降下開始【21/7/4若干改稿】
~承前
――――コマンドポスト
――――こちらハンフリー降下管制
――――応答願う
広域無線にハンフリーの降下管制室より応答要請が出たのを、バードは小さな箱の中で聞いていた。クレドールユニットと呼ばれるその箱は、ケンプファーを制御する為のコントロールアダプターだ。
――――こちらコマンドポスト
――――感度良好
――――要件をどうぞ
コマンドポストとは軍の広域司令部を指差すもの。
そしてここでは、セントゼロ攻略本部の事を指す。
――――こちらハンフリー降下管制
――――定期連絡の補給物資を投下する
――――高度10キロまでは自然降下となります
――――それ以降は所定の降下点まで自動制御です
ハンフリーのハンガーデッキから姿を現したのは、宇宙軍が使っている補給物資輸送用の大型コンテナだ。大気圏へ突入し、自動減速の上で所定の場所へと着上陸する仕組みだ。
そのペイロードは大型の物だと軽く100トンを越える。だが、そんな重量物ですら誤差15センチで目標地点へと到着する様になっていた。
――――了解です
――――誘導シグナルを発信します
――――バンドF3で所定シュトラウスして下さい
地上の複数点より3点測量の要領で誘導用の電波が発射される。それを頼りに重力の底を目指すコンテナの中には3機ずつケンプファーが収められていた。そんなコンテナが5基ほどあって、補助チームも内部に居るはずだった。
そして、そのすぐ近くには地上を目指すジーナがいる。その中には制御ユニットのコンテナが収められ、内部ではBチームの面々が出番を待っている状態だ。
――――ハンフリー降下管制
――――委細了解した
――――コンテナの分離終了
――――引き続きモニターを願う
――――以上交信終了
「何とも事務的だぜ」
ライアンのボヤキにバードはクスクスと笑った。制御ユニットコンテナの2号内部に居るのは、ライアンの他にジャクソンとロック。そしてバードとアーネストの5人だ。
無線は封鎖しているので、コンテナ内部では実声を使っての会話となる。まだデコットとなるケンプファーのコアユニットに遷移してないので、自分の身体と言うべきG35のお世話になっていた。
「けど、これ位しないとね」
「そうさ。せっかく積み上げたモンが水の泡だぜ」
バードとロックに窘められ、ライアンは『うへぇ』と漏らした。ややあってコンテナがガタガタと揺れ始め、大気圏へ突入を始めたのだと気が付く。
「外が見えないってのは嫌なモンだな」
ジャクソンが珍しくボヤキ節を漏らし、『まったくです』とアーネストが応えている。だが、そうは言っても降下データはリアルタイムで受け取っているのだから心配するほどでも無い。
「まもなく高度30キロ」
無意識に視界のデータを読み上げたバード。
気が付けばすっかり遠くなってしまった初降下を何となく思いだしていた。
「なんか随分と早いな」
ジャクソンは流行の歌を口笛で吹きながら時間を潰している。大気圏へと降下していくこの時間は、はっきり言えば退屈なのだ。超高速で宇宙を飛翔するシェルライダーにしてみれば、自分の制御を離れてる間など退屈の極みだ。
「で、地上はどうなんだろうな」
ロックは何となくだが不安を覚えていた。地上で何をするのかと言えば、それはもうドンパチとしか言いようがないのだろう。だが、どんな集団が敵なのかまでは解らないのだ。
出たとこ勝負で戦闘に移る事になる。それが解っているだけに怖いのだろう。いまはもう敵の戦力の上限が読める段階まで来ている。しかし、それだけに不安が募る部分もあるのだ。
――あいつら無茶しなきゃ良いが……
何せ敵は劣勢だ。そんな時ほど人間は破れかぶれになるし、時には想像を絶する酷いことを平気で行う。味方同士で殺し会う総括と言う名のリンチならまだ良い。本当に酷いのは降伏する素振りを見せての自爆だ。
「……こんな事は言いたくないですけど中尉――」
固い口調で切り出したアーネストは、いまだ下士官的な感覚での物言いだった。
長い事そうやって生きてきたのだから、今さらすぐには変えられないのだろう。
「――あんまし考えねぇ方が良いんじゃねぇですかね?」
その口調が余りに余所余所しいというか、下からの物言いだった。バードはクスクスと笑っていた。その笑い声が聞こえたロックは一瞬だけ『ん?』となったのだが、その前にアーネストの真意を聞くのが先だと思った。
「どういう意味だ?」
まるで戦闘中のような固い声音にアーネストがドキリとする。しかし、そんな場面は今まで何度もあったのだから、ここはひとつ意を決し……と切り出した。
「どうやったって連中の負けですよ。だからあいつら、少々じゃない無茶もやるでしょう。けど、そんなの知ったこっちゃ無いですって。予定どおり目標を叩いて、あとは成るようになれです」
ずいぶんと虚無的だな……と、そんな風にバードは思った。だが、今まで、ここに至るまではバードだって散々とそういうものを見てきた。いつかエディが言ったように、自分の背負いきれない物まで背負うことはないのだ。
だからここで、どんなに酷いものを見ても、それで自分が振り回されないようにするのが上策。だからなんだ?と笑ってスルーするのが良いのだろう。これから始める酷い戦闘で気を病む必要など一切無いのだ。
「アーネストの言うとおりだぜブラザー」
ライアンはおどけた調子でブラザーと言った。いつの間にかチームメンバーをブラザーと呼ぶのが普通になっている。その言葉にロックがフフフと笑い、コンテナの中の空気がわずかに変わった。
「まぁよぉ……」
ジャクソンが何かを言いかけた時、無線のなかに『自動操縦モードを変更』と機械音声が流れた。いつのまにかケンプファーのコンテナは高度20キロまで降下していて、大気圏内制御用の電源が立ち上がっていた。
「そろそろショウタイムだぜブラザー。エディも見てるんだろうし、バードと派手なジグを踊ってやれよ。隊長だって喜ぶぜ」
ライアンの言葉が途切れたとき、バードの視界にスーパーインポーズが入り込んで切り替わった。降下途中で何かあった場合、ケンプファーが外部放出される算段になっている。その為の措置だ。
「さて。話の腰を折られたんで本来の話だ」
ジャクソンが声音を変えて切り出した。視界はケンプファーのものだが聴覚はG35から来ている。そのギャップが面白いのだが、話は着上陸後の手順を再確認するもので真剣だった。
「着上陸後、周囲の安全を地上海兵隊が確認してくれる。それが終わったらケンプファーの格納ユニットコンテナ自動展開する。そして、海兵隊が撤収した後で発進させる」
地上わずか数メートルを音速で飛ぶケンプファーだ。周辺にスタッフが残っていると大ケガでは済まない事になる。その為、整備ユニットなどを扱う地上要員は安全意識の徹底が求められていた。
もはや勝ち戦なので誰も怪我はしたくないし、戦死なんか真っ平御免だろう。しかし、勝ちきるためには完璧な整備が求められるのだから手は抜けない。それ故に整備兵はギリギリまで弄りたくなるのが宿命だ。
「とにかく安全確認を徹底してくれ。んで、発進後5分でセントゼロ上空に到着し地下へ侵入する。こっそりな。突入点までは自動誘導してくれるので心配ないし、余計な事はするなってこった」
ジャクソンの言葉は自分への釘差しだとバードは思った。そして、余計な事をしないという部分を三度自分に言い聞かせた。コレからの戦闘が終わりの始まりを告げる一大作戦の最終章であり、別の見方をすれば最後の幕が開いたと言うこと。
――――でも……
そう。バードは解っている。この戦闘で終わりでは無いのだ。もっともっと大きなスパンで見れば、これは次の章のプロローグに過ぎない。いや、ここまでのシリウス戦争自体がプロローグかも知れない。
もっともっと巨大な物語。宇宙の大海原へ地球人類が進出していく物語の、その序章が終わろうとしているだけなのかも知れない……
「オーケー。なぁバード。あんま無茶しねぇでくれよ。次はエディとテッド隊長にねじり殺されそうだからよ」
ロックが戯けた調子でそう言う。ほぼ同時に『ロックもだぜ。あんまバカやんなよ?』とジャクソンが釘を刺し、ライアンとバードがゲラゲラと笑った。
「さて、仕事だ。余裕をもって慎重に。大胆かつ繊細に。あと、派手に行こう」
コンテナの中に漂っていた緩い空気をジャクソンがキュッと締めた。いつの間にかそんな事まで出来るようになっているのにバードが気付き、間違い無く全員が成長してるのだと知った。
――――少しは成長したかな……
ふと、あの地球周回軌道上にある病院コロニーを思いだした。風の流れない部屋の中で石のようになっていた自分を思いだし、思えば遠くに来たものだ……と、妙な感慨に浸るのだった。




