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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 タイガークルーズ / エピロローグに変えて
356/357

その先へと続く意志 或いは決断

~承前




 視界の中に見える着艦誘導灯(ミラーボール)がやけに眩しい。

 今まで何度もやってる筈なのに、バードはふとそんな事を思った。



 ――――ちょっと舞い上がっちゃったな……



 たった今、シェルの模擬戦を終えたばかりで、バードはまだ興奮が抜けてない。

 超高機動戦はアドレナリンが出っぱなしになるので、脳が疲れるのだ。


 今回の模擬戦はバートとロックにライアンを加えた3機が仮想敵機役だった。

 それを相手にアナとダブ。そしてビッキーの3機が挑む形になった。


 ジャクソンを相手にヴァシリとアーネストが基本戦術を披露。

 バカみたいなペースでシミュレーター訓練を積み重ねたふたりも上達した。


 その応用をペイトンとビルがダニーと組んでドリーとジャクソン相手に展開。

 最後に見せたフリーファイトは、バード達の花舞台だ。


 そもそも、パイドパイパー相手に曲がりなりにも互角な戦闘をした3人だ。

 テッド大佐ら隊長軍団には劣るにしても、現状では指折りの技量。

 そんなバード達にしてみれば、アナたちを手玉に取って花を持たせるのも可能。


 つまり、出来レースの花相撲を披露した形なのだ。


「バート中尉。着艦します」


 ぐんぐんと迫ってくる着艦ハッチが今日は殊更大きく見える。

 言葉では表現できない満足感が心を埋めていた。



 ――――ここまでの苦労は全く無駄じゃ無かった



 自らの血肉になった苦しい経験は、全てが自信へと変貌していた。

 強くなった。たったそれだけの事だが、時にそれは心を支える柱となる。


 己と向き合って研鑽努力し、成長を実感した時にこそ人は大きくなるのだ。

 逃げなくて良かった。諦めなくて良かった。その成功体験こそが成長の糧。

 逃げ出した先に楽園など無いし、諦めてばかりでは何も学ばない。



 ――――大時化の海に放り込んでくれて

 ――――本当にありがとうございました



 事ある毎にエディが言っていた格言。

 『凪の海は船乗りを鍛えない』をバードは初めて実感したのだった。


『――バード中尉。お疲れさまでした。最後も格好良く着艦しましょう』


 着艦管制をパドラーと呼ぶのだが、その声も弾んでいた。

 超高速のシェル戦闘を間近で見ていたギャラリーが大いに湧いたのだ。


 各パイロットが見ている視界を同時中継し、ドリーが解説を挟む。

 ジャクソンが照準の難しさを語り、ビルはパイロットの心理を説明した。



 ――――恐らくこれは適性だけでは説明のつかない領域です

 ――――経験と勘だけじゃなく勇気と覚悟が問われるのです

 ――――失敗すれば一瞬で宇宙の塵になってしまいますから



 ドリーの言はハンフリー艦内に居たギャラリーたちの度肝を抜いた。

 ただ、秒速40キロで戦闘を行うなんてのは、人類の限界を超えている。


 それはシェルに限らず、パイロットなら誰でも解る事だ。


 生身がコントロールするシェルは秒速12キロにリミッターが設定されている。

 その根拠は太陽系における第二宇宙速度であり、地球に墜落しない為に必要だ。


 ただ、その速度だってマニューバは生理的反応限界を超える。

 現実問題として、対地速度でマッハ5の場合、ざっくり言えば秒速2キロ。

 地球人類が己の意思で自由にマニューバを行えるのは秒速1キロ未満だ。


『私達、これでも秒速15キロで進んでるんですよね』


 バードはパドラーにそんな言葉を投げた。

 ハンフリーは地球に向けて秒速15キロで航海している。


 その速度にトリムして着艦するのだから、ゆっくりに見えるだけ。

 実際には文字通り流星の速度でバードは着艦しようとしていた。


『――その通りですね』


 パドラーの柔らかい声が帰って来た時、バードはハンフリーに着艦した。

 すぐにデッキクルーが集合し、シェルを所定の位置にマウントした。


 ひとつ息を吐いてコックピットを開けたバードは不意に上を見た。

 シェルデッキを見下ろす廊下や通路には黒山の人だかりだ。


 無意識レベルでヘルメットを取りそうになって、寸前で思いとどまる。

 今日はやっちゃいけないんだ!と思い出し、バイザーだけ開けて素顔を出した。



 ――――……あっ



 不意に見上げた先。

 だいぶ向こうだが、そこに父母と兄夫婦がいた。

 こっちを凝視しているのが見えたので、軽く手を振って挨拶。


 その直後にロック機が着艦してきたので、コックピット脇で待機する。

 つい今しがた派手にやり合った関係で、細かい被弾痕が装甲に残っていた。


『お疲れ!』

『おぅッ! 面白かったな!』


 機を固定して出て来たロックとハイタッチして、今度はライアンを待つ。

 ややあって先にアナ機が着艦し、それに続いてライアンが着艦した。


『――最後に着艦しますのは、このハンフリーをベースとするBチームを率いるドリー少佐です。チームでは最も古株で歴戦のベテランです』


 クリスの艦内放送をワッチしつつ、ライアンともハイタッチ。

 それと同時に流れるような優雅さでドリーが着艦した。


 程なく外部ハッチが閉じられ、全員が無意識に繋いでいた舫い綱を外す。

 チーム全機が艦内に揃ったところで、全員がギャラリーに手を振った。


『えー シェルデッキにお集まりの皆様』


 ドリーが近接無線を使ってギャラリーに声をかけ始めた。

 シェルの周辺ではデッキクルーが忙しなく動いているのに……だ。



 ――――あぁ……なるほど



 瞬間的にドリーの意図を理解し笑みを浮かべた。


『我々が安心してとんでもない戦闘を出来る理由を説明します。まずはあっち。黄色の外装で出口側に集まっている彼等はシェルを打ち出すカタパルト管制です。我々はシューターと呼んでいます』


 ドリーの紹介が始まると、黄色組がギャラリーに向かって手を降り始めた。

 シューターのボスは長く軍務にある大尉で、明るいナイスガイだ。


『次は赤い外装の彼等。武装全般を受け持つ危険なポジションです。まぁ、宇宙船の中は実際何処に行っても危険ですが、彼等はその中でも飛びきり危険な役を請け負っています。彼等の働き無しに、我々の勝利はあり得ません』


 ドリーの言葉は続き、各ポジションの人間が同じ様にギャラリーへと挨拶する。

 それに続きデッキクルー最多勢力である発着艦補助のグリーン組。

 シェルやデッキの移動など雑用を請け負うブルー組。

 その他にも整備専門のブラウン組と燃料管理のパープル組。


 一目でどんな役割なのかを理解出来るその仕組みを説明したドリー。

 20世紀の昔から続くレインボーギャングの一味をじっくりと紹介した。


 これによりギャラリー達は彼等の家族親族がどんな仕事をしているのかを知る。

 これこそがタイガークルーズ最大の実施理由なのだった。


『以上をもちまして501大隊Bチームのシェルショーを終わります』


 ドリーの挨拶と共にチーム全員が手を上げて挨拶した。

 これでフライトは終わり。後は帰るだけだ。


 そんな実感がわいたとき、何処かから拍手が聞こえた。

 真空中なのに何故だ?と思ったら、その拍手はラジオだった。

 艦内に居た誰かが拍手を拾って近接無線に流していたのだった。


『さて、最後のデブリーフィングと行こうか。ガンルームに集合だ』


 ドリーの言葉がラジオに流れ、バードは艦内へと入った。

 シェルで超高速戦闘をすることはもう無いだろう。


 誰もがそんな事を思う。

 しかし、心の奥底には時限爆弾みたいな予感があるのも事実。

 またこのいかれたマシンで命のやり取りをする事になるのを確信していた。


 もう、勘弁してくれ……と、本音を零したくもなるのだが……






 それから数時間後。

 ディナータイムも終わり、ギャラリー達とは別にバード達は士官サロンに居た。

 軍隊に於いて士官は特権階級だが、それと同時に様々な配慮もまた必要だ。


 そして、艦内の熱気が収まりかけてきた頃、バードは私室にロックを招いた。


「ちゃんと話をしようと思うけど、どう思う?」


 ハンフリー艦内で私室を取り上げられなかった数少ない士官の一人。

 バードは自分の私室でロックと向き合っていた。


 ブレードランナーとして様々な機密情報を扱う関係での措置。

 だが今は完全にプライベートの問題で秘密の相談中だ。


「いや、やるべきだろ。むしろここが一番良い機会だし、レッドラインだぜ」


 レッドラインはポイントオブノーリターンの別表現だ。

 回帰不能点とも呼ばれるそれはつまり、ルビゴン川を渡るカエサルそのもの。


 この先、地球へ帰ってから切り出せば様々な形で『邪魔』が入るだろう。

 ふたりの将来を考える時、家族と言う最小単位で意思決定の事が済む限界点だ。


「……だよね」


 小さくそう返答したバードの顔には決然とした覚悟が滲んでいた。

 ふたりで何度も話し合った未来への選択は、ある意味では家族への裏切り。

 だが、それでもバードはそれをしたかったし、ロックも同じだった。



 ――――生身には戻らない



 まだシリウス絡みで何かが起きるかもしれない。

 その時の為に備えておきたい。常に牙を磨いておきたい。


 ふたりを育て上げたテッドがそうであったように。

 そのテッドを導いたエディがそうであったように。

 シリウスの為に必要となる選択肢を握っておきたい。


 バードがその意思を告白した時、ロックはニヤリと笑っただけだった。

 思わず『ロックはどうするの?』とバードは問いかけ、ロックはまた笑った。



 ――――俺が見込んだ女は本物だぜ……



 戦闘中に見せる死にたがりな姿を思い出し、バードは息をのんだ。


 ロックはとっくに覚悟を決めていた。

 場合によってはバードを残しても行くつもりだった。

 父親と息子の関係に女は入れないと言うが、正にそれを実感したのだ。



 ――――俺にとってテッド大佐は親父以上の存在だ



 その言葉だけで、ロックの想いの全てが伝わった。

 だからこそバードは何よりもうれしかったのだ。



 ――――じゃぁどうする?

 ――――教官にでもなる?



 ここからシリウスへと戻れば、間違いなく大佐は叱るだろう。

 地球へ帰って『自分の人生を生きろ』と諭すだろう。


 テッドと言う男は間違いなくそれをする。

 そんな確信がふたりにはあった。


 そして……


「さて、行こうか。勝負だぜ」


 部屋の中で立ち話状態だったふたりだが、ロックはバードをグッと引き寄せた。

 まるで磁石が吸い寄せられるように、ロックの胸に吸い込まれたバード。

 安心して身を任せていられる存在に目を細めた。


「そうだね。自分の人生を……覚悟して歩かなきゃ」


 軽くキスを交わしてふたりは部屋を出た。

 目指すはカーゴデッキにつくられた家族向けのコンテナだ。


 艦内を歩くふたりは終始無言だった。

 硬い表情で歩くふたりだが、艦内は沢山の人々で溢れていた。

 それがまるで月面の民生ゾーンにも思えて、ふと月面基地を思い出した。


「スミスを連れて帰って来てやりたかったな」


 何かを思い出したようにロックがそう呟いた。

 キャンプアームストロングでいつも楽しそうにしていたスミスを思い出す。


 まさかリーナーがそんな存在だったとは知らなかった頃。

 リーナーの正体を知っていたのはドリーとジャクソンだけ。

 そう思うと、あの二人も随分と腹芸が達者なんだなとバードは思った。


「あの機体。まだキャンプスミスに居るんだろうね」

「基地の御神体だぜ。きっと」


 そんな会話をしつつ、ふたりはカーゴデッキのファミリールームへと到着した。

 今日も室内からは笑い声が聞こえている。


『少しワッチする?』


 近接無線を使ってバードはロックに問いかけた。

 室内から聞こえる声はロックの弟、虎徹だ。


 その会話はファミリールームのモニターマイクが拾っている。

 バートは艦内全てのセキュリティ機器にアクセス出来るのでそれを聞いていた。


『いや、そりゃ行儀が悪ぃってもんだぜ。正面から乗り込んでやるさ』


 ラジオの中で明るくそう言ったロックは、遠慮なく部屋の扉を開けた。

 バードが手配した大部屋にはバードとロックの家族全部が揃っていた。


「遅くまでご苦労様」


 最初にそんな声を掛けたのはバードの母親だ。

 どこか気後れしていた部分もあったようだが、流石に吹っ切れたらしい。


「ありがとう。こう見えても色々やること多いのよ」


 シェルショーが終ったあと、艦内の兵士向け食堂が解放され夕食となった。

 メニューは普段水兵たちが食べているモノと全く同じモノだった。


 バードらは士官向け食堂で食事をする為、普段はあそこへ入る事が無い。

 士官らが特別扱いされているという指摘は古くから存在し、ある意味事実だ。


 だがそれより、水兵たちが気を抜ける場所にする為と言う面が大きい。

 ここにはカラオケなどの娯楽があり、艦長が認可すればビールも提供される。

 そして、下士官と水兵が無礼講を出来る唯一の場所だった。


 そこで食事をとった面々は、バードとロックの不在を話題にしていた。


「兵士向けの食堂にゃ士官は入らないってのがマナーなもんで、まぁ、俺たちなりに気も使うんですよ。彼等は良く働いてくれるから」


 ロックの口から出た言葉にバードとロックの母親が顔を見合わせ驚く。

 そして、バードの兄、太一とロックの弟、虎徹もだ。


 ロックの言葉の本質を理解したのは、おそらく翠だけだった。

 リップサービスと言うには余りに大きな言葉だった。


「……兄貴は変わったな」


 虎徹がしみじみとそんな言葉を吐く。

 そんな弟に向け『何度も死に掛けたからな』とロックは応えた。


「昔のロックをもっと知りたいね」


 冷やかす様にバードがそう言うと、室内に笑いが充満した。

 そして、ロックは間髪入れず『止めてくれ』と苦笑する。


 何処にでもある家族の団欒。暖かな家庭の輪。

 ロックとバードはふたり並んで用意されていた大きなソファーに腰を下ろした。


「実は、今日は大事な話があるんだ」


 バードがロックの昔を聞きたがったのは、つまり、こういう事だ。

 先に重要な部分で切り出す様に、話の流れを仕向けた。

 翠はその様子を見て僅かに顔色を変えていた。


 ブレードランナーとして厳しい場面を幾つも経験した義妹の力量。

 極わずかな手札で場の流れをコントロールする注意深さと読みの鋭さ。


 上手く付き合わないと、掌の上で転がされて終わってしまう。


 僅かな事だが、そこに気付けるかどうかで立場が良くも悪くもなる。

 ただ、当のバードは恐らくそれに気が付いていないのだが……


「改まっていうほどの事かな?」


 太一はグッと乗り出してそう返答した。

 その顔を見て少し笑ったロックは虎徹をチラッと見てから言った。


「今までの人生で色々あったが……兄貴が居るってのは良いもんだな。虎徹」


 思わず『え?』と聞き返した虎徹は不思議そうな顔でロックと太一を見た。

 その様子を見ていた太一はプッと吹きだして笑いをこらえた。


「中尉は兄として育って、今日初めて弟になったんだからね。私にも虎徹君にも解らない兄や弟の感覚ってのを両方理解できるという事だ。少し要約が過ぎるかな」


 太一の言葉に虎徹が『あーなるほど』などと抜けた返答を返した。

 その様子が可愛くて目を細めたバードだが、虎徹は翠とバードを見て言った。


「それならあれだ。俺は兄貴が一人増えたし、姉もいきなり二人出来たし。絵に画いたような末っ子だ。面倒を丸投げ出来そうなんでありがたいや」


 虎徹が発したその言葉に再び室内が湧いた。

 遠慮なくモノを言って、それでも仕方がないと周りに思われる特権。

 末っ子ポジションは何かと我儘が通りやすいものだ。


 最も、そこにいる限りは末っ子なりに気を使う必要があるのだが……


「それで、一体なんなの?」


 武家の奥方として生きて来たロックの母親が続きを求めた。

 ロックは僅かに顔色を変えたが、バードの手を取ってから言った。


「ふたりで散々相談したんだが、俺もバードも……このままサイボーグのまま軍に在籍しようという結論に達した。軍の方からは名誉除隊の権利があると言われていて、その場合は生身に戻るべく色々と便宜を図ってくれるそうだが――」


 ロックは少し笑みを浮かべてバードを見た。

 続きはお前が言えよ……と、そんな表情だった。


「理由はふたつあるんだけど、ひとつはそもそも私は遺伝子疾患だった関係で、残ってる遺伝子からの身体再生はまた問題が起きる可能性が高いのね。で、もう一つは――」


 バードはロックをチラッと見てから室内をグルリと見まわして言った。


「――まだ戦乱の可能性がある事。シリウスはまだ戦乱の芽が完全に消えた訳じゃない。その為に上官だった大佐がまだシリウスで活動してるの。何かあったら駆け付けたいって思ってるのよ。まだ……何か起こるだろうから」


 バードはまるで預言者の様に未来を当てる事がある。

 それを実感してない家族らは何処か不思議そうにバードを見ていた。


 ただ、少なくとも数々の死線を潜ったベテランがそう言ってるのは解る。

 己の命を劫火に晒した者にしか得られない境地というものは必ずあるのだから。


「恵。いや、バードと呼んだ方が良いのだろうな」


 バードの父は恵と娘の名を呼んで、そして静かに言った。


「お前がそう思うなら、そうすると良い。自分の人生を取り戻したのだから、その進路を決める権利はもう親にはない。元より娘を宇宙に捨てたような親だ。口を挟もうなどと言うのは烏滸がましいのだろう」


 その言葉を吐いたとき、バードの母親と太一は驚きの顔をしていた。

 翠やロック。そしてロックの家族までもが……だ。


 ただ、そんなものを意に介さず、父親は静かに言葉を続けた。

 それはきっと、父親が心の奥底に封印していた後悔の懺悔なのだろう。


「親らしいことを何一つしてやれず、まともな社会も経験させず、まるで隠すようにして宇宙へと追い出した愚かな親だ。恨まれて当然なのだろうが、それを論うことも詰ることもせず、お前は済んだことだと割り切ってくれた。ならばもう、親として言う事など何も無い。特殊な環境に行ってしまった娘を不憫に思うが、それ以上に思うのはお前の上官だ。娘を立派に育ててくれた、その上官には本当に、心から感謝している。お前もその恩を返したいのだろう?」


 父親はまるで絞り出すような声音で、静かにそう語った。

 その姿をバード自身が驚きの表情で見ていた。


 まさかそんな言葉が飛び出すとは思ってもみなかった。

 慮外も慮外。想定外の肯定に、バードは一瞬言葉を忘れた。


 そして……


「反対されると思ってた」


 僅かばかりの言葉だが、そこには万の感情を圧縮した何かが詰まっていた。

 ただ、どうやらこの場にはそれを理解する存在が、もうひとり居たらしい。


「あなた達の置かれた環境が特殊に過ぎるのは、ここに来た時点で解っていましたし、それに先ほどのショーを見れば、もう嫌と言うほど解りました。私も同じ意見です。もう木の上に立ってものを言える様な相手ではありません。どうか――」


 ロックの母親は静かに、だが、強い意志を秘めた声音で言った。


「――自分の意志を貫きなさいな。女でも男でも、それが出来ると言うのはある意味で幸せなことなんですから。どうか精一杯に、精々にしっかりと……ね」


 ロックの母親までもがバードの意思を尊重した。

 姑が嫁に対し降参したようなものだ。


 ロックは驚きの表情でそれを見ていた。

 バードだけで無く、ロックにとっても予想外の展開だった。


「おそらく海兵隊はこれからも続いていく。その中で何らかの貢献をして生きて行こうと思う。自分で言うのも何だが、どうやらサイボーグの存在はアチコチに軋轢を生み出しているようだ。だから大きく数を減らすだろう。だから様々な思惑にすり潰されないように、やっていくつもりだ――」


 ロックはバードと視線を交わしてから続けた。


「――ただまぁ、俺達もなんだかんだ言って表舞台には立てるようになるらしい。だから時には家に帰ると思う。その時は……出来れば歓迎してくれると嬉しい」


 ロックの絞り出した言葉に、今度はバードの親族が驚いた。

 様々に軋轢を生んだ親子関係が自分達だけでは無いことを知ったのだ。


 そこから始まった家族の会話はいつまでも途切れることが無かった。

 ハンフリーの食堂と士官サロンが終了するアナウンスを過ぎてもだ。


 バードが最後に視界の時計を確認した時には、既に深夜2時だった。

 それでも尚、名残を惜しむように会話は続くのだった。


 まるで、永遠の別れでもするかのように……

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