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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第19話 オペレーション・ダウンフォール
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本来の使い方


 眩いシリウスの光が遠慮無く降り注ぐ午後。

 デラドの街を離れたBチームは、オーグの首魁ショウエイ・ノギの追跡を続けるODST第2大隊の支援で街道沿いの小さな街セドにやって来ていた。


 この街は孤立大陸ヲセカイの中にある、なんの変哲もないただの集落だ。ただ、かつてこの惑星にあった旧文明の遺跡に寄り添ってある街なので、その住人は争い事を嫌う傾向が強かった。


 それ故か、ODST上層部はサイボーグチームを投入し一気に方を付ける方針を打ち出していた。その意味ではBチーム本来の使い方と言うべきなのだが……


『アナ! そっち行った!』


 大きく作った包囲の輪を閉じつつあるBチーム。その左翼先端にバードは陣取っている。そして、このチームに配属になって以来、全く変わっていない任務をこなしていた。抵抗勢力は総勢で100人足らずだが抵抗は頑強だ。


『OK! ここで死んでもらいます』


 サラッと酷い事を言ったアナは、12.7ミリの巨大な銃弾を吐き出すS-16で射撃を繰り返していた。オーグの武装集団は着々とその数を減らしていて、国連軍による包囲網により弱体化が進んでいる。


 しかし、だからと言って弱いかと言うと決してそんな事はなく、潔く開き直って最期の一人まで抵抗するために、むしろ始末が悪い状況だ。

 彼らはいわゆる『無敵の人』になっていて死ぬ事を厭わないし、むしろ戦って死にたがっている。そんな集団と対峙する側にしてみれば、本気で始末に悪い状況なのだった。


『アッ! うそっ!』


 Sー16を使って銃撃を加えているBチームの面々だが、距離500を越えた位になると直撃弾を与える事が難しくなっていた。この場面では距離200を切っているが、アナの放った銃弾は30センチ以上外れて着弾していた。


 そもそも50口径弾を使う大口径自動小銃であるS-16は、距離に応じて命中させるのが難しくなる代物だ。だが、サイボーグの強靱な体躯と膂力は、まるで火を噴くチェーンソウな兵器をねじ伏せていたのだ。


『おいおいアナ! どうした!』

『落ち着いていこうぜ! 緊張したって良い事なんか何んもねぇ!』


 支援についていたビッキーが声をかける。別の角度から支援していたライアンも叫んだ。ただ、それが気休めなのは言うまでもない。サイボーグの身体は頭が考えた目標に自動照準するだけだ。


 引き金だって完全に無衝動で引き絞れるし、完璧な弾道計算により外すことの方が珍しい。だが、現実にアナを始めとした面々は射撃を外し続けている。地味ながらも割りと大きな問題なのだった。


『アナ!』


 バードは何かに気が付いてアナスタシアを呼んだ。狭い路地で遮蔽物を挟みつつの銃撃なのだから、対象物から視線を切るのは宜しくない事だ。


 だが、バードの声を聞いてアナは敵から視線を切った。新型の装甲服を着ていない野戦装備故、直撃を受ければサイボーグだって危ないのだが……


『もっと前傾姿勢で! G35だと機体が軽すぎてリコイルでぶれるから!』


 バードのアドバイスを聞いたアナスタシアは、強い前傾姿勢を強めて射撃を再開した。立射姿勢ならともかく、遮蔽物に身を預けての射撃では上半身だけで50口径弾の強い反動を受け止めねばならない。


 バードが最初に使ったG20シリーズの場合、戦闘装備で凡そ160キロ近くあったのだが、現状のG35系列では戦闘装備を整えても100キロを切り、おまけに装甲服無し・パラシュート無し・パンツァーファウスト無しともなれば、実際には70キロ少々と言うところだ。


 こうなると大口径小銃のリコイルがダイレクトに襲い掛かり、その反動で上半身がぶれやすくなる。結果、ある程度の距離になると全く当たらなくなり、戦闘時間が長くなりがちだった。


『高性能になるのも良し悪しだな』


 ぼそりとこぼしたペイトンは、手にしていたSー16に目を落とした。

 市街戦ではCー31が強力すぎて使えない。程よく強力で、しかも壁や岩などを貫かない程度の威力が望ましいのだ。


『いっそ俺たちも生身向けを使った方が良いんじゃね?』


 ロックは不意にそんな事を言った。

 ただ、その意見はジャクソンによって文字通り瞬殺された。


『バカ言え! 運用でカバー出来るなら威力を取るべきだろうよ』


 実際、生身が使う5.56ミリの小口径高速弾は、軽くて取り回し易く、高初速のために低伸弾道なのが特徴だ。だが、その分だけ威力に乏しく、僅かでも装甲があると途端に難渋してしまう。


 それこそ、自家用車レベルですら一定の遮蔽効果を発揮するのだ。そんな時に便りになるのがサイボーグの持つ大口径小銃で、おまけにサイボーグならそれ以上の威力に溢れる荷電粒子砲兵器を使える。何処の戦場に行ったってサイボーグが重宝され頼りにされるのは、実際そんな理由といえた。


『けどよぉ──』


 何かを良い掛けたロックだが、その前に射撃を加えていた目標となる建物が爆発した。どうやら何かしらの爆発物に直撃したらしく、夥しい破片をばら蒔きながら炎上する建物の中から、ワラワラと人が出て来た。


『チェキオン! レプリ! コーション!』


 自分の役目を忘れる事無くバードはレプリチェックを行った。次の瞬間、バードのデータを共有したダブとビッキーがレプリ以外を射殺した。交戦協定が有効と言うことではないが、レプリは資産扱いなので『破壊措置』を控えているのだった。










  ――――――――孤立大陸ヲセカイ セド市街

           2303年 3月27日 午後2時












「さて。出番ね」


 無線では無く口を突いた言葉としてバードはそんな一言を漏らした。戦争は既に終盤戦で破壊工作員の摘発と排除にブレードランナーが奔走することは殆ど無い。


 だが、だからと言ってバードの仕事が楽になったかと言えば実際そうでもなく、むしろ鉛を飲まされるような任務が馬鹿みたいに増えていた。市民生活の安全を担保するのでは無く、死に行くレプリの管理と見届けが要求されているのだ。


「知ってると思うけど、私達は地球から来た国連軍です――」


 バードは抑揚の無い声で切り出した。きつい声音で詰めるように話をすれば、精神的に不安定なレプリはそれだけで暴走する事があると知っているからだ。


「――――今時戦争における一般戦闘協定により、残念ながらあなた達は鹵獲扱いとなります。誰か異義申し立てをする?』


 相変わらずバードはレプリ相手となると、対応がソフトで丁寧になる。そこにどんな心情が挟まっているかは、現状の少尉達には理解できないだろう。だが……


「我々は殺さないのか?」


 落ち着いた声でレプリがそう問うてきた。

 胸のネームシールにはイオの文字があった。


「あなた方の身体を保全し安全を保証します。ただし、捕虜扱いにはならないので勘違いしないでください」」


 少なくともバードにとってのレプリは、条件さえ整えば保護するべき存在だと捉えている。そして、その裏側には容赦なくレプリを排除し、処分殲滅する冷徹な顔が有ることを少尉達は理解している。


 過去何度か戦場で相まみえた時、バードはレプリに対しとにかく同情的なスタンスだった。普通、撃ち合って殺し合った相手には純粋な殺意が湧くもの。だが、バードにはそんな部分が一切無く、まるで聖母の笑みを湛えてレプリを保護しようとしているのだった。だが……


「そうか…… 我々レプリカントはモノ扱いか……」


 その一言を漏らしたレプリは本気で悔しそうな顔を見せた。しかし、そんな振る舞いをするレプリは、もはや寿命目前なのだとバードは知っていた。僅か8年でその生涯を閉じる彼等は、ドッグイヤーも顔負けな充実した生涯を送る事になる。限られた生を謳歌する彼らは、生きる事に真剣なのだ。


 そして、可動限界を迎える頃ともなれば、レプリですらも随分と人間臭い振る舞いをする様になる。そもそも彼らの身体は人間に限りなく近いのだから、ストレスフルな環境に居れば、内臓が痛んで生臭い息を吐くようにもなるのだった。


「残件だけど…… あなた方は人間の範疇に含まれてないのよ。私と同じにね」


 ニコリと笑って言うバード。その一言で、彼らはバードが何者かを知った。

 ただ、だからといって親近感が湧くなどと言う事はないし、むしろ純粋な敵意と憎悪を募らせる結果になる。なにせ、レプリの天敵と言うべき存在なのだから。


「……異義はない。ただ、もし希望が通るなら、戦って死にたい。私を含めたこのレプリチームの残り稼働時間はおそらくあと2週間だ」


 ──レプリチーム


 その一言でバードの表情がガラリと変わった。オーグの関係者が死に行くレプリカントまでも兵士に使っている。その事実がバードの精神を容赦無く疲弊させた。


「戦うのは良いけど…… ちょっと教えてくれる? レプリチームって、他にもあなた達みたいなグループが存在するの?」


 バードの問いにイオは一瞬押し黙った。

 ただ、その僅かな間が回答である事を全員が知った。そして……


「いや、オーグに参加しているレプリカントは全員が自由意志での志願だ。ここで戦って死にたい。或いは、シリウス人として死にたい。そんな意味で私はここに参加している。従って、レプリチームというのは『シリウス人の意志って事ね』


 バードの手短な回答に、イオは『そうだ』とだけ応えた。潰れるような重い沈黙が漂い、唐突に終わった尻切れ蜻蛉な銃撃戦を終えたチームの面々が三々五々と集まりだした。


「さて……どうしたものかな……」


 さすがのバードもこの処置には頭を捻った。もはや死を待つばかりのレプリは戦って死にたいと望んでいる。それは多分に哲学的な概念を含んだモノだとバードは思った。

 そしてそれは、アジア的な概念における終わり方の選択なのだ。つまり、死んでこの星の土になりたいと。或いは、次の人生の為に人として死にたいと。そこに如何なるエビデンスが存在するのかを立証する事は不可能だろう。


 だが、人として死ねば、()()()()()()()()()()()()()……


「あなたはサイボーグなのでしょう?」


 イオは静かな言葉でそう問いかけた。バードは小さく首肯して見せた。

 そんな姿を見ていたイオは、何処か眩しそうな表情でバードを見つつ言った。


「つまり、あなたは自分が人である事を疑っていない。それと同じだ。今回はたまたまレプリカントとして生まれただけ。次もまたこの惑星に生まれるだろう。人間かレプリカントかは問題じゃ無い。シリウス人として生まれてくるんだ」


 自信溢れる顔でそう言ったイオは、柔らかな笑みを見せてバードを見た。そこにあるのは『さぁ、殺してくれ』と懇願する純粋な意志だった。


『これって……戦争協定違反になるかな?』


 バードは思わず無線の中にそんな言葉を流した。

 だが、その回答が出る前に何処かからか猛烈な射撃が加えられた。


 ――なんてこと!


 バードが怒りに表情を燃え上がらせ攻撃点を見た時、そこに居たのはODSTの戦線指揮官としてやって来ていたフィールズ大佐だった。手にしていたサブマシンガンからは紫煙が立ち上っていて、マガジン1本分を一気にぶっ放したのだと気が付いた。


「大佐!」


 抗議がましい目でフィールズを見たバードだが、硬い表情のフィールズ大佐は一切逡巡する事無く言い切った。


()()()()()の強行派を処分しただけだ」


 バードの表情が僅かに歪む中、フィールズはツカツカと死体に歩み寄り、そのバトルジャケットを捲って皆に見せた。そこにあったのは大量のプラスチック爆薬だった。

 至近距離ならサイボーグですらも吹っ飛ばせるだけの量がそこにある。そして、ここに残っていたレプリカントは、ODST頼みの綱と言うべきサイボーグチームを全滅させるのに申し分ない頭数だった。


「ヲセカイの西部地域で同じような手口が頻発しているそうだ。気をつけた方が良いだろうな」


 唖然としていたチームの面々を前に、フィールズは爆薬に差し込まれていた信管を抜いて安全を確保していた。本来ならば工兵の仕事の筈だが、ここでは前線指揮官である高級士官がそれを行っている。


「君らはODSTの命綱なんだ。行動に逡巡を挟まぬ方が良い。そして、自分自身をもう少し大切にして欲しいと個人的には願う。少なくともこれはマーキュリー大将も希望する事の筈だ」


 ――……はっ?


 何を言いだしてるんだ?と内心で首を傾げたバード。だが、すぐにそれが本部向けのパフォーマンスであると気が付いた。フィールズ大佐の被るヘルメットには小さなカメラが付いている。そのカメラを使い、本部と現場で状況の共有が行われているのだろう。


「ショウエイ・ノギは脱出を完了した。つまり、時間稼ぎされたと言う事だ」


 ――……あっ!


 つまり、レプリ達は時間稼ぎの為に一芝居打ったのだ。しかも、それ自体が彼らの死に意味を持たせる行為その物。戦って死にたいと願った彼らの本音は、ただ死ぬのは嫌と言う事だった。


「やられたぜ……」


 ガックリと肩を落としたジャクソンは、溜息混じりにそう漏らした。

 レプリの死体を見ながら鉛でも飲んだかのようになっているチームの面々は、表情を強張らせて立っていた。


「……さて、とりあえず撤収準備だな」


 溜息をこぼしながらドリーがそんな事を言う。

 小さな街で起きた小規模な戦闘ながら、その内情は酷く疲れるモノだった。


「そろそろ休暇が欲しいぜ……」

「あぁ。ちょっとリフレッシュしてぇ……」


 ライアンとロックが顔を見合わせてそんな事をぼやく。

 だが、予想外の休暇がすぐそこにある事は、チームの誰1人としえ把握出来ていないのだった……

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