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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第4話 オペレーション・ファイナルグレイブ
32/358

地の底へ

 ――――ファイナルグレイヴ 垂直坑付近



「今なって言ったんだ?」


 女の声に一番早く反応したのはジャクソンだった。

 ペイトンも緊迫した表情でビルを見た。


「アラビア語だな」


 ビルは無意識にスミスを見た。

 そこには恐ろしいほどに厳しい表情のスミスがいた。

 引きつって顔の相を毀し掛けるほどの怒りが滲んでいた。


「アッラーフ アクバル 神は偉大なり。神は万能であるという事だ」


 ボソリと呟いたスミス。


「しかし、何で地下に女が居るんだ? そんな話は聞いてないぞ?」


 ビルの声に緊迫感が漲る。

 同じく無線の声を聞いたエディもまた顔の相が変わっていた。

 楊との痴話喧嘩を続けていた劉の首を力一杯に引き寄せ凄む。


「おいチーノ。素直に言えばもう少し生かしてやる。どう言う事だ」


 エディの手は拳銃を握り締め、劉の顎下へ銃口を向けていた。


「しっ! しらな―――


   パン!


 銃口から紫煙が上がる。

 同時に、劉の右頬から血が滲む。

 エディの表情に鬼気迫る色が浮かび上がる。


「知らなか。そうか。現場責任者が知らないのか」


 エディは劉の顔を拳銃のグリップで遠慮なく殴りつけた。

 赤い血が滲んで流れ、痛みに劉は顔をしかめるのだが。


「私は割と穏健派だからもう一回くらいは聞いておこうと思う」


 紫煙の漏れるエディの拳銃が、その銃口を劉のこめかみにキスしている。

 その生暖かい感触に劉は震えていた。


「これはどう言う事だ?」


 僅かに首を振って否定の意を示した劉。

 エディの目に明確な殺意が浮かんだ。


「次は墓穴行きだ。遠慮しなくて良いぞ。アレだけでかいんだからな」

「シッ シリウスの人間が連れて行った女だ!」

「なぜ?」

「男が女を連れて行くなら理由は一つだろ!」

「お前はそれを黙って見逃したのか?」

「…………」

「それとも金で売ったのか?」


 劉は答えなかった。


    パン!


 エディは手にしていた銃で劉の右耳たぶを撃ちぬいた。

 パッと血飛沫が舞い、劉はその痛みにうめき声を上げた。


「答えろ!」


 エディの表情に劉は死を悟った。

 次は間違いなく殺される。

 そんなところに自分がいるのだった。


「……そうだ! 金で売った! それの何が悪いんだ!」


 劉の態度がコロリと変わった。

 まるで開き直ったように喚く。


「どうせイスラムの奴らだろ! 売れるものを売って何が悪い! ここまで登りつめる為に努力してきた私が持つ当然の権利だ! 支配階級の特権だろうが! さんざん奴隷を売り買いして財を作った白人に批判する権利なんてあるのか! お前たちの祖先だってみんなやった事だろ! なんで中国ばかりが攻められるんだ! 今まで散々やっておいて自分たちの都合だけでこれから禁止など卑怯だろ!」


 襟倉を掴まれていた劉だが、その状態で遠慮なくエディを殴ろうと振りかぶった。

 だが、その右腕は、突然肘から千切れて地面へと落ちた。驚く劉。エディも驚く。

 皆が驚く中、スミスだけが銃を構えて冷静だった。

 劉は腕を押さえて呻き声を上げている。


「エディ。そいつを殺すのは俺にやらせてくれ。頼む」


 スミスは巨大なアラビア刀を持ってエディの所へやって来た。

 劉の目がアラビア刀をジッと見ていた。


「アッラーは言われた。女を売り買いする無かれ。女を泣かす無かれ。女を虐げる無かれと。そしてイスラムの男はイスラムの女を虐げる者と戦えと。コーランの第四章に書かれている。如何なる事があっても俺はその男を赦す事が出来ない!」


 唐突に剣を振り上げたスミスは叫んだ。


アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)!」


 振り下ろされたアラビア刀からギリギリの所をでエディは劉を避けさせた。

 同時にテッド隊長がスミスを一歩下がらせ押さえ込む。


「スミス! 待て!」

「隊長! 離してくれ!」


 テッドの手を振り解こうとスミスが暴れている。

 戦闘用サイボーグ二人が本気でそれをするのだから、迫力のシーンだ。

 本気で怒っているらしいスミスを押さえ込むのは百戦錬磨なテッド隊長とて骨が折れた。


「先に地下だ!」

「え?」


 テッド隊長の言葉にスミスが動きを止めた。


「エディ! 俺達は地下へ降りる! いいだろ?」


 仕方が無い奴だと言わんばかりに首を振ったエディ。

 テッド隊長も渋い表情だった。


「あぁ。やむを得ないな。ただし、地下へ降りるのは五人までだ」

「なぜ?」

「万が一、地下で何か有った場合に回収降下する人数を地上にリザーブする為だ」


 あぁ、なるほど。そんな感じの反応がメンバーの間に有った。

 そして、エディの言葉に最初に反応したのはロックだった。


「なるほど、じゃぁ俺が降りる! 良いよな?」

「俺も行く! 行かせてくれ!」


 スミスもすばやく反応した。


「真っ暗闇なら俺も行くぜ」


 ペイトンが手を上げる。

 ふと隣を見たらリーナーが手を上げている。


「楽しそうな物があるからな。俺も降りたい」


 四人が手を上げた。


「よし決まりだな」


 テッド隊長がエディを見る。

 だが、それにジョンソンが異を唱えた。


ボス(隊長)は地上で留守番してくれねーと。地下へは俺が行きますよ。だって、通信主は必要でしょ。環境がわからねーんだから」


 ヘラヘラと笑っているジョンソンだが、その目が戦闘モードになっている。

 全身に緊張感を漲らせた立ち姿で、辺りをぐるりと見合わした。


「ジョンブルって奴は分かりやすいな」


 テッド隊長が笑っている。


「意地って奴は張り通すから意味があるんですよ。簡単に折れちゃ意味がない」

「やっぱそうだよな。その通りだ。寒くても痛くても意地張って余裕風吹かせないと」


 ロックはそんな相槌を打って笑った。

 ジョンソンは嬉しそうに笑って言う。


「良い事言うじゃねーの」

「おう。俺の生まれた国じゃこう言うんだ。侍は、腹は減っても爪楊枝ってな」


 二人して笑うのだけど、スミスはちょっと不機嫌そうに言った。


「それ、どういう意味だ?」


 ロックはジョンソンと顔を見合わせた。


「簡単さ。どんなに腹が減ってても飯を喰った後のように爪楊枝くわえて余裕ぶっこいてんのさ。俺は飯を喰ったばかりだから強いぞ!って虚勢を張るのさ。強そうな奴に喧嘩売る奴はあまりいねーだろ」

「ブリテンだって一緒さ。戦場だって空襲中だって、午後にはちゃんとお茶の時間があるってもんさ。やっぱ島国は考え方も近いってもんだな」

「だな」


 ジョンソンはシェルのおもちゃ箱(荷物室)からショートソードを取り出した。

 ナイフと一緒に持って降りるつもりらしい。


「ジョンソンの得物はそれか?」

「あぁ。アーサー王の時代からブリテンの騎士は相手より短い刃物で戦うのさ」

「意地張りやがって」


 ロックとジョンソンは並んでテッド隊長の前に並んだ。

 ペイトンは黒染めのロングナイフ。スミスはアラビア刀を持っている。

 そしてリーナーの得物は……


「おい…… リーナー…… それ」

「変か?」


 リーナーが持っていたのは、巨大なバトルハンマーだった。


「ピョートル大帝は銀の皿を丸めて筒に出来るほどの膂力だったそうだ。それと同じ事を俺は出来るからな。大帝にあやかり、俺の道具はこのハンマーと、そして」


 リーナーが背中を見せた。

 大きな斧がそこに有った。


「このバトルアクスだ。なんと言っても、おれは工兵だからな」


 嬉しそうににこりと笑うリーナー。

 それを見ていたBチームの面々が苦笑いを浮かべた。


「よし。全員降下しろ。ハッチは全部開けさせる。地下まで行ったら人質の救出を最優先だ。一酸化炭素が充満している筈だから外気遮断していけ。大気圏外モードだ」


 テッド隊長の指示が出て、皆は巨大な孔の縁に立った。


「今ハッチを開ける。もうちょい待ってくれ」


 ライアンが管理センターのサーバーをハッキングし始めた。

 やがて、地下深くから重々しい音が響き始めた。

 上から覗く五人は孔の中に続々と明かりが灯るのを見ていた。


「これで下までいけそうだな」

「あぁ」


 パラシュートを準備し降下の体制が整った。これでいつでも飛べる。そんなタイミングでスミスは腰の水筒を取り出しロックに手渡した。


「ちょっと持っててくれ」

「どうした?」

「良いから」


 水筒を受け取ったロックの前に手を差し出したスミス。


「ちょっと掛けてくれるか?」

「あぁ」


 少し水をこぼし、スミスはそれで手を洗った。


「すまない」


 そのまま水筒を受け取り、今度は自分の足を洗う。

 更に口をすすいでから水筒のキャップを閉め、腰へと戻したスミス。

 孔の淵からやや離れた所で遠くの空を見つめていた。


「何してるんだ?」

「イスラームのサラート(礼拝)だ。邪魔すんなよ。マジギレするぞ」


 ロックの疑問にペイトンが答えた。

 そんな会話を他所にスミスは遠くメッカのカアバを目指し跪いた。


「よし行こう。アッラー()が付いていてくださる。イスラムの女の為にジハード(奮闘)する」


 真剣な表情のスミスをペイトンが軽く殴った。

 女好きBチーム代表とでも書いてありそうなニヤケ面だった。


「かっこつけんなよスミス! 女の為に男が闘うのに理由はいらねーさ!」


 一瞬だけムッとした表情を浮かべたスミスだったが、すぐに何時もの笑みを浮かべた。変に気負っていると怪我をする。怪我で済めば良いが、そうで無い場合は手痛い失敗に繋がる。

 スミスとて過去何度も危険な降下をしている。その中で手痛い失敗も経験している。


「そうだな。その通りだ」

「さて、シリウスのクソ野郎を血祭に上げるぜ」

「おう!」


 地下深くまでハッチが全て開き、奥底には黄色の回転灯が見える。

 それはまるで地獄へいざなう誘導灯のように揺らめいていた。


「じゃ、神のご加護を」


 テッド隊長が何時もの台詞をはいた。その言葉を合図に、皆がヘルメットを被る。

 20メートルほど後退し、一気に走って行って空中へと飛び出した。

 行う事は何時もと変わらない。

 だが、視界に浮かぶ気圧変動率を見ながらロックは僅かばかりの後悔を覚えた。

 孔へ向かって飛び降りてから十五秒。全く気圧が変動していない。

 垂直に延びる孔は暗く深く、太陽の光は完全に失われた。


『おいおい! かなり暗いぜ!』


 ロックのボヤキが無線に流れた。

 すかさずジョンソンがぼやき返す。


『全くだ。気圧もかわらねぇ!』


 そんな言葉にスミスが反応した。

 言葉にかなりの焦りが混じっていた。


『このメンツだとレーザー計測出来る奴がいねぇな! ちょっとマズッたぜ!』


 ペイトンまで焦り始めた。

 正確な距離が測れなければパラを広げるタイミングが掴めない。

 皆が視界を赤外モードへと切り替え、超音波で最深部までの距離を測る。


 不意にロックの視界へ赤い点が浮かんだ。

 レプリが放つ体温を赤外で捉えたモノだった。

 そして、全身から冷や汗が吹き出す錯覚を覚えた。


 最下層まで残り二百メートル足らずだった。


『やべぇ!』


 狭い所で一斉にパラを広げた面々。

 風を受けて孕む音が坑内へと響き、最下層から音の反響が届いた。

 パラで圧縮されたのか、最深部エリアの気圧が上昇する。

 最深部あたりはやや気圧が上がり、減速率がグッと上がった。

 これなら脚の関節を壊さずに済みそうだ。

 ロックを含め、皆がホッと胸を撫で下ろす。


『何とか無事に降りられたな』


 蛍光灯に照らされた最下層には、放射性物質マークの付いた密封容器が幾つも置かれていた。世界各国の国旗マークが見えている。その周辺には、これから使うつもりで作られた封入横穴が並んでいて、まわりには作業員姿の死体が折り重なっていた。ほんのりとピンクに染まったCO中毒特有の姿だった。


「こりゃヒデェな……

 

 不意に背中側に人の気配を感じたロック。

 素早くバトルソードを抜くと、手近にいた幾人かの人間を問答無用で切り捨てた。白い血が飛び散り、それがレプリで有った事をロックは確かめる。


「きさまは何者だ」

「お前らと同じ命知らずさ」

「なんだ―――


 何かを言おうとしたレプリを問答無用で切り捨てる。

 幾人か見えたので、ロックはとりあえず全部切り捨て、同時に視界へキルカウンターを表示させた。現状で既に六匹を処分。まだまだこれからだ。


『酸素マスクをつけたレプリが最下層をウロウロしています』


 地上へと報告を上げたジョンソン。

 そのジョンソンへ飛び掛ったレプリの頭をリーナーは叩き潰した。

 バトルハンマーが唸りを上げ、一撃でヘルメットごと頭を叩き潰した。


『それ、スゲー威力だな』

『だろ? やっぱ物理的打撃力だぜ』


 ヘルメット無しにニヤリと笑うリーナー。

 白い返り血を浴びたジョンソンも笑っている。


『さて、ちょっと家捜しするか』


 抜き身のバトルソードを構えたロックが一歩踏み出した時だった。

 不意に左側頭部辺りへ表現しようの無い違和感を覚え、テイクバックして身を屈めるロック。その頭の有った辺りを鉄パイプらしきものが通り過ぎていった。ブンッと音を立てて通過した物を見送ってから、七匹目を逆袈裟に切り捨てる。


『なんだか()る気満々な奴が居るな。こりゃ楽しそうだ!』

『片っ端からあの世へ送ってやるぜ。アッラーの思し召しだ』

『なんだか奴らもやる気満々だな。実にハラショー(ご機嫌)!だ』


 ロックだけでなくスミスとリーナーが暴れ始めた。

 次から次へと出て来る酸素マスク着用のレプリを処分し始める。


『そろそろ終わりか?』


 返り血を浴びたスミスはあたりを確認する。

 舞い上がった血飛沫の向こうに光るものが見えた。

 赤外の視界に浮かぶレプリの身体。

 装備は中国軍の歩兵そのものだった。


「邪魔をするな地球人!」

「わりーな。それが仕事でよ」


 振り下ろしたアラビア刀が何か硬い物を切った感触を伝えた。

 薄暗闇の中、それが中国兵のフリをしたレプリのヘルメットである事を認識する。

 クロックアップし圧縮された時間の中、スミスは猛る獅子のように襲い掛かった。


アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)!」


 薄刃で威力のあるアラビア刀が唸りを上げる。脳天から一撃を受けたレプリは、そのまま身体を真っ二つに切られた。能動的ガス交換を必要としないサイボーグで有るから、息遣いをコントロールする必要は無い。

 ただただ単純に最短手順で最高威力を求める太刀筋を導き出し、それをなぞる事によって粛々とレプリを潰して行く。視界に浮かぶキルカウンターが30を数える頃。このエリアのレプリは全滅したようだった。


『ロックより地上へ。最下層のレプリは全滅したもよう』


 無線で呼びかけたロック。


「ん?」


 怪訝に空を見上げたロック。

 はるか彼方に砂漠の空が見えるはずなのだが、今は完全に暗闇となっている。


『ありゃ。ハッチを閉められた?』


 完全な閉塞状況に陥りしばし思案。だが、ここで考えても仕方が無い。ロックはサイボーグチームの中でも最強のCQB(近接戦闘)のスペシャリストだ。

 超音波センサーと超短波レーダーを組み合わせ、完全な暗闇の中でも地形と状況を把握できる。

 そして、赤外線で敵を探し真っ暗闇でも戦闘を可能にする能力を持つ。

 ロックの視界にはレーダーと超音波で得られた情報が線画になって映し出されていた。


『地上と交信出来ないな』

『あぁ。全バンドを試したが完全遮断された』


 ペイトンの言葉にジョンソンが応じた。

 この場合、自立して現場で対応しなければならない。


 ロックはソードは抜いたまま、足音を殺し慎重に前進しながら辺りをうかがう。戦闘用ヘルメットを被ってきたのは間違いだったと僅かに後悔する。

 極々僅かな風の流れや、センサーが拾う僅かなデータや、それだけでなく、言葉では説明できない第六感的な感覚をヘルメットが大きくスポイルしている様な気がした。


『人質はどこに居るんだ??』


 ペイトンがそう呟いて、申し合わせたように皆が散開した。構造的には非情に簡単な単なる大穴だ。エレベーターゴンドラのレール部分以外は、本当に単なる丸い穴。

 しかし、ほぼ完全に真っ暗な最深部をくまなく歩き、それは直径百五十メートルほどの巨大な円筒形でしかないと再確認して堂々巡りをやめた。

 最下層から立ち上がっている鉄骨により、三層ほどの階層が作られている。放射性物質を納めた密封容器は最上段に集められ、その下などは単なる平デッキでしか無かった。


『どこかに小部屋でもあるんじゃ無いか?』


 スミスが思いついたように言う。だけど、みな同じ事を考えていた。

 ロックは再び注意深く壁沿いに歩き始める。

 壁に手を触れつつ、ゆっくりと慎重に、慎重に。


 半分ほども歩いた時だろうか、指先に今までとは違う感触が有った。

 僅かに首をひねり、慎重に指先の感触を探った。

 完全にツライチになった構造のドアがそこに有った。


『あった。これじゃ音波もレーダーも見つけられねーな』


 ロックの言葉に全員が集まった。

 薄暗い灯りの中で苦笑いを浮かべ、慎重に空け口を捜し始める。

 しかし、どこにもドアノブらしき物はなく、ドアの周囲にも開閉を行う為の器具が無かった。


『なぁリーナー。これどうやって開けると思う』


 ドアの前に立っているロック。

 リーナーとペイトンが色々と確かめるものの……


『ドアノブも端末のジャックも無いな』

『つまり、ロシア式で開ければ良いか?』


 リーナーはバトルハンマーを大きく振りかぶって、フルスイングでドアを一撃。大音響を立ててドアが凹む。再びリーナーはフルスイング。更に大きな音が響く。ドアの向こうに音が響いているから空洞があるのは解る。しかし、ドアを開けた瞬間にトラップドカン!はごめん被る。ここが途中の隔壁ならば核物質はここにはあるまい。


『そーれ! もう一撃!』


 リーナーのフルスイングも五発目となると、ドアはそろそろ耐久力の限界を迎えたらしい。


『さて。お邪魔します』


 完全に破壊されたドアを強引に撤去して、ロックは暗闇の中へ一歩足を踏み出した。そして、それと同時に、そこが墓穴であった事を悟る。


『これって、やっぱ……』

『あぁ。そうらしい』


 ロックが見つめる先にあったもの。

 それは、放射性廃棄物の詰まった専用の密封容器。

 全員の視界に明確なノイズが浮かび上がった。


『そういえばここは……くせぇ生ゴミ置き場(放射性廃棄物処分場)だったな』

『そうだな。今思い出したぜ。イメージセンサーにノイズ出まくりだぜ。ちょっとやべぇ』


 ジョンソンとペイトンが顔を見合わせている。

 リーナーは密封容器の周辺をあれこれ調べて回っていた。


『これで完全密封とか、飛んだお笑い草だぜ』

『だな、長居しない方が良い。ガイガーカウンターの針がイカレたように踊り狂ってる』


 そんなペイトンの声に促されて小部屋を出た面々。

 やはり隔壁は閉じられている。


『どういう事だと思う?』

『さぁな。おおかた後続との分断を図ったって事だろ』


 スミスの疑念にジョンソンはめんどくさそうな口調で答えた。

 そんな言葉に四人は顔を見合わせた。


『とりあえず人質を捜そうぜ』


 ロックは自分に言い聞かせるように呟いた。何となく、言葉で説明出来ない深層心理の深い部分に居るもう一人の自分がそう叫んでいた。妙な空気を感じて居た。

 

『そうだな』

『早めに終わらせないと、なんかヤベェ事になる気がする』


 ロックの意見にペイトンもジョンソンも賛同した。

 気が付くと、最下層で動いてる物はBチームの面々だけだった。


『人質ってどこに居るんだ?』


 ペイトンは横穴を一つ一つ確かめながら呟いた。

 最下層の電源はまだ幸いにして生きている。何処かに最下層部の制御室があるはずと思って隅々まで調べたが、そんな物は何処にも無かった。

 漆黒の暗闇が無限に続く様な場所に、設備の設計を行った馬鹿野郎を罵りたくなるものの、今それを行った所で事態は解決すまいと開き直る。今更幽霊がどうのと不気味さに恐れ戦くような無様さは無いものの、灯りが無いと言うのは精神的に随分と負担だった。


『なぁペイトン。もう一回隔壁開けられないか?』


 壁をアチコチこつこつと叩きながらリーナーはそうぼやいた。派手にぶっ飛ばすのが三度の飯よりも大好きな爆破の権化は、壁をコツコツ叩きながら地道な作業を続けている。

 リーナーとて我慢が大事なのは良く解っている筈なのだけど、感情を押し殺すように抑揚を抑えて答えたペイトンの言葉は、少しずつリーナーの精神を蝕んでいた。


『いや、作業用の無線LANにアクセス出来ないからな』


 無念そうに呟くそんな言葉に、皆はペイトンの無念を見た。

 コンピューターとネットワークに関してはチームの誰よりもスペシャリストであり、『人間』であった頃から専門分野として長年親しんできたペイトンだ。

 自らの職能が一切生かせない現状のストレスは、筆舌に尽くしがたい物があるのだろうと容易に想像が付く。


『電波が通らないんじゃハッキングのしようも無いか。放射線を防ぐ隔壁だものな』


 電波通信の専門家でもあるジョンソンが言うのだから間違いない。

 スミスは何処か不機嫌そうな表情でジッと足元を確かめている。

 ブーツ越しに伝わってくる感触が全く変化しないのはどういう事だろう。


 訝しがってはいるものの、それ以上の情報が無いのだからどうしようも無い。

 無様に這いつくばって舐めるように床を確かめるしかないのだ。


『地上側で開けてくれない事には、打つ手無しか』


 誰にも聞こえ得ないように呟いたけど、誰かしらが聞いていそうだ。

 そんな事をふと思ったスミスは、手触りの違う足元の何かを見つけた。


『おい、ここに何かあるぜ!』


 すぐにリーナーが腰を屈めて手触りを確かめる。

 期待と不安に胸を膨らませている。


『あぁ、なんか有るな。なんだろう。隠し階段とかか?』


 ハンマーの柄を逆さにもって床をたたき始めると、材質の違いがすぐに分かった。

 コンクリートではなく硬くてぶ厚い金属の板らしい。薄くて柔らかい鉄板とは違う感触にリーナーはほくそ笑む。


『さて、地獄の入り口か天国への出口かしらねーけど』

『派手に行こうぜ! どうせ一度は死んだ身だ』


 スミスのかけ声に合わせ、リーナーは巨大なウォーハンマーを叩き付けた。

 鈍い感触が手に残り、対象物は耳障りな音を放って僅かに凹む。

 幾度か目の一撃で音の違いを皆が聞き届けた。


『さて。そろそろ突破させてくれよ!』


 リーナーの独り言と共に一撃が加わる。

 パッと鉄火が飛び散り、僅かに辺りが明るくなった刹那。

 床板のめくれ上がった先に隠し扉が現れた。


『さて、面白くなって来やがったな』


 ロックは子供のような笑顔で隠し扉に手を掛けた。鈍い音を放って扉が開く。

 眩いほどの光がこぼれ出て、気付かなかった隠し通路が姿を現した。

 そしてその先には、折り重なって積み上げられた、累々たる死体の山。


『これってどういう事だ?』


 スミスは一つ一つ死体を確かめた。

 幾つも並ぶ死体には刃物傷も銃傷も殴打痕も無い。


 CO中毒特有の赤化反応や化学兵器を使った事による皮膚の糜爛すらも無い。

 まるでバッテリーが切れた人形のように折り重なって死んでいる状態だ。


『ダニーを連れてくるんだったな』


 ジョンソンは天井を見上げて忌々しげに呟いた。

 電波が通れば地上と交信出来るし、映像を送って分析する事も出来る。

 その全てが絶たれている以上、今居るメンバーでどうにかするしか無い。


 言うなれば、飛車格落ちのBチーム。

 ジョンソンの脳裏にふと「(トラップ)」という単語が思い浮かんだ。


『実は軽くピンチじゃねーの? 俺達』


 何となく空気の悪くなった場をロックがかき混ぜた。

 ガンスモークの様に漂っていた不安と言う目に見えない毒ガスが、スーと壁に消えていったような錯覚をジョンソンは覚えた。そして――――


『大丈夫さ。俺達はたまたま地下に居るだけだ。仲間はまだ死んじゃいねーさ』


 自分自身へ染み込ませる様に、ジョンソンは自信を持って言い切った。

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