意外な場所で獣人再び
~承前
――――え?
パラシュートを展開した直後にそれは起きた。
一瞬だけバードの視界情報が混乱し、唐突にブラックアウトしたのだ。
至近距離で電磁パルス兵器を使われた時にもこれが起きる事がある。
唐突にシステムダウンし自動で再起動する、自分では対処出来ないモノ。
実際、バードだって何度も経験している代物だった。
だが……
『これなに! 何が起きてるの!』
ほんの数秒、いや恐らくは1秒未満のブラックアウト後に世界が一変した。
土色の巨石が浮いていたはずなのだが、そこに見えるのは古風な城だ。
つい先ほど上空から見た城としか形容できない砦状の建築物。
その建築物が緑あふれる空中庭園の付いた『生きた城』として現れたのだ。
しかもそれが空中に浮いてる状態で……
『空間転移でもしたか?』
同じようにパラシュートを広げていたロックが静かに漏らす。
チーム無線の中にメンバーの声が溢れた。
『つうかこれ、あれだろ。いつだったかの士官総会の会場だろ』
何かに気が付いたライアンがそう言うと、ペイトンも同じように言った。
『間違いねぇ ご丁寧に出入り口まで一緒だぜ』
ロックとバードは先にそれに気が付いていた。
だが、みんな気が付かなかったのか?とバードは少しばかり訝しがった。
しかしながら、ここでそれを指摘するのも野暮というモノ。
言わなくてもいい時に言わなくても良い事を言う必要はない。
――――まず降りなきゃ
気を取り直して綺麗にタッチダウンを決めたバード。
チームの面々が次々に着地しているそこは、城の入口にある大きな門だ。
跳ね橋構造の板が降りていて、巨石の上に聳える城の入口になっている。
『呼ばれてるって考えた方が自然だな』
ジャクソンはパラシュートを片付けながらそう言った。
誰もが一度は『シミュレーターか?』と考えたし、思わない方が不自然だ。
しかし、幾度も経験したシミュ訓練特有のごくごく僅かなタイムラグが無い。
それ以上に言えるのは、ジーナから飛び出した時点ではリアルだった。
どこか無防備なタイミングでシミュレーターに放り込まれた可能性も低い。
――――これはリアルだ……
そんな直感が全員にあった。作り物臭さが一切無いのだ。
乱雑に畳むパラシュートの手触りや、僅かに露出する人工皮膚の感じる風。
降り注ぐ太陽の光と熱すらもリアルに感じている。
もっとも、全身に増加装甲を取り付けている姿はまるで重装甲の騎士だ。
誰がどう見たって普通の人間には見えない姿だった。
そこまで含めて全く新しい高性能シミュの可能性もあるが……
『取り敢えず前進しよう。良いですか大佐』
あくまでチームの指揮権はドリーが持っている。
それを確認する様にテッドへと上申した辺りにドリーの配慮が見えた。
「あぁ、前進しよう。ここからオープンでやる方が良いな」
少しばかり寂し気な様子を見せたテッド。
しかし、同時にそこには確かな成長を感じ取って満足する部分も見える。
バードも前に聞いたのだが2970年代の後半にはテッドの配下になっていた。
それから幾星霜を越え、様々な経験を積み、鉄壁の鍛えられ方で成長したのだ。
――――凄い人だよ……
いつだったか、ロックはドリーをそう評した事がある。
基本的に人を褒める事が無いロックがそう言うのは、ある意味凄い事だ。
他人を褒めるのが嫌いなのではなく、全てに感謝するタイプの人間だからだ。
そのロックをして、テッドはもう一人の父親であり、ドリーは頼れる兄貴だ。
常に冷静で笑顔を絶やさず、困難な状況や絶対的窮地でも明るく振る舞う。
そのドリーが今は隊長になった。
エディから見たテッドがそうであるように、テッドはそれに満足していた。
「了解。全員装備を再チェックしてくれ。散開陣形で中へと入る」
ドリーがそう指示を出し、バードは改めて自分の装備を確認した。
右腕の前腕部には大きな膨らみがあり、50口径弾が詰まっている。
銃を構えずとも自由に撃てる状況だ。そして、左腕には9ミリ弾のSMG。
普段の戦闘を解析した分析チームにより、各々に得意な武器が割り振られた。
連射の効く自動拳銃を好む突撃型のバードだ。前面装甲を厚くしてこの装備。
はっきり言えば、実にバード好みの装備だった。
「最初は銃を使おう。弾を使い切ってから個人装備に移り、邪魔な装備はその場でパージして良い。大事なのは生き残る事だ。先ずは確実に帰れるってところを優先する。死ぬ為に来た訳じゃないからな」
ドリーの言葉にバードはニヤリと笑った。
ただ、それと同時に心のどこかが少しざわついた。
――――なんか隠してるな……
それは理屈じゃ無い部分での直感だ。
過去何度も経験している、『まだ知らされていない何か』があるのだ。
しかもそれは作戦の核だったり要諦だったりするもの。
事前にそれを知ってしまうと全体の観察が疎かになるもの。
全部承知で全体を見られるようになるまで。
言い換えると、バランス感覚が鍛えられて成長するまで。
つまりは、もう少し大人になるまでは知らされない部分だ。
――――もっと成長しろってことね……
ふと脳裏にエディが浮かび上がった。
いつもより厳しい表情で叱責する姿だった。
エディは普段から『もっと出来る筈だ』と手厳しく叱る。
だが、今はバードだって理解している。それはエディの愛だと。
まだまだ成長の余地があるからこそ、厳しく引っ張られる。
もはや誉めて伸ばす段階では無い。
ヒントを与え、思考を促し、自らに成長させるステップ。
そこで甘やかすと、結局のところ人は成長しないのだから。
「よっしゃ! 一発やったろうぜ!」
不意にテンションを上げたライアンが切り出した。
なんかあったのかな?と顔を向けると、ライアンの背にアナスタシアが居た。
ライアンの背にあった銃のマウント部に何かが挟まったらしい。
――――現金なもんだな……
いわゆるスケベ系とは違う女好きのライアン。
その裏にあるモノはバードも理解している。
ライアンは基本的に人の愛に飢えている。
親族全てを失った彼は『家族』が欲しいのだ。
「ロック! ライアン! 先頭に立ってくれ! バードはフォローだ。フォーメーションを固定し散開して前進する。何も見落とすな。ヤバイと思ったら先に撃って良い。よく解らないが、取り合え得ずあそこを目指す」
ドリーが指差したのは城の上空だ。
恐らくはメインタワーと思われる部分の更に上には黒い何かが浮いていた。
「アレが城を引っ張り上げてるのかもな」
理系の頂点と言うべき医者のダニーがそう漏らす。
状況を総合的に判断すれば、重力の異常による浮遊と考えるのが正しいだろう。
「俺達今は相当重量が増してるはずですけど、普通に歩けるのは凄いですよ」
アーネストはそう分析したが、それについてベテラン勢は少し危機感を持った。
重量を軽くし過ぎた結果、いつぞやの先頭ではアナの射撃が全く不安定だった。
射撃する場面では、機体重量があった方がすわりが良い。
その方が良く当たるしブレずに撃ち続けられるのだ。
「仮にこれが最高レベルのシミュレーターなら、あそこに行けばログアウトだろうな。そして、これが現実だというなら……まだまだ世界は知らない事だらけだ」
ビルの言葉に全員が苦笑いを浮かべる。
むしろシミュレーターであってくれと祈る部分すらある。
正直、勘弁してくれ……と。
もうそろそろ、いい加減にしてくれ……と。
何をしたいのかは解らないが、なぜBチームだけ降下したのか。
バードはそれを必死で考えた。与えられた情報の中で。
ただ、そんな余裕は跳ね橋を渡った時点で消し飛んだ。
目の前に転がる死体は、通常のモノとは大きくかけ離れていたからだ。
「またこいつらだぜ」
ジャクソンがぽつりと呟く。
そこに転がってた死体はシミュレーター訓練で何度も見た獣人だった。
何が起きたのかは分からないが、少なくとも相当な数で死体が転がっている。
ガチでやり合ったようで、その多くが目を開いたまま事切れていた。
「これ……ネコ? で、そっちはライオン?」
バードがそう漏らした姿は立派なたてがみを持ったライオンの姿だった。
福々しい丸顔のネコに混じり、物凄い体躯をした大男が混じっている。
筋骨隆々などと言う表現では足りない程に鍛え上げられた姿。
その腕は丸太のように太く、その両足は雄牛が如くに逞しい。
しかも彼等はまるでスパルタの戦士よろしく武装している。
長い槍と大きな盾を持つ姿は、チームの誰もがスパルタだと思っていた。
「ライオン……だろうな。そんでそっちは……いつものイヌだ」
ドリーも片膝をついてその死体を確かめた。
イヌの側は防御がだいぶ疎かで、鎧の類を一切着ていない。
「これで双方が……斬りあったの……か?」
首を傾げながらもジャクソンがそう漏らす。
近代戦ばかりを経験した面々にしてみれば、防御を固めずの戦闘は理解不能だ。
しかし、どうもそれは正鵠らしく、双方ともに斬撃による損傷がひどい。
間違いなく剣などで斬りあったと思われ、四肢欠損ばかりな状況だった。
「これ、ライオンとネコの側が攻め込んでイヌ側が防戦してるって感じだな。イヌ側は割と豪華な衣装と言って良いだろう。お城の中だから貴族様かも知れないが。んで、双方の死体を見るに、ライオンの方が体格的には上だけど……」
医者の所見を述べたダニーは、そこで言葉を切ってロックを見た。
凡そ剣での戦闘ならばロック以上の存在はチームには居ないから。
「……あぁ。ダニーの言う通りだ。剣の腕前はイヌの方が圧倒してる」
死体の近くに立ち、想定される太刀筋をロックはエアで再現した。
剣技というならば素人より多少マシなレベルでしか無いバードにも解る。
その動きは極度に洗練された『負けない戦い方』だった。
「上段側からは斬ってねぇ。やや下気味の横からで、圧倒的に優速だ。恐らくは斬られても最初はわからないレベルだろう。ただ、神経は一発で断ち切られるんで、もう動けなかった筈。そこからとどめに喉をやっている」
ロックが言う通り、ライオン側の死体は多くが喉を切られての絶命らしい。
多くの死体が舌を外に飛び出させて事切れていた。
「こんな死に方は御免被るって奴っすね」
だいぶ嫌そうな声音でヴァシリが呟く。
散々と銃撃戦を経験した筈なのだが、切られて死ぬのは歓迎しないらしい。
「とりあえず奥を目指すぞ」
遠目に見ていたテッドがそう言った。
どこまでもドライで現実的なスタンスだ。
ただ、バードはそこにテッドが隠している任務を感じ取った。
他ならぬエディから託された最終任務だ。
――――どんな任務なんだろう?
純粋な興味としてバードはそれを想像した。
エディが王様だったときのお后様がここにまだ居るらしいのは聞いている。
時間が加速したり減速したりしてる状況を見れば、可能性としてあり得る話だ。
しかし、この城の奥にはまったく別の何かがあるのかも知れない。
お后様は解っているが、それだけじゃないのかも知れない。
つまり、崩れゆく城に突入して何かをしろと命じられた公算が高いのだ。
しかもそれは、現状のシリウスが抱える様々な問題の最終的解決かも知れない。
何の根拠もないがバードはそれを直感していた。
この城の中にシリウスが直面する絶望の根源があるのかも知れないのだ。
「ロック。ライアンと先頭に立ってくれ。ヴィクティスは二人の後ろにつけ。その後ろにヴァシリとダハブが付くんだ」
何を思ったか、ドリーはここでフォーメーションを変えた。
接近戦でめっぽう強いロックが先頭なのはともかく、2列目が意外だった。
「ヴィックは反射神経良いからな」
ペイトンがその核心を見抜いてそう漏らすと、ヴィクティスは肩を窄めた。
チームの中でも指折で反射神経の鋭さを誇っている。そして適応率も高い。
「よし。前進しようぜ!」
冒険を待ちきれないといった様子でライアンが言う。
困難を困難と認識せず、常に前向きなスタンスがライアンの持ち味だ。
だが、そんなライアンが幾つかの死体を跨いで前進した時、足を止めた。
先程までとは全く異なる死体が目の前に現れたのだ。
「これ、どうやって死んだんだ?」
近寄って検死を行ったダニーが唸る。
その死体は短時間に超高温で焼き切られていた。
身に纏う甲冑状の装甲は各部で融解が確認出来る。
「材質的には一般的な炭素鋼系と思われるが……それにしたって融解温度は1000℃近いぞ? 何で焼かれたんだ? テルミット爆薬でも持ってるのか?」
割とアカデミックな分析でヴィクティスが唸る。
瞬間的な熱による作用ではより高温が必用だ。
「王の后がまだ居るくらいですから、案外…… 魔法だったりして……」
冗談めかした声でアナスタシアが言う。
しかし、どうやらそれが正解らしい事を全員が気が付く。
回廊の周囲にある様々なモノを一瞥したロックは低い声で言った。
「壁やら調度品が溶けたり燃えたりしてねぇ……」
そんなロックの言葉にバードは表情を厳しくした。
今まで数え切れないほど不可思議な経験をしてきたが、魔法は初めてだ。
だが……
「どって事ねぇさ。そもそも俺たちだって魔法みたいなもんだぜ」
ペイトンが声音を変えてそんなことを言った。
高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないと言うが……
「全くだな。まさか自分がこんなになるなんて思っていなかったさ」
意外なことにそれを言ったのはテッド大佐だった。
最後尾でしんがり状態だった大佐はスルスルと歩み出て死体を確かめた。
瞬間的な高温で焼かれたらしい死体の断面は見事に熱切断されている。
死体だけじゃ無く、鎧や盾と言った防御系もまた切断されていた。
「ロック。仮にの話だが、超高温の刃で生身を斬ったらこうなると思うか?」
テッド大佐の仮定を簡単に言えば、炎の刃なのだろう。
瞬間的にそれを理解したロックは首肯しつつ言う。
「えぇ。要するに高出力レーザーですよ。そのレベルならこうなるはずです」
ロックの指摘は単純だ。切り口から体液や血液が漏れ出てない。
切断面は綺麗に焼き切れていて、まるで分厚いステーキの断面だった。
「増加装甲の瞬間耐熱温度は1400℃ありますが、顔は剥き出しです。メットのバイザー降ろしといた方が良いですね」
ライオンのステーキになってる死体を見つつ、ドリーはそう進言した。
今の彼等が装備しているヘルメットは、機体の装甲と同じ材質だ。
首回りから後頭部をすっぽりと覆い、額から鼻辺りまでをカバーしている。
ただし、口周りと顎くらいまでは露出しているスタイルだ。
「そうだな。直撃を受けても一回は耐えられるだろう」
テッドは最初にヘルメットを全周防護モードに切り替えた。
両耳辺りの所からスッと部材が移動し、バイクのレーサーメット状になった。
「なるほど。これから安心だな」
「全くだ。最初からこれが良い」
ダハブの感心にアーネストが応える。
全身を覆う状態になったチームの中で、ロックだけは顔を露出していた。
「ロック?」
バードが『何故?』と問うように声を掛けると、ロックはニヤリと笑った。
全身を黒尽くめにしたその姿はまるで、影に潜む忍者だった。
「俺は剣士だからな。視界が狭いとやりにくいから」
視界じゃ無く感覚でしょ?と口を突いて出そうになったバード。
だが、その言葉を飲み込み、ただ一言だけ返答した。
「焼かれないでね?」
……と。
瞬間的な高温を浴びれば、どんなものだって焼けただれ崩壊する。
熱というモノが本当に厄介なのはそれだ。
「フライフェイスも渋くて格好良いだろ?」
ロックがくだらないジョークを飛ばすが、バードは無言だった。
何も言わずヘルメットを全周防御に切り替え、その中で呟く。
『……ばか』
ただ、そんな言葉を吐きつつも、顔はニヤリと笑っている。
火傷顔でだいぶ怖くなったロックなら、悪い虫は近寄ってこないな……と。
「前進するぞ。とにかく前進だ。何があるか解らないが、来た以上はな」
ドリーがそう促し、チームは再び前進を再開する。
細い回廊を抜けた先には階段があり、その先には広間がある。
いくつかの施設へと繋がる導線の結節点だ。
「ここを右に行くと議場だったな」
士官総会の事を思いだし、ジャクソンがそう言う。
ペイトンも『あぁ。ここを真っ直ぐ行けば玉座の間だろ』と応えた。
城の隅々を探検して歩いた面々は、その構造を知悉していた。
同時に、どこで何が行われているのかを思案もしていた。
「まず玉座へ行ってみようよ」
バードはそんな提案をした。
根拠は無いが、何かがあるなら玉座だろうと思ったのだ。
「そうだな。お后様がどこに居るか知らないが、玉座の辺りなら可能性が高い」
ドリーもその案に乗ったらしく、振り返ってテッドを見ていた。
そのテッドは黙って首肯を返しつつ、右手を立ててパタリと倒す。
行け
その短いジェスチャーでチームは再び前進を再開した。
幾つも死体をまたぎつつ進んだとき、段々と様子が変わり始めた。
「……ジャイアントにでも殴られたか?」
巨大で単純な力による肉体損壊と思しき死体が目立ち始めた。
いつぞやシミュ訓練で見た、ミノタウロスみたいな敵の攻撃だ。
真正面から凄まじい力で殴られ、一撃で肉体が砕けたらしい。
「トンデモねぇスプラッタだぜ」
ウヘェと言わんばかりにライアンが零す。
だが、その次にやって来たのは凄まじい衝撃波だった……




