解散式
~承前
太陽系外縁部
天王星の近隣地域へとワイプアウトしたハンフリーは衛星チタニアに到着した。
太陽系とシリウス星系を結ぶ一直線の上にある惑星が天王星だったからだ。
外太陽系の開発拠点であり太陽系外を目指す船乗りにとって最後のオアシス。
そんな拠点としてこのチタニアが選ばれた理由は、巨大な渓谷の存在だった。
直径僅か1500キロ少々の惑星だが深さ2500メートルの渓谷がある。
メッシーナと名付けられたその渓谷は宇宙船のドックとして機能していた。
重力がほぼ無い関係で、少々大きな船でも直接出入り出来るからだ。
まるで生物の巣穴にも見えるそれは水の氷を求めて開発した名残。
水の惑星で誕生した地球型生物は水が必要なのだからやむを得ないのだろう。
外太陽系ではチタニア含め数か所に水の氷が存在し、人類はそれを求めた。
結果、メッシーナ渓谷はハンフリーをすっぽり飲み込むドックが出来上がった。
そして、そんな地形改造の果てに造り出されたのは、巨大なホールだった。
――――協定人類歴2305年12月29日
太陽系にワイプインした艦艇は総勢で500隻を越える。
超大型艦は周回軌道にあるが、ハンフリー程度の艦艇はチタニアに接岸した。
この日は地球人類史上最大規模となったブラックオニキス計画の解散式だ。
宇宙が見える巨大なホールには数万規模の遠征軍が入っている。
これだけの数だと酸素が持つかな?と変な心配をするレベルだ。
ブラックオニキス計画と名付けられたシリウス遠征軍は総勢5200万人。
ただ、その実態はと言うと定期的な人員入換が行われたに過ぎない。
つまり、5200万人という途方も無い数字は、単なる延べ人数でしかない。
実態はその25%程度が前線展開したに過ぎず、多く見積もっても2000万。
まぁ、それでも。過去に人類が経験した如何なる戦争よりは大きいが……
「 諸 君 ! 」
良く通る声が会場に響いた。
多くの遠征軍関係者はそれぞれの船のデッキや自室でこれを見ている。
この会場に入れたのは、功績著しい2万少々の者達だけ。
その中には地球へと帰還した501大隊全員が招待されていた。
地球へと帰還したのは僅か200名足らず。
出発の段階では400人近い人間が居たにも拘わらず……だ。
「 諸 君 の 任 務 は 完 了 し た ! 」
それを宣言しているのは、シリウス派遣軍団の名誉総裁。
ブリテンからやって来たキングジョージ9世だ。
出発の際にも姿を現したブリテン国王は、貴族の義務として派遣軍を出迎えた。
遠くシリウスへ人々を送り出した以上、出迎えるのもまた義務。
その辺りのノブレスオブリージュは、未だブリテンに色濃く残されていた。
「シリウスは穏やかに独立し地球と共存体勢になった!」
「出発前にマーキュリー提督が言った様にだ!」
拍手と喝采がハンガーを埋め尽くした人々から発せられた。
バードは耳を押さえつつ、笑いながらロックを見ていた。
今にも抱きついてキスをねだりそうな位には上気していた。
「地球とシリウスは新時代を迎える」
「夜空に輝くシリウスを見付けたら思い出して欲しい」
「あの星に平和をもたらしたのは我々だと!」
シリウスから帰還した兵士達は、皆が泣きながら笑っていた。
出撃を宣言したエディはもう居ないが、そのマインドはまだ残っている。
シリウスからは過激な独立派が一掃され平和な社会となったのだ。
地球は穏やかに共存する存在としてシリウスを歓迎する。
やがてはもっと溶け合うかもしれない。
或いは、完全な統合もありうる。
そんな希望的観測が地球系メディアに溢れていた。
――――そんな訳あるか!
と、各方面から無慈悲なツッコミが入りつつ……だが。
「シリウス派遣軍は現時刻を以て解散とする!」
国王は一際大きな声で解散を宣言した。
激戦を生き残った者達のあげる拍手と歓声が耳を劈くレベルだった。
シリウス派遣軍は公式に解散し、三軍統合司令部は解体される。
数々の激戦を経験した海兵隊や地上軍、そして宇宙軍は一体運用を解かれた。
終わった……
その感慨は思っていたよりも小さかった。
いや、決して小さくは無いが、それ以外が大きすぎた。
その事実に、Bチームの面々は震えるより他なかった。
エディやテッド大佐不在の現状が違和感しか無いのだった。
「んで、俺たちは懐かしの月面に帰還か」
ロックがそんな言葉を漏らすと、バードはニコリと笑った。
「そうだね。そこで次のイベント」
そう。地球連邦軍海兵隊はまだまだ続いていく。
終わりを迎えるのは、参加者達の方だ。
自分達はどう生きて行くのか。
それについてのイベントが待っている。
――――この先どうする?
バードとロックはその件について何度も真剣に話し合った。
ふたりが結婚するのは既定路線として、生身に帰るのかどうかが重要だ。
「いよいよ決断だな」
小さな声でそう言ったロックにバードは首肯を返した。
バードはそもそも遺伝子疾患でサイボーグ化している。
その関係で持って産まれた遺伝子からでは病気が再発しかねない。
サイボーグのまま過ごすのであれば、海兵隊に籍を置くのが一番良い。
ただし、シリウスとの戦争が終わった後では大幅に予算が減らされるだろう。
この場合、サイボーグは自らが社会に役立つを証明し続けねばならない。
いかなる理由があろうと、軍隊の予算を工面する根幹は血税だからだ。
――――どうしたもんか……
その話し合いでは幾度か少々険悪な空気にもなった。
喧嘩をするとまでは行かなくとも、意見が折り合わないことだってあった。
ただ、その都度にふたりは思いだしていた。
テッドとリディア。ふたりの愛と哀しみが詰まったリングを……だ。
「もう……6年経ってるんだよね。あれから」
ボソリと漏らしたバードは、首に提げているドッグタグのリングを見た。
6年前のある日、ハーシェルポイントのバーで貰ったプラチナのリング。
ビッグウェーブ作戦の発動でシリウスへと旅立ってから、既に6年だ。
その間、このリングは常にバードの手元にあった。
「そうだな……思えばあっという間だ」
同じ様にロックもリングを取り出して見せた。
死がふたりを分かつまで……と、そんな願いが込められたリング。
舞台の上には三軍の指揮官が次々に挨拶に立ち、皆を労っている。
殊更に力が入ったのは、地上軍の責任者だった。
「様々な場面で活躍してくれたサイボーグ部隊には特別な賞賛を送りたい」
それが遠回しな嫌味だったとしても、今の501大隊には特別な意味がある。
サイボーグを研究し実戦に投入して結果を出し続けたエディはもういない。
その息子達娘達も大半がシリウスに残っている。
言うなればバード達はエディの孫世代だ。
「思えば随分な計画だったよね」
「全くだ」
バードの言葉に苦笑しつつそう返答したロック。
地上軍に続いて宇宙軍関係者が円台に立ち、同じ様に501大隊を賞賛した。
シリウスでの戦闘に於いても格別の働きをしたのは間違い無い。
ワルキューレとガチでやり合った功績は、司令部が特別な感状をだしていた。
「501大隊諸君らの功績は10万の軍団が上げた戦果に匹敵する」
実際の話、それくらいの功績は残していると言っても良いだろう。
やり合いたくない。そんな希望を打ち砕き、死んでこいと送り出した司令部。
そんな司令部に良い感情なんか一切無い。
だが、軍隊とは時に非情とも言える命令を出す事がある。
次に続く者達のために、すり潰されるのを承知で戦闘を命じられることがある。
そんな場面を幾つも経験したし、痛い思いもした。
バードの中に蟠る悪感情は、司令部への不信感その物だ。
ただ、それももう終わり。
抱えきれない荷物はここへ置いていこう。
遠い日。エディが教えてくれた『心の座らせ方』をバードは体得していた。
解散式の最後に再びキングジョージ公が姿を現し、笑顔で言った。
「 諸 君 ら の 未 来 に 神 の 祝 福 を ! 」
一際大きな歓声が上がり、拍手に手を上げてブリテン国王が舞台の袖に消えた。
間髪入れずに『ハンフリーへ帰るぞ』とドリーが無線で呼びかけた。
この会場に入りきれないほどの人間が沢山いるのだ。
解散式後のパーティーは船に戻ってから。
それもまたマナー良く振る舞うべき士官の義務だった。
「ま、三軍統合司令部も解散だ。これから論功行賞だろうが俺たちを馬車馬にこき使った連中ともオサラバってのが一番ありがてぇ」
ごった返す通路の中、ライアンがそんな事を言った。
ひと固まりで歩くチームの中に小さく笑いが起きたのは言うまでもない。
実際、シリウスにおける最後の18ヶ月程度は軍というより警察の働きだった。
派手な戦闘はなく、どちらかと言えばウンザリするような後始末ばかり。
軍の兵器を持ったまま人質を取って立て籠もった。
或いは、対立する地域間で些細な事から住民同士が激突した。
そんな現場に出向いて行って、より重武装な姿を見せては解決してきた。
――――なんで俺たちがこんな事するんだ?
Bチームだけでなく、他のチームからも盛んにそんな声が上がった。
そんな不平不満を宥めたのは、テッド大佐の言だった。
――――地球系組織が間を取り持つんだ
――――もし決定的に関係が悪化しても地球のせいに出来る
――――シリウスに地域間対立の芽を残しちゃまずいのさ
シリウスの社会でそれをつぶさに見てきたテッド大佐だ。
その重要性を理解しているし、しっかりと説明していた。
軍同士の激突には一定の歯止めがかかるもの。
指揮命令系統があるからだ。
だが、住民間の激突にはそんなものなど存在しない。
どちらか一方が殲滅されるまで続いてしまうことがしばしばだ。
なにせ戦術も戦略も無く、利害と感情のみが激突する。
ストッパーの外れた暴走機関車は全てを破壊するまで止まらない。
それを止めねばならないのだから、最後は憎まれ役が必要だった。
「で、次は……なんだっけ?」
少しかったるそうな声でダニーがそう言うと、再び皆が笑った。
緊張感をもたなくとも良い環境に戻った。いや、戻りつつある。
現実へ復帰する道程にあることを、皆が再認識したのだ。
「あれだろ。土星の衛星に行く奴」
ダハブが軽い調子でそう言った。
ふと気がつけば、ダブやビッキーもチームに溶け込んでいた。
「カッシーニだっけ。あそこからタイガークルーズらしいな」
ペイトンが発した何気ない一言。
その言葉でチームに微妙な空気が漂った。
彼等も既にタイガークルーズの概要は説明されている。
そして、その向こうにある重要なイベントについてもだ。
家族から本人認証を受けねば、『公式に生き返る』事は出来ない。
だが、このチームの中でまともに家族が居るのはロックとバードだけ。
天涯孤独なライアンの境遇は皆が知っているし、ペイトンも似たようなモノ。
ジャクソンは家族全てをテロで失い、ビルはダニーは謎に包まれている。
そして、ダハブやヴィクティス。ヴァシリとアーネストは聞いた事が無い。
もちろんアナスタシアもだ。
「まぁ、行きゃぁわかるさ」
ライアンは軽く笑いながらそう言った。
その笑みの裏側には隠しようのない寂しさが詰まっている。
何となくそれを察したバードは、どう声を掛けるべきか悩んだ。
薄っぺらい同情論など必要ないし、鬱陶しいだけだ。
ここで必要なのは、血を吐くような痛みの話では無い。
もちろん、中身の無い取り繕いの慰めでも無い。
ただ黙って、その痛みが癒えるのを待つのみ。
その為の言葉が思い浮かばないから困っているのだ。
だからこそ、沈黙もまた一つの選択になり得るのだった。
「我が家が見えてきましたね」
その場の空気が重すぎたのか、ヴァシリは空気をかき混ぜるようにそう言った。
基地からハンフリーに接続されたギャングウェイを歩いている時だった。
「ん? なんだあれ」
ヴァシリの隣でギャングウェイの窓を見たビッキーが声を上げた。
ハンフリーの側面が大きく開かれ、巨大コンテナが幾つも搬出されている。
そのコンテナには国際貨物輸送企業のロゴマークが大きく描かれていた。
「ハンガーの重機材を搬出中だな」
別の窓から見ていたダニーがそんな事を言った。
細長いギャングウェイには幾つも窓があるが、その窓に全員が群がった。
シリウス帰りのハンフリーは、シェルだけで無く地上戦機材を積み込んでいた。
「あのコンテナの中身は地球へ帰れないんだね。地球生まれなのに」
ぼそりと呟いたバード。
全てのモノに生命性を見いだす日本人ならではの感性だろう。
ただ、帰れないと言う一言はかなり重い意味を持つ。
多くの重機材はシリウスに残され、新生シリウス軍に譲渡されている。
帰りの荷物を減らすだけで無く、これからのシリウス軍の為だ。
それでも様々な形で戦車や装甲戦闘車輌が帰還していた。
だからこそ、帰れなかったと言うのは大きな意味を持っていた。
「きっとチタニアの溶鉱炉で鋳溶かされて再利用だろうな」
ビルはそんな分析をしたが、どうやらそれも間違いじゃ無いらしい。
大型コンテナを回収に来たバージには製鉄会社のマークがある。
太陽光発電による無尽蔵なエネルギーにより電気炉の餌食かも知れない。
そうして再利用された鉄は様々な形で太陽系外縁部の開発に使われるだろう。
なにせこのエリアでは開発資材を得るだけでも大変な手間が必要なのだ。
まとまった量で良質な素材が手に入るなら、企業は喜んで買うだろう。
「まぁ、そんなところだろうな。なんせこの辺りはまだまだこれからだし」
ペイトンもそう分析した通り、チタニアの地上基地を含め建設途上が多い。
そこに使われるならば、意味のある終わり方といえよう。
「けど、反対側のアレ、なんだ?」
ハンフリーに接近したことで視野が広がったロックは何かを見つけた。
国際貨物企業とは異なるマークの入った大型のコンテナが漂っていた。
「見た事のないマークですぜ」
少し警戒した声音でヴァシリがそう言い、ダラけていた空気がスッと締まった。
やはりと言うか、潜った死線の数だけ警戒するし用心するもの。
未知のモノには軽快するし、どんな状況でも危険性を危惧する。
そうじゃなきゃ生き残る事なんて出来なかっただろうから。
「ジャクソンやドリーなら知ってるかもな」
どうせまた隠し事だろ?
そんな空気を漂わせ、ライアンがウンザリしている。
チームを預かる隊長たちはまだホールの中だ。
きっと何かしらの説明があるのだろうが……
「ま、様子を見ようぜ」
何処か達観したようにペイトンが言う。実際の話、それしか出来ないのだから。
そして、チームの面々がそのコンテナの中身を理解したのは翌日だった。
海兵隊艦隊は宇宙軍艦艇より一足早くハーシェルポイントを脱した。
タイガークルーズの合流ポイントに指定されたカッシーニへ向けてだ。
その艦内でバードは『凄い!』と声を上げていた。
ハンフリーに運び込まれた大型コンテナはラッシングで固定されている。
その妻面にはデッキが取り付けられ、簡易居住区になっていた。
「ここまでするとは……驚くな」
ドリーすらも驚くそれは、ハンフリーに乗り込むクルーの家族用だ。
ハーシェルポイントでは海兵隊の地上部隊凡そ2000人が船を降りた。
その空いたスペースは主に家族の来ないクルーに宛がわれた。
「家族持ちはここで水入らずって訳か」
ドリーと共に眺めていたロックも唖然としているそれは、家族向けの個室だ。
一人のクルーが呼べるのは最大で三名まで。その場合、家族の寝る場所がない。
じゃぁ、クルーごと別室にしてしまえ。そう言う作戦だ。
そしてそれは、事もあろうに特別待遇な筈の士官にまで向けられた。
個室を宛がわれる士官たちがカッシーニから月面まではここに移動する。
その空いた個室には訪問者が一人のクルーに宛がわれ寝起きする。
訪問者が多いクルーはここの簡易区画へ移動する。
疑似的な家庭を再現し、帰還へ向けた心の準備をするのだ。
軍隊らしい無駄の無さと要領の良さ。
ただ、下士官や水兵達に個室を取られた士官は正直面白くない。
「これも士官の義務って訳だぜ。やれやれ」
口を尖らすジャクソンだが、これもまたノブリスオブリージュ。
仕方がねぇ……と割り切るしかない。
「さて、文句言ってても始まらねぇ。若い連中い部屋を明け渡すか」
ドリーがそんな言葉を吐き、Bチームは一斉に動き始める。
土星の衛星カッシーニ到着は24時間後が予定されていた。




