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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 タイガークルーズ / エピロローグに変えて
349/358

別れを告げに……

~承前




 シリウス太陽系第4惑星、ニューホライズン。

 その周回軌道上高度350kmに強襲降下揚陸艦ハンフリーはいた。

 協定人類歴2305年10月5日。午前9時を少し回ったところだ。


 地球へ向けた航海に備え、ハンフリーはコロニーのドックで補修を受けていた。

 船体各所で多岐に亘る補修や修理の作業が完了し公式試運転の最中だ。

 そして、そのついでに搭載シェルの訓練中だった。


『バード中尉機。発艦準備良し』


 無線の中にそう言葉を発したバード。

 7回目の着艦を終えて燃料を補給し、再度の発艦準備中だ。


 久しぶりに乗ったシェルはアビオニクスが大きく更新されまるで別の機体だ。

 実視界で眺めるコックピットは従来のそれとは大きく異なっていて少し戸惑う。


 ただ、バスリンク出来るサイボーグには操縦系統など全く不要だ。

 リニアコックピットは全部新型に交換されているらしいが、全く使ってない。


 従来のものとは解像度や反応速度が段違いに早くなっていて便利らしい。

 だが、サイボーグであるバードなら視野と視神経と直結出来る。

 彼女にしてみればどれ程に応答速度が良くとも、直結したくなるのだ。


 つまりは生身向けのシェルが機能向上していると言う事なのだが。



『――――バード中尉。補給で整備重量が若干増えてます。注意して』



 無線の中に聞こえたハンフリーの発艦管制は女性だ。

 女性の社会進出が本格的に始まった21世紀の初頭位からだろうか。

 空母を含めた艦載機を扱う艦艇では、伝統的に発艦管制は女性が行っていた。



      ―――― しっかり稼いで来い! ――――



 ……と、夫を仕事に叩きだす奥さんのポジションだとジョークが飛ぶ。

 ただ、どういう訳か着艦管制と違い発艦管制は女性の方が生還率が高い。

 それはもう、出際に母親が言う『行ってらっしゃい』効果なのだろう。


 全ての職業で言われる事だが、出際にそんな声掛けをすると効果抜群なのだ。


『了解です。マーロ大尉』


 ニューホライズンを周回しつつ、コロニーのドックで整備を受けたハンフリー。

 これから始まる長旅に向け、各部の修繕と補修が徹底的に行われた。


 その関係でハンフリーもまた船体質量を大幅に増やしている。

 これではハイパードライブ起動までに時間が掛かるな……と皆が思う程に。



『――――データシートではコンマ5%の重量増です』



 電磁カタパルトに乗ったバードはバトコンの設定を替えた。

 戦闘管制モードに切り替え、同時に接続速度の安定を図る。


 シリウスの機嫌が悪いのか、太陽風の関係で通信回線が不安定だ。

 こんな状況では生身のパイロットが船外活動をするのは憚られる。

 そんな意味でもサイボーグは未だに重宝されていた。


『それじゃダイエットしなきゃダメですね』


 女二人で交わすウフフトーク。

 いつも綺麗で居たいと言う願いは女のさがだろう。



『――――地球に帰ったらなに言われるか解らないからね』



 マーロ大尉の声が弾んでいるが、それもやむを得ない。

 つい今しがた終った士官総会では、地球への帰還が発表されたからだ。


『いよいよ帰還ですね。5年は長かったけど、思えばあっという間』


 バードの零した素直な心情に無線の向こうが反応した。



『――――ほんとそうね』

『――――私は後続組だけど、それでも宇宙暮らしが長くなったわ』

『――――1G環境のリハビリが長くなりそうで少し憂鬱ね』



 大尉は確か30後半のはず。

 ハンフリーのクルー全てを把握しているバードは、ふとそんな事を思いだした。


 どんなに鍛えても頑張っても、生理的な面で人間には限界がある。

 そして、生身の女なら更年期障害という言葉が視界の隅にちらつく頃合いだ。

 長時間の無重力暮らしは骨粗鬆症を招き、1G環境では自然骨折しかねない。


 カルシウム摂取や負荷運動によりカバーするべしと船乗りは教育されるもの。

 だが、どれ程頑張っても、やはり人類には無重力空間は緩やかな毒だった。


『コロニーで人工重力を受けてた筈なんですけど、所詮は遠心力なんですよね』


 目の前で電磁カタパルトに乗ったアナスタシア機が叩き出された。

 僅かな間を置き、クルーのキャンディーライトに誘導されカタパルトに乗る。


 その前方には巨大な円筒形のシリンダー型コロニーがゆっくりと回転していた。

 コロニーは回転する事で遠心力を生みだし、疑似的に1G環境を作る。

 人類はその中で身体を鍛え、無重力の毒と戦う事を選択した。


 もっとも、あくまでそれは疑似的な物でしかないのもまた事実。

 むしろコリオリの力に振り回されていて、三半規管の異常を訴える者もいた。



『――――中尉、カタパルトにホックした。発艦よ』



 マーロ大尉の発音は典雅で穏やかだとバードは感じた。

 隠しても滲み出てくる育ちの良さや人間性の素直さ。

 つまりは、人格の根本部分にある善良さなのだろう。


 この10年程で、それら全てが腐り果てた最悪の人間を何人も見てきた。

 だからこそ、こんな人も居るんだという感覚が一服の清涼剤だった。


『了解!』


 電磁カタパルト近くの発艦クルーが安全圏へ非難した。

 海の上を走る空母の時代から、シューターの衣服は黄色と決まっていた。


 空母など航空機のオペレーションを行うスタッフは全て色分けされている。

 赤は兵装とか青は着艦とか、茶色が機体整備などと言った具合だ。


 そして、発艦を司るシューター達をまとめるリーダーがカタパルトを操作する。

 マーロ大尉はFIREの文字が書かれたボタンを押してバードを叩き出した。



『――――8回目ね! いってらっしゃい!』



 穏やかで優しさの詰まった言葉。

 その声に背中を押され、『ありがとう!』とバードは虚空へと飛び出した。


 何度経験しても、このカタパルト発艦は緊張感を覚える。

 もっとも、加速しで艦から叩きだされる10秒間ほどは完全自動だ。


 それ故に、クロックアップした世界の中でジッと待つしかない。

 コントロールが帰って来るまでは、単なるお客さん状態なのだった。



 ――――さて……



 バードは不意に先ほどのシーンを思い出した。

 士官総会の場でフレディ司令が発した一言だ。



      ―――― いずれ我々は戻って来るだろう ――



 司令の言葉の意味をバードは考えた。

 このシリウスへ戻ってくると言う風に捉えるのが当たり前の解釈だ。


 だが、同時にそれはアリョーシャが発した言葉へのアンサーでもある。

 そう遠くない時、エディがここへ、この世界へと帰って来る。

 シリウスの支配者として、指導者として……だ。


 その時、エディの手足となる存在が必要になる筈。

 国連軍海兵隊の誕生はエディの思惑によるものだし、その結晶だ。

 つまり、フレディは言外に次の総司令はビギンズだと宣言したようなもの。



 ――――まぁ……それも良いよね



 様々な考えが頭の中を駆け巡り、僅かな間にバードは厖大な思考を積み重ねた。

 絶対的に必要な暴力装置としての海兵隊であり、即応主義がモットーの組織だ。

 シリウスにも恩恵をもたらすし、地球にとっても悪い事じゃ無い。



 ――――私もまた来るようだな……



 そんな確信をしたとき、リニアコックピットのモニターに反応が現れた。

 先行するアナ機と自分の後に発艦するはずのジャクソン機では無いエコー。

 敵味方識別装置にはシリウス軍の表記があった。


『――――バード中尉。聞こえてる?』


 唐突に聞こえて来た無線の声はウルフライダーのサンドラ大佐だ。

 何故ここに?と一瞬訝しがったが、すぐにその舞台裏を理解した。


 シリウス軍も国連軍の士官総会をモニターしていたのだろう。

 そして、シリウスに残る強行的独立派のテロを警戒しているのだ。


『感度良好です大佐』


 発着艦訓練の真っ最中だが、ハンフリーはまもなく全力推進試験を行う。

 その調整前の僅かな時間でシリウス宙域最後の訓練を行っていたのだ。


 実際の話、大気圏外での戦闘はもう無いだろう。

 だが、シリウス軍以外でも何かしらでシェルを使う可能性はある。


 そも、空母パイロットは21日以上の間を開けた着艦行為は認められない。

 動いている空母へ着艦するのは、本当に特殊技能なのだ。


 もちろんシェルだって同じ事。

 バード達Bチームはシミュレーターで散々と訓練した後に実機を飛ばしている。

 太陽系に帰ってからでは、訓練しているヒマなど無いだろうから……


『――――色々あったけど楽しかったわ。またシリウスにいらっしゃい』


 サンドラは紛れもなくシリウス人だ。

 だからこそ、テロ警戒の大義名分で見送りに来たのだろう。


『えぇ。何れ機会あればまた。その時はもう一度手合わせしてください』


 思えばサンドラには最後まで勝てなかった。

 いや、サンドラだけじゃ無く、ウルフライダーの誰にも勝てなかった。


 テッド大佐の如き異次元の技量ならともかく、並の腕では太刀打ち出来ない。

 だからこそ、バードは心の何処かに悔しさを抱えていた。


『――――次は負けそうね』


 サンドラの声が妖艶に響く。リップサービスなのは言うまでも無い。

 ただ、それを承知の上でなお、バードは思うのだ。この人に勝ちたい……と。


『いえいえ。大佐には勝てません。勝ったこともありませんし』


 素直な心情を吐露したバード。

 その声が無線にとけて消えた時、急にロックオン警報が鳴った。



 ――――え?



 一瞬だけ思考が真っ白になったが、同時にロックオンを外すべく動き出す。

 思えばそんな咄嗟のマニューバも上手くなったし、手技や手札も増えた。

 その全ては文字通りの殺し合いで学んだものだった。


『――――良い反応ね』


 冗談でやったのだろう。或いは、少し手荒い祝福かも知れない。

 ただ、シリウス軍機が国連軍機に対して無通達でロックオンをしたのは問題だ。

 当人同士の信頼関係や交友関係がどうであろうと、組織と組織の問題になる。



 ――――どうしよう……



 一瞬だけ迷ったバードだが、その直後にハッと気が付いた。

 恐らく地球へと帰還すれば論功行賞で昇進が待っている。

 その時の為に、アドリブでどうにかする練習だと感じたのだ。


『勝ったことは無いけど負けませんよ! アハハ!』


 選択肢として選んだのは無邪気な反応だ。

 現役軍人としてはあるまじき事だが、逆に言えば今ならまだ許されるだろう。

 バードは一気に機体をねじり込ませ、サンドラ機へと肉薄した。


『――――そのマニューバ。2回目は狙われるわよ?』


 AIによる誘導ミサイルから逃れるには機体の限界を超えた機動しかない。

 しかし、同じシェル乗りならばその回避機動は2回目には読まれるだろう。


『多分そうでしょうから、2回目は別の手でいきます』


 細かな変針を挟みつつ大きな螺旋を描くバードの機動。

 初めてシェルをドライブした時に学んだテッドの螺旋機動だ。


 そして、再びロックオン警報が鳴った時、バードのシェルは真横に飛んだ。

 重心点をサッと動かし、姿勢制御スラスターとメインエンジンを同時に使う。

 周囲でそれを見ていると、感覚的にはほぼ直角にぶっ飛ぶように見えるのだ。


『――――良い動きね』


 無線の向こうに聞こえるサンドラの声が嬉しそうだ。

 別に根拠など無いが、バードはそんな印象を持った。


 それと同時に高機動ミサイルのシーカーをAIロックした。

 左腕のチェーンガンをキックオフしてから機を滑らせ、腕を突き出しつつだ。


『動ける隙間を削り合う。シェルの戦いってクレバーさの勝負ですよね』


 何度も経験した過酷な現実を再確認したバード。

 本気で殺してやる!と狙ったサンドラだが、その全てを躱されてもいる。


 どうやって勝とうか? どうやって撃墜しようか?

 その組み立てやシミュレーションを繰り返す事が上達の最短手。

 どんなに言い訳したところで、訓練は積み重ねでしか無いのだ。


 質は量から生まれる。エディの口癖をふと思いだしニヤッと笑ったバード。

 無線の中に『その通りだ。だから弱気になった方が負けだ』と声が聞こえた。



 ――――え?



 驚いて全周を確認したバードは少し離れた所に機影を見つけた。

 拡大してみたらそこにはブラックウィドウとブラックバーンが見えた。


『テッド大佐』


 そう。そこに居たのはテッドとリディアだ。

 夫婦仲良く虚空を超高速飛行していた。


『――――地球に帰っても研鑽しなさいね』


 リディア大佐の声が優しく響いた。

 いつだったか聞いた、敵の声ではなかった。


『色々お世話になりました。沢山学びました』


 思えばこの女性とは様々な接点が出来たし、沢山の教えや学びも得た。

 苦労の数だけ女は綺麗になるというが、辛酸を舐めてここまで来たのだ。


 この人だけには絶対に勝てない。理屈ではなく直感でバードはそう思う。

 それ程の過去を持っているのだから、どうか幸せに……と願った。


『――――バード。少しトレーニングするかと思ったが、お前には必要なさそうだな。アナスタシアとダハブを鍛えることにする。そろそろ艦に戻れ。着艦をしくじるなよ』


 テッド大佐の声もまた優しかった。

 初めて虚空を飛んだ時から、あの時に一から手ほどきしてくれた存在だ。


『了解です、大佐。どうかお幸せに。リディア大佐も』


 一瞬の間が空いた後『あぁ』と『ありがとう』が返って来た。

 百万の感情を圧縮したその短い言葉には百億の後悔がこもっている筈。


 その全てを飲み込んで、乗り越えて、そして掴み取った今。

 きっとテッドとリディアはこれから全てを取り戻すだろう。

 老境に差し掛かった男女のこれからをバードは思った。


『バード中尉よりハンフリー着艦管制』


 大きく円を描き、ハンフリーの後方に付けたバードの声は硬かった。

 目の前にとんでもないベテランが3人も居るのだからブザマは出来ない。

 もっと言えば、アナスタシアやダハブ達の手本にならねばならない。


 なにより、ここで上手く戻れなければテッド大佐に恥をかかせる事になる。


『――――バード少尉 こちらハンフリー着艦管制。感度良好』


 ハンフリーのミラーボール《着艦誘導灯》が見え、バードは進路を微調整する。

 同じタイミングで着艦管制がガイドランプを表示させた。


 過去何度も着艦しているはずだが、妙な緊張を覚えたバード。

 ただ、そんなプレッシャーを楽しむ余裕もまた身に着けていた。


『順調に減速中 ミラーボール視認よし』


 着艦誘導のガイドランプビームが視界に入り、上下左右の修正角を慎重に取る。

 いつもの事だが、無くなった筈の心臓がドキドキと早鐘を撃つ錯覚を覚える。

 小さく見えていたハッチがドンドン大きくなっていく瞬間は最高だ。


『――――着艦誘導角異常なし。そのままどうぞ』


 ノイズが全く入らず声が明瞭に聞こえる。

 バードは少し笑みを浮かべ、『了解!』と返答してハッチに飛び込んだ。


 磁気の網がバード機を捉え、一気に減速してハンフリーのデッキに着艦する。

 今はもう滑って転ぶことも無い。教科書通りの流れる様な着艦だった。


『――――良い着艦だ。これからは新人を鍛えてやってくれ』


 無線に聞こえたテッド大佐の声。

 バードは瞬間的に胸がいっぱいになった。



 ――――これで最後かも!



 そんな直感が沸き起こったのだ。


『了解しました! じゃぁ……さようなら! お元気で!』


 ハッチの向こうにテッド機が見えた。その隣にはリディア機も。

 両機は揃って飛びながら右手を挙げた。そのままハッチの視界から消えた。

 音もなく着艦ハッチが閉鎖され、デッキクルーが集まって来た。


 誘導に合わせシェルをマウントにホックし、機体を離れる。

 その刹那、不意に振り返ったバードは、シェルが穏やかに見えた。

 厳ついデザインの筈なのに、その表情が柔和に見えたのだ。



 ――――もう終わりだものね……



 それ以上の感情が湧かず、気密ハッチに入ったバード。

 真空中のハッチ内部に空気が入った時、電磁カタパルトの音が聞こえた。

 船内に入って艦内データにアクセスすれば、ダハブが発艦した所だった。


「さて……」


 テッド大佐は見送りに来てくれたのだと気が付き、また胸がいっぱいになった。

 油断すれば泣き出しそうだが、やはり涙は溢れてはこない。


「まぁ……そうだよね」


 小さく独り言ちてガンルームへと向かうバード。

 地球への航海まで後5日間あるが、全日程で訓練が予定されていた。

 もう少しシリウスの宇宙を飛ぶようだが、心はもう太陽系へと飛んでいた。

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