良い組織じゃ無いよ」


 そんなバードの言葉にリッジ少尉が答える。


「俺は、人類最高の部隊へ所属してみたかった。一千万人に一人しかODSTにはなれない。海兵隊の派遣隊として月面に駐屯したり火星へ行ったりする事は出来ても、それはODSTじゃなく、ただのマリーンだ。バード少尉にしてみれば甚だ不本意だろうけど、でも、俺から見たらサイボーグのエリートチーム所属で活動出来るってのが本気で羨ましい。神様は不公平だってすら思うよ」


 バードのアンニュイな表情を意に介さず、ライナリッジは外連味無くはっきりとそう言い切った。

 それに続きゲインズ曹長が答える。よく見たら曹長のパッチに飾りが一本多い。ゲインズは上級曹長だとバードは気が付く。

 強い意志を感じさせるまっすぐな眼差しのゲインズは何処か遠くを見るようにして言う。


「実は自分は士官学校を放校になった身分です。士官への道は閉ざされました。ですから、同じ下士官でも最高の名誉を得られるODSTを目指しています」

「なぜ放校になったの?」

「恥ずかしい話ですが、夏期休暇中にある場所で乱闘騒ぎを起こしました。品行不良で査問会議に掛けられ、自分は素行不良として追放処分になったのです。ですが、実は空港でとある人物の不正を目撃しまして、それを注意したら……」


 俯いたゲインズの肩に手を置いたバード。


「嘘を言わない。不正を働かない。盗みを行わない。そして、他人のそれを看過しない」


 バードの言葉にリッジ少尉がゲインズの方へ向き直った。


「ゲインズ軍曹。君は間違った事を一切していない。君も立派な士官だ」

「はい」


 少尉の言葉にゲインズは嬉しそうだ。


「ODSTの資格を取り、その上で高度専門教育過程を終了して宇宙軍の士官抜擢認定を受ける必要があります。自分はそれに挑みたいのです」


 ゲインズは静かに決意を述べた。その言葉に士官だけでなく五班の仲間達が励ましの言葉を添えていた。


「固い決意を実現するには努力が必要でしょうね」

「頑張ります」


 ウンウンと頷くバード。

 だが、実はその裏ではBチームのチーム無線にメンバーの軽口が流れていた。


『バーディーの心理攻撃はエグイな』


 ジョンソンのそんな言葉に皆が笑う。

 もちろんバードも。


『そう?』

『候補生のやる気に直接ダメージ加えるとか鬼畜の所業だぜ』

『やった! ジョンソンに褒められた!』

『いや、褒めてネーから!』


 アハハと無線内で笑いながら、バードは五班をジッと観察していた。


『バーディー。焚き火を消せ。残りの候補生は冷めた飯を食わせる』


 テッド少佐もまた鬼畜の所行が好きなようだ。

 ジョンソンやペイトンがアヒャヒャと妙な声で笑っている。


『良いんですか? 低体温症の危険がありますけど』

『それで良いんだ。どんな状態でも任務を果たす事が重要なんだ』

『了解です』


 ほぼ食事を終えた五班の面々が最後のコーヒーを飲んでいる。

 だが、バードはその焚き火へ砂を掛けて窒息消火させた。


「全員、食事を終えたら浜の上の丸太右脇へ集合。他の班が食事を終えるまで休憩して良し」

「イエッサー!」


 五班が丸太の脇へと移動した後、バードは焚き火に掛けられていた鍋の湯を砂浜へぶちまけた。

 そうとう熱くなっている筈の鍋だが、バードは気にする事無く素手で掴んでいる。

 その何気ないシーンに五班の面々はサイボーグの能力を垣間見た。


『隊長。湯煎されているパウチの湯をこぼしました。冷めるまで推定10分です』

『オーケー。良い処置だ。コーヒーポットも冷ましておけ』

『了解です』


 コーヒーポットの電源を切り、バードは砂浜を見た。

 波打ち際で五班以外の面々がロッキングチェアーを行っていた。

 遠慮無く波が打ち寄せる浜辺だ。波の拷問と呼ばれるきついトレーニング。

 空元気でなんとか喰らい付いて行ってるだけの者には非常に辛い仕打ちだ。


「一班。諸君らは良い成績だったが惜しくも二位だった。二位とは何だかわかるか?」


 波に打ちのめされる一班の面々。パットフィールド中尉率いる11名はテッド少佐の問いかけに大声で答えた。


「二位とは負けの一番です!」

「そうだ。惜しくも二位ではない。二位は負けの一番だ。負けた者は報われない」


 良いタイミングで大きな波が打ち寄せた。

 頭のてっぺんまで波に叩かれ苦痛に顔を顰める。


「もしこれが降下艇への帰還だった場合。敵集団も降下艇を破壊する為に走り続けるだろう。恐怖と疲労を知らないレプリカントの兵士がだ。諸君らはその敵と競争して降下艇へ帰らねばならない。敵が先に降下艇へ到着すれば、諸君らに待ち受ける運命は死だ。何が何でも一位で帰らねばならない」


 水温は摂氏15度少々。眠さと疲労と空腹と水の冷たさに、候補生の精神はささくれ立ち、僅かな事で感情的になってしまう。

 だが、どんな時でも冷静で無ければならない。落ち着いて事に対処しなければならない。荒れ狂っても良い事は何も無い。それを学ぶ場だ。


「どれほど疲れていても、どれ程苦痛でも作戦は継続され戦争は続行される。どれ程辛くても、その困難は自力で乗り越えなければならない。出来ません!出来ません!などと言う泣き言はODSTでは一切通用しない」


 波が引いた後、今度は二月の寒風が候補生を襲う。

 急激に体温が奪われ、唇まで紫色に染まる。

 その状態で両足を上げるロッキングチェアーは地獄の苦しみだ。


「一班起立! 浜に上がって食事を取れ! 走れ!」


 11名が元気よく起立して焚き火『だった』辺りに走っていった。

 まだ温もりの残るパウチと温かいコーヒーを飲み始める。

 低体温症を乗り越えるには体内から温める必要があるのだから、温かい食事は何にも勝る最高のご褒美だった。


「お前達良く見とけよ」

「勝った五班は飯の後で一休みだ。負けの一番な一班だってまだ暖かい飯にありつける」


 ジョンソンとペイトンが五つ残ったロッキングチェアー中の班を回っていた。


「低体温症になると思考力・判断力・記憶力が大幅低下する。体幹部分、つまり体内の深層部温度が下がってしまうと危険だと言う事だ」


 テッド少佐の声が砂浜に響く。


「それを防ぐためには温かい食事を取り、身体の中心部から温めてやる必要がある。外部から温めるのは返って危険だ。宇宙空間における絶対温度は華氏マイナス454度。つまり、こんな水なんか暖かな温水プールみたいなもんだ。そんな状況下でもODSTは活動しなければならない――


 テッド少佐の声を聞きながら、早く終れよと候補生が愚痴をこぼす。

 だが、時間稼ぎを前提に話をしているテッド少佐は、全部承知で話を長引かせている。


 ――暖かな飯にありつくには、とにかく急いで動け。所定時間より早く切り上げれば、その分飯をゆっくり喰える。わかったか!」


 波打ち際で波の拷問にあっていた面々が大声でハイと答えた。


「全員腹ばいになれ! チャウポイントまで匍匐全身はじめ!」


 砂浜をズリズリと這って行った候補生。

 冷め切る一歩前のパウチを受け取り、生ぬるいコーヒーを飲んで少しでも体温を上げようと努力するのだが。


「みろ! 一位だった五班は飯の後にああやってウトウト出来るんだぜ?」

「勝者だけが報われるんだ。わかりやすいだろう?」


 ジョンソンやペイトンの言葉までもが冷たい。

 僅かに残った熱を逃さず集めるように急いで食べ物を腹へと押し込む候補生たち。

 自らのコンディションを必死になって維持するのも重要な事だ。

 丸太の隣でウトウトと微睡む五班を恨めしそうに見ながら、それ以外の候補生は戦闘中であるかのように急いで食べている。


『候補生が食事を終えたら朝のメディカルチェックをさせて、シャワータイム。その後は単純な競争をさせ続けよう。お前達も集中力を切らすなよ』


 無線の中にテッド隊長の言葉が流れ、ジョンソンやペイトンが申し合わせたようにバードを見た。


『大丈夫か? バーディー』

『え? 全然平気だけど?』

『なら良いんだ』

『あぁ! もしかしてペイトン、私の事信用してないでしょ』

『んな事ねーって!』


 無線の中で笑っていたら、笑みが表情に漏れた。

 どこか凶悪な笑みにも見えるバードの表情。

 候補生はその笑みを横目で眺め、背筋に冷たいモノが流れる錯覚を覚える。


「……ぉぃ」

「……あぁ」


 誰かが仲間の袖を引いた。

 僅かな顎の動きでバードの仕草を伝える。

 候補生を監督するサイボーグの士官が邪悪に笑っている。

 この日は酷い事になると、皆がそう覚悟を決めた。







――――アメリカ東海岸 フロリダ ODSTスクール

    東部標準時間 1100






 午前6時の朝食後。候補生達はメディカルチェックとシャワータイムを経て、乾いた衣服に袖を通した。低体温症を防ぐには濡れた衣服は御法度だ。下着まで乾いたものに着替え直し、芝のグラウンドに整列する。

 疲労と寝不足による精神的限界を理由に3名が脱落を申請。メディカルチェックでは要注意の診断を出された者が8名。士官4名はまだ頑張っているが、下士官以下は体力の限界以上にストレスの限界を感じ脱落していた。

 ODSTへの挑戦を自己申請により脱落した場合、士官は二度と挑戦出来ない事になっている。メディカルチェックでドクターストップが掛かった場合のみ、再挑戦が一回だけ認められる。

 下士官以下の場合は、自己申請脱落後の再挑戦とドクターストップ後の再挑戦を合計で三回まで。年間50名以内という狭き門の士官選抜試験に合格し、士官として再挑戦という裏技を使ったとしても最大五回。

 それだけ絞りに絞られた粒ぞろいのエリートこそがODSTだ。だからこそ、彼らは誇り高く、意識も高く、そしてプライドを持っている。そのプライドを裏支えする資格の一つ。空挺降下(エアボーン)の実地が始まろうとしていた。

 丸太トレーニングでクタクタだった候補生達は二名一組で馬跳びを行いながら浜辺を往復とかボート運びで飽き飽きしていた頃だった。


ジャンプマスター(空挺隊長)! 用意は良いか!」


 テッド少佐の声にパットフィールド中尉が反応する。

 背中と脚部に重装備の高々度向けパラシュートを背負っているパット中尉。

 そして候補生82名がその後ろに並んでいた。


「もちろんであります!」

「宜しい! 搭乗開始!」

「イエッサー! |サージェントエアボーン《空挺軍曹》・リベラ! 搭乗開始!」

「イエッサー!」


 地上軍航空戦術団の特殊戦術チーム『サジタリアス』は、地上軍の航空作戦中に敵前降下を行う特殊部隊。そのサジタリアス出身なリベラ軍曹は、ボブソン中尉と同じく叩き上げのエアボーンだ。

 同じ候補生の中に空挺のスペシャリストが居ると言うのは不思議な感じだが、イントラの手を煩わせる事無く空挺の基礎技術を候補生達が学んでいた。

 地上軍にしろ宇宙軍にしろ、空挺降下(エアボーン)と言う物は危険と隣り合わせの特殊技能であり、また、陸路をやってくる地上軍とは違い敵前にいきなり現れる精兵でもある。エアボーンと言う兵科が生まれた時から今に至るまで、全ての兵科から尊敬を集める喧嘩集団。そして、大気圏外からやって来るODSTはその頂点だ。

 念入りに装備を整えた候補生達は地上で待っていたXINAの中へ吸い込まれていく。大型バージ()なのだから100人程度の搭乗など問題にしない。宇宙から直接降下を行う降下艇の中へ候補生達は初めて入った。

 疲れ果てた上に寝不足とあって意識にはモヤが掛かったような状態だ。しかし、憧れのODSTと同じように、降下艇の中へ乗り込む興奮が全てを吹き飛ばしている。まるで子供のような笑顔で乗り込んでいた。


「全員無線チェック。受信状況確認。バンド切り替え。Dチャンネル」


 テッド少佐の声が艇内へ響く。降下中の意思疎通を担保する無線のチェックは欠かせない。

 まだODSTの装備を使えない候補生であるから、ここでは標準的な空挺用パラシュートを装備している。

 その関係でヘルメットとは別にヘッドセット型の無線機を頭に装着した候補生達。

 ジーナの艇内で五列に並び座っている。その間をジョンソンやペイトンが歩き回り、装備のチェックをしていた。


『ハーシェル三等軍曹。ストラップが捩れている。今すぐなおせ』


 全く口が開いていないにも拘らずジョンソンの声が無線に流れた。

 まずそれに驚く候補生達。同時に、本当に細かい所までチェックしているんだと気が付かされる。


『モーガン二等軍曹。サブパラシュートのスリング部分に別のケーブルが入っている。再チェックしろ』


 ペイトンも同じ様に無線で呼びかける。手狭な艇内とは言えペイトンの位置から十人近く人を挟んだ先だ。

 よく気が付くな!と候補生が舌を巻いている。だが、命が掛かった降下なのだから手を抜くわけには行かない。


『全員よく聞け。今から非常に重要な事を話す。眠いだろう。辛いだろう。そう言うものは聞かなくて良い。死ぬだけだ』


 テッド少佐の厳しい言葉が無線に流れる。

 死と言う言葉に候補生は嫌でも目を覚ます。


『これより高度五千メートルからの降下を行う。降着地点は今朝と同じ浜辺だ。今日はただの遊覧降下だから難しい事は何も無い。ただ一つ、降着地点がまもなく満潮を迎える関係で非常に場所が狭い。慎重にパラを制御し確実に狙った場所へ降りろ。海へ降りた場合はその場でパラから脱出し浜辺へ向かって泳げ。良いな』


 艇内から一斉に返事が沸き起こる。

 ジーナはグングンと高度を上げていた。


『降下まであと15分!』


 ペイトンが無線の中で叫ぶ。

 同時進行でバードを含めBチームが降下装備を整えた。

 すばやく正確に。そして、手順に誤り無く確実に。


 その作業を実演して見せて、ODSTのレベルを見せるのも大事な事だ。

 メンバー同士で背中をチェックし合い、問題が無いかどうか一つずつ最終確認する。

 これも大切な降下の儀式。


『降下まであと三分! ジャンプマスター!降下用意!』


 ジョンソンの言葉に候補生士官の顔色が代わった。

 パットフィールド中尉が指示を出し始める。


『立て! フックを掛けろ! 降下用意!』


 候補生が一斉に立ち上がって天井のレールへパラシュート展開フックを掛けた。

 降下口から飛び出せば、自動でパラシュートが開くと言う仕組みだ。


『最終チェック!』


 列の最後尾に居る人間から自分の前に居る仲間のパラシュートをチェックし、足を叩いてやる。

 その流れが五列に渡って続き、80名余の候補生が降下体制を整えた。


『チェックパラシュート!』


 パットフィールド中尉の右手に指が一本立つ。

 同時にジーナの後部ハッチが開いた。


『降下一分前!』


 並んでいた候補生が一斉に指を一本立てて叫んだ。積み重ねた訓練で考える前に行動する癖が染みついている。

 高度五千メートルの視界に一瞬だけ足が竦む候補生達。だが、その列の間をバードは歩いて行って、降下列の先頭で振り返った。

 居並ぶ候補生達の中をバードの視線が一巡りし、右手をかざすした。そしてすばやく手を振り下ろす。


『飛べ!』


 一斉に走って行ってハッチから飛び立つ候補生たち。

 バードはその人間を全部チェックした。

 シンプソンとアレンの二人は真っ白な顔で空中へ飛び出していった。

 候補生が全部飛び出したあと、Bチームも一斉に空中へ飛び出す。

 サイボーグの四人はまだパラシュートを開いていない。


『全員、風を読め。風上へ顔を向けろ。パラシュートに孕ませる風をコントロールするんだ』


 フリーフォールしつつ小さなパラを広げて降下速度を落とすバード。

 横へ回り込んで候補生達を観察している。

 一列になって地上を目指す候補生の列。地上には食事を用意している拠点が見える。

 バードはアレンとシンプソンを探した。まるで食パンのように真っ白な顔をして降下中だった。パラの引き紐を使って速度をコントロールしているのが見える。他の候補生と同じ様に列になって降下中だった。

 百メートルほど離れた場所を平行に降下するバード。アレンは一瞬だけバードを見たあと、地上を凝視している。


『アレン! 地上を見るな! 風を読んで水平線を見ろ! 着地タイミングを予期すると膝を痛める!』 


 無線で叫びながらも冷静に候補生を観察するバード。

 すぐ上にジョンソンが降下中で、候補生を挟んだ向かいにはペイトンが降下中だった。


『風の様子を観察しろ。正確に狙っても意味は無い。制御はアバウトで良いんだ。安全に降下する事を考えろ』


 次々とテッド隊長の指示が飛ぶ中、高度はあっと言う間に千メートルと切っていた。

 小型のパラシュートを収納し、メインパラシュートを展開して速度を抑えたバード。

 続々と候補生が追い越していく中、対地距離をレーザーで測りながら自動着陸モードにして意識を候補生に向けた。

 明らかにシンプソンが舞い上がっている。意識が飛び掛っている様な状態だった。


『シンプソン! 落ち着け! 何か問題があるか!』


 すぐ脇を降下しているバードは無線で呼びかけた。


『あっ! 有りません! 大丈夫です!』


 初めてシンプソンはバードの呼びかけに答えた。

 その言葉に少しだけバードは安堵する。


『緊張しすぎても良い事は何も無い! 膝を揃えろ! 水平線を見て深呼吸だ』

『はい!』


 恐ろしい速度で地面が近づく。この時だけはどんな人間でも本能的に恐怖を覚える。

 神様は人間が空を飛べる様には作ってくれなかった。だから落ちると言う事は根源的な恐怖を感じるのだ。

 パラがあるとは言え、これは制御された落下に過ぎない。つまり、候補生は地上へ降りるまで恐怖と戦い続けなければならない。


『着地用意! スプレッドイーグル(手足を広げろ)!』


 シンプソンに付きっ切りで着地を見届けたバード。

 地上まであと五メートルほどに近づき、バードは自動着地アプリを切って自己制御で着地した。

 足が付くと同時にパラを切り離して続々と落下し続ける候補生を誘導する。


『ハース! フォックス! インゲネリ! 手足を固めるな! スプレッドイーグル!』


 見上げた先から候補生が続々とタッチダウンしている。

 案の定、着地をミスって膝を痛めた候補生が出た。

 走って行って様子を見るのだが。


『ニールセン! どうした!』

『あ! あしが!!』


 着地の瞬間に膝の力が抜けて無いと、着地の衝撃を全身骨格のすべてで受け止める事になる。上手く力を逃がせれば良いが、足が伸びきった状態での着地は足首を挫くか、骨折の危険がある。

 ニールセン上級曹長は力を抜く事が出来ず両膝関節を痛め、それだけでなく左の膝部分下辺りで開放性の座屈骨折を起こしてしまった。


『四班集合! 負傷した仲間を救護!』


 強い衝撃で折れた骨が皮膚を突き破って露出している。

 ニールセン上級曹長は涙を浮かべていた。


『応急処置! 野戦担架製作! 搬送準備!』


 四班の面々が集まり、開放骨折を治療する者やパラシュートを使って野戦担架を製作する者が一斉に作業を開始した。

 その様子をじっくりと観察しながら教育された手順通りに作業が進んでいるかバードはチェックしている。

 ただ、開放性骨折は応急処置の範疇を超えている。痛みにうめき声を上げるニールセンは脂汗を流していた。


『モルヒネ投与! 緊急処置室へ搬送開始!』


 砂浜から緊急処置室までは約三キロほどの距離だ。

 野戦装備を持ってないとは言え、鍛え上げられた男の身体は重い。

 応急担架に乗せられたニールセンはイントラに付き添われてスクールの医務室へ運ばれていった。

 それを見送ったバードは半ば呆然と見ていた候補生に発破を掛ける。


『ODSTはハイスクールじゃない。カレッジのクラブ活動でも無い。もちろんテレビのサヴァイバル番組でも無い。隊員は自分の命を賭けて作戦に当たる事になる。半分寝たまま事に当たるとあの様になる。目が覚めたでしょう? 油断や慢心や、それだけじゃ無く注意を怠ったり指示を聞かなかったり、そして、基本となる手順を守れないと、ああいう風に痛い目に遭う。だけど、それは全部自分が原因。自分の責任。痛いのは誰も代わってくれないのだから、とにかく注意する事。集中する事」


 まだまだやる事が多いのだが、この降下で候補生五名が負傷し離脱する事になった。少し胸が痛むものの、これもまた運命だとバードは感じていた。


『よし。ご苦労だった。飯の時間にしよう。降下をやった直後でも飯も喉を通らんだろうが、それでもカロリーを取らないとあとでヘバるってもんだ。そこまで含めてODSTだからな』


 無線の中できつい事をサラッと言い放ったテッド少佐。

 涼しい顔をして話を聞いていたバードだが、恨み骨髄と言った風で候補生から見られているのを感じていた。

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