敵の目を欺く【21/7/4大幅改稿】
21年7月4日付けで大幅改稿しました
~承前
『……ですから、これはきっと将来へ繋がる訓練であると確信しています』
モニターの向こう。星々が瞬く宇宙の虚空を背景に、バードは朗らかな笑顔でそう応えている。マスコミの取材を受けている映像は、シリウス全土へ流れていた。
――――では、これはシリウスの為だという事ですね?
地上にいるキャスターがそう問いかける。
バードは一瞬だけ考える素振りを見せた後、ニコリと笑って応えた。
『シリウスか地球かではなく、全人類共通利益の為……じゃないかと個人的には考えます。実際の話として、この100年戦争がもたらしたものは全てマイナスではありません。同じ目的の為に団結できる事が示されたのですから』
その理路整然とした受け答えは、彼女の確実な成長の証。
ガンルームでそれを眺めているBチームの面々は満足そうだ。
「こんな場面じゃバードが適役だな」
「まったくだぜ。最初はどうなるかと思ったけどな」
ビルの言葉にスミスがそう返答した。
実際には仕組まれたインタビューで、味方の眼までをも欺く代物だった。
「やっぱり……不安だった?」
当のバードはそんな事を漏らすと、ビルやスミスだけで無くヴェテランメンバーがゲラゲラ笑いながら応えた。
「いやさ、どんなにサイボーグ的な部分での性能が良くっても、中身は女の子だろうから大丈夫かって考えたんだよ」
ペイトンがバードを指差しながらそう言う。
どこまで行っても、最終的に男と女は異なる生き物だ。
故に男はこう考えてしまう。
――――土壇場に立ったときにどうなんだ?
……と。不安は決断を鈍らせ、遅れた決断は死を引き寄せる。生きるか死ぬかの境目にある見えない線は、髪一筋よりも細いもの。それを知っているからこそ、男達は不安になる。だが……
「まぁ、実際来ちまえばな。違う方向に心配の種が増えたが」
スミスが言った言葉にロックが苦笑いを浮かべた。バードがどうしようも無いレベルでイノシシ系なのは論を待たない。過去何度も戦闘中に思わぬアドリブを効かして戦闘をかき混ぜていて、その課程で幾人も戦死者を産みだし、微妙に責任問題にもなっている。
しかし、サイボーグ中隊の面々は余り気にしない者が多いのも事実だ。彼らは死にかける経験をしたが、死ななかったか、死ねなかったのだから。そして、その結果として死というものについて鈍感になっている。当のバード自身が周囲から見れば死にたがりにも見えてしまう。それ故に一層たちが悪いのだ。
「バーディーの働きはチーム随一だし唯一のポジションだからな。まぁぶっちゃけ言やぁもう少し自重してくれって思うときは多々あるんだが」
ライアンまでもがそう漏らし、ロックに構わずバードをジッと見た。
その眼差しが痛くて、バードは恥ずかしげに肩を窄めていた。
「……やっぱり?」
可愛げのある声でそう応えたが,実際はそう言うのが精一杯だ。
そしてそれを見ていたアナやヴァシリたち新人少尉達は思う。
このブラックバーンズというチームの結束の強さは特別なモノだと。
『さて、広報活動も済んだことだしハンガーに集合してくれ。そろそろ出番だ』
チームラジオの中に響いたドリーの声は、リラックスしたモノだった。
テレビモニターの向こうにはリディア大佐が映っていた。
「……ボスさぁ 今どこなんだろうな」
ペイトンがボソリと呟くと、ベテラン側に回ったメンバーがニヤリとした。
多分に含みがあるその笑みは、テッドの相方リディアの所在だ。
彼女を含めたパイドパイパーはシリウス最強のアグレッサー役。
そんな彼女らは今も宇宙に居て、トップガンの敵役を引き受けていた。
――――隊長も会いたいだろうなぁ……
ふと、バードもそんな事を思った。
散々とBチームとのドッグファイトを取材させ印象付けてきた。
地球側の精鋭チームと合同でシリウスの精鋭を鍛える。
そんな活動は、これから地上へと殴り込むBチームの行動を隠密にするためのアリバイ作りでもあった。
「まぁ、ドリーが呼んでるからサクサク行こうぜ」
ライアンに促され全員がハンフリーのハンガーへと向かった。
思えば場の空気を上手く切り替えさせるのもライアンは上手くなった。
確かな成長がそこにあり、同時に長い旅をしてきたとバードも思う。
だが、だからと言ってこれはどうだろう?とハンガーに入ってすぐに思った。
そこには戦闘装備のオージンが居並ぶがどう見たって中身は空だ。
素人ならともかく、数々の戦闘をこなした今ならバードにだってすぐにわかる。
燃料も弾薬も無く、外部給電で内部のコンピューターが動いているに過ぎない。
重量を受けるはずのサスがまったく沈んでないのだ。
「バレバレだけど、シェル経験が長くねぇと見抜けねぇだろうな」
ライアンはそんな事を漏らしながらハンガー奥の弾薬庫へ向かう。
だが、その中に入ると同時に、思わず『ワォ……』と皆が漏らした。
「お疲れさん。敵を欺くには味方からって訳で準備に手間取った。この船のクルーまでは欺けない。故にこんな手を使うことにした」
そこに並んでいるのは、蓋を開けた14個の大型輸送コンテナた。大気圏突入機能の付いた輸送コンテナ内部には完全武装状態のケンプファーが収められていて、G35系列を使うBチームの面々向けに再調整済みのマークが入っていた。
「アケト市郊外へ降下する補給物資に紛れ、こいつを地上に降ろす。俺たちは別の補給物資に紛れジーナでアケト近郊へ降下し、前線本部を設置してコントロールポイントにする。あとはビデオゲ-ムの要領だ」
ドリーは淡々と手順を説明しながらモニターの電源を入れた。セントゼロ周辺の地形や状況が表示されていて、そこには重要な標高情報がワイヤーフレームで表示されていた。
ケンプファーを使うなら地上スレスレを飛んでいくことになる。故にこの情報が何よりも重要で、機体の戦闘基本情報に必ず追加しておいて欲しいモノだった。
「ケンプファーはアケト郊外から発進させる。現段階で既にセントゼロ近郊では激しい戦闘が続いている。俺たちの参戦に良い顔をしない参謀本部は、介入するなら後方にって言ってるが関係ない。エディの思惑、本当の目的は別にある」
ドリーが示したモニター情報は、セントゼロ近郊の戦力展開図が示されていた。地上軍の正面戦力はとんでもない数字で、それを待ち構えるSRAやオーグの戦力は総勢でも2万に満たないらしい。
「お偉方の要望通り、俺たちはその戦闘には参加しない。一足先に地下遺跡の中へこっそり侵入して、そんで待ち構えるって作戦だ。なんせあの遺跡はシリウス人にとっては特別なもんだけに、連中が逃げ込んだら攻撃も爆破も出来ないからな」
そんなドリーの説明に『じゃぁどうするんだよ?』とライアンが口を挟んだ。
どこか訝しがるような声音に、ドリーの表情が曇る。
「そう。問題はそこだ。地下遺跡の入口は、かつては巨大な洞窟だったそうだが、今は大きなハッチがつけられている。連中の最終防衛線はそこらしい。それ故に俺たちは通気孔から侵入して内部で待ち構えるって作戦だ」
それを聞いた面々の表情が一気に険しくなる。
遠隔操作型兵器なだけに、リンクが切れるのが一番怖いのだ。
それを防ぐために中継器もあるが、それを挟めばレスポンスは悪くなる。
「……あんま歓迎しない事態だな」
渋い声でロックが漏らす。中継器を挟んだ戦闘はした事が無いが見当はつく。およそ剣士と言う者は極わずかな感触の差で髪一筋の僅かな調整を行なう。だからロックには歓迎しない事態だ。
「まぁ多分だけどソードの出番は無いだろう。場合によっては自爆するかもしれないって戦闘に、自分の相棒を持って行きたくもないだろ?」
副長であるジャクソンは表情を崩してそう言った。
ロックは僅かに首肯し『そりゃそうだけど……』と口を尖らす。
その頬をバードが突いて、周囲が小さく笑った。
「各部でAIのサポートを受けるが、最後のコントロールは自分の手にある。まぁ我々は要するにアリバイ作りのやられ役をしてくれという事だ。オーグ側に遺跡への攻撃を行わせる為の生贄だな」
ドリーは落ち着いた様子で説明を続けている。
だが、何かこう言葉に出来ない不信感と言うか、違和感があった。
「さて、ここまでの説明で何か質問は?」
空気を変えてそう切り出したドリー。
最初に手を上げたのは意外にもアナだった。
「隊長。地下のトレジャーはどうするんですか?」
アナの発した言葉にバードは内心で『あっ!』と漏らした。
そうだ。そもそもセントゼロ戦闘における戦術目標の話が一切出ていない。
「そうだな。良い視点だ」
首肯しつつニヤリと笑ったドリー。
だが、そこから先を言う前にペイトンが口を挟んだ。
いや、誰もが口を挟もうとしていて、たまたまペイトンだっただけだった。
「……なぁブラザー。まさかとは思うが……お偉方の会議でよぉ、はいそうですかて帰ってきた訳じゃねぇよな?」
ドリーを指差しながら怪訝な顔をしたペイトン。
それに続きスミスが同じような不機嫌全開の表情で言った。
「そうだぜドリー。俺らは地下のトレジャーを取りに行くんだよな?」
ふたりが何を言いたいのか察したバードは、同時に不機嫌そうな表情になった。
ドリーは何か隠しているかも知れない。それはまだ言えないだけかもしれない。
先の空振り出撃以来、なんとなく蟠っている不信感が腐臭を放っている。
「なぁドリー。まさかとは思うけどさぁ、地下の入口で隊長が待ってるとか抜かしたりしねぇよな。一番美味しい所をごっそり持ってくとか……良くねぇぜ」
殊更不機嫌そうなロックが厳しい声音で言う。Bチームのベテラン組が一斉に厳しい表情で文句を言いだしたのだ。そんなシーンを見ていたアナだけで無くダブやビッキー、そして勿論ヴァシリもアーネストも息を呑んで推移を見守っていた。
階級の下位にある者が公然と上官に喰い付いてる。ヴァシリやアーネストはテッド大佐の直接指揮下で戦闘をした経験が無い。いきなり何かをやらかしてくるエディの鬼手を知らないのだ。それ故に、息をのんで事態の推移を見守っているのだ。
「……解った解った。そんな目で見ないでくれ」
困った様な顔になってドリーはそう言ってジャクソンを見た。
そんな姿にヴェテラン勢は今回も蚊帳の外なのを理解した。
「作戦の肝はオーグの連中に遺跡を攻撃させることだ。これについては一切他意は無い。それによって、アイツらはシリウス人からも切り捨てられる。おまけに地球側は遺跡を護ったって実績を作れる。まずそれが最初の戦略的目標だ」
ドリーは先の会議で示された戦闘意義についての説明を開始した。
伏せておくべき事は色々あるが、逆に言えば裁量の範囲で何でもできる。
「二つ目の戦略目標はテッド大佐たちの回収だ。実は今、地上に残ってるシェルの回収中だ。この前の戦闘で俺たちもやり合ったあのシェルだ。手段は知らないが、地上にあと2機降ろしたそうだ。それを破壊するか回収しているって事だ」
ドリーの説明に全員が息をのむ。地上に有ってもシェルの戦闘能力は洒落にならない。その無力化に向かっているのだから、ある意味でうってつけの仕事だった。
「セントゼロにおける戦闘を終わらせ、あの地域を完全な支配下に置く。で、それのついでにSRAの完全無力化を達成する。あの連中がシリウスの敵になる様に挿げ替えるってことだ」
ドリーの言い回しは解りにくく掴みにくいが、言いたい事は解った。
「要するに例のトレジャーはテッド隊長たちが回収するから、大佐たちが安全に帰ってこれるようにお膳立てする……って事ですよね?」
バードの言葉にドリーとジャクソンは顔を見合わせた後、微妙な笑みになった。
そこにどんな意味がこもってるのかは解らないが、少なくとも自分がやらかした事くらいはバードにも解った。
「……そうだ。セントゼロの遺跡は本気で貴重なモノだが、それ以上に重要なものがあそこにある。恐らくは大佐軍団が直接行ってるんだろう。エディにしてみりゃ息子たちみたいなもんだから『つまり、地球人を入れたくなかったって事?』
毒を喰らわば皿まで。だめ押しする様に再びバードが言葉を継いだ。
その言葉にふたりはますます微妙な笑みを浮かべるも、僅かに沈黙を挟んだ。
(……あっ)
口を挟んでしまった後で気が付いた。これは答えにくい聞き方だった。微妙な表現で肝心なところを忖度させる説明が重要だ。なぜなら、サイボーグの場合は言った言わないの水掛け論が通じないのだから。
視覚聴覚のログが残るのだから、余計なところで口を挟まないのがマナー。巨大組織の中では、言質を取られないと言う部分が非常に重要な意味を持つ。そして、そう言う部分で察しが効くようになって、初めて新人から卒業だ。社会人として一人前になれるかどうかの線引きがここに有った。
「……そういう訳じゃ無いですよね」
もう一度肩を窄めて小さくなったバード。
だが、ドリーとジャクソンは笑っていた。
「無敵のイノシシ娘も少しは成長したようだ。とりあえずそれは喜んでおく」
柔らかい言葉使いでドリーがそう言うと、チームの面々がニヤリと笑った。
ただ、それと同時この作戦には裏があると確信していた。
「実は大佐から直接言われたんだけど――」
微妙な表情でジャクソンが切り出した。
そんな姿に全員がスッと意識を集中して話を聞く体制になった。
「――ケンプファーのコントロールポイントはあまり遠くに作るなと言われて、あと、降下する時には個人認識できるものを一切持ってくるなと言われてる。要するにまぁ、私服でクレドールに入れって」
その言葉に『何故?』とビルが首を傾げた。
その問いの答えはドリーが言った。
「色々と政治力を駆使して入手困難なものを手に入れてあるらしい。まぁ、楽しみにしておけって話だ」
(きっと新生シリウス軍の軍装だ……)
つまり、戦闘の後に楽しい所へ連れて行ってやる。テッド隊長はそんな事を遠回しに言っているのかもしれない。なんとなくそう察したバードは、ニコリと笑ってロックを見た。
「今回も色々……ドラマがありそうだね」
思わせぶりな口ぶりで言うバードに、ロックは困った様な笑みを浮かべた。
ただ、それと同時に獰猛な肉食獣の相貌が現れていた。
「何が出ようと……叩っ斬るだけだ」




