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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第4話 オペレーション・ファイナルグレイブ
31/358

国土を持たぬ国家の暗躍

 ――――タクラマカン砂漠中央部 タリム盆地

      中国標準時間 1300



『テッドよりエディ』

『今度はなんだ』


 少しだけめんどくさそうなエディの言葉にテッドは苦笑いを浮かべた。


『そう邪険にするなよ』

『ちょっと忙しいんだ』

『どうした?』

チーノ(中国人)の将軍が泣きついてきた』

『なんだって言うのさ』

『このまま帰れば粛正されるから亡命させろとさ』


 ハッ!

 珍しく声に出してテッドは笑った。

 何を言うかと思えば、何とくだらない話であろうか。


『そんな事よりエディ。西へ約25キロ。降下艇が墜落して炎上中だ』

『そうか。ではインドルートで侵攻してくる連中に回収させよう』

『おそらく生存者が居る。死体回収じゃ済まない』

『なるほど』

『おまけにチーノが兵を差し向けているらしい』

『わかった。その件は俺が出来る範囲で善処する』

『地上軍のレッグ共にエアボーンが救援を受けるのは屈辱じゃ無いか?』

『だが仕方が無い事だ。たまにはレッグにケツを拭かせよう』

『……不本意だが了解した』


 テッドは棘の有る言葉で会話を締めくくった。

 視界にオーバーレイされていた地図を片付けると、このくだらない痴話喧嘩だらけの世界が少しだけ綺麗に見えたような気がした。


『隊長。ちょっと良いですか』

『なんだロック』


 チーム内無線では無く軍用無線の一般回線でロックは呼びかけてきた。

 いつもより改まった、緊張感溢れる声だった。

 その行為が意外だったテッドは話を聞く事にした。


『先に言っておくが休暇の相談とボーナスの積み増しは俺の責任範疇外だぞ』

『それはエディに直談判するから良いです。まぁ、あんまり期待してませんけど』

『何事も諦めと割り切りが肝心だ。で、なんだ?』

『例の孔なんですが、下に居る連中。自爆とかしたら厄介じゃないですか?』

『なんだいきなり』

『ほら、火星のレプリ工場でドンパチした時にバードが言いましたよね』

『レプリは死を恐れないって奴か』

『そうです』


 ロックの話を聞きながらテッドは唸る。

 バードが危惧していた事をロックも危惧している。

 シェルの機外ではエディへ泣きつくように楊が何かを懇願していた。

 機外の音声を拾ってない為、会話の内容はわからない。


『その件は気になって居るが、出来ればチーノにやらせよう。俺たちが手を下すのは得策じゃ無い』


 テッドの言葉にロックは噛みつく。


『けど、俺たちの仕事って奴ですよ? これは』

『もちろんその通りだ。だが、もう一つ重要な事はチーノとシリウスを切り離す事だ』

『じゃぁ』

『そうだ。チーノの側からシリウスを裏切るように仕向ける事も重要だ』

『でも、舞台裏じゃ話が出来てる筈です』


 憮然としたロックの声が無線に流れる。

 それを諫めるようにジョンソンが割って入った。


『おいロック。俺たちはいま企業とか国家とかそういう守銭奴の都合でこのザマだ。なんでだか解るだろ? あの連中はもの凄く単純でシンプルなロジックで動いている。死人の数より札束の数の方が重要なのさ。仕事に対するロックの責任感と同じ位あの連中は金って奴に失着してんのさ。だから俺たちは今後の為に連中が自分たちの選択で痛い目に遭ったってのを演出しなきゃならねぇ。そうしねぇと、まーたどっかで誰かのケツを拭く羽目になるって事さ』

『でも、それが俺たちの仕事じゃ無いのか?』

『その通りだ。だからこそだ。ボス(隊長)や俺やドリーだけじゃねぇ。中尉になったブラザーがそうであるように、お前やライアンもそろそろ大事な事を学んだ方が良いってこった』


 ジョンソンの言葉にスミスやリーナーが苦笑を漏らした。ペイトンもまた違う意味で笑っていた。様々な組織の思惑に翻弄された事の有る者達は、出来る限りそれを回避したいと願うものなんだろう。

 全体の利益や上層階級者の利益の為に末端が抑圧され使い潰されすり潰されるのは、いつの時代でも世の常だと言えた。そして―――


『世の中は白と黒に分けられるほど単純じゃねーし、同じグレーでも濃いの薄いのと色々あるモンだ。よく見たら白黒じゃなくて青とか赤とか有るかもしれねーだろ? だからなロック。俺たちは軍人で兵隊だが逃げらんねー側だ。そこらに居る連中は逃げられる兵隊だ。俺たちの敵は目の前に居るチーノだけじゃ無くて、チーノの後ろのシリウスとかコーポ(企業)とか色々あるが、全部色が違う。その中で大事な事を見失っちゃ生き残れねーのさ』


 随分と巻き舌で喋るなとロックは思った。

 何となく聞き取りにくいのは、いつも使っているメリケンスタイル(国連英語)では無くクイーンズ(気取った)イングリッシュ(気障言葉)で、しかも酷いロンドン訛りだ。


『それって何だ?』


 そんな言葉遣いの向こうにロックはジョンソンの本音を見た。


『良いかロック。こんな時にゃ俺たちはバカになって馬鹿馬鹿しい騒ぎを楽しまなきゃならねぇ。クソ面倒臭ぇモンを現場に押し付けてシレッとしてやがるお偉方を前に余裕風を吹かせなきゃいけねぇのさ。俺たちはそう言うモンと笑いながらダンスするんだよ。そんなモンを前にして事態を楽しんでやり過ごせる面の皮の厚さが必要ってこったし、そうならなきゃならねぇ。たぶんこれはまだバードにゃ早すぎる。いちいち奇麗事を振りかざしたくなるし、自分の手で解決するんだって躍起になる。もちろんそれは間違いじゃねぇ。だけどお前はそろそろ理解するべきだし、そのサイボーグの身体(ブリキのおもちゃ)に指令を出してる脳って奴がそこらのショップで投げ売りになってる脂肪の塊でなきゃ本質に気が付くだろ。面倒を面倒として抱え込むんじゃなくて……だ。どうだ?』


 相変わらずジョンソンの皮肉は続く。だけど――


『ジョンソンは……』


 何かを言おうとしてロックは言葉を飲み込んだ。

 言葉に出来ない感情や思考という物があると学びつつある若い士官は、どこか老練なブリテン人の上官をどう表現するか迷った。


『言いかけた事は最後まで言えよ。俺たちはギャング(血を分けた兄弟)だぜ』


 スミスの言葉が無線に流れた。

 ロックはその言葉にハッと気が付くものがあった。


『いや。なんだか凄く大事な事を一つ学んだ気がする』

『なんだそりゃ。まぁ、東洋哲学(オリエンタル)は高尚すぎて俺には理解し切れねぇからな』


 どこか口汚く罵る様に嫌み混じりの言葉を吐いたジョンソン。

 だけど、その言葉の裏側にある物をロックは何となく理解していた。


 『アイロニー』と『サーカズム』の違い。


 ジョンソンは身内と他人を明確に区別している。

 身内にだけは皮肉たらしい言葉を吐くが、他人には皮肉とは掴みきれない皮肉を吐いて表面的に皮肉に捉えられない風に振る舞って、立派な紳士のふりをしているだけだ。


『だけどさ。俺思うんだ。ブリテン人の本質を理解出来るのは日本人だけだって』

『なんでだよ』

『意地を張りたい時の目的とか相手とか、そう言う物が凄く近いんだ』

『例えば?』

『さっきの言葉。意地を張る相手は隊長じゃなくて……』

『おぃロック! そこから先は言うな!』


 慌てて話を切ったジョンソンの大声。

 メンバーが誤魔化すように大声で笑った。

 ロックの言いたい事は皆が気が付いている。

 そして、無線の中に当事者の声が流れる。


『とりあえず聞かなかった事にしておくが』


 エディの言葉に皆が再び大爆笑した。


『事態が動いたぞ。国連軍はまもなく到着する。我々を包囲する中国軍を更に外から包囲する形だ。一気に殲滅出来る状態だが楊将軍は死にたくないらしい』


 エディの声もまた、どこか楽しそうだった。

 難しい交渉が完了した安堵だろうか。


『テッドよりエディ』

『なんだ?』

『チーノは孔に入りそうか?』

『さぁな。今しがた突撃隊を編成すると言って事務所へ消えていった』

『どうすんだ?』

『突入すれば重畳。しないならケツを叩く。それだけだ』


 無線の中で笑い声が漏れる。

 エディは無線の中で同時進行の駄々話を続けながらも、何事かを相談している楊と劉を眺めていた。

 何処か口論しているようにも見えるのだが、それが演技ではないと言う保障はない。


「楊将軍。取り込み中に失礼。準備は完了しましたかな?」


 冷たく言い放ったエディ少将の言葉に楊は歯ぎしりをする程悔しがっていた。


 長年掛けて作ってきた現状の不利な立場を作り替える一大プランが全部パーになった。あのシリウス系企業と取引をして中国国内で散々金を使って、慎重に慎重に練ってきた作戦が悉く粉砕されたのだ。

 国際政治の舞台へアクセス出来る僅かなチャンスを使って、アメリカ国内だけでなく国連の意思決定機関にも浸透を図ったのに……


 先の工作によりカナダのどこかで、国連軍海兵隊とアメリカの独自捜査機関がやり合ったのは知っていた。

 ただ、その海兵隊が目の前に居る連中だとは気が付いていない。

 そして、その楊を追い込みつつあるエディもまた、カナダの山荘での手痛い失敗の黒幕が目の前のチーノだとは気が付いていない。


「突入は予定通り行う。ただその前に」


 楊は劉と顔を見合わせた。

 何処か不安げでもある。


「亡命は受理して貰えるのかね? 確約が欲しいのだが」

「それは将軍のこれからに左右されますな。次の一手が我々にとって有益なら……ば」


 楊の顔から一切の表情が消えた。

 エディの言葉はつまり、楊に決断を迫ったものだからだ。

 亡命するなら明確に北京へ砂を掛けろ。

 脅されて仕方なく亡命などという物は許されない。


「ジェネラル・マーキュリー。あなたは非情な人だ」

「軍人らしい現実主義と言って欲しい物ですが、まぁ、現実は大して代わりますまい」


 勝ち誇るでも無く小馬鹿にするでも無く、エディは純粋に軍人の矜持を示した……つもりになって居た。ただ、その相手は全世界のありとあらゆる物よりも自分の利益を優先する利己主義の固まりだった。


「突撃隊を編成する時間的猶予をもう少しいただきたい」

「時間稼ぎでは無いと立証するモノがあれば検討に値しますが」

「そうで無い場合は?」


 何かを確かめるように聞き返した楊。

 エディは大業に振り返って孔を見た後にもらす。


「あの墓穴は万単位で葬っても問題無さそうですな」


 三白眼の冷たい眼差しを浴びた楊は僅かに身震いした。

 間違いなくこの白人はそれをやるだろう。全く逡巡せずにだ。

 楊の目に映るエディはカラード(有色人種)を見下すコーカソイドそのものだった。


「……準備が整ったようです。今から我が軍の特殊戦術チームを孔の中へ突入させましょう。小官はこの場にて指揮を執りますがね。ただ、最後の引き金は小官の任務といたします」


 楊は劉へと何事かの指示を出した。

 手短に発した指令の内容は高度に規格化された略語で構成される軍事的フロー言語だった。中国公用語を理解する者が聞いても、俄には内容を理解出来る物では無い。

 それはまるで、アメフトの選手がやりとりする乱数的暗号の会話にも似た物だった。比較的回りくどい形とも言える中国語を手短で簡易に、かつ、目的をはっきりと伝える為に長年研究して導き出されたものだった。

 つまり、楊は何らかの決断を下したと言う事なのだろう。


 五分後。

 孔のすぐ近くにある現場事務所へ中国軍の最精鋭とも居る特殊戦術チームが集まった。担当武官が選抜した人員はおよそ五十名ほどだった。

 楊はそのメンツを前に直接作戦目標を指示している。その言葉をエディ越しに聞いていたビルは作戦の中身が問題ない事を確認した。


『作戦の要旨は単純です。地下に行って船を待ってるシリウスの工作員を捕縛しろ。最低でも一名は生きて地上へ連れて帰ってこい。残りは殺しても構わない。偶発的臨界に十分注意しろとの事です』


 ビルの言葉を満足そうに聞いたテッド隊長はエディにその旨を報告した。


『これで問題無さそうだな』

『あぁ。だが迂闊には動くなよ』

『解っている。地上軍の燃料をかっぱらって今からシェルに燃料を補給する』


 孔の入り口まで突入班を見送った楊。エディは少し離れた位置でそれを見送っていた。

 垂直孔の壁をグングンと降下していくエレベーターが光の届かぬ孔の底へ消えていく。

 そのゴンドラを見送った楊は深い溜息を吐き出した。

 もう戻れない所まで来たんだと楊は割り切った。

 

 他人を蹴落としてでも出世を争わなければならない猛烈な序列社会の落とし穴。

 敗北した側を救済する手段が無い場合、組織丸ごと巻き込んで自爆する者が出てくる。

 その根本的疾患を解決せぬまま、取り繕うようにやって来た国家の限界だった。


「まもなく地下に到達するでしょう」


 楊がその言葉を発し、エディ越しにビルが通訳した直後だった。


『エディ! 罠だ!』


 無線に大音量で割り込んできたアリョーシャの声。


『いきなりなんだ!』


 驚いたエディもまた大声だった。


『バードと引き替えに得たレプリの工作員だが、脳自爆する前に冷凍処理で記憶野を精査してみた。そうしたら、全部が全部、シリウスの書いた画だ!』


 無線の中に興奮したアリョーシャの声が流れる中、エディの所へティルトローター機がやって来た。

 開いたハッチから姿を現したアリョーシャはエディの元へ走っていく。


「今降りていった中国軍の特殊部隊にレプリが紛れ込んでる筈だ! バード以外にブレードランナーが居ない盲点を突かれた。あいつらは地下で自爆する腹だ!」


 唖然とするエディ。話を聞いていた楊が言葉を飲み込んだ。


「そんなバカな事があるはず無かろう! 彼らは誇り高い漢族の男達だ!」


 アリョーシャの声に激高した劉が叫んだ。

 だが、そんな事は意に介さず、アリョーシャは資料の束を取り出した。


「今降りていった連中の―――


 何かを言おうとしたアリョーシャの言葉を遮るように、孔の最深部から鈍い爆発音が聞こえた。そして、サブマシンガンの連射音。拳銃の射撃音。最後に、断末魔の悲鳴。


「突入班! どうなっている!」


 青ざめた劉が無線機で呼びかけている。

 だが、全く返答が無い。


「突入班!」


 劉は必死に呼びかけ続けた。


「地上に暮らす地球人よ。わがシリウス同胞の言葉を聞くが良い。我が 同 胞 (はらから)は死を恐れない。求める結果に対し愚直だ。これはわがシリウスの意地を掛けた作戦だ。偽情報に騙され溶けて消えた三名の友を弔う為に、これより地球破壊作戦を実行する。お前達おろかな地球人が招いたものだ。惑星規模の振動を受けよ。地球が安全だと信じ込んでいる盲目的な人民の覚醒が進む事を期待する」


 一方的に通信は途絶した。言葉を失って立ち尽くす劉は呆然としていた。


「我々は義務を果たした! 生じた結果の責任は全て国連軍にある!」


 半ば錯乱した楊は大声で叫びながらウロウロと歩き回っていた。

 なんとも無様な姿にエディやアリョーシャだけでなく劉までもが呆れ果てた。

 だが、事態の解決を図らなければならない。


『ロックよりエディ』

『駄々話なら後にしろ』

『じゃぁ簡単に言うが、俺に突入させてくれ』

『なんでだ?』

『地下で銃使うと危ないだろ? レーザー兵器もビーム兵器もだ。消去法で考えたら俺しか残らねぇ』


 孔のまわりに陣取っていたシェルの一機。

 ナンバー211のシェルからロックが降りて来た。


「宇宙軍海兵隊には東洋人も居るんだな」


 ぼそりと呟く劉。ロックも劉をチラリと眺めた。


「なぁエディ。良いだろ? 誰かが行かなきゃならねぇ」


 ロックは銃では無く愛用のバトルソードを背中に二振り背負っていた。


「ロック。どうやって地下まで降りる気だ」

「ここでエアボーンやるさ。俺たちはODSTだからパラ降下はお手のもんだ」

「あんまり無茶をするな 地下には百人から居るぞ」

「はっ! おもしれーじゃねーか! 百人斬りにチャレンジするさ。だいたい、いま無茶しねぇで何時無茶するんだよ。極上のピンチって奴だぜ!」


 ヘヘヘと気楽そうに笑ったロック。

 だが、太刀を背中から下ろし、パラシュートを背負いなおしたロック。


「どうせエレベーターは帰ってこないぜ。だからここへ突入出来るのはエアボーンだけだし、地下に降りて銃を使わずに戦闘出来るのは俺だけだ。だから俺が行く。ヒーローミッションって訳さ。バードだっていねーからな」


 狂気に駆られたような笑みを浮かべるロック。

 エディは逡巡していた。あまり迷っている暇は無い筈なのだが。

 

「地球が吹っ飛んでからじゃ遅いんじゃないのか?」


 ロックの表情には狂気に駆られたスリルジャンキーのそれが浮き始めていた。

 死神や破滅の神に魅入られたかのような、刹那的快楽を最大限に楽しもうとする姿。


 ゆっくりと孔の縁へ歩み寄ったロック。ふと上から覗き込んだ時、巨大な孔の最深部はロックの眼に黒く深い闇となって見えていた。それはまるで果てしない人の悪意のようでも有った。


「おもしろそーじゃねーか」


 もう一度。誰にも聞こえないように、そう呟いた。




 ――――タクラマカン砂漠中央部 タリム盆地 ファイナルグレイヴ縁部

      中国標準時間 1245




 コンクリートで出来た巨大なホールの淵。

 Bチームの面々はシェルから降りてきて、その深遠を眺めている。

 砂漠を見下ろすような大きな丘状の人工地盤。

 そのど真ん中にぽっかりと巨大な口を開けた大穴だ。

 

「しかし、間近で見るとやっぱスゲーな」


 ジャクソンの抜けた言葉に誰もが無言で頷いたり相槌を打ったり。


「で、どーすんだ?」


 痺れを切らしたようなスミスは怪訝な表情だ。

 ロックとは違うアラビア刀を抱えたスミスもまた、突入する気が満々といった風だ。


「最初に酸素供給を止める。それから一酸化炭素を充填しレプリを殺す作戦だ」


 ドリーは一方的に作戦を説明し続けていた。シェルの中に居る間にドリーとジョンソンはアリョーシャから直接情報を貰っていた。尉官の中でも最高位にある大尉なのだから、この手の戦術情報や戦略情報は優先的に送られてくる仕組みになって居る。ただ、それをメンバーに伝えている表情は、聞いている仲間達と同様にパッとしないものだ。


「窒息死させる作戦ってのも、あんまりゾッとしないな」


 何処かふて腐ったような振る舞いを意図的に行いながら、ロックは深遠をじっと眺めていた。ジャクソンやバードの職能装備なら最深部が見えるのだろうけど、ロックの場合は接近戦専門装備なのだからソレも出来ないで居る。

 この世の何処かに居るらしい『神』とか呼ばれる不公平野郎を精一杯に罵った後、ロックは淵を離れ協議を続けるエディやテッドや、そして中国側の楊と劉を眺めた。


「素直に下ろしてくれさえすれば、五分で鏖殺出切るのにな」


 視界の中のプロパティタブを開けて地下構造をもう一度確認する。

 最下層は三層に重ねられた横穴が幾つも空いていて、ドラム缶状の放射性物質密封コンテナを横方向へ押し込むようになっている。

 人が入り込む程に大きくは無い横穴は最下層から段々と埋まっていき、横穴の『墓穴』が満席になった所で鉛を混ぜたコンクリートにより封殺される仕組みだ。

 現状の最下層にある横穴はほぼ一杯で、コンクリートにより封殺を完了しているらしいのだが。その上と更に上は横穴を仕上げて密封容器を待っている段階で作業がストップしている。


「シリウスの連中は最下層で何やってるんだ?」


 ペイトンはふと何かに気が付いたように声をあげた。


「チーノの説明じゃ比較的高レベルの放射性物質を集めているらしい。被爆するのも折り込み済みで作業をやらせてるんだろうな」


 ドリーと同じ情報を持っていたジョンソンは心底嫌そうに答えた。

 まるで奴隷労働だと言わんばかりの風だが、『お前が言うなブリテン人!』と言う突っ込み待ちにも見えるから不思議なものだ。


「じゃぁなにか? 掘り返した放射性物質を一箇所に集めて」


 身振り手振りを添えたリーナーは爆発手順をイメージしているらしい。

 三度の飯より爆発させるのが好きな男だ。きっと自分もやりたいと思って居るぞ!と、メンバーは思っているのだが。




 ―――― パンッ!




 突然乾いた銃声が響いた。

 驚いてBチーム全員が一斉に発砲音の発生源を探した。

 そして、直後にエディとテッドの前に立っていた筈の楊が倒れて居るのを見つけた。

 すぐ傍らには紫煙をあげる拳銃を持って劉が立っていた。


「おいおい……」


 息を呑んで事態を見守るBチーム。

 だが、事態は急展開を始めていた。


「貴様! 何をしたか分かって居るのか!」


 脚部を押さえた楊は劉を忌々しげに見上げている。


「分かって居るからやったんだ! 全部お前の命令でやった事だ! 責任を現場へ押し付けるな!」


 再び銃を構えた劉。その照準は楊の額へと向けられている。

 精一杯に見開いた目は血走っていた。まるで親の敵を睨みつけるかのような姿に、楊は恐怖を覚える。


「眼前で人が死ぬとなると立場上色々困るから、どっか余所でやってくれないか」

「そうだな。上官をも粛清するのは結構だが、我々の居ない所でやってもらうのが望ましい」


 テッドとエディはかなり酷い事をサラリと言い放った。

 なんだと!と目を見開き懇願するようにしている楊は、己の悪手を嫌と言うほど思い知ったようだ。

 楊へ銃を突きつけたままの劉は半ば錯乱しながら銃を構えている。


「成功した場合は手柄を持って行き、失敗した時は原因を現場に押し付ける。そんな事が許されると思っているのか!」


 興奮しきった劉。その同時テッド少佐越しに言葉を通訳しながら無線に垂れ流しているビルは、深く溜息をこぼした。


「あいつら基本的にバカだな」

「それについては同意見だ」


 ビルの言葉にライアンが相槌を打った。

 冷え切った眼差しでジッと見ているのだけど。


「チーノがどうなろうと知った事じゃないが、地下はどうする?」


 リーナーはどこかソワソワと舞い上がっている。

 そんじょそこらの爆薬とは訳が違う物を爆発させようとしているのだ。

 楽しそうなオモチャを前に喜色満面の子供と一緒だった。


「今しがた酸素供給のダクトが停止した所だ。地下から二酸化炭素を排出するダクトも停止している。地下で内燃系の作業機械を使っているならすぐに酸素は無くなるだろ。普通なら電動を使うモンだが、チーノの連中は金儲けの為なら幾らでも手を抜くからな」


 ぼやく様なドリーの言葉に皆が苦笑する。


「結局突入は無しかな?」


 ロックはいよいよ不機嫌モードに入ってきた。

 血に飢えた狼では無いが、自分の手でケリを付けたいと願う部分は人一倍強い。

 ある意味で士官らしい責任感とも、或いは、理想に燃える青年像とも言えるのだけど、その実は端から見れば自殺志願者一歩前とも言える危うさを孕んでいる。

 そしてそれは当人も重々承知している事なのだけど。


「これから一酸化炭素を充填する。コレで死なねぇ生物はいねぇさ。ガスマスクも役にたたねぇし酸素ボンベだって無限にあるわけじゃねぇ。完全に外気依存を絶てる俺達以外はイチコロだから突入は無しだろな。まぁシリウスの奴らがサイボーグでも使えば話は別だろうが」


 ジョンソンの言葉にロックは苦笑いを浮かべるより他なかった。

 毒ガス系であればガスマスクでかなり対処出来る。


 それに、地下深くで放射線被爆環境下における活動を支える為の対爆防護服は完全密封型だ。化学反応系の毒ガスを吸い込ませる事は難しい。

 だが、その防護服は地上と同じ空気を充填するのだから、酸素供給を絶てばそこから先は地獄絵図になるのも当たり前の話だろう。何も言わずに酸素供給管から純一酸化炭素を供給した場合、パイプでつながれた作業員は問答無用で高濃度の一酸化炭素を吸い込む事になる。


 同じ生身でも普通の人間より遥かに強靭で打たれ強いレプリカントの場合は、その分だけ酸素を必要とし二酸化炭素を排出し、筋肉や神経を安全に保ってやる必要がある。


 レプリカントとは言え生物を超越した存在ではないのだ。

 なまじ身体が強靭な為に生命維持のハードルは高いと言って良い。


「あ、地上軍が降下艇を回収したらしい」


 無線をワッチしているジョンソンが状況に気付いた。


「結構死人が出てるそうだ。相当激しく抵抗したな。なんか中国軍の戦車が四輌燃えてるそうだ。生き残りは士官一名と指揮下士官二名。あと兵士が五十人とか言ってる」

「へー。で、どっかにバード居ないか?」


 ジョンソンの報告じみた言葉にドリーがたずねた。

 少し注意深そうにワッチしているジョンソンが黙って首を振った。


「士官は冷凍処理されて袋の中だ。下士官(チーフ)が処置したんだろうな。冷凍処理って事はサイボーグ一直線だぜ。適応率高いと待遇も違うが……」


 自嘲気味なジョンソンの態度にドリーだけでなくBチームの面々が苦笑い。

 溜息交じりにビルが呟く。


「ダッドみたいに努力の人ならともかく、プリセットの動きをするだけな存在に成り下がると悲惨だぜ」


 その言葉にダニーが反応する。


「適応率が低すぎるとどうなるんだ? 脳神経的な問題かな?」


 医者らしい興味がダニーの中に湧き上がったらしい。


「まぁ、あんまり低いと生命維持もままならねぇからな。前に聞いた話じゃ40%未満だと安楽死らしい。60%あれば地獄のリハビリで何とか動けるらしいけどな。ダッドは70%無いらしいぜ。最近じゃ徐々に慣れてきて80%相当らしいけど」


 割と物知りなジョンソンはワッチし続けながらボソボソと呟いている。

 そんな言葉を聞きながらロックが呟く。


「80%なら一般戦闘位は可能だな」

「ロックは本気(マジ)ウォーモンガー(戦闘狂)だな」


 茶化した筈のペイトンへロックは口元を大きく歪ませた笑みを浮かべる。

 背筋に薄ら寒いものを感じたペイトンの顔が引きつった。


「サムライとは死ぬ事と見つけたりってな。戦って死ぬのが俺の夢さ」


 そんなロックを見ながらリーナーは呆れている。


「ハポンスキーの精神文化は俺には理解できないが……」

「なんだよ冷てぇな。ひでぇぜブラザー(兄弟)

「理解できねぇけど、まぁ、付き合うぜってこった。俺はありとあらゆる物を爆破するのが夢だからな。どっちかって言うと地球ごと爆破出来るならやってみてぇ」


 ロックとは違う狂気染みたリーナーにメンバーは『おいおい』と呆れ果てた。


「ま、いずれにせよ降下艇の生き残りはここへ合流するはずだ。負傷者はハンフリーへ上げるか地上の基地へ搬送か知らないが、骨折とかだと地上のほうが良いだろうな」

「あぁ、そうだな。安定した重力のある環境のほうがカルシウム再生は早いはずだ。それに、星も見えない月面の病室より地上のほうが気が楽だろうしな」


 ジョンソンの言葉に医者らしい反応を示したダニーが答えた。

 周りの人間もそれに肯定的評価をしている。

 そんな中、地上にある地下支援施設に科学戦用戦闘車両が横付けされた。

 地上軍のケミカルカンパニー(科学中隊)がCO注入を始めるようだ。


「シリウスに掛ける情けは無いが、同情くらいはしてやっても良いな」

「全くだ。撃たれてとか斬られて死ぬならともかく、酸欠死は一番苦しいだろ」

「水の中じゃ無いけど窒息死だからな。溺れて死ぬのは辛かろう」


 ライアンの言葉にロックが相槌を打ち、それにビルが反応を示す。

 だけど、ダニーの見解は一人だけ違っていた。


「いや、高濃度一酸化炭素の中毒なら吸い込んだ時点で昏倒し、人事不省に陥って何もかもわからなくなるはずだ。いきなり脳が機能停止するからな。心臓や肺が激痛を訴えるだろうけど、それを伝達する筈の神経細胞も機能停止するんで、まぁ、痛みを感じる前に死ねるんじゃないだろうか。まぁ、俺も一酸化炭素中毒は体験した事が無いから判らないけどな。純粋に医者の興味として、死ぬ過程を観察したい。悪趣味だとは思うが、味方を救護するケースもあるだろうから役に立つと思う」


 ロックやリーナーとは違う種類の興味に目を輝かせるダニー。

 そんな姿を見ていたビルは呟く。


「人の心ほど面白い観察対象は無いと思っていたけど、今日それを再確認したよ」


 乾いた笑いが漏れる面々。

 Bチームが雑談に興じる中、エディとテッドの前で繰り広げられていた中国軍の内輪もめは最終段階へ進んでいた。


「いいからクタばれ!」


 劉は楊の襟倉を掴んで持ち上げている。

 たいした背筋力だと皆が驚く。

 そんなタイミングで楊の持っている無線機から女の悲鳴が流れた。


 ――――…ッラーフ! アクバル!

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