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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第4話 オペレーション・ファイナルグレイブ
33/358

成すべき事を成す

 ―――――同じ頃。地上




『アリョーシャよりテッド』


 坑の縁で暗闇を見下ろすBチームの居残り組の中に居たテッド隊長は、唐突にアリョーシャから呼び出された。高級将校向けの無線なのだからテッド隊長の耳にしか入らない内緒話だ。

 メンバーに悟られないよう、テッドは腕を組んで心配そうにしていたのだが……


『どうした?』

『朗報だ。バードが見つかった』

『……見つかった? 死体か?』

『なに言ってるんだ。俺たちの場合は死体じゃなくて残骸だろ?』


 おどけた調子でふざけた事を言っているのだが、その実は全くと言って良い程にサラッとした調子だった。


『インドルートでやって来た地上軍が降下艇を回収したんだが、重傷で半分死んでる少尉が居るそうで、冷凍処理されているとの事だ。これから東京の高度医療センターへ搬送すると通告してきたんだが』

『それがどうかしたのか?』

『手並みが鮮やか過ぎる。地上軍のメディコに言わせると、専門教育受けてるレベルだそうだ。現場叩き上げの下士官がやるレベルじゃないんだとさ』

『へぇ。で、つまり?』

『やったのはバードじゃ無いか?って思ったんだよ。で、それとなく探りを入れたんだがビンゴだった』


 テッドの眼差しの先。

 腕のちぎれた劉を中国軍の衛生兵が手当てしている。

 ただ、手当てを受ける劉と楊の二人は痴話喧嘩状態になっていた。

 エディは別段どれを咎めるでも無く止めるでも無く、ただただ成り行きを見守りながら近くに立って話を聞いていた。


『エディの耳には?』

『まだ入れてない』

『しかし、なんでまたバードがそんなところに居るんだ?』

『さぁ それは本人に聞いてくれ』


 アリョーシャの抜けた言葉にテッドも思わず笑い声を漏らした。


『まぁ、やるべき事をやったんだろう。そこは褒めてやらないとな』

『全くだ。テッドの教育の賜物だ』

『それを言うならエディだろ。俺はエディに育てられたからな』

『……そうだったな。懐かしい話だ』

『で、バードは今どこに居るんだ?』

『そろそろ視界に入る頃だと思うが』


 高級将校向けの無線回線で秘密のおしゃべりが続く中、坑の縁に居るBチームの面々は雑談に興じている。他にやる事が無いと言うのは寂しいものだと苦笑いのドリー。話し相手はビルの様だ。

 共に頭の回転が異常に速い男だ。軽快な調子で続くテニスのラリーよろしく、話は淡々と続いていた。


「ハッチが再び閉まったな」

「おそらく自動で閉まる構造なんだろ」

「なんでだ?」

「雨は降らないが、砂やゴミ対策で開けたら自動で締める構造じゃいか」

「なるほど。道理を考えればそうなるわな」


 そんな事を言って気を紛らわせている。

 みな、どこか焦っている。今すぐにでもバードを探しに行きたいのだ。

 

「ところで隊長。バードの件は……」


 ビルは思い出したように現状確認を行った。もちろん言いたい事は皆解っている。

 今すぐにでも探しに行きたい。そう言っているに等しいとみな解っている。

 ただ、仮にも士官であるからして、命令も無しに前線を離れる訳には行かない。

 もし仮に、ここでスタンドプレイでも行えばエディが責任を取る事になる。

 部下の統率も満足に出来ない将校など、無用の長物と言ってもいいのだ。

 

「今、アリョーシャがバードの痕跡を辿っている。もう少し待て」


 ぜんぶ知っていながらテッド隊長は偽の情報を流した事になる。だけど、その言葉に皆は隊長の真意を見抜いたらしい。バードの足取りは、全く痕跡が無かった筈だ。

 その痕跡を辿ると言ったということは、言外にバードを見つけたと言っているのと等しい。つまり、ブレードランナーのバードは色々と事情があって別行動しているのだと理解する。

 そのチームメイトにも秘密で別行動しているなら、その目的は一つしか思い浮かばない。安堵の表情を浮かべてエディ達を見ているBチームの面々は、必死に亡命の段取りをしているチーノ二人を見ていた


「人間、あそこまで無様に落ちたくは無いものだな」

「全くだ。意地もへったくれもあったもんじゃない」

「安っぽいモンだな。まったく」

「あれで高級将校というのだからなぁ」


 皆が言いたい事を言い合う中、ライアンは坑の底を見下ろした。


「ところで」


 視線が一斉にライアンへ集まる。


「さっきから地下と交信出来てないんだけど、やべぇんじゃね?」

「あぁ。言われてみればそうだな」


 ドリーもどこか惚けていたと気が付いた。


『ドリーより地下チーム』

『――――――――――』


 ホワイトノイズだけが流れる無線。


『ドリーより地下チーム!』

『――――――――――』


 少し苛立ったドリーの声が上ずる。


『ドリーより地下チーム!! 返答しろ!』

『――――――――――』


 3度目の呼びかけには隠し様の無い焦りが滲み出た。

 チラリとあたりを見回すと、地上で留守番するライアンやダニーやビルが焦りの色を浮かべている。完全に遮断されたその隔壁は電波を通さないものなんだろう。

 放射線をも遮断する必要があるのだから、ある意味当たり前な話ではあるのだが。


「ライアン。ハック出来るか?」

「実はいま既にやってるんだけど、全部はじかれてる。さっきペイトンが空けた時から一定時間が経過しないと再開閉は出来ないのかもしれないな」

「……ホントか?」

「あぁ。セーフティエラーの表示はそう言う事なんだと思う」


 鉛を呑んだような気まずい空気が流れる。

 ドリーは助けを請うようにテッド隊長を見た。


「よし。あの連中に噛みついて開けさせよう。何らかの手立てがあるだろ」


 テッド隊長の指さした先には劉と楊の痴話喧嘩があった。相変わらず『お前のせいだ』と『自己責任だ』を大声で言い合っている。そんなに大声を上げると出血多量で死ぬぞ?とダニーは見ているのだけど。


『エディ』


 高級将校向け無線ではなく一般無線でエディを呼んだテッド。

 エディはチラリと視線だけ向けてから、再び痴話喧嘩の観察を続けていた。


『どうした?』

『下へ降りた連中が閉じ込められた』

『ハッチか?』

『あぁ』


 エディの表情が翳った。もう一度チラリとテッドを見た後、やおら銃の電源を入れ地面へ向けてフルオートで数発発射した。

 その音に驚いたのが、残った手で楊の胸倉を掴み殴り合い一歩前になっている劉の手が止まった。

 孔の淵からやって来たテッドは溜息混じりにふたりを見ていた。


「えー 取り込み中に失礼します。つかぬ事を伺いますが、例の垂直坑の隔壁は一定時間毎に閉める方式ですかな?」


 声色を改めたテッドは話を切り出す。


「実は地下へ行った仲間と連絡が途絶えたんだが、ハッチが勝手に閉まっているんですよ。これ、開けられませんかね?」


 テッドはありったけの自制心を全部つぎ込んだ。言葉を荒げて噛みつき掛かっても事態は好転しないし、しそうにも無い。ならば友好的である事をアピールした方が良さそうだと思い至った。だが。


「それはそちら側の問題だ。いま我々にとって重要なのは―――


 楊は興奮した口調で叫び続けてた。

 相当に熱くなっているのか、顔色が真っ白になり始めている。


 ――――私の亡命案件について確約を貰うのが先だ!」


 なんの恥ずかしげも無しに楊はそう言い切った。テッドもエディも呆れて言葉が無い。


「……あなたが自国民を戦車でひき殺そうが幾人も銃殺しようが、或いは、他人の健康的被害を無視して金儲けの為に公害を巻き起こそうが、あなたの国の中で収まってるウチなら好きにすれば良い。だが、現状では地球全体の問題なんだ。ご理解していただけますか?」


 自制心と言うよりも虚無感を覚えたテッド。

 目の前に居る中国軍の高官は、他人の不利益より自分の利益を優先する人間だ。それはまさに現代中国人の純粋培養状態で、人間的に全く救いが無いタイプだ。

 テッドの脳内にあった最後の安全装置が音を立てて外れた。


「そんなモノは私には関係な―――」


 何かを言いかけた楊の足下に小さな土煙が上がった。

 テッドの持っていた火薬発射の拳銃から紫煙が漏れる。


「次はアンタの額に風穴を一つ開けようと思うが、どう思う?」


 サングラス越しに眺める楊の目が恐怖に歪んでいる。

 どんな人間でもリアルの死は怖いのだとエディは知っている。死を恐れる事が出来ないのは人間的に欠陥か、さもなくばマインドコントロールされた自爆兵か。あとは、そもそも死の概念を無視出来るレプリだけだ。


「個人的には今すぐにここでアンタを撃ち殺して事態が改善する方向に持って行きたい所だ。しかし、仮にも一軍の大将閣下を無碍に扱ったとあっては国連軍海兵隊の名誉に傷が付く。海兵隊は紳士淑女の集まる本物のジェントリだからな」


 楊へ向かって僅かに歩み寄ったテッドは、手にしていた拳銃を額へと押し付け、有無を言わさぬ迫力でサングラスを取った。

 冷たい感触が伝わったのが、恐怖の表情を隠せなくなった楊の顔が引きつる。


「ここでアンタを殺すのは簡単だ。だが、それによって海兵隊は将官殺しの汚名を被る事になり、俺はしばらく寝起きの度に嫌な事を思い出して、寝覚めが若干悪くなるだろう。しかし、地下に降りている仲間の安全を考えれば十分許容出来る範囲で、リカバリー出来る範囲だ。海兵隊は、ODSTは仲間を絶対見捨てない組織だ。泥を被ろうが糞塗れになろうが、仲間の為にはどんな事でもする。そして、ここでは―――


 テッドは拳銃の安全装置を外した。カチャリと金属のぶつかり合う音が響く。

 あとは僅かな指先の動きで、楊がこの世を去る事になる。


 ―――アンタが死ぬ事になる」


 劉に襟倉を掴まれていた楊がブザマなほどに震え始めた。

 目に見えるほどの震えを起こし、奥歯がガチガチと音を立てた。


「おいおい」


 エディが呆れた声を漏らす。

 楊は恐怖のあまり失禁したらしい。


「わっ 私は知らないがこっちの劉ならば知っているは――


 かすれた声で追求の矛先を交わしに掛かった楊。その額をテッドが殴った。

 グリップエンドのマガジン底部がそのまま痕になって額に残る。


「DON'T FUCK WITH ME(あまり俺をなめるなよ)!」


 耳を劈くほどのボリュームでテッドが吼えた。

 テッドの手に込められていた力の強さをエディは知った。


「……そうか。そうだな。その通りだ。ならば現場責任者に聞くべきだ」


 まるで場を仕切りなおすようにエディが口を開く。その僅かな機微でテッドは自分を取り戻した。だが、その眼差しは劉を貫く。凍てつくような視線に純粋な殺意を感じ取った劉は一歩後ずさって言葉を失った。


「では、改めて伺いますが―――


 テッドの口からそんな言葉が漏れたとき、垂直坑の近く辺りから妙な歓声が上がった。

 言葉を切ってそっちへと目をやったテッドとエディ。

 釣られるようにして楊も劉もそれを見た。

 遠くから走ってくるODST歩兵の一団。

 そしてその先頭には、シェル装甲服を着た見覚えのある女性のシルエット。


 時々は走る速度を緩めて中国軍の歩兵へ無警告で射撃をしている。

 慌てて逃げようとする歩兵へ向けてODSTが銃列を敷き収束射撃を始める。

 狙われた中国軍歩兵は口から白い血を吐き出し膝を突いて崩れる。


 囲んでいる歩兵の中から正確にレプリだけを狙って支持射撃を行い、ODSTは確実に死に切るまで撃ち続けていた。


「楊将軍閣下。人民解放軍と言うのはレプリカントも戦力のうちなのですかな?」


 もう呆れ果てるのにも疲れたと言わんばかりにエディは溜息を漏らした。

 もちろん、サイボーグで有るからして、そんな物はただのポーズに過ぎない。


「私のチームに所属するブレードランナーは優秀なんですよ。自慢の部下です」


 テッドの漏らしたそんな言葉は、楊の表情を更に引きつらせて凍りつかせた。

 バードの率いるODSTの五十名は、次々と人民解放軍のレプリカントを射殺しながらやって来た。取り囲んでいた中国軍歩兵が潮のように引いていく。

 そんな中を遠慮なく走ってくるバードは、エディとテッドの前までやって来て踵を揃えた。肩で息をする男達の先頭でだ。


「取り込み中に失礼致します! バード少尉以下、独立野戦中隊。原隊へ復帰します!」


 敬礼し報告を上げたバード。テッドもエディもその姿に笑いを禁じ得なかった。

 汗と汚れにまみれたまま、バードと一緒に走ってきたらしいODSTの面々。

 だがその表情はやり遂げたと言う満足感に溢れている。


「少佐殿! 不時着したバード少尉をお届けに上がりました!」」


 バードの後ろに立っていたブーン曹長が大声で報告する。


「ご苦労だった曹長。ウチのプリンセス(お姫様)のお守りは大変だっただろう?」

「いえ、そんな事は!」


 苦笑いを浮かべつつブーン曹長の報告が続く。


「ウメハラ少尉の処置だけでなく果敢な戦闘に正直驚きました。さすがBチームだと思い知らされましたよ」

「そうか」


 満足げにテッドは頷く。


「バード少尉。いつか、少尉直率の中隊を編成したら、自分を呼んでください。楽しみにしています」

「ありがとう。私も楽しみにしています。すぐに水分とカロリーを補給して備えてください。まだ作戦は続きます」

「イエッサー!」


 歩み去ったブーン曹長を見送ったバード。

 だが、その場から海兵隊の兵卒が居なくなった時点で拳銃を構えた。

 照星越しに楊を狙っているバードの視界に真っ赤な[+]マークが浮かぶ。


『バード 撃つなよ』


 テッド隊長の指示が無線に流れる。

 しかし、バードは遠慮する事無くトリガーを引き絞った。


「バード! まだ撃つな!」


 エディの金切り声が飛ぶも、バードは既にトリガーを引き絞っていた。音速の数倍の速度で飛翔する高速小口径弾は、咄嗟に狙いを外した結果、楊の腹部を貫通。

 バードに無線が通らない事を悟ったテッドは、楊の前に自らの身を晒して射撃を遮ると同時にハンドサインで射撃の停止を命じていた。


「隊長! その男は!」

「お前が撃つんだからレプリなのは解る、だが―――


 テッドは手短に現状を説明した。


 ―――つまり、情報を引き出さねばならない」

「はい」

「前にも言ったが撃つ前に一言掛けろ。まぁ、レプリ相手なら問答無用で撃つのも仕方が無いがな」


 腹部から白い血を滲ませる楊。

 だが、劉はある意味当然と言う顔で楊を眺めていた。


「楊同志も再製体だったのか」

「……当然だ。オリジナルの肉体で生きていられるほど今の中華は優しくない」


 二十世紀の最後頃から始まった深刻な公害汚染は中国本土を蝕み続けていた。

 もはや中国沿海部はどこへ行っても人間の生存には適さないレベルの汚染状況だった。

 生きながらにして身体を蝕んで行く、重金属や有害微粒子のたっぷりと混ざった大気。

 貧困層の平均寿命は二十五歳と言われている。


「生きて行くのに必要な技術だ! それを国連が抑えているから中国人はバタバタと死んでいくんだ! お前らは中国人を滅ぼしたいのか! 私だって死にたく無いんだ!」


 ハァ?

 そんな表情で激昂した楊を見ているテッド。エディもバードも言葉を失う。


「自然環境を改善すれば良いじゃ無い。自分達で汚したんだから自分達で綺麗にすれば良いんじゃないの?」


 呆れたと言わんばかりの言葉が遠慮無く楊を叩く。

 バードの顔には心底軽蔑する表情が浮き上がっていた。


「お前達だって散々地球を汚してきただろうに! そうやって手に入れた繁栄だろうに! なんで中国だけやってはいけないんだ! 我が国だって同じように地球を汚す権利がある! 汚れて困るならお前らがやれば良いだろ! 何で中国ばかりが悪者になるんだ! だいたいそもそも、理不尽だろ!」


 ふと、バードは目の前のレプリの丈夫さに感心していた。普通、至近距離で高速弾を撃ち込まれれば、その傷みたるや相当なモノの筈だ。

 体内深くから来る激痛は呼吸ですらも阻害する筈なのに、大声を張り上げて抗議する余裕すら見せるのだから、レプリとは恐ろしいモノだと再確認している。


「散々汚したんだから綺麗にする技術を作ったのよ? でもあなた達は汚す一方で綺麗にする事は一切しないじゃ無い。馬鹿なんじゃないの?」

「じゃぁそれを我々にもよこせ!」

「お金払えばね。ただじゃ無いんだから。それが嫌なら自力でやりなさいよ」


 ここまで我侭なのかとバードは改めて驚く。そしてやはり、ここで処分するべきだ!と、バードの目に殺意が宿る。

 拳銃をホルスターへと収め、そのままカービンライフルのマガジンを確かめる。残り十発程度だがレプリの射殺なら申し分ない量だった。


「海兵隊ではなくブレードランナーとして、国際レプリカント管理条約を根拠に速やかなるレプリカントの排除を具申します。その男は地球人類にとって排除するべき……敵です」


 カービンライフルのボルトを引き直し静かに構えたバード。

 その姿はほれぼれする程にサマになっているとエディは思った。


「エディ。俺もバードの意見に賛成だ。どんな理由があろうと例外は許されないし、許されるべきではない。受け入れ難い艱難辛苦を受け入れて生活する者は数多い。その男も言ったとおり、理不尽な矛盾は是正されるべきだ」


 チラリとエディを見たテッドは、僅かに肩をすくめてから脇へと身を移した。

 バードの構えるカービンの銃口が楊だけでなく劉をも睨みつけている。


「国際法におけるレプリカントの取扱項目規定違反により自己意思で行動する破壊活動レプリと断定する。私の見ている世界は、そのまま国連機関のレプリ対策機関へと転送され記録される事になっている。これはあなたの国家も批准している国際条約による正統な活動です。ご理解いただけますか? 将軍閣下」


 一切逡巡する事無くレプリの射殺手順に則り法的根拠を提示したバード。

 士官学校、ODST学校の二つを終えた後に始まったブレードランナーの教育課程で学んだ事だった。

 

「ブレードランナーの活動に例外は許されません。如何なる矛盾も許されません。レプリカント行動規定から逸脱する固体は、それが例え脳移植によるレプリボディーユーザーだったとしても排除する義務を帯びています。残念ですが、生かしておく訳には行きませんので、死んでいただきます。よろしいですね」


 バードの手元からセーフティーを外す機械的な音が響いた。


「頼む! 助けてくれ! 死にたく無い!」

「残念ですが、手遅れです」


 鋭い射撃音が響いた。脳蓋後部から真っ赤な血を撒き散らして楊は崩れた。

 赤く乾いた砂漠の大地に赤い血と白い血の二つが流れて行く。

 脳移植で活動するレプリカントは、脳だけが人間と同じ赤い血を循環させている。

 いや、正確には赤く見えるだけなのだけど……


複製人(レプリカント)の天敵、ブレードランナーか。恐ろしいものだな」


 抑揚の無い声で呟いた劉。すぐ後ろで王も言葉を失っていた。

 無表情のまま銃を下ろしたバードは鋭い眼差しを劉へと向けた。

 次はお前だと言わんばかりの眼差しだ。


「ところでハッチを開ける方法ですが―――


 バードは少し大袈裟にテッドを見た。


 ―――判明したのですか?」


 バードの問いにテッドは肩をすくめる。


「いや、それがまだなんだ。案外非協力的でな。ところでバード。そっちの男は」

「偽装しているレプリの可能性があります」

「そうか。じゃ、処分して良いぞ。後の事はあとで考える」

「イエッサー」


 バードが再び銃を構えた。

 至近距離で撃たれるのだから、即死以外の選択肢は無い。


「待ってくれ!」


 劉はとっさに跪いて手を伸ばした。

 命乞いをする姿がサマになっているとエディは思った。

 もちろん、テッドもバードも同じ事を考えた。


「ハッチを開ける手段は二つだ! 頼む殺さないでくれ! 約束してくれれば必ずハッチを開けるから! 頼む!」


 必死の命乞いにしらけた空気が漂う。

 なんと言うか、実に馬鹿馬鹿しいとウンザリするほどだ。


「じゃぁ、先に開けてください。あとの事はあとで考えます」

「確約が先だ!」

「そうですか。じゃぁ死んでください」


 問答無用でバードはトリガーを引き絞った。

 鋭い射撃音が再び響き、残っていた劉の左耳が引きちぎれて無くなった。


「ギャァァァァァ!」


 耳を押さえて転げまわる劉。その周りへ銃弾を次々と打ち込むバード。

 一切の遠慮も容赦もないやり方に、劉は海兵隊の本気度を理解した。


「さぁ、そろそろ死にますよ。準備は出来ましたか?」

「開ける! 今開けるから待ってくれ! 頼むから!」


 バードはもう一度狙いを定めて射撃を行う。

 劉の足元に土煙が幾つも立ち上った。


「ガタガタ言う暇があるなら先に開けなさいよ。それが誠意ってもんでしょ」

「え?」

「開けたんだから殺さないでくれって言われれば、それは考えるんだけど、これじゃ単なる時間稼ぎじゃ無い。本当は開ける気なんか無いんでしょ? 時間稼ぎして、地下で何かやらかすのをサポートしてるだけでしょ? どうなの?」


 女だと思ってなめていた。そんな失敗を劉は悟った。この暑い環境下で装甲服を身に纏ったまま走ってきているというのに、汗一つかいていないだけで無く熱中症の症状すら出していない。

 つまり、目の前の女は姿形こそ女だが中身は全く違うモノだ。そしてそれは普通の方法では対抗する事すら出来ないモノだ。


「王同志! 大至急隔壁を開けてくれ! 管理コードは私のモノをつかって良い!」

「明白了!」


 王光美は足早に立ち去った。管理事務所になっている建物へと消えていった後ろ姿を見送ってから、エディはバードの肩に手を置いた。


「もういい。それより着替えるんだ。その恰好ではオーバーヒートの危険がある」

「しかし、ハッチは」

「あぁ。それはここで様子をうかがうことにする。場合によっては地下へ救援に行かねばなるまい。バード。君の職能が必要だ。準備してくれ」

「イエッサー」


 鋭い眼差しで劉を一睨みしてから銃を下ろしたバード。

 テッドが垂直孔近くのティルトローター機を指さした。


「お前のシェルの装備はあっちに運び込んである。喧嘩仕度しておけ」

「はい!」


 敬礼を送って走っていったバード。

 その後ろ姿をテッドが見送る。


「戦場に女が居るのはどうかと思うが……」


 エディの言いたい事をテッドは理解している。


「仕方があるまいなぁ その能力があるんだから」


 複雑な表情のエディとテッド。

 劉もまた複雑な表情で見ていた。


「国連軍の海兵隊とは精強な組織だな」


 劉の漏らした言葉にテッドは苦笑いを浮かべる。

 呆れたような表情のエディもまた笑っていた。






 ――――同じ頃 地下






「なんか音しないか?」

「あぁ。してるな」


 累々と折り重なっていた死体を並べて確かめて居るロックとペイトンは、重々しく響く音に気が付いた。


「これ、何の音だ?」


 ジョンソンも音を認識したようだ。

 隠し扉を破壊して進んできた場所だ。

 既に最下層のその下へと入っていた。


「案外ハッチが開く音だったりしてな」

「そんなに都合良く進むかよなぁ」


 スミスはリーナーと顔を見合わせて笑った。

 どこか達観しているかのような笑みだ。

 まるで自分たちの運の悪さを諦めているかのような、そんな空気。

 だが―――


「お! なんだこりゃ!」


 折り重なるように斃れていた死体の奥には小さな通路があった。ロックの声が弾んでいる。だいの大人だと身を屈めてなんとか進めるレベルの通路だ。

 最下層から上り坂になっていて、ズンズンと進んでいくと階段にぶつかった。


「妙な構造だな」

「あぁ。ガス避けと言っても良さそうだ」


 リーナーはウォーハンマーの柄を垂直に立てて斜度計測している。

 結構な急勾配だと目に見えて解るのだが……


「さてさて。更に面白くなって来やがったぜ!」


 先頭を歩くロックが見たモノは、無造作に積み上げられたガラクタによるバリケード。

 そして、その奥には気密ハッチになっている小さな入り口だった。

 ドアの脇には気圧差計が装着されているのが見える。

 つまり、全く異なる換気系の小部屋……


「開けたらいきなりズドンは勘弁してくれよ!」


 割と丁寧にガラクタをどけたロック。

 ペイトンとリーナーがそれを手伝った。

 数分後、まるで子供が通るようなサイズのドアが姿を現す。

 ペイトンが呟く。


「まるで潜水艦のハッチだな」


 気密を確実にする為の機械的ロックがドアのまわりに幾つも付いていた。

 一つ一つ丁寧に開けていくのだが、全部のロックを外してもドアは開かなかった。

 内側からロックされているかのような気配だ。


「こっちもガツンとやるか!」


 リーナーはハンマーを構えた。

 だが、その手をジョンソンが止める。


「ちょっと待ってくれ」


 ジョンソンの指が天井を指差した。

 地上と交信中だと皆が理解する。


『地下より地上へ』

『ジョン! そっちはどうなってる!』


 ちょっと焦ってるかのようなテッド隊長の声だ。


『突入メンバーに異常なし。地下には高レベル放射性廃棄物山積みです。リーナーがふっ飛ばしてぇって顔で見てますよ』


 無線の中に爆笑が広がる。


『で、人質は居たか?』

『それが、あちこち見て回ったんですがどこにも居ねぇんですよ。んで、今は』


 ジョンソンは自分の見ている世界を地上へ中継している。

 隠し扉を進んできたらこんなザマですと手順を示していた。


『そうか。今からバードがそこへ降りる』

『見つかったんですか?』

『あぁ。アチコチでレプリ狩りしまくっていたようだな。ただ困った事に無線機能が死んでいる。携帯無線を装備させて降ろす。そっちで役に立つだろう』

『了解です』


 無線通話が終った頃、堅く閉められていたハッチが僅かに開いた。

 同時に、その奥から異臭が流れてくる。

 鼻を突く腐敗臭と言っても良い。

 

「おい。この臭いなんだ?」

「死臭じゃ無いが……」


 ペイトンとスミスは顔を見合わせる。

 僅かに開いたハッチの隙間を覗き込むリーナー。


「……嘘だろ」


 搾り出すようなリーナーの声。

 脂ぎった長い髪を乱雑にまとめた背の低い女が二人。全裸で椅子に座っている。

 その周りには幾人もの男が銃を持って座っていた。

 壁際には何らかのコントロールパネル。

 画面にはファイナルグレイヴの構造が表示されていた。


『地下制御室を発見! レプリが多数居ます!』


 間髪居れずに報告を挙げたジョンソン。


『まもなくバードが降下する。ネズミは逃がすなよ!』


 ドリーの声が無線に流れ、メンバーは顔を見合わせて頷く。

 

「さて、どうするか」

「あの女は生身か?レプリか?」

「バードが来るまでわからねぇな」

「だな」


 とりあえず逃げ道を塞いだつもりになって、バードの到着を待つ作戦。

 一秒が一時間にも感じる歯痒さに、ロックは身悶えていた。

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