娯楽の一環
――――― アメリカ合衆国 フロリダ州
グランドラグーン イーストビーチ付近
東部標準時間 午前8時
Bチームの四人は上空から一気に降下してきた。
音を立ててパラシュートが広がるとフロリダの青い空にグレーの花が咲き、地上側で見上げる者たちがどよめくのを見てバードは内心ほくそ笑む。
普段はもうちょっと高い所でパラシュート展開するのだろうけどこの日は驚くほど軽装だ。そのまま一気に減速していって、高度十メートルでパラシュートから離脱。 自由落下してからダッシュし、パラシュートをかわして素早くたたむ。
その周囲へ続々とメンバーが着地した。最後にテッド隊長が着陸するまで腰を屈めたまま周囲警戒姿勢を取っている。
「ご苦労様です!」
唐突に声を掛けられ驚くバード。
視線の先にはイントラの青いトレーナーを着た人が立っていた。
階級章は兵曹長に軍曹。先頭に居るのは……大尉。
「出迎え有り難うコナー大尉」
こんな時のテッド隊長は渋くて凛々しい姿だ。
一瞬だけバードの表情に素が出てしまった。
「少佐殿。今回は……不思議な人選ですね」
「あぁ、そうだ、紹介しておこう。ウチの新人だ」
テッド隊長はバードにむかってヒョイヒョイと手招きした。
全員に自己紹介しろと促したのだとバードは思った。
「バードです。どうかよろしく」
きちっと足を揃え背筋を伸ばし、威厳のある姿を心掛け敬礼したバード。
その立ち姿に隙が無いのを多くの下士官たちが驚いて見ている。
「失礼ですが少佐殿。女性……ですよね」
「しかも見たとおり女の子だ」
「……大丈夫なのでありますか?」
慎重に言葉を選んでいるのがありありとわかる姿だ。
だが、テッド隊長をはじめ、ジョンソンもペイトンもニヤニヤと笑うばかり。
そして、怪訝な目で見られているバードですらも苦笑いを浮かべている。
「そう言うけどな。バーディーもサイボーグだ。そして、配属三ヶ月で三十回近く強襲降下しているぞ。俺のチームなんだから、ま、仕方が無い話だがな」
「三十回?!」
「そう。君より多い」
テッド隊長の言葉にコナー大尉をはじめとするメンバー全員の目付きがガラッと変わった。
バードを見る目には驚きと、そして戸惑いの色が見える。
「疑ってすまないバード少尉。ヒヨッコどもを鍛え上げてくれ。よろしく頼む」
「承りました」
ニコッと笑ってバードは敬礼。
その私の敬礼に大尉の後ろに居た下士官達がパッと姿勢を整えた。
軍隊とは階級が全て。じゃぁ仕方が無いかとバードも割り切る。
隊長の所へ集合し周辺を確認したバードは思いのほか候補生が残っている事に驚く。事前データでは106人だったはずだが、もっと居るように見えるのだった。
この中から二十名足らずに絞られるのだから、相当厳しい事になるのだろう。そんな事を思ったバードは背筋にゾクリと寒気を覚えた。
「さて、地獄の一番街を案内してやるか。デビルゲートの始まりだ」
テッド少佐が厳しい視線を向けた先。
ODST候補生は充実した表情で集まっていた。
その間をイントラが何人も歩いていて、大声を張り上げ発破を掛けている。
「お前らよく聞け。ODSTという名前に集るハエみたいなお前らの為に、今日はわざわざ宇宙から正真正銘本物のサイボーグ隊員に。それも、先頭切って降下する猛者の中でも最強のBチームに降りて来ていただいた。今日から四週間。俺たちインストラクターと一緒になって、お前らをミッチリしごいて貰う。残れるのは最高でも15名だ。遠慮無く脱落して良いぞ」
指導教官がそう告げると、候補生の間にどよめきが上がった。そして、候補生たちの視線が一斉にバードに集まる。言いたい事は分かってるとバードも苦笑いするしかない。明らかに馬鹿にしている視線が来てるのを理解する。
――――― フーン…… なるほど……
ストレス解消と言ったフレディ司令の言葉をバードは理解した。
胃袋の中が空になるまで吐かせて、まともに歩けなくなるまで走らせて。
そして……ウフフ……
『遠慮しなくて良いんだぜバーディー? ここなら訓練中に殺しても事故扱いだ』
ペイトンが無線の中で超物騒な事を言い出した。
ニヤニヤと笑いながらバードを見ている候補生を眺めている。
「おはよう諸君。私はODSTのBチームリーダーのテッド少佐だ。今回諸君らに地獄を案内してやれと命令があり降下してきた。こっちはジョンソン、ペイトン、そしてバード。同じくODSTだ。諸君らを指導し訓練できる事を誇りに思う。我々ODSTの行く戦場は地獄の一番街だ。味方なんか一人も居ない状況へ自分の意思で飛び込んでいく馬鹿げた任務をこなすのだ。まぁ何度も修羅場を潜った我々にとっては通いなれた街角のような場所だが、そんな場所へいきなり諸君らと一緒に降下するのは少々心許無い。だからまず、我々と一緒に作戦行動するとどうなるのかを体験してもらう。この訓練の全ては諸君らが戦場で死なない為の物だから、非常に厳しいトレーニングになるだろう。先に言っておくが、我々は一切手加減しない。配慮もしない。ついて来れない者を振り落とす為のものだからだ。そう思って覚悟を決めて欲しい。以上だ」
テッド隊長の言葉を聞きつつ『なんだかみんな疲れているな』とバードは思う。
だけど、眠さや空腹や疲労なんかじゃ戦場は待ってくれないし都合は聞いてくれない。だからこっちがそれに合わせるしか無い。
『なんか随分疲れてない?』
『大丈夫。まだ生きてるさ。ココでくたばってたら俺達とは一緒に行動できない』
ジョンソンがサラッと凄い事を言った。
弾は出ないけど実物と同じ銃を持ち、ODSTの野戦アーマーを装着して更に食料や水やサバイバルキットを背負って立っている候補生たち。
どの顔も覇気が失われつつあるけど、目だけはギラギラしている。
ちょっと怖いくらいだ。だけど、教官役は常に威厳を持っていなければならない。
『連中は既に半年の訓練を終えている。最初は五千人近く居た筈だが、最初の四ヶ月は徹底的に体力トレーニングが行われたはずだ。ここで千人以下に絞られた。そして、その後の二ヶ月で空挺訓練と水中訓練。デルタにシールズにパラレスキュー並の訓練をしているはずだ。ここで更に百人程度に絞られた。ここまでは言うなれば予備訓練だった。やる気と情熱と集中力を試される。だが、ここからは違う。宇宙で暮らし、戦闘を行い、無事に帰還して次に備える。その適性があるかどうかを確かめるための一ヶ月になる。普段基地でやっている事と同じ事をすればいい。特別な事は何もいらない。ただ、彼らにとっては全てが新鮮な驚きだろうけどな』
無線の中でテッド少佐はバードに説明している。それを聞きながらバードの顔に僅かな不安の色が浮かんだ。しかし、訓練は遠慮なく始まってしまう。
「では、よろしくお願いします。少佐殿」
テッド隊長がウンと頷いた。
細かくカウントしたら110人ほど残っているらしい候補者達。
あれ?員数が違うぞ?とバードは訝しがるのだが……
「士官はいるか?」
「はい、自分であります! 少佐殿!」
「自分も士官であります!」
「小官もであります!」
「私も士官であります」
手を上げて一歩前に出た筋肉ムキムキの大男が四人。
「なんだ。今回はたったの四人か。名乗れ」
「はい! アメリカ合衆国海軍出身! 地上軍海洋隊所属! パットフィールド中尉であります」
「宇宙軍海兵隊! チーム・サジタリアス出身! ボブソン中尉であります!」
「地上軍 デルタフォース出身! シェーファー少尉であります!」
「地上軍 シールズ出身! ライナリッジ少尉であります!」
それぞれに名乗った士官の周りをテッド少佐が歩く。
「リッジ少尉。君は何になりたいんだ?」
「はい! ODST隊員になりたいです!」
「君はシールズ出身だな。ヘルウィークを乗り越えたエリートがなんでこんな所に居る」
「ODST隊員になる為です!」
「そうか。だが、ここにはまだ100人以上の候補者が居る。そうだな。ボブ中尉」
「はい!」
「君はサジタリアス出身か。物好きだな。ODSTは地獄だぞ?」
「はい! 覚悟の上です!」
「みな同じ候補者だが、君は。君らは他の候補者と決定的に違う点が一つある。それがなんだか解るか? パット中尉」
「はい! 自分は士官であります!」
「そうだ。士官だ。しかも君は一般海軍出身か。特殊部隊の訓練を経験していない君にこれからの訓練が勤まるとは、私には到底思えない。君自身の肉体と精神の為にリタイヤを薦めたい所だが」
「ODST選抜を受ける為に五年間トレーニングしてきました! 自信があります!」
「……そうか」
パット少尉の隣に立ってジョンソンやペイトンやバードを眺めるテッド少佐。
腕を組み、それを薄笑いで眺めるサイボーグの士官達。
「パット中尉。目の前に居る士官は皆、地獄のような試練を潜り抜けてきた者ばかりだ」
「はい!」
「銃弾が飛び交い、命のやり取りをする現場でも士官は士官で無ければならない」
「はい!」
「下士官や兵士を率いる士官は、一段厳しいレベルで審査を受ける。理由は今更言わなくても解るよな?シェーファー少尉」
「はい! 士官は指揮官だからであります!」
「きっとデルタも大して変わらないだろう。厳しい局面で痛みに耐え屈辱を受け流し、求められる結果だけを報告して報われず、雑巾のように使い潰される」
「地球人類の為に戦います! その覚悟を持って参加しました! 望む所です!」
四人の士官が満足行く答えをし、テッド少佐はゆっくり頷く。
「諸君らの覚悟はよくわかった。だが、人間は弱い生き物だ。僅かな苦痛とストレスで、上辺を装っただけの軟弱者はすぐに音を上げる。今からそれを炙りだす。12名ずつグループを作れ! 士官は率先して動くように!」
少佐の指示が飛び、候補者達は一斉に動き出した。
各士官が指示を出し、自主的に編成を行っている。
「候補達は六ヶ月のトレーニングで体力的にも技量的にも問題ない者ばかりが残っている筈だ」
ジョンソンは黙って眺めていたバードへ小声で説明を始めた。
「少々強いだけじゃ生き残れねぇ。俺達に付いて来れる並外れた体力バカばかりが残っている。だけど、ここまでしっかり疲労を溜め込んでいるはずだから、ここで俺達がいつもの作戦行動をして、更に振り落とすって訳だ。だから遠慮なんかするなよ。これは彼らの為なんだ」
「戦場で動けなくなったら死ぬだけだからね」
「そう言うこった」
小声で話をしている間に編成が完了したようだ。
最年長のパット中尉がテッド少佐の前にやって来た。
「装備を整え準備を完了しました! よろしくお願いします!」
「よろしい!ではまず始めに砂浜をテンマイルランだ。ジョンソンは最後尾、バーディーはファーストクォーター。ペイトンはサードクォーターに立って走れ!」
テッド隊長はパット中尉へ指揮を命じる。
その言葉を聞いた中尉は指令を出した。
「制限時間は35分! オーバーしたらペナルティだ! 全員行くぞ! 走れ!」
士官の指示に沿って候補生達が走り始める。
それを見ながらバードも走り始めた。同時に無線通信が入ってくる。
だけど、野戦並みの複雑な暗号化なのにバードは驚いた。
『バーディー。今日から三日間は基礎体力がODSTレベルに達しているかの確認だ。遠慮無く動かし続けろ。良いな。一切私情を挟むな』
テッド隊長が訓練の目的を告げ、編成を指示する。
『了解しました。でも、真ん中だと視線が怖いな』
『盛りの付いたサルどもだ グズグズ抜かすアホはちゃんと躾けろ。後で躾のし直しだと手間が増える』
テッド少佐の言葉にペイトンやジョンソンが笑いを噛み殺している。
『了解! でも隊長。なんか早速落伍者が』
『ん?そうか?早いな バーディー。後ろから発破を掛けろ』
『はい。解りました』
テッド少佐から精確に百メートル後ろを同じペースで走っているバード。
幾人か候補者を追い越しているのだが。
「距離が開いているわよ」
恐ろしく恨めしそうな顔が一斉に向けられた。
一瞬怯むものの、普段一緒に降下しているODSTの隊員を思い出す
「もっと頑張って!」
出来る限り力強く語りかけるバード。
だけど、すぐにテッド隊長の駄目出しが入った。
『駄目だ駄目だバーディー! そんなんじゃ!』
『ダメですか?』
『そうだ。ダメだ。ペイトン! 手本を見せろ!』
『了解っす!』
最後尾側に近いペイトンも同じペースで走っている。
だが、全く余裕を見せるように、バックで走ったり爆転し続けてみたり。
そして。
「お前らやる気あんのか! 遅れてんぞ! 時間制限忘れんなよ!」
全くペースを落としてないペイトンは複数の候補者をごぼう抜きにしていった。
「いま俺に追い越された奴はゴールまでに追い越し返せ! それが出来ない場合は強制終了だ! 良いな!」
そんなペイトンの言葉にテッド少佐もジョンソンも大笑いしている。
『バーディー。これ位厳しくて良いんだ。現場で無駄な手間を必要とする奴がODSTだと俺たちが困るだろ?』
『はい。その通りです』
『だからな。ジョン! 何時ものように皮肉を言い続けろ。言葉責めだ』
『ホントですか? 俺は皮肉とか苦手なんですよ』
ジョンソンのおどけた言葉に無線の中で皆が大爆笑した。
約20分走った頃だ。足が明らかに重そうな候補生がズルズルと遅れ始めた。
『隊長! 半分位追い越しました。そろそろ』
『そうだな 速度を20%落とす』
ペイトンの言葉にジョギングの速度がガクッと落ちた。
振り返ったバードから見える範囲の候補者達は、顎をあげて苦しそうに走っているのが大半だ。もう碌に足が上がらなくて、精神力だけで走ってるような状態で、幾人かの候補者が完全に脱落して最後尾集団を形成している。五人か六人ほどのグループだ。
「ほーら、どうした。まだまだ先は長いぞ~ は~し~れっ! がんばれよ!」
だるそうな口調でジョンソンの言葉攻めが始まった。
チーム内無線に笑い声が混じる。
ジョンソンは最後尾グループに並んで名前を読む。
「ボーグルソン。所属はどこだ?」
「りっ 陸軍であります」
「そうか。優秀な兵士だったか?」
「はい! もちろんです」
「トレーニングしまくったんだろ?」
「はい! 最優秀大隊兵に選ばれました!」
息も絶え絶えに応えるボーグルソン軍曹。
その耳元でジョンソンはささやく。
「今すぐ陸軍へ帰った方が良いんじゃ無いのか? 優秀な兵士として肩で風を切って歩けるぞ? いや、君の挑戦は素晴らしいと思うし勇気あるし、称えるべき物だと理解はしているけどな。でも、これ位で音を上げる様な男にはODSTは務まらないと思うなぁ。俺の経験的には、最初の降下で死体袋へ一直線だな。大丈夫だ。ここで辞めても誰も君を蔑まない。勇気ある挑戦だったと讃えてくれるさ」
あまりにエグい言葉責めが続く。
ジョンソンの本領発揮と言うべき皮肉攻勢はまだ鳴りを潜めている。
「ライブリー曹長。君は何処から来た?」
「地上軍の海洋陸戦隊です!」
「そうか。下士官は兵卒に手本を示さなきゃならないよな?」
「はい!」
歯を食いしばってランについて行くライブリー曹長。
ジョンソンはその近くでささやく。
「だけどその君が最後尾グループと言うのは不味いんじゃないのか? きっと君の所属する小隊は君を手本に怠ける事に一生懸命なダメ小隊になってしまう。それは俺達も困る。だけど、今ならまだチャンスはある。今すぐ離脱して元の部隊へ戻れば良いんだ。名誉ある撤退さ」
次々と優しげな悪魔の言葉を投げかけるジョンソン。
それを聞いているペイトンが大笑いしている。
「コマロフ上等兵。君の能力を疑ってる訳じゃ無い。勘違いしないで欲しい。ただ、先頭集団はあんなに元気なのに君は随分と遅れている。まさかODSTに志願する人間がズルなんてする筈無いし、そんな人間はこの六ヶ月の間に随分辞めたはずだ。でもおかしいと思わないか?選ばれた人間だけが残ってるはずなのに、君は随分遅れている」
ジョンソンが走っている位置は、テッド少佐からかなり遅れ始めている。
先頭からの距離を計算したら、制限時間いっぱいの位置だった。
「例えばこうしよう。シリウスの基地に爆薬を仕掛けてこれから全部吹っ飛ばす。奴らの正規軍もテロリストもレプリも、全部木っ端微塵だ。そして、ランの終点では降下艇が諸君らの到着を待っている」
「はい!」
「制限時間までに出発しないと巻き添えで墜落炎上だ。同じ仲間が乗っている降下艇が待ってるんだぞ? 急がないと遅れてしまう」
「はっ はい!」
「君が遅れたら仲間は全滅だ。そんな足手まといはODSTには必要ないし、死体の回収でパラレスキューの手間や危険を増やす事になる」
めんどくさそうな口調で発破を掛けているジョンソン。
だけど、そのリアルな言葉に候補生が苦しげな呻きを上げつつも走る速度を上げつつあった。
「いいか? 俺に肩を叩かれたらその時点でタイムアップだ。全員聞こえたな? 距離から逆算したら、俺が走ってる場所でぴったり制限時間だ。つまり、仲間のためには脱落した方が良いって場所だ」
ジョンソンの口から死刑宣告にも等しい言葉が漏れた。砂に足を取られてちっとも前に進まない候補者達だが、脱落したくない一心で速度を回復する。
「あれ? もしかすると、まだ走れるのに手を抜いてたか? いい根性してんな」
ジョンソンがほんの少しだけ速度を上げた。
「苦しい奴は立ち止まっていいぞ! 俺が楽にしてやる。多くの仲間が巻き込まれて死なないようにな。大丈夫だ。戦死扱いで家族には恩給が交付される。家族は困らないから」
なんだかえらく物騒な事をジョンソンが言い始めた。
『なんか過酷ね。サバイバルレースみたい』
『これくらいでヘバッてちゃ実戦はつとまんねーさ!』
アハハと笑うジョンソン。言われてみればその通りだとバードは思う。
走っている演習場の道のりの先に急な斜面が見えた。
バード達はまだまだ電源が残ってるし全然平気だけど、生身だと……
『隊長 あそこ登るんですか?』
『そうだ 察しが良いな』
『登れますかね?』
『登らせるんだよ それだけだ』
そんな調子で淡々と走り続けた候補者達。当然のように、登り坂に掛かれば速度はガクッと落ちる。そして、坂の左右には鬼の形相をしたインストラクターたちが揃っている。
――――あぁ、なるほど
バードは心の中で独りごちた。
坂を登り切れない落伍者は左右に引っ張り出して坂道を転げ落ちさせる手はずだ。
ODSTの候補生訓練とはこれほどまでに激しいのかと驚くバード。
限界までシゴキあげて、そしてその限界を突破させるトレーニングだ。
テッド少佐は軽やかなステップで坂道を駆け上がっていく。
その後ろには、もう息も絶え絶えな候補者が四つんばいに近い状態で上がっている。
足の止まった者がガクッと膝を付いた。
その候補者をインストラクターが予想通り引きずり出して、坂の下へ転げ落ちさせた。足が止まって蹲ったら心臓まで止まってしまう事がある。ちょっと手荒な心臓マッサージみたいなものだ。
「どうした! もう少し!」
バードに促され、もう一度顔を上げて坂道を登り始める候補者達。
ズルズルと登りきって、隊長が手荒な祝福をしている。
隊のおよそ半分が坂道を転げ落ちていき、もう一度登り始めていた。
そのど真ん中をバードは涼しい顔をして坂道を駆け上がった。
軽やかなステップを刻み、まるで風に乗って飛ぶ枯れ葉のように。
「もう少し! 早く!早く!早く! 止まったら撃たれる! 足を止めない!」
ややオーバーアクションに手招きして新兵に発破を掛け続けるバード。
そんなバードの姿を頼もしそうにテッド少佐が見ている。
幾人かが坂の麓で全く動かなくなって、伸びているようだ。
寝転がっている候補者達に水筒の水を掛けているペイトン。
ビックリして痙攣するように動き出し、そしてまた坂道を登り始める。
坂の上に上がった候補者達は、膝に手を付いてギリギリ踏みとどまっていた。
テッド少佐は銃を構えながらその間をウロウロと歩き回り怒鳴っていた。
「許可無く座った者。荷物を下ろした者。寝転がった者は下までもう一往復だ!」
確かに厳しい状態なのだろうけど、全ては本人が戦場で死なない為のトレーニング。
恨めしそうな視線が刺さるようだけど、射殺した者の最後の眼差しに比べれば……
『バーディー。涼しい顔をしていろよ』
テッド少佐が無線の中で指示を出した。
余裕風を吹かせる事も士官に必要な事だ。
そして、軍隊と言うシステムを維持する為に必要な事でもある。
その通りにしていた方が良さそうだとバードは思った。
やがて全員が坂の上へ上がりきった。
脱落者が出るかと思ったけど、何とか達成しきったようだった。
不思議と達成感を感じ嬉しくなっている自分に気が付く。
「全員揃ったか!」
隊長がグループを見回した。員数を数えたら全員揃っていた。
員数を数えたバードは報告を上げた。
『隊長。全部居ますね。問題無さそうです』
『どうやらそのようだな。ご苦労だった』
テッド隊長は労いの言葉を掛ける。
まだそれほど疲れてないのだが。
『下士官も全部いますぜ。最初の洗礼終了っすね』
ペイトンも確認しているようだ。
無線で会話しながら最終確認。
「……しかし、なんだな。今回の候補者達はダメだ。やる気が無いし、根性も無い。タイムは35分の筈だが、今見たら48分掛かっている。18分オーバーだ。これが作戦行動中ならとんでもない事になる。最終爆破が18分ずれ込んで敵に爆薬を解体されているかもしれない。一年掛けて綿密に積み重ねてきた作戦行動が全部パーかもしれない。その途中で死んだ仲間は犬死だな。無駄な死だ。お前らが遅いせいで意味の無い死に落ちぶれた」
新兵達の表情が一斉に引きつった。
「全員装備を置いて地面に手を付け。腕立て伏せ100回! 始め!」
テッド少佐の冷たい声が突き刺さるようだ。
皆がウンザリとした表情でげんなりする中、一斉に腕立て伏せが始まった。
その様子をテッド少佐が見て歩く。
「ピッチアーノ二等軍曹。なんだそれは? 背中が曲がってるぞ! どうした! やれと言われた事はやるんだ! 腕立てと言われたらやるんだ! 手を抜こうなんて思うな! わかったか!」
しっかり走ってきた候補者達は、重量のあるアーマースーツを着たまま腕立て伏せを続けている。ただでさえ苦しい腕立て伏せだが、この仕打ちは地獄の苦しみだ。
「それとな、俺たちは背中側も見える。俺が背中を見せている時でもお前を見ているぞ。お前がサボっている時も手を抜いてる時も全部お見通しだ!」
絶望を感じ心が折れそうになる言葉を次々と浴びせかけるテッド隊長。
同じようにジョンソンもペイトンも発破を掛けて歩いている。
その姿をよく見たバードは、三人ともしっかり候補者を観察しているのが解った。
つまり……『あぁ、そうか』と気が付くバード。
「どうしたのゲインズ曹長。まだ七十回しかやってないじゃない。しっかりやりなさい。痛みに負けて足を止めたら前線で撃たれて死ぬのよ。痛みと上手く付き合うの。わかる? さっさと慣れた方が良いわね。実際の作戦行動に比べれば、これ位たいした事じゃないのよ? 出来るか出来ないかじゃなく、やるの。 辛いからって止めない!」
面々が必死になって腕立てを続ける中、バードも発破を掛けて歩いている。
テッド少佐はその姿に目を細めながら、候補者達の間を歩きながら怒鳴り続けた。
「これまでの予備訓練なんてお遊びみたいなもんだ。これから始まるデビルゲートに比べればピクニックだ。だが、たった一時間諸君らを見てきたが、どれも完璧とはほど遠い! なんてザマだ! どいつもこいつも、ひ弱で! 惨めで! 根性が無い! ここまで生き残ったって無駄な自信で! 初めから負け犬だ! 実戦ではそんな奴から死んでいく! 俺の経験上、出来ません!なんて弱音を吐く奴は、最初の降下で殆ど全てが死ぬ! 死んで死体袋に入ってからもパラレスキューの手を煩わせ、降下艇の余計な重りだ。無駄なんだよ無駄! やる気の無い奴は今すぐリタイアしろ!」
続々と腕立て伏せ100回を終えた者が立ち上がり始めた。
「次は後方の鉄棒だ! 懸垂100回! 始め!」
僅か25本しか無い鉄棒を争うようにして奪い合った候補者が懸垂を始めた。
だが、まだ腕立て100回のノルマを終えてない者がいる。
「懸垂組が全部終わる前に合流できないときはリタイアだ。良いな?」
ジョンソンの言葉が冷たくなってきた。
まだ腕立てを終えてない候補者達の背筋に、一瞬ゾクリと悪寒が走る。
「仲間達の行動に付いていけない奴は足手まといだ。居るだけ邪魔なんだよ」
そんなシーンを遠目に眺めていたバード。
そんな姿を見つけたペイトンは、この場の趣旨を小声で説明している。
「あの候補者達は今やっと俺たちが本気だって気が付いたはずだ。全く休ませる気が無いってな。しかも、頑張らせて生き残らせようなんて気も無い。本物のサバイバルだって嫌でも思うだろうさ。だけどな、やり過ぎに注意だ。出来なきゃ出来ないで良いんだ。ただ、最初から逃げる奴はダメだ。限界まで力を出し切って頑張っているなら、そこは甘めに見ても良い。手を抜いてる奴はすぐに分かるだろ?」
精一杯の余裕風を吹かせて表情を変えないように努力したバード。
だけど、内心では驚くやら戸惑うやらで大変だった。
「とんでもない苛酷さね」
「俺たちの作戦行動じゃ、今まで弱音を吐くなんて無かったろ?」
「そういえばそうだ。そう言うモンだと思ってた」
「そう育ててやるのさ。俺たちが」
チラリとペイトンを見て頷くバード。ペイトンはニヤリと楽しそうに笑う。
傍目に見ている候補者達は、二人が更なる地獄の責め苦を思いついたと思うだろう。
『ペイトン。バーディー。監督を交代だ』
『了解!』
テッド少佐がスッと懸垂の現場を離れ、そこへバードがペイトンと並ぶ。
「シェング軍曹? 何その懸垂 もしかして遊んでない? 全然身体が浮いてないじゃない やる気有るの?」
その隣にヒョイとぶら下がったバードは、片手で懸垂した。
身体を持ち上げた状態で油圧シリンダーをロック。
微動だにせず鉄棒からぶら下がっている。
「ほら、早くしなさい!」
バードは空いているほうの手でシェング軍曹の荷物を持ち上げた。
「あなたが崖から落ちないようにロープを持っていてあげるから。死にたくなければ早く上がりなさい! 作戦行動に遅れが出たら別の前線で死人が出るでしょ? もたもたしない!」
全く表情を変えずぶら下がっているバード。
その姿に候補者達の間からさざ波のような響めきがわき起こる。
おそらく初めて見た戦闘用サイボーグの実力なのだろう。
こんな連中と一緒に作戦行動するのかと驚く。
それと同時に、トレーニングの意味を垣間見る。
歯を食いしばって懸垂を続ける軍曹だが、バードは遠慮なく言葉を浴びせ続ける。
「あなたのせいで作戦行動が三分ほど遅れてる。三分有れば一個連隊くらい全滅させられる事もある。あなたがモタモタしてるから、前線の友軍兵士が続々と死体袋に入ってる! 家に帰れば家族が待ってるはずの兵士なのよ。その全てを守るためのODSTが遅れを出してどうする!」
ガンガンと煽り続けながらバードはジッと見ている。
シェングの筋肉が痙攣を始めて、それでも尚やり続けんと鉄棒にぶら下がっている。
バードはついに荷物ごと軍曹を持ち上げ、顎を鉄棒の上に出した。
「そのまま30秒!」
一時的な血流量の増加から筋肉がパンパンに膨らみ始める。
その状態で痙攣しながらも軍曹は耐えている。
周りの候補生はその姿に驚きを隠せない。
「崖下の部下がロープを伝って上がってくる。クレバスに落ちた仲間が上がってくる。ギャップに落ちて両足を砕いた仲間が両腕だけで上がってくる。その為のロープを支える役は仲間から信頼される事が大事なのに、ちょっと苦しいからって手を離すような無様な人間に誰が命を預けると思う? 仲間からあいつなら大丈夫だと信頼されないと戦場では生き残れない」
血管が浮き上がるほどに力んで耐える軍曹をバードはジッと見ていた。
「4! 3! 2! 1! はい! 終わり! 降りてよし!」
ドサリと鉄棒から落ちて蹲るシェング軍曹。
だが、ドンと地響きを立てて着地したバードは尚も休ませない。
「腕はダメでも腹筋は平気よね? 懸垂が足りない分を腹筋! 今すぐ!」
すっかり鬼教官モードなシーンを遠目に見ているテッド少佐。
そこへインストラクターがやって来た。
「ご苦労様です」
何事かを話し込むテッド少佐をチラリと眺めてからペイトンを見たバード。
ペイトンは薄笑いを浮かべてから顎をしゃくって候補生を煽れと指示を出した。
少佐の話には首を突っ込む必要が無さそうなので、バードは候補生の懸垂を監督しつつおよそ100人のメンバー全員の名前をチェックしながら発破を掛け続ける。
――――あれ?
何となく違和感を感じた候補生が必死になって懸垂を続けている。
Tシャツの胸にはシンプソンの文字。
「シンプソン上等兵! どうした! まだ懸垂は終わってない!」
同じ様に発破を掛けて様子を伺うバード。
しかし、シンプソンはバードと目を合わせようとはしない。
普通、インストラクターに声を掛けられると、生理反応的にそっちを見てしまうが。
――――おかしい……
ふと。バードはAチームのロイの話を思い出した。
ブレードランナーのセンサーを潜り抜けるレプリが居る。
まさか!と思いつつ、個人識別マーカーを立ち上げた。
その瞬間。バードの視界には――
[CAUTION! UnKNOWN!]
――と、大きな表示が浮き上がった。




