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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
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呆気無い終わり方


 協定人類歴2305年2月3日

 統一シリウス政府は全土に向けひとつの発表を行った。


 地球からの派遣軍司令官、エイダン・マーキュリーが死亡した。

 それ以上の説明は無く、また、それ以外の如何なる非公式談話も無かった。


 ただ、地球からやって来たその軍人の正体がビギンズなのは周知の事実だった。

 シリウス全土の悲しみは言葉に尽くしがたく、惑星全体が1週間の喪に服した。


 3月に入り俄に沸き起こり始めたのは、エディ謀殺の主犯格探しだった。

 エイダン・マーキュリーと言う人物の歩んだ人生が公表された結果だ。


 命を狙われ続けた幼少時代。

 幾つもの危機を経て育った少年時代。

 数多の支援者により地球へと逃がされた青年期。


 そして、肉の身体を捨て去り、ただひたすらシリウスの為に生きた日々。

 数々の作戦や試練や、なにより、遠い彼方の惑星へ旅した事などなども。



 ――――人格を形作る試練の日々



 暫定的な存在であるシリウス大統領はそう表現し、改めて哀悼の意を表した。

 しかし、シリウスの社会はそれで収まらなかったのだ。


 独立委員会を御せなかったヘカトンケイルの責任を問う声。

 エディの謀殺に一枚噛んでいたシリウス評議会らの犯罪を追及する声。

 様々な特権を持っていた機関や組織の闇を暴こうとする声。


 シリウス社会が如何に虐げられ、抑圧されてきたのか。

 誰かを憎み、その存在を悪の象徴として祭り上げねば収まらない感情。

 その実態が一気に吹き出した形だった。


 ただ、そんな声と同時に沸き起こったのは、次世代の希望を希求する声だ。



 ――――ビギンズのクローンはまだ何処かにいるんだろ?



 僅かな希望でしか無いが、それでも人はそれに縋りたい時がある。

 これまでの抑圧から解放された多くのシリウス人がそれを求めた。

 救いの御子であるとヘカトンケイルが発した談話は今も生きていたのだった。


 そして、ならばそれがビギンズとしてシリウス王になるべきだ。

 政治的権力を持たなくとも、シリウスの象徴として君臨するべきだ。

 社会の空気がそうなるのは、ある意味で当然だった。


 ジワジワと燎原の火の如くに広がる『後継者』への憧憬と期待。

 その課程で幾つも偽者が現れては粛正されるという流れが出来上がっていた。



 ――――愚かだね



 バードはそれを愚かと評した。

 シリウスの社会にだって、そんな一発逆転の夢を見るモノが居るのだ。


 そして、6月の終わり頃、1つの言葉がシリウス中を駆け巡った。



『私はビギンズのクローンだ』



 かつて反地球連合をまとめたギャビー・ドーミン議長の隠し子を自称する男。

 ヤトゥ・ドーミンと名乗る男がオーグ支援者の間から姿を現した。


 ギャビー・ドーミンはビギンズをシリウスの無期限統一大統領にしたかった。

 やがてはシリウス人の間から統一大統領を選びビギンズがシリウス人に戻る。

 そんな流れを目指していたのだ……と、広域放送で訴えた。


 シリウス中が沸きに沸いたのは言うまでも無かった。

 口にこそしないモノの、心の何処かで願っていたストーリーなのだ。


 シリウスの未来はシリウス人の手で。


 人類が持つ共通した宿痾とでも言う様なもの。

 あっちとこっちは違う。その違いは乗り越えられない。

 変な角度で出来上がった妙な自意識。或いはプライドだ。


 そして、ヤトゥに暫定統一大統領の座を譲れと言う流れが出来た。

 ある意味では当然の流れだろう。シリウス社会が白熱し始めたのは当然だ。


 ヤトゥを承認するもの。偽りの王など要らぬと拒否するもの。

 各々が各々の立場と思想を振りかざし、シリウス全土で激突し始めた。

 そしてその騒乱の中で、ヤトゥは凶弾に斃れた。


 それを見て心を痛めたのか、ある日、ヘカトンケイルのひとりが談話を出した。

 ガイア・オデッセイアがSNSに重要情報を投稿したのだった。


『ビギンズのクローンは現状3人存在している。それ以外は戦死したり、或いは謀殺されて現存していない。ふたりは女性で男性はひとりだけ。実は私の手が届く所にそれは居る。やがて出てくるだろうから今少し待ってやって欲しい』


 地母神の肩書きをもつガイアの言葉は相当なインパクトをもたらした。

 ただ、そうは言っても反地球の精神がシリウスに残っているのは事実。

 反地球闘争で利益を得ていた者も存在するのだ。


 結果、シリウス統一政府はより一掃に慎重な舵取りを求められていた。











  ――――――――孤立大陸ヲセカイ キャンプ・スミス ガンルーム

           協定人類歴 2305年 8月15日 午前9時











「さて、今日もミーティングからだ」


 ガンルームに入ってきたドリーはいくつかのファイルを持っていた。

 毎朝9時のミーティングは重要な時間で、Bチームは全員が硬い表情だ。


「……本当に公表するんですか?」


 勘弁してくれと言わんばかりの口調でヴァシリがそう口火を切った。

 ドリーの持っていたファイルには部外秘の真っ赤なスタンプがあった。


「あぁ。シリウス暫定政府はそう決定した。これは俺達にはどうしようも無い」


 近代軍隊の要諦として、シビリアンコントロールが絶対の原則だ。

 それ故に、主権者たる国民がそう望むのであれば、軍はそれに従う。

 そして今、シリウスの地上に展開する地球軍は最大の緊張に包まれていた。


「シリウス人は納得しねぇだろうなぁ……」


 呆れるようにライアンがそう言うと、アチコチから重い溜息が漏れた。

 ヘカトンケイルの地母神ガイアが発した談話の内容が問題だった。


 曰く、ビギンズはもうすぐ1才になる。

 曰く、ビギンズの代理母はシリウス軍関係者が志願した。

 曰く、ビギンズは数多くの護衛に護られ安全な環境に居る。


 ただ、その言葉を曲解するバカはいつの世にもいるものだ。

 全く書かれていない文字を幻視するのか、脳内補完かしたのだろう。

 SNSという極限の地獄で悪意が芽生え始めていた。



     ――――ビギンズである証拠は無い


     ――――代理母から生まれた試験管ベイビーは人間と呼べるか?


     ――――数多くの護衛って要するに地球軍だろ?傀儡じゃね?



「いつの世も、結局は頭のおかしな奴が変なことを言い出して、心底馬鹿な奴がそれに乗っかって大騒ぎするのさ。SNSなんてモンが誕生する前からずーっとな」


 ジャクソンのボヤキには迫真の情念が籠もっていた。

 テロリストに家族全てを謀殺された恨みは相当なものなのだろう。


 全部承知で踊る者もいるのだろうけど、実際には単なる馬鹿の勘違いだ。

 動画サイトなどでくだらない陰謀論を振りかざす妄想に看過されてしまうのだ。


「あの類いは基本的には低知能だからな。理論思考や空間把握が弱いんだよ」


 精神を見つめる職業のビルはそう呟いて溜息を漏らす。

 人間の宿痾その物とも言うべき欠陥部分を当人が認識出来ないのだ。


「んで…… これ?」


 ファイルを回し見ていたロックが中身の紙面を指でトントンと叩いた。

 隣で覗いていたバードは、小さく『アチャー』と呟く。


 基礎装甲まで降ろしてから強靱な外殻装甲を取り付けた戦闘装備はもう無い。

 今は従来と同じ人工筋肉に覆われた柔らかな肉体風の姿をしたG40だ。

 つまり、何か問題が発生した場合には、生身と同じ戦闘服となる。


「歓迎しねぇ話だが、大佐辺りはやる気満々なんだろうな」


 バードと同じ様に覗き込んでいたライアンはそんな事を呟いた。

 その言葉に何かを察したダハブとヴィクティスが後ろからファイルを覗く。


「あぁ、わりぃ。回さなきゃ」


 ロックはそれに気が付いてファイルを少尉陣へと流した。

 そこに書かれているのは、まだ幼いビギンズのお披露目計画だった。


「まぁ、テッド大佐にしてみりゃかわいい甥っ子みたいなもんだ」


 ドリーはそんな事を言ってニヤリと笑った。

 同じタイミングでキャンプ・スミスのエプロンにVTOL機が着陸した。


 そのハッチが開き、中から話題のテッド大佐とヴァルター大佐が降りてきた。

 ふたりとも明るい表情で快活に談笑中だった。


 すくすくと育つ幼いビギンズは地上の某所で匿われている。

 ヘカトンケイルの暮らす白宮殿で養育中という噂が流れ飛んでいた。


「まさかここに居るとは……思わねぇよな」


 ダニーがニヤリと笑いながらそう言うと、Bチーム全員が笑った。

 かつては黒宮殿と呼ばれたヲセカイ大陸の中央部。

 キャンプ・スミスの中には地域の孤児院が併設されている。

 その中にある幼児育英施設にビギンズは紛れ込んでいた。


「けど、タイミングとしては良い頃合いですよね。少なくとも慶事が続いていますし、それに人の表情は明確に明るくなっています」


 普段より明るい声でそう言ったのはアナスタシアだ。

 彼女が言う通り、ニューホライズンと名付けられた惑星には慶事が続いていた。


 まず、この半年で世界各国の地温が上昇したと報告があった。

 惑星物理学者達はシリウスの輻射熱が上昇した結果と発表していた。

 連星であるシリウスαとβのうち白色矮星であるβの熱量が増えていたのだ。


 これにより地表と地下2m程度までは明確な温度上昇を記録している。

 ただ単に温度が上昇しただけでは無く、惑星全体が温められていた。


 その結果だろうか。


 この半年で収穫された小麦の量は過去最大値を記録した。

 シリウス入植以来100年、農人の苦労と絶望の末に叩き出された快挙。

 小麦の自給率がカロリーベースで100%を越えたのだ。


 それだけではない。水稲栽培が盛んな地域。

 デントコーンなどの栽培が盛んな地域。

 絶望的に地味の悪い地域でのそば栽培も過去最高になりつつあった。



 ――――何かが変わった!



 反地球連合。AEGの壊滅が発表された後でのこう言った現象は慶事だった。

 それ故に、エイダン・マーキュリーの死去が神格化されたのはやむを得ない。



 ――――古いビギンズが凶事を連れ去ったのだ……



 民衆の前で水をウィスキーに変えたエディだ。

 その正体がビギンズなのは誰も疑っていなかった。


 AEGとの闘争に終止符を打ち、シリウスの呪いもねじ伏せた。

 その結果として、長い生涯に終わりを告げたのだろう。


 そして、それを見取ったヘカトンケイルは最後のクローン胚を何者かに与えた。

 次の王として生まれてくるビギンズを待望する声は、日に日に大きくなった。


「まぁ、あれさ」


 ジャクソンはガンルームをグルリと見回して言った。


「いつでもどんな場所でもそうだ。差し当たって腹一杯ちゃんと喰える。それだけで人の不満は殆ど解消する。逆に言やぁ飢えて乾いて寒くてひもじいってな時にはどうしたって文句が出るモンさ」


 人間の三大欲求などと言われるが、本質的問題として飢えこそが一番の問題だ。

 飢える=生命活動が継続不能となるのだから、精神的に辛いのだ。


「それに、この何年かはシリウス全土を巻き込むような大規模戦闘も無かった。一次産業全域で計画的に作業できたのも大きいと思う。それもこれもエディの功績だと思えば、全土からビギンズを求められるんだろうさ」


 ジャクソンは何処か同情するような言い種でそう締め括った。


 救いの御子


 言葉にすればそれだけだが、そこには大きな意味がある。

 パンドラの箱から最後に出てきた災厄の種もまた希望。


 改善の予兆を意味すると同時に別の面もまた人々は知っていた。

 希望があれば人々はどんな艱難辛苦にも耐えようとしてしまう。

 素直に逃げ出せば良いのに、改善するかも知れない……と期待してしまう。


 救いの御子という希望の種。

 ビギンズという人間が育つ課程で、勝手にその重荷を背負わされるのだ。


「……迷惑な話だな」


 ボソッと漏らしたダハブは、渋い表情になっていた。

 望んで生まれた訳では無い人生で、勝手に救世主に祭り上げられる。


 それを不幸と言わずして、なんというのだ。


 思えばエディが早い時期に地球へと送り出された意味も察しが付く。

 形式的にブリテン名家の養子となり、貴族社会が残る国で帝王学を学んだ。


 ノーブルオブリゲーション


 ラテン語圏ではノブレスオブリージュと呼ばれる貴族の義務を学びあげた。

 複雑な社会のしがらみや難しい場面での乗り切り方もまた必修事項だろう。


「ビギンズもまた地球で学ばせたいな」


 ロックがそんな事を呟き、メンバーがそれに賛意を示す。

 人と人の間を生きるからこそ人間だ。そのノウハウは人の間でしか学べない。


「まぁ、大丈夫よ。そこまで含みで墓荒らしに行ったようなものだから」


 最後を締め括るようにバードがそう言うと、ビルやドリーが失笑した。

 ただ、その墓荒らしという言葉に全員が各々に思う所もあった。


 オペレーション・トゥムレイダー(墓荒らし)


 冒険や探検と言った意味でも使われるスラング的な単語だが、本来は違う。

 他人が埋葬された墓を穿り返し、金目の物を盗んでくる夜盗窃盗の類いだ。


 Bチームはどんな墓を暴いたのだろうか。

 ふとそんな事をロックは思った。


 ただ、そうは言っても現状は大団円なのだろう。


「そうだな。古いエディが思いを埋めた古い墓は綺麗サッパリ吹っ飛ばしたし、ビギンズを縛りつける過去はもう無いんだ。未来を生きてくれ……ってな」


 場を締めるようにドリーがそう言う。

 そんなタイミングでテッド大佐がガンルームへとやって来た。


「おぉ、全員揃ってるな。ちょうど良い」


 大佐が手にしていたのは大きな封筒だった。

 軍隊と言う組織は23世紀になってなお、書類と袂を分かてないのだった。


「全員任務終了だ。501大隊全員に帰還命令が出る。地球へ帰れ」


 封筒の中から出て来たのは、シリウス派遣軍団総合司令部からの通知状だ。

 そこにはアリョーシャとブルの代理署名でエディ最後の命令が書かれていた。



 ――――全ての作戦行動を終了し地球へ帰還せよ



 生前のエディが書いたであろう直筆サイン入りの指令書だ。

 メンバー全員に一通ずつその指令書が手渡され、バードはそれを広げて見た。


 いつだったか模写したエディの直筆命令書。

 あの時は戦死者の家族へとあてた感状だった。

 だが今回は自分へと宛ててエディが書いた物だった。



 ――――バード中尉へ



 そこから始まるエディのメッセージに、バードは胸が一杯になった。

 困難を乗り越えて成長した自慢の孫娘だとエディは書いていた。



 ――――何があってもロックの手を離すな

 ――――ロック以上に君が心配だから



 随分と手を焼かせた酷い人間だと自嘲したバード。

 ただ、ふと目を上げれば、全員が口を真一文字に堅くして文面を読んでいた。


「最後の最後で大きなイベントが待っている。タイガークルーズだ。全員ぬかるんじゃ無いぞ?」


 テッドは優しげな物言いで全員に注意を促した。

 タイガークルーズと言えば、アメリカ海軍などが行う帰還イベントだ。


 まだ地球の海上を軍艦が走っていた時代から続く伝統行事。

 最後の寄港地から母港までクルーの家族が軍艦に乗り込むのだ。


「大佐はどうされますか?」


 ふと気になったのか、アナスタシアがそう質問した。

 今までならバードがそれを言っていたのだろうけど……



 ――――大佐はシリウス人だもの



 変なところでそう達観していたバードはそれを言わなかっただけだ。


「あぁ、私はまだ仕事があるし、それにビギンズの後見人を務める100人委員会に名を連ねたから離れる訳にも行かない。それにそもそも、私はシリウス人だ。ここが帰る場所なんだから地球にいく理由は無い」


 スパッとそう言い放ったテッド。その姿をバードは眩しそうに見ていた。

 本当に呆気無いが、シリウスに於ける全ての闘争は終わりを告げたのだ。


「なんか呆気ねぇな」


 ロックは日本語でバードにそう言った。

 公開での内緒話状態にライアンが渋い表情だった。


「でも、これで良いのよ。きっとね」


 バードもまた日本語でそう応えた。

 足掛け半世紀に亘ったシリウスの独立闘争は、結果的に独立で幕を引いた。

 その全ては、エディが描いた絵の通りになったのだった。


「じゃぁ、帰るか」

「そうだね」


 ふたりして顔を見合わせ微笑み合う。

 それを見ていたライアンが相変わらず妬いて言うのだった。


「クソッ! 見せ付けてんじゃねーよッ!」








 第20話 オペレーション・トゥームレイダー
















  ――了――  
















 幕間劇 タイガークルーズ/エピロローグに変えて へ続く

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