帰り道
~承前
協定人類歴2305年10月9日。
強襲降下揚陸艦ハンフリーは周回軌道を離れる最終段階にいた。
周辺には新生シリウス連邦軍の艦隊が見送りに来ている。
彼等は地球側艦艇が出すデブリ回収の任務を受けているのだった。
『これで全部かな?』
船外作業に当たっていた作業ボットにBチームのシェルが混じっている。
バードとライアンは、ヴァシリとアーネスト両名へシェルの手解き中だった。
『全部だろうな。こんなデッケェ代物が張り付いていたってのがスゲェぜ』
ハンフリーの各部に張り付いているデブリの多くは磁力でロックされている。
空間戦闘で生み出された大量の残骸や破片が艦の外壁に吸い寄せられていた。
周回軌道上にあるデブリは、例え小さなネジでも銃弾並みのエネルギーがある。
それが集団で襲い掛かって来るのだから、宇宙船はたまったもんじゃない。
古くはケスラーシンドロームなどと呼ばれ、人類は真剣に心配したのだ。
だが……
―――― 回収できないなら装甲にしてしまおう ――――
人類は時々、とんでもない事を言い出すバカに振り回される事がある。
この時は『宇宙船の増加装甲にしちまおう』などと言い出したバカが居たのだ。
そして時々、人類はその思い付きを形にしてしまう事がある。
艦内のリアクターと太陽光発電パネルで生み出される莫大な電力でだ。
強力な磁気の網が広げられ、宇宙を飛翔するデブリの大半が艦に集められた。
磁力により艦の外壁へと貼り付き、そこに磁性流体を流して流体装甲化した。
艦内から磁力線をコントロールする事で様々な形状になる巨大な網だ。
これにより今度は非磁性体を回収する事が出来るのだ。
その結果として驚くほど巨大なデブリが生まれる。
降下艇規模にまで育ってしまう事すらあるのだった。
『バード中尉。これ、どーするんですか』
相変らずヴァシリは下士官気分が抜けてない。
だが、神経接続されたシェルのコントロールは全く問題なかった。
サイボーグにとってシェルは身体の延長線では無く身体その物。
つまり、そもそも運動神経の良い人間は有利なのだ。
『そのままニューホライズンに落とすのよ。綺麗に燃え尽きてくれるから』
俗に大気の摩擦熱により燃えると言われているが、実はそれは間違いだ。
正確には大気圏へ突入した物体の断熱圧縮が熱源となる。
惑星重力を振り切る速度のまま突入する関係で、前方の空気は圧縮される。
その結果、剥き出しのファイヤーピストンが造り出され熱を発する。
巨大に育ったデブリも、その熱で溶けて蒸発するのだ。
『だからシリウス側が集まっているんですね』
アーネストは何かを得心したようにそう言った。
地上への制御された落下を行うため、シリウス側が立ち会っているのだ。
機体各所に張り付いていた増加装甲のデブリは大きくぶ厚く成長している。
これにより相当なサイズのデブリがぶつかっても大丈夫な位だった。
そんなデブリを艦の表面から剥がし、シリウス側シェルの方へと押し出す。
まるで瘡蓋を剥がす様なデリケートさを求められる作業。
これはシェルの使い方を学ぶには最適だった。
『そう言うこった。もう戦争は終わりだからな』
ライアンの呟きには妙な実感がこもった。
実際の話、Bチームのシェル近くにはシリウス側の作業シェルがいる。
大気圏外作業を引き受けたのは、シリウス連邦軍のシェルチームだ。
彼等はその巨大デブリを安全な軌道で落下させる作業に当たるのだ。
――――今日もブラックウィドウだ……
バードの眼差しの先。
シリウス側シェルの機体にはブラックウィドウの小さなマークが入っている。
このシェルチームの教官が誰なのか、すぐに解る仕組みだった。
彼等は神経接続が出来ないはずだから三次元コントローラーを使っている。
それにしたって動きが良いのだから、どれ程トレーニングしたか透けて見える。
いつの時代でもどんな機械でも、オペレーションの質は量から生まれるのだ。
『――――ハンフリー管制よりBチーム各機へ。作業を終了し帰投せよ』
唐突にハンフリーの歓声から指示が飛び、バードは改めて時計を見た。
艦内時刻は午前11時となり、進路を変える姿勢制御が始まる頃だ。
『バード中尉了解。シェルトレーニング中の各少尉より順次帰投する』
ハンフリーは地球に向けて加速を開始する。
作業ボットは最初に回収され、次はシェルの番だ。
ニューホライズンの重力圏を脱するには2時間を要する。
スーパーアースなのだから、その重力は地球よりワンランク上だ。
『ヴァシリ! アーネストもだ! グルッと回って着艦してみろよ。自信が無きゃ艦の外殻沿いに行ってハッチから入っても良いけどシェルドライバーとしちゃ恥だぜ! もう帰り道だから怪我しねーようにな!』
ライアンがいきなり無茶振りをした。
ヴァシリもアーネストも地上戦からサイボーグ暮らしに入ったのだ。
マルチな能力が要求される501大隊の隊員だが、シェルは初めて。
シミュレーターで散々と訓練したのだが……
『り、了解です』
『取り敢えず周回してみます』
ヴァシリとアーネストは少し上ずった声でハンフリーの周囲を離れた。
盛大に加速するほど慣れた訳では無いが、それなりに飛ばすことはもう出来る。
ならば次のステップに進むのが常道だ。何事も経験あるのみ。
どんなにシミュレーターで訓練を積み重ねても、実体験に勝るものはない。
そんな時、ふとバードの脳裏にテッド大佐の言葉が蘇った。
――――間違ってもハンフリーの外殻装甲に激突するなよ
――――幾ら俺たちでも一発で木っ端みじんだ
シェルトレーニングを始める時点で速度への認識として散々教育されたはず。
高機動装甲戦闘服が正式名称だが、誰もそんな名前では呼ばない。
See Hell 地獄を見るマシン
SHELL シェル。
人間の反応限界を遙かに超える速度で飛ぶ戦闘兵器。
AIによるサポートとサブコンのナビゲーションが必須のトンデモ兵器。
――――命懸けだからね……
文字通りに命を削る乗り物だ。
つくづくと人間離れな事をしているな……と自嘲した。
『ハンフリー着艦管制 ライアン中尉だ 俺から着艦する 新人に手本を見せるんでパドラーは解りやすく頼む』
ヴァシリとアーネストはいつの間にか着艦周回進路に入っていた。
そこへ自分の機体をねじ込ませ、ライアンが着艦コースに入った。
機を自由自在に操る技量と度胸。ヴァシリ達にすれば異次元のものだ。
それをやってる当人にすれば、更に異次元の存在を見ているのだが。
『私も言われたから一応言っておくけど、間違っても外壁に激突しないように』
バードがそう声を掛け、ヴァシリとアーネストは更に緊張の度合いを上げた。
プレッシャーが掛かる場面だが、ここで容赦無く更に追い込むのもまた愛情だ。
『何も難しい事は無い。ミラーボールを見ながら上下左右調整すれば良いだけだ。難しく考えると返って失敗するからな。あんまり深く考えねーで、スッと流れるようになるのがコツだ。空挺降下と大して変わるもんじゃねぇから』
ライアンは気楽な調子でそんな事を言う。
ただ、傍目に見ていれば、まるで吸い寄せられるようなスムーズさだ。
『……なんかマジでスゲェしか感想が無いんですが』
感嘆するようにそんな事を言ったアーネスト。
それに続きヴァシリも愚痴めいた言葉を吐いた。
『難しく考えるなってのがそもそも難しいですぜ中尉』
ふたりともそれなりにベテランな筈だが、それでも愚痴のひとつも出るだろう。
無意識レベルでそれが出来るようになった人間は新人の参考にはならない。
ただ、艦を出てしまった以上はどんなに無様でも帰らねば成らない。
そうしなければこのままシリウスに居ることになる。
『――おい新人! 何が必要だか解るか?』
唐突にBチーム無線へロンドン訛りの誰かが割り込んできた。
その声が誰だかはすぐに解ったが、バードは黙っていた。
『え? あの……』
『すいません。どなたですか?』
アーネストとヴァシリが続けてそんな事を言うと、チーム無線がドッと沸いた。
なかでもライアンとペイトンが大爆笑し、バードは少し間を置いて言った。
『あれ? どうしましたか? ジョンソン隊長』
バードがそんな事を言うと、再び無線の中がドッと沸いた。
そして、その笑い声が収まった頃、再びロンドン訛りの英語が響いた。
『バーディーが最初の着艦した時はデッキで転んだのさ。誰だって最初はレベル1だから遠慮する事はねぇ。上手くやろうなんて思わなくて良い。一番大事なのはひとつだ。いいか? よく聞けよ?』
Aチームを預かる事になったジョンソンの声が弾んでいた。
シリウス人であるリーナー少佐はシリウスに残るのだ。
その関係でジョンソンがAチームの隊長に任命されていた。
『ビビんなよ! ビビったら負けだぜ! ロックンロール!』
今まで何度も聞いたジョンソンのイカレた声。
意地と度胸とプライドの塊なブリテン人の本質だ。
どんな窮地でも困難でも、口笛でも吹くように軽くこなす。
他人から哀れまれたり同情されたりするのなんて真っ平ゴメン。
七つの海を制し太陽の沈まない王国を作った末裔の心意気だ。
『了解です。行きます!』
先に着艦進路に入ったのはアーネストだった。
それを見ていたヴァシリはもう一度周回コースに入る。
ややあってアーネストはぎこちないながらもハンフリーの着艦した。
大きなハッチのやや奥にドシンと派手にタッチダウンを決めた。
『よっしゃ! 次だ! ビビんなよ! 行け!』
気が付けばジョンソン機はバード機の脇に来ていた。
その肩には怒れる天使のマークが入っていた。
ふと、バードはその姿に寂しさを覚えた。
ただし、それが本来のものだというのも知っている。
『焦らない焦らない。気楽にね』
バードも声を掛ける中、ヴァシリはややバタつきつつも着艦した。
磁力線の拘束から抜け掛け、少し慌てたらしい。
『よしよし。心配ねぇな。じゃぁ戻るぜ』
ジョンソン機が左手を伸ばしてきた。
その手が握られているのを見て、シェルでグータッチだとバードは気が付く。
『ここなら乱流で飛ばされないから大丈夫だね』
バードは右手を伸ばし、ジョンソン機のグータッチを決めた。
『そう言うことだ。バーディーの頭も帽子乗せ台以外に使い道が出来たな』
嫌味でしか無い物言いだが、すっかり遠くなってしまった日に言われた事だ。
それを覚えていたと言う部分で、バードの内心に花が咲いた。
『先輩諸兄が優秀だと学ぶンですよ♪ ジョンソン隊長♪』
思えばこの男にも随分と世話になった。
まだまだ不安定な心に落ち着きと割り切りを教えた半分はジョンソンだ。
心の座らせかたで世界は違って見える。
些細な事だが、それでもバードはそれに感謝していた。
『地球に帰れば解散式だ。エディの夢は叶ったんだからな。だから俺が隊長なのはあっという間の出来事ってわけさ。まぁ、それでも役職手当ては弾まれるけどな』
スッとバード機から離れたジョンソンは平行に飛んだままだ。
その意味をするに理解したバードは、衝突しないよう慎重に変針した。
『ドリーとジョンソンが隊長なんだから、私は良い上官を持って幸せね。次は地球でよろしくです』
そのままスッとハンフリーの着艦ルートに入ったバード。
文字通り流れるような優雅さでハンフリーへ着艦し、振り返った。
『よしよし。上手くなった。さすがテッド隊長だぜ。じゃぁな!』
ジョンソンは一気に進路を変えてハンフリーから離れた。
その直後にハッチが閉まり、シェルのラッシング処置が始まった。
『バード中尉! 後は任せてください!』
艦内管制から声が聞こえ、バードは『よろしく!』と応えて機を離れる。
その直後に割と強い加速Gが掛かり、ハンフリーが加速し始めたのが解った。
――――さてさて……
いよいよ帰り道。これから一気にシリウス太陽系を横断だ。
太陽より遥かに強力なシリウスの重力に牽かれ加速を積み重ねる。
重力を使ったスウィングバイによる加速は省エネ航行の定番技術だ。
――――だいぶ速度が乗って来た……
視界に映るGセンサーが継続的に一定方向へのGを表示している。
つまりそれは、ハンフリーの速度が乗り始めたと言う事だ。
こうなればもうやる事は無い。
そそくさと着替えてガンルームへと向かえば、チームメンバーが談笑中だ。
「ただいま~」
艦内用の略装で現れたバードに全員がサムアップを返した。
部屋の隅ではヴァシリとアーネストが細かい指摘を受けている最中だ。
そんなガンルームの中、バードはロックからコーヒーを受け取った。
カップの中身が僅かに偏っているのを見れば、艦が変針中だと気が付く。
「シリウス最接近まであと24時間は掛かるな」
ペイトンはデータシートを見つつそんな事を言った。
シリウスβに最接近し、そこを離脱する頃にはかなりの速度になっているはず。
そこから更に加速し、ハイパードライブ起動速度まで加速し続けるのだ。
「光速までどうやって加速するのか、なんど勉強しても理解出来ねぇ」
割と高等教育を受けた筈のライアンですらそんな事を言い出す超物理学の世界。
光速不変の原理を越え、太陽系まで一気に時間と空間を跳び越える。
人類が手に入れたとんでもない技術。
だが、実は更に長距離を飛び越えるトンデモ技術があると言う。
色々と問題があって今は使えないそうだが……
「そう言うのは専門家に任せときゃ良いんだろうさ」
少し厭世的な言葉を吐いたロックだが、その表情は明るい。
その手にはシリウスで拵えた愛刀があり、今は抜き身で手入れの最中だ。
「そのロックの得物、改めて見るとスゲーな」
ダニーも感嘆する驚異的な丁字乱れも鮮やかな刀身。
無重力下で本来なら比重的に混ざり合わない金属を撹拌し研ぎ出した業物。
「コイツで斬れなきゃ、あとはレーザーしかねぇ」
ニマッと笑ったロックの顔はまるで子供だとバードは思った。
ただ、その奥に何が潜んでいるのかをバードは知っていた。
地球の地上で。東京の郊外にあるロックの実家で見た家族への顔。
ふと、太陽系に戻った時、再び姑の前に座る自分を想像した。
――――勝負所ね……
怖くないと言えば、それは嘘になる。
だが、少なくとも今なら多少の余裕はある。
隣に並んで立つために必要な事。
それを果たすときが近付いていた。
――――翌日
ハイパードライブ起動速度に達したハンフリーはとんでもない速度だった。
僅かな窓から見える光景は、宇宙空間がゆっくりと動く状態だ。
――――ありえねぇ……
宇宙を飛翔したことがある者なら、誰だってそう言うだろう。
地上を走る者ならば、彼方の光景が動かないのを知っている様に……だ。
「さて、跳ぶぜ」
相変わらず遠足前の子供状態のロックが笑った。
その隣。ガチガチに固定されたガンルームの椅子の上でバードも笑っていた。
「太陽系に戻ったら出撃命令出るかな?」
ニマッと笑ってドリーを見たバード。
そのドリーは首を左右に振って否定の意を示した。
「そんな話は聞いてねぇし、意地悪する様な上官勢は全部シリウスだ」
ドリーの回答に全員が大爆笑した。
同じタイミングで艦内放送がワープへ向けたカウントダウンを開始した。
――――ハンフリーのクルー諸君 いよいよこの時が来た
――――シリウスで過ごした2000日が我々を大きく成長させた
――――我々はシリウスに於ける全ての任務を終えて帰路に就く
――――各々が信じる神に祈って欲しい
――――どうか我らの旅路に大いなる祝福を与え給え
――――我らを導き給え
――――そして邪魔する悪巧みを潰え給えと
艦長の訓示に皆が大爆笑した。
科学の申し子と言うべきクルーですらも最後には神頼みだ。
ただ、それもやむを得得ないだろう。
超光速航行は物理では説明の付かない事態なのだから。
理屈は解らないが、結果的には出来る様になった。
世界中の物理学者が最もらしい説明を探している状態だ。
そして、そんなどうでも良いことを余所にカウントダウンが始まった。
「10! 9! 8! 7! 6! 5!」
全員が声を合わせて叫んでいた。
もちろんバードも大声でカウントダウンしていた。
作戦終了後に全員で馬鹿騒ぎした反省会を思い出した。
ここしばらくやってないなぁと、変なところで不思議がりながら。
「4! 3! 2! 1! ゼ――
ゼロの声を聞いたような気がした。
きっと気のせいだと思いつつ、意識を集中して世界を見た。
遠い日、周回軌道上の病院コロニーで眺めていた造花を思い出した。
あの花はその後どうなったのだろう?と、本当にどうでも良いことを思った。
その直後、一瞬だけ世界の全てが暗くなり、すぐにパッと明るくなった。
今回は??とバードは完全ブラックアウト時間を計測した。
「あっ!」
「どうした?」
バードの驚きにロックが言葉を返す。
ロックの顔を見たバードは笑って言った。
「完全ブラックアウト時間、今回はプラス0.0000004秒だ」
「プラス?」
語尾が上がる言葉で聞き返したロック。
バードは満面の笑みで応えた。
「うん! 今回はプラス側に時間が跳んでる」
ややあって地球標準時刻が視界に表示された。
全員がそれを見て各々に感嘆を漏らす中、バードはロックに言った。
「もうすぐ旅の終わりだね」
それを聞いたロックは僅かに首肯しつつ応えた。
「俺達の旅は……これからだけどな」




