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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第20話 オペレーション・トゥムレイダー
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長い旅の終わり エディの終わり

~承前




「なぁバーディー。エディは何の話をしてるんだ?」


 ライアンが発した気の置けない仲間への軽い言葉。

 その一言でバードの心はここへ戻ってきた。

 間違い無くシミュレーターだと確信する仮想空間へ。


 しかし……

 そう。しかしだ。


 エディは光の粒を浴びてキラキラと輝いている。

 それが何を意味しているのかは解らないが、なにか快哉を叫んでいる。


 チーム内が全て英語環境故に、エディの言葉を理解出来ないメンツが多い。

 そんな中でネイティブが日本語のバードとロックは話に聞き入っていたのだ。



 ――――思いを果たしたってなに?



 エディが幾度も転生を重ねた末にああなっているのは解った。

 いつぞや火星の周回軌道上で聞いたエンダーの話も繋がった。


 あの時に聞いた孤独な王様の話は、正にエディ自身の経験だった。

 つまりエディは過去幾度も辛い経験をし、その上でループを繰り返している。


 幾度も幾度も生を受けて、その都度に少しずつ軌道修正している。

 そんな結論なのだが、それをそのまま飲み込めない違和感があるのだ。


「うーん。要約すると、自分が悪いって話らしいよ」


 語尾が上がった『自分?』というライアンの返答。

 バードはどう説明しようか考え、頭から全部そのまま翻訳することにした。


「エディが言うには、あの王様? あの存在の対処は脇が甘いって事らしいよ。要するに単純で不用心って事だよね。けど、それも仕方が無いって言い切ってる。あの王様がエディの前世というか転生前らしいから、自分自身でそれを経験して学んできたんで、まぁ想定内って事のよう」


 バードの言葉を聞いていたテッド大佐が渋い声音で一言だけ返した。


「実にエディらしいな」


 大佐の声でチームの面々が小さく笑った。

 部下やメンバーに対し一切優しさを見せないエディだ。

 基本的に全て塩対応で、尚且つ悠長な部分も無い。


 痛い目にあって学ぶ事に意義があると心底信じてるタイプだ。

 それこそ普段から口癖のように『凪の海は船乗りを鍛えない』と言うくらいに。


「俺達も随分と死ぬ思いをしたが……」


 ボソッと零したジャクソンの声が柔らかい。

 そこには怒りや恨みが全く存在していない。


「……そもそも自分が一番自分に厳しかったってことだよな。これ」


 ジャクソンに応えるようにペイトンがそう言う。

 エディがここまで歩いてきた人生の道程。その意味が一気に広がりを見せた。


 今生での苦労とか経験とかそんなものがちっぽけに思えるほどの『なにか』だ。

 エディはそれを自分自身の経験として学んできた。苦い教訓を味わってきた。

 その積み重ねがあるからこそ、自らの部下達を一際厳しく鍛えてきた。


 随分な思いもしたし、今すぐ逃げ出したいと泣いたことだってあった。

 サイボーグに涙を出す機能が付いて無くて良かったと今更に思う程だ。


 全ては、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


「そうみたいね。エディは何度もそれで痛い目にあったって言ってるし。要するに過去の自分に向かって死を受け入れて転生しろって勧めてるみたい。現実を拒否するなって。いつものあれよ。どんな状況でも楽しめってやつ」


 それはエディが口癖のように言う言葉だ。

 辛い状況も苦しい環境も、それを楽しめれば一流だと。


 決して楽だったり快適な状況じゃ無いとしても、それを受け入れる強さ。

 奥歯を噛んで意地を張って、余裕風を吹かせてやる。

 それで相手を悔しがらせる酷い遊びだろう。


 だが、エディはそれをしてきたし、部下達にもそれを教えてきた。

 その結果としてエディの息子と言って良いテッド大佐が同じ様な人間になった。

 如何なる状況でも己の信念を貫くスタンスは、方向性が少し違うエディだ。


「ほんと、鬼畜の所行だぜ……」


 ボソリと呟いたライアンだが、その声が笑っているのはすぐに解った。

 涼しい顔をしてとんでもない一撃をぶち込んでくるエディのやり口だ。


 彼方で驚いているイヌの王が『それでは!』と噛み付いている。

 助けを求めて必死に喰い下がっているが、エディは涼しい顔だ。


「うわぁ……凄すぎ……」

「いくら何でもありゃヒデェな」


 日本語を理解出来るバードとロックが顔を見合わせた。

 そんなふたりの温度感を察したのか、ビルが解説に割り込んだ。


「エディは要するに遠慮無く死ねって言ってるな。必用な犠牲だって。歴史を大きく書き換えた反動が来るから、その埋め合わせに必用らしい。あの王様? よく解らんが、あのイヌの部下は既にあのザマってこった」


 エディが指差した先にあるのは白く輝く岩石状になった人の姿だ。

 先ほどの会話を思い出せば、それがイヌの姿のエディの部下なのは解る。

 王様の親衛隊と侍従らしいが、塩柱になったようにも見えるのだ。


「ロトの妻じゃあるまいし、そんな事があるのか調べてみたいよ」


 医者であり科学者でもあるダニーの言葉にバードは視線だけを送った。

 人とのしての尊厳を無視して研究したいって願望を口にする違和感だ。


 ただ、そんな部分の違和感や興味は後回しにした方が良いのも解る。

 生きてたはずの者が白い塊の像になっているのは誰だって興味深いのだから。


 そして、そんな間にもふたりの会話は続いていた。

 エディは光の粒を全身にまとい、段々と眩く光り始めていた。


「これ、あれの核心だね」


 バードはロックに向かってそう呟いた。

 ロックはロックで『間違いねぇな』と返答した。


「って言うかエディよぉ…… マジかよ……」


 それっきり言葉が無かったロック。

 その背中辺りをライアンが小突いた。


「おぃブラザー! なんて言ってるのかちゃんと教えろよ!」

「お、わりぃわりぃ」


 少し不機嫌そうなライアンを宥めるようにロックが切り出した。


「エディは要するに、これで良いって言ってんのさ。世代交代して次の世代に責任を持たせて、そんで厳しい経験するのも必用だってよ。そいつらを信じろって諭してる感じだな。要するに、いつも俺達が言われてることと同じさ」


 ロックの言った内容に全員が『あー』だの『なるほど』だのと首肯している。

 エディはエディで考えていたし、未来への布石を打っていたのだ。


 仮に自分が思いを果たせず死んだとしても、結果的にシリウスが救われる。

 そんな深謀遠慮な布石を人生の折り目折り目で打ってきたのだろう。


「やっぱスゲー人だぜ」


 ボソリと呟いたライアン。全員がジッとエディを見ている。

 そんな中隊の方向を振り返って、エディはニヤッと笑った。

 全身に光の粒を纏わせて、既に表情すらも薄まりつつあった。


 何が起きているのかは分からないが、その姿にバードは胸騒ぎを覚えた。

 そして同時に、その存在が消えてしまう錯覚に陥った。


「エディ!」


 唐突にテッド大佐の声が響いた。同じ様な恐怖を感じたのかも知れない。

 少し慌てた様なその声に、バードはテッド大佐の内心を思った。


「って言うか、エディ閣下を取り巻くあの光の粒。あれ、なんですかね?」


 黙って事の成り行きを眺めていたダハブがボソッとそう言った。

 ダハブのすぐ近くに居たビッキーも同じ様に続けた。


「なんて言うか、こう、閣下の姿が溶けてるように見えませんか?」


 2人が言うのも無理は無い。

 エディの姿が少しずつ朧気になっているのだ。


 キラキラと光りながら、少しずつ世界に溶けていっている。

 いや、溶けていると言う表現は正しくないかも知れない。

 溶けると言うより消えていると言う方が実態に近い。


「……あの光の粒。エディの命を削ってるらしい」


 遠くから聞こえて来たエディの言葉をバードはそう翻訳した。

 そうとしか聞き取れない言葉をエディが発していた。


「世界の均衡? バランスをとる為の材料ってなんだ? って言うか――


 ロックが何かを言おうとした時、絶叫にも似た声が響いた。



         『 じゃぁ! 』



 エディが何かを言っている途中に割って入った女の声。

 それは、あのイヌの王様に抱きついていた女性の声だった。


 エディと同じ様にキラキラ光る光の粒に巻かれている女性。

 その姿はコボルドでは無く普通の人間だ。



 ――――なんで?



 そんな疑問が幾つも頭を過ぎるが問題はそこでは無い。

 イヌには見えない女性が空に向かって手を伸ばした時、音の無い声が聞こえた。

 音の無い声という矛盾。聴力モニターの針は振れるけど声が聞こえない。


 強力な音を発している何かが何処かに居るのだ。

 少なくともかなり近いところに。しかし、可視光線帯域では視認できない。


「ジャック! レーダーに反応は?」


 ドリーもそれを認識したらしく、ジャクソンのスナイパー装備を頼った。

 ジャクソンはすかさずセンサーを広げて超短波レーダーを使った。


「何かが居るのは間違い無いがエコーはノイズだらけだ」


 すかさず全員の視界へジャクソンがデータを転送した。

 この上空の何処かに何かが存在する可能性としての雲が表示されている。

 相当大きなエコーなのだろうが、幾重にも輻輳し解析出来ないらしい。


「って言うか、これ、少しヤベェぞ!」


 唐突にライアンがそう叫んだ。

 直後にペイトンが相槌状態で同じ様に叫ぶ。


「全員ポートを閉じろ! 暗号回線もだ! 全バンドでハッ――


 ペイトンの声が終わる前に、バードの視界が真っ白になった。

 ブロックノイズが浮く訳でも映像がフリーズする訳でも無い状態。

 ブラックアウトは幾度も経験しているがホワイトアウトは初めてだ。



 ――――え?

 ――――なにこれ??



 ペイトンは恐らくハッキングと言いたかったのだろう。

 事実、今は身体のコントロールが一切効かない状況だ。

 コントロールパネルを呼び出して状況チェックすら出来ない。


 自分の意識だけがここに有って、それ以外の全てから遮断されている。

 暗黒ではなく明白な世界の中に意識だけがボンヤリと浮いている感覚だ。



 ――――何が起きているんだろう?



 今まで経験の無い事態が起きている。まずその事に少し驚く。

 だが、同時にバードは自分自身にも驚いていた。


 パニックを起こしていない。無様にジタバタと足掻いたりしない。

 まず落ち着き、状況を観察し、そして対処を考える。

 散々と教育されてきた事だが、今やっとそれが出来る様になった。


 自分自身の成長。


 それを初めて認識した。我が事として、初めて認識したのだ。

 同時にその認識にすらも浮かれ上がらない自分もだが。



 ――――状況が動くまで待機が良いよね……



 新兵をフィッシュと呼ぶ言葉の意味。その本質がこれだ。

 時間の経過すら感覚が無い状況で、バードはイライラすら起こさないでいた。


 そして……


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ」


 視界がパッと広がった。

 全身にズシッとした感覚が戻ってきた。

 重いのでは無く、全身隙間無く覆われている感覚だ。


 視界の中に様々な情報が飛び込んでくる。

 最初に驚いたのは、視野情報の喪失に気が付かなかった事だ。


 通常ならば視野の中には時間や座標など様々な情報が表示されている。

 その全てが消えていたことにバード自身が気が付いていなかった。


「あれ?」


 周囲を確認して立ち上がったバードは驚くより他なかった。

 先ほどまでいた城の屋上ではなく、シリウスの地上に居た。

 正確に言うなら、シリウスの上空に浮いていたはずの城ごと地上に居た。


 上空から空挺降下した筈の古城は岩石色の古色蒼然とした代物だったはず。

 だが、その中で色々と戦闘した城は、緑溢れる活き活きとした生活の場だった。



 ――――降下前に戻った?

 ――――じゃなくて……

 ――――あぁ……



 降下の最中に感じた妙な違和感。何かがずれていく感覚。

 あれがもし無かったなら、空中に浮かぶ城にタッチダウンしてた筈だ。


 緑豊かな『生きた城』に切り替わった瞬間の違和感こそが切り替えだった。

 その証拠に、現状の自分には機体装備のレールガンが無いのだから。


「全員装備をチェックしろ!」


 唐突にドリーがそう発した。まるで何事も無かったかのように。

 バードはそれに違和感を覚え、自分より先に周囲をチェックした。

 全員が同じ様に全身を包む完全武装スタイルのままだった。


「ねぇ、今の何だった?」


 全ての理屈を飛び越え、バードは夢オチという可能性を考えた。

 自分だけが瞬間的に凄まじいものを見たと言う可能性だ。


 一般的な話として自分だけが別の体験を()()()()()と言うのは考えにくい。

 近代軍隊において全く不合理だからだ。故にバードは夢である可能性を疑った。

 しかし、返ってきた言葉はその否定だった。


「シミュレーターにしては随分な内容だったな」


 ビルがぼそりと返答すると、チームの中に重い空気が流れた。

 事にまだ少尉任官したばかりなヴァシリやアーネストが何か言いたそうだ。


「ちょっとした没入型映画でも見た感じだな」


 笑いながらそんな事を言うペイトンだが、その声音は硬い。

 間違い無くハッキングを受けた筈で、防護する暇も無く完全にやられたはず。

 本質的表現では無いが、敗北感に塗れた状態というのが正しいのだろう。


「とんでもねぇレベルなテクの持ち主だぜ……チキショウ……」


 相変わらず素直に悔しがるライアン。

 そんな部分で喜怒哀楽を素直に出すからこそ、憎まれない人徳持ちなのだろう。


 そんな面々を見つつ装備をチェックしたバードはふと気付いた。

 チーム隊列の最後方辺りに陣取っているテッド大佐が空を見上げていることに。


「大佐」


 愛娘と呼ぶべきバードの声を聞き、テッドはふと我に返った。

 細身で光沢感溢れる外装の女性型サイボーグがこっちを見ている。

 たったそれだけの事で、テッドの精神にバッと火が入った。


「あぁ、スマン。ちょっと通信してた」


 それが咄嗟の出任せなのはバードにだって解った。

 難しい問題への対処で考え込む時は、必ず顎を擦る癖があるからだ。


 呆然としていた。或いは、悄然としていた。


 そんな姿を見ればバードが心配になるのも仕方が無い。

 初めてこのBチームに配属された時から、間違い無く父親だったのだから。


「とりあえず城内へ入る。もう戦闘は無いと思うが注意しろ。トラップに警戒だ」


 声が固い。その僅かな部分でバードはテッドの内心を理解した。

 いや、内心ではない。何が起きたのかを理解したと言って良い。



 ――――エディの人生が終わった



 何の外連味も無く素直にそう思ったバード。

 根拠のない確信が心を埋める事は良く有る話だ。


 恐らくだが、遠く彼方に居る筈のエディにとっては予定通りだったのだろう。

 人生の最後にこれをする腹積もりで、そこから逆算して事を為してきたはず。


 多少の遅れや予想外のトラブルがあったのは想像に難くない。

 しかし、その全てを乗り越え、ピンチをチャンスに変えて来ただろう。

 それが出来る実力の持ち主だし、それを実行するだけの胆力がある人だ。


 そう。ある人なのだ。


「……あっ」


 小さくつぶやいたバード。

 ドリーがすかさず『なんかあったか?』と聞いてきたが、バードは首を振った。


「いや、何でもない。機体チェックのミスを見つけただけ。リカバリーする」


 咄嗟の出まかせも上手くなった。内心でそうほくそ笑んだ。

 これで良い。これが良い。こうしておけば問題ない。


 腹の底でニヤリと笑った時、もう一つの真実に気が付いた。



 ――――いや、エディが人生の終わりを告げに来たんだ……



 ……と。


 あそこで。シミュレーターか現実か解らないところでエディは死んだ。

 何度も転生を重ねて来て、失敗を振り返り、反省し、改善の手立てをとった。


 そうやって何度も何度も無駄な死を積み重ねて来たのだろう。

 映画やドラマやコミックに出てくるループ系転生ものの現実版。

 自分自身の経験ではなく、第三者がそれをしているのを傍で眺めたのだ。


 言葉にすればそれまでだが、改めて考えればとんでもない事。

 凄く身近な所にとんでもないキャラクターが居たと言うことだ。


「よし。バーディーの問題も大した事無いようだ。うちのイノシシ姫が問題を感じてないなら後は答え合わせをするだけだ。城内へ入る。何も見落とすな。異常を感じたらまず立ち止まろう。屋上へ行くぞ」


 流れるように支持を出したドリー。

 ライアンとロックが先頭に立って顔を見合わせた。


「さて、虎が出るか獅子が出るか……楽しみだぜ」


 ロックはS-16のボルトを引いてそう言った。

 その向かいに居るライアンも同じようにボルトを引いた。

 12.7ミリの巨大な弾丸がちゃんバーに収まった。


「今度はハッキングされねぇようにしねーとな」


 どこか軽い会話だが、バードは不思議な感覚だった。

 会戦する事は無いし会敵する事すら無いだろう。


 ただただ純粋に、何かが『待ってる』と確信しているのだった……

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