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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第4話 オペレーション・ファイナルグレイブ
34/358

生命とは・自分とは

 ――――ファイナルグレイヴ最深部

      中国標準時間 1530




 喧嘩装備を調えたバードは、早速ファイナルグレイヴへと飛び込んだ。

 最後まで『俺が一緒に降りる!』と言い張ったライアンを宥め、バードは単独で飛んだのだった。気持ちはありがたいがリスクは分散しないといけない。そして、半人前扱いされているのも許せない部分の一つだった。

 孔のすぐ脇には、ここまで一緒に走ってきたブーン曹長以下兵士50名が見守っている。そんなところで半人前(ナゲッツ)を見せるわけにはいかない。


『約七〇〇〇メートルの降下ってこんなに長かったっけ?』


 ちょっと抜けた調子なバードの声が無線に流れる。風を切る音が耳を塞ぐ。

 いつもなら脳内で直接聞こえる無線の声も、今回は無線器越しだ。頚椎バスに差し込む携帯無線器にすればよかったと、この時になってバードは後悔した。


『一人でじっくり降下すると確かに長いよな』

『そうだな。隣に仲間が居ない時は特に』


 ペイトンとジョンソンの言葉が流れる。

 あの二人も一人で降下した事があるのかな?とバードは思った。


『降下中は相互チェックだもんね』

『嘘つけ。いつもはまわりにおんぶに抱っこだろ?』


 ロックの声は何処か冷たい突き放す感じだった。


『え? なんか言った?』

『半人前は黙って降下してこい!って言ったんだよ』


 ロックはバカ調子で軽口を叩いたつもりだった。緊張してるだろうから、間を持たすつもりでもあった。だが、普段は寡黙で静かなロックのジョークだ。そして悪い事に、バードは砂漠を走りきって精神的に興奮状態にある。

 決してそんなつもりではなかったはずなのだが、バードはその言葉を真に受けた。


『なんですって!』


 垂直に降下して行って、レーザー計測で正確に距離を測り誤差ゼロでの最高効率減速着地を決めたバード。これなら半人前とは罵られまいとほくそ笑むのだが、着地したエリアには様々に成り果てた死体が並んでいた。

 今更声をあげて悲鳴を叫ぶほどカマトトぶる事は無いが、余り正視したくは無いシーンだ。ただ、その死体はどれもがメンバーの得意を表しているようで、見ているだけで誰がどう戦ったのかが手に取るようにわかった。


 強い力で叩き潰されたモノはリーナーだろう。バトルハンマーの威力は頑丈なヘルメットを完全に叩き割っていて、そのまま頭蓋が陥没するほどだ。

 逆に首筋や二の腕の内側など、動脈をすっぱりと切られ失血死しているのはペイトンの仕業。暗闇に紛れ完璧に気配を殺し、黒染めのナイフで確実に即死させる技術は、暗殺者(アサシン)を思わせる。

 荒々しく引き千切られた傷口はスミスのアラビア刀。鈍器と刃物が共存するその刃は、慣性の法則にしたがっている限り、自らの運動エネルギーと相まって確実に相手を切り裂いて行く。

 突き刺された孔が残るのはジョンソンのレイピアだ。基本的に突く事で相手の急所を一撃の内に貫き確実に絶命させるため、見た目以上に高度な技術を要する武器。だが、ジョンソンの使うレイピアは恐ろしいほどの正確さで確実に相手を絶命させていた。強靭な肉体を持つレプリが一撃で殺されていると言うのは、ブレードランナーであるバードにとって学ぶべき点だった。

 そして、もっとも驚いたものは、それら以外の多くの死体だった。まるでマグロの刺身の如くだとバードは思った。或いは、味噌汁に浮かぶ豆腐だ。恐ろしい切れ味の刃物で切り裂かれたレプリの死体は、そのどれもが切り口の角が立つ程に鋭くぱっくりと切れていた。滲むように流れる白い血は、僅かに流れ落ちて固まっている。常識外れの高度な技量で無ければこうは出来ない。


WHERE(どこ)?』


 どこか不機嫌でちょっと荒っぽいバードの声。不本意ながら半人前なのは自分だと気が付く。

 職能に助けられているだけで、基本的に自分には戦闘技術も経験に裏打ちされた自信も無い。


『ちょっと探してみな? 良い経験だぜ』


 バードを導くジョンソンの皮肉。だがバードはその声に素直に従った。

 自分自身がどこか高慢になって居た様な気がした。或いは、不遜な態度だ。


 これじゃきっと何処かで痛い目に会うだろう。

 プリーブいじめの先頭に立つようになる士官学校の三年生時に言われた言葉を思い出す。


 ――――もっとも手強い敵は、自分自身の自惚れと慢心だ。

 ――――この敵は完璧に気配を消し、足音を立てずに心へ入り込む。

 ――――そして、この敵に入り込まれると、自分で打ち勝つのは容易ではない。

 ――――だから絶対に心の中に入れるな。


 あのシミュレーターの中の講師陣はそう力説していた。

 そんなシーンを脳内で再生しつつ、薄暗い視野に赤外視野をオーバーレイさせて歩くバード。ふと、心のうちで深呼吸をすると、少し落ち着いた様な気がした。


 そんな状態で尚も薄暗い中を歩いて行くと、つい今しがた引き剥がされたと思しき隠し通路をバードは見つけた。この条件でこれを見つける仲間の能力に舌を巻きつつ、そのエリアに残る行動の痕跡を辿って細い路地を進んで行く。そして、傷の無い大量の死体に気が付く。


『なにこれ?』


 バードの新鮮な驚きにジョンソンの声が帰って来た。


『なんだ?』

『死体が山積み』

『最初からそれが有った』


 慎重に死体を確かめるバード。裂傷や弾痕は一切無い。打撲痕や殴打痕も無い。

 まるでバッテリーが切れて動かなくなったおもちゃのようだ。

 ふと、バードは手近な死体の目を確かめた。

 瞼をこじ開けて瞳を見た瞬間にレプリ反応が出る。


『これ、全部レプリだ』

『なんだって?』

『全部寿命で死んでる』


 手近な全ての死体を確かめたバード。

 間違いない。全てからレプリ反応がある。

 それも、随分と古い形式ばかりだ。


『ネクサスⅡとかⅢとかの実物なんてはじめて見た』


 ふと、無線の中の会話が途切れた。皆が凍りついたようだ。

 無線の通じている地上側から反応が沸き起こる。


『どういう事だ?』

『意味がわからねぇ』


 テッド隊長とジャクソンが呟いた。


『ここは放射性廃棄物の投棄作業をしていたはずだよな?』


 ビルが何かに気が付いたのか。ふと確かめるような口調で言う。

 だが、言葉を失ったジョンソンはじっくりと小部屋の中を観察していた。

 何かを見落としているかも知れないと、心を鎮めて再確認。

 どんな小さな矛盾やヒントをも見逃すまいとじっくり観察する。


 そんな中、バードの視界に相乗りするペイトンは短く声をあげた。


『え? なんか言った?』

『バード。今の所をもう一回見てくれ』

『なんで?』


 訝しがるバードの視界には黄色い帯に巻かれた地球のマーク。


『ブルースターの活動チームマークだ。あのクソどもが絡んでんのか!』

『どういう事?』


 小部屋の前を離れたペイトンとジョンソンはバードの所へとやって来た。

 バードの起こした死体を確かめ二人は顔を見合わせる。


『ブルースターの反核運動班だ』


 ジョンソンは手近な死体にあったマークを引き千切って確かめて居る。

 ペイトンは次々とレプリの死体を起こして行く。


『これも! こいつも! こっちもだ!』


 動かなくなったレプリの死体を蹴り上げてペイトンは軽く錯乱している。

 その姿は痛々しいほどに怒りと憎しみに支配されていた。


『こいつら全部ブルースターが送り込みやがったんだ!』

『最初からレプリが送り込まれてたってことか?』


 スミスの呟きにリーナーが心底ウンザリと言う表情を浮かべた。


『MOTHER FUCKER(くそったれ野郎)……』


 そう呟いて、そしてジョンソンは言葉を飲み込み押し黙った。

 言いたい事はみな解っている。

 本気で世界を滅ぼそうと思ったバカがどこかに居ると言う事だ。


『反核運動の為に地球をぶっ壊そうってか?』


 ダニーの呟きは呆れ果てた棒読みだった。


『NGOを隠れ蓑に金儲けしてる連中が居るんだろうさ』

『自分達の運動を正当化させたいんだよ。今時少々アジっても効果が薄いからな』

『非核発電企業の金儲け的には原発なんか無い方が良い。採掘企業も儲かるし』


 ドリーとビルの雑談が無線に流れる。

 全てが企業活動の一環だと気がつくリーナーは、呆れ果てたような言葉を吐いた。


『これが奴らのIT'S a ONLYWAY to Be(ぶれない生き方)って奴か』


 静かに死体を観察していたリーナー。

 だが、ふと視線を感じて顔を上げた彼は、怒りに打ち震え殺気混じりな視線で見ているジョンソンに気がつき、失言だったと悟る。


『こんなものをパンクと言ってくれるな。こんなのパンクじゃねぇ』


 ジョンソンが怒りに震える姿をバードは初めて見た。

 いつもどこか緩くて適当で皮肉を吐くブリテン人の見本のようなジョンソンだが、実はかなりのパンクロッカーでアナーキストだとバードは思った。

 それも、無政府主義とか混乱主義と言った精神的に幼くて青臭い、ふて腐ったアナーキーじゃない。深い深い絶望に裏打ちされた、全くぶれない反権威主義だ。


 肩書きで偉ぶっている人間を本気で軽蔑しているタイプと言って良い。そしてそんな人間に会うや、ありったけの皮肉で馬鹿にしないと気が済まない問題ありありの性格。

 社会システムとして貴族が息づくブリテンの社会は、ジョンソンにとって窒息するほどに息苦しい牢獄だったのだろうとバードは思う。


『最初からテロする目的で…… これを作ったとかだったら嫌だね』


 燃え上がる炎のように冷えた空気とでも言うんだろうか。

 重々しく張り詰めた空気を変えたくてバードは適当な言葉を吐いた。


 だが、バードにとってどれほど適当な言葉だったとしても、仲間はそうは聞かないと言うのを本人が一番理解していない。ロックは溜息混じりに呟いた。


『そんなバカ居るんだな』

『死ぬの前提で作戦に入るのだって十分バカじゃない』

『んだと!』

『死んだら花実は咲かないわよ?」


 やった! 乗ってきた!と何処か嬉しそうに軽口を叩くバード。

 さっきの仕返しだとほくそ笑む。

 だが、ロックの浮かべた憮然とした表情に、ちょっと腹が立つ。

 自分ばかりが言われるという状況が気にいらない。


『与太話は大概にしてさっさと火遊び野郎を片付けろ。まだ作戦中だ』


 テッド隊長の指示で人質と爆破班の再捜索を始める六人。

 細い路地を僅かに戻って隠し扉を再び探し始める。

 今度はバードの持つ能力の関係でかなり細かい所まで確かめられる。


『どこに居るんだろう? まだ隠れる所があるはずだけど』

『だろうな。死体の数を勘定したけど、どうにも数があわねぇ』


 普段ならロックが答えるポジションなのだけどペイトンが答えている。

 どこか悪い空気にスミスが怪訝な顔だが、本来それを嗜める筈のジョンソンは継続的に不機嫌だ。

 そして、連携の取れた動きが売りのBチームだが、ロックとバードはギクシャクしている。


『ちょっと。押さないでよ』


 いつもなら黙って場所を譲るバードがロックに噛み付いている。


『邪魔な位置に立つな 斬っちまうぞ』

『やれるモンなら―――


 何かを言おうとしたバード。ロックは予備動作無しで太刀を構えなおす。だが、その刹那、二人の顔目掛けてジョンソンの掌が翻った。全く回避する間合いが無かったのか、二人はそれぞれに壁際まで吹き飛んだ。


「二人ともいい加減にしろ」


 ジョンソンは無線ではなく普通に声を発した。ただ、その声色はいつもと違う。

 バードの背筋にゾクリと悪寒が走る。


「ロック。お前はもうそろそろ半年だ。それを越えたら一人前だ。だが、なんだそのザマは」


 恐ろしい声音で唸りつけられたロックが飛び起きた。

 その襟倉を掴んだジョンソンは額がぶつかり合うほどにロックの顔を引き寄せた。


「おめぇの人生に何が有ったかなんて俺には関係ねぇ。おめぇの人生だ。おめぇが好きに生きれば良いさ。戦って死にてぇってんならそれもおめぇの自由だ。ただな、死ぬ時は一人で勝手に死ね。仲間が誰も見てねぇ所でだ。おめぇがガキみてぇにふて腐って勝手に死ぬのは自由だが、仲間を巻き込むな。たとえそれがどんな死に方であれ、仲間が死んで喜ぶ下衆はここ(Bチーム)には居ねぇ。トミーの死んだ日を知ってるおめぇなら今更言わなくてもわかってんだろ。バードが居ねぇって慌てたおめぇはなんだったんだ? フェイクか? それともプリテンダー(偽善者)か?」


 力一杯にロックを突き放したジョンソン。

 壁に叩きつけられて驚くロックをジョンソンの怒りに満ちた眼差しが貫く。


「俺達は血を分けたギャング(仲間)だ。他人(ひと)には理解出来ねぇ影を抱えたファミリー(家族)だ。そんな事はおめぇだってよくわかってんだろう?どうだ? 痴話喧嘩は仲の良い証拠だ。くだらねぇ口喧嘩は遠慮のねぇ家族の証だ。だけどな、場所と時間を考えろ。後んなって好きなだけやれ。一人前になったお前なら、もうわかるだろ?」


 ジョンソンの言葉にうな垂れたロックは「すまねぇ」と短く呟いた。

 何時もはいい加減で適当なジョンソンの怒りに満ちた言葉がロックの胸を激しく打つ。

 そのまま振り返ったジョンソン。

 バードはそのジョンソンの表情に標高に硬直した。

 彼が怒りを露にしているその原因が自分にあると直感して焦る。


「今の話を聞いてたろうからグダグダと言いたくはねぇ。ただな。いいかバード。これだけは忘れるな。つまんねー言葉を真に受けて怒ったって良いさ。俺達は機械じゃねぇ。人間なんだ。笑って流せねぇ事があるのは百も承知だ。けどな、その怒りはしっかりコントロールしろ。まだまだお前は半人前だ。だからまずそこから覚えろ。楽しい楽しい極上の修羅場はまだこれからだ。俺達はそんな場所にばかり送り込まれる飛び切りな貧乏くじの引き受け先って訳だ。いつ死ぬかわからねぇ極めつけの外れくじは全部俺達に押し付けられんだ。だから―――


 ジョンソンが何かを言いかけた時、あの小部屋の中に居た兵士が飛び出してきた。

 手には刃物や鈍器が握られ、明らかな殺意をむき出しにしていた。

 本能的にテイクバックしたバードは腰の刃物を抜いて構えたのだが、その前にロックが機械的な反射的に全て斬り殺した。僅か三秒足らずの間で八人全てを斬る凄腕にバードは息を呑む。


「……すごい」


 飛び出てきたのは全部レプリの兵士だった。

 斬られ膝を突くレプリの兵士にバードのインジケーターが反応する。

 全てに真っ赤な[+]マークが浮かびあがった。


 僅かに息があるレプリが白い血を流しながら床に膝をついて倒れるのを堪え、バード達を見た。


「これも全部レプリだ」


 バードは拳銃を抜いて眉間を狙った。

 だがその前にジョンソンのレイピアが正確無比に脳幹を貫く。

 カタカタとレプリが震えだして、ジョンソンはそっと刃を引き抜く。

 その眼差しには純粋な殺意だけがあった。

 急所を一撃されたレプリは前に倒れこんで動かなくなった。


「これで全部か?」

「そうだと良いな」


 ペイトンとスミスが訝しがる。傍目に見れば無言だった突入班だが、怒りに震え遠慮なく声を出したジョンソンに気が付いたという所だろうか。それに反応して飛び出してきたらしいとバードは分析するのだが。


 ふと、何かを思い出したように小部屋の中を覗くペイトンとスミス。

 小部屋の奥では汚れきったアラブ系の女が二人ならんで恐怖に震えていた。


「助けて! お願い! 殺さないで!」


 鼻を突く濃厚なバフールの香りをまとった女達がゆっくりと部屋から出てきた。


「どうした?」


 ジョンソンの声音がいつものソレに戻っている。

 どんな状況でもパッと切り替えられる懐の深さを皆が垣間見た。


「地上が毒ガスを送り込んできた!」


 あぁ。そう言えば……

 そんな表情の突入班。

 だが、女達は普通に呼吸をしている。


「その毒ガスはどうしたんだ?」


 不思議そうにたずねたスミスはアラビア語になっていた。

 さっきまで英語で話をしていた筈なのに、スパッと言語を切り替えられるスミスに驚くが、その影でロックは日本語でこっそりとバードへ声を掛けた。


「バード…… さっきは、その…… 悪かった」

「私もごめん。地上で色々あって調子乗ってた」

「実は俺もその前にジョンソンにちょっと褒められて良い気になってた」


 バードは笑みを浮かべてロックを見る。


「……なんだよ」

「素直なロックが一番好き」


 この場で日本語が通じるのはロックとバードだけ。

 遠慮無く内緒話が出来るというのは不思議な感覚だと感じるロック。

 ちょっとはにかんで右手の右手拳を突き出したロック。

 バードはその拳へグータッチを返す。


「おい、そこのAirHead’s(馬鹿ップル)。話聞いてたか?」


 スミスはすかさず冷やかしに掛かった。交わした言葉の中身は解らなくとも、コケティッシュな笑みを浮かべたバードを見れば、どんな話か察しがつくと言う物だ。


「アラビア語なんてわかんねーから聞いてなかった」

「うん。私も。彼女達はなんだって?」


 おいおい……

 そんな風のスミスは両手を広げている。


「なに言ってんだ。アラビア語は通じなかったよ」

「そうだ。話くらい聞いてろ」


 スミスと一緒にリーナーも笑っている。


「ガスは換気扇で地上へ送り出したとさ。この女達はここの地下管理室担当だそうだ」


 手近に有った上着を拾って女達の肩に掛けたジョンソン。

 優しさを感じさせる振る舞いに女達の緊張が緩んだ。


「俺達は国連軍の調査チームだ。悪さ目的の奴らを処分する為に来た」


 リーナーが淡々と説明を始める。

 女達は黙ってその言葉を聞いている。


「無線で助けを求める言葉を聞いてここへ来たんだが、君らはここにずっと居たのか?」


 リーナーの言葉に女達は顔を見合わせてから頷く。


「生まれながらにして私たちは奴隷だった」

「考える事も刃向かう事も許されず働かされた」

「生きながらにして地獄だった。救いも導きも哀れみも無かった」

「私たちは太陽の光も見た事が無い」


 女達の言葉に息を呑むジョンソン。

 同じ様にバードもペイトンも言葉を失っている。

 ボソリとロックが呟く。


「ひでぇにも程があるな」

「全くだ」


 ボソリと呟いたスミスは女達を狭い部屋から連れ出して、広い所へやって来た。

 僅かな灯りを反射して女の目が銀色に光る。

 それはシリウスの風土病を克服する為に遺伝子改良された人間だけが持つ特徴。

 シリウスで製造されたレプリカントも同じような特徴を備えていた。


「お前達は……」


 何かを言いかけて言葉を飲み込むスミス。

 不思議そうにしている女達を前に、スミスの身体から猛烈な怒気が放たれた。

 周りに立っていた中間達ですら一歩下がるような激しさでだ。


「シリウス人か!」


 それに驚いたのか、女達は手近にあった様々な鈍器でスミスに襲いかかった。

 至近距離で鉄パイプの一撃を受けてしまえば、並の人間なら良くて昏倒、悪ければ即死だろう。だが


「アッラーフ・アクバル……」


 人一倍シリウスを憎んでいるはずのスミスは、その攻撃に対し一切反撃する事無く全てを受け止めた。サイボーグの身体は少々では壊れない。

 スミスは神を称えながら女達を抱きしめた。呆気にとられた女達は攻撃の気勢を殺がれたのか、黙ってされるに任せている。


「気は済んだか」


 女達を抱きしめたスミスは腕を開いた。

 二人並んでいた女達は一歩下がる。


「あなたは私たちを殺そうとしないの?」

「アッラーは寛容にして慈悲深い方であられる。全ての行いをアッラーは見ていらっしゃる。善行を積めばアッラーは褒めてくださり、悪行を重ねればアッラーは罰を与える」


 それは懺悔を促す言葉だとバードは直感した。或いは、後悔を吐露し救いを求める聖句だと。己を素直に見つめ、自己弁護では無く自己批判を促す言葉。

 そしてそれは、女達を通してバードに向けられているのだと。スミスは自分に変革を迫っているのだと直感する。そして、ロックには『男らしさ』の手本を示したのだと。


 女達は坑の底で空を見上げた。


「アレが空」

「青いそら」

「なんて綺麗な蒼」


 感動に打ち震える女達の足元へ、体内からポタリポタリとしずくが零れる。

 それを見たスミスは悟る。女達は一番最初、闇に紛れて運び込まれた工作員の遊び道具だったと。


「ありがとう」

「最期に綺麗な空を見られた」

「私たちはもう死ぬの」


 角度が変わって女達の目を見られるようになったバードの視界が赤く染まる。

 レプリ判定でレッドが出た。銀に光って見えなかったけど、この角度なら見える。

 背中にジットリと嫌な汗を流している様な錯覚に陥って、僅かに表情が曇った。


「なんだって?」


 驚くスミス。リーナーもジョンソンも息を呑んだ。

 ロックは唇を僅かに動かし何かを言おうとして飲み込む。

 ただ一人、バードだけは努めて冷静な声で言った。


「あなた達。ネクサス()型ね?」


 ネクサスⅥまでの初期型は、僅か4年の命しか無い。

 戦闘用で無ければ、完全な遊び道具としての女達。

 バードは静かに銃を抜いた。


「製造年コ-ドから見れば寿命なのはわかるけど、でも……」


 静かに言うバードを女達が見ている。


「もういくらも無いと思う」

「遺された時間は僅かなの」


 だが、銃を持ったバードは首を左右に振った。


「私は、レプリを生かしておくわけには……いかないの」


 例えそれがなんであれ、この女達は目的を持った生命だ。

 特定の役目を与えられて作り出された生命だ。


 それを、その存在を認める訳にはいかないからこそ、自分がいる筈だ。

 でも、構えた銃のその引き金を、バードはどうしても引く事が出来ない。


 このレプリ二匹は自分の生命の限界を認識して、死を受け入れようとしている。

 擬似的な生命として定義されたレプリカントとはいったい何か?と言う哲学的な問いにバードの思考が混乱している。

 レプリを狩る為だけに存在する自分にと言う存在に疑問を感じてしまった。

 自分の意思では無く、誰かの意思の代行者としてレプリを狩り続けるハンターなブレードランナーは、果たして人間なんだろうか?と。

 確立された職業的アイデンティティの立脚根拠それ自体を自分自身で疑う事だ。


「バード。自分自身を裏切るな。自分を騙すな」


 思考のまとまらないバードの肩にジョンソンはポンと手を乗せる。


「自分は自分で居る限り自分なんだ。誰かに言われた事じゃ無い。やらされる事じゃない。自分の意思がある限り自分は自分だ。自分の意思を大事にするべきだ」


 僅かに首をかしげたバードは、目を伏せてしまう。


「でも私は……」

「これは私の意思じゃ無い。ブレードランナーの意思だろ?」


 肯定も否定も出来ずに混乱するバード。

 ジョンソンは視線をバードから外すと、女達をジッと見た。


「お前の意思は仕方が無い。だけど、その心をお前は制御しなきゃならねぇ」

「意思の制御……」

「火星に行った時に隊長が言ったのはおう言う事だ。でないとお前が仕事に潰される」


 ジョンソンの問答を不思議そうに見ている女達。


「不思議な人たち」

「人間って何なの?」


 不思議な問いを浴びせかけられたバードは回答に困った。

 だがジョンソンはどこか楽しそうにしてバードを見ている。


「レプリハンターがレプリに人とは何かを聞かれるってのは面白い構図だな」


 ジョンソンから半人前だとはっきり言われたバードは、これを自力で乗り越えなければならない。だが、どうしても言葉が無かった。


「俺たちの身体は機械だ。だけど、それは身体だけで心は人間だ。人間の生身の身体が機械で置き換えられるようになった時、人間はどうすれば人間たり得る? ソレが答えさ」


 女達の問いに禅問答で答えたジョンソン。

 その答えの出ない問いに女達は混乱を起こす。

 助けを求めるようにバードはロックを見た。


「誰が何と言ったって俺は俺だ。俺がやって来た事を俺が覚えてる限り俺だ」


 ロックはフッと笑った。

 男らしい笑みにバードの胸のなかで何かが動いた。


「そして俺は俺の死を死にたい。誰かの死じゃねぇさ。俺は俺の死を死ぬんだ。誰かの都合で殺されるなんてまっぴらだ」


 手にしていた太刀を鞘へ収めたロックは、どこか晴がましい表情になった。

 その立ち姿にバードはロックの本質を垣間見る。

 いつ死んでも良いように凛と生きる。そんな言葉を何処かで読んだなと思い出す。


「地上へ行けば処分されるだろう。だけど最後に、空と太陽を拝ませてやろうぜ」


 ロックはジョンソンを見る。


「良いだろ?」


 一瞬、ジョンソンは回答をためらった。

 だが意外な事に、スミスまでもが地上行きを提案してきた。


「俺もロックの案に賛成だ。レプリと言うだけで殺されるのは正直どうかと思う」


 スミスの目がバードを捉えている。

 ある意味でバードの存在否定なコメントが流れた。

 だけど、その真意はバード自身にも伝わっている。

 皆が全部承知のなか、僅かな沈黙が流れる。


「あぁ。そうだな」


 ジョンソンは薄ら笑いを浮かべ頷いた。


「紳士は女を大事に出来るかどうかで決まるもんだ」


 ジョンソンはもう一度バードの肩を叩いた。

 まるで、その細くて華奢な肩に乗る重荷を払い落とすように。


『ジョンソンよりボス(隊長)

『どうしたジョン』

『地下で保護した人質ですが、レプリの作業員で、オマケに遊び道具でした』

『で、どうした』

『バードの話じゃそろそろ寿命だそうです』


 なぜか回りくどい言葉を選んだジョンソンの通信。


『結局は遊び道具か?』

『らしいな』


 ジャクソンとダニーの言葉は遠慮が無かった。

 そんな言葉に反応したのか。ドリーの溜息混じりな言葉が流れる。

 ドリーはジャクソンの意図する所に気がついたらしい。


プロフッカー(職業売春婦)が後になってセックススレーブ(強制慰安婦)だったと文句を言うケースはあるからな』

『そんなクズいるのかよ? すぐにばれる嘘だぜ?』


 新鮮に驚くダニーの言葉に、笑いながらドリーが解説を付け加えた。

 こんな時にインテリなドリーは本当に役に立つ。


『まぁ、試しに言ってみようってゲスは幾らでも居るってこった。上手く騙せりゃ一攫千金だからな。地球人類史を紐解けば幾らでも出てくるぞ。まぁ、極東に多いけどな』


 ドリーの言葉を聞いたテッドも何を言いたいのか気がついた。


『地上に上げるのか?』

『そうです』

『……ちょっと待て』


 地上にいたテッドはエディに目配せした。

 もちろん、了解を得る為だ。

 

 一瞬だけ胡乱な目をしたエディは、チラリと中国軍側の様子を伺ってから僅かに首肯した。包囲されている中国軍兵士は順次後退を始めている。

 戦争の真実として、やはり最後は『数』なんだろう。


『ジョン。今から迎えのエレベーターを下ろす。間違いが無いよう慎重に地上へ上げろ』

『了解っす』


 重々しい音を立ててエレベーターのゴンドラが垂直孔に降りてくる。


「いま地上に了解を取った。お前達二人を地上へ上げる。最期は明るい所で死ぬと良い」

「ありがとう」

「本当にありがとう」


 垂直方向に七〇〇〇メートルもの距離を持つゴンドラだ。

 その速度たるや恐ろしいほどなのだが、一気に降下してきたエレベーターへ皆が乗り込んだ。一度に百人単位で乗り込める巨大な物だ。椅子の付いたそのゴンドラの扉は立った一本のバーでしかなかった。


「プルジュハリファ並とは思わなかったが……」

「もうちょっとナントカしたモンがあるんじゃねーかな」

「だな」


 ぼやいたスミスの言葉にリーナーとペイトンが相槌を打つ。

 ロックとバードが最後に乗り込んで上昇を始めるゴンドラ。

 だが、ゆっくりと動き始めた時、地底部分に動く物の気配をロックが捕らえた。


「あ!」


 指差したロック。

 スミスも指を指している。


「あいつら!」


 何処に隠れていたのだろうか。何人かの中国兵が出てきた。

 そして、山積みな放射性廃棄物の周りに何か爆薬のようなものを仕掛けている。

 もしそれが小規模であっても核物質を臨界状態にさせてしまうモノだったとしたら……

 

 ロックは考える前にパラシュート無しでゴンドラの縁を蹴り、百メートル近く上から飛び降りた。


「ロック!」


 思わず叫んだバード。

 ロックは空中で太刀を抜き、着地ざまに四人を斬り殺した。

 両手で左右を同時に斬った反作用が大きく減速を助けたのだけど、それでもその代償は大きかった。

 どれ程強靭な構造で有ったとしても、そもそもにサイボーグの身体は重量があるのだ。どれ程優秀な構造であっても、両脚のサスペンションが着地の衝撃を吸収し切れず、ロックは両脚を完全に壊してしまい身動きが取れない。

 上半身だけの状態で次々と襲いかかってくるレプリを斬り殺すのだが、状況は悪い。最後の一匹になったレプリは接近する事をやめライフル銃を構えた。


 脚元には発火装置。部の悪い賭けだ。

 拳銃弾程度なら斬れるロックでも、飛んでくるライフル弾は斬れない。


「爆破したけりゃ俺を殺せ」

「あぁ。じゃぁそうしよう。楽しい旅になる。連れは一人でも多い方が良い」


 静かに銃を構えたレプリ。

 ロックはグッと力んで太刀を構えた。

 その背筋に冷たいものが走る。

 氷のように冷たい死神の手がロックの肩を抱いていた。


 ――――これが俺の死か……


 ヘヘヘと薄笑いを浮かべたロック。

 望んでいたものが目の前にある。

 だが突然、何かがそこへ降って来た。

 黒くて大きな物だ。


「あらごめんなさい。女のおしりは大きいの。潰れちゃった?」

 

 降ってきたのはバードだった。

 レプリ目がけて飛び降りて、自分の身体の代わりにレプリを緩衝材に使ったようだ。


「バード! 無茶すんじゃねーよ!」

「それはこっちの台詞よ! 両脚ぶっ壊しといて!」

「うっせぇバカヤロー! また生き残っちまったじゃねーか!」


 頭から湯気を出しそうなロックは日本語で喚いた

 だけど、今回のバードは今度は怒らなかった。


「残念ねー まー、ここが死に場所じゃ無かったって事じゃない?」


 そんなバードの言葉がスッとロックの胸に染みこんだ。

 どこか恥ずかしそうなロックは、困ったように苦笑いを浮かべた。


「そんな顔で見るなよ」

「なんでそんなに死にたがるの?」

「いーじゃねーか。それより」


 一瞬でレプリを切り刻んだロックの仕事を確かめたバード。

 確実に絶命している姿を確かめ息を呑む。

 本当に全てのレプリが一撃で殺されていた。


「これだけの腕前で」

「俺のオヤジは更にスゲ―んだけどな……」


 どこか遠くを見ているロックは、不機嫌そうに呟いた。


「はいはい。とりあえず地上で修理しよ? それじゃ歩けないよ?」


 バードにひょいと持ち上げられたロック。

 それなりに重量があるはずだけど、サイボーグにしてみれば軽いモノだ。

 ロックが飛び降りた直後に再降下を始めていたゴンドラが到着するまで、二人はゆっくりと最下部を確かめた。今度こそ地下に生体反応は無い。


「ヒュー!」

「やっぱ馬鹿ップルだな」

「お熱い事ですなぁ」


 ペイトンやらリーナーやらスミスが次々に囃し立てる。

 恥ずかしそうにしているロックだが、バードは遠慮無く後ろから抱えている。


「なぁ…… バード あのさぁ」

「なに?」

「せめて床に下ろしてくれ」

「なんで?」

「いや、まぁ、ちょっと、その、なんだ、まぁ、えっと、まぁ、うーん……」


 しどろもどろに口籠もるロックをバードは可愛いと思った。

 大きな大きな身体だの男の子だ。中身はまだ小さな男の子だと思った。


「私がこうしていたいんだから良いの」

「……悪いな。手間を掛ける」


 上まであがりきった時、初めてバードは女達をしげしげと見た。

 だが、地上に居た仲間達はロックとバードを見て、指さして笑った。


「ロック! だせぇ!」

「つぅか、ロック! てめぇ! それ、やり方が汚ネーだろ!」

「お姫様に後ろ方抱えられるとか超役得じゃんかよ!」


 最初に声を上げたのはダニー。そしてジャクソンが嫉妬丸出しで吠える。

 で、ライアンは悔しそうに指を指した。


「はいはい。男の子は妬いちゃダメって隊長が言ってましたよ~」


 下らない軽口を叩いて笑いバード。

 地面へロックを下ろして笑い合っていたのだが。


「おい ロック バード」


 やって来たテッド隊長が二人の頭をポカリと叩いた。


「お前ら士官なんだからな。もう少し真面目に仕事をしろ」

「へい。スイマセン」

「申し訳ありません隊長」


 呆れ笑いを浮かべるテッド隊長はまるで父親のように笑っている。

 だが、その目が女達に言った途端、非情に厳しいものになった。

 再びジロリとバードを見たテッド隊長。

 その目はバードへ『処分しろ』と指示を出すものだ。


 バードは一瞬躊躇う。

 だが、女達は膝を突いて動きを止めた。


「最後に良い人間に出会えた。良い人生だった」


 ブレードランナーの存在意義に疑問を持つバードは逡巡する。

 だが、テッド隊長は腰に下げていた拳銃を取り出してバードへ渡した。

 年代物の臭いがするデザインのリボルバー拳銃。

 コルト、M1873 ニックネームは『ピースメーカー』

 およそ四百年前に製造が始まった頃より、延々と生産が続いているモノだ。


 ピースメーカーを受け取ったバードは弾倉を開いて中を確かめる。

 まだ、拳銃が五連装だった西部開拓時代。この銃は六発の銃弾を装填できたのだ。

 数々の伝説的な決闘で最後に勝つのは、アウトローより一発多いシェリフ(保安官)だ。


 どれほど技術が進歩しても世界が変わっても、平和を生み出す為に必要なモノ。

 それは『相手に勝る力』なのだと今に伝えている貴重な存在。

 相手よりも強くで確実で壊れない。ソレこそが軍用品に求められる全て。

 平和を生み出す者に必要な全てをこの拳銃は教えてくれる。


『自分を疑うなバード。俺達はピースメーカーだ。お前もピースメーカーだ』

『隊長』

『自分は自分だ。このレプリは自分の人生を全うしたんだ。良い人生だったろう』

『そうですね』


 笑顔を浮かべている女達が一瞬目をつぶった。

 流石のバードも目を見て銃は撃てなかった。

 僅かな間に素早く構えたバードが二人を射殺した。

 乾いた銃声が砂漠に響き、その仕事を見届けた劉が言葉を失っていた。


「レプリを孔の近くへ埋葬する。ここは暴かないように」


 いつの間にか立ち会っていた軍警兵曹に対し、バードはそう指示した。


「了解しました」


 手近にあったスコップで掘り始めたバード。

 リーナーやスミスがそれを手伝う。

 気が付けばロック以外のBチームが全員でレプリの為に墓穴を掘った。


『塵は塵へ、礫は礫へ還るって言うけど。次は人間に生まれると良いね』


 バードの優しい言葉が無線に流れる。

 ファイナルグレイヴの向こうに夕日が沈む。

 国連軍史上最大の作戦は、事実上終わりを告げた。


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