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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第5話 国連宇宙軍を10倍楽しむ方法
36/358

唐突に地球へ / 設定の話07

 ―――――月面 キャンプアームストロング Bチーム控え室(ガンルーム)

       地球標準時間 2月11日 0900





 この基地へ着任してから100日目を数えた朝。

 毎日午前6時に起床し、朝食後のミーティングへ出席するのがバードの日課だ。

 配属から三ヶ月が経過し、最近では海兵隊の水にも慣れてきた様に実感している。

 何より、軌道降下強襲隊(ODST)として30回の降下を経験した事が大きい。


 年齢相応に身だしなみを整えやって来たガンルームは、ドレスコードのある士官室(ウォードルーム)と違い気楽な格好が出来る場所だ。オーバーオールの事業服姿で出席したバードだが、そのドアを開けて室内へ一歩踏み入れた途端、バードは短く『あっ!』と呟いて足を止めた。心の中に警戒のアラームが鳴り響き、顔には怪訝な表情が浮かぶ。

 

 バードの視線の先にはキャンプアームストロングのフレディ司令が立っていた。

 すぐ傍らにはマーキュリー少将とハミルトン大佐が立っていて、申し合わせたように三人とも凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 ――――朝からなんだろう……


 こんな時はあまり良い予感がしない。

 だいたいが、面倒な場所かヤバイ場所へ降下しろと言う直接指令だ。

 そしてそれはまだ30回しか経験していない作戦経験に照らし合わせて、あまり外れが無いのだ。


「おはようございます。ダッド」


 努めて明るく挨拶をしたバード。

 だが、その怪訝な表情にフレディだけで無くエディもブルもニヤニヤと笑う。


「おはようバード。そんなに警戒しなくて良い」


 フレディ司令がゆっくりと腕を組んでバードを見下ろす。

 その脇に立っているエディは『お前が言え』とブルの脇を肘で突いた。


「いきなりだが今夜からフロリダへ降下しろ」

「フロリダ……アメリカのですか?」

「そう。他にどこがある?」


 いつものブルとは違って、どこか穏やかな口調にも思える。

 だが、それに気を許すとエライ目に遭うのは折り込み済みだ。


 ――――フロリダ? アメリカのフロリダ? なんかあったの?


 一瞬でいろんな事を考えるバード。

 何処かの施設とかアトラクションがテロの対象になったとか。

 或いは、占領されてて解放戦を行うとか。

 骨が折れるハードなミッションで出動だろうか。

 バードの表情に隠しようのない怪訝な色が浮かぶ。


「バードはすぐに表情に出るな」


 冷やかす様なブルの言葉が突き刺さる。

 だけど、それを聞いていたエディはすかさずフォローを入れる。


「あぁそうだ。だけどそれもバードの良い所だ」


 アハハと笑いながら顔を見合わせたエディとブル。

 ひとしきり笑う二人が収まるのを待ってから、フレディ司令はゆっくりと喋り始める。


「フロリダでドンパチしてこいって事じゃ無い。その逆だ」

「逆? 休暇には…… 早いと思います……が?」


 フレディ司令がニヤリと笑う。

 隣に立っていたブルが口を開く。


「今、フロリダの訓練センターで0DSTの第125回選抜訓練(クラス125)が行われているんだが」


 ――――えっと……


 バードは必死で思い出す。士官に『知りません』は許されない。

 教育課程の記憶を掘り起こし続け、『あぁ!』と思い出す。


「……ODST隊員の補充の為の選抜訓練でしたっけ?」

「そう。地球中から志願してくる。今回の補充はアメリカ会場で十五名未満だ」

「それって……私も訓練に参加ですか?」

「確かに訓練だが……」


 ブルが楽しそうに笑った。

 だけど、その笑みは何処か凶悪でも有り、バードは思わず身震いする。


「もう一回やりたいか?」

「……あれはもう良いです。夢でも見たくないです」


 士官学校の一年生(プリーブ)も辛かったが、ODSTトレーニングは輪を掛けて辛かった。

 都合三日間の初日はシミュから切断した後で、あまりの辛さに震え続け、二日目の夜は自室で毛布を被ったまま震えながら泣き続けた。三日目にはやっと終ったと言う安堵から、違う意味で動けなかったほどだった。


「だろ?」


 アッハッハと豪快に笑うブル。

 エディとテッドも笑っている。


「バード達はその教官役として参加しろって事だ。兵卒や下士官だけで無く士官も参加する。だからお前のような存在が必要なんだ。知っていると思うが訓練はトータル一年行われる。七ヶ月目の一ヶ月間といえば?」

「デビルゲートですね」

「その通り。楽しかったろ?」


 バードは残像が出るほど素早く首を横に振った。

 まるでリスのような仕草に、再び皆が大笑いする。


「最初の六ヶ月でODST隊員として体力に問題ない事が実証される。だが、生身とサイボーグは違う。奴らは三交代だが俺たちは最前線で動き続ける。それに一ヶ月間帯同し、付いてこれるかどうかテストするんだ。人員補給が出来ない環境下でも戦闘を続ける為の訓練だ。ここまではだいた100人前後が生き残るが、デビルゲートを潜れるのは、過去のケースだと20パーセント未満だ」


 エディの説明を興味深そうに聞いていたバード。

 ストレス解消と言われた意味を少し理解した。


「ドリーにジャクソンにダニーが三年勤務休暇で一ヶ月居なくなるし、ライアンとスミスはセンターでオーバーホールだ。ロックとリーナーは競技会の審判役で出張。ビルは情報局で研修。つまり残り四人が手持ち無沙汰だろうから遊んで来いって事さ。事実上の休暇だ。いつものように作戦行動すれば良いだけなんだから楽なもんだろ」


 あっはっは!と豪快に笑いながらフレディ司令は部屋を出ていった。

 ちょっとだけ嫌な性格だとバードは思った。

 だけど、様々に色眼鏡で見られるサイボーグが教官として生身をしごき上げると言う選抜訓練なのだから、フレディ司令も含めてサイボーグには言葉に出来ないコンプレックスの解消先とも言える部分だった。


「まぁ、志願者も現役の海兵隊員や地上軍宇宙軍の特殊部隊出身が多いから、それなりには鍛えてあるだろうけど、逆に言えば少々鍛えた所で所詮は生身の連中だ。我々には遊びみたいなレベルでも命に関わる事がある。だから徹底的にシゴキあげて、付いてこれない奴には脱落を促す。本人は悔しいだろうが、それは全部当人達の為だ」


 レッドブルもとんでもない事を言って笑っている。


 ――――なんだろう……

 ――――今日は基地の上層部にどす黒いオーラが出てる……


 内心ドン引きなバードだが、その表情には出ていないよう気を使った。

 思えばこの三ヶ月で、随分と世間慣れしたもんだと自分自身が思っているのだが。


「デスクの上に指令書がある。テッドの下にサインを入れろ」


 ペンを渡されたのでバードはサラサラとサインを書き込む。Birdと筆記体で書くのにもだいぶ慣れてきた。そのサインのしたにはペイトンとジョンソンがサインを書き込む。この四人で行くのかとバードは気がつく。


「水着持ってけよバード!」

「そうだ。フロリダの海は良いぞ!」


 センターでオーバーホールを受ける予定のライアンとスミスが笑っている。


「俺も行きてぇなぁ 競技会とか言っても場所が砂漠のど真ん中だぜ」

「良いじゃねーか。俺なんかクソ暑い南米の体育館だぜ」


 ボソリとこぼしたリーナーへロックがブツブツ言っている。

 そんなタイミングでガンルームへ入って来たビル。

 海兵隊の制服ではなく背広を着込んでビシッと決めている。

 彼は部屋に現れるなり口を開く。まるで会話を見通していたかのように。


「真夏の東京じゃ無いだけマシだろ?なんせあそこはジャングル並に湿度が高い」

「今日は精神科医のドクタービルだな」


 アロハシャツにパナマ帽のドリーが茶化した。

 既に気分は休暇モードだ。


「あぁ。俺も昼前の民間機で地上へ降下するよ。たまにはビジネスクラスで優雅にな」


 いつもなら喧嘩装備をガッチリ決めて、大気圏突入艇で軍事降下する面々だ。

 コーヒーを飲みながら地上へ降下なんて滅多に体験出来るもんじゃ無い。


「そういう優雅な降下ってやってみたいなぁ」


 ボソリとつぶやいたバード。

 テッド隊長がニヤニヤと笑いながら言葉を返した。


「バードも今回は優雅な降下だぞ? なんせ対空砲火を撃たれる心配が無い」

「隊長の言うとおりだ。ギャラリーの熱い視線を集めて気楽な降下だ」


 ペイトンもなんだか言いたい事を言っている。

 一緒に行く筈のジョンソンはバードを指差しながら言う。


「だいたい、民間機で降りると金掛かるぜ。降下艇ならタダだからな」


 その言葉にガンルームが笑いに包まれた。

 彼らの給与はちょっとした自家用高級車を現金でポンと買える位の金額なのだ。

 遊びらしい遊びをする訳でもなく、また、まとまって使う時はMVPに()()()()まっ()()皆に一杯おごる時位しかない。

 正直、現状のバードでは使い道に困るレベルだ。


「ところで、私達が居ない間に出動が掛かった場合はどうするんですか?」


 バードの疑問にはエディが答えた。

 作戦司令であるエディの管轄下と言う事なんだろう。


「もうすぐセレスからAチームが帰って来る。Bチームが一ヶ月ほど機能を停止している間はAチームがフォローに回る。Bチームは基本的に内太陽系専門で月面常駐だからな。まぁでも、いきなり何らかの事情で戦地へ行くかも知れないから、とりあえず準備しとけ。と言っても、まずはフロリダだけどな」

「準備って何するんですか?」

「バーディの場合はまだ準備も何も無いか。まぁ、貯まってる給料の捨て先位は」


 そんな話をしたら、部屋の中に居た男達が一斉に笑いながら俺だ俺だと指を指す。


「無駄にならないように考えとけよ。ゴミ箱に捨てる事にはならないようにな」


 ハッハッハ!と気楽に笑いながらエディが部屋を出て行った。

 無駄ってなに? ゴミ箱に捨てるって? 

 バードの頭に見えない【?】マークが幾つも浮かぶのだが。


「バード! Aチームを迎えてやろうぜ!」


 ジャクソンとロックが手招きしている。

 面白そうだ!とついて行くバード。


「何処へ来るんだろう?」

「アームストロング港の軍用ポートに入るはずだ」

「じゃぁ昼飯はポートのレストランへ行くか」


 三人揃って部屋を出ようとしたらビルが声を掛けてきた。


「ちゃんと着替えていけよ! そんな格好じゃ物好きに襲われるぞ?」


 笑いながら指をさされてバードは気が付く。

 二十歳の女の子が街を歩くにはあまりに無防備だ。そして、色気が無い。

 ガンルーム辺りなら気楽な格好も出来るのだけど、一般の目に触れる所だ。


「ちゃんと士官服で行かないと拙いな」

「あとでブルに呼び出されてお説教だぜ」


 ちょっと小声で話をしていたはずなのだが、書類を整理していたブルが顔を上げた。


「なんか言ったか?」

「いえ、何でもありません!」


 ちょっとおどけたジャクソンの声にガンルームの中がどっと笑う穏やかな朝。

 溶け込んできたなと、バード自身が感じていた。






 ――――アームストロング宇宙港 軍用ポートエリア

    地球標準時間 午前11時



 いったん部屋に戻って、クリーニングしてあった士官服に袖を通したバード。

 作戦終了後の反省会(デブリーフィング)くらいしか着る事も無いので袋を被せられてハンガーにぶら下がったままだった。


 おとなしいが、それでも丁寧にメイクして髪をまとめ制帽を被る。

 どこから見ても立派な海兵隊士官の出来上がりだ。

 Bチームのオフィスで少しばかりの事務仕事をこなした後、軍用ポート近くのレストランエリアへと足を伸ばす。


「何処へ行って食べる?」


 久しぶりに出てきた宇宙港のイートゾーンには、様々なジャンルの店が並んでいた。軍用エリアと民間エリアの境目にあるこのエリアは、間仕切りの役目を兼ねているのだった。


宇宙(そら)が見える店に行こうぜ」

「そうだな。俺もしばらく地上暮らしだから」


 ジャクソンの提案にロックが同意すると、ジャクソンは近くの店を指さした。

 一番宇宙に近い場所にあるダイナー『スターダスト』は彼のお気に入りだ。

 基本的に普段は基地内のメスホールで食事をするのだけど……

 ジャクソンはいつここへ来てるんだろう?とバードは思う。

 だけど、そんな思惑を余所にロックはジャクソンと店へ吸い込まれていった。

「ちょっと待ってよ!」とバードも後に続くのだが。


「ここの一押しはクラムチャウダーだ。なんせサンディエゴ直送だからな」

「へー 知らなかった。ジャクソンのグルメっぷりも磨きが掛かってきたな」


 なんとなく気の置けない会話をしつつ席に陣取って外を見る。

 分厚い装甲ガラスの向こうには宇宙が広がっている。

 正確に言うと、装甲ガラスに挟まれたシート液晶に宇宙が投影されているのだが。


 実際の屋根部分は厚さ五メートルのコンクリートと30センチを超える鋼鉄の板が幾つも重なった装甲に覆われている。隕石が直接やって来ても直径3メートル程度なら直撃に耐えられる構造なんだとか。

 高精細液晶に映る星の光りが本当に美しい。バードはそれをジッと眺めていた。


「俺達なら外で直接見られるんだけどな」

「じゃぁ外で食事する?」

「無理だ無理!」


 ジャクソンのジョークに真顔で返事をするバード。

 そんな妙な会話をしているうちに料理が運ばれてきた。

 ハーブを塗ったホワイトミートとグレービーソースのかかったマッシュポテト。

 焼きたてのパンにオレンジジュース。桃と杏のカットが添えられている。

 そして、自慢のクラムチャウダー。


 湯気の立つ食事と言うのは、それだけでひとつのご馳走なんだとバードは思う。

 戦闘中に飲み込むエナジードリンクを不味いと思った事は無い。

 だけど、あれは食事じゃ無い。


 こうやってお皿に盛り付けられた物を食べてこそ食事。

 サイボーグにとってはあまり関係ないといえば関係ないのだが、人間の精神衛生的にはこうでないとよろしくない。


「生身の連中だとこれじゃ足りないだろうな」

「だろうな。このプレートだと多分三枚は喰うぞ。あいつらなら」


 ロックもジャクソンも言いたい事を言いながら食べ始める。

 サイボーグならリアクターの容量が決まっているから。

 物理的にそれを越えて食べる事は出来ない。


「あ! 美味しい!」


 一口飲んだクラムチャウダーの味にバードはちょっと感動する。

 

「喜んでもらえるならひと安心だな」


 店を選んだ手前、バードの好評にジャクソンが相好を崩す。

 取り留めの無い会話をしながらみんなで食べる楽しい食事。

 だけど、バードにとっては長らく経験していなかった事だから、ポートのレストランでも基地のメスホールでも、それは大事な時間。

 家族でも友人でもない『仲間』とのひと時が、今のバードの宝物だった。


「お! 本当に美味いな!」


 ズルズルと音を立ててスープを啜ったロック。

 それをバードが窘めた。


「それ、行儀悪いよ」

「そうだな」


 ヘラヘラと笑うロック。

 ジャクソンがゲスい笑みを浮かべて囁く。


「ロックは尻に敷かれるタイプだな」

「男なんか大体みんなそうだろ?」


 ロックまでゲスい笑いを浮かべた。

 

「なぁバード 実際んところさぁ チームん中じゃ誰よ?」


 軽い調子でジャクソンが探りを入れた。

 心へ直接打ち込まれるボディブローに、バードが慌てふためく。


「べべべべべべつつつににににに……」

「おいおい。エラー出てんぞ」


 ロックが突っ込みつつ笑った。

 ジャクソンも笑っていた。


「バードは地上にいる時さ。ダーリンとか居なかったのか?」


 単刀直入な直球ストレートが来た!

 だけど、バードはどう返答して良いか困った。

 身の上話は御法度だったと思うんだが。


「ジャクソンはどうなの? 良い人居なかったの?」

「おれか? 俺の場合はさぁ……」


 ウーンと考えてから周りを見回して、聞き耳立てられて無いのを確認して。


「俺さ、サイボーグになったのはテロだったんだよ。んで、救急救命に運び込まれて打つ手なしで」

「テロ? シリウスの?」

「うん。乗ってた飛行機が落っこちてさ。空港着陸に失敗して爆発炎上」


 ロックもバードも黙って話を聞いていた。


「んで、実は一緒に女房も乗ってたんだけど即死でさ。俺だけ生き残っちゃった」

「……お嫁さん居たんだ」

「もっと言うと、女房と一歳の息子が一緒に乗っててさ。両方ダメだった」


 ジャクソンがなんとも微妙な笑いを浮かべている。

 だけど、ロックとバードは深刻な顔をしていた。


「おいおい。そんな顔をすんなよ。とっくに吹っ切れてるさ。ただ、ほんのちょっと」


 オレンジジュースを一口のんで、言葉を切って。

 その仕草にバードはジャクソンの胸中を慮る。

 吹っ切れたと言っても悔しくないなんて事は無いだろう。


「爆弾テロだったんだ。だから、テロリストの連中は1人残らず皆殺しって決めただけさ。最後の一人まで絶対許さないってな」


 ヘラヘラと笑っているが、それはつまり決意の裏返しであるとバードは感じた。


「その話初めて聞いたな」

「そりゃそうさ。女の子(バード)のデリケートな話を聞くんだ。ウソは良くねぇ」

「だな」

「そう言うロックはどうなんだよ?」

「おれ?」

「そう」

「俺はさぁ……」


 ロックは食事の手を止めて頭をボリボリとかいた。


「ジャクソンに比べると恥ずかしいけど」

「気にすんなそんなの」

「道場で稽古中に投げられてさ。受身を取れなくて4年くらい半身不随だった」

「ははーん。アレか。頚椎か」

「そう。首から下が自分の意思で動かせなくて」

「で、志願?」


 ロックの顔から笑みが消えた。

 真面目な顔をした時のロックは格好良いとバードは思った。

 やはり東洋人系の方が安心するんだと気が付くのだけど。


「いや、一般サイボーグになるつもりで検査受けたら適応率がバッケンレコードで」

「バッケンレコード?」


 思わずバードは聞き返した。

 適応率のバッケンレコードと聞いて、俄然興味がわいた。


「そう。俺は東京の高度機械化人体協会の厚生病院に入院してたんだけど、そこで計ったら適応率が最低でも92パーセントだって話でさ。防衛省経由で話が宇宙軍へ行ったらしい。なんか気が付いたら話がとんとん拍子で進んでて、否応無く」

「それでスカウトされたの?」

「あぁ。後になって精密計測したら適応率96パー近くあって、どうあってもBチームへ来いってエディが強引に横槍を入れたんだって聞いたよ。ほんとは地上軍に行くはずだったんだけどな」


 自分と同じだとバードは思った。

 本人の預かり知らぬうちに話が進んでいて、拒否できなかったのだろうと思った。

 そんな事を考えながらロックの横顔を見つめたバード。

 なんだか急に親近感が増したように思った。


「で、バードは?」


 ジャクソンが急に話を振ってきた。


「私は……実は進行性の遺伝子疾患で、生きながら身体が石になってく病で」

「そっちじゃネーよ!」


 ジャクソンが笑う。

 ロックも笑った。


「え? ちがうの? 身の上話じゃ無いの?」

「それも聞きたいけど、今はどっちかって言うと」

「そうそう。バードの好みを聞いておかねーと」

「なんで?」


 ロックやジャクソンの真剣なそぶりにバードは疑問を感じる。

 

「男が格好良く死ぬには女が必要だ。泣いてくれる女が居ないと男は死ねねぇ」

「……チームの誰が死んでも、きっと私泣きだすよ。涙は出ないけど」

「え? まじか?」

「だって、私、みんな好きだもん。凄く良いチームだと思う」

「そーかそーか。そいつは良かった」


 ロックが何処かホッとしたような表情を浮かべた。

 そんな姿を見たとき、バードの心に悪戯心が芽生える。


「でもさぁ。強いて言うなら隊長かなぁ~ 頼れるお父さん的に」


 ニコッと笑ったバード。

 ジャクソンはロックと顔を見合わせた後『かなわねぇなぁ』とでも言いたげに苦笑いを浮かべてバードを見た。


オヤジ(隊長)じゃぁ…… しゃーねーな」

「だな。勝てそうにねぇ」

「え? そこは悔しがる所じゃないの?」


 ――――あれ?

 ――――言葉間違えたかな? 


 ふと、バードはイタズラが滑ったと思う。

 だが、ジャクソンもロックも何処か嬉しそうに語り続けている。


「なに言ってんだ。俺はオヤジ(隊長)に惚れてんだ。ホモって訳じゃねぇぜ」

「俺もだ。あの人には侠気(おとこぎ)ってもんがある。あんな格好いい男を俺は二人と知らねぇ」


 うんうんと頷き合うジャクソンとロック。

 その姿にバードは笑顔になる。


「そっか。また一つ。Bチームが好きになった」

「そりゃ良かった」


 ジャクソンが笑った。


「ところで、あれ」


 ロックが宇宙(そら)ではなく店の外を指差す。

 半オープン構造のダイナーだから、店の外が丸見えだ。


「あそこに見えるのディージョ隊長じゃ無いか?」

「あぁ、そうだな。いつの間にか上陸してたんだな」


 ロックの指差した先を凝視するバード。

 向かいの通路になんとも賑やかな集団が歩いていた。

 先頭を歩く男性は耳にも鼻にもピアスてんこ盛りの南米系。

 人物識別チェッカーには[DELGADILLO]と表示が浮かんでいる。


「デルガ…………ディルロ?」

「違う違う。スペイン語綴りだから。デルガディジョ」

「まぁ、大体ディージョと呼んでる。南米系だよ」

「デルガディージョ?」

「そう。Aチームの隊長だ。俺達はブラックバーンズ。Bが二つ」

「あっちはアグリーエンジェルズ。Aが二つだ」

「怒れる……天使?」

「Aチームは強烈だからな。イカレてるのが揃ってる」

「天使って言うより良くて堕天使、実際は悪魔だな」


 ロックとジャクソンが説明しているのだけど、バードあまり聞いていない。

 ディージョ隊長の後ろを歩くAチームのメンバーに釘付けになっている。

 Bチームと違って、Aチームは様々な人種が見えた。


 南米系の隊長を先等に、真っ黒なアフリカ系や茶色がかった中東系。

 真っ白い肌と金髪の北欧系。バードやロックと同じ極東系も見える。

 一人二人と数えて行って、全部で36人の大所帯だ。

 たった12人しかいない少数精鋭のBチームとは大きく異なる構成だ。


 ジャクソンとロックが手を振ったら、向こうが気が付いたようだ。

 帽子を取ってラテンな感じで挨拶が帰って来た。


「あそこの背が高い男が見えるか?」

「うん。見える」

「あいつがAチームのブレードランナー。ロイだ」

「ふーん……」


 ロイがバードを見ている。多分向こうも個人識別マーカーを持ってるはず。

 バードの視界にはロイに重なるように緑のマークが出ている。

 同じブレードランナーを示す[#]マークだ。不意にロイが手を上げて振り始めた。

 その後で投げキッスなんが送っている。


「おい! バード! 応えてやれよ!」


 ロックは肘でバードを突付いた。それに促されバードは手を振る。

 ぎこちない笑みを浮かべるバードに、ロイの後ろに居た黒人女性が冷やかしている。

 だが、やや間が空いてロイと黒人女性が何かを話しててから、ロックやジャクソンやバードをジッと見ている。


「彼女はAチームの新しいスナイパーじゃないか?」

「そうらしいな。向こうから合成開口レーダー照射してやがる」


 ジャクソンとロックが訝しがっている。

 だが、そんなふたりの反応を他所に、黒人の女性は急に走り出した。

 恐ろしく細身な姿の彼女は仲間達を追い越し、バード達の所へ満面の笑みを浮かべて走って来る。その姿を見るバードの視界に文字が浮かぶ。

 だけどバードはその文字を読む前に椅子を蹴って、店の外へと走り出していた。


「バーディー!」

「ホーリー!」

「うそ! 信じられない! 本物? ねぇ! 本物なの??」

「本物よ! 本物に決まってるじゃない! ほら!」


 バードはホーリーの手を取って、自分の顔に触らせた。

 ちょっとだけ冷たいと感じるホーリーの手。だけど。


「ほら! 本物でしょ! シミュレーターと違って本物は冷たいよ!」

「それは仕方ないよ! 私だって!ほら!」


 ホーリーの手がバードの手を握って同じようにした。

 バードの手の中にホーリーの冷たさが伝わる。


「うそみたい。夢みたい」

「ほんとに! 絶対AIだと思ってたもの」

「なんで?」

「だって、バーディーは全てに完璧だったから」

「褒めすぎ!」


 アハハハハ!!!と笑って抱き合って喜ぶ二人。

 そんな二人をジャクソンとロックが店の中から眺めている。


「なぁロック。こんな俺たちだが」


 ロックの肩にジャクソンが腕を回した。


「結婚って良いもんだぞ? 隣に女が……嫁が居るとな人生が豊かになる」

「嫁さん……か……それに豊かになってもなぁ。いつ死んでもおかしくねぇから」

「もう死んでるようなもんじゃねーか」


 微妙に笑ってバードを待つ二人。

 だけど、店の前で恐ろしい速度でのマシンガントークをしている。


「バードはBチームだったんだね」

「知らなかった?」

「うん。だって、私がAチームだったの知らなかったでしょ?」

「全然!それどころか毎日毎日ジェットコースターで探すって発想が無かった」

「私も一緒! バードはもう何回降下した?」

「先週三十回目を飛んだ所。ベルトのこっち側は大気のある惑星ばかりだから」

「そっか。降下ポッド要らないんだ」

「うん。月面に降下はやらないし、小惑星なんかは直接横付けしちゃうから」

「実は私、まだエアボーンやった事無いの」

「ベルトの向こうはパラを使うほど大気無いしね」

「うん。だからパラ降下が楽しみでさぁ」

「怖かったのは最初の何回かで、あとはカタパルトでぶっ飛ばされるのが快感よ」

「ほんとに?」

「うん。鳥になった気がするもの」

「バードだしね」


 アハハハハと笑う二人。

 そんな盛り上がりをしている所にジャクソンとロックがやって来た。


「君がAチームの新しいスナイパーだろ?」


 ジャクソンが素晴らしい笑顔で手を差し出した。


「Bチームのスナイパー。ジャクソンだ」

「俺はロック。バードのチームメイトだ」


 ホーリーは笑顔で握手する。


「私はホーリー。どうぞよろしく」


 褐色の肌に明るいルージュ。

 深い青の瞳はまるで海のようだ。

 バードとは違う意味で美人なのだが。


「ねぇバーディー ところでさぁ」

「なに?」

「なんでバードなの?」

「……そう言えばそうだね」

「最初にロイから言われた時は分からなかったよ」


 アハハと笑いあうバードとホーリー。


「とりあえずロイに紹介するよ」

「多分向こうはもう分かってるよ」

「だけどさ、一応ね」

「そうだね」


 ジャクソンとロックをチラりと見たバードが小さく手を振って離れた。

 男性型に比べ小さな背丈。細身で華奢なシルエット。小さな頭。

 だけど、その中身は戦場を高速で走り回る高性能サイボーグだ。

 恐ろしい速度で駆け抜けて容赦なく敵を撃ち殺す死神だ。


 その姿を知っているだけに、平和な街中で見る姿とのギャップを感じるロック。

 楽しそうに女子トークをする姿は違和感すら覚えるのだが。


『ロック? どしたの?』

『あ、いや、なんでもない。ちょっと考え事』


 バードはいきなりチーム無線をスケルチにしてロックへ話しかけた。

 少し慌てた様子のロックを見てニヤリと笑う。それは、悪戯っぽい笑みだった。


『言い忘れたけど、私は彼氏も旦那も居ませんでした~ まっさらフリーだよ』


 ネヘヘと恥ずかしそうに笑ってプイと前を向いたバード。

 そのまま人ごみをかき分けてホーリーの所へ走って行った。


「俺にもチャンスがあるかな?」


 誰にも聞き取れないような声でロックは呟いた。


「とりあえずだな」


 ジャクソンが声色を改めてロックの肩をぽんと叩く。


「なんだ?」

「今日からバーディーだな」

「そうだな」


 ちょっと離れた所でロイと立ち話をしているバード。

 その姿をジャクソンとロックが眺めていた。

 設定の話 その7 軌道降下強襲歩兵について



 そもそもがHALOと言うゲームに出てきたODSTと言う名の架空の特殊部隊です。ですが、地球と宇宙の両方を舞台にする海兵隊であれば、宇宙から空挺進入と言う使い方を考えるのは当然の成り行きではないでしょうか。

 そもそもの海兵隊と言うのは陸軍と海軍両方の機能を限定的に持った、独立した喧嘩集団というのが正しい解釈のはず。ですから、地上軍と宇宙軍両方の機能を持った23世紀の海兵隊では、大気圏外から敵前降下していく命知らずな戦闘集団が編成されている……という事です。

 

 映画『プライベートライアン』冒頭のシーン。ノルマンディー海岸D地区、オマハビーチへ襲い掛かった上陸舟艇の集団と同じく、持てる火器を総動員した地上防衛側からの大歓迎を受けつつ、笑いながら地上へ降下していくヘルダイバー達。敵の真っ只中へ降下突入する頭のネジが多少足りない馬鹿な集団。それこそがODSTです。実際には正式名称があったはずなんですが、いつの間にかODSTが正式名称になってたってパターンです。

 携帯式音楽プレーヤーがいまだにウォークマンだったり…… あ、23世紀の未来ではiPodかもしれませんが(笑、或いは様々な分野の代表的製品がそのジャンルの総称化されてるケースってかなり多くなってるはずです。ついでに言うと、いわゆる○○ヲタと呼ばれるマニア集団が命名するあだ名も、それはそれで使い勝手が良くて使われ続ける。後期型のF/A-18ホーネットがライノと呼ばれてたりするように……です。


 で、以下、ODSTについて。


・基本的にODSTは定員制。

・補充人員はリザーブされた予備人員を当てる。

・予備人員に抜擢され最低12ヶ月の充当適応訓練を受ける。

・参加資格が厳しく、少々では予備人員にすら抜擢されない。


 ODST予備人員選抜基準。


・国連宇宙軍または地上軍の従軍経験五年以上。

・各国の軍隊またはそれに準じる機関への参加経験七年以上。

・共に実戦配置三年以上で、尚且つ出撃経験100回以上。

・基本共通言語は英語なので、戦闘会話における意思疎通が出来る事は最低条件。

・英語以外に最低でも1カ国語。つまり英語込みのバイリンガルも最低条件。

・英語+母国語+異言語のトリリンガルが望ましい。

・各種懲罰及び降格等の法令違反経験が無い事。

レイシスト(差別主義者)のガイドラインに抵触しないこと。

・親類縁者などにシリウス系活動家などが無い事。

・三等親以内に知能異常・精神異常・学習障害などが居ない事。

・思想信条信仰において戦闘を拒否するなどが無い事。

・国連宇宙軍査察部による身辺調査を拒否しない事。


 以上のガイドラインに抵触しない事が『最低条件』となる。

 それら数々の厳しい条件をクリアしたとしても、最初の試練は終わらない。


 ODSTを目指す志願者は分厚い志願書を携え、指定の時間、指定の場所へ誤差一分以内に提出しなければならない。例えそれが富士山やエベレストの山頂であったとしても、指定の時間に志願書を提出する事を求められる。早くても遅くてもいけない上に、いかなる言い訳も許されない。

 さらには、並外れて健康である事が求められる。そもそも、持病やアレルギーなど健康に不安があるようでは、ODSTは勤まらない。

 人並みはずれた頑丈で強靭な肉体と、目標を必ず達成する強い意思。さらには計算力や先読み、予定を素早く組み立て優先順位を付け、同時進行でこなしていく頭の回転の速さまでもが求められる。


 つまり、兵卒でありながら士官級の人間的能力を要求されると言う事です。

 まぁ要するに、馬鹿じゃ勤まらないけど、頭の良い奴はODSTには志願しないって事ですね。強いヒーロー精神だったり、或いは他人への奉仕を喜びとする他利精神の持ち主でないとODSTには成りたがらない。そんなところでしょうか。

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