最終話 ふたつの旅立ち
月周回軌道上 高度300キロ付近
この日、ロックとバードはオージンを駆って空域哨戒を行っていた。
ふたりの目の前には巨大な宇宙船が幾つも漂っていて、物資搬入の最中だった。
「こりゃデケぇ! すげーな!」
「ほんとね。このサイズはイメージしてなかった」
正面に見える巨大船はハンフリークラスの船を8隻収容出来るサイズだ。
地球周回軌道上のコロニーほどでは無いが、それでも見る者を圧していた。
「エンタープライズ級って人類の英知だよね」
弾んだ声でそういうバードは僅かに軌道を捻って影の側に入った。
全長5キロを越える巨大船は各所に明かりが灯っていた。
「これは……エンデバーだな」
ロックが視界に浮かぶデータを読み上げてそう言う。
エンタープライズ級遠征拠点艦は光年単位での遠征先で活動基地となる巨艦だ。
全部で5隻が建造され、地球技術の頂点を目指して建造された船。
そのどれもが微妙な構造差を持っていて、実験艦としての意味も強い。
新しい超光速航行デバイスを搭載し、その処女航海でグリーゼへと行く。
その為の物資積み込みは余りにも膨大で、10日間の作業予定が進行中だ。
「一時はどうなるかと思ってたけど、やっぱ間に合わせてくるんだね」
感嘆したようにバードが言うそれは、目の前の宇宙船にまつわる顛末だ。
そもそもこの船はシリウス戦争に間に合わせようと建造が始まっていた。
だが、余りに巨大すぎて建造が間に合わなかった代物。
それをグリーゼ行きに利用しようとプランが持ち上がり、建造が再開された。
ただ、間に合うかどうかは微妙だったのだ。
「今更だけど、俺達もグリーゼに行くべきだったかもな」
ロックの言葉には僅かながら後悔の影があった。
目の前に浮かぶピカピカの新造船で遙か彼方への旅。
男ならロマンを感じるだろうし、冒険心をくすぐられる。
ただ、何より言えるのは、かつてテッド大佐も旅した先だと言う事。
エディと共に20光年の彼方まで旅をしたのだという事実自体がロマンだ。
「まぁ、戦後も一段落だしね。こうなると少し後悔するよね」
バードもバードでそれを感じていた。
地球に於ける戦後処理最大の懸案事項は、戦時体制からの脱却だった。
そもそも戦争産業は経済の発展に一切効果がないからだ。
新しい価値を生み出さず、むしろ浪費一辺倒の無駄な仕組み。
負ければ全てが無駄になる恐怖から、解って居つつも死に物狂いでのめり込む。
結果、地球に残されたのは1万隻近い数の超光速輸送船。
そして膨大な数の戦列艦と地上戦力の兵器達。
何より、身寄りが無く職も失った膨大な兵士達の処遇だった。
グリーゼへの旅は、そんな諸問題を一時的に先送り出来るのだ。
「グリーゼ往還船団は総勢500隻だ。どっかに紛れこめねぇかなぁ」
ロックは緩い声でそんな事を言う。
土台無理な話だし、今更そんな話も通らない。
いや、何処かに話をねじ込めば何とかなるかも知れないが……
「テッド大佐なら話を聞いてくれそうだけど、今はシリウスだしね」
バードが言う通り、テッドはシリウスで幼いビギンズの後見人だ。
あの幼児の中身がエディかどうかは解らないが、ビギンズではあるのだから。
「ま、禍福は糾える縄の如しだ。もしかしたら行かなくて良かったってなるかも知れねぇぜ。なんせグリーゼは大佐もそうとう酷い目に遭ったらしいから」
ロックがボソリと言い、バードはクスッと笑って『そうだよね』と応えた。
そんなふたりの目の前に中型の輸送船が姿を現し2機は一気に進路を変える。
なんの言葉も交わさないが、まるで手でも繋いでいるような変針。
心が通じ合っているふたりを象徴する様なシーンだ。
「あれも太陽系内の定期航路で使われてるんだろうな」
ロックが言う通り、膨大な数の貨物船が月面を拠点に運行されていた。
第二次大戦後と同じく、貨物船は民間に格安で払い下げらたから。
その輸送船を使って民間企業が太陽系内部での資源開発に邁進しているのだ。
地球周辺のコロニーや大気圏外施設を再建する分だけ好景気なのだった。
「何が一番の敵って、やっぱ予算よね」
バードの言葉にロックが『あぁ』と重く応えた。
戦後復興の肝は荒れ果てた地球環境の再整備と不安定なシリウスの支援だ。
余計な戦力を抱えておく余裕などどこにも無い。
それ故に地球政府は問題の先送りを選んでいた。
シリウス派遣艦隊をグリーゼへ送り込む。
往復20年ともなれば、十分に時間を稼げるのだった。
――――協定人類歴 2308年 1月15日 午後4時
『ロック大尉より 月面管制センター』
所定の哨戒コースを巡回したロックは帰路に着いた。
月の地上には幾多の月面基地が見えていた。
――――凄い数……
バードも驚くそれは、シリウス帰りの様々な機材だ。
それらを保管する拠点は、月面の真空中に設置されていた。
地球の地上へシリウスの土着細菌などを持ち込まぬ為にだ。
そしてもう一つは、地球上でまだ活動しているテロリスト対策でもある。
国連軍三軍のうち地上軍は事実上解体され形式的に2個師団が残るのみ。
その二個師団もどちらかと言えば有事の連係を確認する教育師団でしかない。
宇宙軍は艦艇100隻体制となり、そのうち半分程度は常にシリウスへ航海中。
現時点で地球とその周辺に於ける荒事対策は海兵隊が一手に対応中だ。
『こちら月面公社管制センター 哨戒お疲れさまです。大尉』
その関係でロックとバードは前年の終わりに昇進した。
戦後の報奨などで下士官らに大盤振る舞いのボーナスが振る舞われた後でだ。
着々と規模を縮小する海兵隊は、それに応じて士官の数も減っている。
その関係で退役が近いベテランから契約が終了し、穴埋め昇進が続いていた。
『いつものコースだから問題ないよ。これよりアームストロングへ帰投する。特に問題なしだ。後はよろしく頼む』
ふたりは毎日朝夕の二回、月周回軌道上の艦艇を見て回るのが日課だ。
シェルの技量維持と言う面もあるが、それ以上に重要なのは地上側の問題だ。
シリウス帰りな各軍の退職者がぞくぞくと海兵隊にやって来ている。
様々な理由で地上に居場所が無い者がギャラと待遇を求めて来ていた。
いつの時代もそうだが、軍とは社会のセーフティネットでもあるのだった。
『了解です』
きわめて事務的な言葉がラジオに流れ、ふたりは『AIだな』と思った。
月面上に於ける様々な公的事業を請け負う公社も予算を絶賛削減中だ。
人的資源が一時的にオーバーフローした結果、絶望的な失業率になっている。
軍も様々な形で余剰人員を引き受けている分だけ、コストダウンが必要だ。
なぜなら、海兵隊ですら戦後の予算削減をまともに喰らっているのだから。
「さて、帰ろうぜ」
「そうだね」
ふたりして進路を変えオージンはキャンプアームストロングへと進路を取った。
月面上に巨大ハンガーが建設され、そこに着陸する形だ。
「なんかね、最近つくづく思うんだけどさ――
少し声音を変えてバードが切り出した。
近接無線で繋がってるので月面では拾えないはず。
そんな安心感が本音をむき出しにさせていた。
――戦争って終らせる方がよほど難しいよね」
莫大な予算と資源と人的コストを払って行われたシリウス戦争。
その後始末で地球側は本当に大変な事になっている。
一度に処理できないのだから、問題の先送りはやむを得ない。
それでも『次』に備えなければいけない。
まだ夢に縋るテロリストにも対策が要る。
実際の話、今でも月に2回くらいは地球の何処かへ戦闘降下をしていた。
「取り敢えずはまぁ、サイボーグが不要だって言われなくて良かったぜ」
ロックが呟くように言ったそれは、月の地上で解体されている艦艇の姿だ。
任務を完了した多くの宇宙船はダメージの大きなものから解体されていた。
そして、宇宙空間の莫大な太陽光を使って溶鉱炉で鋳溶かされている。
無機物にも魂を感じる日本人の感性からすると、それは悼むべき光景だ。
同時にそれはサイボーグにとって異なる感情をも励起していた。
――――君はもう不要だから解体する
いつそれを言われるのか。
そんな恐怖がうっすらとあるのだ。
「まぁね。いきなりダイン社のスタッフがやって来て、機体を回収します~とか唐突に言われて脳だけ培養曹に浮かんでる姿をイメージしちゃったもの」
そんなバードの言葉にロックがプッと吹きだした。
戦闘中に見せる獰猛な肉食獣の如き姿を知ってるだけにギャップが面白いのだ。
「まぁ、抵抗も出来ないだろうしな」
ロックは笑いをかみ殺す様にそう言った。
普段からメンテナンスで面倒を見てくれているサイバーダイン社だ。
追い返したところで最終的には頓死するしかない。
それなら代わりの身体をくれ!と思うのも当たり前の話だった。
「それこそハミルトン中将みたいにレプリの身体へ乗り換えるか」
そう。実はルーシーハミルトンからバードたちに連絡が来ていた。
ルーシーはシリウスであの銀の血が流れるブーステッドに乗り換えたらしい。
サイボーグとしても先輩にあたるルーシーだが、色々な思惑で生身に戻った。
そこに見え隠れするのは、生身に戻るのを逡巡するサイボーグ達へのエールだ。
――――ほら! 大丈夫でしょ?
……と。
これも恐らくはエディの置土産だろう。
いつの日か、この戦争が終わった時にサイボーグが生身に戻れるように。
レプリカントの国際管理条約で自分自身のクローンが禁止された地球だ。
あくまでブーステッドレプリカントへ乗り換えるに過ぎない形にしたのだろう。
ルーシーはそれをシリウスで実行し、地球へ見せに来ると言っていた。
「あのビデオレター。ルーシーも良い顔してたよな」
ロックはそのシーンを視界へと呼び出し再生した。
シリウスからの定期船で届いた郵便物の中にメッセージがあったのだ。
グリーゼ派遣艦隊が出掛ける前に地球へ一旦帰ると。
そして、色々とやり残している事を片付けたいとの事だった。
「そうよね。けど、地球にも実子が居るとか思わなかった」
「……だよなぁ」
かつてシリウスの地上でバードたちはルーシーの娘を見ている。
まだ生身の頃に産んだ娘だと言われたのだ。
だが、今回地球へ帰還する理由はその娘の兄に関する件もあるという。
夫の実家に息子を預け教育を施していたとの事だ。
「ハミルトン家は尚武の家系って事だよな。その子も軍人の道を行くんだろうな」
ロックは何となくそこにシンパシーを感じていた。
現代の武人として、社会の暴力装置となるのだ。
「それもそうだけどさ、あのルーシーも人妻だったって所に一番驚いた」
バードの視点はあくまで女性側の新鮮な驚きだった。
ただ、そこには多分に一定の悔しさが隠されているのだ。
「……まぁ、それはそれで仕方がねぇさ。俺も胤なしだからよ」
女性型サイボーグはあくまで女性型であって女性じゃない。
男性型サイボーグだって姿が男性型なだけで男性じゃない。
種の保存と言う視点から見た時、ルーシーは自分の遺伝子を世界に残している。
話に聞く通り、ビギンズの胚から育った人間だとしても……だ。
――――子供が欲しい
――――子孫を残したい
そんな生物的かつ本能的な欲求は常について回る。
何より、ふたりとも本気だからこそ、そんな感情が沸き起こるのだった。
「シリウスに行って乗り換える?」
バードは軽い気持ちでそれを言った。そこに打算的なものは一切無かった。
だが、その返答にバードは危うくシェルのコントロールを失う所だった。
「いやー そりゃやめとこうぜ。まず失敗しねぇとは思うが、それでも数パーセントで失敗する代物だ。バードを喪ったら俺は生きていけねぇ」
ロックの言葉に全身から力が抜ける様な感覚に悶えたバード。
恋愛感情なんてものはとっくに通り過ぎ、今はもう不可欠な存在だ。
それを実感したバードは、一時的に脳がマヒしたようになった。
「……ありがとう」
なんて言って良いのか解らず、バードは感謝を口にした。
そこにどんな意味があるのかは、きっと言葉では表現できないものだ。
「よせやい! しゃらくせぇ!」
相変らず唐変木で朴念仁な男だが、実はシャイで繊細で芯の太い人間だ。
何度もそれを見たからか、バードはロックが愛おしくて仕方がない。
「ウフフ」
小さく笑ったバード機が僅かに変針した。
全く打ち合わせが無いのに、ロックもスッとそれに合わせた。
視界の彼方。エンデバーと同型の船が見えた。
側面に描かれた大きな数字を見れば、それが二番艦パスファインダーだと解る。
全長5キロに及ぶ超巨大艦は同型艦との距離を500キロ以上取っていた。
「さて、ジャクソンたちを待たせるのも悪ぃ。サクサク帰ろうぜ」
「パーティーだからね」
ふたりは一気に高度を落とし、アームストロングの着陸コースに入った。
逆噴射を掛けながら運動エネルギーを殺していく着陸にも慣れていた。
これから基地に戻って手続きを終えれば、その後は月面でパーティーだ。
グリーゼへと旅立つジャクソンのリクエストでスターダストに集合だ。
「あと1週間で旅立つんだよね」
少しの寂しさを混ぜてバードは呟いた。
共に死線を潜り、困難な状況を幾つも越えた仲間たち。
そんな者たちが遥か彼方へと旅立つ。
あのエディですら苦労したのだから、きっと酷い旅だろう。
シリウスの旧先史文明がそこに居るのかもしれない。
行った先で派手な戦闘になるかもしれない。
「まぁ、ジャクソン達は上手くやるだろ」
不安を振り払うようにロックは明るい声で言った。
色々と不安の種は募る。だが、旅立ちは近付いていた。
「……シリウスだ」
「え?」
バードの呟きにロックは妙な反応を示した。
月の表面に沿って飛んだ時、月の地平からシリウスが昇ったのだ。
――――蒼く気高きシリウスの光よ……
――――彼方へと旅立つ友を導き護り給え……
心の奥底に沸き起こった純粋な祈り。
バードはそれを自分の内側で抱き締めた。
一切の利害がない、純粋な祈りだった。
――――きっと大丈夫だよ……
その1週間後。
盛大な見送りを受けてグリーゼ派遣艦隊は地球軌道を出発した。
現代の補陀落渡海だと非難もあったが、派遣艦隊の司令官は一笑に付した。
およそ10光年先のシリウスへ向かう旅と同じく、スイングバイで加速する。
まずは木星へと向かい、その後に太陽へと急接近し一気に加速。
そこで十分に速度を付けて、太陽系の銀河周回軌道を離れるのだ。
月面でそれを見送ったロックとバードは手を繋いでいた。
その手にはエディとバーニーから世代を越えて託されたリングが輝いていた。
――了――
1年程度で終わらせるつもりだったのに11年も書いてしまった冗長なお伽噺です。
途中で一年近く放置したり途切れ途切れだったりでどうしようもないものになってしまいました。
そんな物語を最後まで付き合ってくださった皆様に、心からの感謝を送ります。
不幸のどん底にあったバードが掴んだ幸せが永遠でありますように♪




