スミスの死
随分お待たせしましたが、最終話を公開します。
このお話で終わる筈です。
「ただいまスミス」
明るい声でガンルームに入ってきたバードはレリーフに手を触れてそう言った。
ブロンズのレリーフには戦闘装備を決めて笑顔のスミスが陽刻されていた。
「……もう1年か。名前は残ったが……早いもんだな」
ぼそりと呟いたロックは制帽を整えて敬礼した。
キャンプ・スミス
孤立大陸ヲセカイの片隅に設置されたODSTサイボーグ向けの前線基地。
かつては黒宮殿と呼ばれた施設の跡地に建設された重要拠点だ。
そして、Bチームが常駐するここは、スミスの公式戦死地点でもあった。
「今でもなんかひょっこりと顔を出しそうな気がするぜ」
少しだけ硬い表情でそう言ったライアン。
その右手がグータッチをするようにレリーフを叩いた。
情に篤く義を大切にしたアラブの男はレリーフの中で笑っている。
後から続々とガンルームに入ってゆくチームメンバーは各々に挨拶していた。
「まぁ実際……抜け殻は下にあるけどな」
ダニーが言うそれは、スミスが使っていた機体の処遇だ。
脳殻ユニットが取り外されたスミスの機体は地下倉庫の一室で保管されている。
誰ともなく『カタコンペ』と呼ぶようになった、スミスの墓地だ。
「あの機体、どうするんでしょうね」
アナスタシアの言葉にバードも表情を曇らせる。
高価精密品であるサイボーグの機体は共食い整備の材料でもあるのだ。
「……まぁ、色々あるが何処かに再利用出来るならして欲しいもんだな」
ロックが言うそれは、万物に魂が宿るという思想を持つ日本人故なのだろう。
生身の人間が臓器移植で命を繋ぐように、サイボーグだってあり得る話。
なにより、地球から遠く離れたこの地では重要機器のスペア確保が難しい。
「自分の一部になってスミスが生き続けるってな」
そう言ったダニーは、医者故の視点と知見でロックの心情を見抜いた。
心臓移植で生き延びた者がドナーの人生をも生きると言い出すのは良くある。
その辺りの感覚と心情は、科学では割り切れないデリケートな部分なのだろう。
ODST サイボーグ大隊 Bチーム所属 スミス少佐
公的には戦死扱いとなっているが、その実は待機中に突然ハングアップした。
黒宮殿戦闘の後、閉じ込め症候群となった彼は奇跡的に回復し戦線へ復帰。
だがそれは、完全回復とは言いがたい状況だったらしい。
ハングアップの原因は脳殻内のブリッジチップ部分が壊疽した事だった。
そもそもブリッジチップとの相性は本人の免疫型などにより大きく左右される。
多くの人々が機械との接続点にある神経細胞自体を免疫で壊してしまうのだ。
そんな中、一握りの人間だけがチタンを含めた特殊合金との共存を可能とした。
ブリッジチップ廻りの構造は、そういった個人の資質的部分に振り回される。
そしてスミスもまた、そんな一握りの人間だったはずだった。
「……明日は我が身ですね」
首元を涼しくしているかのようにヴァシリが漏らす。
その隣に居たアーネストもまた言った。
「明日どころか3秒後にそうなるかも知れない……って事ですよね」
サイボーグ暮らしが長くなると、彼等彼女等はその危機意識が希薄になる。
だが実際には薄氷の上でタップダンスをしているに過ぎないのだ。
「まぁ、あまり深刻に考えなさんな。ストレス値が高まるとホルモンの関係でブリッジチップとの相性が落ちる。そうすれば俺達は頓死一直線だが、生身の人間だってストレスで死ぬんだ。その意味じゃ変わらないよ」
場の空気をかき混ぜるようにダニーがそう言う。
医者として長く働いていたらしいが、思えばこのダニーもよく解らない存在だ。
ふと、ここBチームに来る前にダニーについてバードは疑問を持った。
タガログ語圏出身なのは間違い無いが、医療的な経験値の高さが尋常じゃ無い。
――――何をしていたんだろう?
そんな感情が沸き起こったとて、それは不思議な事では無い。
Bチームの多士済々な面々は出自も様々だが、ダニーの過去は誰も知らない。
テッド大佐が時間を掛けて集めたスペシャルチームなのは間違い無いのだが。
「ねぇダニー」
「ん?」
我慢為らずバードは口を開いた。
体当たりでぶつかっていくスタンスは彼女の真骨頂だろう。
だが、本題を切り出す前にガンルームの扉が開いた。
「明日無き命なんだぜ。大事に生きろよ」
入って来たジャクソンは開口第一声にそう言うのだった。
――――――――孤立大陸ヲセカイ キャンプ・スミス
協定人類歴 2305年 1月15日 午後4時
「今回もご苦労さんだったって感じだな」
ジャクソンに続いて入ってきたドリーは、一つ息を吐いてそう言った。
3日ほど前の夕暮れ頃、唐突に召集された面々はいきなり出撃したのだ。
「もう少し有意義でエレガントな仕事がしたいもんだ。またしょっぱい仕事でスミスに合わせる顔が無い」
ジャクソンを冷やかすようにペイトンがそう言うと、全員がクスクスと笑った。
今回の出撃はセントゼロ郊外におけるデモ隊同士の衝突を解消する事だった。
「デモするのは結構だけど、武装して衝突するのはなぁ……」
ダブがボソリとこぼすと、ガンルームに重い空気が漂った。
シリウスの地上に残る様々な陣営が各々の思想を掲げて2年。
急進派と呼ばれた人々が排除され、穏健派ばかりが残ったはず。
だが、実際はその穏健派にも強権的な集団が存在する。
そして今度は彼等が最も急進派となって衆目に晒されているのだった。
「結局、敵が必用なんだよ。解りやすく攻撃しやすく、罪に問われない敵が」
人の心理を見抜くプロであるビルは、呟くようにそう言った。
そしてそれは、軍隊と言う暴力機関に属する者なら誰だって理解している。
畢竟、それは人の本質であり根本だった。
よく言われる勝ちへの渇望ではなく、もっと単純な話。
――――――罪に問われず誰かを殴りたい
――――――棒きれで他人を引っぱたくのは最高の愉悦
――――――痛がって悲鳴を上げて転がる様を見て大笑いしたい
フランス革命から数百年の後、彼の国の歴史学者は革命の本質をそう総括した。
社会的な不平不満が蓄積し続けた結果、人々の心が鬱屈した果てに暴発した。
そしてその莫大なエネルギーは王権を倒すだけで無く革命派すら手に掛けた。
そう。
当時のフランス王家を断罪した者達ですらもギロチンの露と消えたのだ。
そしてその牙は『反革命的である』という理由で市民すらも断罪した。
その時、多くの市民は革命という物の真実に気が付いた。
革命とは自由を得る事では無く、支配者が変わるだけなのだと言う事に。
非主流派の政治家たちが王を目指す為、口八丁手八丁に民衆を騙す方便。
そして、最も単純に言えば、上下が入れ替わるだけ。
底辺にあった者達が一発逆転して支配階層へ躍り出る為の闘争だと言う事に。
「……穏健的中間層が一番割を喰っているって奴?」
ペイトンがそんな言葉をビルに投げかける。
しかし、その回答は肯定でも否定でも無かった。
「どちらかと言えば穏健派はそう理解していると言うべきだろうな。なんせダイスは面が6個で各々に数が違う。それぞれの面が自分だけ正しいって言ってるに過ぎないのさ。自分だけが正しいと主張しはじめると他の面を見なくなるんだよ」
自分だけが正しい。
自分の陣営だけが正しい。
自分こそが常に絶対的に、他者よりも優れて正しい。
そんなバイアスの掛かった思想に陥り、気が付けば他者を攻撃し始める。
彼等が持つ最強の武器は、棒きれでも銃でも無く単なる言葉だった。
――――――差別
差別と区別の曖昧な境界性を逆手に取り、願望と願望がぶつかり合う。
その行き着いた先が、今のシリウスだった。各々が武装してしまったのだ。
「歴史は繰り返すって奴ですね」
ウンザリ気味の顔でそう言ったアーネストは、一つ息を吐いた。
呼吸を必用としないサイボーグの零す溜息には深い意味があった。
「ま、グダグダ言っても仕方がねぇ 俺達はエディの描いた画を実行するだけだ」
ドリーがそう言うと、チームメンバー全員がニヤリと笑った。
こんな任務が増えだした頃、エディは全員に言った。
――――――均質化する過程で起きる些末な抵抗だ
――――――全体がフラットになる必要はない
――――――社会的には傾斜も必要なんだ
古来より人口に膾炙する通り、自分より下の人間を見る事で癒される時もある。
人と言う生き物が類まれな多様性を持つ中、そう言った負の感情も必要だった。
「ところでさぁ エディ、最近見ないね」
何かに気が付いたバードがぼそりと言う。
デブリーフィングと言うよりざっくばらんな雑談状態だ。
意義のある闘争ではなく、単に事務的に出動して問題を解決するだけ。
そんな出撃ばかりでは、反省会と言うより愚痴の零し合いになるのだ。
「例の選挙の支度じゃないのか?」
ライアンが口を挟んだそれは、半年後に予定されているシリウス総選挙だ。
シリウス最初の統一大統領を選出し、ビギンズが承認するイベントでもある。
その為、様々な陣営の代表者が出馬を表面し、衝突が続いているのだ。
最初のシリウス人による戴冠
そんな名誉を求め、穏健派も改革派も争っていた。
この派閥間闘争こそが現状のシリウス騒乱の原因だった。
「で、残りを回収しに行くのはいつなんだ?」
しびれを切らしたようにライアンがそう切り出した。
そう。彼らBチームの感心事はそこに尽きた。
遠い昔に制作されたビギンズのクローン胚は複数あるが、残数は僅かだという。
そこから生まれたのがバーニーでありルーシーなのは全員が知る事になった。
確実に男性が生まれると解っているメール胚はヘカトンケイルより入手した。
だが、地下遺跡の奥深くにはまだ幾つか胚があるらしい。
エディは明言こそしていないが、ここまでの旅で何度もそれを臭わせていた。
そして、今後の為にそれらすべてを回収する必要があるのは言うまでもない。
――――あれは偽者だっ!
そんな声が沸き起こり、再びシリウスが騒乱状態とならないように。
今後に向けた余計な手間とならないように。
「そうだぜ。例の地下遺跡にあるって何度も聞いてるけど」
ロックもそれに乗った。
今の今まで色々と経験したが、エディの口からそこにあると聞いた事は無い。
もしかしたらエディ自身も知らない可能性だってあるのだが。
「その件なんだが……」
僅かに表情を硬くして切り出したジャクソンは、ちらりと横目でドリーを見た。
現状のBチームを差配するふたりがアイコンタクトした中身をバードは考えた。
しかし、浮かんでくるのは悪い予想ばかりだ。
――――手遅れ……とか……
地下遺跡に隠した不確定な胚の寿命が来ている。
或いは、何らかの手段で既にその胚が成長している。
『ダークサイドのビギンズ』
全員が危惧するのはそれだ。
反地球派にとって都合の良い存在のビギンズが産まれる事。
その存在が反地球派の旗印として精神的指導者になる事。
様々な物語の中にそういった存在が出てくる。
傀儡として君臨する歪んだ帝王学を授けられし操り人形。
そんな存在の誕生は何としても阻止しなければならない。
まだ幼いビギンズを殺そうとした者達は、その多くが地球生まれだった。
だが、現状で反地球思想を掲げる者は全てがシリウス人だ。
シリウス生まれのシリウス育ち。つまり地球には純粋な敵対心がある。
そんな集団に思想的ではなく物理的に頂点が出来てしまう事は大問題だ。
そしてもう一つ。
地球にだって散々と出た噂話と同じ物がシリウスにも存在している。
『地下遺跡へ逃げ込んだ首謀者達は生存している』
そんな根も葉もない噂話が各地に潜り込んだ旧強行派から出ているのだ。
救いの神か破壊の権化かは解らないが、彼等にとってすれば最後の希望だろう。
全く持って気に入らない『今』を壊してくれるなら、何者でも良い。
例えそれが強権的な指導体制を持つ独裁者だったとしても。
そんな連中にアジられた結果、多くの穏健派ですらも一斉蜂起しかねない。
全てのシリウス人に取って希望とも言うべき存在がビギンズなのだから。
「思えば、最初のシリウス人と言うだけで、ずいぶん神格化されてるよな」
何かに気が付いた様にヴァシリがそう言った。
最近ではずいぶんと打ち解けてきて、ざっくばらんに物を言う様になってきた。
そもそも無能では務まらないポジションに居たのだから、IQは高いのだろう。
「多分だけど――
不意に切り出したバード。
ロックはその横顔を見ていた。
――エディはこのシリウスにとって特別な存在なのよ。最初に生まれたとか、そう言うの関係無しに。あのヘカトンケイル達が生まれたばかりのエディに何かを感じたから特別扱いしたんじゃないのかな」
実はそれが正鵠を得た言であることを理解出来る者はここには居ない。
自らが転生者である事を語ったエディだが、それを知る者はごく僅かだ。
『旧シリウス文明において支配階層にあった存在が転生してきた』
そんな非科学的な話など、誰1人として受け入れはしないだろう。
だが、この不遇な大地に生まれ苛酷な人生を歩んだ者達は本能的に理解する。
『 王 は 再 臨 さ れ る 』
遠く遙かな昔々の物語は、魂の中に刻まれているのだろう。
世界中を焼き払ってでも平和を希求した稀代の善王が存在したという記憶を。
「まぁいずれにしろ、いつ呼び出されても行動するだけだ」
ドリーが言ったそれは、散歩を期待する飼い犬のそれだった。
テッド大佐の麾下にあってエディの信頼が最も注がれる特別なチーム。
「俺達は即応集団だからな」
胸を張ってそう言うジャクソンに全員が首肯を返す。
その表情には確かな自信があった。
「じゃ、そんな訳で解散だ。機体メンテはしっかりやっといてくれ」
一言付け加えてドリーがお開きを宣言すると、全員が一斉に立ち上がった。
まるでハイスクールのホームルーム状態なデブリーフィングは簡単に終わる。
ただ、重要なラジオはだいたいそんなタイミングで入ってくるものだ。
『ブリーフィングは終わったか?』
――――テッド大佐だッ!
バードはスッと緊張のレベルを上げた。
何処かでモニターして無ければ入れられないタイミングで無線が来たのだ。
絶対なにか重要な話が来る。そう覚悟を決めて言葉を待った。
『えぇ。いま終わりました。どうしました?』
出来レースを感じさせる言葉がドリーから出て、思わず苦笑いだ。
だが、そう言う部分でしっかりと打ち合わせできているなら安心でもある。
――――上の都合で振り回されていない
それは、ある意味で上下間の信頼にも繋がる事だった。
『重要な話をせねば成らん。30分後に俺の部屋へ来てくれ』
テッド大佐が言う『俺の部屋』は基地長室だ。
本来なら少将クラスが努める前線キャンプだが、ここは大佐が努めている。
それを見れば、テッド大佐の今後が手に取るようにわかるだろう。
将官級へ昇進する今後の進路がロケットロードだと言う事に。
そして、今後のシリウス人への処遇その物とも言えるのだ。
『了解です』
手短にそう応えたドリーはニヤリと笑って全員に言った。
「案外早いかも知れないな」
掴み所の無い言葉ではあるが、それでも言いたい事はビンビンに伝わってくる。
目の前にある地下遺跡は復旧と修復が進んでいるが、問題はその先だ。
「……墓荒らしってな」
同じくニヤッと笑ったジャクソン。
この時点で全員がその核心部を悟った。
作戦ファイル01-20-2305
Opelation:TOMB RAIDER
作戦名『墓荒らし』
「言うまでもないが、失礼のないようにな。俺達は紳士淑女の集団だから」
ドリーの言葉に、ただただ苦笑いを浮かべるバードであった。
当面月一程度の更新頻度となります。




